蝶結び   作:春川レイ

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本日二話連続で投稿しています。ご注意ください。











生命の使い道

 

刀鍛冶の里にて、上弦の鬼の討伐に成功した。

そして、鬼の竈門禰豆子が太陽を克服した。

その知らせは鬼殺隊を急速に駆け巡り、蝶屋敷は急激に忙しくなった。怪我人の処置やら治療やらで、全員総出で仕事をこなす。

刀鍛冶の里での大きな戦いで、酷い怪我をしていた恋柱と霞柱は、幸いなことに三日目ほどで全快した。しかし、竈門炭治郎はまだ意識が戻っていない。竈門禰豆子は兄のそばで大人しくニコニコと微笑んでいた。

「禰豆子ちゃん、どうなっているのかしら?」

「分からないわ。でも、近いうちに会議が開かれるから……」

カナエとしのぶがヒソヒソと話す姿に、チラリと視線を向ける。太陽を克服した禰豆子の存在は、蝶屋敷だけではなく鬼殺隊の戦いに大きな影響を及ぼすだろう、という事は明らかだった。

「……っ、」

突然、強い吐き気を感じて、結火は急いで厠へと向かう。胃の中の物を全て吐き出しても、吐き気は治まらなかった。

「――ハァッ、ハッ」

大きく荒々しい息遣いで鏡を見る。その顔は化粧で誤魔化してはいたが、明らかに顔色が悪くなっており、以前よりも痩せていた。いや、やつれていると言った方が正しいだろう。

「……」

しのぶから毒を投与され続け、数日経った。毎日少量ずつ身体に入れられる毒は、結火の体調に明らかな変化をもたらしている。最近はずっと酷い頭痛が続いている。吐き気と眩暈も止まらない。そのせいで夜はあまり眠れないし、食欲もほとんどない。気力だけで仕事をこなしているが、最近はカナエだけではなくアオイや他の少女達も結火の体調の変化に気づき始めていた。

「結火様、大丈夫ですか?気分が悪いんですか?」

「――いえ。少し寝不足でして……気にしないでください」

仕事場に戻ると、すぐにアオイが心配そうに声をかけてくるが、適当に誤魔化す。カナエも患者達の怪我の処置をしながらも、結火の様子が気になるようで、チラチラと見てきた。

「――洗濯をしてきます」

カナエの視線から逃げるように患者の衣服を手に持ち、庭へと向かう。

廊下にて、またクラクラと眩暈が襲ってきて、壁に手をつき、その場に座り込んだ。

「……」

頭痛に顔をしかめながら、必死に立ち上がる。

フラフラと庭に出ながら、まずいな、と思う。もう誤魔化すのも限界がきている。毒の効能は出ているのに、肺への影響は全然出てこない。このままでは戦えない。

やはり、もう無理なのだろうか。

洗濯物を干しながら、唇を噛み締めたその時、突然声をかけられた。

「こん、こんにち、は」

「ん?」

慌てて振り向く。そこには、ニコニコと微笑みながら禰豆子が立っていた。

「――こんにちは」

冷静に言葉を返す。結火にとって、禰豆子はどう接すればいいのか分からない、奇妙な存在だ。人を襲わないと分かってはいるが、彼女は鬼だ。どうしても抵抗感が拭えない。自然と態度が固くなってしまう。

そんな結火の態度に気づいていないのか、禰豆子はにこやかに言葉を続けた。

「せ、せん、たく」

「――はい。仕事です」

「しごと」

突然、禰豆子は微笑みながらこちらへ手を伸ばしてきた。思わず一歩下がる。それに構わず、禰豆子はそのまま結火の頭に、小さな手を乗せた。

「え、えらいねえ」

「……」

頭を優しく撫でられて、結火は息を呑んだ。

「すごい、ねえ。がんばった、ねえ」

禰豆子の行動にどう反応すればいいのか分からず、硬直していたその時、

「あら、なんだか楽しそうね」

カナエの声が聞こえた。二人揃ってそちらを振り向く。いつの間にか、カナエが庭に出てきていた。ゆっくりとこちらへと近づいてくる。

「禰豆子ちゃん。皆が探していたわよ。あっちで遊んでいらっしゃい」

カナエがそう言うと、禰豆子は嬉しそうに頷き、その場から立ち去った。

「――結火さん」

カナエがこちらを見つめてきて声をかけてきた。慌てて洗濯物を干し、仕事に集中するふりをする。

「何か、仕事がありますか?」

そう尋ねると、カナエが結火の肩に手をかけてきた。そのまま強引にカナエの方へ身体を向けられる。

「――何を隠しているの?」

確信したかのようにカナエが問いかけてきて、結火は顔を伏せながら言葉を返した。

「何の事でしょうか?」

「誤魔化さないで。絶対に、何かあったでしょう?何を隠しているの?」

冷静な顔を装いながら、結火は口を開いた。

「特に何もありませんが」

「結火さん――」

カナエが再び口を開いたその時だった。

「姉さん」

声が聞こえて、そちらへと顔を向ける。しのぶが穏やかな顔で立っていた。

「怪我の処置の事で、アオイが呼んでいたわ。早く行ってあげて」

その言葉に、カナエは一瞬躊躇ったような顔をしたが、

「行ってくるわね。結火さん、何かあったらいつでも言ってね」

そう言って、屋敷へと戻っていった。

「――助かりました」

結火がしのぶに声をかけると、しのぶは無言で軽く頷き、その場から立ち去る。

結火は大きく息を吐くと、ゆっくりと上を見上げる。視界いっぱいに青い空が広がって、その美しさに一瞬見とれた。そして、

「……私は、成し遂げなければ」

小さくそう呟き、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その二日後の早朝、結火がいつものように毒を投与してもらうためにしのぶの部屋へと向かうと、しのぶが神妙な面持ちで出迎えてくれた。その表情に首をかしげながら、椅子に座る。しのぶが少し躊躇ったような顔をして、話を切り出した。

「結火さん。今日で、最後にしましょう」

その言葉に、心臓がざわりと音を立てる。結火は動揺しながら口を開いた。

「最後、とは……」

「ここ数日、毒のせいでかなり体調が悪くなっていますよね?その割には、肺への効果はほとんど見られない……毒の効能が、あなたの身体に悪い影響ばかりを与えています。これ以上は、さすがに厳しい、かと……、あなたの身体が、……壊れてしまいます」

その言葉に、結火は顔を伏せて拳を強く握った。自分でも既に気づいていた。これ以上、毒を投与しても無意味だ。毒は少しずつ結火の弱い身体を蝕んでいくだけで、肺の機能は全く向上していない。

しのぶが結火を見つめながら、ゆっくりと言葉を重ねた。

「今日で終わりにして、しばらく様子をみましょう。ひょっとすると、遅れて効果が出る可能性もありますし……」

「――やはり、駄目なのでしょうか」

しのぶの言葉を遮るように、結火は小さく囁いた。

「私は、二度と、……この手で、刀を握れないのでしょうか」

声に出してそう言うと、息が詰まって身体が震えた。そんな結火の肩に、しのぶが優しく触れた。

「あなたは、頑張っています……本当に……。心から尊敬します」

珍しく、しのぶが励ますようにそう声をかけてくれて、結火は思わず両手で顔を覆って、瞳を閉じた。あまりの悔しさに、胸が張り裂けそうだ。

やはり、もう無理なのかもしれない、と思うだけで、心が沈んでいく。

「戦いたかった。どうしても、どうしても、もう一度、誰かのために戦いたかった……」

気持ちがあふれ出るのを抑えられない。必死に心を落ち着かせて、ゆっくりと顔から手を離した。顔を上げて、しのぶをまっすぐに見つめ、口を開く。

「――心から、感謝いたします、蟲柱様。……希望を、ありがとうございました」

しのぶも結火はまっすぐに見返して、首を横に振った。

「まだ諦めるに早いですよ。もしかしたら、今後、毒が肺に効いてくる可能性だってあるんです。……きついかもしれませんが、もう少しだけ、頑張れますか?」

結火は少しだけ、口元を緩め、言葉を返した。

「きつい、だなんて、思いませんよ。私よりも、あなた方の方が、ずっと、ずっと、……最前線で、命を懸けて、戦っているのですから」

しのぶが少しだけ目を見開き、落ち着いた声で言葉を重ねた。

「……大きな戦いが近づいています。私にも柱としての責務があります。そして、あなたにも――」

「はい」

結火はしっかりと頷いた。

「今後、もし、刀が握れなくとも……私も全力で私の責務を全うします。共に、戦いましょう」

その言葉に、しのぶが穏やかに微笑む。その笑顔を見て思わず目を見開いた。しのぶが結火に向かって、心から微笑むのは初めてだった。

「それでは、最後の注射をしましょうか」

「はい」

しのぶが注射器を準備し、結火も腕を出した。

「よろしくお願いいたします」

結火の言葉に、しのぶが軽く頷く。いつものようにしのぶは結火の腕を掴み、針を刺そうとしたその時だった。

突然部屋の扉が開いた。

「なに、しているの……?」

そこには、困惑したような顔でカナエが立ちすくんでいた。

結火は素早くしのぶから腕を離す。しのぶも慌てて注射器を隠そうとしたが、カナエの視線はしのぶの手をしっかりと捕らえていた。

「――しのぶ、それはなに?」

「あ、た、ただの薬よ!ちょっと、結火さんの体調が悪そう、だから……」

しのぶが顔を青くさせながら、なんとか誤魔化そうとする。しかし、カナエは疑うように眉をひそめながら何度もしのぶと結火の顔を交互に見てきた。

「……」

結火は無言でその視線から顔を背ける。

カナエが首をかしげながら、再び声をかけてくる。

「――薬?本当に?」

「え、ええ!」

しのぶが大きく頷くが、

「なんだか、見覚えのない薬ね」

カナエの言葉に顔が大きく引きつった。チラリとしのぶがこちらを見てきて、結火は大きくため息をつく。そして、

「私が、蟲柱様に頼みました」

立ち上がりながら、カナエの方へ顔を向けてそう言うと、しのぶが息を呑んだ。カナエはますます不思議そうな表情で言葉を返す。

「頼んだ?何を?」

「――私の身体に、毒を投与するよう、お願いをしました」

結火の言葉に、カナエが呆然と口を開いた。一瞬の後、震えながら声を出す。

「ど、毒?なに、それ……?」

「――肺の、機能を高める毒があると、お聞きしたので。私に投与するよう、蟲柱様に依頼したんです」

淡々と答えると、カナエの顔色がサッと青ざめた。すぐに震えながら口を開く。

「なん、てことを……!しのぶ!!」

大きな声でカナエが叫ぶ。その顔は怒りに満ちていた。カナエのこんな表情を見たのは初めてで、結火は思わず下がりそうになるのを、なんとか堪えた。しのぶがカナエの大声に怯えたようにビクリと震える。結火はしのぶを庇うようにカナエの正面に立った。

「私が無理に頼みました。蟲柱様はそれに応えてくださっただけです」

「なんて、なんてことを……!だから、最近、結火さんの調子が悪かったのね!!自分が何をしているのか、分かっているの!?」

「はい」

キッパリと言い放ち、結火は冷静な瞳をカナエに向けた。

「分かっております。十分に」

「……っ、結火さん、あなたは……あなたの身体は……!」

「自分の身体の事は、自分がよく把握しております。よく考えた末に、決断いたしました」

結火の言葉に、怒りからか、カナエの顔がどんどん赤くなっていった。そのまま、勢いよく叫ぶ。

「あなたの身体は、あなたが思っている以上に弱っているのよ!!そんな、自分から、毒を入れるなんて……っ、命の危険だって、あるのに、なんてことを!!」

カナエが大きく叫ぶ。その声に、驚いたのか、アオイとカナヲまでが部屋へとやって来たのが見えた。

しかし、それに構わず、結火はカナエを見返す。考える前に口を開き、声を出した。

「――それが、どうした」

冷たい声が自分の口から飛び出して、驚く。カナエも戸惑ったようにこちらを見返した。

「――鬼を倒すために、戦うために、命をかけるのは当然であり、……責務だ。死んだって構わない」

その場全員の視線を感じながら、心を落ち着かせるためにゆっくりと息を吐く。そして、鋭い瞳で、カナエを見据えた。

「ゆ、結火さん」

「――あなたの考えは、甘い。あなたの、その甘さが、優しさが、――私は何よりも、嫌いだ」

いつの間にか、瞳から涙が流れていた。

「あなたには、分からない……っ、私の気持ちは、分からない……決して、……っ」

零れた涙が流れ続ける。水滴が唇へと触れて、言葉を吐くのと同時に吸い込まれたのを感じた。

「私の、生命の使い道は、私が決める……あなたが、口を出す権利なんて、ない……っ」

そうだ。何が悪い。

自分の身体を、命を、好きに使って、何が悪い。

選択したのは、他でもない、自分だ。

もう一度、戦いたい、と。

この手で、刀を握りたいと。

死にたいのだ、と。

そう願った。

「ずっと、ずっと、戦って、そうして死ぬのを願っている。鬼を倒すためなら、なんだって、する。例え、この身が滅びようとも、私は私の責務を全うする……誰かのために、戦い、命を護るためならば、死んだって構わない。私は、最後まで戦って、そうして、死にたい……っ、ずっと、そうやって、生きてきた。あなた、には、分からない……」

苦しくて、苦しくて。

早くこの苦しみを終わらせたくて。

そう思いながら、結火は叫んだ。

「鬼を救いたいなんて、叶わない望みを持つあなたに、私の気持ちは、――絶対に分からない!!」

その場の全員が呆然としながら結火を見つめる。

その視線を無視して、結火は足早に部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





この章も終わりに近づいています。今後もよろしくお願いいたします。
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