調子にのって、書いてしまったキメ学パロディ。
本当は本編の後に書くつもりでしたが、ついつい本編を置いてきぼりにして書いてしまいました。主人公達が百合百合している姿を久しぶりに書きたかったのと、何よりも社会人百合に飢えていたからです。
閲覧は自己責任でお願いします。
設定
※煉獄 結火
キメツ学園の教師。担当は古文。
相変わらず口下手で感情表現が苦手。厳しくて怖いため、生徒達から恐れられている。でも褒める時は、きちんと褒める。同じ職場に歴史教師である弟の杏寿郎がいるため、“ユウ先生”と呼ばれる事が多い。
実家を出て、現在はマンションで一人暮らし。お酒と甘い物が好き。
「煉獄」
キメツ学園職員室にて、名前を呼ばれた古文教師、煉獄結火は振り向いた。凛とした瞳で、話しかけてきた人物を見返す。
「なんだ?」
「お前さあ、付き合っている奴いるの?」
美術教師、宇髄の問いかけに、結火は微かに顔をしかめる。すぐに顔は無表情に戻り、ジロリと宇髄を睨みながら口を開いた。
「……なんでそんなことを聞く?」
「いや、生徒が気になるって話していてよお……、そういえば、知り合って結構経つのに、今までお前から色恋沙汰を聞いたことがねえなーって」
「……」
「んで?いるの?」
「……答える義務はない」
冷静に答えつつ、宇髄から目をそらす。宇髄はつまらなそうな顔をした。
「あ、いないのか。そうか、すまねえな。悪いこと聞いちまって」
「……」
「まあ、お前みたいにド派手に獰猛で怖い女と釣り合う男はなかなかいねえよなぁ」
「そうかそうか、宇髄はそんなに滅多打ちにされたかったのか、待っていろ、今から木刀を持ってくる――」
「冗談だよ――うわっ、マジで木刀を持ってくんのはやめろ!お前、そんなんだから嫁の貰い手がねぇんだろ!」
結火が青筋を立てながら木刀を手に取り、宇髄が慌てたように叫ぶ。その姿を、周りの教師陣達は、いつもの光景だと言わんばかりに苦笑しつつ温かい視線を送っていた。
そんな中、
「……」
少し離れた所でただ一人、生物教師の胡蝶カナエだけは、何か物思いに耽るような顔で静かに結火を見つめていた。
「宇髄、今日こそは本当にしばき倒す……」
数分後、宇髄は慌てたように逃げ出し、結火はそれを追いかけて廊下に出た。片手には木刀を握り締め、辺りを鋭い視線で見回しながら廊下を歩く。
「ユウ先生がまた宇髄先生と喧嘩してる……」
「どうせまた輩先生がなんか余計な一言を言ったんじゃない?」
「えー、また校舎が破壊されるんじゃ……」
周りの生徒がコソコソと話す声が聞こえた。
「……早く帰りなさい」
結火はウンザリしながら生徒達に声をかけつつ、宇髄を探しながら歩き続けた。
その時、
「……」
廊下の向こうから高等部の生徒、胡蝶しのぶが歩いて来るのが見えた。結火は思わずその場で立ち止まる。しのぶは結火に気づくと、無言で鋭い視線を向けてきた。
「……」
結火は特に表情を変えることなく、それを受け止める。結火のすぐ横を、しのぶは頭をペコリと下げながら通りすぎようとしたが、
「胡蝶」
結火が呼び止めると、ピタリと立ち止まった。
「……あら、何でしょうか、煉獄先生?」
無理やり作ったような笑顔を結火に向けてくる。その目は明らかに敵意に満ちていたが、結火はそれを無視して口を開いた。
「――スカートの丈が短すぎる」
「あらあら、姉さんはこれが可愛いと言っていたんですが」
しのぶが笑顔のまま、“姉さん”という単語を強調しつつそう答えた。それに構わず、結火はもう一度チラリとしのぶの制服を見て、再び口を開いた。
「……校則は守りなさい」
それだけを言うと、しのぶから視線を外し、足を踏み出した。
「……」
木刀を手に持ちながら、結火はゆっくりと廊下を歩く。その後ろ姿が見えなくなるまで、しのぶは鋭い瞳で見つめ続けた。
1日の業務を終え、結火は手早く荷物をまとめた。そろそろ帰らなければ。周囲に何人かの職員は残っているが、もう外は暗い。今夜は何を食べようか、と冷蔵庫の中身を思い出しながら席を立ったその時、結火のスマホが何かの通知を示した。スマホを手に取ると、
「……む」
画面に映し出された文字を読み、思わず声が漏れる。
『おうちでご飯を作って待ってるわね』
結火は素早くスマホを鞄へ突っ込み、周囲に挨拶をしながら職員室を出た。
学園から結火が一人暮らしをしているマンションまで少し距離がある。重い鞄を手に、なるべく早く歩く。途中でコンビニに寄り、適当に甘いデザートを購入した。支払いをする前に、酒の販売コーナーに視線が吸い寄せられ、一瞬誘惑に負けそうになるが、なんとか踏みとどまる。会計を済ませコンビニから出ると、再び歩を進めた。ようやくマンションが見えてきて、結火はチラリと自分の部屋の窓を確認する。自室の窓に光を見て、自然と足が速くなった。マンションへ足を踏み入れ、エレベーターに乗る。自分の部屋へたどり着き、一瞬だけ動きを止める。少しだけ唇を強く噛むと、両手で自分の頬を軽く叩き、インターホンを鳴らした。数秒で扉が開く。そこには、
「結火さん、おかえりなさーい」
華やかな笑顔の胡蝶カナエが、エプロンを身に付けて立っていた。
「……」
結火は無言で部屋へと入り、靴を脱いだ。そんな結火に構わず、カナエが楽しそうに言葉を続ける。
「お疲れ様。ご飯は出来てるわよ。お風呂も。今日のご飯は、すごく自信があるの。きっと美味しいわ」
結火が上着を脱ぐと、慣れたようにカナエがそれを手に取り、ついでに鞄も受け取る。そんなカナエを呆れたような顔で結火は見つめた。
「……お前、また来たのか」
「うふふ、そんな顔して……本当は嬉しいくせに」
カナエがフワフワと笑いながらそう言って、結火はフンと鼻を鳴らした。
――なんでカナエはここに来たがるのだろう。
帰宅後、すぐに風呂に入った結火は、髪をタオルで拭きながら、ソファに座った。カナエが料理をテーブルに並べる姿をぼんやり眺め、物思いに耽る。
胡蝶カナエとの付き合いは学生の時からだから十年近くになる。結火にとってカナエは一番親しい友人兼、可愛い後輩だ。昔から人付き合いの下手な結火は、仲のいい友人がいない。カナエは、唯一仲良くしてくれる貴重な友人だった。
「結火さーん、飲み物はお茶?それともお酒飲む?」
カナエが冷蔵庫を開けながらそう尋ねてきて、結火は慌てて首を横に振った。
「アルコールはやめておく……」
そう答えながら、無意識に顔をしかめた。
結火は昔から酒が好きだ。ビールや日本酒、ワインなど、酒なら何でも好きで、頻繁に呑んでいた。
しかし、最近はあまり呑まないようにしている。
その理由は--、
「あら、ちょっとくらいならいいでしょ?明日は休みだし。ほら見て。美味しそうなの、買ってきたの」
カナエがニッコリと笑いながら大きな瓶を差し出してきた。その瓶を目にした瞬間、
「……う」
思わず声が漏れた。結火が特に好きな酒だった。
「ね?ちょっとだけ」
カナエがクスクスと笑いながら、グラスに酒を注ぐ。結火は諦めたようにグラスに貯まっていく酒を見つめた。
「それじゃあ、食べましょうか」
カナエが楽しそうに椅子に座った。
「今日も一日お疲れ様でした。いただきます!」
「……いただきます」
カナエに続くようにそう言って、結火はグラスに口をつけ、飲み干した。酒の余韻を楽しみながら、カナエの手料理に箸を伸ばす。
「うまい」
一口食べてそう感想を言うと、カナエがパッと顔を輝かせた。
「本当?」
「うん。うまい」
「よかった。お代わりもあるから、たくさん食べてね」
カナエがそう言いながら、またグラスに酒を注ぐ。結火が即座にグラスに手を伸ばすと、またカナエが楽しそうに笑う。その笑顔を見つめると、酔いが広がり、気分が高まっていくのを感じた。
思い返せば、胡蝶カナエという人間は、昔から妙に距離を詰めてくる後輩だった。一緒に過ごしていると常にベッタリとくっつきたがったし、外出の時などは手を繋ぎたがった。結火が実家を出てマンションで一人暮らしを始めると、カナエは頻繁に結火の部屋に入り浸るようになった。結火もカナエと過ごす時間が心地よかったため、それを受け入れ、そのうちとうとう合鍵まで渡してしまった。今では、カナエは週のほとんどをこのマンションで過ごしている。同じ職場、同じ教師のため、一日のほとんどの時間をカナエと共に過ごしている状態だ。
ちなみにカナエのファンが怖いため、この事は誰にも話していない。知っているのは、カナエの二人の妹くらいだ。
「今日のご飯は美味しかった?」
「……わっしょい」
酔いが回った状態で結火がフラフラとベッドに入ると、カナエも同じベッドに入ってきた。いつもの事なので抵抗することもなく受け入れる。カナエは結火の隣に横たわると、嬉しそうに抱きついてきた。
昔からカナエは相手との距離感が近い。友人というにはあまりにもスキンシップが過剰だとは何度か思った。しかし、結火はカナエのその行動を拒絶できなかった。カナエはかなり顔がいい。あの美しい顔で迫られると、どうしても断ることができず、受け入れてしまう。自分がカナエに対して甘すぎるほどに甘いという事は自覚している。それでも、仲良くしてくれるカナエが離れていくのが嫌で、結局いつも流されてしまうのだ。そう、昔から、今だって--
「結火さん、おやすみなさい」
「ん、おやすみ」
結火はカナエにぼんやりと返事をすると、ゆっくりと瞳を閉じる。すぐに眠気は襲ってきた。
◇◇◇
「結火さん」
「……ん」
名前を呼ばれて、目を開いた。カナエがすぐ近くで幸せそうに微笑んでいる。
不意に、カナエが顔を近づけてきた。ぼんやりとしている結火はそれに反応できない。吐息が触れるのを感じた。
気がつくと、何かとても柔らかいものが結火の唇に触れていた。目の前で長い睫毛が揺れている。唇が重なっているという事実に、結火は全身がバラバラになりそうなほど胸が高鳴るのを感じた。甘い香りで脳が痺れていく。
「結火さん」
唇が離れて、また名前を呼ばれる。それに答えるのが億劫で、何よりも唇が離れたのが寂しくて、結火は自分からカナエの唇に自分のそれを重ねた。そのままペロリと唇を舐めると、カナエが驚いたような顔をした後、嬉しそうに笑った。
「結火さん、かわいいね」
「……ん?」
「もっとする?」
「……うん」
子どものようにコクリと頷くと、再びカナエが近づいてきて--
◇◇◇
「……また、変な夢を見た」
朝起きて、ボサボサになった頭を抱えて、結火は呻いた。
最近酒を呑むといつも変な夢を見るようになってしまった。そのために酒を控えようと決心していたのに、昨日は結局欲望に負けてしまった。カナエに勧められるまま酒を呑んだのが間違いだった。思わず大きなため息をつく。なぜこんな夢を見るようになったのか、原因はよく分からない。でも大抵はカナエが絡んできて--、
「……」
結火はチラリと隣に横たわるカナエに視線を向ける。スヤスヤと穏やかな顔で眠っていた。カナエの無防備な寝顔が可愛らしい。そのまま視線は、はだけた胸元に吸い寄せられていく。抜けるように真っ白な肌だった。瞬きもできずに、それを凝視する。
「……」
無意識に生唾を飲み込んでしまい、そんな自分が情けなくて泣きそうになった。
「……ん?あら、もう朝……?」
その時、カナエが覚醒したらしく、声が聞こえた。
「おはよう、結火さん」
ゆっくりと体を起こしながら、優しい声で結火に挨拶をしてくる。しかし、結火はそれに答えずに、カナエに向かって土下座した。
「……え?え?結火さん?どうしたの?」
「……殴ってくれ」
「え?なに、突然?」
「私を殴ってくれ!お前にはその権利がある!!」
「どういうこと!?」
「とにかく、殴ってくれ!遠慮はいらん!」
カナエは困惑してオロオロしていたが、結火は理由を言うことが出来ずそのまま土下座を続けた。
「結火さん、今日はお買い物に行きましょう」
「……うん」
気を取り直して、結火とカナエは二人で買い物に行くことにした。二人並んで街中を歩くと、少しだけ気分も晴れてくる。隣のカナエをこっそりと視線を向ける。可愛らしく微笑む姿に、心が癒されるのを感じた。
「今度ね、妹が誕生日だから、何かプレゼントを買いたいの。何がいいかしら……」
カナエの言葉に、ふと昨日の夕方の出来事を思い出した。
「……そういえば、昨日、お前の妹と話した」
「あら、しのぶ?それともカナヲ?」
「……上の妹の方」
しのぶの怒ったような瞳を思い出しながらそう答えると、カナエが少し驚いたような顔をした。
「しのぶと結火さんがお話するなんて珍しいわね」
「話をしたというか、……スカート丈が短いから注意しただけだ。いつも通り、睨まれたよ」
「あらあら、あの子ったら……」
カナエが苦笑した。
カナエの妹、しのぶは昔から結火をあからさまに嫌っている。どうやらカナエと親しい結火の事がとにかく気に入らないらしい。最初に会った時から、憎悪を向けられていた。もう慣れたが。
「そういえばね、この前、しのぶとカナヲと、お菓子を作ったの。とても美味しかったから、今度結火さんのおうちでも作ってもいい?」
「……うん」
カナエ手作りのお菓子。とても楽しみだ。
甘い物が好きな結火は、微かに表情を緩めた。ほんの少しの表情の変化は、端から見たらきっと誰にも分からないだろう。しかし、カナエは気づいたらしい。結火の顔を覗き込むように、フワフワと微笑んだ。
「よかった。絶対に美味しく作るわね。期待してて」
「……私も手伝う」
「本当?それじゃあ、いつにしようかしら……」
楽しそうなカナエを見つめながら、結火は口を開いた。
「今度の連休はどうだ?」
「いいわね!準備しなくちゃ」
ウキウキと弾んだような声を出すカナエに、結火の気分も自然と上昇してきた。
「でもせっかくの連休だから、結火さんとどこかに遊びにも行きたいわ」
「どこかって?」
「そうね、今日みたいにお買い物もいいけど、水族館とか映画とか……いっそ旅行とかも……」
「ああ、いいな。楽しそうだ」
結火の言葉に、カナエがキラキラとした瞳で結火を見つめながら、問いかけてきた。
「結火さんはどこに行きたい?」
「うーん……」
結火は少し考え、
「どこでも、いい」
ボソボソと答えた。その答えに、カナエが不満そうな顔をする。
「どこでも、なんて……行きたいところ、ないの?」
「……別に。どこでもいいよ」
その言葉に、ますますカナエは拗ねたような顔をしたが、
「お前と一緒なら、私は、きっと……どこでも楽しいだろうから。だから、カナエの好きなところに行こう」
言葉に目を丸くした。
自分の言葉に照れ臭くなり、結火はそっぽを向いた。しかし、すぐにカナエが結火の腕に甘えるように抱きついてきたため、そちらへと視線を向ける。
「うふふ」
その顔はほんのりと紅潮しており、満面の笑みが浮かんでいた。
「……歩きにくい」
結火がぶっきらぼうに言うと、カナエは笑顔のままで口を開いた。
「私も。結火さんと一緒にいるだけで幸せ」
「……」
結火はカナエの言葉に何も答えない。カナエは特に気にすることなく、結火に抱きついたまま猫のようにスリスリと頬を寄せる。その姿があまりにも可愛らしくて、結火はこっそりと笑った。
そのまま二人は寄り添いながら、街中を歩き続けた。
◇◇◇
週末、結火は久しぶりに実家へと帰ってきた。
「ただいま帰りました」
実家の玄関の扉を開くと、下の弟である千寿郎が顔を出す。
「姉上!おかえりなさい」
千寿郎が嬉しそうに近づいてきて、結火も顔を綻ばせた。
「千寿郎、背が伸びたな」
「はい!少しだけですが」
中学生になった千寿郎が誇らしげな顔をする。結火は目を細めながら弟の頭をグリグリと撫でた。
「杏寿郎は?」
「お買い物に行っています。姉上の大好きなようかんを買ってくるそうです!」
和やかに会話を続けていた時、
「結火、おかえりなさい」
母が現れた。料理をしているらしく、割烹着姿だった。
「母上、お久しぶりです」
結火がペコリと頭を下げると、母は軽く頷きながら言葉を続けた。
「もう少しで夕食が出来るから、休んでなさい」
「お手伝いします」
結火がそう申し出ると、母は少しだけ顔を緩めた。
「それでは、頼みます」
すぐに台所へと向かい、千寿郎と共に食器を用意したり、食事の準備を進めた。
「父上は今日もお仕事ですか?」
「ええ。でもすぐに帰ってくると思いますが……」
その言葉通り、
「ただいま帰りました!!」
「帰ったぞ」
玄関から、声が聞こえた。父と杏寿郎だ。
結火と千寿郎は顔を見合わせて、微笑み合い、すぐに玄関へと向かった。
久しぶりに煉獄家の長女が帰ってきて、その日の夕食は豪勢なものになった。学校でいつでも会えるというのに、結火が帰ってきたのが嬉しいのか、杏寿郎も千寿郎も明るい顔で何度も話しかけてくる。両親も嬉しそうに微笑んでいた。
夕食を食べ終わり、母と皿洗いを済ませた後、結火は縁側へと向かった。ぼんやりと夜空を眺める。藍色の空に、銀色の月が優しく光っていた。
きっと明日は晴れるだろうな、と考えていたその時、結火のポケットでスマホが震えた。誰かからメッセージが送られてきたらしい。すぐにスマホを取り出し、画面へと視線を向ける。
メッセージを送ってきたのはカナエだった。
『今日は会えなくて寂しいわ。明日は一緒に食事できる?』
返信をするために画面に触れたその時、
「姉上」
突然声をかけられて、驚きのあまりスマホを落としそうになった。いつの間にか千寿郎がすぐそばに近づいてきていた。慌ててスマホを隠すようにしながら、千寿郎へと顔を向ける。
「どうした?千寿郎」
千寿郎は、なぜか結火の顔を無言で凝視した。
「千寿郎?」
結火が不思議そうに声をかけると、ようやく千寿郎が口を開いた。
「姉上、恋人が出来ましたか?」
「こっ--、」
大きな声をあげそうになり、慌てて口をつぐむ。幸運にも杏寿郎は風呂に入っており、両親は二人で穏やかに会話を楽しんでいるようで、こちらの様子には気づいていないようだった。結火は誤魔化すように首を横に振りながら、言葉を紡いだ。
「……何を言っているんだ、千寿郎。恋人なんて――」
その時、結火の脳裏に、優しく笑うカナエの姿が浮かぶ。思わず息を呑んで、打ち消すように、結火は勢いよく首を横に振った。
――馬鹿、ちがう。決して、そんな存在じゃない!
心の中でそう叫び、結火は千寿郎へ視線を向けた。
「そんなのは、いない。千寿郎、なんでそんな事を聞いてくるんだ?」
千寿郎はおずおずと口を開いた。
「今、姉上がとても、とても幸せそうな顔でスマホを見ていたので……」
「……」
「姉上があんな顔をするのは珍しいので、もしや、恋人がいらっしゃるのではないかと」
「……」
結火は無言で頭を抱えた。
「……恋人じゃない」
小さな声でそう言うと、千寿郎が少し残念そうな顔をした。
「では、僕の勘違いですね。申し訳ありません」
「……いや」
頭を下げる千寿郎を優しく撫でながら、結火は顔が熱くなるのを感じた。
――そうか、私はカナエからのメッセージが来ただけで、そんな顔を……
「……穴があったら入りたい」
結火はボソッと呟き、顔を手で覆う。
「え?どうされました、姉上?」
不思議そうな千寿郎の問いかけに答える気力は残っていなかった。
◇◇◇
月曜日となり、新たな一週間が始まった。
「――授業は終了だ。課題の提出を忘れないように」
授業を終わらせ、教室を出る。もう昼休みだ。職員室へ向かうために廊下を歩いていたその時だった。
「……あ」
カナエの姿が目に入った。少し離れた所で、数学教師の不死川と話している。
「……」
楽しそうに会話をしているカナエを無言で見つめた。
「あ、胡蝶先生と不死川先生だ」
「あの二人、仲がいいよね」
「やっぱり付き合ってるのかな?」
周囲の生徒達がコソコソと話す声が聞こえた。結火は唇を強く噛み、逃げるようにその場から立ち去った。
素早く職員室へ入り、自分の席に座る。そのまま顔を伏せ、膝の上で拳を強く握り締めた。モヤモヤとした黒い気持ちが心に渦を巻く。身体の中の血液が波立つような、不思議な感覚になった。
昼休みは短い。だから、早く昼食を食べなければならないのに、どうしてもそんな気分になれない。
その時、声をかけられた。
「あ、ユウ先生~」
高等部の我妻善逸だ。
「課題のノートを持って来まし--ひっ」
結火の顔を見た善逸が短い悲鳴をあげた。
「すみませんすみませんすみませんよく分かんないけど申し訳ありません俺が悪かったですなんにも分かんないけど本当にごめんなさい」
その場で土下座をする善逸に、結火はようやく強張っていた顔を緩め、ため息をついた。
「――顔を上げなさい、我妻」
「ひっ、許して、いただけるんでしょうか……?」
善逸が震えながら顔を上げる。結火は呆れたような声を出した。
「……許すも何も、お前は何もしていないだろう。なんで謝るんだ?」
「い、いや、だって……」
善逸が涙目で恐る恐る言葉を続けた。
「今、めっちゃ怒ってたじゃないですか。音が本当に激怒していたし、か、顔も人を殺してそうな感じに……」
「……」
「あっ、すみませんすみませんすみませんやっぱり俺死んできます」
「……落ち着きなさい」
今にも窓から飛び降りようとする善逸の首根っこを掴みながら、結火は大きなため息をついた。
全ての授業も部活も終了した放課後、結火は廊下でぼんやりと窓から外を眺めていた。
「何をしているの?」
突然声をかけられて、ビクリと肩が震える。静かに振り返ると、そこにはカナエが立っていた。
「結火さん、帰らないの?もうお仕事は終わったんでしょ?」
「……校舎の見回りと、戸締まりが残ってるから」
結火の言葉に、カナエがニッコリと笑った。
「それじゃあ、お手伝いするわ。一緒に帰りましょう」
「……」
結火は無言で頷き、窓を閉めた。鍵を閉めてから、足を踏み出す。カナエがすぐにその隣に並ぶように一緒に歩き始めた。
「今日の夕ごはんは何がいい?」
「……今日も来るのか」
「もちろん!一緒にお買い物をして帰りましょうね」
チラリとカナエに視線を向ける。ゆるやかな美しい瞳は上品な人形のようにキラキラと光っている。長い黒髪がフワリと揺れて、微かに花のような香りがした。
並んでいると、時折肩が軽く触れ合う。その度に、結火の心に甘い何かが込み上げてきて、熱い感情が芽生える。
――カナエの髪に、触れたい
――その白い肌に、柔らかい唇に口づけたらどんな顔をするだろう
ふと、そんな事を考えてしまい、自己嫌悪で胸が苦しくなった。
慌てて、教室の鍵を閉めながらそれを誤魔化すように口を開く。
「今日は、私が夕食を作ろうか」
「えっ、本当?結火さんのお料理、食べたいわ」
カナエがニッコリ微笑んで、結火は苦笑した。
「カナエみたいに、美味しく作れるかは分からないけどな……」
そう言いながら、廊下を歩き続ける。
誰もいない校舎を、夕日が照らす。騒がしい日中と違い、寂しい光景だ。
なんだか、世界に二人だけ取り残されたような感じだ、と考えたその時、カナエが口を開いた。
「なんだか、不思議な感じね……」
「何が?」
「こうしていると、この世界に私たちしかいないみたい……」
結火は驚いて、勢いよくカナエに顔を向けた。
「?どうかしたの?」
「……いや、……私も同じことを考えていたから」
カナエが驚いた顔をした後、微笑んだ。
「本当に?なんだか、嬉しい」
「……そうか」
カナエの笑顔から視線を逸らす。
「そういえば、今度のお出かけ、温泉なんてどうかしら?あのね、いろいろ調べてみたんだけど、結火さんが気に入りそうないい旅館があって……」
カナエの言葉で、連休を一緒に過ごす、という約束を思い出した。それと同時に、不安がよぎる。
――本当に、カナエは自分と過ごして、楽しく感じているのだろうか。
自分がつまらない人間だと自覚している。無口で冷たい女だと、分かっている。
どうして、カナエは自分と一緒にいてくれるのだろう。
人気者であるカナエと一緒に過ごしたい人間は多いはずだ。なのに、どうして――
結火の顔は知らず知らずのうちに強張っていた。
「結火さん、どうかしたの……?」
カナエが声をかけてきて、慌ててそちらに視線を向けた。
「何が?」
「なんだか、とても難しいお顔をしているわ。どこか具合でも悪い……?」
カナエが心配そうに結火の顔に手を伸ばしてきた。避ける間もなく、額に手を触れられた。思わず身体が震える。
「なんだか、熱い気がする……風邪かしら?」
「……なんでもない」
慌ててカナエの手を自分から離した。そのまま顔を伏せる。
「……結火さん?本当にどうしたの?」
カナエの呼びかけに、結火は微かに目を泳がせ、ようやく口を開いた。
「……不死川」
「え?不死川くん?」
「その……付き合っているのか?」
「……?誰が?」
「……その、お前と、不死川」
結火の言葉に、カナエが呆然と口を開けた。結火は珍しく言い訳をするようにゴニョゴニョと言葉を重ねた。
「いや、その、生徒達が、噂してた、から……お前と不死川、仲がいいし、……お似合い、だと、思う……」
口に出すと、心がまた暗くなっていく気がして、それを必死に無視する。そんな結火を見つめながら、カナエが震えるように声を出した。
「……なんで」
「ん?」
「……わ、私、何度も何度も言ったわよ、ね?」
「……ん?」
結火は首をかしげる。カナエは深く息を吸った後、言葉を続けた。
「私は、あなたが、好きよ。結火さん」
結火はカナエを見返し、息を呑んだ。
「……それ、は」
「学生の時から、何度も言ったのに、まだ冗談だと思っていたの?」
「……」
「さすがに私も怒るわよ」
カナエが眉を吊り上げた。結火は慌てて口を開いた。
「――それは……」
「もちろん……恋愛の意味で。私が一番好きなのはあなたなの」
「……」
直接的な言葉をぶつけられ、反応できなかった。ただその場で固まり、カナエを見つめ続ける。
「中学生の時から言ってるでしょう?私は結火さんのお嫁さんになりたいって」
「……カ、カナエ」
「結火さんは、私のこと、どう思ってるの?」
その問いかけに、言葉を詰まらせる。
長い沈黙がその場に降りて、結火はとうとうカナエから視線を外した。
「……私は、想われるような、人間じゃないよ」
「なに、それ……」
カナエが不満そうに唇を尖らせた。
「そんな答えじゃ納得できない」
「……」
「私が聞きたいのは、あなたが私を好きかってこと、それだけ」
「……私は」
結火が小さな声を出したその時、後ろから声をかけられた。
「あっ、胡蝶先生!!」
驚いて振り向くと、そこにはカナエの妹である栗花落カナヲと神崎アオイが立っていた。
「よかった、探していたんですよ。部室に忘れ物しちゃって……」
カナヲとアオイが駆け寄ってくる。カナエがそれに返答する前に、結火は口を開いた。
「――胡蝶先生、それでは私は一階の戸締まりをしてきます」
そう言って素早く近くの階段へ向かった。
「あ、結火さん――」
カナエが呼び止めたが、聞こえないふりをした。
バタバタと階段を駆け降りて、結火は目についた教室へと入った。思った通り、教室には誰もいない。勢いよく扉を閉めたあと、ズルズルとその場に座り込んだ。
「よも、や……よもや……」
力が抜けていく。頭の中に、カナエの声が響く。
『あなたが、好きよ』
顔が熱くなっていく。もう止められない。
「……よも…や」
両手で自分の顔を覆う。
「結火さん」
突然声をかけられて、慌てて顔を上げた。いつの間にか、カナエが入ってきたらしい。瞬時に結火の顔はいつも通りの真顔へと変化した。
「……あの二人は、もういいのか」
その問いかけに、カナエが頷いた。
「ええ。もう大丈夫。それよりも」
カナエはその場にしゃがみこみ、結火とまっすぐに視線を合わせた。その瞳から、顔を逸らせない。
「……さっきの、続き。あなたが、大好きよ、結火さん。この世で一番」
「……」
結火は何も答えなかったが、カナエはそのまま言葉を重ねた。
「あなたと手を繋ぎたい。抱き合いたい。私だけがあなたを独占したい」
「……」
「あなたの、お嫁さんになりたいの」
「……それ、は」
「あなたと一緒のお墓に入りたいわ」
「重い」
思わず結火が呟くと、カナエがクスリと笑った。
「それだけ、私の想いが大きいってこと」
「……そう、か」
どう答えればいいか分からず、目を逸らしながらそう言うと、カナエが結火の顔を覗き込むように微笑んだ。
「だから、考えてほしいの。私とのこと。真剣に」
「……」
「待ってるから」
そして、ゆっくりと立ち上がった。
「そろそろ帰りましょう。お腹空いたわ」
結火もハッとして立ち上がる。気がつくと、ずいぶん暗くなっていた。
あの日から、結火の心はずっと揺れている。まるで風に吹かれる木の葉のように、ザワザワと音を立てている。止まらない。
カナエはあの告白以来、何も言ってこない。
きっと結火の答えを待ってくれているのだろう。
どうすればいいのだろう。カナエの気持ちに答えたい、とは思う。一歩を踏み出す。それだけだ。それだけ、なのに。
「……」
どうして、出来ないのだろう。自分が情けなくて、大きなため息をついた。
職員室のテーブルに頭を伏せていると、宇髄が声をかけてきた。
「煉獄、どうした?なんかいつにもまして地味だな」
「……宇髄」
「あ?なんだ?」
「……お前みたいに何も考えずに暴れまわって、跡形もなく爆発させる人間になれたら最高に楽なんだろうな」
「え?俺、馬鹿にされてる?」
結火は大きくため息をついて、ゆっくりと立ち上がった。
「次の授業の準備をしてくる……」
ボソッと呟くと、そのまま職員室を出ていった。
「どうしたんだ、あいつ?」
宇髄が眉をひそめる。そんな結火の姿を、カナエも静かに見つめていた。
結火がフラフラと授業の準備のために教室へ向かっていたその時だった。
「煉獄先生」
後ろから声をかけられて振り向くと、
「校長先生……」
キメツ学園校長の、産屋敷あまねが立っていた。慌てて頭を深く下げて挨拶をする。
「お疲れ様です。いかがされましたか?」
あまねが結火に話しかけてくるのは、かなり珍しいことだ。結火が戸惑っていると、あまねが珍しく迷ったような顔をして、言葉を続けた。
「……実は、理事長が……お話があるそうで」
「理事長……?」
あまねの夫でありキメツ学園理事長でもある、産屋敷耀哉は一応は結火とは幼馴染みという間柄ではある。現在は個人的な関わりはほとんどない。年に何度か手紙を交わすくらいだ。
その耀哉が、結火に何の用事があるのだろう。
不思議に思いながらも、結火はあまねの案内で理事長のいる部屋へと向かった。
◇◇◇
それから数日後、昼休みに結火が職員室で弁当を広げていると、突然バタバタと大きな足音がした。
「姉上ーーーー!!」
大きく叫びながら入ってきたのは、弟であり歴史教師でもある杏寿郎だった。
いつも大きな声を出すが、今日の声は一際大きかった。その声に職員室にいた全員が驚き、戸惑いながら視線を杏寿郎へと向ける。結火も呆気に取られて、杏寿郎に顔を向けた。
「なんだ、そんなに大声を出して……」
「姉上!!!」
結火の言葉を無視して、勢いよく近づいてきた杏寿郎が吠えるように叫んだ。
「姉上が見合いをすると聞きました!!!まことでしょうか!?」
その問いかけに、結火が目を見開く。
それと同時に、カナエの心臓が凍りついた。絶句して、みるみる顔色が青くなっていく。カナエが手に持っていた書類がバサバサと音をたてて、床に散らばった。
つづく!