蝶結び   作:春川レイ

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お館様視点です。







親愛なる友よ

 

初めて彼女と出会った時の事はよく覚えている。

大きな父親と手を繋いで横に立つ彼女は、とても小さくて、可愛らしかった。力強いのにどこか涼しげな瞳、ギュッと結ばれた赤い唇、柔らかそうな黒髪は綺麗に整えられ可愛らしいリボンが揺れていた。顔立ちはとても整っているが、その表情は緊張を隠しきれず、固くなっている。

まるで椿の精のようだなと、産屋敷耀哉は思った。

「おはつにおめにかかります。れんごく、ゆかと、もうします」

少女は父親と共に膝をつき、深く頭を下げた。

「おあいできて、たいへん、うれしく、ぞんじます」

たどたどしく、一生懸命に挨拶をする少女の姿に、耀哉は無意識に微笑みをこぼした。

「やあ、はじめまして。顔を上げて」

そう言うと、煉獄結火と名乗った少女は素直に頭を上げた。

「僕の名前は、産屋敷、耀哉。よろしくね、……結火と呼んでもいいかな?」

そう尋ねると、結火はチラリと隣の父親を見上げる。すぐに耀哉へと視線を戻し、

「はい」

と大きな声で返事をした。

 

 

 

 

 

代々「炎柱」を輩出してきた名家、煉獄家に身体の弱い娘がいるらしい、というのは昔から知っていた。

「ええ。私の長女です。……生まれた時から身体が弱くて、すぐに体調を崩す娘でして……」

耀哉が家族の事を尋ねると、炎柱でもある煉獄家現当主、煉獄槇寿郎は自分の娘の事を、そう語った。

「ですが、とても聡明で、利発で、賢い娘なのです。努力家で、字を書くのが上手で、それに……」

朗らかに、嬉しそうに、そう語る槇寿郎の瞳には、娘への愛情が満ちあふれていた。

「とても可愛がっているのだね」

耀哉がそう言うと、槇寿郎は照れたような顔をして、頷いた。

「――妻に、そっくりなのです。ですから、どうしても甘やかしてしまって……」

耀哉がクスクスと笑うと、槇寿郎はほんのりと頬を赤くした。

その病弱な煉獄家の娘、結火と耀哉は、産屋敷邸にて初めて対面した。やはり身体の弱い耀哉の話し相手として、結火は産屋敷家へと招かれたのだ。

「……僕と一緒に散歩でもしようか」

耀哉がまだ緊張した様子の結火にそう声をかけると、

「はい!」

結火はハキハキと、返事をした。

「結火、失礼のないように」

槇寿郎が心配そうにそう声をかけてくる。

「大丈夫だよ、槇寿郎」

耀哉がそう言うと、槇寿郎は苦笑する。しかし、槇寿郎もまた、やはり緊張しているような様子を隠せず、ソワソワとしていた。

結火とともに屋敷の広い庭を散歩する。その姿を、遠くから槇寿郎が見守っていた。耀哉ができるだけ優しく声をかけ続けたおかげか、数分で結火の緊張は少しずつ解れてきたようだった。結火は幼いながら、気品のある、礼儀正しい少女だった。しかし、その可愛らしい顔は表情がほとんど動かず、何を考えているのかよく分からない。おとなしく、静かな少女だな、と耀哉は思った。

耀哉は結火と会話をしながら屋敷の庭を案内するようにゆっくりと歩き続け、やがて、美しい花を咲かせる大きな木の下へと結火を連れて行った。

「これが、屋敷で一番大きな木だよ。綺麗な花を咲かせているだろう?」

そう言うと、結火は木を見上げながら大きく頷いた。

「――きれい、です……」

小さな声でそう言う結火に微笑みながら、耀哉は言葉を続けた。

「本当はもう少し近くで見せてあげたいんだけど……とても大きな木だから、ちょっと難しいかな。ごめんね」

そう言った時、結火が木から目を離し、耀哉へと視線を向けてきた。そして、言葉を放つ。

「では、見てきますね」

「え?」

耀哉がその言葉にポカンとしたその瞬間、結火が素早く木の太い幹に手をかけた。

「――え?」

耀哉が何の反応も出来ず狼狽えている間に、結火はスルスルと木に登っていった。

「ゆ、結火!!何をしているんだ!?降りなさい!!!」

槇寿郎が慌てたように駆け寄ってくる。そんな槇寿郎の様子に構わず、結火は木の上で声をあげた。

「ほんとうに、ちかくでみたら、もっときれいです」

「結火!!危ないから降りなさい!!」

「このおはな、すこしだけ、したにもっていってもよろしいですか?」

「結火ー!!!」

槇寿郎が怒鳴り、結火はそれに構わず木の上で楽しそうに花に触れる。その姿に、

「――ふふっ」

耀哉は堪えきれずに声を出して笑った。

どうやら、おとなしいだけの少女ではないらしい。耀哉が想像していた結火の印象がすっかりと変わった。思わず呟く。

「面白いなぁ……」

耀哉の承諾を得て、結火は少しだけ木の枝を折り、花を持って降りてきた。槇寿郎に散々絞られた後、その可愛らしい花を耀哉に差し出してくる。

「ありがとう、結火。とても、嬉しいよ」

そう言って微笑むと、結火もようやく表情を崩して笑った。

その花が、結火からの初めての贈り物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煉獄結火は、幼い頃から、感情をほとんど表に出さない、冷静で静かな少女だった。槇寿郎とその妻に深く愛され、すくすくとまっすぐに美しく育つ姿を、耀哉は温かく見守ってきた。

「妻に似ているのです。顔は……」

笑顔でそう語る槇寿郎に、

「性格は?」

と尋ねると、槇寿郎の笑顔が微かに引きつった。

「……たおやかで、奥ゆかしい娘になるよう、育てたつもりなのですが……」

槇寿郎の言葉に、耀哉はクスクスと笑った。

結火は確かに落ち着いた雰囲気の優美で静かな娘だが、時折突拍子のない行動を起こし、周囲をよくハラハラさせていた。

「かがや様、これどうぞ」

「――これは、なんだろう……?」

「山でとってきました。せみのぬけがらです」

耀哉が驚く前に、槇寿郎が反応した。

「結火!またそんなものを!」

そう言って怒る槇寿郎を耀哉は止めた。

「槇寿郎、落ち着いて」

「しかし、耀哉様――」

「結火は、僕に、自分の宝物をくれたんだよ。ね?」

耀哉がそう言って微笑むと、結火は大きく頷いた。

耀哉と結火は頻繁に手紙を送り合い、徐々に交流を深めていった。滅多になかったが結火が屋敷を訪ねてきて、二人で共に穏やかな時間を過ごすこともあった。耀哉にとって、結火とともに過ごす時間は、何よりも大切で尊い時間だった。結火と同じように、耀哉もまた、身体が弱い。更に、産屋敷家の人間としての責務があるため、あまり屋敷の外に出ることができない。そんな耀哉のために、結火は花や木の実、時には虫などを持って訪ねてきてくれた。耀哉が少しでも気分転換が出来るようにと気遣ってくれているのだろう。そんな結火の気持ちが、耀哉は何よりも嬉しかった。

不思議な事に、一番存在の近い異性でありながら、耀哉と結火はお互いに友情以上の感情を持つことはなかった。結火にとって、耀哉は、自分の父が仕える家の人間だ。礼節を弁えて耀哉と接するように、父親から厳しく言われ、心がけていたのだろう。そして、実際に、結火は耀哉と友人として交流を深め親しくはなったが、自分の立場を弁え、必要以上に耀哉の近くに踏み込んでくることは絶対になかった。その距離感は、耀哉にとって心地のよいものだった。

「わたしは、けんしになりたいです」

ある時、結火が放った言葉に、耀哉は自分でも気づかないうちにハッと息を呑んだ。

「ちちうえのように、はしらになりたいのです」

結火の体は成長するにつれて少しずつ丈夫になっていき、寝込むことはほとんどなくなった。それでも結火が剣士になることはない。柱になるなんて、絶対にないだろう。それは、父親である槇寿郎の意向だった。

「――娘には、穏やかな人生を歩んでほしいのです」

ある時、槇寿郎は腕を組みながら、そんな気持ちを吐露した。

「あの子は、身体が強くない。剣士として、生きることは不可能でしょう。あまりにも、非力です。幸い、下には杏寿郎と千寿郎がいます。息子達が煉獄家を繋いでいきます……だから、娘には……結火には、鬼狩りとは無縁の道を……」

その言葉に、耀哉もまた小さく頷いた。

「――そうだね。それが、いい。私も、結火には幸せになってほしい、と思うよ……」

耀哉がそう言うと、槇寿郎は少し顔を伏せてから困ったような声を出した。

「あの子が、最近言うのです。自分に稽古をつけてほしい、と……何度断っても、それでも諦めずに、剣を教えてほしいと、言ってきます」

それを聞いて耀哉はクスリと笑った。

「結火は頑固だからね」

「全く、あの性格は誰に似たんだか……」

そう言って、槇寿郎は苦笑し、再び顔を伏せた。

「――それでも、私は、絶対に娘を剣士にはしません。絶対に」

それは、煉獄家当主としてではなく、父親としての願いだったのだろう。

危険から遠ざけ、護りたい。穏やかな人生を、幸せな道を歩んでほしいという、父親としての当然の願い。

幸せに、なってほしい。耀哉もまた、同じことを願った。

生きて生きて、生き抜いてほしい、と。

幸せになってほしい、と。

 

 

 

 

その想いを、耀哉が、そして結火自身が、裏切ってしまった。

 

 

 

 

果たして、正しかったのだろうか?

結火の必死な熱意に負けて、槇寿郎の想いを裏切り、育手を紹介したのは、正しかったのだろうか?

結火の居場所を、耀哉が与えたことは、正しかったのだろうか?

今でもあの時の選択について振り返る。何度も何度も自分の選択が正しかったのか、耀哉は自問する。

でも、何度考えたって、結局答えは出ない。

きっと、後悔するだろう、とは分かっていた。それでも、産屋敷家当主として、そして友人として、結火の頼みを断れなかった。

槇寿郎が、結火の将来について、ある程度見通しを立てていたのは知っていた。良家へ嫁げるように、結火の将来について、慎重に考えていたのだろう。

娘の幸せのために。

しかし、結火自身が、それを拒絶した。結火は、彼女たっての希望で育手の元で修行を積み、最終選別を難なく通過し、そして、とうとう剣士となった。

耀哉は友人としてではなく、産屋敷家当主として、結火に『居場所』と『任務』を提供した。結火は耀哉に『人生』と『力』を捧げた。

皮肉な事に、彼女は病弱な身体を持ちながらも、剣士としての才能には恵まれていたらしい。最前線で剣を振るい、鬼狩りとして人を護るために戦い始めた彼女は、数ヶ月で柱に成り得る条件を満たした。

煉獄結火は彼女の望み通り、炎柱となった。

その代償は、父親からの勘当だった。結火が煉獄家を追い出されたと聞いた時、耀哉は動揺を隠せなかった。きっと、結火本人よりも精神的な打撃を受けていたかもしれない。後悔の念でいっぱいになり、胸が締め付けられるような感覚になる。槇寿郎への罪悪感で、心が押し潰されそうだった。

結火本人が父親の事をどう考えていたのか、よく分からない。でも、きっと悲しんでいたはずだ。結火は昔から家族を深く愛する娘だったから。

でも、そんな気持ちを結火が表に出すことはなかった。いや、もしかしたら、耀哉の知らない所で泣いていたかもしれないが、耀哉がそれを目にすることはなかった。

耀哉と結火は、友人としての関わりを持つことは、もうほとんどなくなっていた。結火は柱として、耀哉は当主として、それぞれの業務が多忙になり、言葉を交わす機会が少なくなっていたからだ。結火と会うのは、柱合会議の時くらいだったが、他の柱の目もあるため、個人的な会話はとてもできなかった。

 

 

 

きっと、彼女は誰よりも、“剣士”だった。

煉獄家の、人間だった。

彼女の事をよく知らない人間は、彼女を冷静沈着で静かな人間だと思い込んでいるが、そうではない事を、耀哉は知っている。

誰よりも強く、熱い女性だった。炎のように。

優しく、気高く、決して揺らぐことのない信念を、心に秘めた人だった。

そんな彼女が、煉獄家の人間として生きる道に進んだのは、当然の選択だったのだろう。

 

世のために、人のために、戦い続けることを望んでいた。きっと、死をも覚悟の上で。

いや、ちがう。きっと、戦って死ぬことが、彼女の望みだったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼女から、どうして、神は全てを奪ってしまったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結火が難病に冒されている。そんな知らせが届いた時、耀哉は呆然とした後、泣き出しそうになった。あれほどの強い意思と覚悟をもって、この世界へ身を投じたのに。結火は、この先も、きっとずっと鬼と戦い続けて、多くの人を救える剣士だったのに。

どうして、どうして、どうして。

どうして、彼女だったのだろう。

「違う、違います!」

診療所から出て、フラフラと産屋敷邸を訪ねてきた結火に、産屋敷家当主として、身を退くよう進言する。結火はそれに抵抗するように、大きな声で叫んだ。

「まだ戦える!!戦わせてください!!こんな、こんな終わりだなんて、嫌だ!!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!せめて、せめて最後まで、柱として、戦わせてください!」

いつもの冷静沈着な彼女ではない。明らかに感情的になっている。必死に掠れた声で叫び続けた。

「こんな事で、折れるなんて、絶対に嫌だ!!」

そして、彼女は、

「………ふぅ、……ううぅ」

耀哉の前で初めて泣いた。結火のそんな姿を見るのは、初めてだった。

身体が震えるのを感じる。動揺と狼狽を結火に感じ取られないように、耀哉はそっと泣き続ける結火の肩に触れた。

「それは、できない。君も分かっているはずだ」

「……お館様」

「任務中に、倒れたのだろう。今の君を柱にしておくのは、あまりにも危険すぎる」

その言葉を言うのは辛く、苦しかった。

それでも、耀哉は上に立つ者として、炎柱の父として、それを告げた。

「結火。残念だが、――君の戦いは、ここまでだ」

結火の全身の力が抜けていく。涙が次から次へとこぼれている。それを見つめながら、耀哉は言葉を続けた。

「治療に専念するんだ、結火。大丈夫だよ。私と違って、君の身体は……」

それを遮るように、結火が小さな声を出した。

「――どうして、なんだろう」

「結火?」

結火が顔を上げる。その顔は絶望に染まっており、耀哉は胸が詰まるのを感じた。

「ただ、人を救いたかった。そのために、死ぬつもりで、ここに来たのに――、家を出てまで、剣士になったのに……」

彼女の炎が、小さくなっていく。

「父を傷つけて……、弟たちから父親を奪ってまで、柱になったのに……、鬼に殺されることも覚悟してた。これが私の進む道だと、確信していたのに――」

焼き爛れるほど熱い心が、弱くなっていく。

「死を覚悟して、それでも、絶対に、後悔しないと思って、進んできたのに……私は、私の責務を、全うできない。こんな、こんな、終わりなんて……」

もうその瞳は何も見えていない。きっと、目の前の耀哉の顔さえも。

悲しみに飲み込まれて、燃えるような輝きは、どこにも見えない。

「結火……」

耀哉が呼び掛けたが、結火はそれに応えることなく立ち上がり、その場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

もしや、このままどこかへと消えてしまうかもしれない。

悲壮感と絶望に満ちた結火の姿を見て、耀哉はそう案じていたが、杞憂だった。結火は自ら立ち直り、再び産屋敷邸へと訪ねてきた。

「――本日限りで、炎柱を辞させていただきます」

頭を深く下げながら、彼女はハッキリとそう言った。きっと、その言葉を口に出すのは、彼女にとって辛かっただろう。身を切られるような思いで、この場で頭を下げているのだ、という事が分かった。そんな彼女の姿を見て、耀哉は胸が痛んだ。同時に深く安堵している自分に気づいて、そして、そんな自分に失望した。

「――君には、悪いけど、安心している自分がいる」

「……はい?」

思わず自分の気持ちをそう言葉にすると、結火は不思議そうな顔をした。

「……君という優秀な剣士を失うことを、残念に思わなければならないのに。……今の私は、安心しているんだ。当主失格だね」

「何故、安心しているんですか?」

結火の問いかけに、少し笑った。

「君が死ななかったから。生きているから」

「……」

「君が柱を辞めることを、私は安心しているんだ。死の危険から遠ざかる、ということだからね。実を言うと、君が隊員になる前、育手を紹介してほしいと手紙を書いてきた時も、断ろうと思っていた。結局根負けして、紹介したけどね」

「……なぜ」

結火の短い問いかけに、耀哉は笑いながら答える。

「君は、鬼殺隊で唯一、僕の子どもである前に、――友人でいてくれた人だから」

結火が泣きそうな顔をして、それから少しだけ顔を伏せた。

「友人に死んでほしくない、と思うのは、当然だろう?」

「……そう、ですね」

ポツリとそう呟いた彼女は、再び顔を上げて、耀哉に視線を向ける。その顔を見た耀哉は驚いた。

彼女の瞳は、強い意思を宿して、再び強く激しく燃えていた。その姿は、凛々しく勇ましく、そして誰よりも美しかった。

「……まだ、消えていません」

「うん?」

その言葉の意味が分からず、首をかしげる。それに構わず、結火は堂々と言葉を続けた。

「私の戦いは、まだ終わっていない。心は、あなたと共に、そして鬼殺隊と共にあります」

 

 

 

 

--ああ、結火

 

--結火、結火

 

--そうだ、君は、昔からそんな人だったね

 

--誰よりも気高く、美しく、燃えている。暗闇の中でも前を向いて戦う、そんな人だったね

 

 

 

 

どんなに小さくなっても、弱々しくても、決して消えない炎を宿している人。

それが、煉獄結火という人間だった。

 

 

そんな結火が家族にまで自分の死を偽り、ひっそりと隠れるように診療所にて治療を始めた時、耀哉は出来る限りの支援をした。辛く苦しい闘病生活を経て、完治したと聞いた時は、心から祝福した。

その後も結火が望むなら、どんな事だって援助するつもりだった。望むなら新しい生活を、職を紹介することだって出来た。

しかし、結火が選んだのは、再び鬼殺隊として生きる道だった。剣士ではなく、隠として、鬼殺隊の後方で、結火は人のために戦う決意をしたのだ。何をどうしたのかは知らないが、いつの間にか結火は隠として、鬼殺隊で新しい道を歩いていた。

「……ふふふ」

思わず声に出して笑う。

そうだ、忘れていた。

昔からそうだった。冷静で静かな彼女は、時々突拍子もない行動を起こして、周囲を困惑させる人だった。

「結火……ありがとう。私も、頑張るから、ね……」

その場にいない結火にそう声をかける。

 

 

 

歩き方は違うけれど、自分と結火の目的は一緒だ。

辛い現実に立ち止まっている暇はない。自分も前に進まなければ。

共に戦うんだ。

命尽きるその日まで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「--え?」

その情報を聞いた時、耀哉は今度こそ言葉を失って、ポカンと口を開けた。

「--えっ?結火が?カナエと?まさか……」

結火と、胡蝶カナエが親密な関係になっている、という知らせを聞いた時、流石に誤情報ではないかと疑った。

詳しく調べたところ、どうやらカナエの方が結火に傾倒し、恋慕の情を抱いているらしいという事が分かった。

「……そう。カナエが。そうなの、か……」

そう呟きながら、考える。おっとりとしていて、温かく心優しい胡蝶カナエ。感情表現に乏しく、冷静で静かな結火とは正反対の女性だ。

しかし--、

「……それで?二人は、今、どんな感じなのかな?」

耀哉はその後も密かに二人の関係性を探り続けた。厚い壁を壊すように迫ってくるカナエに、結火は最初こそ戸惑っていたが、徐々に心を開きかけているらしい。

「……いい傾向だね」

耀哉はそっと呟く。

「うん。とてもいい傾向だ」

嬉しさに、唇が微笑んでいくのが止められない。

優しく温かい心を持ったカナエなら、きっと結火を幸せで包んでくれる。

なぜか分からないが、そう確信していた。

結火が再び体調を崩し、隠を辞めることになったという話を聞いた時、耀哉はあることを決意した。

 

 

--結火

 

 

--君に贈り物をあげよう。

 

 

--私からの、最後の、贈り物を。

 

 

もう自分は長くない。最近は寝床から起き上がる事も難しくなってきた。何度も吐血する程に体調は悪化している。

 

 

 

『かがや様』

 

 

 

『これをさしあげます。おはなです』

 

 

 

幼い頃から、結火にもらってばかりだった。

耀哉は、それを、きっと半分も返せていない。

 

 

--友よ

 

 

--決して私の手が届かない、遥か遠くにいる友よ

 

 

--私は、君の幸せを願っている

 

 

--君の父ではなく、君の友として

 

 

 

「愛を恐れてはダメだよ、……結火」

耀哉はそっと囁く。

「愛すること、愛されること、それはこの世で最も美しい想いだ。そして、その想いは不滅だ。永遠に、失くなったりはしない」

 

 

だから、結火

私は、最後に、君に、居場所を贈ろう。

君が愛し、愛されて、幸せに生きることができる、

--そんな、居場所を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結火をカナエに託した日の夜、耀哉の心は不思議な感情に包まれた。

「……うーん」

「いかがされました?」

そばに控える妻のあまねが心配そうにこちらを見つめてくる。

「……いや、なんでもないよ。……うーん」

モヤモヤとした気持ちが心を支配して、消えない。しばらく考えて、その感情の正体に気づいた。

「……娘か妹を、嫁に出した気分だな」

「はい?」

あまねが首をかしげる。それに構わず、耀哉は小さく笑った。

そうだ。

自分は、寂しさを感じているのだ。

「残念だなぁ」

ポツリと呟くと、あまねがますます不思議そうな顔をした。

「お館様?」

その呼び掛けに答えず、耀哉はもう何も映さない瞳を、静かに閉じた。

 

 

--結火とカナエ、二人が幸せになる姿を見たかった。ああ、本当に、残念だ。

 

 

 

 

 

『かがや様』

 

 

 

 

 

『かがや様、ごそうけんで、なによりです。ますますの、ごたこうを、せつにおいのり、もうしあげます』

 

 

 

 

 

頭の奥で、幼い少女の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

うん

 

 

 

私も、そう思ってるよ、結火

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう   

 

親愛なる友よ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次は久しぶりのキメツ学園パロです。本編がなかなか進まず本当に申し訳ありません。








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