蝶結び   作:春川レイ

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予告どおりキメツ学園パロディ書きました。いつも通り、ツッコミどころ満載の、完全に気晴らしかつ自己満足の短編です。端的に言うと、「蝶結び」の二人がキメ学軸でイチャついてるだけの学園百合です。閲覧は自己責任でお願いします。



結火:高校生 カナエさん:中学生の設定です。
















番外編
キメ学百合【学生編】


 

中高一貫・キメツ学園の中等部にて、その日、胡蝶カナエは朝から体調が悪かった。頭が痛くて、身体が怠い。勉強のために、夜更かしをしていたので睡眠不足かもしれない。まあ大したことはないだろうと考えながら、学校へ向かった。倦怠感に堪えながら授業は受けたが、体調は一向に良くならなかった。それどころか徐々に頭痛が強くなってきている。なんだか身体も熱い。風邪かもしれない。

休み時間、机に突っ伏していると友人が声をかけてきた。

「胡蝶さん、大丈夫?」

「ええ……」

ゆっくりと頭を上げて、軽く頷く。友人が心配そうに顔をのぞきこんできた。

「風邪?保健室に行ってきなよ。顔色すごく悪いよ」

「……そうね……行ってくるわ」

「一人で平気?付いていこうか?」

「ううん。大丈夫……ありがとう」

そう言って、カナエはフラフラと立ち上がり、保健室に向かった。

ゆっくりと歩いていたが、途中でひどいめまいに襲われ、耐えきれずに廊下の真ん中でしゃがみこむ。授業が始まったためか、周囲には誰もいない。

どうしようか、と頭を抑えながら考えていたその時だった。

「――どうした、大丈夫か?」

声が聞こえて、顔を上げる。そこには見覚えのない少女が立っていた。ハッとするほど綺麗な少女だ。高等部の制服を着ている。カナエよりも年上らしいその少女は、長い黒髪をポニーテールにしており、キリッとした瞳が印象的な少女だった。

「気分が悪いのか?」

そう声をかけられたが、答えるのも辛く、頷くのが精一杯だった。

その様子を見た少女は、突然カナエに向かって手を伸ばしてきた。一瞬のあと、浮遊感を感じる。目の前の少女に抱きかかえられた事に気づいて、カナエは困惑しながら口を開いた。

「あ、あの……」

「大丈夫だ。すぐに保健室に行く。少し走るぞ。辛いなら目を閉じておきなさい」

そう言って少女はカナエを抱いたまま、走り始めた。

 

 

 

 

 

 

あっという間に保健室に到着し、すぐにカナエはベッドに寝かせられた。

「熱もあるみたいですし、……風邪、でしょうね。おうちの方に電話しますね」

養護教諭の言葉にカナエは静かに頷いた。養護教諭の後ろで、カナエを運んでくれた少女が口を開いた。

「それでは、私はこれで失礼します」

「あ、……」

カナエが声をかけようとしたが、その前に少女はさっさと保健室から出ていってしまった。

「胡蝶さん、すぐにおうちの方が迎えに来るそうです。もう少し待っていてくださいね」

養護教諭の言葉に頷いたが、少し考えてから口を開く。

「あ、あの……」

「はい?」

「今、私を運んでくれたのは……」

「ああ」

養護教諭は苦笑しながら答えた。

「高等部の煉獄さんですね」

「煉獄さん?」

カナエは首をかしげた。

どこかで聞いたことがある名前だ。

「先生に頼まれて、授業に必要な物を取りに、高等部からわざわざここに来ていたみたいですね。弟さんがいるので、普段からよく中等部に来ているみたいですが……」

それを聞いて、煉獄、という名前の少年が中等部にいることをぼんやりと思い出す。カナエは話したことはないが、とても明るく豪快で、何より特徴的な髪しているため、存在は知っていた。

ふと、ここまで運んでくれたお礼を、彼女に言ってない事に気づく。

体調が良くなったらお礼を言いに行こう、と決心してカナエは目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何日か休んだが、幸い風邪はすぐに治り、カナエは学校に復帰した。早速周囲の生徒に自分を助けてくれた少女について聞き込みをする。

カナエは知らなかったが、煉獄結火、という少女は有名な生徒らしい。

「胡蝶さん、結火先輩のこと、知らなかったの?」

クラスメイトが少し呆れたような様子で彼女の事を教えてくれた。

曰く、煉獄結火は、いろいろな意味で名の知れた生徒である。品行方正で成績優秀な優等生。更に運動神経も抜群らしい。かつて中等部で剣道部に所属していた彼女は、“鬼のように強い”と噂されるほど有名な選手だったそうだ。実家が剣道の道場をしているらしく、数多くの大会で優勝し、将来を期待されていた。

ところが、高等部に入学したのと同時に、結火はなぜか剣道を辞めてしまった。

「え?どうして?」

「さあ……」

カナエの問いかけに、クラスメイトも首をかしげた。

現在、結火は書道部に所属しているらしい。そちらでもたくさんのコンクールで賞を獲っているそうだ。

「そんなにすごい人だったのね……」

カナエは感心したように声を出して、クラスメイトも頷いた。

「ちょっと怖くて近寄りがたいけどね……でもすごく綺麗な先輩だよねー」

その上品で凛とした美貌に密かに憧れている者も多いそうだ。正しく、才色兼備だ。

ちなみに、中等部と初等部にそれぞれ弟がいるらしく、紛らわしいということもあり、結火先輩と下の名前で呼ばれているらしかった。

 

 

 

 

 

 

昼休みになって、カナエは素早く教室から飛び出した。助けてもらった礼を言うために、急いで高等部の結火のクラスへ向かう。しかし、教室に結火はいなかった。

「結火さんなら書道部の部室にいるんじゃないかな。普段からそこにいることが多いみたいだし」

クラスの生徒からそう聞いて、カナエは書道部の部室へと足早に向かった。

部室に到着し、カナエは扉を軽くノックした。すぐに扉が開き、結火が顔を出す。カナエの顔を見て

首をかしげながら口を開いた。

「あれ?中等部の……」

カナエは頷いた。

「はい。先日は、どうもありがとうございました」

深く頭を下げてから、持ってきた包みを差し出す。

「あの、これ、お礼です。よかったら……」

カナエの言葉に結火は首を横に振った。

「別に気にしなくてもいい」

「そんなわけにはいきません。これ、食べてください。甘いもの、大丈夫ですか?クッキーなんですけど……」

カナエがそう言うと、結火は迷うような様子をしながら、手を伸ばしてクッキーの包みを受け取った。

「……ありがとう。甘いもの、好きなんだ」

結火は包みを少し見つめてから、また口を開いた。

「今、食べてみてもいい?」

「は、はい!どうぞ」

カナエがそう答えると、結火はいそいそと包みを開き、クッキーを一つ手に取る。そしてゆっくりと齧った。

直後に、今まで無表情だった結火の顔が輝き、カナエは目を見開いた。結火の唇が、ほんの一瞬だけ綻ぶ。しかし、すぐにまた元の無表情に戻った。

「……ありがとう。うまい」

「そ、それはよかったです」

カナエは戸惑いながら答える。そして、胸を抑えた。なんだろう、これは。なぜか、結火の一瞬の笑顔を見た瞬間から、フワフワとした感覚に包まれた。不思議な感情が込み上げてきて、胸が高鳴り始める。

何かが芽生えた。まだ自分の知らない、何かが。

カナエはまっすぐに結火を見つめる。その感情の名前は、まだ分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日から、カナエは頻繁に高等部を訪れるようになった。

「結火さん、こんにちは」

「胡蝶、また来たのか」

書道部に入ってきたカナエを見て、結火は呆れたような表情をしたが、カナエはそれに構わずニッコリ笑った。

書道部の部室にて、結火と共にカナエも弁当を食べるようになった。二人並んで机の上に弁当を広げる。楽しそうな様子のカナエに結火は声をかけた。

「なんで毎日ここに来るんだ?」

「だって結火さんとお話したいんだもの」

「だからってわざわざ……中等部からここまで結構距離もあるし、自分の教室で友達と食べればいいじゃないか」

「結火さんとがいいの。結火さんは私とお弁当食べるのはイヤ?」

カナエがそう問いかけると、結火は微かに複雑そうな顔をして、

「………別に」

短く答え、肩をすくめた。

カナエはニコニコしながら結火に話しかけた。

「あのね、午前中はとても疲れたわ。体育の授業でマラソンをしたの。結火さんの午後の授業は何?私はね、午後から音楽の授業があって……」

「……」

カナエだけが話し続け、一方の結火はほとんど口を開かない。ただ弁当を食べながら、無言で聞いていた。

 

 

 

 

 

ある日、結火がいつも通り書道部の部室に入ると、すでにそこにはカナエがいた。壁に飾られた結火の作品を興味深げに眺めている。

「何しているんだ?」

結火が声をかけると、カナエは振り向いて微笑んだ。

「いろいろと、見ていたの」

そして、また結火の作品に視線を戻すと、口を開いた。

「私は、書道の事については詳しくないけど……結火さんの作品は素敵ね」

「……」

「綺麗でかっこよくて……とても好きだわ」

“好き”という言葉に結火の肩がピクリと反応した。

「……そうか」

短く答えて、結火はカナエから目をそらす。

カナエは再び結火へと視線を向けて、問いかけた。

「ねえ、今はどんな字を書いているの?」

「今度の、展覧会に出す作品だ」

結火はそう答えながら近くの椅子に座り、弁当を取り出す。カナエも同じように腰を下ろしながら言葉を重ねた。

「出来上がったら見せてくれる?」

「……構わない」

「うふふ。楽しみだわ」

カナエが楽しそうに笑って、結火は静かに目を伏せた。

 

 

 

 

 

少しずつ、二人の距離は近づいていく。

「結火さん、これあげる」

「うん?」

カナエが小さな包みを手渡すと、結火は訝しげな顔をした。

「なんだ、これ?」

「調理実習で作ったの。マフィンよ」

結火は首を横に振りながら口を開いた。

「いや……私はいいよ。他の人にあげれば――」

「私は結火さんに食べてほしいの。甘いもの、好きなんでしょう?」

結火は少し顔をしかめたが、ようやくカナエの手からマフィンを受け取った。

「何の味?」

「チョコよ。食べてみて」

カナエの言葉に、結火が包みを開ける。そのままマフィンを口に入れた。

その瞬間、ほんの少し結火の表情が柔らかくなり、瞳が輝く。カナエはその顔に静かに見つめた。一瞬だけ見えた結火の顔、綻ぶような喜びの表情が、カナエは好きだった。

「うまい」

結火が呟くようにそう言って、マフィンを平らげる。その顔はもう元の無表情に戻っており、カナエはガッカリした。

「胡蝶、ありがとう。これ、やる」

そう言って結火が鞄から何かを取り出してカナエに差し出した。カナエは反射的にそれを受け取る。それはピンク色の可愛らしいキャンディだった。

「お返しには足りないかもしれないが……」

「ううん、ありがとう!」

カナエは微笑んで、キャンディを口に入れた。イチゴの味がして、甘かった。その甘さを楽しみながら、カナエは口を開く。

「結火さんって、甘いものとか、可愛いもの、すごく好きよね」

「……悪いか?どうせ似合わないよ」

結火が不貞腐れたようにそう言って、カナエは笑った。

「そんなことないわ。結火さんらしいと思う」

「……」

結火は驚いたように目を見開いた後、呆れたように首を横に振った。

「……そんな事を言うのは、胡蝶くらいだ」

そして、微かに微笑んだ。カナエも少し驚いて、すぐに微笑みを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間が緩やかに過ぎて、季節は静かに移り変わった。

相変わらず、カナエは昼休みになると、高等部へ向かう。書道部の部室で、結火と二人きりの穏やかな時間を過ごす。カナエはその時間が何よりも好きで、大切だった。

「もうすぐ、テストがあるの。憂鬱だわ」

ある日、カナエがそう言ってため息をつくと、結火が昼食を食べながら問いかけてきた。

「勉強は進んでいるか?」

「それなりには。でも範囲も広いし、苦手な教科はちょっと大変ね」

その言葉を聞いた結火はピタリと箸を持つ手を止める。しばらく考え込むような顔をして、ゆっくりと口を開いた。

「……胡蝶」

「なあに?」

「……あの、……よければ……、私……」

「え?」

結火は珍しく口を濁すように何かを言おうとしてモゴモゴする。しかし、

「……いや、……やっぱり、なんでもない……」

そう言いながら、カナエから顔をそらそうとした。しかし、突然カナエが手を伸ばして結火の顔を掴む。そして、思い切り顔を近づけて、結火に問いかけた。

「結火さん、言って。なあに?」

カナエに顔を両手で包まれて、そらせない。結火は息を呑んだ後、口を閉ざす。そして、迷ったように目を泳がせてから、ようやく口を開いた。

「……あの」

「うん」

「……もしよければ、私が、……勉強を、教えようか」

結火の言葉にカナエは何も答えなかった。沈黙が落ちて、結火は慌てたように再び口を開いた。

「……いや、あの、迷惑だったら、すまない。でも、もし、胡蝶が、困ってるなら……いや、やっぱりーー」

「迷惑なわけないでしょう!」

カナエが大きな声でそう言って、結火の肩がピクリと震えた。そんな様子に構わず、カナエは結火の手を握る。

「ぜひ、お願いしたいわ」

「え、あ、ああ」

「……嬉しい。すっっっごく嬉しい」

「そ、そうか」

あまりにもカナエが喜んでいるため、結火は困惑した。

「いつ教えてくれる?」

「あ、ああ、……じゃあ、週末にでも……」

「楽しみにしておくわね!」

カナエがぎゅっと手を握りしめる。結火はその手を離すことなく、なぜかモジモジしていた。

 

 

 

 

 

待ち望んでいた週末が来た。結火の家で勉強会をすることになり、カナエは朝から何度も鏡の前で、自分の姿を確認する。髪をセットして、身だしなみを整えていると、妹のしのぶが声をかけてきた。

「姉さん、さっきから何度も鏡を見ているけど、今日はどこに行くの?」

「え、ええ、ちょっとね」

曖昧に笑って誤魔化す。しのぶが怪しむような目をしたため、カナエは慌てて鞄を手に取った。

「それじゃあ、出かけてくるわね。夕方には帰ってくるから!」

素早く家を飛び出したカナエの後ろ姿を、しのぶはムスッとした顔で見送った。

 

 

 

 

 

「こんにちは!」

「――ん」

事前に教えられた結火の家を訪れると、結火はいつも通りの無表情でカナエを迎えてくれた。学校ではないので当然だが、結火も私服を着ている。カジュアルなワンピースで、結火にとても似合っていた。チラチラと結火を見ながらカナエが家に足を踏み入れると、

「……それ」

「え?」

結火が小さな声を出した。よく聞こえず、カナエが首をかしげると、結火が目をそらしながら、再び口を開いた。

「その、服、……とても似合ってる」

「あ、そ、そう?」

カナエはギリギリまで悩んで選んだ自分の服を見て、聞き返した。結火は小さく頷く。

「胡蝶は、何でも似合う、な……とても、可愛い」

「……っ」

カナエは思わず顔を赤らめた。それを誤魔化すように慌てて口を開く。

「そ、そういえば、結火さん、今日はご家族は?」

「……弟と父は、出かけてる。母はいるけど」

結火が答えたその時、突然近くの部屋から結火と同じ顔が現れ、カナエは驚いて足を止めた。その人は、カナエの顔を見て、少しだけ目を見開き、結火に声をかけてきた。

「――結火、お友達?」

「……いえ、友人ではありません」

結火の答えにカナエは衝撃を受けた。

え?私、結火さんのお友達じゃないの?

カナエが呆然としていると、結火がカナエの方を向いて、口を開いた。

「胡蝶、母だ。……母上、こちらは、学校の後輩で――」

そう紹介してきたので、カナエは慌てて頭を深く下げた。

「中等部の、胡蝶カナエです。はじめまして!」

「――娘がいつもお世話になっております。結火の母でございます」

結火の母も丁寧に挨拶をして頭を下げた。

やがて二人同時に顔を上げる。結火の母は、見れば見るほど結火とそっくりな顔だったため、カナエは少しの間見とれた。

「――じゃあ、私達は部屋で勉強をしていますので」

結火がそう言って、カナエの手を引いて歩き出す。カナエは慌てて結火に付いていきながら口を開いた。

「結火さんのお母様、とっても綺麗」

「……そうか」

「結火さん、お母様似なのね」

「……よく言われる」

そう言葉を交わしながら、結火は私室のドアを開けた。

結火の部屋はこぢんまりとしているが、物が少なくて綺麗な部屋だった。

「……胡蝶、ここに座って」

結火に言われるまま、椅子に腰を下ろす。そしてカナエは迷うような様子で口を開いた。

「あ、あの、結火さん――」

結火に声をかけたその時、ノックの音がして、ドアが開く。結火の母がお茶やお菓子を抱えて入ってきた。

「――どうぞ、胡蝶さん」

「あ、ありがとうございます!」

カナエが慌ててお礼を言うと、結火の母は少しだけ口元を緩めた。

「……この子の、友達が家に来るのは初めてで――、どうか、よろしくお願いいたしますね」

「母上!」

結火がなぜか大声をあげる。結火の母はどことなく楽しそうに部屋を出ていった。一方結火は顔を硬直させていた。カナエは首をかしげながら、声をかける。

「あの、結火さん」

「――教科書と、参考書」

「え?」

「早く、出せ。すぐに始めよう。分からない所はどこだ?」

結火が誤魔化すように早口でそう言ったため、カナエは慌てて鞄からノートや筆記用具を取り出した。

二人で机の前に座り、教科書を広げる。

「ここがよく分からないの」

「そこはこっちの文法を使って……答えはこうなるから、応用したらすぐに分かるはずだ」

「じゃあ、あの問題はどう考えればいいのかしら?」

「そっちは教科書の問題を読んでから考えれば……」

カナエの苦手な教科を中心に勉強を進める。結火の解説は丁寧で分かりやすく、教え方がとても上手かった。

「――少し、休憩にしよう」

気がついたらずいぶんと時間は経っていて、結火がそう声をかける。カナエは頷いて、ぐっと身体を伸ばした。

「結火さん、教え方とても上手ね」

「……よく、弟の勉強を見ているからな」

「すごく分かりやすかったわ。先生に向いているんじゃない?」

カナエの言葉に結火は少し目を見開いて、肩をすくめた。

「……暑い、な。少し窓を開けるぞ」

不意に、結火が部屋の窓に近づいて、それを開ける。直後に乾いたような風が部屋を通りすぎた。

風を受けて、結火が瞳を閉じた。結われていない長い黒髪が風に揺れる。フワリと髪が踊るように風になびいて、甘い香りがした。そっとその鋭い瞳が開く。

「……あ、」

カナエは思わずその姿に見とれて、声が漏れる。凛とした横顔が美しく、髪もキラキラと光っているような気がした。

「――風、強いな。やっぱり閉めておこうか」

結火がそう呟き、窓を閉めた。乱れた髪をまとめながら、カナエの方を向いて、声をかけた。

「暑くないか?場所を変えるか?図書館か、それともどこかに――」

そんな結火に、カナエは少し顔を伏せてから、意を決したように口を開いた。

「――結火さん、私、迷惑だった?」

「……は?」

結火がポカンと口を開ける。カナエは顔を上げ、言葉を続けた。

「私、今日、誘われて、とっても嬉しかったの。もしかして、あれは社交辞令、だった?」

「……え」

「私、結火さんのこと、お友達だと思ってたから……、ご、ごめんなさい。結火さんのお友達じゃないくせに、図々しくおうちにお邪魔しちゃって……迷惑だったら、本当に、ごめんなさい」

うつむいて、震える声でそう言う。結火がオロオロした様子で口を開いた。

「ち、ちがう!迷惑なんて、まったく思ってない!!」

「で、でも……」

「す、すまない。胡蝶にそんな思いをさせて……わ、私も、お前のことを大切な、――ゆ、友人だと思っている!」

「ほ、本当に?」

「ああ!でも、その……私は、人と関わるのが下手で……胡蝶を友人だと言ったら、胡蝶が嫌がるんじゃないかと思って……」

「そんなわけないじゃない!」

カナエは大声を上げた。

「私、結火さんと一緒に過ごすことが、本当に楽しいのよ……」

「あ、ああ」

「と、友達じゃないなんて、絶対にもう言わないで」

「す、すまない」

結火はその場に座って、カナエの手を取る。そして、まっすぐにカナエの瞳を見つめて、口を開いた。

「約束、する。もう言わない」

カナエは泣きそうな顔で結火の手を握って、言葉を返した。

「本当?」

「ああ。胡蝶は、私の――大切な友人だ」

“友人”という言葉に何か引っ掛かりを感じて、カナエは首をかしげた。

 

 

 

あれ?なんかちょっとちがう。

いや、絶対にちがう。

友人?友人というよりも……

私は、あなたの、なんというか、こう……、もっと、特別な――

 

 

 

「胡蝶?」

結火が訝しげな顔をして顔を覗きこんできた。カナエは慌てて、胸の中にある想いを誤魔化すように口を開いた。

「――結火さん、私、結火さんのこと、大好きよ。……だから、ずっと仲良くしてね」

「ああ。すまなかった。胡蝶」

カナエは微笑んで、結火も頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胡蝶さん、今日はご機嫌だね」

「ええ!テストでいい点を取ったの!」

休み時間、クラスメイトに話しかけられて、カナエは嬉しそうに頷いた。結火に勉強を教わった甲斐もあり、テストではかなりいい点を取った。早く結火に知らせたい。

「今日も高等部に行くの?」

「結火さんに早くテストのことを、伝えたいの」

カナエがそう言うと、クラスメイトは不思議そうな顔で問いかけてきた。

「胡蝶さん、結火先輩のこと、怖くないの?」

「え?怖い?なんで?」

「だって、結火先輩って、すっごく綺麗で優秀だけど……何を考えているか分からないし、ずっと無表情で……なんか、冷たい感じがして、怖くない?」

「そんなこと……」

「睨まれているみたいで威圧感があるし、……私は二人きりで話すのは絶対無理だな」

カナエが反論しようとしたが、すぐに学校のチャイムが鳴ってしまったため、クラスメイトは自分の席に戻ってしまった。教師も入ってきて、授業が始まる。カナエは教師の話をほとんど聞かずに、結火の事を考えていた。

 

 

怖くない。怖いなんて、あるわけない。

あの人は、怖いというよりも、むしろ――、

 

 

授業終了のチャイムが耳に届いて、カナエはハッとした。勢いよく立ち上がり、すぐさま弁当を持って教室から飛び出す。

急いで書道部の部室に向かう。扉を開けながら、声をかけた。

「結火さん、こんにちは――あら?」

書道部の机で、結火は顔を突っ伏して眠っていた。

その姿を見て、カナエは静かに近づく。起こさないように、そっと隣に座った。じっとその顔を見つめる。

相変わらず綺麗な顔だ。真っ白な肌に、艶のある黒髪。切れ長の瞳は、今は閉じられている。

「……結火さん」

囁くように名前を呼んだ。結火は全く起きる様子を見せない。

 

 

こんなにも、綺麗な人が怖いなんて。

どうかしている。

この人は、こんなにも――

 

 

カナエはゆっくりとその長い髪を手に取る。思った通り、さらさらの美しい髪だ。ゆっくりと、唇を寄せて、そっと口付けた。結火が気配を感じたのか、

「……ん」

小さく声を出す。そして、瞳を開けて、ぼんやりと顔を上げた。その顔を見て、カナエは微笑む。

 

 

 

こんなにも、可愛いのに。

 

 

 

「結火さん、おはよう」

髪から手を離して、そう声をかけると、結火が慌てて立ち上がった。

「……胡蝶、ごめん、寝てた」

「寝不足?」

「ちょっとな……来週は高等部がテストなんだ。それで、昨日遅くまで勉強していて……」

「テストといえば、私、頑張ったのよ」

カナエは鞄から答案用紙を出して結火に見せる。

「ほら、見て。すごいでしょ?」

結火はその点数を見て、口を開いた。

「……すごい。ほとんど満点じゃないか」

「うふふ」

カナエは嬉しそうに目を細め、結火はその頭をそっと撫でた。

「頑張ったな、胡蝶」

「もっと褒めて、褒めて」

「頑張った。えらい。すごい」

カナエが少し顔を赤くして、もっともっと褒めて、と結火にねだる。結火はカナエに求められるまま褒め続け、頭を撫でた。

その日、昼休みが終わり、教室に戻ってからも、カナエはずっと上機嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、結火さんって中等部の時は剣道部だったのよね?」

「ああ」

「どうして剣道を辞めたの?」

ある日、カナエがそう尋ねると、結火は弁当の卵焼きを口に含みながら、とても複雑そうな顔をした。カナエの問いかけに何も答えず無言になる。

その顔を見て、聞かない方がよかったかな、とカナエが少し後悔していると、ようやく結火は口を開いた。

「――笑わない?」

「え?」

カナエがキョトンとして首をかしげると、結火は言いにくそうに言葉を続けた。

「……私は、昔から感情を表に出すのが苦手で……、もう分かってるとは思うけど、……あまり友人も、いなくて……」

結火はカナエから目をそらして、モゴモゴと話し続けた。

「……剣道は昔からやってたから、……自慢ではないけど、いつの間にか、物凄く強くなっちゃって……父に、勧められて、いろんな大会に出て、優勝したのはよかったけど……、鬼のように強い、とか言われて……周りの人から怖がられるようになって……それで、ますます友人を作り難くなったんだ……」

「そ、そうだったの」

「――それで、高等部に進学した時、思い切って剣道を辞めたんだ。まあ、元からこんな性格だから、今でもほとんど友人はいないけど……でも、まあ、書道部の人達とよく話すようになったし……、後悔はしていない。父は残念そうにしていたけど」

結火はまっすぐにカナエを見てきた。

「――だから、胡蝶には、感謝している」

「え?」

「胡蝶が、ここで私とお昼ごはんを食べてくれるのが、とても嬉しいんだ。私にとって、1日で一番の楽しみなんだ」

そして、結火の口元はゆっくりと綻んでいき、満面の笑みを浮かべた。あどけない、輝くような笑顔だ。

初めて見たその表情に、カナエは衝撃を受け、目を見開く。

「ありがとう、胡蝶。私と友達になってくれて」

結火の言葉に、胸が詰まる。直後に、波のように何かがざわめくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胡蝶は、それ、自分で作ってるのか?」

ある日、結火がカナエの弁当を覗き込むように見ながら尋ねてきた。

「あ、ううん。今日は母が作ったの。でも、たまに自分でも作ったりするのよ」

「へえ……。偉いな。私は、母に任せっぱなしだ。見習わないとな……」

結火の言葉を聞いて、カナエは思わず口を開いた。

「――じゃあ、私が作ってもいい?」

「は?」

結火が驚いたようにポカンとする。カナエは早口で言葉を続けた。

「明日、私が結火さんのお弁当を作ってくるわ。何かリクエストはある?好きなものとか――」

「い、いや、胡蝶」

結火が困惑しながら口を開く。

「気持ちは嬉しいけど、申し訳ないし……、作らなくても――」

「私が作りたいの。だから、お願い」

カナエが拝むように手を合わせながらそう言うと、結火は困った顔をしたが、

「――じゃあ、頼む。……好き嫌いは、特にない」

そう言ってくれた。

カナエは顔を輝かせて、大きく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、書道部の部室で、カナエは作ってきた弁当を結火に手渡した。

「はい、どうぞ」

「――ありがとう」

結火がお礼を言いながら受け取り、包みを開く。カナエもその隣で同じ弁当を開けた。

結火は、カナエが作った弁当をしばらく見つめ、そしてゆっくりとおかずを口に入れた。

「――うまい」

結火の言葉に、カナエは心が弾み、顔が赤くなるのを感じた。

「ほ、本当?」

「うん。うまい。すごく、うまい。うまい」

結火の感想はシンプルだが、その箸は止まらず、勢いよく弁当を食べている。

カナエは微笑みながら、水筒のお茶を結火に差し出した。

「急いで食べたら喉に詰まるわ」

結火は食べながら頷き、一気にお茶を飲み干す。その後、大きく息を吐いて、口を開いた。

「――胡蝶はいい嫁になるな」

その言葉に、カナエは目を見開いた。そして、妄想が脳内を駆け巡る。

 

 

仕事から帰ってくる結火を、カナエは「おかえりなさい」と出迎える。二人で楽しく食事をして、たくさん話をして、夜はくっついて眠って――、

 

 

「……っ」

カナエはその妄想に顔を真っ赤にした。全身が熱くなる。そんなカナエの様子に気づかず、結火は弁当を食べながら、

「胡蝶と結婚できる男は幸せだろうな」

と呟いた。その言葉に、カナエは衝撃を受ける。

 

 

ちがう。

私が、私が結婚したいのは――、

 

 

「結火さん」

「うん?」

カナエは結火を真っ直ぐに見つめ、言葉を重ねた。

「私は、あなたのお嫁さんになりたい」

カナエの言葉に結火はポカンとした。

カナエも自分の言葉に自分で驚く。だが、前からモヤモヤと抱いていた想いを、気持ちを、ようやく理解した。

 

 

そうだ。私は結火さんの友達じゃなくて。

想い想われる、そんな関係になりたい。

もっともっと近づきたい。

ずっとずっとそばにいたい。

私だけを見てほしい。他の人は見ないで。

ずっと、私だけを――

 

 

一瞬の沈黙の後、結火は、

「――ク、クククッ、そうか。私と、か」

と、小さく笑った。どうやら冗談だと思っているらしい。カナエは頬を膨らませ、また言葉を続けた。

「結火さんが、いいの。他の人じゃなくて――」

「分かった分かった。私と結婚な」

結火は、カナエの頭をグリグリと撫でて、また笑った。

「それじゃあ、その時は、――飛びっきり可愛い指輪をお前に贈るよ」

「……っ、指輪?」

「ああ。それに、花束も付けてやる。それでプロポーズをしよう」

結火はまだ冗談だと思っているらしく、そんな事を笑いながら言ってきた。

結火の笑顔に見とれながら、カナエは決心した。

 

 

何年かかっても構わない。

この人を私のものにする。

絶対に。

誰にも渡さない。

誰のものでもない、私だけのものに。

 

 

カナエの目の奥がキラリと光る。

結火はそれに気づかず、カナエの頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 






※煉獄 結火
高校生。書道部。感情表現が苦手で、口下手。接する相手は睨まれているような威圧感を感じるようで、よく周りの人間から怖がられてしまう。そのため、綺麗な容姿をしているのに、学園三大美女には選ばれていない。人と関わるのが下手で、友達ができないのが悩み。カナエと出会うまでは、一緒に弁当を食べる友達がいないので、昼休みは書道部の部室に逃げこみ、ぼっちで弁当を食べていた。
後輩のカナエが仲良くしてくれるのがとても嬉しい。一緒に弁当を食べる時間が楽しみ。
成績優秀な優等生だが、恋愛に関しては鈍いため、カナエの気持ちには気づかない。



 

※胡蝶 カナエ
中学生。こちらでも相変わらず攻め攻めな人。この後、数年かけて結火を口説く。押してダメなら押し倒せ!の精神で頑張る予定。






子猫のようにじゃれ合う後輩×先輩の百合を書きたくて出来上がりました。
次の章が終わったら、今度は百合ん百合んな関係の社会人編を書きたいと思います。






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