Shangri-La...   作:ドラケン

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第3章・chapterⅡ Glaaki Apocalypse/禁書目録
七月二十六日:『夢引き』


 

 

 現在時刻、零時半。既に夜の(とばり)は降りて久しく、昼間の暑気の残滓を孕む夜風がぬるりと吹くのみ。

 明日以降の行動指針を決めて、フレンダ達とは別れた。今は、取り合えず明日の夜の『敵情視察』の準備の為に、彼の師父の『純喫茶 ダァク・ブラザァフッヅ』へ。

 

 

「失礼しまーす」

 

 

 軽くノックして入店するや、ムーディーなブルースの流れる薄明かりの室内。古めかしい蓄音機からのひび割れた音と、白熱電球の朧気な光に照らされて、グラスを磨く麗人の姿が。

 その目の前には、今まで客が居たような飲みかけのグラス。見れば、純喫茶には有り得ないブランデーのボトルとツマミの豆類。まだ、開けて間もないだろう、並々と満たされたそれがぽつりと。

 

 

「今晩は、コウジ君。連絡にあった入り用の物、揃えておきましたよ」

 

 

 此方を見る事もなく、これである。一時間前に連絡したばかりだと言うのに。カウンターの上にはジュラルミンケースが一つ、開けてみれば成る程、注文通りに暗視カメラとゴーグル、軍用の。

 そして、銃嚢に収まった拳銃。かつて、旧日本軍が使用していた大型の自動式拳銃(オートマチック)。今時、知る者すら居ないような旧式拳銃を、嚆矢は目を輝かせながら手にして。

 

 

(すげ)ぇ、本物(マジモン)だ……!」

「ええ、最近、学園都市内の好事家が実物を複製したものです。無論、逮捕されたのでそれを横流…………コホン、安心してください、勿論模造銃です」

「もうほぼ犯罪がらみって分かったけど、まぁ良いか!」

 

 

 気にせず、欲しかった玩具を手に入れた童子のように掴み取る。撃針(ストライカー)方式のその拳銃、消し炭色に染め上げられた()()()()()()()()を抜き放つ。

 

 

────ほう、短銃(たんづつ)か……流石に六百年も時が経てば、根本から違うのう! 実に新しい!

 

 

 旧日本帝国製の大型自動式拳銃、『南部大型自動式拳銃・甲型(グランパ・ナンブ)』を。最早、文献や博物館くらいでしか見れない物を実際に手にし、感激しながら。その為か、思考の『()()()』に気付かずに。

 だが、全く違う。見た目の三分の一程しかない重量に、その材質。

 

 

「見た目は旧式ですが、大幅に手を加えてあります。何せ、『F2000R(トイソルジャー)』のノウハウを応用した金属非使用の積層プラスチック(ラミネート)のフレームに、ケースレスタイプの50AE弾を撃てますから」

「金属探知機に無反応で、強装弾(マグナム)対応型ですか……そりゃ捕まる訳だ。まぁ、強力な分に文句はないです」

 

 

 恍惚と、そんな事を口にしながら。嚆矢は拳銃、ジュラルミンケースに戻して。

 

 

「代金ですけど……やっぱり現ナマですか?」

 

 先ず、第一に大事な事を口にした。取り合えず、今ある現金は全て、下ろして来はしたが。足りるのか、と。そんな彼に、師父は安堵を誘う瞳と笑顔を見せる。

 男が見ても惚れ惚れする美男子、女なら既に落ちていてもおかしくはない笑顔で。

 

 

「そうですね……先ずは、幾ら払えるか、からでしょうか」

 

 

 悪魔よりも腹黒く笑いながら、何故か、その瞳は────性質(たち)の悪い、醜悪な。腹を空かせた蝦蟇(がまがえる)を思わせて。

 震えたのは、弟子か。僅かな慈悲を願って。それが、現実のものとなるように。

 

 

「まぁ、それは兎も角。態々(わざわざ)、この世で最も従順ならざる使い魔(ショゴス)を選ぶとは……君は、余程ハードモードの人生が好きなようだ」

「そうですか? なんか、間抜けな奴ですけど」

 

 

 微笑むように、師父が苦笑いする。見詰める視線は、背後の影。血涙を流す深紅の瞳、辺りに巡らせるショゴスへと。

 否、本当にショゴスにかどうかは判別がつかない。()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

「では、拳銃は私からの御祝いと言う事で。合衆国協同協会(ウィルマース・ファウンデーション)の魔導師二人を退けた、ね」

「…………」

 

 

 知っていた事には、別段驚きはない。この人はそういう人だと、随分昔から知っている。恐らくは、今回の仕事(ビズ)の内容も知っている事だろう。

 一体それが、どんな魔術か。或いはそれ以外なのか。そもそも、この閉鎖的な学園都市内で、このような軍用品や横流し品をどうやって捌いているのか。分からない事ばかりである。分かっている事など、ただ一つ。

 

 

「……相変わらず、師匠の“象牙の書(ブック・オブ=エイボン)”は謎だらけですね」

 

 

 僅かな意趣返しか。鎌を掛けるように、口を開く。それに、師父はうっすらと。

 

 

「いえいえ。この世の遍く全ての知識を記す、君に潜む『()()()()()()』程ではありませんとも」

「え────?」

 

 

 うっすらと、相変わらず笑いながら。何か、聞き逃してはならない筈の言葉を、聞き取れない。まるで、人の物ではない喉で、無理矢理発されたような、その掠れ声は。

 

 

「そう。背後に佇むその『影』、顕現まで果たした『クルーシュチャ方程式(■■■■■■■■■■)』の元に。すぐに、すぐに……君は」

 

 

 ふと、正気に帰れば……聞き返す、そんな単純な事すら(はばか)られる。それ程だ、目の前の魔人の放つ瘴気は。薄明かりの室内に満ちる闇の色、狂ったように掻き鳴らされるレコード盤を掻き毟る音色。

 最果てで響く、か細く呪われた横笛(フルート)のような。或いは、くぐもった狂おしき太鼓の連打。常人では、まともな感性では、とても正気を保てはしまい。とうに狂った感性ならば、既に人間ですらなくなっていよう。

 

 

「───────…………?!」

 

 

 そんな魔人を真正面に、嚆矢が正気を保てているのは────何の事はない、魔人にその気がない、ただそれだけだ。

 その左手、無造作に持つ一冊。この世にあり得ざる、緑色の獣皮で装丁された書物。遥かなヒューペルボリアの地底に潜む『土星からの旧支配者』の恩恵に預かった大魔導師の名を冠した、或いはかの“死霊秘法(ネクロノミコン)”にすらない記述を持つとされる魔導書中の魔導書────邪悪の一代集大成“象牙の書(ブック・オブ=エイボン)”。

 

 

「……『教授』が手を引いたなら、余程の事が無ければ彼らは手を出して来はしない筈です。安心して、君は君の『日々』を()()()ください」

「──『(まわ)す』……」

 

 

 その気配を、刹那に霧散させて。穏やかな薄明かりに彩られ、しっとりと落ち着いたブルースの流れる、静かな夜の景色が帰ってくる。

 久方振りに感じた悪寒と戦慄、否、少し前にも。命の危機などと生易しいレベルではなく、絶望的な格の差として……『レイヴァン=シュリュズベリィ』と名乗った“セラエノ断章(セラエノ=フラグメンツ)”の主にも感じたもの。

 

 

 そして、何故か心を震わされた……その一言────『廻す』。その一言に集中した故に、触発されて思い出す。ずっと昔、その『言葉』をよく聞いていた事に。

 

 

『ふむ……つまり、“確率を操る能力”とは。成る程、そういう仕組みか。大したものだ、正体不明の怪物(ザーバウォッカ)くん?』

「ッ────?!」

 

 

 忌まわしい、『白い部屋』の記憶と共に。(しわが)れた老人の声が、脳内、忘れえぬ『()()()()()()()』から漏れ出して。

 吐き気を催す。それは目の前の師父、魔人の放つ瘴気よりも尚、色濃いトラウマを呼び起こす────本物の“狂気”を孕んでいて。

 

 

「少し、口が過ぎました。すみません、師匠」

「おや、そんなに気にしなくても」

 

 

 それを辛うじて堪え、突き掛けた膝に喝を入れて。十倍返しで返ってきた意趣を、受け止める。その、変わらない微笑みも自業自得だ。

 ジュラルミンケースを受け取り、一礼する。自分で巻いた種だが、居づらくて仕方無い。

 

 

「それじゃあ、また」

「ええ。それでは、また」

 

 

 背を向けた弟子に、来た時と全く同じ姿勢のままで氷を球形に削りながら。新しいグラスにそれを納め、ブランデーを注ぎ─────()()()()()グラスの代わりに差し出した。

 

 

「全く……『這い寄る混沌(ニャルラトホテプ)』の化身を否定するだけの度量があるかと思えば、トラウマ一つにあの体たらくか」

「その矛盾が、人間の面白いところですよ。人間の貴方には、分からないでしょうが……そう、もう来ないと息巻いていたのにのうのうとまた来る、とか」

「変化を続けるのが生き物ってもんなのさ」

 

 

 それを、無造作に掴んだ武骨な掌。褐色の白人の、強靭な右手が琥珀色の液体を喉に流し込む。革の上下に、サングラスの偉丈夫が。

 何時から、其処に居たか。おかしな事を言う、最初から其処に彼はいた。ただ、()()()()()()()()()()に過ぎぬ。

 

 

「流石、愚かにも人間を捨てた男の言う事は違うな、理解不能だ」

「ええ、不様にも人間にしがみつく男の言う事は、予想の内です」

 

 

 互いに、くつくつと笑いながら。魔人どもが笑い合う、親愛と敵意を籠めて。質量持つ闇と緑の雷光が鬩ぎ合い、室内の空間が軋む程に。

 

 

「貰うぜ、あれは。掘り出しもんだ、餓鬼ども以来の。鍛え上げりゃ、一級品になりうる」

「君の『海妖』と『空精』と一緒にしないで頂きたい。あれは、私の『月霊の双子(ムーンチャイルド)』の総決算なのですから」

「知らねぇな、選ぶのはアイツだろ? 『月の両面』に見詰められるあの餓鬼、或いは、神に届く」

「成る程、慧眼だ。流石は『背徳の都の断罪者(フィラデルフィア=エフェクト)』だ。あの旧支配者“悪徳の神(イゴーロナク)”を討ち果たした、雷神だ」

 

 

 軋む。空間を埋めた闇を、雷が焼き払う。衰えた雷を、闇が染める。故に、空間は軋み続ける。

 

 

「まぁ、今は止めとくさ。ちょっとばかし騒ぎ過ぎてな、統括理事会とやらに睨まれちまってよう。黙らせるのに時間が掛かりそうだ」

 

 

 カロン、とグラスが鳴る。氷、割れて。琥珀色の液体が波打って。注いだ麗しき男、にこりと。飲み干した刃金の男、ニタリと。

 

 

「自業自得ですね、全くもって君らしい」

「違いねぇ、年甲斐もなくやり過ぎたぜ」

 

 

 最後に、その鬩ぎ合いすら消して。三度、差し出されたグラス。そこに波波と湛えられた、氷を抱くブランデー。

 それを傾けながら、魔人達の夜は更けていく……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 帰途に着いた、その脚が震えていた。まるで、狩猟者に相対した獲物のように。不様にも、無様にも。視線、虚空に漂わせる。目が合えば喧嘩を売ってくる、猿山の猿以下の満ちる道だ。別に五・六人くらい物の数ではないし、今なら十・二十人くらい病院送りにしてやりたいくらいに荒れてはいるが。

 万色の紫煙を燻らせ、そんな不甲斐ない自分を恥じて。一般学生の代わりに不良学生が幅を効かせる、昼間とは全く違う顔を見せる雑踏を歩く。言うなれば、昼間は品行方正な学級委員長。夜は落第上等な非行女学生か。ソソる噺だ。

 

 

 そんな、取り留めの無い事を考えながら。或いは、現実逃避しながら。歩く先、ふと見た路地裏。そこに、見た事覚えのある姿を。

 煙草をショゴスにくれてやり、気を取り直して、努めて明るく。

 

 

「おーい、御坂!」

「………………?」

 

 

 見覚えのある、常磐台の制服。嫌に真新しく感じたのは、このネオンに満ちた夜の都市の所為か。胡乱に立ち尽くしていた彼女、その瞳────虚ろな瞳が、此方を見詰めた。ぞっとする程、無機質な瞳が。

 

 

「ん? どうした、御坂? そんな『うわぁ、ロリコン気味の先輩に会って嫌だなぁ』みたいな顔して?」

「ミサカネットワークに照会、該当なし…………どちらさまでしょうか、とミサカは問い掛けます」

「って、それ俺の事やないかーい……おい、御坂? ここを自分で突っ込ませるのはドSの所業だぞ?」

 

 

 等と、戯けて口にしながら。見遣る先、虚ろな眼差しで此方を見ている……御坂美琴へと。

 

 

「どうやら伝わっていないようなので、どちらさまでしょうか、と。ミサカは再度、問い掛けます」

 

 

 先程も見た、ゴーグルのような物を額にした()()()()へと。問い掛けながら。虚ろな眼差し、受け止めて。

 再度の、虚ろな眼差しを受けて。流石に────何かやらかしたかと、不安になって。

 

 

「いやいや、御坂。知らんぷりは流石に先輩、答えるんだけど……あれか、不思議ちゃんにクラスチェンジ?」

 

 

 しょんぼりと、アスキーアートのように顔を変えた。処世術、正にそれ。そうやって、人の関心を得ていたからこそ。

 刹那、叩かれた肩。煩わしく振り返れば、成る程、先程まで其処らに居たゴロツキども五人。

 

 

「悪いねぇ、兄ちゃん。その子を待たせてたのはさ、俺らなんだよ」

「あァ─────?」

 

 

 それに、()()()やる。振り返りながら、わざわざ。

 

 

「だからよぉ、テメェはお呼びじゃ……ねぇって…………あれ、ひギィ?!」

 

 

 ゴキリ、と外れた男の右手。手首、肘、肩のみならず、指先に至るまで。捩れ避けた手首を押さえ、味わった事の無いであろう苦痛に身を(よじ)る不良を見下ろして。否、右足で蹴りつけながら。

 傲慢に、傲岸に。嘲笑いながら告げる声で、ミコトの肩を抱いて。

 

 

「あァ、全くもってお呼びじゃねェなァ。これは俺の女だ。ゴミ屑風情がァ、手ェ出そうとしてンじゃねェよ────!」

「の、能力者……?!」

「ヒッ─────す、済みません、済みません!」

 

 

 挙げ句に、威圧されて逃げ惑う彼ら。散り散りに、散逸して夜の街の喧騒に消えていく。それを眺めていた通行人達も、興味を失って一人、また一人と。

 

 

「嫌だねぇ……何でもかんでも能力、能力。別に人の関節くらい、能力使わなくても外せるっての」

 

 

 それを見送る事もなく、吐き捨てる。馴れ馴れしく、肩、抱いたままで。

 

 

「暴漢を追い払ってくださった事にはお礼を申し上げます。しかし、肩に手を回す必要はあるのでしょうか、とミサカは疑問を口にします」

「ハハ、やっぱり?」

 

 

 ジト目で見詰めてくるミコトに悪びれる事なく、肩から手をどけて一歩、距離を取る。来るかもしれない、電撃に備えて。

 しかし、杞憂に済む。何と言うか、いつもと違って覇気の無い彼女の様子に、若干の不安を抱いて。

 

 

「大丈夫か、御坂? こんな夜中に出歩いてたら、また寮監さんにシバき回されるんじゃ?」

「心配は無用です。今はただ、()()()()()()()ですから、とミサカは答えを返します」

「『待っているだけ』って……誰を────」

「────なンだァ、今回は野郎のおまけ付きかよォ?」

 

 

 そこまで口にした瞬間。彼女の背後の路地、一層深い闇の中から歩み出てきた人物。白い髪に、赤い瞳。妙な柄のシャツを着た、如何にも柄の悪い────その少年は、ミコトと嚆矢を一瞥した後、面倒臭げに呟いた。

 惜しむらくは、少し前に煙草を吸っていた事。その所為で鼻が鈍っていなければ、彼の纏う()()()()()()()に気付けたかもしれない。

 

 

「いいえ、この方は無関係です。そして今日のノルマは達成済み、指示あるまで待機の命令を受けています、とミサカは答えます」

「あァそうかよ。じゃあ、後片付け宜しくなァ。今回は少し、()()()()()()()()()からよォ?」

「承知しています。全て、()()()()()()から」

 

 

 慣れた様子で、流れるような会話を交わす二人。言葉を挟む余地もない、事務的な雰囲気すらある。ここで、一つの可能性に思い至って。まさかな、と苦笑いに口角を吊り上げる。

 

 

「…………あぁ~、ね。お邪魔したか、こりゃ失礼」

「はい?」

「あァ?」

 

 

 そんな少年とミコトの会話、その以心伝心と言った具合の会話に────ピンと、得心がいって。嚆矢は戯けた様子で、ぺし、と自分の額を叩いて。一歩の距離から、一気に五歩の距離へ。

 二人から同時に、怪訝な顔を向けられて。それでも尚、道化のように恭しく頭を下げて。

 

 

「馬に蹴られる前に、退散退散……それじゃあお二人さん、良い夜を~」

 

 

 ジェスターマスクのような笑顔を張り付けて、某黄色いスーツのダンディなお笑い芸人のように、素早く捌けていく。見送るミコトと少年は、怪訝な顔のままで。

 

 

「なンだァ、ありゃあ?」

「恐らくは、『御坂美琴(ほんもの)』の知り合いだろう、とミサカは推測します」

「ヘェ、そりゃ────御愁傷様なことで」

 

 

 ミコトの肩を抱き、ニタリ、と。性質(たち)の悪い獣のように少年が笑う。耳許に顔を寄せ、邪悪で、慈悲を感じさせない、獲物を見付けた獣の笑顔で。

 

 

「俺が『絶対能力者(レベル6)』になる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を間違えるたァ、お優しい限りじゃねェか。なァ?」

「…………」

 

 

 嬲るように、嘲るように少女に囁いて。少女は、無表情のままで────

 

 

………………

…………

……

 

 

 七月の晴れ渡る朝、清澄な空気。白む世界を祝うかのように小鳥が鳴く、爽やかな風が吹き渡る────

 

 

「……有り得ねぇ。何が悲しくて、こんな良い日に野郎四人で雁首揃えてんだ、俺達は」

「さっきっから何回目の愚痴だよ、ロリコン先輩?」

「そうは言うがよ、おむすび君……この人選は確実に、誰かの悪意の産物だと思うんだ」

 

 

 ……等は既に彼方、照り付けるきつい日差しに白く染まる街路を歩く、カッターシャツに汗を滲ませた四人組。風紀委員(ジャッジメント)の、男子生徒四人組である。

 大欠伸を噛みながら怠そうに歩く学ランの前を寛げた嚆矢に、腕組しながら苦笑した『巨乳』Tシャツの巨漢、学制帽に丸い黒眼鏡の位置を直した長身痩躯、肩を揺らしながら歩くスキンヘッドの四人組だ。

 

 

「つまり、対馬は固法(このり)の罠だと言いたいのか?」

「それだ!!」

「何が『それだ』だよ、このロリコンは……ったく」

 

 

 等と駄弁り、ヤル気ゼロで巡回しながら。今頃は、黒子と飾利、美琴は涙子の退院を迎えに行っている頃だろう。尚、本当は嚆矢も抜け出して行く気満々だったのだが、『巡回強化週間なので』とあっさり美偉に捕まった上に監視役を三人もつけられてしまった次第である。

 仕方ないと言えば、仕方ない話だ。今、この学区では『警備員(アンチスキル)』が機能を鈍らせている。前回の『幻想御手(レベルアッパー)事件』の際に、かなりの数が木山春生により負傷させられた所為で。その穴埋めの為に、本来は学校内の雑事解消が基本の風紀委員が学区内の巡回警邏を行うくらいには、人手不足である。まぁ、附随する権限は何ら、増えていないのだが。

 

 

「あーあ、全く。最近、良い事ねぇなぁ……」

 

 

 吐き捨てながら、思い出すのは日付的には今日の話。日付が変わって間も無くの、深夜の出来事。街路の暗がりで出逢った、美琴の事。

 

 

──彼氏持ちだったとは、思いもよらなかったぜ……何だかなぁ、妹に彼氏が出来た兄貴ってのは、こんな気分なのかねぇ……

 

 

 思い出す、少女と────少年。白く、矢鱈と性質(たち)の悪そうな、不良っぽい。選りにも選って、あんなのかと。人の趣味をとやかく言う気はないが、溜め息を禁じ得ない。よく、『火傷して少女は女になる』とは言うが。

 知り合いでこのダメージだ、リアルの義妹(いもうと)だとどうだろう、と考えて。

 

 

「……無いな。むしろ、彼氏の方が可哀想になる。彼氏無理すんな、逃げろって言いたくなる」

 

 

 怖気と共に、苦笑しながら。メールひとつ返し忘れれば部屋に式紙(アザー)が大挙して火事になるだろうし、記念日の贈り物を忘れでもしようものなら……『怪物』がブチ殺しにやって来るだろう。

 命が幾つ有っても足りない、あんなのと付き合えるのは、きっと不死身の化け物(フリークス)くらいだのものだ、と。

 

 

「どうしたよ、ロリコン先輩?」

 

 

 隣のおむすび君の声に正気に還り、黒一色の現実にまた、嫌気が差して仏頂面に。そして、今までの考えを全て、忘却の彼方に。また、いつもの日常に没頭する為に。

 

 

「別に。早く終わらねぇかなって、それだけだ。早く終わらせて、ファミレスにでも涼みに行こうぜ」

「お、良いっすね」

「……悪くない」

「今日、初めて同意するぜ」

 

 

 天魔に唆された少年達は、代わり映えしない日々を過ごして。結局、そこを美偉に見付かり大目玉を喰らうのは後の話。

 

 

………………

…………

……

 

 

 チク・タク。チク・タク。秒針の音、揺らぐ事無く。時計の音、変わる事無く。白銀の懐中時計を携えて、オープンテラスで紅茶とスコーンを摂る()()()()()は葉巻を蒸かして。

 

 

「やれやれ……夢引きも知らぬか」

 

 

 酷く巨大で重厚な、大型の機械が軋むように重々しい声だった。最上級のアルマーニ、惜し気もなく日差しの暴虐に晒しながら。嘲笑うように、面した道路を通り抜けた四人の少年達を嘲笑って。紅茶とスコーンを運んできたウェイトレスへと、機械のように正確に微笑み掛けて。

 丹精な、名匠が魂を籠めて作り上げたかのような美貌に頬を染めたウェイトレスが、喫煙を注意する事も出来ずに恥じ入って逃げ出した。

 

 

「多寡が、ルーンの三文字で。相も変わらず、脆弱。矮小……しかし、目立つ行動をとる。流石に、“ヴードゥー教の始祖たる神”は違う」

 

 

 時計の音は、全てを告げる。嫌が応にも。誰も彼も、神も仏も、預言者ですら、その戒めには抗しえない。現実が、全てを告げる。現実が証明しているのだから、誰にも、貴方にも、それは否定しえない。

 

 

「少女。生け贄。さ迷える子羊……か。他者に荷担したところで無意味、無価値。そろそろ、理解して欲しいものだ」

 

 

 携帯灰皿に灰を落とし、誰かを見詰めて嘲笑うままに。進み続ける針の照り返す、太陽の光とは違う『灰色の光』が瞬くままに。

 

 

「さぁ、時計の針は巡る。一秒、二秒。後、どれくらい持つのか。楽しみだな、最期には結局────」

 

 

 笑う、嘲笑う。針の音を響かせて。僅かに、軋む音を響かせて。邪悪そのものではあるが、周りの、或いは通りがかる女性、老若を問わずに惹き付ける笑顔であった。しかしそれは、一体誰に向けられたものであるのか、彼以外に知る者は居ない。

 

 

「────『夢』は、醒めるだけだと言うのに」

 

 

………………

…………

……

 

 

 漸く昼、解放されて。今日は早番、後は帰るだけだが。約束、そう、約束がある。今朝、届いていたメールが一つ。

 

 

「あ、嚆矢先輩、ここです、ここ!」

「あら……本当に来ましたの、お暇ですのね」

「ハハ、そりゃあ来るとも。昼前は散々むさ苦しかったし、口直しにさ」

 

 

 第七学区のとあるカフェ、先程も巡回の際に通った。テラス席に陣取った、飾利と黒子の姿。そして。

 

 

「あ、どうもです、対馬さん。その節は、お世話をお掛けしました」

「やぁ、佐天ちゃん。なんのなんの、もう大丈夫かい?」

「はい、もう元気が有り余っちゃって」

 

 

 退院したばかりにも関わらず、案外、元気そうな佐天涙子の姿があった。『幻想御手(レベルアッパー)』を使用した者は昏睡こそすれども、一時的に強度(レベル)が上がったお陰で更なる高みに至る契機を得た者も居たとか。経歴的には、どう見ても汚点(マイナス)だが。

 それにしても、先程までのむさ苦しさがまだ、瘧のように。そこでふと、黒子が一つ、咳払いした。

 

 

「それにしても、また固法先輩に大目玉を食らったようですのね。全く、少し見直したらこれですの?」

「ああ、あれね。いや、最終的には全員ノリノリだったんだって。あいつら、口揃えて俺に罪擦り付けやがってさぁ……」

 

 

 と、ツインテールの片方を手櫛で梳りながら、呆れたように。しかし、既に『それ』に気付いている嚆矢には、最早問題ではなく。

 四人掛けの席の、最後の席に腰を下ろしながら。少しばかり、面映ゆい気持ちで。左隣のその一点、否、二点を見つめて。

 

 

「反省してる、でも後悔はしてない。それは兎も角、早速ありがとう。良く似合ってるよ、黒子ちゃん」

「っ…………?! い、意味がわかりませんの!」

 

 

 何を誉められたかに、直ぐに気づいた彼女は耳まで真っ赤に染まって。唸るように、座っている都合上、見上げるように彼を睨み付けて。

 赤い更紗のリボンを、風に靡かせながら。ぷい、と腕を組み、そっぽを向く。何とも言えず、愛らしい仕草であった。

 

 

「あれあれ~、これはまさか……強敵出現かな、初春~?」

「い、意味がわかりませんし!」

 

 

 と、朗らかな空気。昼下がりには丁度良い、間延びして弛緩したテープのような、気の抜けた炭酸水じみた。

 

 

──隣に座っても無反応と言う事は、御坂は居ないのだろう。まぁ、昨日の今日じゃ会い難いし有り難いが……しかし、やっぱりムカつくなぁ、あの痩せぎす野郎。完全に世の中舐めきってたよな、あの目は。一発締めときゃ良かったぜ……何てな。どんな能力かも分からねぇで、そりゃ無謀って奴ですよ。

 

 

 休もうと思考を緩め、無意識を増やせば増やす程、演算力が高まっていく。ある意味では呪いか、これは。夢とは、脳が体験を整理している際に見る物だとも言う。

 あの日、第七位(ナンバーセブン)にカチ割られて以来、それを()()()()()()この脳が見せる夢とは、即ち現実の記憶に他ならぬ。

 

 

「さあ、何でも好きなもん頼んでくれ。財布はギュウギュウ、後は支払いをご(ろう)じろってね」

「おおっ、対馬さん、太っ腹じゃないですかぁ!」

「やった、実はここ……ケーキバイキングやってるんですよ」

「まぁ、そう言うことでしたら遠慮なくいただきますの」

 

 

 得意気にマネーカードをちらつかせればきゃいきゃいと騒ぐ三人娘を他所に、黙々と思考して。機械的に注文したアイスコーヒー、啜りながら。財布役になるだろうが、涙子の快気祝いなのだからと気にしない事にして。

 勿論、野郎四人で行ったファミレスにではこんな事はしていない。一円単位の割り勘だった。その所為で罪をひっかぶらされたのであるが、当然、彼にとっては些末な事。

 

 

「しかし、後遺症とか無くて良かった。確か、『幻想御手(レベルアッパー)』ってプログラムは『同系統の能力者の脳波を共有して増幅する』システムだったんだろ? 脳波の混濁とか起きるかも知れなかったわけだし」

 

 

 対面の飾利と共にケーキを取りに行った黒子とは逆隣の席、『全種類持ってきますから、佐天さんは待ってて下さい』と笑顔で恐ろしい事を言っていた飾利に座らされたまま、フラッペを食んでいる涙子に語り掛ける。

 

 

「お医者さんが言うには、浄化プログラムのお陰で完全に切り離されてるそうです。もう、脳波ネットワークも消滅してるそうですから、大丈夫ですよ」

「それなら良いけどさ」

 

 

 後で解析された『幻想御手(レベルアッパー)』の仕組み。ありふれた能力種である『空力使い(エアロハンド)』の涙子には効果抜群、しかし()()()()()()の能力種である嚆矢には、意味がないもの。

 まぁ、終わった話ではあるが。と、ふと。涙子の表情に影が射した気がして。懐の『ステイルの護符(カード)』に魔力を流して発動、確率を司る己の能力(スキル)制空権域(アトモスフィア)』にて軽い頭痛に反動を抑えながら、刻み付ける。雄弁を得る『話術(アンサズ)』と、成長を意味する『治癒(ベルカナ)』のルーン。

 

 

「……何か有ったんならさ、もしよかったら相談にくらいは乗るよ。出来る事は、多寡が知れてるけどさ」

「あはは…………うーんと、別にそこまでおかしいって訳じゃないんです。だから、お医者さんにも話してなかったんですけど」

 

 

 ぽん、と。彼女の掌に重ねた己の掌を(とお)して。遣り方が汚いが、()()()で多弁となる『話術(アンサズ)』と過ちを償う意味も持つ『治癒(ベルカナ)』を彼女に。

 その成果か、重ねられた掌に一瞬慌てた様子だった涙子が落ち着きを取り戻す。そして何か。他の誰にも話していないし、話す事もないだろう事を、ぽつりと。

 

 

「夢……変な夢を見るんです。私、夜中に一人で近くの川沿いの路を歩いてて。体、言うこと聞かないで勝手に……そしてある場所まで行くと、怖い声が響いて」

「声か……なんて?」

 

 

 美しい黒髪をさらりと靡かせながら、沈んだ様子で。ともすれば泣き出しそうなくらい。掌に重ねた掌、その上にまた、彼女の掌が重ねられて。

 だから、労るように。その更に上に、掌を重ねて。体温を伝えるかのように、『魔術(オカルト)』を浸透させる。

 

 

「『もう少しだ、我が供物よ』……って、地の底から響くみたいに低くて、ハウリングしたみたいに耳障りな声が……あはは、恐い系のサイトの見過ぎですよね、きっと」

 

 

 オープンテラスのこの夏の陽射しの下で、微かに震えた彼女。恐らくは心底恐ろしいのだろう、だがそれすら笑いながら誤魔化して。

 そこに感じた、僅かな気配。有り得ざるモノ、ましてや、この少女からは────前にも、何処かで嗅いだ……葉巻の香り。周囲に薄く、風の一吹きで消えたくらいに、極僅か。

 

 

「ハハ、ホントにね。これに懲りたら、そう言うサイトは慎む事」

「ですよねー、あはは」

 

 

 それに乗っかり、茶を濁す。同時に手も離し、ぽん、と頭を撫でた。そこに────

 

 

「あれ、どうかしましたか、二人とも?」

「随分と話が盛り上がっていますのね?」

 

 

 様々な種類のケーキをこれでもかと持った二人が帰ってくる。その気配に気付いた為に。口裏を合わせた訳でもないが、性格が似てでもいるのか、一様に何でもないと誤魔化して。

 最後に刻んだ、『鎮静(ハガル)』のルーン。それにより、『恐怖という感情』を鈍らせた意味があったらしい。

 

 

「んじゃ、召し上がって下さいませ、お嬢様がた。オイラは、此処で珈琲啜ってますんで」

 

 

 と、アイスコーヒーの氷をストローてかき混ぜて。『魔術使い』はここまで、後は平々凡々な『学生』に戻って。

 

 

「あれ、嚆矢先輩、甘いもの苦手でしたっけ?」

「苦手じゃないけど、どっちかと言えば辛党かなぁ」

「あら、それは誤用ですの……いえ、まさかとは思いますけれど、貴方……」

「いやいや、ソンナマサカー」

「「?」」

 

 

 等と、失言して黒子にジト目で見られたり。意味が分からなかったらしい飾利と涙子が小首を傾げたり。後に絡む非日常は、最早無い。平和に、安穏と。日は傾いていく。そんな、『夢』のような時間は。

 

 

………………

…………

……

 

 

 第七学区、そのバス停。飾利と涙子は二人連れだからと黒子を送ろうとして、あっさり断られた流れはテンプレなので割愛して。

 去り行くバスに手を振り、見えなくなってから……振り返り、歩き始める。懐から取り出した懐中時計、『輝く捩れ双角錐(シャイニング・トラペゾヘドロン)』の収まるそれを確認する。現在時刻、十六時半。丁度良い頃合いである。

 

 

 懐中時計を仕舞い、代わりに取り出した携帯。最低限の機能しかない『仕事用』の携帯でメールを打って、『二人』に向けて一斉送信。

 

 

『題名:グッドアフタにゃ~ん(ФωФ) 

 

 

 今晩ニャア、いかがお過ごしナ~ゴ? オイラはさっきまで可愛いハニー達とデートだったニャアゴ。

 

 

 まぁ、それは良いニャア、本題ナ~ゴ。実は、件のお仕事の裏が取れたニャアゴ。という訳で今夜は楽しいピクニックになりそうだニャア、楽しみで今から眠れないナ~ゴ。

 

 

 追伸:おやつに鼠は含まれますかニャアゴ?』

 

 

 そんなメールをフレンダと最愛に送って、路地裏に入り込む。刹那、黒い影────彼の影に潜むショゴスが身を包み、学ラン姿からロングコートを纏うダブルのスーツ姿に。

 そして頭部と掌を黒豹に替えて、最後に煙草を銜えて準備完了。そこまで一秒。見方によっては少年が曲がり角の角度に消えたようにも、異形の男が曲がり角の角度から現れたようにも見えるだろう。

 

 

『さて、始めますかニャアゴ』

『てけり・り。てけり・り』

 

 

 二重の、薄気味悪い金切り声でそう呟きながら。黒豹男、性悪猫は路地裏の薄暗がりに紛れていった。今宵の任務……『ある病院の関係者』が行っている『不許可実験の摘発、当該研究者の拘束』の為に。記憶を漁る、日に二度も聞いた、その名前を。

 

 

(『西之 湊(にしの みなと)』……再生医療学部主任、か)

 

 

 血の色の猫目の奥、底知れぬ色を漂わせながら。

 

 

………………

…………

……

 

 

──初めて、『そんな事が可能だと知ったのは、いつの事だったか。』

 

 

 感慨と共に、視線は腐った空気に満ちる室内、その天井を見詰める。黒々と、繰り返し吹き掛かった『■■■■』のこびり付いた、特段高い訳ではない天板を。

 そこに、新しい『源』が吹き付ける。抉りすぎたらしい。響くのは、歓喜の絶叫。そうだ、そうでなくてはおかしい。何故なら今、『私』は『彼を救う』のだから。

 

 

──東洋で言えばキョンシー、西洋的にはゾンビか。ああ、始めて聞いたその時の高揚と来たら! ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 歓喜に咽びながら、血泡を吐いていた『それ』。拘束衣により手術台に縛り付けられカパリと、まるで炊飯器か何かのように■■■を開かれ、灰色の■を露出している。

 ぎょろぎょろと血走った視線をさ迷わせ、許しを乞うように言葉にならない声で喚く。辺りには、夢から覚めた時に自らを強かに殴り転がし拘束した、『彼等』しか居ないのに。

 

 

 続きを促しているのだろうと笑みを溢す。何故なら、『彼等』の美しさは『私』の自慢だ。『早く同じようになりたい』と叫んでいるのだ、として。麻酔を使っていない事など、この後の奇蹟に較べれば些末な話だ。

 

 

──そういえば、関係はないが。昔、『能力者の脳の何処に能力を司る部位があるのか』突き止めようとして色々切開した研究があったらしい。何処にでも先達はいるのだな、と苦虫を噛んだ記憶がある。最も、あんな野蛮なものと『私』の崇高なる『救済』は競べるべくもないのだが。

 いけない、脱線した。早く施術しなければ。ほら、『彼』も待ち望んでいるじゃないか。

 

 

 震えるその、まるで豆腐のような『もの』を見詰めながら。差し出す左手に饐えた風が集う。バサバサと、路傍で風に惑う新聞紙じみた音を混ぜて────現れ出た一冊の書。

 ざわめくように、恐れ狂って、辺りの『彼等』が逃げ惑う。何か、深遠な悪意を思い出したように。悍ましい鳴き声で、『悍ましい』と。

 

 

「────飢える(イア)

 

 

 囁くような声。掠れた、まるで蛎殻を小擦り合わせたような不快な声。その呼んだ『モノ』、その纏う瘴気に、震える『彼』の目に更なる絶望が宿る。

 

 

──さぁ、後は突き立てるだけ。それで、君は死に、そしてまた甦る。死を超克するのだ! 奇蹟、まさに奇蹟を体現するのだ!

 勿論、その超克者に普通の体などは見合わない。次は、そうだ。最後の章の神、あれを再現しよう。

 

 

「さぁ────“■■■■■■■(■■■■=■■■■■■)”」

 

 

 辺りの『彼等』ですらもが恐れる『モノ』。その右手に握られた不快極まる代物、ゲル状の緑色の粘液に塗れた一本の『(メス)』に─────

 

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