蝶結び   作:春川レイ

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新しい居場所

 

「おはよう」

「……おはようございます」

産屋敷邸を訪れた次の日、自宅の門戸が叩かれたため開くと、その場に胡蝶カナエが立っており、結火はため息をつきそうになった。

「――胡蝶様、なぜここに?」

「あの鴉さんが案内してくれたのよ」

カナエが上を指差した。そちらへ視線を向けると、鎹鴉の芯が屋根にいた。こちらを興味深そうに見つめている。

「……」

結火は無言になった。そんな結火に微笑みながらカナエが再び口を開く。

「お館様があの鴉さんを寄越してくださったみたい。あなたの鎹鴉かしら?」

「……まあ」

結火はまた頭痛がしてきた。頭を抑えながらカナエに問いかける。

「それで、こちらにはどのようなご用件で?」

「もう、そんなの決まってるじゃない。あなたを迎えに来たの」

「……」

また頭痛が強くなってきた。

「……胡蝶様、お忙しい中、来ていただいて、本当にありがたく存じますが、別に迎えに来ずとも、自分で……」

「でもね、なんだか、あなたがこのまま逃げそうな予感がして……」

カナエの言葉に少し呆れた。

「――逃げようなんて、考えたこともありませんよ。私の生きる場所は、鬼殺隊です」

カナエが少し驚いたような顔をして、その後微笑んだ。

「それじゃあ、行きましょうか?」

拒否しても無駄だと分かっているため、無言で頷き、昨日まとめていた荷物を手に取る。

「あら、荷物はそれだけ?」

「はい」

「少なすぎない?」

「……元々、貴重品はほとんどないので」

そう言いながら、家から出た。外の空気は温かく、日差しが少し強い。

「気持ちいい日ね、のんびり歩きながら行きましょう」

カナエの言葉を聞きながら足を踏み出そうとしたその時だった。

「……あ、」

小さく声をあげて足を止める。

「どうしたの?」

カナエが不思議そうに声をかけてくる。

「……少々、お待ちを。忘れ物が……」

「忘れ物?」

素早く家の中へと戻った。窓辺へ向かい、“忘れ物”を手に取る。

「あら」

その姿を後ろから見ていたらしいカナエが嬉しそうな声を出した。

「飾ってくれてたのね」

「……」

結火は無言で、赤い花火の描かれた風鈴を荷物の中へ仕舞った。

気を取り直して、荷物を手に外へと出る。ゆっくりと自宅の門戸を閉めた。

「このお家はどうするの?」

カナエの問いかけに淡々と答えた。

「……念のために、残しておきます。……働けなくなった時に、帰る家がないのは困りますから」

そう答えると、突然カナエが結火の手を握ってきた。思わずそれにビクリとする。

「――今日からは蝶屋敷が、あなたの新しいお家よ」

「……」

「慣れるまでは、少し大変かもしれないけど……、あなたなら大丈夫よ。きっと、気に入るわ」

「……」

何も答えられずに、カナエの腕から自分の手を離す。それを気にする様子もなく、カナエは微笑みながら結火の顔を見つめ、歩き始めた。

「……なんで、そんなに見てくるんですか」

共に歩きながらも、あまりにも強い視線を感じて、そう尋ねる。カナエが楽しそうに答えた。

「だって、嬉しくて」

「……何が、でしょうか?」

「あなたの素顔を、こんな近くで見ることができて。本当に嬉しい。それに、これからずっとずっと一緒だなんて、……本当に夢にみたい」

「……」

結火は無言でうつむいた。そんな結火を見つめながらカナエが話し続けた。

「一応ね、あなたのお部屋と、生活に必要なものは揃えたわ。何か足りないものがあれば言ってちょうだいね」

「……」

「生活に慣れるまでは大変だろうけど、何か困ったことがあったら相談にのるから……」

「……ありがとうございます。胡蝶様」

結火の言葉にカナエが振り返って、不服そうな顔をした。

「……それも、もうやめてちょうだい」

「それ、とは?」

結火が眉をひそめてカナエを見返した。

「その呼び方よ。“胡蝶様”はやめて」

「はい?」

「うちで暮らすのだから……、妹もいるし、胡蝶様では紛らわしいわ」

「いや、妹様のことは蟲柱様と呼んでいますし……」

「それにね」

カナエが足を止めて、結火を真正面から見つめてきた。

「“様”はいらない。それに、敬語もいらないわ。だって、立場は対等なんだもの。それに年齢も……、正確には知らないけど、あなたの方が年上なんでしょう?」

「いや、……まあ……。しかし、蝶屋敷での仕事をする上では、胡蝶様が上司になりますので……」

「だから、胡蝶はやめて」

カナエが拗ねたような顔をする。

「カナエって、呼んでちょうだい」

「……無理です、胡蝶様」

結火がそう言うと、カナエが膨れっ面をする。

「敬語と胡蝶様は禁止!」

「それは命令でしょうか?」

「命令ではないけれど……」

「では、ご要望には添いかねます」

結火がキッパリそう言うと、カナエがますます不満そうな顔をする。しかし、思い直したように呟いた。

「……いいわ。時間なら今からたっぷりあるものね。……」

そんなカナエをチラリと見て、結火は大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人並んで歩き続け、やがて蝶屋敷に到着した。こんな形で戻ってくるとは思わなかった、と考えながらその広大な屋敷を見つめる。

「さあ、入って」

カナエが門戸を開いた。

「ただいまー」

カナエが大きな声でそう言うと、結火もよく顔を知っている少女達が何人か駆け寄ってきた。蟲柱のしのぶはなぜか姿を現さない。任務だろうか、と考えていると、少女達が賑やかな声を出した。

「お帰りなさい、カナエ様!そちらが――」

「ええ」

カナエが微笑んで、結火の背中を軽く叩いた。

「昨日話した通り、新しくここで働くことになった方よ。隠だった時にも何度も来たから、みんな、知っているわよね?今日から一緒に住むことになった煉獄結火さんよ」

全員が、結火の顔をびっくりしたように見てくる。そんな少女達を見返して、ゆっくりと頭を下げた。

「――ご無沙汰しております。本日より、こちらでお世話になることになりました。至らない点も多々あるかと存じますが、ご指導、ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いいたします」

挨拶をして、顔を上げると、少女達も

「よろしくお願いします!」

と、元気よく言いながらペコリと頭を下げる。それをニコニコ見つめながら、カナエが結火の手を引いた。

「それじゃあ、まずはこちらへ」

「……はい」

そう言われて、屋敷の中へ足を踏み入れる。カナエに手を引かれるまま付いて行った。チラリと後ろを振り返ると、少女達はコソコソと何かを話し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、入って」

そう言われて、案内された部屋に入る。そこは結火が何度か怪我人を運んだこともある診察室だった。

「まずは診察をするわね。そこに座って」

そう言われて、首をかしげる。

「診察……?」

「御体の調子が悪いんでしょう?お館様から、あなたの体のことについて、昨日手紙をもらったの。きちんと診察をさせてちょうだい」

いつの間に、と結火は思いながらまたため息をつきそうになった。カナエに促されて大人しく椅子に座る。そのまま検温と問診を受けた。

「病気の方は完治しているのよね?」

「……はい。しかし、その影響で、肺の機能が低下しているようで……」

「そう。日常生活に支障は?あと、今飲んでいる薬は?」

いくつかの質問に答え、その後は結火にはよく分からない道具を使っての診察を受ける。

カナエは何度か頷いた後、にっこり笑った。

「薬の方はここでも調合できるから心配しないでね。具合が悪くなったらいつでも言ってちょうだい」

「はい」

短く返事をすると、今度はカナエが迷ったような表情で口を開いた。

「あの、ちょっと聞いておきたいんだけど……」

「なんでしょうか」

「あなたの、ご実家の方へは、その、ここに住む事を伝えなくていいのかしら……?」

その問いかけに、結火は首を横に振った。

「――私は、煉獄家から、縁を切られております。既に、あちらにとって、私は死んだも同然です。ですから、特に説明の必要はありません」

淡々とそう言うと、カナエが口をつぐむ。少し沈黙が続いた後、またカナエから問いかけてきた。

「あの、ユウさん……」

「はい?」

「あの……」

しばらく言い淀んでいたが、やがて、カナエは少し息を吐いて笑った。そして立ち上がる。

「……ごめんなさい。何でもないわ。それじゃあ、蝶屋敷を案内するわね」

「……」

結火は無言で、部屋を出るカナエに付いていった。

案内された屋敷を見回しながら、今まで仕事で何度か蝶屋敷に来てはいたが改めて広い屋敷だな、と感じる。病床や個室、薬の調合室、訓練場……、

「それから、ここがあなたがこれから生活するところ」

そう言われて足を踏み入れたのは、蝶屋敷の住人達が生活する区画だった。それぞれの私室や食堂、厨房、湯殿、洗面所……、

「今日からはこのお部屋を使ってね。少し狭いけど……」

そう言われて案内されたのは、小さな和室だった。カナエは狭いと言ったが、一人で生活するには十分だ。結火は頭を下げる。

「ありがとうございます。急な話なのに、用意していただきまして……」

「本当は私の隣の部屋にしようと思ったのに、しのぶに強く反対されちゃったのよ~。残念だわ……」

「……」

結火は、心の中でしのぶに深く感謝した。

「荷物を整理したら、食堂に行きましょう。そろそろ夕食の時間だし。仕事の説明は明日するわね。あ、そうだわ。渡したいものがあるの。ちょっと待っててね」

カナエがそう言って、どこかへ行ってしまった。結火はゆっくりと新しい部屋に入り、荷物を下ろす。少し疲れて、その場に座り込んだ。

これからの生活が不安で仕方ない。それでも、ここで生きていくしか、道はない。

そう考えながら、荷ほどきを開始しようとしたその時だった。

「お待たせ、ユウさん。はい、これ」

カナエが戻ってきた。結火に向かって何かを差し出してくる。

「これは?」

「これからは怪我人の治療や看護とか、あと薬品とかを扱ったりするから……、うちではこれを着てほしいの」

それは白い衣服だった。それを受け取ると、カナエが、

「あなたのために用意したのよ。隊服の上から着てみて」

と言ったため、結火は頷き、それを素早く身につけた。看護服のような白衣だ。思ったよりも軽くて、動きやすい。ふと強い視線を感じて顔を上げると、カナエがまじまじと結火を見ていた。なぜか顔が緩んでいる。

「…胡蝶様?」

「あ、ご、ごめんなさい。ジロジロ見てしまって……、なんだか、その、思ったよりも、とっても可愛かったから……」

「……」

どう反応すればいいのか分からず口を閉じた。そんな結火の手を、カナエが両手で掴む。

「ユウさん……あ、結火さん、の方がいい?」

「どちらでも」

結火がそう答えると、カナエが今度は手を握ってきた。その強い力に思わず顔を上げる。カナエが華のように笑った。

「――結火さん、今日からは、ここがあなたの居場所。……私が、あなたの新しい家族よ」

「……」

「私だけじゃなくて、皆があなたの家族になるわ。これから、よろしくね」

その微笑みに、結火は無言で目を伏せて、それから小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂に入ると、既に大きな食卓の上には多くの料理が並べられており、少女達と共にしのぶが座っていた。食堂に入ってきたカナエと結火を見て、複雑そうな表情をしている。

「結火さん、ここに座って」

そう言われて、大人しくカナエの横に座った。カナエが全員を見回して、ニッコリ笑う。

「それじゃあ、いただきましょうか」

「いただきます!」

それぞれ手を合わせて、挨拶をする。結火も同じように手を合わせて、

「いただきます……」

と小さく呟き、箸を手に取った。

少しずつ料理を口に運ぶ。優しい味付けで、非常に美味しかった。食べながら、周りを見ると、少女達は楽しそうに話しながら食事をしている。しのぶやカナエも少女達に微笑みながら、食事と会話を楽しんでいた。

まるで家族みたいだ。

「……」

ふと、気づいてしまった。こんな風に多くの人間と食事をするのは、実家を出て以来だ。

昔は、両親や弟達とその日にあった出来事を話しながら、食事をした。今この時のように。

「……」

刺されたように胸が痛む。カナエや他の少女が気を使って、結火に話しかけてきたが、あまり答えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真夜中、初めての環境により眠れなくなり、結火は部屋を出て縁側に座っていた。

「……」

明日から本格的に蝶屋敷での仕事が始まる。うまくいくか、少しだけ不安になって、膝を抱えたその時、

「眠れないの?」

いつの間にか、カナエがすぐそばにいた。

「……胡蝶様」

「何を考えているの?ユウさん」

カナエが結火の隣に座る。フワリと石鹸の匂いがして、思わず顔をそらしそうになった。それを隠すようにして、口を開く。

「……新しい枕に慣れないだけです」

「あら、もしよければ添い寝しましょうか?」

「ご冗談を」

カナエがクスクスと笑った。

しばらく沈黙が続いた後、カナエが口を開いた。

「……どうして隠になったの?」

いつか尋ねられるだろうな、と予想していた。結火はうつむいて答える。

「親との縁を切ってまで、剣士になりました。しかし、病により、剣士としての使命が果たせませんでした。……でも、それでも、私は、この命が燃え尽きるその日まで、鬼殺隊で生きていく、と決めていました……例え、刀は握れずとも。だから、隠として、鬼殺隊に貢献しようと、思いました。どんな形でもいいから、誰かのために戦いたくて……」

カナエが結火を見つめる。やがて、小さな声でまた問いかけてきた。

「あの日、あなたが泣いていたのは、煉獄くんの事が原因だったのね……」

その言葉で、カナエの前で泣いてしまった事を思い出す。

「……」

「もうひとつ、教えて。どうして、死んだなんて偽ったの?煉獄くん、ずっとあなたを探していたのに……」

その問いに、また胸が痛くなる。それでも、絞り出すように声を出した。

「……あの子が、言ったんです。私のような、剣士に、なりたいって……私のように、強くなりたい、と」

「……」

「この、こんなにも、弱りきった姿を、どうして見せられるでしょう?強い姉を、信じている弟に、こんなにも弱くなった身体を……」

声が震えそうになる。それを誤魔化すように、結火は立ち上がった。

「――つまらない話を聞かせてしまい、申し訳ありません。もう、寝ます。おやすみなさい、胡蝶様」

「あ……」

カナエが何事か話しかけようとしてきたのが分かったが、結火は逃げるようにその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




※大正コソコソ噂話
結火の元・鎹鴉の芯は、とても優しくて世話好き。結火が剣士を辞めた後も、時々自分から様子を見に来ていた。杏寿郎が亡くなった時も、自分の仕事ではないのに、真っ先に結火に知らせに来てくれた。




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