気がついたら、ひとりぼっちで暗闇に座り込んでいた。
一体、ここはどこだろう。
ぼんやりと辺りを見渡す。
すぐに、これが夢だと気づいた。
不快なほど、奇妙な感覚に包まれる。
暗くて、寒くて、怖くて、
何よりも、寂しかった。
膝を抱えて、顔を埋める。
孤独感に支配されて、泣きたくなった。
おかしい。私は、孤独に慣れているはずだ。
こんな事で、泣きそうなほど悲しくなるなんて――
そう思った時、隣から、よく知っている気配を感じた。
ハッとして勢いよく顔を上げて、隣を見る。
いつの間にか、隣にカナエが座っていた。
目が合った瞬間、カナエが優しく笑う。
途端に、フワフワとした浮遊感に包まれる。
何かが、心の中であふれて、広がっていく。
カナエがこちらに手を伸ばしてきて、包み込むように手を握った。
すぐにその手を握り返す。
ずっと、こうしていたい、と思った。
◇◇◇
煉獄結火は何の前触れもなく、突然覚醒した。ぼんやりと天井を見つめてから、ゆっくりと起き上がる。やや身体が痺れているのを感じながら、頭を抱えた。
初めて、夢の中にカナエが出てきた。こんなこと、今までなかったのに。
きっと、今日カナエと出かける約束をしたせいだ。そのせいで、変な夢を見てしまった。
「……」
大きくため息をつく。そして、ゆっくりと立ち上がり、顔を洗うために障子を開けて部屋から足を踏み出した。
一方、胡蝶カナエは朝から上機嫌だった。今日の結火との逢瀬が楽しみ過ぎて、昨夜はよく眠れなかった。いつも通り仕事をこなして、昼食を食べ終える。そして、弾む心を抑えきれず、ニコニコと笑いながら妹に声をかけた。
「それじゃあ、しのぶ。お仕事、お願いね。何かあったら鴉を飛ばしてちょうだい」
しのぶは拗ねたような顔で何かを言いたげに口を開くが、結局頷いた。
「……うん」
「夕方までには帰ってくるから」
カナエがそう言うと、しのぶは少し首をかしげながら口を開いた。
「姉さん」
「うん?」
「あの人、何か言ってた?」
「え?」
しのぶの質問の意味が分からず、カナエはキョトンとした。
「あの人って、結火さん?何かって……?」
「……ううん。なんでもない。いってらっしゃい」
しのぶはカナエから顔をそらし、部屋から出ていった。そんな妹の様子を気にしながらも、カナエは門戸へと小走りで向かった。
門戸では、既に煉獄結火が待っていた。一人、うつむいてひっそりと佇んでいる。
その姿に、カナエはしばらく見とれた。今日はいつもの隊服と白衣の姿ではない。明るい青色の着物を身に付けていた。黒い髪は綺麗に編み込まれ、カナエが贈った赤い髪紐を身に付けている。
静かにカナエを待つ彼女は、いつも通り、今にも消えてしまいそうな脆さを宿していた。
またこれだ、とカナエは拳を握る。時折結火があまりにも儚く見えることがある。知らない間に、どこかに行ってしまいそうで、焦燥感を感じるのだ。そんなわけない、と分かっている。それでも、想像してしまう。まるで、そう、灯火が風に吹かれて消えるように、どこかへとふっと消えてしまいそうな―――、
「胡蝶様?」
いつの間にか、結火がこちらを向いていた。声をかけられて、カナエは慌てて微笑む。
「結火さん、おまたせ。行きましょう」
そう言うと、結火は無言で頷いた。
二人並んで歩き始める。どちらからともなく手を伸ばして、お互いの手を握った。
◇◇◇
「……」
そんな二人の姿を、影から一人の人物が見つめていた。結火とカナエが手を繋いだ瞬間、グッと拳を握り、口を開く。
「……おお!手を繋いでるぞ!!仲良さそうだな……」
結火の元上司、後藤である。
「しばらく見ないうちに、ずいぶん親しくなったんだなぁ……どこまで進んでるんだ……?」
小声で呟きながら、こっそりと二人を追いかける。
後藤がこうして二人を追いかけているには、めんどくさい事情があるからだ。
本日、仕事の終わった夜明け、突然胡蝶しのぶが後藤を訪ねてきた。
『おはようございます、後藤さん』
『む、蟲柱様!?どうされたんですか?』
後藤は驚いて声を出す。そのまま、しのぶに引きずられるように物陰へと連れ出された。しのぶは小声で話を切り出した。
『少々、後藤さんに頼みたいことがありまして……』
『はい?』
『今日、姉さんと結火さんが逢い引きします』
『――え、……え?、ええぇぇぇっ!!』
思わず大声で叫んだ後藤の口を、しのぶが、
『シーっ』
と言いながら防いだ。
『声が大きいですよ、後藤さん』
『す、すみません』
慌てて後藤は謝り、不思議そうに問いかけてきた。
『結火様と胡蝶様は、い、いつお付き合いを――』
『付き合ってるわけないでしょおぉぉぉっ!!馬鹿なこと言わないでっ!!』
さっきの後藤よりも大きな声でしのぶが叫ぶ。いつもの可愛らしい笑顔はそこにない。その表情は鬼のような怒りに満ちており、後藤はその迫力に震え上がり慌てて何度も頭を下げた。
『も、申し訳ありません!!』
『いえ、こちらこそすみません。私としたことが、少々取り乱してしまいました。危ない危ない』
しのぶはすぐに怒りの表情を消した。手を口元に当てて、落ち着いた微笑みを見せる。しかし、その唇がまだピクピク震えているのを後藤は見逃さなかった。
『えー、それで、どうしてこちらに…?』
『後藤さん、あなただけの特別任務です』
『はい?』
『今日、姉とあの人を尾行してください』
その言葉に後藤は唖然として、首をかしげた。
『はいぃぃ?』
『結火さんが姉に対して、何か不埒な行いをしないか見張ってください』
『は、えーと、え?』
『私が行ければいいんですが……蝶屋敷での仕事がありますし……何より、あの人の尾行はもう二度としたくないので……』
後藤は驚いて思わず口を挟んだ。
『え?尾行したことあるんですか?結火様を?』
『……とにかく!!あの二人を尾けてほしいんです!』
しのぶは誤魔化すように少し大きめの声を出した。
『なんで俺が……俺にも仕事が……』
『他の隠の方には、後藤さんは特別任務があると、私から言っておきますから』
『いや、勘弁してくださいよ……結火様にバレたら、どうなるか……俺には無理です』
後藤の言葉に、しのぶがニッコリと笑って懐へ手を突っ込んだ。
『ここにちょうど、とてつもなく死ぬほど苦~いお薬がありまして……』
『承知しました!!』
後藤は素早く口を開いた。
『不肖この後藤、喜んで特別任務を請け負わせていただきますっ!』
『あら、とーっても苦いけど、とーっても身体にいいお薬なのに。でも、まあ、やる気をだしてくれたみたいで、喜ばしいです』
しのぶは微笑んで後藤の肩を叩いた。
『それでは、よろしくお願いしますね』
「柱って、本当おっかない……」
後藤はしのぶの気迫に満ちた笑顔を思い出しながら、こっそりと呟く。
「まあ、いいか。俺もあの二人の進展は気になるし……」
そして、音を立てないように、後藤は二人を追い続けた。
◇◇◇
「……」
「結火さん、どうしたの?」
突然、何かを考えるような顔をした結火をカナエが不思議そうに見つめ、問いかけてきた。結火は首を横に振る。
「何でもありません……それよりも、胡蝶様、今日、行く所、なんですが……」
「どこに行きたい?前にも行ったけど、あなたの行きたい所に行きましょう」
カナエの言葉に、結火は小さく頷き、口を開いた。
「それでは――」
結火とカナエが訪れたのは小さな喫茶店だった。
「可愛いお店ね。結火さん、よく来るの?」
「いえ、私も、初めてです」
話しながら、二人は空いている席に座った。
「この、あいすくりーむというのが美味しいと聞きました」
「じゃあ、それにしましょうか」
品書きを手に取り、給仕に注文する。注文を済ませ給仕が立ち去ってから、結火は小さな声で言葉を重ねた。
「……この店は前から来たいと思っていまして……甘露寺様が、手紙で紹介してくださったのですが、なかなか行く機会がなくて……」
甘露寺の名前が出た瞬間、カナエの顔が強張った。
「そう、蜜璃ちゃんのオススメなのね……そういえば、あれから蜜璃ちゃんのおうちには……」
「行っていません。……甘露寺様も任務で忙しいらしく……予定が合わなくて……手紙はやり取りしていますが」
カナエがホッと安心したような顔をした。その時、注文した品が届いた。
二人の前に置かれたのは小さな硝子の器だった。涼しげな白い氷菓子が乗っている。
「あら、可愛いわね。これが……」
「あいすくりーむ、でしょうね。甘露寺様が、とても美味しいと仰っていました……」
カナエに答えながら、結火は匙を手に取り、アイスクリームをすくった。口に含んだ瞬間、結火の表情が固まる。そして、大きく目を見開いた。
「美味しい?」
カナエが楽しそうにそう聞いてきて、結火はコクリと頷いた。初めて食べた味だ。甘露寺から聞いてはいたが、想像以上に美味しかった。
カナエも同じようにアイスクリームを口に入れ、驚いたような顔をした。
「ひやっとして甘くて……美味しいわね」
結火は何度も頷き、夢中でアイスクリームを食べ続ける。
その様子をカナエはまっすぐに見つめた。
「結火さん、本当に甘いもの、好きなのねぇ」
「……でも、やはり、ようかんが一番好き、です」
「じゃあ、今度は一緒に和菓子が美味しい甘味処に行きましょうか。いいお店を知ってるのよ」
「……では、次の機会に」
結火が頷きながらそう答える。その顔は微かに微笑んでおり、カナエも微笑み返した。
◇◇◇
「おお……楽しそうだな」
物陰からこっそりと二人を観察している後藤が、感動したように呟いた。
「あの結火様が、笑ってる……滅多に笑わないのに……胡蝶様、すげぇ……」
その時、カナエがこちらへ視線を向けた。後藤は慌てて身を隠す。
しばらく経ってから、そっと顔を出して再び二人の方へ視線を向ける。カナエはもうこちらを見てはいなかった。結火と見つめ合いながら、微笑んで会話を楽しんでいる様子だ。
「バレてないよな……?」
これでも自分は鬼殺隊の隊員だ。尾行にはかなり自信がある。
「……大丈夫みたいだな」
ゴクリ、と生唾を飲み込んだ。ここでバレるわけにはいかない。まだ逢い引きは始まったばかりなのだから。結火は怖いが、しのぶはもっと怖い。ここで失敗したら、恐らく自分は明日の太陽は拝めない。蟲柱に毒を盛られて、燃やされるだろう。
後藤はそんな想像に顔を青くさせながら、二人を見つめ続けた。
◇◇◇
「うふふ……」
突然笑い出したカナエに結火は首をかしげた。
「どうしました?」
「いえ、結火さんがとっても可愛かったから、思わず笑っちゃったの」
「……」
何と答えればいいのか分からず、結火は無言でアイスクリームを口に含んだ。
全て食べ終えてから、会計を済ませ、喫茶店から出た。
「じゃあ、次はどこに行きましょうか」
カナエの問いかけに、結火は少し考えながら口を開く。
「……散歩を。以前のように、ゆっくりと歩きたいです」
「あら、いいわね。町中を散策しましょうか」
カナエが笑い、結火は頷く。お互いに手を握って、歩き出した。
町中は様々な店が並び、大勢の人間が歩いていた。こんな風に買い物以外で町を歩くのは久しぶりだ。自然と心が明るくなり、気分も上昇していくのを感じた。
いつの間にか、当然のようにカナエと手を繋ぐようになってしまった。結火は複雑な気持ちで、繋がれた手をチラリと見た。賑やかな町を二人で手を繋ぎながらのんびり歩く。
このように、散歩するのも悪くないな、と感じた。しかし―――、
「お嬢さん、お茶でもいかがですか?」
「もしよければ、一緒に食事でも――」
結火はため息をつきそうになった。さっきから男に声をかけられまくるのだ。忘れていたが、カナエはかなり魅力的で華やかな美人だ。カナエ目当てに声をかけてくる男が多すぎて、うんざりしてきた。カナエは慣れているのか、サラリと上手く断っている。
ちなみに結火も何度か男に声をかけられたが、
「……」
「あ、スミマセン」
無言で睨むと、男はその気迫に怯えて逃げていった。カナエが困ったように首をかしげた。
「なんだか、落ち着かないわね~」
「どこか、違うところに行きますか」
「人が少ないところはあるかしら?」
結火は少し考えて、小さく頷いた。
「それでは、こちらへ――」
カナエの手を軽く引く。そして二人は少し早い足取りで町中を進んでいった。
◇◇◇
「お、どこに行くんだ?」
後藤は慌てて二人を追いかける。走ってはいないが、二人の足取りはかなり早い。
「結火様、大丈夫か?あんまり激しい動きは危ないのに……」
結火の身体が心配で後藤は声を漏らした。激しい動きは、肺の弱った結火には悪影響だ。恐らくすぐに胸の痛みが出現し、呼吸が苦しくなるだろう。
まあ、胡蝶様が一緒なら安心か、と走りながら呟く。二人が人混みに紛れて曲がり角に入った。後藤も気配を消しながら、それに続く。
しかし――、
「あ、あれ?」
確かに角に入ったのを見たのに、二人の姿は忽然と消えていた。
「え、う、うそ――」
後藤は慌てて人混みの中を探す。しかし、見つからなかった。
「あ、……あ……」
胡蝶しのぶの、美しいが鬼のような笑顔を思い出して、ガクガクと震えながら声を漏らす。
「あぁーーーっ!!どこに行ったんですか、チクショオォォォーーー!!」
人目を気にする余裕も失くし、人混みの中で後藤は泣き叫んだ。
◇◇◇
知っている声が聞こえた気がして、結火は振り向いた。
「どうしたの?」
「……いいえ。それより、こちらへ」
結火はカナエの手を軽く引っ張り、素早く歩いた。町中を出て、やや緑の多い道を二人で進む。
「結火さん、身体は大丈夫?ずいぶん歩いたけど……」
「これくらいは問題ありません」
二人がたどり着いたのは、小さな川だった。
「ここは……?」
「昔、よく遊んだ川です」
結火は川を見つめながら囁くように言った。
「――この周辺で花や虫を見つけたり、川遊びをしました」
随分と、活発な幼少時代だった、と思う。体調を心配する父に構わず、幼い結火はよく川遊びをしていた。時折花や虫を見つけては、幼馴染みの耀哉へと届けていた。胸を締め付けられるほど、懐かしい気持ちが湧きあがり、結火はうつむいた。
「綺麗なところね」
結火は頷いてその場に座る。カナエも隣に腰を下ろした。
青く澄んだ水が、ゆるゆると穏やかに流れている。
日差しがキラキラと反射して、川魚が泳いでいるのが見えた。しばらく二人でそのまま川を眺めた。最初に口を開いたのはカナエだった。
「やっと、二人きりになれたわね」
「……はい」
結火は気まずそうに頷く。カナエが楽しそうに笑って、言葉を重ねた。
「とても静か……落ち着くわね」
カナエがそう言いながら、立ち上がった。そのまま裸足になると、ジャブジャブと川に入っていった。
「――危ないですよ」
「浅いから、大丈夫」
クスクスと笑いながら、カナエが手を差しのべた。
「一緒に入る?冷たいけど気持ちいいわよ」
「――やめておきます」
結火は首を横に振った。
「また、風邪をひいたら怒られますので」
「それもそうね」
カナエが苦笑しながら頷いた。バシャバシャと足で水を掻き分ける。
「釣り道具でも持ってくればよかったわね~」
「魚なら手でも捕まえられますよ」
「ええ?どうやって……?」
「岩の中に魚がいるので、そこにゆっくり手を入れるんです。魚をびっくりさせないように、そっと……」
二人で言葉を交わしながら穏やかな時間を楽しむ。水に足を浸したカナエが楽しそうに笑った。その笑顔を見て、心臓がくすぐられたような感覚になる。心が溶けるような、不思議な感情が芽生えた。すぐに、自分が、楽しい、と感じていることに、結火は気づいた。そんな自分に驚きを感じる。でも、もうそれを否定しようとは思わない。カナエを見つめて、結火も微笑み返した。カナエがその笑顔を見て、ますます幸せそうに笑う。
しばらく経って、カナエがようやく川から上がってきた。
「服もちょっと濡れちゃった」
少し照れたようなカナエの姿を見つめながら、結火はまた少し笑った。
「水が綺麗なので、夜になれば、蛍が見られるんです」
「蛍?」
「幻想的で、とても綺麗な光景ですよ」
昔、父が非番の夜に、父と弟と共に夜にここまで来て、蛍を眺めた時の事を思い出した。
その言葉にカナエが顔を輝かせながら口を開いた。
「じゃあ、今度は夜に来ましょう!見てみたいわ」
結火は頷きかけたが、
「いえ」
すぐに首を横に振った。
「……この辺は人がいなくて、寂しい所です……鬼に襲われる危険があるので、やめておきましょう」
鬼に襲われたら、身体の弱い結火や肺を壊しているカナエが戦うのは不可能だ。カナエが残念そうな顔をした。
「そう……残念ね」
「……」
「じゃあ、今度はちがう所に行きましょうか。どこがいいかしらね~」
結火はしばらく何かを考えるようにうつ向く。そして、顔を上げると、カナエに問いかけた。
「胡蝶様」
「うん?なあに?」
「……もしも」
言葉を止めて、深呼吸をする。そして、口を開いた。
「もしも、戦う方法があるとしたら、……胡蝶様は、剣士に戻りますか?」
その問いかけに、カナエは驚いた後、複雑そうな顔をした。しばらく沈黙が続いた後、ようやく口を開く。
「……難しい質問ね」
ゆっくりと結火の隣に座り、言葉を続ける。
「……分からないわ。もしかしたら、戻るかもしれない。誰かの、幸せのために、また戦う道を選ぶかもしれない……」
「……」
「ああ、でも、そうね……できれば、人だけではなく、……鬼も救う方法を見つけたいわ。今度こそ」
「はい?」
その言葉の意味が分からず、結火はポカンとして顔をカナエの方へ顔を向けた。
「……救う?鬼を?」
「鬼は、とても可哀想な生き物だから……元は私達と同じ人間だったのに……できれば、彼らも救ってあげたい、と思うの」
「……」
「憐れな因果から、救いたい。この太陽の下で、笑って生きていける……そんな方法を、見つけたいわ」
ああ、この人はやはり優しいな、と結火は思った。自分とは、全然違う。うつむいて、空しく笑う。結火には到底分からない考えだ。代々鬼を滅してきた煉獄家に生まれた自分は、カナエのそんな思いを、馬鹿げていて無茶苦茶だ、と思う。
鬼を殺す。例え、この身が滅びようとも。
そんな思いを抱きながら生きてきたのだ。
カナエの考えを、決して結火は理解できない。
「……」
「結火さん、どうしたの?」
「……私は、ちがう」
ボソリと呟いた結火の言葉が耳に届かなかったらしい。カナエが首をかしげた。
「え?なに?」
「……いいえ。何でもありません。……もうひとつ、質問があります」
「あら、なあに?」
結火は顔を上げて、カナエをまっすぐに見つめながら口を開いた。
「……私が、もしも、一生あなたの想いに答えられない場合は、どうされますか?」
「一生片想いを貫くわ」
即座にカナエが答えて、結火は目を見開いた。そんな結火を見つめながら、カナエが笑う。
「だって、あなたのことが心から好きなんですもの……知ってるでしょう?」
「……」
「悲しくても、寂しくても……これは私だけの想いだから……貫きたいの」
その想いの強さが眩しくて、結火は泣きそうになった。カナエの想いは、何よりも、純粋でまっすぐで、一途な恋だ。報われないかもしれないのに、その想いを貫く、なんて。きっと、つらくて苦しいはずなのに。
だからこそ、私は―――
結火が口を開こうとした瞬間、カナエが恥ずかしそうに結火の手を握った。
「そろそろ戻りましょうか」
「……」
「きっと、困ってるわ」
誰が困ってるか、カナエが言わなくてもすぐに分かった。結火は下を向きながら、コクリと頷いた。
◇◇◇
「ああ……どうしよう……蟲柱に殺される……」
後藤は町中をフラフラとさまよいながら、小さく呟いた。あれから、探しても探しても、結火とカナエを発見することは出来なかった。
「今のうちに、遺言の用意をしとくか……さようなら、現世。次に生まれ変わる時は、せめて怖い上司のいない世界で――」
ブツブツ声をだす後藤に、背中から声がかけられた。
「こんにちは、後藤さん」
その声にカッと目を見開き、振り返る。そこには結火とカナエが立っていた。
「ゆ、結火様……どうして、ここに」
「後藤さんに挨拶をしたくて。……今日はお疲れ様でした」
結火がそう言うと、後藤の顔が青白くなった。
「えーと、それは、どういう……?」
「尾行お疲れ様~。どうせしのぶでしょう?ごめんなさいね~」
カナエの言葉に真っ白になった後藤はその場で倒れそうになった。必死に声を絞り出す。
「い、いつから、気づいて――」
結火が首をかしげて、口を開いた。
「蝶屋敷を出た後くらいから、ですね」
「ほぼ最初からじゃないですか!!」
「あら、私が気づいたのは喫茶店でアイスクリームを食べた時くらいよ」
うふふ、と笑うカナエに後藤は泣きそうになった。まさか、ほとんど最初からバレていたなんて。
「じゃ、じゃあ、途中で見失ったのも――」
「二人きりになりたくて、頑張ったの。本当にごめんなさいね」
思わずその場にうずくまり、頭を抱えた。そんな後藤の肩を、結火はポンポンと慰めるように叩いた。
「安心してください。私や胡蝶様は気づきましたけど、とても上手な尾行でした。あとはもう少し歩調を合わせながら、目線に入らないように注意しましょう。適度な距離を保ちつつ、人混みで歩くのももう少し練習した方がいいですね」
「……」
なんで俺は尾行対象者から尾行の助言をされているのだろう、と後藤はまた泣きたくなった。
そして、何かに気づいたようにハッと顔を上げる。
「あ、あの……、蟲柱様には……」
「大丈夫よ。私の方からしのぶにはちょっとお灸をすえるから。それに、しのぶが心配するようなことは何もしていないわ。ねえ、結火さん」
「はい。……実際、二人で川まで散歩しただけですから」
後藤が安心したように大きく息を吐いた。よかった。燃やされずに済みそうだ。
「じゃあ、蝶屋敷まで帰りましょう!」
「はい」
カナエの言葉に、結火が短く答えて頷く。カナエがその場から歩き出し、それに続こうとした結火を後藤が慌てて引き止めた。
「あ、あの、結火様――」
「はい?」
「結局、胡蝶様との関係は、どうなっているんです?」
結火はその問いかけに、目を見開く。そして迷ったような顔をして、小さく口を開いた。
「……考えたんです。後藤さんに言われた通りに」
「はい?」
「あの人が、私にとって、どのような存在なのか」
「……」
「優しくて温かくて、……いつの間にか、内側にいるんです。気づいたら、心の中に入りこんできて……苦しい時、つらい時、寄り添ってくれる。……あの人の笑顔を見ると……なんと言うか……、うまく言えないのですが……ずっと、隣にいたい、と思うんです」
「……」
「あの人は……」
黙りこんだ後藤から顔を背けて、結火は囁くように言葉を続けた。
「――特別、です。私にとって」
後藤がポカンとして口を開いた。
「ゆ、結火様――」
その時、遠くからカナエの声がした。
「結火さーん、どうしたのー?」
そちらに視線を向けると、離れた場所でカナエが大きく手を振っていた。
「帰るわよー!」
結火はカナエの声を聞きながら、後藤に向かって口を開いた。
「それでは、後藤さん。お疲れ様でした。失礼します」
軽く頭を下げて、カナエの方へ走っていく。
後藤は蝶屋敷へと帰っていく結火とカナエの後ろ姿を見送りながら、
「……えぇぇ……あの結火様が?……うそぉ……」
小さく声を漏らした。
デート回+久しぶりの後藤さん災難回でした。