蝶結び   作:春川レイ

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触れ合って

 

 

ここ数日、鬼殺隊は大きな変化を迎えていた。

 

刀鍛冶の里で上弦二体が撃破されて以来、鬼の出没がピタリと止まった。

竈門禰豆子が太陽を克服した事が原因なのは明らかだ。日光を克服した特殊な鬼が現れた、ということは近いうちに大きな戦いが始まるだろう。そのために、鬼殺隊士達に、柱が直々に稽古をつける「柱稽古」が開始されることが決まった。

「……そういうわけで、皆準備で忙しくしているんですよ」

その話を、早朝の診察室にて、結火はしのぶから聞かされた。

「……そう、ですか」

結火は短く答えながら、しのぶに自分の腕を差し出す。しのぶは注射器を握りながら、ニッコリ笑った。

「はい、それでは刺しますよ。ちょっとチクッとします」

そう言いながら、結火の腕に大きな針を突き刺す。とても“チクッ”とどころではない、鋭い痛みを感じた。たちまち注射器の中に結火の赤い血が貯まっていく。それを結火は無言で見つめた。

針を刺しても全く反応をせず、表情を変えない結火を見て、しのぶはつまらなさそうな顔をした。

「はい、終了です」

やがて、必要な分量の血液を採取したらしいしのぶは結火の腕からゆっくりと針を抜いた。

「ありがとうございました」

結火がペコリと頭を下げる。そんな彼女を見つめながら、しのぶは再び口を開いた。

「……それで、あなたはどうするのです?」

しのぶが曖昧な質問を投げかけてくる。その問いかけに結火は考え込むように顔を伏せたが、すぐに口を開いた。

「……もう少し、考えます」

「考えている暇なんてないと思いますがねぇ」

その言葉に少しだけ唇を噛んでから、結火は再び頭を深く下げると、足早に診察室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食の後、いつも通り、胡蝶カナエは療養者の診察を開始した。忙しくパタパタと廊下を歩いていたその時、

「胡蝶様」

後ろから声をかけられて振り向く。そこには結火が立っており、カナエの方を見つめていた。

「結火さん、どうしたの?」

結火は静かにカナエの方へ近づくと、口を開いた。

「……夕方、少しだけ外出をしてもよろしいでしょうか?」

「外出?どこに行くの?」

カナエの問いかけに、結火は言いにくそうに言葉を続けた。

「……弟と、約束が」

「あら」

結火の言葉に、カナエは思わず微笑んだ。

「弟さんと、どこかへお出かけ?」

「……ええ、まあ」

結火が視線をそらしながら、珍しく曖昧に返答をする。そんな結火を、カナエは首をかしげながら見つめていたが、

「今は療養者の方も少ないから大丈夫よ。気をつけていってらっしゃい」

そう答えると、結火は感謝するように軽く頭を下げた。そんな結火にカナエは微笑みながら言葉を続けた。

「弟さんと会うのも久しぶりなんじゃない?楽しんできてね」

「……はい」

「でも、あんまり遅くならないようにしてね。暗くなったら危ないから……」

カナエの言葉に結火は無言で何度も頷く。相変わらず口数が少ない人だなぁ、とカナエが思ったその時だった。

不意に結火がカナエへと手を伸ばしてきた。

「……ッ?」

カナエが驚きで、思わず肩を揺らす。そんなカナエに構わず、結火はカナエの髪飾りに触れた。

「――髪飾りが、取れかかって……」

掠れたような声がすぐそばで聞こえた。結火の細い指がカナエの髪飾りを整える。その指先が、長い黒髪に絡まる。

心臓の鼓動が痛いほど高まるのを感じた。

優しく髪を撫でられて、触れられたところが溶けていくような気がする。

熱い。

「……あ」

彼女と目が合って、か細い声が漏れた。

その燃えるような瞳が、カナエだけを映す。

熱い。熱くて、熱くて、火傷しそう。

「……結火さん」

カナエが名前を呼ぶと、ハッと我に返ったように結火が視線をそらした。

「……仕事に、戻ります」

早口でそう言うと、逃げるようにその場から去っていった。その姿をカナエは頬を赤く染めながら見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結火とカナエは気づいていなかったが、廊下の向こうでは、しのぶが立ちすくみ、二人を凝視していた。厨に行こうとして、偶然見かけたのだ。

結火とカナエが触れ合って、見つめ合う。その姿を見て、息を呑む。視線が縫い付けられたように、目が離せない。

二人の様子を見て、すぐに気づいてしまった。二人の関係が明確に変わったことに。

「――姉さん」

小さな声がしのぶの口から漏れる。

カナエはしのぶに気づかないまま、結火の後ろ姿を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夕方、結火が蝶屋敷から出て待ち合わせ場所へと向かうと、千寿郎は既にそこで待っていた。

「姉上!」

結火の姿を見て、顔を綻ばせながら大きく手を振る。結火は素早く弟の元へ駆け寄った。

「千寿郎、すまない。待ったか?」

「いいえ、大丈夫です!姉上とお会いできて、とても嬉しいです!」

千寿郎が元気よくそう答えながら微笑む。結火も目を細めながら、その頭を優しく撫でた。

「姉上、お元気でしたか?お身体の具合は……?」

その問いかけに、頭を撫でていた結火の手がピタリと止まった。考えるような表情で、顔を伏せる。

「……?姉上……?」

千寿郎が不思議そうに首をかしげると、結火はゆっくりと頭を上げて、口を開いた。

「……千寿郎、それよりも早く行こう」

そう言って、結火が足を踏み出す。

「は、はい!」

千寿郎が慌てたように返事をして、それに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人で花を購入し、足を向けたのは墓地だった。ゆっくりと二人で歩き、杏寿郎の墓へと向かう。いつもは結火一人で来る場所だ。家族と共に墓参りをするのは、これが初めてだった。

「兄上、こんにちは。今日は姉上と参りました」

千寿郎が挨拶をしながら、花を供える。結火は無言で線香に火を付けた。

「きっと兄上はお喜びになっています」

「……ああ」

千寿郎が微笑み、結火は短く答えた。

二人で線香を立てて、ゆっくりと手を合わせ、深く頭を下げる。線香の匂いが漂い、静かに時は流れた。やがて千寿郎は顔を上げ、フッと息を吐く。そして、隣へ視線を向ける。結火はまだ合掌をしていた。

まるで祈るように、強く目を閉じている。

「……姉上?」

千寿郎が声をかけると、結火はようやく瞳を開けた。ゆっくりと顔を上げ、千寿郎へと視線を向ける。その瞳を見て、千寿郎は息を呑んだ。

強くて、鋭い、熱い瞳だ。この目は、まるで――、

「千寿郎」

結火が名前を呼ぶ。その瞬間、千寿郎の心臓が、痛いほど大きな音をたてたような気がした。

「姉上?」

結火はゆっくりと腰を下ろし、千寿郎とまっすぐに視線を合わせた。しばらく弟の顔を見つめると、ゆっくりと口を開いた。

「……話があるんだ。千寿郎と、杏寿郎に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千寿郎と会った翌日、結火は時折考え込むような表情をしながらも、通常通り、熱心に業務に励んでいた。カナエの指示通り、療養者の世話を中心にテキパキと仕事をこなしていく。

アオイに頼まれ、備品の整理をするために、備品庫へ向かっていたその時、薬の調合室から何かコソコソと話す声が聞こえた。

「……じゃあ、薬の研究を?」

「ええ……難しいかもしれないけど――」

カナエとしのぶが深刻そうな様子で何かを話している。

何か、大きな事を始めようとしているのだろう。それを察して、結火は気づかれないようにそっとその場から立ち去った。自分が首を突っ込むべきではない。

備品庫の整理と掃除を終了させ、必要な量の包帯やガーゼを手に取り、診察室へ向かう。診察室の扉を軽く叩くと、

「はーい」

カナエの声が聞こえ、すぐに扉を開けた。

「失礼します」

結火が部屋に入ると、机で何かを書いていたらしいカナエが視線を向けてきた。

「あら、結火さん。どうしたの?」

「包帯とガーゼをお持ちしました」

軽く頭を下げながら、答える。カナエは頷いて、棚を指差しながら答えた。

「そこに置いててもらえる?」

「……はい」

そう指示されて、素早く棚に道具を並べていく。カナエはそんな結火の姿を見つめていた。

「……療養者の方、少なくなりましたね」

その視線に居心地の悪さを感じて、結火がそう話しかけると、カナエが頷いた。

「……ええ。でも柱稽古が始まるから……今は少しだけ余裕があるけど、すぐにまた忙しくなるわ」

「……そうですか」

結火は小さな声で答える。そして、棚に全ての道具を並べ終わると、結火はカナエに顔を向けた。

「あの」

「あの」

二人同時に声をあげ、驚いて口を止める。カナエが苦笑して、結火はやや気まずそうに再び口を開いた。

「……そちらから、どうぞ」

その言葉を聞いて、カナエはゆっくりと立ち上がり、結火の方へと近づいてきた。

「……胡蝶様?」

すぐ近くにカナエの存在を感じて、結火は困惑しながら声をかける。そのままカナエはゆっくりと結火の手を両手で握ると、顔を耳元へと近づけてきて口を開いた。

「……今夜、少しだけ、あなたの部屋に行ってもいい?」

甘い囁きに、体が震える。勝手に感情が高まっていく。それを隠すように、結火は口を開いた。

「ダメ」

その答えにカナエが唇を尖らせた。

「……どうして?」

「……こんな時に――」

「こんな時、だから……今後、絶対にすごく忙しくなるわ。二人で過ごせる時間が……」

カナエの言葉に結火は顔を微かにしかめる。そんな結火に、カナエは懇願するように言葉を重ねた。

「だから、ね?お願い、結火さん」

「……いや、それは」

「ちょっとだけだから」

「……やっぱりダメだ。多分、“ちょっと”じゃ終わらない……」

結火の言葉に、カナエは少しだけクスリと笑う。しかし、すぐに不満そうな表情で口を開いた。

「だって、全然、二人きりで過ごせていないんだもの」

「……」

結火は思わず顔をそらす。そんな結火の様子を見て、カナエは泣きそうな顔で言葉を続けた。

「……なんだか、私ばかり好きみたい……」

自分の心が、こんなにも弱いなんて知らなかった、とカナエは思う。同時に、仕方ないじゃない、と思った。心が通じあった後も、結火の様子はあまりにも通常通りで何も変わらない。何の感情も感じないのだ。愛情を感じられなくて、不安ばかりが蓄積していく。

「……そりゃあ、結火さんは、強いから……きっと、平気なんだろうけど」

――私は、寂しい。

――満たされない。

カナエがそう思った瞬間、結火が動いた。

突然腕を強く引っ張られる。驚きで目を見開く前に、結火によってカナエは壁に押さえつけられていた。結火の手が、カナエの両手を強く握っている。

気がつけば、結火の顔が間近にあった。吐息さえも触れ合いそうで、体温が一気に上がっていく。

「ゆ、結火さ――」

「私が」

掠れ声が部屋に響き渡る。その強い視線に、身体が硬直するのを感じた。

「私が、あなたに触れられなくて、平気だと、思ってるのか?本当に?」

「……ちがうの?」

結火がムッとしたように顔を歪めた。その表情が、なんだか可愛らしくて、こんな状況だというのに、カナエは笑った。

クスクスと笑うカナエを見て、結火がまた顔をしかめる。そして、その赤い唇に噛みつくように口づけをした。

突然の結火の行動に驚いて、カナエは目を見開いた。ビリビリと痺れていくような感覚に支配される。唇から伝わる熱で、呼吸が乱れていく。感情が膨らんでいって、破裂しそうだ。

羞恥からか、頬を赤くして震えるカナエを見て、結火は独占欲を刺激されるのを感じた。こんなこと、いけないと分かっているのに、もう止められない。

何度も角度を変えて、お互いに貪るように唇を重ねる。

やがて唇が離れて、結火は再びカナエの顔へと視線を向けた。愛おしさを感じながら、カナエの頬を撫でる。カナエはぼんやりと熱に浮かされたように結火を見つめ返した。

再び結火はカナエに口づけた。今度は唇の弾力を確かめるように、優しく、丁寧に。そして、ゆっくりとその白い首筋へと唇を降ろしていく。

「……あ」

カナエが小さく声をあげたその時だった。

コンコンと何かの音が響いた。

「お疲れ様です!こちらに胡蝶様が――えっ」

返事も待たずにそう言って診察室へと入ってきたのは後藤だった。結火とカナエの姿を見て、声をあげる。結火とカナエも驚きでピタリと動きが止まった。

恐ろしいほどの沈黙がその場を満たす。

初めに動いたのは後藤だった。

「失礼しましたっ!!」

大声でそう言って、素早く扉を締める。我に返った結火は慌ててカナエから手を離した。顔を真っ赤にしたカナエもまた、慌てたように扉へと近づく。そして、扉を開くと、外にいたらしい後藤に声をかけた。

「ご、後藤さんっ、ごめんなさいね。あっ、お仕事の書類、届けてくれたの?お受けするわね。それじゃあ、またね~」

早口でそう言って、逃げるようにその場から立ち去った。

結火は大きくため息をつきながら、部屋の外に出る。後藤の姿が見えずに、一瞬眉をひそめた。しかし、視線を下にずらし、すぐに気づいた。

後藤は、廊下のど真ん中で土下座をしていた。

「……後藤さん」

「申し訳ございませんでしたーー!!!!」

後藤の悲鳴のような謝罪が蝶屋敷に響いた。

数分後、結火に促されて顔を上げた後藤は、再びめそめそしながら言葉を重ねた。

「お、お二人の時間を邪魔してしまうとは……一生の不覚です……本当に、本当に、申し訳ありませんでした……」

「……ですから、気にしないでください。そもそも、職場であのようなことをしていた私達に非があるのですから」

気まずそうにボソボソとそういう結火を見ながら、後藤はしばらく躊躇った後、口を開いた。

「あ、あのぉ……」

「なんですか?」

「胡蝶様とは、いつから……?」

その問いかけに、結火は思わず後藤に鋭い視線を向ける。その視線を受けた後藤は再び土下座しそうになった。

「も、申し訳――」

「……あのあと」

そんな後藤から目をそらしながら、結火は渋々答えた。

「あのあと、きちんとあの方と話せたので。……自分の気持ちも、伝えられました。後藤さんのおかげです」

素っ気ないその言葉に、後藤は数日前に結火がひどく落ちこんでいたことを思い出した。どうやらその後にカナエときちんと話せたらしい。

「そ、それはそれは……」

どう答えればいいのか迷いつつ、後藤は結火の顔を見つめる。結火の顔は相変わらず無表情だ。しかし、その顔色が、僅かにほんのりと紅潮していることに、後藤はようやく気づいた。

「結火様」

「……なんですか?」

「結火様、よかったですねぇ」

結火はその言葉に、再び強い視線を向ける。しかし、後藤はその視線に怯まずに、嬉しそうに微笑んだ。

「本当に、よかったです。何と言っていいか分からないんですけど……俺……何というか……感無量です」

結火はその言葉に微かに目を泳がせたが、結局、

「……どうも」

と、素っ気なく答えた。

後藤はそんな結火を見て、ますます嬉しそうにニコニコと微笑み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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