──その一撃は、見えもしなければ躱せもしない。正に、天より降り墜つ
それは、俺の『
打たれた脳天を抱えて、恥も外聞もなくゴロゴロと板間を転がる。音も威力も、己が使っている物と同じ竹刀だとは、とても思えなかった。
木刀、と言われても信じられる。そうでもなければ、同じ材質、同じ重さのモノをどうして────
『
──巫山戯んな……何しやがった、どんな
低く、重厚な声に目線を向けながら噛み付く。此方を見下ろしつつ、紫煙を燻らせる道着姿の男の眼差しに。
見下したような、しかし熱の籠る炉のような。静かに白熱する
『本当の強さってのは、鍛え上げた
──…………。
吐き捨てるように、言い聞かせるように。常日頃の金属鍛冶で身体を鍛え上げ、更には『正しく刀を
何故なら、それは事実。今、正に証明された。かつて、学園都市の暗部にて『
『そもさん、争いなど意味がない。戦わずして勝つ事こそが肝要だ。しかし負けずして
燻らせていた煙草を、携帯灰皿に押し潰して。義父は、真面目な顔で向き直る。それは、まるで……。
『────
友に、秘密を打ち明ける少年のような。悪戯心に溢れた、凄惨な笑顔で────…………
………………
…………
……
『
南北朝時代の刀鍛冶、かの天下一名物『
刀文は、
──桶狭間から始まり長篠、比叡山焼き討ちに一向一揆殲滅。割拠する群雄も、神仏すらも恐れぬ、その血塗れの覇道を知るもの。そして、その末路は────……今は日本史の話は省こう。そんな場合じゃねェ。
気にすべきは、眼前の二機。呆気に取られて棒立ちの一機と、重厚な佇まいを崩さぬ指揮官機。
「……どうした、随分と気勢を削がれた見てェだがよ?」
『ひっ……人殺し!』
対するは、一騎。元々のバスドラの声色で、
分かり易い程に大仰に。太刀を右肩上に構える、正調の上段。右掌は深く強く、左掌は浅く軽く、赤い目貫が覗き込むような黒い柄巻の柄の両端を握る。斬り臥せた駆動鎧から迸った鮮血と油に滑る白刃は鋭く、非常灯の光を切り裂いて。
「そら、その駆動鎧は飾りか? その棒は飾りか?」
『っひ、人殺し! 来るな、人殺しめ!』
「ああ────そうだが、それが何か?」
じり、じりと足を送れば、浮き足立った対手がじり、じりと足を
『な、何なんだ……何なんだよ、お前は!』
「何か? ハッ、何でもない。ただ単に────お前の死神さ」
『ひ、ヒィィィィ!?』
どうやら、恐慌の余り自らの機体に備わる『
まぁ、『衝撃砲』ならば使われたとて問題はない。あの武装なら、
「逃げて勝てる敵なんざ居ねェぜ、なァ? 来いよ……それでも男か、あァ!?」
『く、来るなぁァァァ!』
恐れ、最早逃走の一歩手前。その機体に向けて、刀を構えて。あと一歩だ、と。
『一刀流の
「────!」
だから、嚆矢は心の裡で吐き捨てる。『
、と。
口を開いた指揮官機、微動だにせずに『
『だが無為、駆動鎧の前には余りに無為! 自らの劣勢を示したに他ならぬ……出逢え、者共! 敵は最早死に体ぞ!』
《
(煩せェ、クソッタレ……あァ、今日はツいてねェ!)
二重に図星を突かれて、血へドと共に吐き捨てる。形勢が不利に傾いた事を悟って。先程自分が通った唯一の出入り口、そこから新たに二機の駆動鎧と多数の警備ロボットが現れて退路を塞ぐ。恐らく、壁抜けを使っていればあの別動隊に制圧されていただろう。
指揮官機の激励に、敵機は統制を取り戻しつつある。このままでは、幾らなんでも突破は無理だ。
『そら────行けィ!』
『は、はい────うァァァァ!』
正体を取り戻し、敵機は突貫を。『衝撃砲』を乱射しながら、『電撃棒』を振り回し────
「一刀流じゃねェ────
「あっ────ガッ??」
それを、一刀の元に斬り伏せる。『衝撃砲』など、服に溶け物理を無効とするショゴスの護りの前には無意味だ。敵の腕と身体を纏めて両断すれば、打ち払われた電撃棒が腕ごと宙を舞い、割られた胴が血飛沫を放つ。その命を、またもや無為に散らした。
新たな血糊を浴び、新鮮な餌に歓喜するショゴスが啼いている。足下からは既に鋼を溶かし呑み、液体を舐め啜り、肉を咬み毟り、骨を喰い破る音が響いている。
『ば……化け……もの……』
「……だから何度も言ってンだろ、『そうだ』ッてよォ」
即死できなかったらしく、転がった駆動鎧が末期の恨み節を述べた。それに、悪鬼の笑顔を浮かべた猫面のまま……止めの一太刀。
熱もないのに陽炎を纏う刀、ゆらりと。
《ふむふむ、やはり敵の息の根は確実に止めるに限るわ。後はこの楼閣を焼けば、尚
(昔の木造建築と違ってビルは燃え難いし、消火設備も万全だ。無理だよ)
《それはどうかのぅ、
(……ある程度は。俺の能力とは相性抜群だな)
刀の銘のままに、力と切れ味のみで“圧し斬る”。ゴキリ、と不快な感触の後、全てが終わる。終わらせた。
終わらせながら、何でもないかのように頭の中に響く声に応えていた。
──そうだ。今更だ……
久々の感覚。そう、以前の日常。懐かしき
『嘘だろ……コイツ、駆動鎧を斬りやがった!』
『信じられねぇ……何かの
後詰めの二機が二の足を踏む。然もありなん、目の前には地獄絵図。焦熱を纏うかの如く陽炎の揺らめく白刃を構え、血化粧を施された凄惨な笑顔を浮かべる猫面の悪鬼。足下では、蠢く『影』が鋼鉄や骨肉を貪っている。
『……クク。成る程、大したものだ、事前情報の通り』
ただ、一機。冷静を崩さない指揮官機を除いては。動かない二機、その代わりの如く此方に向かってきた警備ロボットに応戦しながら、そんな呟きを聞く。
「事前情報ねェ……やっぱり、何処からかタレ込みが有ったッて事か」
「ちっ……これだから、信頼度の低い仕事は超嫌なンですよ」
いつしか背中合わせに立っていた最愛が毒づく。全く同感である。投網を断ち、左の南部式拳銃で本体を撃ち、『
「チッ──」
等と思った側から弾切れ。右手には刀、戻している暇はない。そもそも、両手持ち以外で刀を振るものではないが。弾込めは諦めて南部を仕舞いながら、放たれた
《ほぅ……器用なものよなぁ、まるで旅芸人の軽業じゃな。楽市楽座の後にはよう見に行ったわ》
(喝采は要らねェ、喝采は要らねェ。ただ俺が成し遂げるだけだ、ッてか!)
──遠距離、マジ汚い。こうなると、豪快に警備ロボットを殴り壊せる上に防御も隙の無い
相手もそれを学習したらしい。流石は学園都市の警備ロボット、早くも此方に『中・遠距離』が無い事に気付いたのだろう。先程から、遠巻きに攻撃を繰り返している。
それに気を取られていられれば、或いは幸せだったかもしれない。
『死が恐ろしいか、お前ら?』
『た、隊長?』
『あ、当たり前です! 俺、仕事がないからこの仕事してるだけで……命を懸ける気なんて、毛頭無いですよ!』
後退り、今にも逃げ出しそうな後詰め。その二機に、指揮官機が鷹揚に頷く。
『確かにな。俺もそうだ。こんな仕事程度に命を懸けるなど馬鹿馬鹿しいと、常日頃思っていた。此処に来るまでは、な』
優しく諭すように、部下に向き合い────ドス、と。
『──え?』
『あ──?』
『あ、ギャァァァァ! な、なん、コレ……グァァァァァア!?』
『痛、う、あ……嫌だ、嫌だァァァァ?!』
『そう、出逢ったのだ。此処で、祭司様に! あの方は教えて下さった、“生”など偶然の産物! 本来我等が在るべきは、不変たる“死”なのだと! 即ち──これが、真実だ』
恐らく、額面通りの『棘』ではないのだろう。泡を吐き、のたうち回る部下を見下ろして……指揮官機は宗教家のように、熱に浮かされた弁舌を振るう。
やがて、二人はピタリと動きを止めて。
『う……ウゥウウウ……』
『オォォォ、あァァァ……』
ぬるり、と立ち上がる。だが、正気などには程遠い。その二人を、引き連れるように。その時……バサバサと耳障りな、乾いた紙音を孕んだ風が吹いた。
『“
「────!?」
指揮官機が空を掴み、取り出した
「“
「ジャーヴィス……?」
口を突いた
《……いや、
(そうかよ。で、再現率は?)
《間違いなく、書いた者は
(笑って言うトコじゃないよな?)
要するに高いらしい。肌を刺すような瘴気だけでも、分かってはいたが。
「っ……超なんなんですか、アレ?」
「要するに、アレが俺らが狙う『研究成果』さ」
問うた最愛の、僅かに震えた声に心臓が一つ、脈を外す。嗚呼、そうだ。それは。
『だめ────』
「……!」
記憶の中の、その声と
「大丈夫──
「……えっ?」
口を突いた、その一言。安心させられるように、柔らかく。
『このジャーヴィス、女の子の前なら鬼神もドン引く程の甲斐性を発揮するのニャアゴ!』
「…………この男は」
猫面のまま、悪鬼の笑顔を見せて。最愛の表情を、『怯え』から『呆れ』に変えて。
「さァて、それじゃあ……奪うとするかね、『研究成果』」
「超了解です。あれさえ手に入れば、麦野も超納得させられます」
そうして、互いに逆方向に向き直る。最愛は、
「あの、『黒い棘』……『死人を生き返らせる研究成果』とやらを!」
叫び、長谷部を構えて─────!
………………
…………
……
衝撃の塊が唸りを上げて虚空を疾駆し、迫り来る。先程までの駆動鎧達には微塵くらいはあった、『急所を外す手加減』を一切感じられない乱射が。
一応、物理無効のショゴスを纏う嚆矢にも鉄壁の『
『やはり埒が開かぬか……
「ッ……!」
指揮官機の詠唱と共に、瘴気を孕む風が何処からともなく吹き抜けた。骨の髄まで染みるような怖気に、思わず背筋が震える。
見れば、衝撃砲を乱射しながら、ゆらゆらと覚束無い足取りの二機。その背後に────最近見た、忌まわしい『異形』共が浮かんでいた。
『『
「ちょ……今度は超生物兵器ですか? 次から次に、超面倒臭い」
「ハッ────似たようなモン……じゃねェの?」
バケツくらいのサイズの『銀色の筒』を携えた、その二体の異形。蜂じみた姿形の、『ミ=ゴ』と呼ばれた化け物が。無論、『埒外の化け物』だ等とは口が裂けても言わない。正気を疑われるだけだ。
その二体が、バリバリと鋭い鈎爪で『黒い棘』に開けられた駆動鎧の穴を抉り、内部へと潜り込んでいく。運良く、向こう側の出来事。此方側からは、詳細は見えずに済んだ。
『さて! 猫の君、君は覚えているかね? この施設に来る前に相手にした、あの二人の
「……成る程、アレもテメェの差し金か。周到なこった、どっちが化けモンなんだか」
直ぐに思い至る、あの長点上機学園の制服の女学生二人。死人としか見えなかったあの姿が……目の前の二機と被る。否、被るなどと。全く同質だ。
『ハッハ! いやいや、確かに私は化け物だが────君ほどではないさ!』
そして、快哉する指揮官機が“黒い雌鳥”から一際鋭利な長い棘を……鎌状の刃を穂先両側備えた、黒曜石じみた妖しい色彩を放つ『十文字槍』を抜き出すと共に、肉質の裂ける音が止んだ後。二機の駆動鎧は、ゆっくりと腕を差し向け────
「チッ──! 気を付けろ最愛、何かしらの
「はっ?
名前で言うが早いか、最愛を抱えるように跳ね飛ぶ。『
その判断は、誤り無く。つい今まで居た空間を、大気を引き裂く竜巻と金属すら腐食させる酸の霧が薙いだ。恐らくは『
──やっぱり、か。どんなトリックかは知らねェが、あの化け物は……俺達学生みたく『
しかも、どれも
加えて、どちらも『物理的に破壊できない遠距離用』の類いを。恐らくは、狙って持ち出した能力だろう。最愛の『窒素装甲』を破る為の『空力使い』、嚆矢の長谷部を破壊する為の『表層融解』。的確すぎる程、敵将の采配は的を得ていた。
それに、嚆矢にはまだ懸念がある。以前相手にした時、あの二人の死人は『一人で二つの能力』を有していたのだ。つまり、最低でも相手は、まだ
《ふむ……大した慧眼よ。まるで、武田の山本勘助じゃ。あ奴と信玄には手を焼かされたものよ》
(日本史のご教授どうも、で、対策は?)
脳内に、薄く笑いながら語り掛けてくる魔王の意識に反駁する。それを受け、歴戦の武士は。
《勝てぬなら、死ぬまで待とう、ホトトギス》
(死ねうつけ、明智裏切る、本能寺!)
《ちょ、貴様、幾らなんでも酷くない?! 魔王に敬い、足りてなくない? ばーい、字余り》
「ムッかつくわー、コイツ!」
物凄い天運任せだった。いや、確かに長篠の勝利は信玄死後の息子・勝頼の時代だったらしいが。否、心底日本史はいい。今はなんとしても、生き残らねばならないのだから。
「どうでも良いんですけど、超いい加減下ろせってンですよ!」
「ッと……悪ィ。後、重ねて悪ィンだけど────あの
わたわたと暴れる、小脇に抱えていた最愛を開放する。流石に、人一人を抱えながら闘えはしない。悪いが、自分の身くらいは自分で守って貰おう。
そう判断し、最愛には悪いが周囲で煩い警備ロボットを片付けて貰おうと────
「……超巫山戯てンじゃねェです、何様のつもりで、私に超命令してやがンですか!」
だが、聞く耳等無いとばかりに最愛が駆けた。途中に在る、彼女よりも遥かに大きな金属製の実験器具庫を、片腕で三機に目掛けて投げ付けて。
「チッ……待て、最愛────ヤバいンだよ、ソイツは!」
その制止が響くより早く、『空力使い』により器具庫が空中で停まる。やがて『表層融解』に融かされ……風に撒き散らされて、跡形もなく消え果てる。
「
その隙を縫い、指揮官機に肉薄した最愛。真後ろまで引いた右手に厚い窒素の塊を纏い、駆動鎧ですらも打ち壊し得るだけの力を集中し────
『────
「なっ────?!」
烈帛の一撃を受けた槍が、『流れる』ように動き────柄の石突付近で、最愛の足を打ち払う。『
駆動鎧の膂力に自らの力を上乗せされ、さしもの『窒素装甲』も効果を破られる。脚が払われれば、後は
そして、叩き付けられてしまえば──後は、為す術がない。正しく、まな板の上の鯉だ。
『────“
「くっ────!?」
『窒素装甲』により、防御を試みる最愛。しかし、駆動鎧の『空力使い』により辺りの大気の組成が組み替えられている。
低所に
『
黒い十文字槍が降り墜つ事にすら、まだ気付かず────!
「────『
下段
『良い腕だ、小僧! 新陰流、かの大流派とこんなところで相見えるとはな!』
「そりゃあ、此方の台詞だ……槍使いの信徒! 破戒僧が!」
『ハハ、如何にも! 分かるか、やはり!』
峰を押す事で鍔迫り合いの必勝を期す『
「けほっ……ジャーヴィス……」
「さぁ、立て。闘えるな? 頼むよ」
立ち上がらせ、呼吸を取り戻させた最愛を庇い立つ。入り口からは正反対の壁際、そこに追い込まれて。
「協力しなきゃ、斬り抜けられねェ。ゴメンだぜ、歩く死体の仲間入りは」
「私も超ゴメンです……分かりました。ここは、超協力しましょう」
何とか協力を取り付ける。それだけの為に一度死にかけるとは、自らの事ながら情けない。もう少し魅力とかカリスマとか在れば、と。
「後、返ったら超反省会ですから」
「オーライ、じゃあまた『ダァク・ブラザァフッヅ』で奢るぜ」
「その言葉、超忘れンじゃねーですよ!」
警備ロボットに躍り掛かっていく最愛を見送り、長谷部を構え直す。正調上段、『
だが、不利は明白だ。何故ならば……敵の得物。それが、いっそ清々しいくらいに『流派名』を物語っている。
『
「…………」
やはりかと、溜め息の出そうな流派。『宝蔵院流』。かの胤栄を始祖に持つ、槍における最強の一派だ。
しかも、免許。間違いなく、腕を買われて学園都市に来たのだろう。
「……我流門弟、正体など
古式ゆかしく名乗りを上げた敵に返った応えは、そんな不躾。それでも、判り易いくらいに敵は歓喜を表して。
『一向に結構。
「っ……グッ?!」
その寸暇に、無音の絶叫と共に一ノ槍が繰り出された。目線に合わせられ、長さすら判別不可能だった槍が延びるかのように、身体その物を乗せた突き『
『物理無効』のショゴスを易々と突き破り、背後の壁を突き通した槍に反撃すら儘ならない。そもそも此方の
その槍の、石突近くを持つ敵の体が流れる。左の此方側に身体を開くように。寒気に、身体を────平伏すように沈み混ませた頭上を、壁を切り裂きながら広範囲を凪ぎ払う『
大きく体勢を崩した敵、今なら届く。この刃を────撃ち込める?
《焦るな、たわけめ!
「クッ……!」
“
『やはり
「ソイツは……どうも……!」
『だが、それでも……我が“神”の御力の前には無意味』
三メートルも吹き飛ばされ、無様に着地しながら。禍々しい穂先に抉られた左胸の胸筋、その疼きを味わいながら。
『この“
ヒュン、と風を斬る鋭利な穂先。嚆矢の血を纏い、歓喜するように艶めいて見える。どうやら『賢人バルザイの偃月刀』と同じく、この世の道理に収まらないものらしい。ショゴスを貫けるのもその為か。
何より、疼く。悪質なまでに傷が。そして気付く、あの槍の真価。
「……毒、か。しかも、猛毒」
《うむ……解毒は済ませたが、あれは不味いのう。ぐらーき……
『
では、この仕事もまた、魔術がらみ。失敗する危険性は高い。そもそも前回は一対二だったが、今回は……不味いほどに寡勢だ。
離れた位置では、警備ロボットを半減させた最愛が二機の駆動鎧を相手にしている。しかしやはり、向こうも多勢に無勢でかなりの苦戦を強いられている。
せめて、フレンダが居てくれればまだやりようもあったが。そこは自業自得、無い物
──そうだ。俺は……化け物だとしても、対馬嚆矢。それ以上でも以下でもない……!
歯を喰い縛り、全身で気を取り直す。何とか回復した身体を、全霊で立て直す。まだだ、まだ闘える。死ぬまで、闘い抜く。闘わねば。
せめて、この指揮官機だけでも討てば……最愛が逃げるだけの時間は稼げる筈。その程度の事はやらねば……
「
構える。馬鹿の一つ覚えの『
『良い気概だ……ならば、武芸者として応えねばな!』
対するは、『
「『────…………」』
じり、と。牽制を交わし合う。共に狙うものが反撃である以上、先に動いた者が負けるのは明白。武芸者同士の闘いなど、単純明快。だからこその、雑じり気無しの純粋な実力勝負。
懸念は、ただ一つ。
《だが、先に手を出せば此方の負け……いやはや、
(……愉しそうだな、アンタ。此方は命懸けだぞ?)
背後では、“悪心影”が嘲笑っている。耳障りな声色で、耳ではなく魂を震わせて。心底、嚆矢の窮状を嘲笑している。嘲弄している。
本来ならば、向ける意識ですらも隙であろう。しかし、その不快に従って言葉を返せば。
《は? 勝負が命懸けなぞ当たり前じゃろうて? 武を競う、覇を争うとはそういうものじゃ。他に何がある?》
(……そうか、アンタは……)
『命の価値などその程度』とされた時代の、本物の『武者』にして『魔王』だった事。それを思い知らされた。
《しかし、勝ち目なら在る。それは、ただ一つのみ……単純明快》
耳許で、熱い唇が蠢いている。氷点下の舌で、舐め刷りながら。
《
「────…………」
その言葉。嘘偽りの無い、真実。導くように、『這い寄る混沌』の一つはそう、口にした。
「ハ」
だから、こそ。
「────
一歩を踏み出す。それは、
『馬鹿が────自らを疑い、勝利を捨てるなど!』
「────!」
槍使いに指摘されるまでもない、それは同じ武芸者ならば誰もが解る『己の力への不信』であり────
《……
“悪心影”の
『終わりだ────小僧!!』
投げ槍の如く放たれながら突き出された、致命傷を狙う一ノ槍。心の臓を、貫くべく。
《
《“人間五十年……下天の内を競ぶれば、
吠える声と共に長谷部が十文字槍の鎌に捕まりながら、その鎌を斬り裂く。長谷部の異能、『信じる物を破壊する』効果で。だが、それは刃にのみ。
槍技、『
『宝蔵院流────“
繰り出した『大乱』から更に『応無手突』、その繰り返しからなる『指南免許』の槍理。それを後ろに下がりながら、躱せる筈もなく受けて。
《“
振るわれた刃に割かれて迸る血飛沫、天井まで届いて。
「────“
《────“滅せぬものの、在るべきか”》
槍の柄による打撃に、右の肋を全てへし折られながらも、嚆矢は降り下ろしよりも速い下段からの摺り上げにて……槍術使いを斬り伏せたのだった。
『カ、ハッ…………見事よ。いや、我が信念こそが……我が弱さであったか……』
倒れる事もなく、槍術使いは快哉を返す。それは、さながら正気に還ったようでもあり。
『……第七区、七十七番放水施設……そこに、奴は居る……頼む、ぞ……』
その言葉を残し、息絶える。死人の効果も、信念有ればこそ。ただ、残るのは信を断たれた死骸であり。
「…………クソッタレが」
ただ唯一、苦く後を引く卑怯な、苦しい勝利の味だけであった。