拝啓
息災でしょうか。
このような手紙を書くのは初めてで、どのように書けばいいか迷ったまま、私は言葉を紡いでいます。あなたがこの手紙を受け取って、どんな顔をするか、どんな思いで手紙を読んでいるか、いろんなことを想像しすぎて、思考がまとまらなくて、正直に言うと現実味がない状態です。あなたは、きっと、この手紙を受け取って、さぞ戸惑っていることでしょう。
どうか、もう少しだけ。最後に、あなたの時間をください。どうしてもこの気持ちを伝えたいのです。
あなたがこれを読む時、私はあなたの元にいないのでしょう。誠に勝手ながら、どうしても自分の気持ちをあなたに伝えたくて、こうして手紙を書くことにしました。
ご存じの通り、私は視力を失ったため、この手紙は、私が最も信頼している上司の後藤さんに代筆していただき、託すことにします。
まず、はっきりと言っておきたいのは、これは遺書ではありません。
これは、私からあなたへ送る、恋文です。
あなたも知っている通り、私は、どうしようもなく心が弱くて、不器用で、口下手な人間です。伝えたい気持ちをどうしても言葉にできなくて、結局心の奥底に隠してしまう。今も、自分の気持ちをどう伝えればいいのか悩みながら、手紙と向き合っています。
どう言えばいいのだろう。難しいな。
なるべく簡潔な言葉にしたいが、うまくいかない。
あなたに伝えたい。私の正直な気持ちを。
あなたもお気づきでしょう。
私は、あなたへ、ほとんど愛の言葉を伝えられずにいました。
あなたに自分の気持ちを、正面から率直に伝えたのは、あの夜、たった一度だけでした。
あなたを前にすると、胸が詰まって苦しくなり、自分の気持ちを言葉にできないのです。きちんと伝えたいと、何度も思ったのに、結局できませんでした。私は、本当に、馬鹿馬鹿しいほど不器用で、こんな性分だから、あなたに何も返せなかった気がします。あなたは、あんなにも真摯に愛をくれたのに。
どうか、この手紙で気持ちを伝えることを許してほしい。
あなたをお慕いしています。
心から、愛しています。
あなたが、最愛です。
私にとってあなたは全てでした。あなたがいなくては生きていけないほどに、私の全てでした。あなたは、私を優しく照らしてくれた光のような炎でした。
あなたも知っている通り、私は病によって刀を握ることを諦め、剣士としての人生を終えました。剣士を辞めたその日から、私の世界は時間は止まってしまって、進む道は光のない暗闇でした。
それでも、みっともなく足掻いて、すがりついて、生きていました。刀を振るえなくても、自分なりに戦うこと、それが存在証明だったからです。
そんな何も見えない暗闇の世界で生きる私を、あなたは見つけてくれましたね。
あなたが私を「好きだ」と言ってくれたその日から、私の時間は再び動き始めました。取り囲む世界が大きく変わり始めました。
あなたと出会って、たくさんのことが変化していきました。
自分の目の前の景色が輝いて、世界が呼吸を始めた。私は、再び立ち上がり、歩みを進めることができました。
それも全ては、あなたが導いてくれたから。
あなたが、時間をかけて、私に愛を示してくれたから。
あなたが、私に「好き」と伝えてくれたあの日から
私は、確かに幸福でした。
あなたは、私の瞳を好きだと言ってくれましたね。でも、私も、あなたの瞳がとても好きです。
あなたが、いつも、私を慈しむように、愛を注ぐように見つめてくるから
私に向けられるあなたの真っ直ぐな瞳は、どこまでも澄んでいて、純真で、優しさにあふれていました。
その瞳は星のようにキラキラと輝いていて
私はそんな瞳をとても愛しいと思っていたのです。
もっとあなたに返したかった。返すべきでした。私はそれを怠った。自分はなんと愚かな人間なのだろうと、また思っています。
この手紙と共に、あなたへの贈り物を後藤さんに託すことにします。ほとんど何も返せなかったから、せめてどうしても私からあなたへ何かを贈りたくて、あなたを思いながら選びました。気に入っていただければ幸いです。
私は、あなたが好きで
とても、とても好きで
ずっと、ずっと、そばにいたかった。
あなたの隣で生きたかった。
それでも、私は戦うことを選びました。
人を救うために、護るために。
そして、あなたが生きる未来のために、刀を手に取って、戦うことを決めました。
それが、私の生き方だから。私の人生だから。
誰かから蔑まれても、否定されても。
私は、最後まで煉獄家の人間で在りたかったのです。
どうかこんな私を許してください。
できることなら、あなたに幸せになってほしいと思います。
美しい光あふれる世界で、どうか幸せになってください。
あなたのそばには、あなたを支えてくれる人がいます。寄り添ってくれるあなたの妹がたくさんいます。大切な人と、ずっと笑顔で、最後まで生きてほしいのです。
だけど、もしも、
もう少しだけ我が儘を言ってもいいのなら
もしも再び、あなたと同じ世界で生きることができるのならば
私は、またあなたに出会いたい。
新しい世界で、あなたと出会って、心から想い合えるような存在となりたい。
また、あなたのそばで生きたい、と思うのです。
どうか、こんな願いを抱くことを許してください。
ごめんなさい。そして、ありがとう。
カナエ
きっと、いつか、どこかの世界で
私はあなたを見つける。
待っててほしい。
私は、もう怠りはしない。絶対に迷わない。
あなたを探して、見つける。
今度こそ自分の力で立ち上がって、あなたの元へ行く。立ち止まりはしない。絶対に。
歩いていく。
あなたに会いにいく。
敬具
煉獄 結火
胡蝶 カナエ様
◇◇◇
カナエの瞳から、真珠のような雫がポタリと落ちた。
つげ櫛の入った箱を手に取り、抱き締める。
結火からの愛の証だ。もう会えなくても、この世にいなくても、彼女の炎は燃えている。
カナエの中で、永遠に。
手紙を読み直したいのに、涙で滲んで読めない。目を焼くほどに熱い涙が、次から次へとこぼれ落ちる。
「結火さん……」
もうそばにはいない大切な人の名前を呼ぶ。
その時、色づいた草木の隙間を爽やかな風が通り過ぎた。柔かな光の中、花が、蝶が、美しく舞う。心地いい風に、春のぬくもりを感じた。
カナエの声に答えるように、二つの風鈴が揺れる。
──チリン
優しい音が、聞こえた。
【完】