Shangri-La...   作:ドラケン

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第3章・chapterⅠ 禁書目録/Glaaki Apocalypse
24.July・Midnight:『Saint's』


 星空に発散されるのは、昼のヒートアイランド現象により溜め込まれた灼熱。今はその熱の代わりに風が流れ込み、強いビル風となる。

 夜風を吸い込む学園都市の摩天楼群(スカイ・スクレイパー)、夜闇の中を回り続ける風力発電塔群が唸るように風鳴りを発する。さながら、人には気取られずに夜を舞う顔無蝙蝠(ナイトゴーント)どもの嘲笑か。

 

 

「…………」

 

 

 瞑目し、その風を浴びつつ、黒髪のポニーテールを靡かせる女性。身に纏うのはジーンズに、裾を結んで動きやすくしたTシャツ。

 昼日中なら、衆目を惹こう。出るところは出ていて、且つ快く括れた腰付きは、見事に成熟した女の色香を漂わせている。

 

 

 しかし、その風格。一瞬の雑念すら断ち切られてしまうかのような凜とした佇まい。まるで、殉教者の如く真一文字に結ばれた、意志の強そうな口元と目元。西洋彫刻のように、完成された美しさ。

 そして────その手に携えられた一振りの刀。簡素な黒塗りの鞘に収まる、それは。

 

 

「────準備完了だ。いつでも行けるぞ、神裂(かんざき)

「承知しました。では────状況を開始しましょう、ステイル」

 

 

 その女、神裂 火織(かんざき かおり)の背後から、焔の偉丈夫が語り掛けながら並び立つ。

 赤い髪に黒い衣、審判の使途を思わせるその魔術師はステイル=マグヌス。十字教は『必要悪の協会(ネセサリウス)』所属の、腕利きの魔術師である。

 

 

「僕は、結界の維持に全力を傾けよう。折角の機会だ、此処で……ケリをつけるぞ」

 

 

 色とりどりの夜景を見下ろしながら煙草を銜えて、トランプのようなカードを取り出し、それに魔力を流す。

 発露する『発火』の神刻文字(ルーン)により燃焼するそれを燐寸(マッチ)代わりに、火を点して。

 

 

「ええ。それが、彼女にとっても『彼』にとっても、此方にとっても。最も、後悔の少ない選択なのですから」

 

 

 ステイルの燻らせる紫煙、焼け付く香気をすらもが彼女を避けていくかのよう。それだけ、鋭く研ぎ澄まされた彼女は、正に刃だ。

 決然と開かれた瞼、そこから覗く瞳の彼方。歩くのは、一人の少年────

 

 

………………

…………

……

 

 

 いつもと少し、違う道。一つ通りが違うが、それだけでも異界に迷い込んだかのよう。少し道に迷ってしまったが、携帯の道案内機能で後は少し。

 

 

「ふんふん、後は三つ先の角を右、と……お、百分の九十九(ラッキー)

 

 

 と、脇に当たり付き自販機を見付け、缶珈琲を買う。勿論、『制空権域(アトモスフィア)』で二本目もゲットして。

 

 

「そうだ……少し、調べとくか」

 

 

 思い立ち、携帯でネット検索。登録しておいたページを開けば、件のクトゥルフ神話の総合案内サイト『Miskatonic University occult sciences (ミスカトニック大学・陰秘学科)』へと飛んだ。

 

 

「『ティンダロスの猟犬』……在った在った、何々……『角度から現れる狩猟者』か。成る程ねぇ」

 

 

 『妖蛆の秘密(デ・ウェルミス・ミステリィス)』が呼び出したからクトゥルフ神話の物だろうと言う考えは、見事に当たっていた。

 

 

──因みに、黒子ちゃんは『アレ』を古都から発生した『幻想猛獣《AIMバースト》』という事で結論付けたらしい。

 後、俺の魔術は『制空権域(アトモスフィア)』の能力を、何等かの事情で誤魔化して申告したと。魔術(オカルト)を認めない現代っ子って助かるわ。

 

 

 何時しか、魔術師の顔で。取り出した煙草を吸いながら携帯の画面を読み耽る。壁に寄り掛かりながら万色の紫煙を虚空に燻らせ、缶珈琲を啜って。

 

 

「しかし、あんな化け物がただの犬コロとは……勘弁してくれ、二度とは会いたくねェぜ」

 

 

 吐き捨て、珈琲を啜りながら……やけに早くフィルターまで燃えた吸い殻を足下に投げる。後は、火を躙るだけ────というところで、吸い殻を見失った事に気付いた。

 

 

──あれ? っかしいな、何処行った?

 

 

 暫く目を走らせるも、見当たらない。しかし、だからなんだと言うのか。側溝にでも跳ねていったのだろうと、早急に思考から放り出して。

 ()()()()()飲み干してしまった缶珈琲を、屑箱に放り込んで歩き出す。

 

 

「…………駄目だ駄目だ、こう言う時に別行動とか、どんな死亡フラグだ」

 

 

 何故か、遠回りしたくなる気がして。しかし、先程迷った経験から、携帯の道案内を遵守して。人っ子一人居ない道を、訥々と。次第に強くなる違和感を、二本目の缶珈琲で誤魔化しながら。

 

 

「────止まれ、吸血魔術師(シュトリゴン)

 

 

 鋭く掛けられた声、鼻に感じる焼けた香気。嗅いだ覚えがある、銘柄も知らぬその煙草。曲がる筈だった三番目の角、そこから現れたのは……猟犬などではなく、もっと性質の悪い『魔女狩り』だった。

 

 

「良く良く、縁があるな。全く、神も随分な酔狂をなさる」

「…………ああ、ホント、俺って奴ァ────」

 

 

 頭を抱える。まさか、また出会うだなんて。信じてもいない神の存在すら感じてしまいそうだ。

 

 

「なんて、百分の九十九(ラッキー)なんだろうなァ……こんなに早く、再戦(アヴェンジ)が叶うなんてよォ!」

 

 

 無論、神は神でも『外なる神(ストレンジ・アイオン)』だが。

 そう、『正体不明の怪物(ザーバウォッカ)』が吼える。持っていた缶珈琲を媒介に、玉虫色に煌めく漆黒の偃月刀を呼び出して。

 

 

「ほう……少しはマシになったか。今度は、あんな決着にならないことを祈るよ」

「随分柄は悪いが、神父の祈りなら御利益がありそうだな。まぁ、うちの神様は人間の祈りなんざカス以下だがよ」

「違いない。宗教後進国(ユナイテッド・ステイツ)の神など、その程度だ」

 

 

 対し、煙草を変容させる魔術『炎剣』を構えるステイル。摂氏三千度の剣が、彼の右手に現出する。

 

 

──相変わらずの、炎の魔術。やっぱり、奴の専門は火か……。

 

 

 隙無く、周囲に気を配る。感じたのは、辺りにバラ撒かれた神刻文字(ルーン)の魔力。夜の闇に紛れて判断しづらいが、どうやら、結界のようだ。

 手元を見遣る。玉虫色に煌めく漆黒の塊。その奥底から────深紅の瞳が、垣間見えた気がした。

 

 

「────“Fortis 931”」

「あァ────?」

 

 

 そんな時、耳に届いた言葉。流暢な英国語で、それは嚆矢の耳朶を揺らして。

 

 

「殺し名……魔法名だ、僕の。“Fortis 931(我が名が最強である理由をここに証明する)”。即ち────」

「ッ────?!」

 

 

 瞬間、立ち上がる。ステイルの背後に、『何か』が、のそりと。

 

 

 それは周囲の空気を貪りながら。睨め付けるように、辺りを見回す。己が狩るべき、不浄の存在どもを……灰に還すべく。

 戯画化されたような手足を、頭をぎこちなく動かしながら。

 

 

「君を、此処で……灰に還そう」

 

 

 燃え盛る重油の塊の如き巨躯の、炎の国(ムスペルヘイム)の巨人。その名は────

 

 

「行くぞ────“魔女狩りの王(イノケンティウス)”!」

 

 

 魔女狩りの審判の裁定と共に。かつて、欧州や米国で猛威を振るった異端審問。悪名高き『魔女狩り』が、極東に幕を上げる────!

 

 

 

 吹き抜ける風が『賢人バルザイの偃月刀』に斬られて鳴き散らし、夜闇に消える。艶めく玉虫色の煌めきの仮面を纏う、時空を貪る『門にして鍵(ヨグ=ソトース)』を祀る祭具に(おのの)きながら。

 

 

「大した隠し玉じゃねェか────判るぜ、トンでもねェ量の神刻文字(ルーン)が使われてる……俺じゃあ、逆立ちしても真似できねェ」

「当たり前、だね────我が『魔女狩りの王(イノケンティウス)』は教皇レベル……対魔術師に特化した、『イギリス清教』の体現なればこそ」

 

 

 対面では、その風が焼かれていた。摂氏三千度の炎の剣、煙草の炎の軌跡を刃とした『全てを焼く刃(フランヴェルジュ)』、そして焔の巨人に戦きながら。

 

 

「さて────では、始めようか」

 

 

 魔術師の宣告を受け、魔女狩りの焔が揺らぐ。ステイルの背後の巨人『魔女狩りの王(イノケンティウス)』が────焼き付くすべき獲物、即ち嚆矢を見定めて。

 

 

「“世界を(MTWO)構築する(TFF)五大元素の一つ(TO)────偉大なる(IIGO)始まりの炎よ(IIOF)──”!」

「ック────?!」

 

 

 振るわれる腕、丸太のような極太の焔を辛うじて避ける。掠ってすらいないと言うのに、輻射熱で肌が焼ける。容赦なく、網膜や鼻腔の粘膜が焼かれ、痛みすら感じられる。

 それをすり抜けて、死中に活を見出だす。則ち、体勢を崩した巨人の巻胴を抜いた。彼の、『剣道部主将の知り合い』の得意技。その、劣化した真似だ。

 

 

「────『ヨグ=ソトースの時空掌握(ディス=ラプター)』!」

 

 

 虚空に生まれた亀裂は、巨人を捕らえて離さない。それどころか、その炎の巨体すら啜り喰らい始める。悪食、此処に極まると言うもの。

 『ヨグ=ソトースの時空輪廻(ディス=インテグレート)』とは違って単発、だからこそ連発の出来る極彩色の闇が、紅炎を飲み干す。これで、終わりか?

 

 

「“その名は炎(IINF)その役は剣(IIMS)”!」

「な、にッ!?」

 

 

 否、終わりではない!

 

 

 巨人は、再び虚空に立ち上がる。全くの無傷、全くの無消耗を見せ付けながら。

 しかも、一度ではない。二度、三度。斬り喰らわれるその度に無傷で復活、巨大な腕を振るう。直撃したアスファルトが、コンクリートの壁が、固まる前の液体に揮発して蒸気へと還っていく。

 

 

「バッ……ケモノ、がッ!」

 

 

 あんなもの。神にでも愛されていなければ、その加護でもなければ、立ち向かう事すら敵うまい。少なくとも、今。この瞬間の対馬嚆矢には、この巨人を倒すだけの能力などありはしない────!

 

 

「“顕現せよ(ICR)! 我が身を喰らいて(MMB)力と為せ(GP)─────”ッ!!!」

 

 

 ステイルの詠唱に呼応するかのように猛然と、白熱する程に燃え盛りながら。『魔女狩りの王(イノケンティウス)』は息衝く暇もない連打を繰り出す。否、そもそも呼吸などしていないのだろうが。

 だが、周りの酸素は着実に燃やしている。近くに居ては危険だと、頭では分かるのだが。

 

 

「“炎よ(Kenaz)────巨人に(Purisaz)苦痛の(Naupiz)贈り物を(Gebo)”!」

「チッ─────!」

 

 少しでも巨人から距離を稼げば、今度はステイルの『炎剣』が熱量(きば)を剥く。斬ったモノを白か黒の灰に還す、必滅の炎の剣が。

 振り抜くように放たれた、扇形の熱波。それを偃月刀の『守護の印』で防ぐ。第一防呪印『竜頭の印(ドラゴンヘッド・サイン)』が軋むように煌めいて。

 

 

「どうした、吸血魔術師(シュトリゴン)────わざわざ、僕の前に現れてその程度か?!」

 

 

 二度、三度と『炎剣』を振るいながら、ステイルは吠える。砕けた第一防呪印、その代わりに『第二防呪印(キシュの印)』が。

 

 

「言ったな、貴様は。僕の願いは届かないと……ああ、確かに。確かに届きはしない、僕の願いは! もう、『あの娘』には!」

 

 

 『魔女狩りの王(イノケンティウス)』の剛腕に耐え切れず、第二防呪印が砕け散る。代わり、浮かび上がるのは第三防呪印(ヴーアの印)

 

 

「だが、否、だからこそ! 僕には果たさねばならない意地がある……例え、それが────自己満足に過ぎないとしても!」

 

 

 第三防呪印が、『炎剣』二本に弾ける。最後に展開されたのは、最終防呪印『竜尾の印(ドラゴンテール・サイン)』。

 

 

「それだけが、僕の……僕らの、ただ一つ祈りだ!」

 

 

 最強にして、末期の祈り。それは、対抗者の心の揺らぎを察してか。些かも、揺らがず。炎の剣、扇形の熱波を受け止めて。

 

 

「流石だな────だったら、ぶっつけ本番だとしても……こっちも、全力で応えなきゃなァ!」

 

 

 だが、一切の恐れもなく。嚆矢は剣牙(きば)を剥いて獰猛に笑い、『賢人バルザイの偃月刀』を掲げる。

 虚空に浮かぶ守護の印、それは加護、そして呼び掛け。この場には居ない、だが、遍く時空に接する神への祝詞の始まりである。

 

 

飢える(イア)─────」

 

 

 だから、届く。この地球上の何処でも、この印は。その浄句(ジョーク)は。

 厳かに、嘲るように。唱えたその言葉は、異なる時空に潜む『外なる神(ストレンジ・アイオン)』にも届くのだ。

 

 

飢える(イア)飢える(イア)飢える(イア)────!」

 

 

 泡立つように、偃月刀の玉虫色が揺らぐ。漆黒の原形質が爛れ落ちる。ダマスカス鋼じみたその祭具、その奥から覗く漆黒と無数の血色の瞳。悍ましい、眼が合うだけで、魔術行使で生命を削った以上の精神的苦痛。それすら、歯を食い縛って堪える。

 

 

『てけり・り。てけり・り!』

 

 

 漏れ出す異界の根源(ヨグ=ソトース)が、その原形質(ショゴス)が虚空を歪める。

 始めに現れたのは金切り声、そして玉虫色の二重円に八芒星。その魔方陣が回転して球を為し、開花するように空間に形を為す────!

 

 

「来たれ────ヨグ=ソトースの十三の球体従者(御遣い)。汝が名は『ゴモリ』、金冠戴く駱駝(ラクダ)なり!」

『Woooooooooo……!』

 

 

 そして現れ出る、ヨグ=ソトースに仕える十三の怪物の()姿()()()()。泡まみれの油を吹く金の冠を戴いた駱駝の姿の、悍ましき玉虫色に煌めく虹鉄(こうてつ)機械仕掛けの虹鉄(デウス・エクス・マキナ)。並の人間ならば、噴煙を撒き散らすその姿を目にしただけで心が凍る。噴煙と共に撒き散らされるその声を聞いただけで、脳細胞が死滅しよう。

 先程、携帯で読み耽った中にあったもの。それが、『ヨグ=ソトースの球体』だ。副魔王の従者、その意を体現すべく遣わされるもの。だからこその、『御遣い』、か。

 

 

「ほう、召喚か……見たところ、、『ソロモンの小鍵(レメゲトン)』の摸倣かな? 機械仕掛けとは、また賢しい真似をするね」

 

 

 だがステイルは、それにすらも僅かに眉を動かした程度。既に見抜いているのだろう、この『ゴモリ』には、戦闘力等はない事は。

 何と有れば、『魔女狩りの王(イノケンティウス)』の腕の一振りで粉砕できる。そんなモノだ、この『ゴモリ』は。

 

 

「ああ……そうだな。全部、全部。俺のは真似事さ。空しい事に、愉しい事に」

 

 

 それを、嘲笑する。賢しい話だ、とばかりに。

 

 

「だから、コイツを呼んだんだよ。アンタに、勝つ為にな」

「僕に勝つ為……だと?」

 

 

 初めて、魔女狩りがこちらの真意を図りかねる。年不相応、まるで、年下の少年の如く。だが、思うところはない。目の前に居るのはただ、倒すべき仇!

 

 

「さぁ、ゴモリよ。『護符の識者』よ。汝が紐解くは、()の術式────神刻文字(ルーン)なり」

『Woooooooooo……!』

 

 

 讃えるように、蔑むように。駱駝は、虚ろに輝く胡乱な眼差しを『魔女狩りの王(イノケンティウス)』に向ける。

 そう、この従者こそは『護符の識者』。あらゆる『護符』の意味を知る者。則ち、それは────

 

 

立 ち 消 え よ(H N I)立 ち 消 え よ(H N I)立 ち 消 え よ(H N I)!』

「な────!?」

 

 

 断末魔の絶叫の如き咆哮。油混じりの泡を飛ばされた寸暇、『魔女狩りの王(イノケンティウス)』が崩壊を始める。『消沈』の三大ルーンを刻まれ、術式をも鎮静化させられたか。

 さしものステイル・マグヌスも驚嘆する。当惑する。この『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を打ち消されたのは、何も今回が初めてではない。ホンの数日前にも、『幻想を殺す右腕』に敗れたばかりだ。

 

 

「クソ……クソッ! 違う、コイツは……コイツに、あんな理不尽なものはない! コイツは、アイツとは違って理詰めだ! 理解、出来るモノだ!」

 

 

 だからこそ、浮き足立つ。敗北の思い出に、ぞくりと総毛立つ。必死に、今、『この先』に居る男を頭から打ち消して。

 

 

「ごちゃごちゃと────!」

 

 

 その隙を見逃す程に、甘くはない。ゴモリが『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を抑えている間に決着を付けるべく、バルザイの偃月刀を携えて走る。

 残念ながら、連発と『眷属招聘』により魔力が枯れており、『ヨグ=ソトースの時空掌握(ディス=ラプター)』は使えない。

 

 

 しかし、一撃。一撃を与えれば、この祭具に潜む無窮の神の顎により勝負は決まる。

 

 

灰は灰に(Ash To Ash)────塵は塵に(Dust To Dust)────吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!!!」

「クソッタレ────!」

 

 

 だからこそ、悪態を吐く。ステイルの呼び掛けに応じて、二本目の『炎剣』がその手に握られた事に。

 虚空を貪る漆黒の祭具、対するは十字の聖火。どちらも、当たれば一撃必殺。ならば────二刀を持つステイルに分があるのは、誰が見ても明らかな事!

 

 

────さあ、選べ。プライドの為に命を捨てるか、命の為にプライドを捨てるか。簡単な二者択一だろう、この『クルーシュチャ方程式』は。

 迷う必要など無い。たかだか、五十年程度の人生だ。そうだろう?

 

 

 自らの思考の如く囁く、耳元の影。鋼じみた、硬質の軟体。可塑性を持つ、伸びやかなる、深紅の瞳の囁く通りだ。

 だがらこそ、『月』が観ている。黄金に燃え立ちながら、純銀に凍て付きながら。彼の『選択』を、掴み取るモノを──────『諦めろ』と嘲笑う、『虚空の瞳(ロバ=アル=カリイエ)』と共に。

 

 

「────圧し通ォォォォォる!」

 

 

 叫ぶ。声高に、誇るように。気でも狂ったかのように、防御の意思などかなぐり捨てて。祭具と握る右腕を、同化した刃金に換えて────微塵の迷い無く、真っ直ぐに前に伸ばす!

 

 

「バカが────燃え尽きろ!」

 

 

 迫る二本の炎剣、十字を描く軌跡。交点に存在するのは────嚆矢の、生命ただ一つ!

 

 

『────是非も、無し……か。酔狂も、此処まで来れば才能か!』

 

 

 頭の中、隠す事無く響いた『誰かの声』。しかし、気にしてなどいられない。目の前には確実な、厳然たる“死”が在るのだから。

 そう、それでも。この右腕ならば掴み取れる。『確率』の濫觴(らんしょう)である真空(しんくう)、その物と化したこの右腕ならば。()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「な─────」

 

 

 十字が、虚空を舐める。脇のビルの外壁に、巨大な十字が刻まれる。ステイルの意思ではない。そう────()()()()()のだ、嚆矢に。

 

 

「有り得、ない……」

 

 

 『魔術』でも、『能力』でもなく。ただ、日々研鑽した『武術』でもって。そして既にその怪人は……嚆矢は、ステイルの真正面。その右腕、ステイルの襟首を掴んで。

 

 

立 ち 消 え よ(H N I)立 ち 消 え よ(H N I)立 ち 消 え よ(H N I)!」

「きさ、ま──────??!」

 

 

 いつかの意趣返しか。刻まれた『消沈の三大神刻文字(ルーン)』が、ステイルのあらゆる力、意思を削ぎ落とす。

 最早彼には、抵抗の意思すらなく。まな板の上の鯉の如く、ただ、嚆矢の為すがまま──────背中から、アスファルトの路面に叩きつけられて昏倒した。

 

 

「────借りは、返した。前回の礼だ、命は預けといてやる……!」

 

 

 立ち上がり、残心を示しながら。術者を失い、今度こそ消滅していく『魔女狩りの王(イノケンティウス)』の残光を背に。

 

 

「────大したもの。ステイルが敗れるとは……評価を誤りました、吸血魔術師(シュトリゴン)

「…………!」

 

 

 いつの間にか、この場所に立っていた黒髪の女────抜き身の刀を携える、神裂火織と相対したのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 灼熱の巨人『魔女狩りの王(イノケンティウス)』が消え去り、戻ってきた静寂。湿りきった夏の夜気ですら、涼しく感じる。

 だが、今はそれよりも尚、涼しく感じられる。研ぎ澄まされた刃を首筋に突きつけられているかのような、神裂火織(かんざきかおり)の殺気によって。

 

 

「彼から離れなさい。従わない場合は……斬り伏せる」

 

 

 僅かに、血を流す彼女。否、彼女の血ではない。何故か判る。『女性の芳しい血』ではなく、恐らく────他人の、『男の汗臭い血』だと。何故だか、そう確信した。

 

 

「分かったよ、綺麗な御姉さん。因みに、俺には『吸血魔術師(シュトリゴン)』なんて恥ずかしいモノじゃなくて、『嚆矢』って名前があるんだが」

「存じています。非礼を詫びます、()()()()────我が名は神裂火織、ステイルと同じく『必要悪の協会(ネセサリウス)』の者です」

 

 

 名乗ってもいないフルネームを呼ばれてしまえば、流石に敵意を覚える。それだけで、『誓約(ゲッシュ)』が警告を告げる。

 誓いを守れと、叛く事は許さないとばかりに。既に限界まで力を振り絞った残り滓の身体を、更に追い込むように。

 

 

──参ったね、まさか『女』とは。俺は『誓約(ゲッシュ)』で、『女に手は上げない』んだってのによ!

 

 

 頭の中に、軋むような感覚。先程から、断続的に。『赤枝の騎士団(レッドブランチ・チャンピオンズ)』の末席として、己に化した禁戒。『守っている間は祝福を与え、破った後は呪いを与える』という、エリンの魔術。それが、『誓約(ゲッシュ)』だ。

 

 

 『赤枝の騎士団(レッドブランチ・チャンピオンズ)』のみならず、後のフィン・マックールの『フィオナ騎士団』でも重視されたエリンの英雄達の譲れぬ矜持であり。

 また、“光の御子(クー・フーリン)”を四枝の浅瀬に、メーヴ女王の奸計に。“輝く貌(ディルムッド・オディナ)”に主君フィン・マックールから許嫁を奪わせ、魔猪の許に。彼ら、名だたる英雄をしても逃れ得ぬ死に誘った極めつけの弱点でもある。

 

 

「さて……ステイルが倒れた以上、『人払い(Opila)』も効果を失うでしょう。貴方を相手にする予定はありませんでしたが、戦うと言うのならば──この神裂と『七天七刀』がお相手いたします」

「『はい』つッた瞬間に首と胴が泣き別れしそうなお言葉、有難うよ。けど、コイツには私怨があったが別にアンタにはない。無用な争いは、お互いに止めようや。『隣人を愛せ』は、お宅らの救世主(メシア)のありがた~いお言葉だろ?」

「御理解が早くて助かります」

『Wooooooooooooo……?!』

 

 

 納刀しながらの言葉と金属音に合わせて、『ゴモリ』の首が落ちる。否、関節と言う関節が切断されて、壊れたマリオネットかプラモデルのように崩れ落ちる。

 一体、何時の間に斬られたのか。全くもって分からない。もし、少しでも戦意を示していたらと思うと、首筋が寒くなった。

 

 

『てけり・り。てけり・り!』

 

 

 泡立つ漆黒の粘塊に還った玉虫色の残骸が路面の染みに代わり、慌てたようにうぞうぞと嚆矢の『影』に融けていく。そして、影の中から血涙を流す瞳で彼女を窺っている。

 このショゴスはこの程度で死にはしない、『原初の混沌』に還っただけだ。魔力さえ取り戻せば再び現れる、それまで暫しの間、さようならと言うだけの事。

 

 

──何にしろ、此処で闘うのは莫迦の所業、か。退いてくれるッてンなら、その方が有り難い。

 

 

 刃金の右腕と人のままの左腕を竦め、懐から取り出した煙草を銜える。右腕の鈎爪の指を擦って鳴らすように『真空』から電子と陽電子のペアを産み出し、その対消滅のエネルギーで火を灯して紫煙を燻らせながら。言われた通り、投げたまま立っていたステイルの側から離れる。

 それを冷静な目で見たまま、十メートル程も離れたところか。その靭やかな身体の何処にそんな力があるのか、火織はステイルの巨体を難なく持ち上げると、そのまま歩き去っていく。

 

 

「……そうです。貴方には、『無用な争い』かもしれませんが」

「あァ?」

 

 

 と、振り向かぬままの火織の声。それに、『魔術師』の顔で、万色の紫煙を吐きながらの声で応えて。

 

 

「────『友達(ステイル)』を打ち倒された私には、十分に貴方は用がある。それは、お忘れ無きよう」

 

 

 寸暇、此方を見た彼女の瞳。静かな怒りに燃えるそれに畏怖と、僅かに美しさとを見て。

 

 

「────そりゃ、そうだ。全く、復讐なんて何の意味もないな。次の復讐を呼ぶだけだ」

「全くです。では、これにて」

 

 

 それでも、そんな風に軽口を。それに勿論、まともに取り合わずに火織は今度こそ夜闇に消えた。それをしおに、人の気配が戻る。先ずは車のヘッドライトが見え、人の声が聞こえてくる。

 それに巻き込まれるのは吝かではない。寧ろ、そうして姿を撒くのが正しいやり方だ。だが────何故か。何故か、この先の道が気にかかる。それは、誰の意思だ?

 

 

「……阿呆か。俺以外に、誰が俺を動かせる」

 

 

 まだ中程までしか吸っていない煙草を、『人のもの』に戻した右腕で捨てる。残光の螺旋を描く火の軌跡、それを『影』が受け止めた。

 

 

『てけり・り。てけり・り!』

 

 

 否、そればかりか、ショゴスが嬉しげに煙草を吹かしている。どうやら、先程から煙草や珈琲の減りが妙に早かったのはコイツの所為らしい。

 宿主の行為を真似、知識を得る。そうして、“古の者”を。かつて、彼らを造り出した創造者を、彼らはこの地球から駆逐したのだ。

 

 

「鬼が出るか、蛇が出るか。何にせよ(ろく)なモンじゃねェだろうが……まぁ、慣れたモンか」

 

 

 嘲笑うように口角を吊り上げ、歩き出す。歩を進める。殉教者のように、真っ直ぐに。暗がりの先、そこに倒れ伏す──────人影へと。

 

 

「…………何だ、男かよ。無駄足こいたなァ、こりゃ」

 

 

 実に残念そうに、嚆矢は息を吐いた。目線の先には、路面に倒れ付した……雲丹のような頭の、高校生くらいの男。それに目に見えて、嚆矢は落胆した。実に、実に面倒臭そうに。

 取り敢えず生きている事は確認し、携帯を取り出して救急に連絡しようとして。見れば、右腕の怪我がやけに酷い。まるで、刃物で何度も斬られたように。直ぐ様、火織の刀の腕前に思い至った。

 

 

「……仕方ねェなァ、野郎に命なンざ、分けたくねェンだが」

 

 

 亜麻色の髪を掻きながら、その右腕に『治癒』の神刻文字(ルーン)を刻む。これで、少しはマシになるだろうと────

 

「なッ────────!!!?」

 

 刹那、驚愕する。打ち消されたのだ、神刻文字(ルーン)が。一瞬、『あれだけ世話になった術式をしくじったのか』とも思った。だが、二度、三度と繰り返せば、流石に判る。

 

 

「コイツ……『魔術を無効化』したのか!」

 

 

 その、明白な事実に。そして、あからさまな『異能』に。その時、気付く。傍らに落ちていた、学生証に。この学園都市の、第7学区にある、『とある高校』の学生証に。そこに記載された────

 

 

上条(かみじょう)……当麻(とうま)

 

 

 後の人生を変える、その名前に──────………………

 

 

………………

…………

……

 

 

 発電用の風車が、連結部を軋ませながらクルクルと廻っている。夜の闇を震わせる風音と共に、バサバサと怪異の羽音────否、翠銀の少女の羽織る、襤褸の黄衣の裾がはためく音。

 

 

「……大分、使い(こな)してきてるみたいだね。しかし、『門にして鍵(ヨグ=ソトース)』だなんて。最初に見た時とは、天と地の差だ」

 

 

 微かな星の光に隠されるように遥か高層の風と共に発された呟きは、他の誰にも届きはしない。ただ、哭き喚く風に消えるのみ。

 そう、届きはしない。明らかなネオンサインに晒されるように遥か眼下、仕方無さそうに頭を掻き毟り、雲丹頭の少年を背負って搬送しようとしている『彼』には。

 

 

「だよね、兄貴……伯父貴(おじき)────」

 

 

 語り掛ける、その背後。スコープで覗く、レインコートを纏う潮の香りの美青年と……刃金に鍛え上げられた体躯を革のジャケットに包んだ、白髪にサングラスの巨漢。

 

 

「…………ああ」

「ハッ…………」

 

 

 そんな二人が、揃って正反対の反応を見せた。片方は、経験と照らし合わせて『更に手強くなった』と。

 そして、もう片方は────

 

 

「イギリス清教の馬鹿正直(スタンダード)な魔術師相手に苦戦して、生まれながらに選ばれてたような『聖人(セイント)()()に気圧されてケツ捲るなンざ、アイツの弟子って事で多少は買い被ってたかねェ……」

 

 

 魔導師“牡牛座第四星の博士(プロフェッサー・オブ・セラエノ)”は、経験と照らし合わせて『大した事はなかった』と判断して。バチリ、と空気が爆ぜた。緑色の雷光が風車塔を一瞬、消したかのように瞬かせて。

 

 

「セラ、ティトゥス……明日、襲撃を掛ける。テメェ等の結界、指定した地点に張っとけ」

「「了解(Yes,Sir)!」」

 

 

 それに怯えたように、二人は揃って声を張り上げた。経験と照らし合わせて、『本気だ』と判断して。口で糞味噌(シット)を吐く前に、昔仕込まれた通りに『上官(サー)』と言う事にしたのだ。

 それに何の反応も示さず、浅黒い白人は虚空に歩み出す。地上数十メートル、常人ならば即死ものの高さ。そして────緑色の雷光が瞬いた次の刹那には、既に地上を悠然と。何時の間にか葉巻を吹かしながら、肩で風を斬りながら歩いている。

 

 

「久々に……“米国協同協会(ファウンデーション)”が誇る、伯父貴の『現消実験(テスラ=ハチソン)』を見られそうだな。不謹慎だが、俺は心が踊っている」

「気持ちは分かるけどさ。悠長だね、兄貴は……詰まり、喧嘩売るって事だろ? ビーカーの中の、現代最高位の魔術師(アデプタス・イグゼンプタス)に」

 

 

 くつくつと、意地悪げに微笑んだ少女。その頭を、苦笑いしながら青年が軽く叩く。出来の良い兄が、不出来な妹の悪戯を嗜めるように。

 

 

「相手になど、なるものか。既に死に掛けの老骨などに。我等が師父、“牡牛座第四星の博士(プロフェッサー・オブ・セラエノ)”が」

「だね、心配なんてしたら、ボクらが()ち殺されちゃうか。さぁ、仕込み仕込み」

 

 

 確かな信頼を、二対四つの瞳に灯して。二つの影は、何処へともなく姿を消した。止まった車、そこから歩みでたピンク髪の……幼女?に連れられて行く彼らに気付かれぬまま。

 虚空に浮かぶ、黄金に染まる純銀の影を放つ……無色の月に気付く事も無く。

 

 

………………

…………

……

 

 

 手当てを終え、布団に寝かせた少年を見下ろす。包帯まみれのその姿を、煙草を燻らせながら。時刻は既に、午前三時。草木も眠る丑三つ時だ。

 

 

「こんなもんか……見た目の割りには、そう深くない傷ばっかだったな」

 

 

 住宅の一室、缶ビールの空き缶やコンビニ弁当のカスなどが散乱した、中々に汚い室内。割りと綺麗好きの嚆矢としては、片付けたい衝動に駆られたが、他人の部屋だ。我慢した。

 なお、この部屋の借り主は『月詠 小萌(つくよみ こもえ)』。当麻を搬送しようとしていた時に偶然にも通り掛かった、どう見ても幼女にしか見えないが、彼の担任らしい。何故か何処かで見た事がある気もしたが、今は怪我人を優先して気にしない事にした。

 

 

──ビックリしたよな、いや実際。そんな偶然があるとは、この男、随分な強運だ。しかし、車のナンバーとか内装が代替車っぽかったな……何かあったんだろうか?

 

 

『てけり・り。てけり・り』

「あん? 何だよ、また欲しいのか? あのな、これもタダじゃねぇんだ、一回活躍する毎に一本だからな。次に活躍するまで、お預けだ」

『てけり・り。てけり・り……』

 

 

 紫煙に誘われたか、影が沸騰するように泡立ちながら現れたショゴスが。恨みがましく血涙を流す瞳で睨みながら、しょんぼりと平面に還るのを見届けて。

 

 

 代わりに、救急箱を片付ける。傍ら、今は傷薬や包帯、湿布薬や鎮痛剤などを買いに車を走らせている部屋の主が、『冷やすものとかが必要なら、冷蔵庫に入っているものを好きにしてくださいね』と言っていた事を思い出す。

 なので、台所に向かって歩く。冷蔵庫を開けて、中から飲み物を……清涼飲料でもないかと思ったのだが、缶ビールしか無かったのでそれを頂いて。

 

 

「あ……こーじ! とうまは、とうまは大丈夫?」

「おっと……インデックスちゃん」

 

 

 そこに、台所から駆け出してきた少女。青みの強い銀色の長い髪、妙にでかい安全ピンで継ぎ接ぎだらけの白い法衣に身を包んだ彼女……『禁書目録(インデックス)』と名乗った少女を見遣る。

 

 

「心配ないさ、救急箱の中に有るもので事足りたし。まぁ、魔術が効かないのには驚かされたけどさ」

「そっか……よかった。ありがと、こーじ!」

「どういたしまして」

 

 

 心の底から心配していたのだろう、当麻の無事を聞いて、ほうっと安堵の息を吐いた。

 

 

──そう、『禁書目録(インデックス)』。かつて、師父から聞いた『イギリス清教』の『必要悪の協会(ネセサリウス)』の魔術師であり……『十万冊以上の魔導書を暗記している』()()少女が、だ。

 最初は警戒した。何せ、その『必要悪の協会(ネセサリウス)』所属の魔術師を相手にした直後だし、当の上条は彼らにこうされたのだ。しかし、どうやら何らかの事情で彼女もまた、その『必要悪の協会(ネセサリウス)』に追われているらしい。

 

 

「……とうまの右腕は、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』だから。魔術を、『殺し』ちゃうんだ。私の法衣もそれでだめにされちゃったんだ」

「『幻想殺し(イマジンブレイカー)』ねぇ……まぁ、そうでもなき説明つかないけど」

 

 

 プルタブを開け、ぐいと煽る。喉を滑り落ちる冷たい麦芽の苦味と酒精(アルコール)のもたらす熱が、腹の底から体温を上げていく。

 久々に感じるその、腹の中を優しく掻き毟られる感覚に、くうっと唸りながら。

 

 

「とうまのとこ、もう行っても大丈夫だよね? ね、こーじ」

「あぁ、勿論。付いててやりな。けど、騒ぐのは」

「うん!」

 

 

 最後まで聞く事も無く、インデックスは当麻の元へと駆けていく。苦笑しながら、換気扇を回して紫煙を吹かしつつ麦酒を煽る。

 

 

「やれやれ、あんな可愛子ちゃんに好かれてまぁ……羨ましいねぇ」

 

 

 幸い、明日は『風紀委員(ジャッジメント)』は非番。『警備員(アンチスキル)』や『アイテム』の招集が無ければ、一日、時間は空いている。帰り付いてから一眠りしても昼には目が醒めるだろう。

 携帯を弄る。よく見れば、義母からメールが届いていた。日時は二十二時頃、一番忙しかった時間だ。だから、メールで済ましてくれたのだろう。

 

 

「……何々、『情けは人の為ならず』?」

 

 

 それだけ。他には何もない。しかし、だからこそ考えさせられる格言だった。

 

 

「……そうだなぁ。そういや、恩返ししなきゃな」

 

 

 そのまま、携帯を弄る右腕に目を遣る。前腕に巻かれた、黒子のリボンに。確か、同じく非番の筈。明日の、一応の『予定』を立てる。まぁ、まだまだ『未定』だが。

 

 

「当たって砕けろ、だな」

 

 

 携帯を閉じ、居間に。一応、乗り掛かった船だ。取り敢えず、小萌が戻るまでは待とうと決めて。

 

 

「そら、今回は特別だからな」

『てけり・り。てけり・り♪』

 

 

 煙草を、麦酒をショゴスに与えて。それが平面の影に、玉虫色の煌めきと血涙を流す瞳の海に飲み込まれるのを待たず。

 当麻を心配そうに看護するインデックスを横目に胡座をかき、卓袱台に肩肘を付いて仮眠を摂る事にしたのだった。

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