Shangri-La...   作:ドラケン

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七月二十九日・夜:『竜王の殺息』

 

 

 目の前に迫る灼熱の巨人を従えた魔術士と、背後から迫る日本刀を携えた聖人。どちらも確実な致死傷を(もたら)して余りある、十字教の(ともがら)の。

 刃金を纏う鎧武者は、その狭間にて────悠然と、腕を組んで跳躍する。目前の焔の巨人(イノケンティウス)に向けて。

 飛び越す事は、この狭所では不可能。では、何故か。()()()()()()()()()をするのか。

 

 

裏柳生新影流兵法(ウラヤギュウシンカゲリュウヒョウホウ)────》

「ッ────?!」

 

 

 繰り出されたのは、蹴り。しかし、焔の巨人が前に立ちはだかるステイルには届きようもない。故に、赤髪の魔術士は勝利を確信して嘲笑うのみ。己がこれを防ぎ、火織が止めを刺して終わり。それだけだ。

 あんなもの、届きようもない────()()()()()()()、だが。

 

 

呵呵(かっか)────空間転移(でぃめんしょん)正転(ぽじ)!》

「が────ハッ?!!」

 

 

 その土手腹(どてっぱら)に、具足を纏う強靭な足が叩き込まれた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が。

 

 

「ステイル────!」

 

 

 裏柳生“如意輪剣(ニョイリンケン)”の勢いにステイルの巨体が吹き飛ばされ、踊り場から投げ出されて闇の中に消えていくのを火織は見た。だが、一度発動した“魔女狩りの王(イノケンティウス)”は消える事無く。

 

 

挟箱(こんてな)を開くぞ────使えぃ!》

(────拝領!)

 

 

 嚆矢は右側の、蛇腹状畳まれている一部が展開された背の挟箱より掴み出した古めかしい火縄銃を────先端に棒火矢を備えた『國友筒(クニトモヅツ)』を巨人に向けて、銃爪(トリガー)を引く。

 

 

焙烙火矢(ホウロクビヤ)────震天雷(シンテンライ)!》

 

 

 射出された棒火矢はイノケンティウスに突き刺さるや、耳を(つんざ)く轟音を轟かせながら炸裂、イノケンティウスを構成していた焔と共に霰弾を撒き散らした。足下のルーンカードを、ズタズタに引き裂きながら。

 

 

 だが、既に再生を開始している。如何に霰弾を撒いたとは言え、百パーセントは望めない。嚆矢の『確率使い(エンカウンター)』は、一から九十九までしか操れない。最後の一パーセント、その分のルーンカードがまだ残っている。

 ならば、イノケンティウスはただステイルの最後の命令を────『()()()()()()()()()()』を果たす為だけに。蹴りと銃撃の反動を利用して、空中で宙返りした鎧武者を討つ為に再び立ち上がる。

 

 

 絶対数を減らしたルーンカードの為に、崩かかりながら立ち上がろうと。

 

 

(行くぞ、“悪心影(あくしんかげ)”────合当理(がったり)を吹かせ!)

(おう)よ────最大出力じゃ!》

 

 

 その背中の、螻蛄の前肢を模した六対の偏向板付きの双発火箭(ツイン・スラスター)を吹かす。低い駆動音は、しかし直ぐに最大出力に達して爆音と排煙、爆風を撒き散らしながら────霰弾でも残ったルーンカードを吹き飛ばして、今度こそイノケンティウスを霧散させた。

 そしてその勢いは、前に進む力へと。即ち、腰部の

逆進翼の母衣(つばさ)を巧みに操作して、螺旋回転(バレルロール)で反転攻勢を火織へと仕掛ける。

 

 

《────“神明剣(シンミョウケン)”!》

「くっ────!」

 

 

 先んじて、火織が『刀』を振るう。投げ付けられた『國友筒』を、“七閃(ななせん)”にて細切れにして。

 そんな神業、それすらも取り返しがたい隙となるのが────実戦だ。その火縄銃の背後から、武者は迫る。それが裏柳生の“神明剣(シンミョウケン)”。

 

 

《勝負、あったな》

「っ……柳生の……!」

《抵抗は無駄だ、へし折るぞ》

 

 

 目前に着地し、“七天七刀(シチテンシチトウ)”を握る火織の右手首を握り止めた嚆矢。先に言った通り、力ならば嚆矢の方が上。そして、テクニックとスピードを殺されてしまえば火織には為す術もない。

 加えて、その技法は“裏柳生新影流兵法(ウラヤギュウシンカゲリュウヒョウホウ)小太刀崩(コダチクズ)し”。本来は相手の脇差しを利用して体勢を崩し、居合を使えなくする技。その崩しとして、火織の右手を封じて居合を阻む。

 

 

《知ってるかもしれねェが、柳生には左手一本の居合もある。諦めろ》

「…………諦めろ、ですか。今まで私達がどんな思いをしながら、こんな事を続けてきたかも知らない貴方が、それを言いますか」

《聞く気はない、興味もない。魔術士────お前達は、殺す》

 

 

 “明身(アケミ)”を知るのか、目を閉じた火織はふう、と一つ息を吐いた。その間も、嚆矢は一切たりとも力を緩めない。

 何しろ、気を緩めれば振り払われそうな腕力だ。その慮外の強力には、ただ舌を巻かされる。

 

 

 そして、火織はゆっくりと瞼を開く。魅了されそうな美貌で、それはまさに刀の如き美しさで。

 

 

「余り、『聖人』を舐めない事ですね────吸血魔術士(シュトリゴン)!」

 

 

 その左手、鞘を握っていた左手が鞘を抜き放ちながら投げ捨てた。それとほぼ同時に、嚆矢の右手の指と手首、肘に鋭い痛みが走る。

 走ると同時に、反り返る。それで漸く、今まで苦渋を舐めさせられていた“七閃(ななせん)”の正体を知る。

 

 

《糸────(いや)綱糸(ワイヤー)か!》

「如何にも────我が『天草式十字凄教(あまくさしきじゅうじせいきょう)』の秘伝たる、左文字派の逸品」

 

 

 指と手首、肘に深く食い込んだ────ピアノ線の如き刃。言葉が真実なら、名工の作であり納得の切れ味の綱糸を。

 火織の左手に操作された綱糸、それ故にか食い込むだけだったが……拘束を解くには十分過ぎた刃。そんな神業、それにより致命的な隙を産み出して。

 

 

「────“唯閃(ゆいせん)”!」

 

 

 放たれるは、彼女の切り札。莫大な魔力を纏う一撃は、過たず嚆矢の胴を抜き打ちに狙い────!

 

 

柳生新影流兵法(ヤギュウシンカゲリュウヒョウホウ)────“山月(サンゲツ)”》

「…………!?」

 

 

 背後に走り抜けた嚆矢の手に、白刃取りにより掴み取られていた。

 

 

「……そう、ですか。私の右腕を掴んでいたのは、()()()()()()()()()()()ため……握力を奪うため、でしたか」

《如何にも。力なら俺が上、ならばそれを生かせる“山月(サンゲツ)”を成功させる為には、それが一番》

 

 

 七天七刀を握り直し、振り返る。無造作に、その長い刃を火織の首筋に当てて。

 敗北を悟り、悔しげに俯いた火織は────

 

 

「ならば、助けてください。貴方があの娘を……インデックスを」

《……………………》

「貴方ほどの魔導師であれば、それも出来るかもしれません……ですから、どうか。私の命の代わりに」

《知らねェよ。テメェらの願いなんて、叶える義理もない。だが……その命をかけると言う言葉に偽りがないなら》

 

 

 その刃を、無造作に振り抜いて────壁面に、七天七刀を抉り込ませた。火織の首を払った、勢いのままに。

 

 

《……………………》

「……………………」

 

 

 真っ直ぐに此方を睨み付ける美貌は、一欠片すらも怯む事もなく。心弱き者であれば、直視するだけでも狂死しかねない“悪心影(あくしんかげ)”の燃え立つ眼差しを見詰めていて。

 

 

《……ハッ、大したもんだ。そんな覚悟があるなら、なんでテメェで救わねェ》

「それが出来るなら、始めからやっています。問題は、あの娘の記憶容量が持たずに生命活動を圧迫すると言う単純な事……いくら魔術でも、どうしようもない」

《はいはい、諦めの良いこって。さぞかし、アンタらを使ってる奴からしたら使いやすい駒だろうな》

 

 

 空間転移により、火織を斬る事なく振り抜かれた七天七刀を手放す。そのまま、火織を押し退けて脇を通り抜ける。

 

 

《第一、『記憶と生命活動』は使ってる脳の分野が別だろ。学園都市の人間で、マトモに勉強してる奴なら誰でも知ってる》

「え──し、しかし、最大主教は確かに」

《ソイツがどれだけの魔術師かは知らねェが、此方は脳味噌を弄くるのが専門の、クソッタレにも程がある科学の最前(いやさき)。それに────()()()だ、間違いねェよ》

 

 

 言葉に、思考を停止したかのようにフリーズした彼女の後ろの一室を目指して。“唯閃(ゆいせん)”を受け止めた事でズタボロになっている両掌を修復しながら。

 前方の踊り場に満身創痍を押して這い上がってきていた、荒い息を吐いているステイルを一瞥し、興味なしに無視して。

 

 

「待ちなさい……殺すのでは、なかったのですか?」

《…………殺しただろ、こんなド素人の魔術使いに二人がかりで負けた一線級の魔術士なんて────死んだも同然じゃねェか》

 

 

 思い出したかのような火織の問い、『浅瀬の四枝(アトゴウラ)』の誓いを。それに、振り向く事なく。『陣を敷いた者は敗北せず、陣を見た者は撤退せず』に、終わったこの戦場に背を向けて。

 嚆矢は、インデックスと当麻の居る小萌の部屋を目指して────

 

 

《嚆矢────高熱源反応、その部屋じゃ!》

(何────?)

《まだ、高まっておる…………いかん、来るぞ!》

 

 

 今し、ドアノブを回そうとした瞬間の“悪心影(あくしんかげ)”の悲鳴じみた言葉に、空間を軋ませる程の魔力の昂りを感じ取り。

 

 

《チッ────神裂!》

「くっ────!」

 

 

 その射線から逃れるべく、火織を抱えて後ろに跳ね退いた。まさにその刹那、壁ごとその空間が消し飛ばされる。

 ()()()()()()()()()、それすらも貫いて。

 

 

『警告────“首輪”の全結界の貫通を確認しました。“自動書記(ヨハネのペン)”を起動……』

 

 

 それを成した無機質で機械じみた抑揚のない声の、宙に浮かぶ白い娘────

 

 

『魔法名“Dedicatus 545 (献身的な子羊は強者の知識を守る)”は、十万三千冊の『書庫』の保護のために侵入者の迎撃を優先します』

 

 

 瞳に鮮血の如き赤色の魔法陣を(みなぎ)らせながら、周囲の空間を漆黒に染めるほどに壮絶な魔力を昂らせた『禁書目録』が、その姿を現した。

 

 

………………

…………

……

 

 

 景色が歪む、魂が軋む。その姿、その気配。それは地底の洞穴で、地底の貯水施設で感じたものと同じ────恐怖と狂気、人を壊す圧力。それもその筈、魔導書とは()()()()()()()を謳ったものだ。

 それが、あの少女から。あの無垢そのものだった筈の、守りたいと願った者から。

 

 

 苛立たしげに舌を打つ。火織を肩に担いで飛び出した夜空に、双発の合当理(がったり)の爆音を響かせて。逆進翼の母衣(つばさ)の尖端に雲を引きながら騎航しつつ、ステイルの隣に着地した。

 

 

「そんな……あの娘が、魔術を使えるわけが」

《早速、齟齬が出たな……どうすんだ、アンタら?》

「どう……って?」

《好きなだけまごついてろよ、俺は行くぜ》

 

 

 火織を下ろして、嚆矢はさっさと吹き飛んだ扉の方へ。即ち、異形の気配を身に纏うインデックスの居る小萌の部屋へと。

 既にドアは吹き飛ばされている、それに魔術的な遮断を吹き飛ばすような威力の技だ。様子見などしている間に吹き飛ばされるのが関の山、ならばと即座に飛び出して機先を制する事を選択して。

 

 

『警告────第三章、第三節。対侵入者用の特定魔術(ローカルウェポン)、“(セント)ジョージの聖域”を起動します』

 

 

 嵐が吹き荒れているかのような室内で、その目に映る異質。二日前の“屍毒の神(グラーキ)”と似た瘴気を発する、インデックスと相対する────

 

 

「────っかは!?」

《────うおっ!》

 

 

 ……気が満々だった嚆矢に吹き飛ばされてきた当麻がぶつかり、受け止められた。

 面具に保護されている嚆矢の顔面はほぼノーダメージだったが、そこに強かに後頭部を打ち付けた当麻は、その『右手』で頭を(さす)って。

 

 

《おい……今、どうなってる?》

「っつう……え、アンタは?」

《お前の命の恩人だよ、二回目のな!》

 

 

 更に、押し寄せてくる凄まじいまでの衝撃の余波。魔術・物理問わずにあらゆる干渉を跳ね除ける衝撃波を放つ魔術“我に触れぬ(ノリ・メ・タンゲレ)”の巻き起こした、爆轟の余波が吹き付ける。

 

 

「訳が分かんねぇよ! けど、取り合えずインデックスの関係者だってのは分かった、アンタも“必要悪の教会(ネセサリウス)”の魔術師か!」

《いいや────只の魔術使いだ……よォッ!》

 

 

 余りやりたくなかったが当麻を抱きすくめるようにして、肩部装甲板より発する次元挿入によりそれを無力化────出来ずにマトモに受け、損傷させられながら。

 

 

《大したものよ……次元の障壁を、ものともせんとはの。耶蘇(やそ)会の宣教師め》

(チッ──損傷状況は?)

呵呵呵(かっかっか)、この(わらわ)の大鎧を侮るでない。日ノ本一の日緋色金(ヒヒイロカネ)が最高純度たる“青生生魂(アボイタカラ)”と、南蛮一の輝彩甲鉄(おりはるこん)の合金製じゃぞ? 至って軽微、問題なしじゃ!》

(お前はさっきの“魔女狩りの王(イノケンティウス)”の時の……ええい、何はともあれ上等!)

 

 

 それでも、その強靭な装甲は痕が出来たのみで揺るがない。その事実だけで十分だとして、割り切る事にして。

 

 

「魔術使い……アンタが、『こーじ』か?」

《確かにそうだがお前、年下が呼び捨てに────》

「だったら話は早い、頼む……手伝ってくれ! インデックスの記憶を消去する必要なんてない……アイツはきっと、魔術で()()()()()()()()んだ。だから────!」

 

 

 損傷の修復をショゴスに任せ、残り少ない生命力を削りながら。眼前の脅威にのみ、集中する。

 そうしなければ、最早生き残れまい。否、それでも生き残れるかどうかは賭けだろう。

 

 

『更なる侵入者を認識────しかし、問題なし。どれ程の材質で、どれ程の厚さの装甲を備えようとも────』

《チッ────おい、上条! 邪魔だから退いてろ!》

「聞いてくれ! あの魔法陣の奥、あそこに居る奴を────!」

 

 

 故に最後まで言葉を聞かず、邪魔になる当麻を脇に退かして両肩部装甲を前に向ける。独立しているその発振器を、前に佇む脅威へと。インデックスの眼前に展開された二つの魔法陣、空間の軋みによる煌めき。形を得た魔力の結晶、寒気がする程に高純度の。

 嗚呼、確かに()()。あの魔法陣の向こうに、何か酷く残酷で悪辣なモノが。その重なった隙間、そこに位置する彼女の唇が開かれ────

 

 

『“竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)”の前には無意味──────』

《クッ──────?!》

 

 

 放たれた極彩色の、光の波。打ち付けるように、貫くように。挿入された次元の障壁は、実に先程の二倍どころか四倍。

 だと言うのに────あっという間に発振器が悲鳴を上げる。余りの圧力に装甲が軋み(ヒビ)割れ、蹈鞴(たたら)を踏んだ脚から吹き飛ばされそうになる。辛うじて逸らしている“竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)”の、その余波だけで全身の装甲材が表面から蒸散していく。

 

 

《ぬぅ……なんたる、おのれ!》

 

 

 さしもの“悪心影(あくしんかげ)”すら、余裕をかなぐり捨てている。もう、後十秒も持たずに加護は貫かれるだろう。

 十字教の“(セント)ジョージ”の竜退治に謳われる竜の吐息。生粋の聖人の、伝承の名を冠する一撃だ。たかだか神鉄で鍛造()たれた装甲程度に、耐え得る筈もない。

 

 

(ッ……クソッタレ……!)

 

 

 そんな殺息から、逃れる事も出来ない。逃げれば、()()()()()()()()()()()()()()()()。どうしても、このままではそうなる。

 錯覚であるのは分かるが、あの虚空に浮かぶ月にまで。或いは、届くやも知れぬと思わせられる程の魔力の奔流だ。

 

 

 だと言うのに、勝算が立たない────否、道は一つ在る。今までそうして生きてきた。その為の装備ならば、この腰に佩いている一振りでも十分。

 そう────()()()()()()()()()()、被害は彼女一人で済む────

 

 

「────だから、聞けよ!」

《────?!》

 

 

 その光の奔流を、上条当麻が防ぐ。生身で、『右手一本』で。この神鉄の装甲を飴細工のように融かす聖ジョージの竜王の殺息、それすらも“幻想殺し(イマジンブレイカー)”は打ち消している。

 

 

「っ……あの化け物をブッ飛ばせば、インデックスを()()()()()! 記憶を消す必要なんて無いんだ、だから!」

《ッ…………!》

 

 

 だが、如何に“幻想殺し(イマジンブレイカー)”と言えども問答無用と言う訳ではないらしい。光の奔流が吹き付ける度、吹き飛ばされそうになりながら。それでも一歩も引かず、上条当麻は叫ぶ。

 

 

「手を、伸ばせよ……後少しで、インデックスを助けられるんだ!」

《…………》

「「…………!」」

 

 

 それはきっと、片膝を突いて喘ぐ嚆矢だけではなく。呆気に取られたままの、ステイルと火織に向けても。あれだけの暴力に晒されて尚、諦めない。その後ろ姿に、()()()()()()も視野に入れた己が酷く惨めに映り。

 聖ジョージの竜王の殺息はそれすらも呑み込もうと迫り続けて────

 

 

「────“Salvare 000(救われぬ者に救いの手を)”!」

 

 

 先ず、突出したのは火織。七天七刀からの“七閃(ななせん)”が畳を斬り、インデックスの足場を崩す。それにより、“竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)”は遥か上空に向けて射線が逸れた。

 夜空を、どこまでも高く昇っていく一条の光。それは一種、幻想的なまでに美しく。破壊された屋根から覗く暗闇から、光る羽が降り落ちる。余りに場違いな、まるで天使の羽根から落ちたかのような羽が。

 

 

「それに触らないで下さい────“竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)”の余波ですが、それだけでも十分に危険です!」

 

 

 言われるまでもない、あんな異質。異物。しかし、厄介な事にそれは多数。当麻も、それの為にインデックスに近付けない。故に火織は、七天七刀と鋼糸でそれを打ち払う。

 

 

『新たな敵兵を確認────戦闘思考を変更、戦場を再検索……現状、上条当麻の破壊を優先します』

《させねェよ────間怠っこしい、翔ぶぞ! 掴まれ、上条!》

「おう! ……って、『翔ぶ』ぅうわあっ!?」

「援護する。行け……能力者ども!」

 

 

 掛け声と共に合当理(がったり)を吹かし、嚆矢は当麻の『左手』を掴んで騎航する。降り落ちる光の羽を右肩部発振器からの次元の挿入で、寝そべったままの姿でインデックスが二つの魔法陣から放った魔力の弾丸をステイルの『魔女狩りの王(イノケンティウス)』が受け止めている隙にすり抜ける。

 本来、騎航した状態ならばこの距離では二秒と掛かるまい。しかし狭すぎて母衣を使えない以上は速力(あし)機動(こし)も鈍り、その二秒が限りなく長い。限りなく、遠い。

 

 

『敵の正体を逆算────クトゥルフ神話、“這い寄る混沌”と認識。排除実行、死霊術書(ネクロノミコン)より当該項目を抜粋。飢える(イア)飢える(イア)魚座の口端(フォーマルハウト)────“命ある恒星(クトゥグア)”』

『────ぐwhるァァァawlァァァァuhnァァァ!』

 

 

 加えて────彼女の二つの魔法陣、その堅固な結界に阻まれて。更に“我に触れぬ(ノリ・メ・タンゲレ)”の残滓に跳ね返される。

 そして響いた人外の発声器官用の詠唱に導かれて、魔法陣から這い出た焔の塊が────六足に三つ首の、肉食獣じみた異形の姿となり。

 

 

(“命ある恒星(クトゥグア)”────?)

《あ、やべ》

 

 

 その刃金に食らい付き、焼き尽くそうと迫る。正に命があるが如く、躱しても躱しても追い縋りながら。

 すれ違い様の抜き打ち、顔面から尻までを深々と斬り抜けて。

 

 

《いかん、“命ある恒星の眷属(みにおんず・おぶ・くとぅぐあ)”じゃ……あれは不味い、相性的に勝てん》

(早速かよ! “神魔覆滅(バランスブレイカー)”はどうした!)

《無茶を言うでない。あれは、『実体を得た、この世の外側の力』を問答無用で滅する力……『元からこの世のモノで再現した偽物』には効果はないわ》

(使えねェなァ、オイ────グッ?!)

 

 

 要するに、一般的に『紛い物であると周知されているモノ』として呼び出された『似ているだけのモノ』には効果はない、と。

 その言葉通り、“命ある焔(ミニオンズ・オブ・クトゥグア)”は既に再生を果たしている。その物質の第四形態たるプラズマの体の尾で、合当理(がったり)に損傷を与えて騎航不能とした。

 

 

「っく……こーじ、だっけ?! 俺の“幻想殺し(イマジンブレイカー)”なら、あの結界も打ち消せる! だから真っ直ぐインデックスの所に!」

《だから年下の、しかも男がァ……チッ、それもそォだな────任せたぜ、マグヌスッ!》

「って────またかよ?!」

 

 

 インデックスまで後五歩の位置に着地し、その言葉に従い────当麻をインデックスの方に投げ飛ばして、ステイルに任せて。

 

 

《コイツは俺が殺る、さっさとあの眠り姫の目を醒ましてやれよ、王子様がた?》

「頼まれるまでもない。あの娘を救う為なら……何であれ、壊す!」

「イテテ……不幸だ────何て言ってる場合じゃないか!」

 

 

 “魔女狩りの王(イノケンティウス)”に守られて進む、上条当麻、あれならば届く、心配はない。問題なのは、むしろ此方か。真っ直ぐに背後を睨む。焔の獣は、そこに。

 在りもしない表情が、嘲笑に歪んで見えて。燃え盛るように、嘲笑って────

 

 

『────ぐ w h る ァ ァ ァ a w l ァ ァ ァ ァ u h n ァ ァ ァ !』

《ッッ…………!?》

 

 

 目にも留まらぬ速さで伸長した前肢一本、まるで紅炎(プロミネンス)の如く。その灼けた鈎爪の一撃に────最も厚い筈の胸部装甲が、易々と熔断、燃焼、焼却されて。

 裏柳生新影流兵法の回避術理“肋一寸(アバライッスン)”にて、辛うじて命を拾う。

 

 

──そりゃ、解ってはいた事だがよ……やっぱり俺に“英雄(ヒーロー)”なんて、荷が勝ち過ぎてたか。

 

 

 余りに無力。何たる脆弱、矮小。目の前の怪物に対して、成す術すらあるまい。“魔女狩りの王(イノケンティウス)”のように明確な弱点も見当たらない、対抗策の一つすらも浮かぶ事はなく。

 或いは、それが断罪か。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()────何を今更、その血塗れの両手で。今更何を、救うなどと思い上がるか。

 

 

《ふむ……では、諦めるか?》

(……………………)

 

 

 損傷した胸元から零れ落ちた懐中時計、そこに内蔵された赤黒い宝石“輝く捩れ双角錐(シャイニング=トラペゾヘドロン)”を握り締めて。

 “悪心影(あくしんかげ)”の声に、応える事もせず。

 

 

『じゃあ、こうじは何をするの?』

『じゃあ、コウジは何をしたい?』

 

 

 ならば、どうするか。一体、対馬嚆矢は()()()()()()。一体、対馬嚆矢は()()()()()()()

 虚空に浮かぶ月の、地球からは見る事の能わぬ“月裏の虚海(ディラックの海)”よりの声が語り掛ける。何かを期待するように、情熱と冷静の狭間で。

 

 

──俺は……

 

 

 問い掛けた声が、二つ。視界の端に、黒金と白銀の姿がちらつく。有り得ない事だ、()()()()()()()()()()()()()()()()に。

 ()()()()睥睨するショゴスの眼差しの()()()()()()()()()()など。

 

 

『……てけり……り』

 

 

 瞬間、損耗過多に装甲を維持できなくなったショゴスが解けて影に沈んでいく。破壊される前に、退避したのだろう。

 後に残るのは、天魔(あま)色の髪に生まれつきの“蜂蜜酒色瞳(おうごんどう)”を持つ────打刀と脇差しを佩いた、浅く日焼けした少年のみ。

 

 

 自嘲と共に胸ポケットに忍ばせた煙草を(くわ)える。丁度、最後の一本。そして気の利いた事に、火ならば目の前で轟々と燃え盛っている。触れれば、一瞬で消し炭すら残らない勢いで。

 そもそも、既に死に体。連戦と、鎧に魔術行使による魔力……即ち、生命力の多量な消耗。体温すら保てているかどうか。

 

 

「俺は、約束を果たす。『また会う』って、インデックス(彼女)と約束したからな……その為には、あの娘を────助ける! 助けた上で、生き残る!」

 

 

 それでも、そんな何の変哲もない日常会話の口約束を。ほとんどの人が忘れてしまうような御為ごかしを、矜持として。精一杯の威勢、精一杯の虚勢を込めて悪辣に(わら)いながら。

 聞こえたのではなく、感じた声は────

 

 

『……うん、だったらいいの。大丈夫よ、()()()()()()()()。わたしが、保証してあげるわ』

『……ふん、だったらいいよ。大丈夫さ、()()()()()()()()。ワタシが、保証してあげるよ』

 

 

 意気を新たに、右手を前に。彼は気付くまい。その背後に立つ、『光芒(こうぼう)』が二つ。『創始(アルケー)』と『終焉(テロス)』の────(きら)めきと(くら)めきが二つ。黒金の光と白銀の闇が、薄紅色と薄蒼色の星雲(ネビュラ)が、二重螺旋を描くように輪舞して。

 

 

 その正体を知るのは、極僅か。盲目の邪神狩りの聖人であるとか、喫茶店店主の方程式の魔人であるとか────或いは彼の背後で嘲笑する、燃え上がる三つの眼差しを向ける影であるとか。窓も出入り口も無いビルの中で、ビーカーに逆さまに浮かぶ黄金の糞虫(スカラベ)であるとか。

 

 

『────ぐ w h る ァ ァ ァ a w l ァ ァ ァ ァ u h n ァ ァ ァ !』

 

 

 振るわれた爪が六つ。前後左右天地の逃げ場を封じて、全周囲から目にも留まらぬ速さで。例え爪を躱せても、大気を焦がす灼熱が命を奪うだろう。

 今度こそ確実に嚆矢の命を灰塵に帰すべく、迫る─────!

 

 

「────遅い」

『ぐぅxjるtiるう?!』

 

 

 しかし、彼は死んでいない。裏柳生の回避術理“(クズ)八重垣(ヤエガキ)”により無傷で、六本の魔爪が掻き破り焼き尽くした筈の空間で。天からの一撃、それで煙草に火を点して。

 薄ら笑いを吹き消した“命ある焔(ミニオンズ・オブ・クトゥグア)”の、鞭じみた尾の一撃すらも寄せ付けない。

 

 

『────ぐ w h る ァ ァ ァ a w l ァ ァ ァ ァ u h n ァ ァ ァ !』

 

 

 見えている。恐らくは彼の背後に立つ『光芒』の正体を見たのだろう、それでも無感情に三つの顎で食らい付こうと迫る炎の塊が。“這い寄る混沌”の住処であった森を焼き払った、旧支配者の眷属が。

 知性の欠片でも持っていれば、抗う意味が無い事にも気づこうと言うのに。憐れなどとは思わないが、同情はした。

 

 

『無駄だよ────ワタシが、コウジには届かせない』

 

 

 その紅炎(プロミネンス)の塊が、凍てついて動きを止める。凍て付き、腐れ落ちる六つの脚と尾、三つの頚を喪って。

 収斂する終焉の具現に、最早再生すら許されず。それでも焔塊は、残った胴体から全周囲に熱を放つ。さながらコロナの如く、大気有る限り燃え続けるだろう。

 

 

『ぐぁぁぁjgnqぁぁぁumあ!』

「黙れ、喚くな────」

 

 

 それは、宇宙の終焉。“ビッグ・クランチ”の闇。虚無への収斂の刹那には、虚空清浄にまで版図を狭める闇と凍気。ならば、届くもの等は有りはしない。この世に在るモノである限り、有り得ない。

 かつて、ヒューペルボリア大陸を滅ぼした絶対零度。『素粒子も含めた全てが動きを止めた状態』である、摂氏(せっし)-273℃。即ち、電子すら停止する物質の崩壊温度。量子力学上の、温度の()()()()。支配者すら駆逐した、その脅威。だが、それすらも“自存する源(■■=■■■)”の前には意味を成さず。今やそれは、かの『元帥』の力の一部。

 

 

 それを成した白銀の右手が────嚆矢の右手と重なって。

 

 

「凍て朽ちろ─────!」

『“絶対零度(アブソリュート=ゼロ)”』

 

 

 時すらも凍える程に白く眩めく銀燐が、世界を染めて─────後には焔塊の断末魔も、塵芥すらも残る事はなく。ただ、嚆矢の吐いた紫煙が漂うのみ。

 

 

 そして何か、まるで硝子が叩き割られたような。澄んだ音が、辺りに響き渡った。

 

 

『警告────“首輪”……の、致命的──損傷を……修復不能──けい──告、警……こ───…………』

 

 

 見れば、当麻の『右手』──“幻想殺し(イマジンブレイカー)”に殴り砕かれて崩れ落ちる二つの魔法陣と、倒れゆくインデックス。そのインデックスを受け止めた、上条当麻。月の光に照らされた、まるで英雄が囚われの姫君を助け出したかのような情景。思わず背中が痒くなる光景だ。

 あの強固な障壁を突き破っただけでも大したものだと言うのに、まさか本当に『向こう側のモノ』をぶっ飛ばすとは。

 

 

 愉快痛快を通り過ぎて、最早恐怖すら感じる『右手』だった。

 

 

「終わった、か────」

 

 

 それを眺め、辟易するように溜め息を。紫煙を虚空に散らした嚆矢、その瞳に────舞い堕ちる光の羽が、“竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)”の余波が。

 ゆらり、ゆらりとその二人に向けて降り堕ちるのを、当麻とインデックスと共に見る。恐らく、それにはステイルも火織も気付いている。だが、嚆矢だけが気付いた。その羽に潜む、確かな悪意。インデックスの魔法陣の奥に居た、『何か』が────

 

 

「悪足掻きをッ────!!」

 

 

 しかし、遠すぎるのだ。今からでは、誰も。当麻の“幻想殺し(イマジンブレイカー)”すらも間に合わない、当たる。インデックスに……否、彼女を庇った上条当麻に。

 では、諦めるか? 否、諦める等と言う選択肢は────()()()()()()

 

 

「奪わせやしねェ、これ以上……」

 

 

 だから────無駄と知りつつも、右手を前に。真っ直ぐに、迷い無く伸ばす────!

 

 

『無駄じゃない────わたしが、こうじには届かせるわ』

 

 

 光の羽……否、そこに潜む悪意が戦意を感じたのか、激しい敵意を向けてくる。しかし、戦意程度に意味など無いと嘲笑う。その『何か』は、嚆矢が間に合わない事を知っているからこそ────悠然と舞い降りていて。

 

 

「何一つ────貴様如きに!」

 

 

 それは宇宙の黎明、“大爆誕(ビッグ・バン)”の光。虚無からの爆発の刹那には、無量無辺にまで版図を拡げる光と熱気。ならば、届かないもの等はありはしない。この世に在るモノで有る限り、有り得ない。

 かつて火星と木星の間に在った惑星をデブリベルトに変えた無限熱量。“ビッグバン”の1プランク時間後の熱量、即ち『プランク温度』。摂氏(せっし)1,420,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000℃────『これ以上の温度は物理的に意味が無い』“絶対熱”。量子力学上の、温度の()()()()。支配者すら存在を許されない、その脅威。だが、それすらも“沸騰する核(■■■■■)”の前には意味を成さず。それは初めから、かの『総帥』の力の一部。

 

 

 それを成した黒金の右手が────嚆矢の右手と重なって。

 

 

「燃え尽きろ─────!」

『“無限熱量(インフィニット=ヒート)”』

 

 

 時すらも燃える程に黒く煌めく金燐が、世界を染めて─────後には。

 

 

「……ッたく、世話ァ掛けさせやがる」

 

 

 裏柳生の長足術(はやがけ)猿飛(サルトビ)”にて肉薄、当麻の頭に当たる筈だった光の羽を握り締めて。拡散する創始の具現に、最早存在自由すら許されずに驚愕に満ちた断末魔を上げる『何か』ごと、焼き潰した嚆矢の姿が。

 棚引く紫煙に包まれて、存在するのみで────

 

 

「アンタ、こーじ……あだっ?! な、何すんだ……痛ってぇ~!」

「こ、こーじ?! 何するの!」

「莫迦が────テメェが傷付いて、その娘が喜ぶかよ! 中途半端すんな、やるんなら最後まで、徹頭徹尾のハッピーエンドにしやがれ! 第一な、第一お前…………」

 

 

 他人の為に己を省みずに投げ出すような莫迦に、割と真面目に力を籠めて。光の羽の代わりに当麻に拳骨を打ち噛ました、そんな自分が酷く気恥ずかしくなって。

 当麻にインデックス、ステイルに火織。此方を見詰める四人の眼差しを誤魔化すように溜め息を吐いた後で、バリバリと『左手』で頭を掻き毟って。

 

 

「……『嚆矢()()』だ、年下野郎。女の子以外の年下に呼び捨てられる覚えはねェ……礼儀くらい弁えろッてンだ」

 

 

 わざとらしくふてぶてしい態度で、チープな悪役のように。吸いきった煙草のフィルターを吐き捨てて、踏み躙ったのだった。

 

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