炎よ
私の中に眠る、優しき炎よ
どうか、そのまま、私の中で燃え続けておくれ
その輝きを、絶やさないでおくれ
そのためなら、私は
私という全ての存在を、焼き尽くされ、灰になって散ろうとも構わない
◇◇◇
「結火さん」
「……何でしょうか?」
夕食後、食器を洗っていると、後ろからカナエが話しかけてきた。結火はその顔を直視できず、皿洗いに集中しているふりをした。カナエは結火の様子に構わず言葉を重ねる。
「ねえ、またしてほしいなぁ~」
「……」
何をしてほしいのか、分かってはいたが、素知らぬ顔で言葉を返した。
「何か仕事が残っていますか?」
「もう、そうじゃなくて……分かっているでしょう?」
カナエが後ろから結火の腰を抱き寄せる。結火は思わずカナエに鋭い視線を向けた。しかし、後ろのカナエがあまりにも幸せそうな顔をしていたため、再び顔を背けた。また顔が熱くなる。
「可愛い仕返しだったわ」
「……」
「ねえ、もう一度、して?」
結火は顔をしかめて、濡れた手を拭いてから、腰に回されたカナエの腕を無理矢理離した。
「二度としません」
「え~、そんなぁ……ちょっとだけ?ね?」
「拒否します」
「じゃあ、私からしようかしら」
カナエの言葉にギョッとして振り返ったその時だった。
「……う」
突然目の前の景色が歪んで、クラクラした。一瞬の後、それが眩暈だという事に気づく。
「結火さん!」
身体が前に倒れたが、それをカナエが受け止めてくれた。
「どうしたの!?大丈夫?」
「……っ、大丈夫です」
また頭痛に襲われて、思わず唇を噛む。
「診察をしましょう。このまま診察室に――」
「いえ」
結火はすぐに自分の足で立ち上がると、カナエから身体を離しながら首を横に振った。
「少し寝不足で、立ちくらみがしただけです。診察は無用です」
「でも――」
「大丈夫、ですから」
カナエから顔を背け、結火は早口で言葉を続けた。
「失礼します」
素早く台所から出ていく。その姿を、カナエが眉をひそめながら見送った。
一晩中、吐き気と頭痛に苦しんだ。あまりの苦痛から一睡もできていない。
「――うぅ」
朝早く、鏡で自分の顔を見て思わず呻く。その顔色は、昨日より明らかに悪くなっていた。
「……おはようございます。あまり体調はよくないみたいですね」
そのまましのぶの部屋を訪ねると、しのぶも驚いたような顔で迎えてくれた。
「全然肺の機能が上がったような感覚はありません……。吐き気と、頭痛がひどいです。あとは、眩暈も……」
「……やはり、止めますか?」
しのぶの言葉に、結火は迷うことなく首を横に振った。
「いえ。止めません」
キッパリとした結火の答えに、しのぶは苦笑しながら言葉を続けた。
「とりあえずは、昨日と同じ量を投与しましょう。さあ、腕を出してください」
結火が無言で腕を差し出すと、しのぶはすぐに事前に用意していたらしい毒を注射した。
「あと、これをどうぞ」
「……?」
毒を投与した後、しのぶが何かを差し出してきた。
「これは……」
「化粧道具です。そのままの顔色だと怪しまれますから……多分、化粧である程度は誤魔化せると思いますよ。もしよければ、使ってください」
「――どのように、使うんですか?」
結火の問いかけに、しのぶが呆れたような顔をした。
「化粧をしたことないんですか?」
「……今まで、する機会がなかったので」
しのぶが大きくため息をつきながら、化粧道具を広げた。
「仕方ありませんねぇ、もう」
そのまま結火の顔に白粉やら紅やらを塗ってくれる。顔が彩られていくのが分かり、結火はムズムズした。
「はあ、もう。なんで私がこんなことまで……」
しのぶがブツブツと文句を言いながらも手を動かし続ける。
「申し訳なく存じます」
結火は謝りながら、大人しくしのぶのされるがままになった。
やがて、ピタリとしのぶの手が止まる。
「終わりですか?」
結火が声をかけると、しのぶがなぜか複雑そうな顔をして頷いた。
「――あなたって、本当に煉獄さんには似ていませんねぇ」
突然の言葉に結火は首をかしげながら、いつもの言葉を返した。
「弟は父に似ていて、私は母似です」
「――なるほど」
しのぶはそう言った後、肩をすくめて立ち上がった。
「それじゃあ、また何かあったら報告をお願いします」
「はい。ありがとうございました」
結火も立ち上がり、軽く一礼すると部屋から出ていった。
残されたしのぶは再びため息をつき、ポツリと呟いた。
「――綺麗な人。化粧なんてしなければよかった……ああ、もう、腹が立つ」
しのぶの部屋から出て、仕事をするために台所へ行こうと廊下を歩いていたら、カナエと鉢合わせた。
「え?えっ、ゆ、結火さん?」
「おはようございます」
結火は軽く頭を下げる。そんな結火の顔を驚いたような顔でカナエが凝視していた。
「ど、どど、どうしたの、そのお顔……?お、お化粧しているの……?」
「……」
どう答えるべきか迷いながら、結火は顔を伏せながら小さく声を出した。
「――別に。少し気分転換で……」
「あ、そ、そうなの……き、気分……あら、あらあらあら、そうなの……」
カナエが結火の顔を見つめながらオロオロしている。その姿は完全に挙動不審だった。
結火はそんなカナエの姿を見て、顔が強張った。
もしや、カナエは、結火の顔を見て何か異変を感じているのだろうか。
毒の事を感づかれたかもしれない。
「あの、何か、……変でしょうか?」
結火は不安を隠しながら冷静に問いかけると、カナエが顔を勢いよく横に振った。
「ち、ちがうわ!!全然!ぜんっぜん、変じゃない!!」
カナエがやや大きな声でそう答える。結火は訝しげな表情でカナエの様子を見つめていると、カナエが顔を赤らめながら言葉を重ねた。
「……すごく、すごく、可愛くて綺麗だから、びっくりしちゃっただけなの」
「……」
その言葉に何も答えられず、結火が目を泳がせる。その時、突然カナエが結火の顔を見つめながら、頬に触れて手で包み込んだ。ビクリと震える結火に構わず、カナエは困ったような顔で言葉を続ける。
「――でも、嫌だわ」
「……何が、でしょうか?」
「こんなにも可愛らしいあなたを、誰にも見せたくないの」
「……」
「このままあなたを隠して、私が、独り占めできればいいのに……」
甘い言葉に、心が震えるのを感じた。その優しい瞳に、釘付けになる。震えながら、そっとカナエの手に自分の手を添えると、カナエがフワリと微笑んだ。
「――私だけのあなたになってほしい」
その微笑みから目をそらせない。じわりと何かが胸にあふれ、熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「……私は」
結火が口を開いたその時だった。
「カナエ様ー!!」
アオイの叫び声が響き、結火は驚いて言葉を止めた。カナエも驚いたように声の方へ顔を向ける。
「大変、大変です!!」
また声が聞こえて、カナエは結火の顔から手を離した。
「どうしたのかしら?」
「――行きましょう」
ただ事ではない声に、結火が声をかけると、カナエは戸惑いながら頷いた。二人揃って足を進める。
そして、
「え……?」
蝶屋敷の門戸にて、信じられない光景を目にして、立ち止まった。カナエが口をポカンと開ける。
「……」
声には出さなかったが、結火も視界に入ってきたそれが信じられず、衝撃に目を大きく見開いた。
多くの隠達が怪我人を運んでくる。それはいつもの事だ。運ばれてきたのは竈門炭治郎や恋柱の甘露寺蜜璃、霞柱の時透無一郎だった。その他にも結火が知らない隊員もいる。大きな戦いがあったのか、全員がひどい状態だった。
いや、それはいい。怪我がひどいのはいつもの事だ。それよりも、結火とカナエが驚いたのは、
「お、おはよう」
目と目が合って、少女の鬼が微笑んだ。
「お、はよう。よかった、よかった、ねえ」
結火はあまりの出来事に現実を認識できず、その場で動けなかった。隣のカナエも結火と同じように呆然としている。
この鬼の事は知っている。直接関わったことはないが、もちろん存在は知っていた。彼女は鬼になったという竈門炭治郎の妹、禰豆子だ。
竈門禰豆子は太陽の下で明るく微笑んでいた。