蝶結び   作:春川レイ

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後藤さんの苦労秘話












番外編
孤独な人


 

新人が入ることになり、その指導係を任された時、後藤は心の中で、めんどくせー、と呟いた。

 

 

「――ユウ、とお呼びください。精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします。」

 

 

後藤は、任務地で自分の部下になるその女と出会った。

新人として入ったその人は、不思議なかすれ声をもつ女だった。ぶっきらぼうで、無口で、どこか冷たい瞳を持つ。

仕事に関しては真面目すぎるくらいに真面目で、勤勉な人間だった。教えたことはすぐに吸収し、前線で鬼に怯むことなく、淡々と事後処理を行っている。

しかし、

「なあ、新人。お前、出身はどこだ?」

「……ここから、ちょっと遠い所ですね」

「……。ふーん。じゃあよ、ここに入る前は何の仕事をしてたんだ?」

「まあ、いろいろ」

「……」

個人的な事を質問しても、あまり知られたくないのか、曖昧にしか答えない。本名さえも、言わないのが気になった。

まあ、いいか、と後藤は思った。仕事さえきちんとこなしてくれれば、こちらとしては何も問題はない。むしろ、働き者であるこの後輩がいることで、後藤の仕事はかなり楽になったのだ。

だから、この少し怪しい後輩の事は特に気にしていなかった。

新人が入ってしばらく経ったある日のこと。

「よう、新人。これ、いるか?」

任務が終わった後藤は、仕事部屋に帰ってきた後輩に話しかけた。後藤は珍しく上機嫌で、その手には小さな瓶を数本握っている。

「……?なんですか?」

新人が不思議そうに尋ねてきた。

「同期の奴がくれたんだ。助けた一般人からお礼にもらったんだとよ。少ないけど、結構いい酒だぞ」

「……酒」

「あ、嫌いか?」

後藤の問いかけに、新人はブンブンと首を横に振った。

「じゃあ、一本やるよ」

「……よろしいのですか」

「おう。お前、入ってきたばかりなのに頑張ってるからな。差し入れだ。あ、仕事中は呑むなよ」

そう言って酒瓶を差し出すと、新人はそれを受け取った。

「……ありがたく、存じます」

いつも感情の分からないその目が、めずらしく嬉しそうにホクホクとしていて、後藤は微笑ましくなった。

「じゃあ、またな~」

そう言って、手を振りながら後藤は背中を向ける。新人は深々と頭を下げていた。

そうか、あいつ、酒が好きなのか。と、後藤は歩いて帰りながら考えた。今度いい店でも連れていってやるかな。それか、仕事終わりにまた旨い酒やつまみでも差し入れてやるか、と思いながら家に帰りつく。その時、

「あ、しまった……」

明日の任務に必要な道具を仕事部屋に残してきたことに気づいた。思わず顔をしかめる。明日は朝に遠方に任務に行くことになっている。明日の朝早くに取りに行けばいいか、と考えたが、

「――いや、やっぱり取りに戻ろう」

寝坊したらとんでもないことになる。今のうちに取りに戻ることにして、後藤は来た道を引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煉獄結火は、酒を舐めるように少しずつ呑んでいた。

「……うん。うまいな」

一言、呟く。

仕事部屋にはもう結火しか残っていない。明日は非番のため、ゆっくりと後藤からもらった酒を楽しんでいた。

久しぶりに呑んだ酒が、疲れた身体に染み渡る。全身の血が巡っていくのを感じた。

ふと、自分の父親の事を思い出して、少し気持ちが沈んだ。結火は父親と同じく、酒好きだ。昔から、呑むのが好きだった。父親に顔は全然似てないのに、妙な所を受け継いだものだ、と思いながら一人で笑う。病を患ってからは、できるだけ酒を呑むのは避けているが、どうしても完全にはやめられない。嫌なことがあると酒を呑んでしまう癖があるのだ。嫌な癖だな、と思いながら、部屋の窓を開けた。夜空には美しい満月が浮かんでいる。

「……よもやよもや。悪くないものだな。月見酒というのも」

小さくそう言いながら、頭巾を顔から剥がした。酒のせいか、顔が熱い。まあ、誰もいないし、大丈夫だろう。

今になって思えば、酒のせいで気が緩んでいたのだ。心に隙が出来ていた。絶対に頭巾を取り外してはいけなかったのに、誰も来ないと決めつけて、油断していた。

明日はゆっくり休もう。そう考えながら、また酒を一口呑んだその時だった。

「悪い、新人!俺、道具をそこに忘れて――」

後藤の声が聞こえ、同時に扉が開く。それに反応した結火は振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、新人!俺、道具をそこに忘れて――」

そう言いながら、後藤は部屋に飛び込んだ。どうせ部屋には新人が一人残っているだけだと分かっていたので、部屋に入る前に声もかけなかった。

「―――あ?」

窓辺に座っている女とまともに目が合って、後藤は声をあげた。月明かりに照らされたその顔は、凛とした美しい顔だった。女は隠の隊服を身にまとっている。それを認識して、後藤はすぐにそれが自分の部下だと分かった。

分かってしまった。

「あ、……あ……?」

その女の顔を見て、後藤の脳内は一瞬現実を理解するのを拒否してしまった。

仕方ないだろう。だって、女の顔は、どう見ても、どう考えても、かつて、最強の剣士だと言われていた、あの―――、

「アギャーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

絶叫した後藤はその場に倒れた。

「ご、後藤さん!!お気を確かに!!」

部下の慌てたような声が最後に聞こえた。

 

 

 

 

 

数分後、意識を取り戻した後藤はその場に土下座していた。

「も、申し訳ありませんでした……!」

あまりの恐ろしさに声が震える。

「今までの数々のご無礼を、お詫びいたします……なので、あの、どうか命だけは――、」

「後藤さん、後藤さん、落ち着いてください。混乱しすぎです」

後藤の目の前に立つ結火は頭を抱えた。

頭巾を外すなんて、自分らしくない失敗をしたな、と結火は思った。酒を呑んでいたとはいえ、あまりにも気が緩みすぎていた。今後は気を付けなければ――。

「あ、あのー……」

「はい?」

後藤が声をかけてきて、そちらへ視線を向ける。結火と目が合った後藤はビクリと震えて、涙目になった。別に怒っているわけじゃないのに……と、結火は困惑した。そんな結火を見上げながら、後藤は小さな声で言葉を続けた。

「な、なぜ、炎柱様がここに?なんで隠になっているんでしょうか……?」

「いや、もう柱じゃないので」

結火はそう答え、少し考えた後、その場に座った。後藤と真っ直ぐに目を合わせる。後藤はまた震えて、頭を深く下げた。

「い、いや、あの、答えたくなければ――」

「……後藤さん」

結火が静かに呼びかけると、後藤は顔を上げた。

「……誰にも、言わないでくださいね」

そして、結火は自分が隠になった経緯を簡単に説明した。結火の話を聞いた後藤は目を大きく見開く。

「だ、だからだったんですね」

「はい?」

「い、いや、あの、少し前に炎柱様が行方不明になったと聞いて……、噂によると鬼に……」

「……ああ」

結火は頷いた。

「私が、お館様にそう頼んだので……。今の私は、鬼殺隊では、……死んだ人間です」

「……」

後藤が押し黙る。結火は目を伏せながら、後藤に声をかけた。

「後藤さん。今の話は……絶対に、ご内密にお願いいたします」

「……」

「私は、絶対に自分の事を他の人間に知られたくありません……もし、後藤さんが、どうしても仕事がしにくい、というのならば――」

「いえ」

後藤が結火の声を遮って口を開いた。

「そんな事はございません。たしかに、かなり、ものすごく、びっくりはしましたけど……、それでも、俺はあなたの先輩なので」

「……後藤さん」

「約束します。絶対に口外しません。秘密は守ります。大丈夫ですよ。……ですから、そんなに苦しそうな顔をするのは、やめてください」

それを聞いた結火は目を見開いて、微かに笑った。

「申し訳ありません」

そして、頭を下げた。

「――ありがとうございます。後藤さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孤独な人なのだ、と後藤は思った。

煉獄結火は、いつだって真面目で、冷静で、落ち着いていて、ぶっきらぼうで――、

そして、どこまでもひとりぼっちだった。

彼女の境遇ならば、それも仕方ないのだろう。あまり、他人と親しくはなれない。人を避けざるを得ないのだ。実際、隠達の中で、彼女はうまくやっていたが、明確に一線を引いており、親しくなる人間は全くいなかった。

唯一正体を知る後藤だけは、彼女との距離が少しだけ近かった。彼女の正体を知ってからしばらくは後藤は接し方が固くなってしまったが、次第に慣れてきた。人前では先輩を装い、二人だけの時は敬語を使う、というように、上手い接し方を見つけた。彼女の方も、後藤には気を許したのか、少しずつ軽い口を利くようになってきた。それでも自分と彼女の間には大きな壁があったように感じる。

 

 

だからこそ、いい傾向だったのだ。

胡蝶カナエが煉獄結火に近づいたのは。

 

 

「ユウさん」

胡蝶カナエが甘い声で彼女に呼びかける姿を見た。その瞳には後藤でも分かるほどの恋慕が宿っていた。

初めに知った時は、あまりの驚きに大声をあげてしまった。彼女に想いを寄せる人間がいることは知っていたが、まさか同性である胡蝶カナエだとは思いもしなかった。でも、結火とカナエの姿をそばで見守っているうちに、別にそんなことは関係ないな、と思い始めた。カナエが心から結火を好いているのだ、という事はその様子を見ればすぐに分かった。

結火はカナエに想いを寄せられて、非常に戸惑っていた。思い悩むように首をかしげる様子をよく見かけるようになった。その姿を一番近くで見ていた後藤は思わず微笑む。

その姿は、かつての気高き剣士ではなく、現在の孤独な隠でもなくて。

 

 

ただの、恋に悩む一人の女性だった。

 

 

うん。いいことだ。

後藤は一人で頷く。

胡蝶カナエは、まるで結火との間にある透明な壁をぶち抜くように、飛び込んできた。結火はそれを拒否しながらも、少しずつ心を動かされ、カナエを受け入れつつある。

その証拠に、

「好きではありません」

とは言いながらも、

「あのように、他人から、好意を示されたことが、ないので……、あんなにも、真っ直ぐに気持ちをぶつけられると……、私は、私という人間が、まだ、誰かにとって、大切な人に成りえる存在なんだって……思って……、そんな、事を思ってしまって、……自分でもよく分からない、おかしな気持ちに、なって……」

などと言っていた。自分でもよく分からない感情に困惑しているようだ。後藤は声に出して笑いそうになるのを必死に堪えた。

彼女は自分が何を言っているのか理解していない。他人に心を閉ざしてきた彼女が、愛されることで、心を突き動かされ、無防備になっている。

 

 

結火様。

それは嬉しい、って思ってるんですよ。

 

 

後藤はそう指摘したが、結火は最後まで認めなかった。

 

 

 

 

できるなら、彼女とカナエが結ばれればいいな、と後藤は密かに思っていた。陰ながら全力でこっそり応援していたし、心の中では、胡蝶様もっと攻めて攻めて!なんて思っていた。

だって、煉獄結火は寂しい人なのだ。絶望的なほど、孤独な人間なのに、自分でもそれに気づいていない。

彼女の閉ざされた心を、僅かながら動かしたのは、カナエだけだった。

きっとカナエなら、彼女に寄り添い、支えてくれるだろう。孤独な心を癒して、幸せにしてくれるはずだ。なぜだか分からないけれど、後藤はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからこそ、結火が隠を辞めることになった時、後藤は本当に残念に思った。もちろん、彼女という優秀な隊員を失うことも悲しいが、それよりも、

「……あの方には、私から手紙を出します。一身上の都合で辞めた、と説明しますので……、納得していただけるかどうかは分かりませんが……」

「――なんとなくですけど、納得しない気がします」

「でも、もう私があの方と会うことはないでしょう……、きっと、そのうち、私のことなど忘れます」

彼女は胡蝶カナエとの縁を完全に切ろうとしていた。それが残念でならなかった。彼女とカナエの距離は徐々に近づきつつあったのに。

ここで、終わってしまうのか。

後藤は隠れて大きなため息をついた。

彼女が自分で決めたことだ。もう、後藤にはどうすることも出来ない。

その後の一ヶ月はもう思い出したくもない。他の隠達が戦くほど、圧の強い笑顔のカナエに、結火の情報を渡すよう迫られて、拷問のような日々だった。

できることならカナエに結火の事を教えたかった。きっと助けになってくれるはずだ。すぐにでも結火の元へ行って欲しかった。

そうは思っていても、決して後藤は口を割らなかった。当然だ。彼女と約束したのだから。

何があろうと、絶対に話さない。絶対に。

後藤はどこまでも誠実で実直で、そして口の固い人間だった。

 

 

 

 

 

そんな後藤が、蝶屋敷で働き始めた煉獄結火と再会するまで、もう少し―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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