蝶結び   作:春川レイ

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新章です。









花の光
最後まで


 

鬼殺隊本部、産屋敷邸の一室では異様な空気が満ちていた。

隠の頭巾を外した煉獄結火は無言でその場に正座している。その顔は無表情で、何を考えているのか分からない。

胡蝶姉妹は共に驚愕したような表情で結火を凝視している。

ただ一人、当主の産屋敷耀哉だけが、微笑みながら声を出した。

「――それじゃあ、話はまとまった事だし、そろそろおしまいにしよう。カナエ、しのぶ、結火の事をよろしくね」

「……はい」

しのぶが小さく返事をする。まだ混乱しているらしく、戸惑ったように何度も耀哉と結火の顔をチラチラと見ていた。カナエは強張ったような顔をして、まだ結火を凝視している。

結火はそんな姉妹に構わず一瞬だけ目を閉じて、すぐに開く。そして、素早く立ち上がった。

「――準備がありますゆえ、私はこれで失礼します」

そして深く頭を下げて、その場から足を踏み出した。胡蝶姉妹も慌てたように立ち上がる。

部屋から出る寸前、

「――結火」

耀哉が呼びかけた。結火の足がピタリと立ち止まる。耀哉が穏やかな声で言葉を重ねた。

「……覚えておいてね。忘れないでね。僕も、――君の幸せを願っているんだ。君の友として」

結火はゆっくりと振り向いて耀哉を真っ直ぐに見返した。耀哉は少しだけ笑った後、また口を開く。

「君には、笑顔でいてほしい、と思ってる。ずっと、ずっと、――最後まで」

「……」

結火が無言で手を強く握りしめる。そして、再び頭を深く下げて、口を開いた。

「――あなたと出会えて、友になれたことが、私の人生において最大の幸福でした」

そして、頭を上げて、言葉を続けた。

「――また、いつか、お会いできる日を、楽しみにしております」

さよなら、はどうしても口に出せなかった。

結火の言葉に、耀哉が再び微笑んだ。

「うん。……またね、結火」

結火は小さく頷き、部屋から出ていった。胡蝶姉妹も、耀哉に深く頭を下げると、結火に続いて出ていった。

部屋に残った耀哉は、

「……うん。きっと、そんなに遠くないな」

小さく呟く。そしてクスクスと笑った。

「――結火がカナエに落ちるまで、きっと、もうすぐだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結火は産屋敷邸の廊下を静かに歩いていた。すぐ後ろを胡蝶姉妹が追いかけるように歩いてくるが、気まずくて振り向けない。

「……ねえ」

カナエが話しかけてきて、結火の足はようやく止まった。

一瞬顔をしかめて、ゆっくりと振り返る。

胡蝶姉妹が真っ直ぐにこちらを見つめていた。

「……」

結火の口が一度開いたが、なんと言えばいいのか分からず、結局閉じた。そんな結火にカナエが言葉を続けた。

「――あなただったのね」

言葉の意味が分からず、結火はカナエを見返して口を開いた。

「何の事でしょうか?」

カナエがゆっくりと近づいてきて、結火の顔を覗き込んできた。思わず後退りしそうになるが、踏み止まる。

「――私、ずっと考えてたの。あなたと、前に会ったことがあるって。でも、どうしても思い出せなかった」

「……」

結火は何も答えなかったが、それに構わずカナエは言葉を続けた。

「でも、あなたのお顔を見て、ようやく思い出したわ」

「……何の、事だか」

この期に及んで結火は誤魔化そうとしたが、カナエは確信したように声を出した。

「――四年前、上弦の鬼から私を助けてくれたのは、あなただったのね、……煉獄結火さん」

カナエの言葉に、しのぶが息を呑んだ。結火は、

「……」

ただ無表情のままカナエを見返した。

「……私、思い出したわ。今の今まで、すっかり忘れていたけれど、やっと、やっと、思い出した。あなたが、私を救ってくれたのね」

「救っていません」

思わず言葉が飛び出た。しまった、と結火は唇を噛む。カナエから目をそらして小さな声を出した。

「……私は、戦えなかった。あなたを連れて、逃げる事で精一杯だった。結局、あなたは、怪我を――」

「それでも、あの時、私が助かったのは、あなたのおかげだわ」

カナエの言葉に、結火は再びそちらへと視線を向ける。カナエが結火を見つめながら、手を伸ばしてきた。そのまま結火の手を強く握る。それに抵抗するように結火は振り払おうとするが、カナエがそれを許さなかった。強く握りしめてくる。

「……ありがとう。私を助けてくれて」

「……」

感謝の言葉に何も答えず、今度は目を伏せた。そんな結火に構わず、カナエは微笑んで語りかけてくる。

「……蝶屋敷には、いつ来れるかしら?いつでも大歓迎よ。できれば今日にでも来て欲しいのだけど……」

カナエの言葉にまた顔をしかめて、結火は答えた。

「――準備が、ありますので、……流石に本日中は……」

「じゃあ、明日?」

結火は少し考えてから、仕方なく頷いた。どうせ荷物は少ない。準備ならすぐに終わる。蝶屋敷に住むのは気が進まないが、先延ばしにしてもめんどくさい事になるだけだ、というのは分かっていた。

カナエは嬉しそうな様子で、

「それじゃあ、待ってるわね。早く来てちょうだいね」

と言った。カナエの後ろでは、まだ現実を受け止めきれていない様子のしのぶが戸惑ったように二人を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

産屋敷邸から出た後、真っ直ぐ自宅には帰ろうとしたが、ふと思い直し、逆方向へと足を向けた。花を購入し、墓地へと向かう。

弟の墓へと向かい、花を供え、線香に火をつけた。

「……」

しばらく無言で墓を見つめる。そして、ゆっくりと口を開いた。

「……新しい、職場が決まったよ。蝶屋敷だ」

その場に腰を下ろし、言葉を続けた。

「……実を言うと、気は進まないんだ。でも、お館様のご意向だ。きっと、何かお考えがあっての事だろう……私にはよく分からないけれど。お前には分かるか?杏寿郎」

問いかけるが、もちろん答えは返ってこなかった。

「――お前が、いなくなってから、……突き刺されるような悲しみが、ずっと続いている。底知れぬ寂しさが、渦巻いているんだ。今も、きっとこれからも。……それでも、私は戦うよ。こんな弱い身体だけれど、……お前とは違う方法で、この世界で戦うから。最後まで」

結火が少しだけ微笑む。そしてゆっくりとその場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅へと帰り、休む間もなく荷物をまとめ始める。元々私物は少ないため、思っていた通り、すぐに終わりそうだ。

明日からの生活がどうなるのか、全く想像できない。胡蝶カナエの顔が脳裏に浮かぶ。もう二度と会うことはないと思っていたのに。

自分と会う度に笑顔で迫ってくる胡蝶カナエと、明日から一つ屋根の下―――、

「……」

駄目だ。頭痛がしてきた。

気が重くなってきたのを誤魔化すように、荷物の整理を続けた。私物の入っている押し入れを開ける。

「……あ」

押し入れには、懐かしい物が入っていた。結火の日輪刀だ。

しばらくそれを見つめる。当たり前だが、もう長いこと、使ってはいない。今、鞘から抜いたら、『悪鬼滅殺』が刻まれた赤い刃が姿を現すだろう。

「……」

しかし、刃を抜くことはしなかった。代わりに、鞘を撫でるように優しく触れる。

「――すまないな。こんな主人で、……本当に。それでも、私と共にいてくれ。せめて、最後まで……」

そして、日輪刀を抱き締めて、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 





胡蝶しのぶさんの心の叫び
「今日一日で得た情報量が多すぎる!!」








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