蝶結び   作:春川レイ

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※番外編です。
前半は煉獄さんが炎柱だった時期の出来事。
後半は35話の買い物の後の出来事。








番外編
赤に染まる


 

その日、鬼殺隊炎柱・煉獄杏寿郎は珍しく任務中に負傷した。

「よもやよもや!油断してしまったな!」

出血は少ないし、大した怪我ではない。しかし、放置するのはよくない。感染症などの危険もあるだろう。そう考えた杏寿郎は任務を終えた後、すぐに蝶屋敷へと足を向けた。

「失礼する!!」

そう大声で言いながら蝶屋敷へ入ると、すぐに神崎アオイがパタパタと駆け寄ってきた。

「炎柱様、どうされました?」

「任務中、腕を負傷してしまった!!すまないが、手当てをしてもらえないだろうか!!」

「は、はい、ではこちらへ……」

アオイは杏寿郎の大きな声に戸惑いながら、診療室へと案内した。

案内された部屋に入ると、そこでは胡蝶カナエとしのぶが何やら話をしていた。二人同時に杏寿郎へ視線を向けてくる。先にカナエが口を開いた。

「あら、こんにちは、煉獄くん。どうしたの?」

「すまないが腕を負傷してしまった!!治療を頼む!!」

杏寿郎の言葉にしのぶが少し驚いたように目を見開く。

「あら、煉獄さんが怪我とは珍しいですね……」

「少し油断してしまったようだ!面目ない!!」

カナエが苦笑しながら、口を開いた。

「すぐに手当てをするわね。そこの椅子に座って」

カナエに言われた通り、椅子に座る。カナエは治療の道具を取り出しながら、しのぶに声をかけた。

「しのぶ、悪いけど包帯を持ってきてくれる?」

「はい、姉さん」

しのぶがすぐに頷いて、近くの棚から包帯を取り出し、カナエに手渡す。包帯を受け取りながら、カナエが少し首をかしげた。

「あら、この包帯、ちょっと小さいかも……」

「あ、姉さん、大きめの包帯はさっき切れちゃったみたい」

カナエが困ったような顔をしながらも、怪我の手当てを始めた。

「うーん、とりあえずはこれを使いましょうか。後で大きい包帯を買いに行くわ」

「私が行くわよ、姉さん。この後買い物もあるし」

「じゃあ、二人で行きましょうか。後で他に何か買うものがないか、アオイに聞いておいてね」

「はい、姉さん」

カナエの言葉に、しのぶが嬉しそうに頷きながら笑う。カナエも杏寿郎の怪我の手当て続けながら、しのぶに笑い返した。

仲の良い姉妹の様子を、杏寿郎は手当てを受けながら無言で見つめていた。自分と同じ剣士であり柱でもある胡蝶しのぶが、カナエの前だと全然違うのだな、と感じる。柱合会議の時や仕事の関係でしか交流はないが、胡蝶しのぶは柱と呼ばれるに相応しい人間らしくいつも凛々しい顔をしていた。そのしのぶが、今はカナエと無邪気な笑顔で会話を交わしている。「姉さん」という呼び方には、愛情が満ちていた。

なぜか、懐かしい、と思った。なぜそんな感情になったのか一瞬混乱したが、すぐに気づく。

同じだった。かつての自分と。

杏寿郎の瞳の奥に、誰よりも大好きな人の影が浮かび上がる。長い黒髪に、鋭い眼光。いつも自分よりもずっとずっと前で戦っていた、強い人。

行方不明になっている、杏寿郎の姉。かつては炎柱であり、最も尊敬する剣士だった。杏寿郎は、いつも愛情を込めて「姉上」と呼んでいた。

姉は今、どこで何をしているのだろう。任務で遠方に足を運ぶ度に、杏寿郎は姉の姿を探していた。あの人は、きっと自分の知らない場所で戦っている。なぜかそう確信していた。誇り高く、気高く、優しい人なのだ。

 

『杏寿郎』

『お前は誰よりも強い剣士になる男だ。だって、父上の息子なのだから』

『だから、大丈夫』

 

 

『大丈夫だよ、杏寿郎』

 

 

 

「煉獄さん……?どうされました?」

無言で目を閉じた杏寿郎を心配したのか、しのぶが声をかけてきた。杏寿郎はカッと大きく目を開き、応える。

「すまん!少し考え事をしていた!!」

そう言って笑うと、しのぶも安心したように微笑み返す。

杏寿郎の腕に包帯を巻きながら、カナエも微笑んだ。

「これくらいの傷ならすぐに治るわ。安心してね。でも処置は毎日しなきゃダメよ」

「承知した!!」

「毎日洗って消毒してね。それから、薬も渡すから」

「かたじけない!!」

「きちんと洗って、包帯も巻いてね。巻き方を教えるわ。放っておいたら危ないから。それから――」

「言われなくても分かっている、姉上(・・)!!」

一瞬その場の時が止まった。

え?とカナエがキョトンとする。しのぶも戸惑いながら、杏寿郎に視線を向ける。

自分の口から飛び出た言葉に気づいて、杏寿郎は口を一文字に結んだ。その顔が徐々に赤く染まっていく。湯気が出るのではないかと思うほど顔を真っ赤にさせた杏寿郎の口から、

「………………忘れてくれ」

信じられないほど小さな声が出た。

 

 

 

 

 

 

 

「何かあったら、いつでも来てね~」

傷の手当てはすぐに終わった。まだ顔の赤い杏寿郎は、顔を隠すようにそそくさと蝶屋敷から出ていった。それを胡蝶姉妹は優しい笑顔で見送る。

「……珍しい煉獄さんの顔が見られたわね」

しばらくしてから、笑いをこらえるようにしのぶがそう言って、カナエも苦笑しながら頷いた。

「あんなに真っ赤になって、なんだか可愛らしかったわね」

こらえきれなかったのか、しのぶがクスクスと笑う。カナエも笑い返そうとしたが、すぐに顔を伏せて言葉を続けた。

「……きっと、煉獄くん、お姉さんを思い出したのね」

その言葉に、しのぶが驚いて口を開いた。

「え?姉さん、煉獄さんのお姉さんを知っているの?」

「ううん。会ったことはないし、直接は知らないわ」

カナエは軽く首を横に振りながら、思い出すように言葉を続けた。

「……確か、数年前まで炎柱だった方よ。とても強い方だったんですって。でも、私が柱になる少し前に……」

任務中に行方不明になった、と続けようとしたが、カナエは言葉を飲み込んだ。任務中の行方不明は、死を示す。恐らく杏寿郎の姉は、もうこの世にはいない。戦いの最中、鬼に喰われたのだろう。

しのぶもそれを察したのか、押し黙った。少しだけ重い沈黙が流れる。

先に口を開いたのは、しのぶだった。

「姉さん……」

「うん?」

小さく呼びかけられて、カナエは妹へと視線を向けた。

「どうしたの?しのぶ」

しのぶはしばらく無言でカナエを見つめる。やがて、ゆっくりと姉の背中から抱きついた。

「あらあら、どうしたのよ」

カナエが笑いながらしのぶの手に軽く触れる。しのぶはカナエに抱きついたまま、声を出した。

「久しぶりに姉さんの料理が食べたい」

「今日は無理ね~。アオイがもう準備をしているだろうし」

「じゃあ、明日?」

「分かったわ。約束ね。何を食べたい?」

「えーと……」

穏やかな会話が続いていく。

姉に抱きついてその温もりを感じるように、しのぶはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえば、そんな事もあったわね。

蝶屋敷の厨房にて。カナエは目の前で皿を洗う煉獄結火の顔を見つめながら、杏寿郎の赤い顔を思い出していた。

結火はカナエの視線を無視して、手際よく皿を洗い続けていた。その顔からは何の感情も見出だせない。

美しい顔だ、とカナエはまた思った。雪のような白い肌に、艶のある黒髪。その鋭く凛々しい瞳はどこか冷たい印象を受ける。でも、カナエはよく知っている。その瞳が激しく燃える炎のように、時折輝く事を。

「ねえ、結火さん。今度一緒に何か食べに行きましょうよ」

そう提案すると、結火はチラリとカナエに視線を向けてきたが、すぐにそらした。

「それは命令でしょうか?」

冷たい声が返ってきて、カナエは唇を尖らせる。

「命令だなんて……違うわ、ただ逢瀬したいの」

「では、お断りいたします」

その声は小さく、掠れている。相変わらず冷たい声だ。

本当に、煉獄結火という女性は、弟の煉獄杏寿郎と全然似ていない。結火自身も昔から何度も周囲から言われているらしいが、ほとんど共通点のない姉弟なのだ。外見もそうだが、中身も全然違う。

冷静沈着で、ほとんど感情を表に出さない静かな姉。

朗らかで明るく、感情豊かな弟。

本当に、何もかも似ていないのだ。

だけど、カナエは知っている。

一見全然似てない姉弟だが、そっくりな所もあるのだ。

カナエは苦笑しながら、結火の腰に手を触れた。

「ねえ、少しだけならいいでしょ?」

「拒否します。忙しいので」

「結火さんは働きすぎよ。少しは休まなくちゃ」

「仕事が好きなので」

結火は素っ気なく言葉を返した。

そんな結火の顔を見つめながら、カナエはニッコリ微笑む。そして、不意に結火の耳に唇を近づけた。

「ねえ、お願い」

 

 

結火姉さん

 

 

そう小さく囁いた瞬間、結火が狼狽したように瞳を揺らした。そして一気に顔が赤く染まる。首の付け根まで夕日のように真っ赤になっていった。

カナエはクスクスと笑った。この顔を見たくてわざと“姉さん”と呼んだのだ。

どうやら、結火は“姉さん”と呼ばれたり、姉扱いされるのに弱い、と気づいたのは、つい最近の事だ。真っ赤になった結火が怒ったようにカナエに瞳を向け、何かを言おうとした。そして、結局何も言わずに唇をギュッと強く結ぶ。

その顔は、彼女の弟にそっくりだった。

「――胡蝶様、その呼び方はお止めください」

「あら、いいじゃない。結火姉さん」

「……っ」

結火が息を飲み、カナエに鋭い視線を向ける。その顔は、まだ真っ赤だった。

そんな彼女が可愛くて、カナエは再び笑った。

「うふふ、結火さん、可愛い」

カナエの言葉に、結火は顔を背け、とうとうその場から逃げ出した。

「あ、待って、結火さん、そのお顔もっとよく見せて」

カナエは慌てて追いかける。結火はカナエから顔を隠すように走る。

顔を必死に隠しながら逃げる結火を愛おしく感じながら、カナエは結火を追いかけ続けた。

「あれ、何しているのかなー?」

「きっとまたカナエ様が結火様をからかったんじゃない?」

「二人とも楽しそうだね」

その姿を、きよ、すみ、なほの三人が微笑ましそうに遠くから眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





※久しぶりの更新なのに番外編で申し訳ありません……。
そして更に申し訳ないのですが、しばらく番外編を投稿したいと思っています。もしよければお付き合いください。



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