蝶結び   作:春川レイ

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キメ学パロ、完結編です。







キメ学百合【社会人編】その2

 

 

職員室全体がしんと静まり返る。職員室の全員がこちらを見ているのを痛いほどに感じた。結火は舌打ちしそうになるのを抑えながら、机の上の教科書へと手を伸ばす。それを軽く丸めると、杏寿郎の頭を軽く叩いた。

「……煉獄先生。職員室ではお静かに」

「ですが、姉上っ!」

「煉獄先生」

結火は杏寿郎に鋭い視線を向けながら、弟ではなく職場の同僚として対応する。杏寿郎はグッと言葉に詰まった。

「その件に関しましては、いずれ煉獄先生にも改めてきちんとお話しをします」

「し、しかし……」

「まだ何か?」

また結火が怖い声を出すと、ようやく杏寿郎は諦めたようにガックリと肩を落とし自分の席へと戻った。

結火がその姿を無言で見送っていたその時、

「煉獄先生」

名前を呼ばれながら、肩を誰かに叩かれた。その声が聞こえた瞬間、結火は鳥肌が立つのを感じた。カナエの声だ。いつもと同じ声なのに、そのはずなのに、なんだ、この恐ろしい圧は。

結火は恐る恐る後ろを振り向いた。カナエと視線が交わり、驚きで目を見開く。カナエは、今まで見たことがないほど怖い笑顔を浮かべていた。

「……なんでしょうか?」

結火が必死に冷静な顔を装い、言葉を返すと、カナエは首をかしげるように言葉を重ねた。

「次の授業の準備を、ちょっと手伝っていただけません?」

「……はい?」

「すぐに済みますので。こっちへ来てください」

そして、カナエは強引に結火の腕を掴み、立ち上がらせた。

「いや、あの……」

「ほらほら、早く」

困惑した様子の結火を無視して、カナエが腕を強く引っ張る。そのまま結火はカナエに引きずられるように職員室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

カナエに連れていかれたのは生物準備室だった。強い力で、部屋に身体を押し込まれる。細いのに力が強いな、と考えている間に、扉の方でカチリと音がした。カナエが鍵をかけたらしい。

「胡蝶先生……」

一応は職場のため、名字で呼んだその時だった。カナエに強く腕を引っ張られ、結火は息を呑んだ。気がつくと、壁に身体を押さえつけられていた。結火の顔の横に、カナエが手を付ける。

「お見合いって、何?」

カナエが強い視線を向けながら問いかけてきた。すぐ近くまで美しい顔が近づいてきて、心臓の鼓動が高くなるのを感じる。そんな結火をまっすぐ見つめながら、カナエが言葉を重ねた。

「私の気持ち、知ってるわよね?なのに、お見合いなんてするの?」

「……」

「ねえ、結火さん、答えて。私以外の誰かと、結婚するの?」

問い詰めてくるカナエに、結火は抵抗するように焦りながら小さく声を出した。

「い、いや、ちがう。結婚とかそういう話は……ただ見合いを……」

「私の告白に返事もしてくれないのに、お見合いだなんて……」

「見合いは、お前には関係ない話なんだ。別に話す必要は――」

「関係ないわけないでしょ!!」

珍しくカナエが大きな声をあげ、結火はどう反応していいか分からず目を泳がせた。

「本当に、本当に、お見合いをするの?」

「……」

カナエの問いかけに、返事が出来ずに、ただ顔を背ける。

そんな結火の反応を見たカナエが結火の顔を掴んだ。そして、強引に顔を正面に向けられる。そのままカナエが唇を寄せてきて、結火はギョッとしながら慌てて手を伸ばした。

「……ダメっ」

必死にカナエの顔を手で抑える。

「やめてくれ、それは……」

結火の言葉に、カナエが震えながら声を出した。

「い、嫌なの……?」

「……嫌というか、ダメなんだ」

結火が狼狽えながらそう言うと、カナエがショックを受けたような顔をした。

「そ、そんなに私の事が嫌い?」

「そうじゃない!そうじゃなくて……」

涙目になっているカナエに、結火は必死にどう答えればいいのか考えるが、言葉がうまく出てこない。

そんな結火を見つめながら、カナエの方から口を開いた。

「……結火さんなら、きっと、時間はかかるかもしれないけど、いつかは、私の気持ちに応えてくれるって、思ってた……でも、あなたの事が、……もう、分からないわ」

震えるような、悲痛の声が響く。カナエの顔は、真っ白で、まるで全てを失ったかのような表情をしていて、結火は再び息を呑んだ。

「私と、結火さんの関係って、何?結火さんにとって私って何なの?」

「……」

結火の口が開くが、やはりその口から言葉は出てこない。長い沈黙の後、カナエがゆっくりと壁から手を離した。

「……ごめんなさい。こんなことをして」

「カ、カナエ……」

「――私、次の授業に行くわね」

そしてカナエは壁から手を離し、フラフラと生物準備室から出ていった。

それを引き留めることがどうしてもできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結火が見合いをするという噂は、その日のうちに学園全体に広がった。

「ユウ先生がお見合いするって!」

「えっ、相手は?どこの誰?」

「どこかの格闘家らしい!」

「いや、格闘家じゃなくて、力士なんだって!」

「もう結婚も決まってるらしいよ!!」

「結婚?決闘の間違いじゃなくて?」

「ユウ先生と、人間が結婚?相手が死んじゃうんじゃ……」

あることないこと、瞬く間に噂が広がっていき、結火はうんざりして頭を抱えた。

放課後、噂を聞いたらしい胡蝶しのぶが、結火に向けて殺し屋のような視線を送ってきたが、結火はそれを見なかったことにした。

「んで?お前、結婚するの?」

その日の夜、仕事が終わり、結火は居酒屋に来ていた。同じテーブルには、杏寿郎に宇髄、悲鳴嶼、そしてなぜか冨岡がいる。全員が興味深そうに結火を見ている。中でも杏寿郎は目がギラギラしていた。

「姉上!俺は認めません!!姉上のお相手は、俺はもちろん、姉上よりも強い男でなくては!!!」

「うるさい、杏寿郎」

隣で吠える弟の頭をまた軽く叩き、結火は大きなため息をついた。

「……見合いの件は、本当だ」

全員が驚いたように目を見開いた。

「南無……煉獄が見合いとは」

「お前が婚活かぁ……」

しみじみと呟く宇髄を結火は軽く睨みながら、酒を一口飲む。そして言葉を続けた。

「……理事長からの、お話だ 」

結火の言葉にまた全員が驚く。

「なんと……理事長が……?」

悲鳴嶼の声に頷き、グラスに入った酒を見つめながら、言葉を重ねる。

「……理事長の知人から持ち込まれた話らしい。なんでも、あちらがぜひ私と会いたい、と言ってるらしくて……」

宇髄が納得したように何度か頷いた。

「へ~、なるほど。それは断れねぇなぁ……」

結火はボソボソと言葉を続けた。

「……かなり、条件のいい話なんだ。きっと、両親も安心できるような、申し分のない相手で……」

「姉上!!父上と母上が認めても!!俺は絶対に--!!」

「お前はちょっと静かにしてろ、このシスコン」

大きな声で叫び、騒ぐ杏寿郎の口を、宇髄がおしぼりで塞ぐ。それを尻目に、結火はひたすら酒を呑み続けた。

すると、今度は悲鳴嶼が淡々とした口調で結火に声をかけてきた。

「それで、煉獄、見合いするのか?」

「……」

「お前、本当にそれでいいのか?」

結火は悲鳴嶼の問いかけに答えず、顔を伏せた。

その時、

「……煉獄の」

「あ?」

今まで無言でひたすら鮭大根を貪っていた冨岡が声を出したため、結火はそちらへ視線を向ける。冨岡は口の周りを汚したまま、言葉を続けた。

「……煉獄……俺には絶対に、無理だ……」

「……ん?」

「……見合い……相手………とても……気の毒だ……」

「喧嘩なら喜んで買おう」

結火が唇を引きつらせながら、木刀を取り出す。それを宇髄が慌てて止めた。

「ちょっと待てって!お前らが暴れたらマジで洒落にならん!!学校じゃねぇんだぞ!!居酒屋を叩き割る気か!?」

「離せ、宇髄、お前の尻も叩き割るぞ」

「……煉獄……尻は最初から割れてる……」

「冨岡、お前は本当にちょっと黙っとけ!!」

木刀を振り上げる結火、それを止める宇髄、鮭大根を頬張る冨岡、そしておしぼりで口を塞がれ「ウー!ウー!」と呻き続ける杏寿郎を見つめながら、悲鳴嶼は、

「……南無、理事長は一体何をお考えになっているのか」

と一言呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それで、話は聞き出せましたか?』

『理事長から持ち込まれた見合い話らしい。かなり条件がいいそうだ。煉獄姉は見合いに気が進まない様子だったが』

『それで?』

『もう少し話を聞こうとしたら、なぜか煉獄姉がとっても怒ったから、話どころじゃなくなった』

『どうして怒ったのです?』

『分からない』

『もしかして、冨岡先生、何か失礼なことを言ったのでは?』

『?』

『いや、?ではなくて……心当たりはないんですか?』

『そういえば、俺が助言をしたら怒ったな。どうやら、煉獄姉本人は見合いに乗り気じゃなさそうで、ずっとつらそうな顔をしていた。俺も、煉獄姉の立場だったら、見合いをさせられるなんて絶対に無理だ』

『それで、冨岡先生が何か助言をしたんですか?』

『ああ。つらそうにしている煉獄姉の事が気の毒になって、見合いの件はよく考え直せばいいと思って』

『具体的になんと言いました?一言一句、そのまま教えてください』

『確か、俺には絶対に無理だ、見合い相手、とても気の毒だ、と』

『冨岡先生に偵察を頼んだ私が馬鹿でした』

『待て、胡蝶。約束の高級鮭と大根はどうなる?』

胡蝶しのぶはスマホの電源を切ると、頭を抱え、大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日以来、カナエは結火を避けるようになった。結火のマンションを尋ねて来なくなったし、職場でも仕事以外で話しかけてこない。

結火もどう話を切り出せばいいか分からず、カナエに話しかけることが出来なかった。

「大丈夫か、煉獄?」

「……あ?」

職員室でパソコンを睨みながら業務をこなしていると、突然化学教師の伊黒が話しかけてきた。

「……大丈夫って、何が?」

「いや、最近、やつれているようだから……ひどい顔色をしている。クマも出来ているぞ」

その言葉に結火は微かに顔をしかめながら答えた。

「仕事が忙しくて……眠れていないだけだ」

「仕事って……テスト期間はもう終わっただろ?何がそんなに忙しいんだ?そんなに仕事を溜め込んでいたのか?」

不思議そうな伊黒に、結火は唇を少し噛みしめ、ボソボソと答えた。

「……学校の業務以外に、個人的な仕事を、しているんだ。それが、少し忙しくて……」

「個人的な仕事?」

「……ちょっと厄介な事に巻き込まれてて……でもすぐに終わりそうだし……心配無用だ」

そう答えると、またパソコンに向き直る。伊黒は心配そうな顔をしながらも、離れていった。

 

 

 

 

 

1日の業務を終わらせ、職員室でノロノロと帰る準備をしていると、

「……あのー、煉獄先生?」

声をかけられ、結火は振り向いた。

そこに立っていたのは高等部の竈門炭治郎だった。こちらを心配そうな顔で見つめている。

「ん?竈門少年、なんでここにいるんだ?」

「あっ、俺はちょっとピアスの事で呼び出されて……」

「ああ……」

チラリと炭治郎の耳で揺れているピアスに視線を向ける。

「少年、君も頑固だなぁ」

「これは絶対に外せないので!ところで、煉獄先生、大丈夫ですか?」

「……何が?」

「ここ数日、すごくつらいというか悲しい匂いがずっと続いているので……」

炭治郎の言葉に結火は心の中で苦笑する。そして、炭治郎の丸い頭を軽く撫でた。

「……大丈夫だ。ちょっといろいろ面倒な事に巻き込まれていてな……」

「もしかして、胡蝶先生と何かありました?」

その言葉に思わず頭を撫でていた手が止まり、顔が引きつる。

「……なんでそう思う?」

「え、えーと、なんとなく……」

結火の様子に炭治郎が首をかしげる。そんな炭治郎から目をそらし、結火は小さくため息をついた。

「煉獄先生?」

「……君は本当に鋭いなぁ、少年」

少しだけ笑い、声を出す。

「……メロンパン」

「え?」

「メロンパンは、今日は売っているか?私は君の店のメロンパンが好きなんだ。それを食べたらきっと元気が出る」

「は、はい!ぜひ買いに来てください!!」

炭治郎が明るい声を出す。結火はその声に答えるように、またその頭を軽く撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のマンションに到着する頃には、空はすっかり黒く染まっていた。

「……ただいま」

真っ暗な部屋に入りながら、思わず囁くようにそう言ってしまい、顔をしかめた。「おかえり」と迎えてくれる人は、いないというのに。

パン屋から持ち帰った包みをテーブルに置いて、着がえると、そのままソファに横たわる。疲れが溜まって、目がしょぼしょぼしていた。

『結火さん』

ふと、優しい声が聞こえたような気がした。

『結火さん、ご飯出来たわよ』

ハッと起き上がり、部屋中を見回す。

しかし、もちろんそこには誰もいない。暗い空間が広がっているだけだった。

落胆して、クッションに顔を埋めた。心が凍りついたような感覚になる。気の遠くなるような孤独感に支配されて、強く瞳を閉じた。

その時、結火のスマホが着信を示す音を立てた。電話に出るのが億劫で、そのまま放置する。スマホは一度は切れたが、数秒でまた着信音が鳴り始めた。

仕方なくスマホに手を伸ばし、画面を見る。画面に映る名前に、思わず大きく目を見開いた。少し迷ったが、小さくため息をついて電話に出た。

「……はい」

『こんばんは。今日は月が綺麗ですね』

電話の向こうから聞こえる澄んだ声に、結火は頭を抱えながら体を起こした。

「……何か、用事でも?」

『私、先日フェンシングの大会で優勝しまして』

唐突に始まった話に、結火は眉をひそめた。

「……それは、おめでとう」

『ですから、きっと今ならあなたの心臓を剣で貫通させることも容易かと』

「……さあ、それはどうだろうな」

結火はほんの少しだけ唇の端を吊り上げた。

「忘れているようだが、私も剣道を嗜む人間だ。それなりに腕は立つ。生徒でも手加減はしないぞ」

『……大人げないですねぇ。……本当、なんででしょうねぇ……』

電話の向こうでため息が聞こえた。

『なんで姉さんはあなたなんかを……』

その言葉に何も答えられず、結火は無言で唇を噛んだ。

『それで?お見合いをするんですか?』

「……そちらには関係のない話だ」

『まだそんな事を言いますか』

その声には強い怒気がこもっている。

『ひどい人ですね』

「……」

『最低。卑劣教師。人の心を弄ぶクズ野郎』

容赦のない言葉に、顔が引きつっていくのを感じた。

「……そんな事が言いたくて電話してきたのか?」

『まあ一番の目的はそれですけど』

また大きなため息をついた後、言葉が続けられる。

『あなたのことなんてどうでもいいんですけど……本当に道端の石くらいどうでもいいんですけど、……このまま終わらせる気ですか?』

「……」

何を終わらせるのか、説明されなくてもよく理解できた。

『あなたの考えている事はよく分かりませんが……姉さんを弄んで、そのうえこんな終わり方なんて、私は絶対に許しませんから』

「……弄んだつもりは」

『黙ってください、クソ野郎』

冷たい声に、返す言葉もなく口を閉じる。

『このまま姉さんの事、放っておくつもりなら、私が容赦しません。逃げられるなんて思わないでくださいね。あなたの事、地の果てまで追い詰めますから』

「……追い詰めて、どうするつもりだ?」

『あら、聞きたいですか?』

「……いや、やめておこう」

結火が頭を抱えながら呟くように声を出した。

「……このまま、終わらせるつもりはない。すまない。少し事情があるんだ。数日の間には、決着をつける……」

『……』

結火の言葉に答えることなく、そのままブツリと通話は切れた。結火はスマホを放り出すと、再びソファに倒れこむ。そして、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後、キメツ学園で、全校集会が開かれた。教師と生徒達が体育館へ集められる。

表彰式や教職員の話など、集会自体は滞りなく進んでいく。

そんな中、

「……」

「……」

結火とカナエは並んで無言でステージに視線を送っていた。たまたま隣同士になり、気まずい。結火の顔は相変わらず仏頂面で、カナエの顔もまた何の感情も浮かんでいなかった。

「次は理事長からのお話です――」

理事長がステージ上に上がる。全員が理事長に視線が釘付けになる。

そんな中、

「……っ」

突如、カナエが動揺したように瞳を揺らし、息を呑んだ。

結火がこっそりとカナエの手に触れてきたからだ。

誰にも見えないように、背中の方で、結火は撫でるようにカナエの手に触れる。その手はどこまでも優しくて、熱い。

今まで、二人で触れ合うことは何度もあった。だけど、いつも最初に触れるのはカナエの方からだった。結火からカナエの手を握ったのはこれが初めてだった。

「……あ」

カナエの口から思わず声が漏れた。唇が震える。頭が真っ白になって視界が揺れたような感覚がした。我慢できずに、そっと結火の方に視線を向ける。結火は無表情でステージを見つめていた。その間もずっとカナエの手を撫でていた。

 

分からない

 

彼女が何を考えているのか、よく分からない

 

そのまま、結火はカナエの手をギュッと強く握ってきた。炎のように温かい手が、カナエの手を包む。

胸の奥で、大きな何かが芽生えるのを感じた。全身を満たしていく。もう止まらない。

「――理事長からのお話を終了します」

その声が響いた瞬間、カナエは結火の手をパッと振り払った。結火がようやくカナエに視線を向ける。

二人の視線が交わる。カナエの顔は紅潮しているが、結火の顔には何も表情は浮かんでいなかった。

先に目を逸らしたのはカナエの方だった。

結火の視線から逃げるように、その場から立ち去る。

パタパタと足早に去っていくカナエの後ろ姿を、結火はまっすぐに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後、カナエは生物準備室にて、一人で物思いに耽っていた。仕事が大量に残っているのに、どうしてもやる気が出てこない。ぼんやりと自分の手を見つめる。全校集会での出来事を思い出して、顔が熱くなるのを感じた。

「……」

無言で目を閉じて、手を強く握り締める。

その時、誰かが扉をノックした。

「は、はい、どうぞ」

慌ててカナエが返事をすると、すぐに、

「……失礼します」

結火が入ってきた。カナエは驚いてそちらへと視線を向けるが、すぐに逸らした。

「……煉獄先生、何かありましたか?」

慌てて書類業務に集中しているふりをする。声が震えているのが分かったが、止められなかった。

カナエをまっすぐに見つめながら、結火はカチリと扉の鍵を閉めた。

「……お話が」

結火の言葉に、カナエが素早く返事をした。

「では、手短にお願いします。仕事が残っていますので」

机の上の書類に何かを書き続けるカナエの横顔を、結火はしばらく無言で見つめた。

「煉獄先生?」

名前を呼ばれて、結火はようやく口を開いた。

「……断った」

「……何がでしょうか?」

結火は小さな声で言葉を続けた。

「……見合い話は、断った」

カナエの手がピタリと止まる。そして、ようやく結火に視線を向けてきた。

「……はい?」

「……だから、断ったんだ。相手とは、会ってもいない」

カナエの強い視線を感じながら、結火はポツリポツリと話を続けた。

「元々、怪しい話だったんだ……あちらは私の事を気に入って、ぜひとも見合いを、言ってきたが……どうやら鬼舞辻の息のかかった人間だったらしくて……理事長に近づくために、幼馴染みである私を利用しようとしていた、らしい」

その話を聞きながら、カナエは理事長と敵対している鬼舞辻という議員の事を思い出していた。産屋敷家を取り潰そうと目論んでいる悪の政治家だ。様々な方法で産屋敷家の資産を狙っているらしく、この学園にスパイが紛れ込んでいるらしい、という噂まであるが、カナエはよく知らない。

結火は顔を伏せながら、絞り出すように言葉を続けた。

「……理事長も最初から怪しんでいた、らしくて……それで、いっそ相手の罠にのって、見合いを受けて、近づこうと思っていた。そうしたら、相手の企みが、何か分かるんじゃないかと、思って……だけど、やっぱり、お前に申し訳なくて……理事長に話して、私個人で調査をしたんだ。それで、ようやく尻尾を掴んで……理事長に報告した。見合いの、話は、これで終了だ。……黙っていて、すまなかった……」

顔を両手で覆う。これ以上話を続けるのがつらい。

その時、カナエが近づいてくる気配がした。

「……話してくれればよかったのに」

「……誰にも言わない、と理事長と約束した。極秘で調査を進めていたし……それに、カナエを、巻き込みたくなかったんだ」

「それでも、私、すごく不安だったわ。あなたが、結婚して、私から離れていくのだろうと思って……」

カナエが結火の腕を優しく握る。そうしてゆっくりと結火の手を開いた。結火の顔は炎のように赤く染まっており、今にも泣きそうな表情をしていた。

カナエは思わず声を出して笑った。

「……うふふ。結火さん、そんなお顔をするのね」

「……どんな顔を、している?」

「すごく、すごく、可愛いお顔」

カナエの顔が近づいてくる。そのままフワリと額に口づけられて、結火は慌ててカナエの顔を抑えた。

「や、やめてくれ、それは、ダメだ……っ」

その声を聞いたカナエが悲しそうな顔をした。

「どうしてダメなの?そんなに嫌?」

「ち、ちがう!ちがうんだ!嫌じゃない……そうじゃなくて……」

結火は頭を抱えて、顔を伏せた。顔が熱くなるのを感じる。それでも必死に言葉を紡いだ。

「……カナエに、そんなこと、されたら……が、我慢出来なく、なる……」

「……ん?」

「い、今だって、必死に我慢しているんだ。本当は、お前に触れたくて……だけど、少しでも触れたら、我慢できなく、なる……から」

その言葉を聞いたカナエがパッと顔を輝かせる。そして、

「いいわよ」

と、軽く言ったため、結火は目を見開いた。勢いよく顔を上げると、カナエが頬を紅潮させて微笑んでいた。

「私も、あなたに触れたい」

その言葉に、結火の鋭い瞳から涙がこぼれた。

「ねえ、私はあなたが好きなの。だから、あなたに触れたいと思うし、……抱き締めたいとも思うわ。結火さんが、欲しい。あなたもそう思ってるでしょう?私が、欲しいって」

そう問いかけられて、結火は一瞬言葉に詰まったが、ゆっくりと口を開いた。

「……私は」

「うん」

「……私は、カナエが思っているような人間じゃない、よ」

その言葉にカナエが首をかしげる。

「え?なあに、それ?」

「……私は、弱い人間だ。口下手で、人付き合いが苦手で、それに、冷たくてつまらない人間だ。……親密になるのが、怖いんだ。いつか、お前は、こんな私に呆れて、離れてしまうかもしれない。それを、想像するだけで……心が、耐えきれない。苦しくて苦しくて、死にそうなんだ。そのくせ、お前が、私以外の誰かのものになるなんて、……絶対に、嫌なんだ」

「……」

「……以前、カナエの事を、重いと言ったが、……本当に重いのは、私の方だ。お前の事を誰にも渡したくない。ずっと、ずっと、そばにいてほしい。私だけを、見ててほしい。そんな事を、ずっと思ってる。カナエは、優しくて、綺麗、だから……私みたいな醜悪な人間は、相応しくない、よ……」

「離れたりなんてしないわ。絶対に」

キッパリとしたその声に、結火の瞳からまた雫が落ちる。その涙を拭いながら、カナエは笑う。その瞳もまた、潤んでいた。

「だって知ってるもの。私、知ってる」

「……何を?」

「あなたがどこまでも優しくて、誠実だってこと。弱くなんてない。あなたの心が、美しい炎のように、いつも燃えていること」

心の奥底が温かくなる。眠っていた炎が、燃え上がり、揺らめく。

「ずっと、隣にいたから、知ってるの。それに、これからだって隣にいたいわ。あなたの全部が、ほしい。私も、あなた以外、何もいらない。だから、どうか受け入れて。もう迷わないで……」

その言葉に結火の瞳から涙が、またポタリとこぼれる。カナエがそれを見つめながら、また笑った。

「ねえ、私達、やっぱりおんなじこと思ってたのね」

その笑顔を見て、結火は唇を強く一文字に結ぶ。そして、腕を伸ばすと、カナエの身体を強く抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結火さん」

「……ん」

誰かに名前を呼ばれて結火は目を開く。結火の部屋、ベッドの上でシーツにくるまっている。温かい。こんなにも穏やかな気持ちで目覚めるのは本当に久しぶりだった。

隣に視線を向けると、カナエが眠っていた。朝日を浴びて、真っ白な肌が輝いている。それを、美しいと思いながら、結火はゆっくりと体を起こした。

「カナエ?」

カナエは目を閉じたまま、返事をしなかった。どうやら寝言で結火を呼んだらしい。

「……」

穏やかな寝顔を静かに見つめる。そして、服を身に付けると、ベッドから立ち上がった。棚から用意していたある物を取り出す。

「……」

それをカナエのそばに置いた。きっと覚醒したら、一番に目に入るだろう。

そして、身支度を整えると素早くマンションから足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝の学校には誰もいない。書道部の部室にて、結火はゆっくりと筆を動かしていた。こうしていれば落ち着くだろう、と考えたが、どうしてもウズウズしてしまう。

やがてバタバタと足音が聞こえた。ガラッと音がして、部室の扉が開く。

「――結火さん!!」

カナエが慌ただしく部室へ飛び込んできた。

「や、やっぱり、ここにいた!私、ビックリして……」

「そうか」

カナエと目を合わせないようにしながら、淡々と返事をする。そんな結火の態度にカナエは不満そうな顔をしながら、言葉を続けた。

「朝の、あれって、どういう意味……?」

「……何が?」

「とぼけないで!!」

カナエが珍しく大きな声で叫んだ。

「目が覚めたら……ベッドの上に、花束があったわ。とっても綺麗な、薔薇の花……そ、それに、これが一緒に置いてあって……」

カナエがポケットから出したのは、青い小さな箱だった。リングケースだ。

「これは、どういう意味?」

「……」

「あ、あの、これって、学生の時の約束の……?」

その言葉を聞いて、結火は筆を強く握りしめた。学生時代に自身がカナエに言った約束が脳裏に響く。

 

 

 

『分かった分かった。私と結婚な』

 

『それじゃあ、その時は、――飛びっきり可愛い指輪をお前に贈るよ』

 

『それに、花束も付けてやる。それでプロポーズをしよう』

 

 

 

「……昨日の今日で、……それは、流石に早いだろう」

カナエの問いかけに、結火は筆から目を離さずにぶっきらぼうに答えた。

「ただ、なんというか……そうやって、形にすれば、……お前も安心するだろうと思って……」

だんだん言葉が小さくなっていく。そんな結火を見つめながら、

「……」

カナエは無言で顔を真っ赤にしていた。そして、深呼吸をすると大きな足取りで結火へと近づいてきた。

「……ちゃんと、はっきり、言って」

「……」

結火は答えない。

「結火さん、お願いだから、言ってちょうだい……」

「お前だって!」

結火は鋭い声を出した。

「お前だって……っ、知ってるだろう。私は、話すのが苦手なんだ。気のきいた言葉は、分からない、から……」

「それでも!!」

カナエが大きな声を出し、一歩近づく。結火は肩を揺らして、ようやくカナエの顔を見た。カナエは大きな瞳を潤ませながら、結火をまっすぐに見つめていた。

「……あなたの言葉で、聞きたいの」

「……」

結火は大きなため息をついた。無言で立ち上がり、カナエの方へ身体を向ける。そして、カナエの肩を掴んだ。

「……ちょっと、座れ」

そのまま、そばの椅子にカナエを座らせた。カナエは不思議そうな顔をしながらも、腰を下ろした。

結火はカナエの肩を掴んだまま、目を閉じて、大きく息を吸った。そのまま目を大きく開くと、カナエをまっすぐに見つめた。

「いいか……一度しか言わない……」

ゆっくりと片膝を床に着ける。そっと、カナエの手を握り、そのまま唇を落とした。

 

 

「あなたは、……私の一番大切な人だ。私の、唯一。ずっと、ずっと……私の隣にいてほしい。永遠に、あなたの笑顔を見ていたい」

 

 

その言葉を言った瞬間、顔が熱くなっていくのを感じた。そんな結火を見つめながら、カナエがクスクスと笑い出した。

「……すごく、情熱的、ね」

「……うるさい」

「私、とても、幸せだわ」

その言葉にカナエの顔へ視線を向ける。カナエは涙を流しながらも、微笑んでいた。それを見た結火は胸が高鳴る。

きっと自分は、一生カナエのこの顔を忘れないだろう、と思った。

「……指輪、つけてくれる?」

そう言われて、無言で頷いた。リングケースから指輪を取り出し、カナエの左手の薬指にはめる。

「大きさ、ピッタリね」

「……当たり前だろう。きちんと準備していたんだから」

「いつから準備していたの?」

「教えない」

プイッと結火が顔を背ける。カナエがクスクスと笑いながら、立ち上がり、結火に抱きついた。

「ねえ、結火さん――」

耳元で甘い言葉を囁かれる。その言葉を聞いた結火が驚いたような顔をした後、小さく笑った。カナエはその顔を見て、再びクスリと笑い、結火の唇にキスを落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、キメツ学園は、カナエが左手の薬指に指輪を嵌めていたことで、大混乱に陥った。婚約したという噂が駆け巡り、カナエのファン達は怒り狂ったり、嘆き悲しんだりと大騒ぎした。

ちなみに、胡蝶しのぶはショックのあまり、卒倒して倒れこみ、そのまま保健室へと運ばれた。

 

 

後日、煉獄家に胡蝶カナエが挨拶に来て、父親と弟二人が驚きで腰を抜かすのはまた別のお話――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






※学園コソコソ噂話
悲鳴嶼先生と瑠火さんは、二人の事に気づいていた。何も言わずに、そっと見守っていたらしい。
















というわけで、キメ学パロでした。本編があまりにもギスギスでシリアスなので、甘い短編を書きたくて、書いてみたら意外と長くなってしまいました。いつもとちがう主人公とカナエさんをお楽しみいただけたでしょうか。本編もこれくらい甘い感じにしたいんですけどね。この主人公だとなかなか難しいです。
キメツ学園のわちゃわちゃした雰囲気、大好きです。書いている間、本当にすごく楽しかったので、また小話として書いてみたいです。

次からようやく本編に戻ります。最終章になります。よろしくお願いいたします。

最終章予告・『永久に結ぶ』








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