Shangri-La...   作:ドラケン

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八月一日・夜:『アイテム』

 

 

 第七学区に、そのビルはある。誰もが何の為に在るのか、何が有るのかを知る事もなく。黒一色の外壁、出入り口はおろか窓すらもない異質。異形。だが、誰一人────それを確かめる事はない。

 あってはならないのだ、そんな事は。己の命が惜しければ、そこに集う『闇』を知るべきではない。そう────“金色の夜明け(ゴールデン=ドーン)”を見てしまう事は、生きていく上では必要ないのだから。

 

 

「君が────」

 

 

 その闇の中に、光がある。“黄金の夜明け”が、其処(そこ)に在る。培養液に満たされた巨大なビーカーの中で、カバラ秘術に謳われる“生命の樹(セフィロト)”の如く、逆しまに浮かんで。

 

 

「君がここに来るとは、珍しい事もあるものだね────“時間人間(チク・タク・マン)”?」

 

 

 見下すように見上げながら、白髪の……男にも女にも老人にも若人にも見える、ローブにも囚人服にも見える装束を纏う『見えざる杖を持つ魔術師』は。

 

 

「確かに、確かに。だが、当たり前の事だよ────“学園都市統括理事長(アレイスター=クロウリー)”」

 

 

 まるで鳴り響く大時計塔(ビッグ・ベン)の如き威圧的な重低音の声で、機械のように無表情な白い最高級のスーツの、銀の懐中(ド・マリニーの)時計を見詰める麗しき褐色の青年と相対していて。

 

 

「それで今回は何用かな、相も変わらず一秒の誤差もない(きみ)よ。挨拶ならば以前済ませた筈だ、私も暇ではないのだが?」

「相も変わらず面白い事を言う、今日も明日には死にそうな(きみ)よ。日がな一日、培養液に浮いているのが仕事の君が忙がしいとは」

「これは手厳しい、では暇な私の時間潰しに付き合ってもらえるのかな?」

「時間の浪費は人間どもの悪癖だ、総時間二分で済む。我が目的の為に君の配下を一人、生け贄とする事に決めたと言伝(ことづて)に来ただけだ」

 

 

 悠然と微笑んだ“学園都市統括理事長(アレイスター=クロウリー)”と呼ばれた男の慇懃無礼な問い掛けに、泰然と無表情の“時間人間(チク・タク・マン)”と呼ばれた男の慇懃無礼な返答が。

 和やかに、まるで旧友との再会を楽しむかのように。

 

 

「ほう、生け贄。君達の目的の為に、私の部下を」

「承諾を求めてはいない。ただ、決定事項を告げただけだ」

 

 

 そして刹那、二柱が同時に発した殺気に空間が狂い、時間が痴れた。恐らくは、同じ場所に居ただけでも狂死しよう。他に誰も居なかったのは、せめてもの救いだったのだろうか。

 殺伐と、まるで仇敵との再会を楽しむかのように。

 

 

「……構わないさ。替えならば、幾らでも利くからね。それに、暗部だからと私の部下な訳ではないよ」

「では、これで話は終わりだ。時間は有限のもの、無駄には出来ない。『彼女』には既に“膨れ女(ブローテッド=ウーマン)”が接触している」

「やれやれ……仕事が早いものだね」

 

 

 アレイスターの言葉に、“時間人間(チク・タク・マン)”が踵を返す。総時間、二分。銀時計の刻みは、狂い無く精確で。

 

 

「随分と『彼』に期待しているようだね……あの『()()()異能』は確かに面白いとは思うがね。何時から『()()()()()()()()』に加入したのかね?」

「死んだ北欧の神々の名を騙る愚か者どもにも、次元の狭間に引き籠もる暇人どもにも興味はない。“結社”は、我等の目的を果たすのみ」

「ふむ……機械の君にはやはり、相性が悪いかな?」

 

 

 その背中に掛かったアレイスターの言葉、それに“時間人間(チク・タク・マン)”は緋い瞳で────

 

 

「────面白い。実に面白い。君の諧謔(ジョーク)のセンスには、毎回脱帽させられるよ」

「そうかね? そこまで言われて悪い気はしないが」

 

 

 笑う、誰しもがうっとりと見惚れるように精密な機械の笑顔で。嗤う、誰しもがあっさりと発狂するような凄惨な鬼戒の笑顔で。人のものではある、しかし鮫のような。人外に違いない、しかし尋常な。

 だが、人ならざるのならば魔術師も同じ。その圧倒的な狂気、風のように受け流して。

 

 

「君達は────あの“双子”を()()()に呼び出して、何をする気なのかな?」

「君には、興味はあるまい? 私にこのビルが一体何であるのかも、君が“幻想殺し(イマジンブレイカー)”で何をする気なのかも興味が無いように」

「なるほど、道理か。手間を掛けたね、次は茶菓子くらいは用意しておくよ」

「期待せずに待っていよう」

 

 

 振り向きもせずに、実に簡潔に言葉を返して。“這い寄る混沌”の一柱たる“魔神”は、時間の波間に消えていく。

 魔術師はそれを見送り、愉しげに────微笑んだのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 緩やかに茜色に染まる学園都市、第七学区の摩天楼(ビルディング)群が真横に流れていく。大嫌いな学園都市が、大嫌いな色に。そして一際嫌いな、真っ黒なビルが視界の端に。一瞥をくれてやる義理すらない。

 ショゴスによる黒いフルフェイスのヘルメットとライダースーツを纏う嚆矢は、ただ前だけを見詰めて自動二輪を転がして。

 

 

「…………あれ?」

 

 

 何か、大事な事を忘れているような気がして。だが運転中だ、気を散らすのは危険だと判断して集中を再開する。

 その刹那、凄まじい速度でトレーラーが対向車線を走り抜けていった。その巻き起こした颶風(つむじかぜ)に、危うく転倒しそうになって体勢を立て直して。

 

 

「……危ねぇな、警備員(アンチスキル)は何やってんだよ」

《む、もしやあれが『衛星兵器(さてらいと)』とか言う奴かの?》

(ンな訳あるかよ……莫迦(バカ)も休み休み言え)

 

 

 そんな事を呟き、それきり意識する事はなく。この時、起こっていた『事件』など知る由もなく。

 

 

 辿り着いた『純喫茶 ダァク・ブラザァフッヅ』。薄暗い路地裏の僅かに開けた敷地の中に停車、螻蛄に戻った鎧と共にライダースーツとヘルメットから不定形に戻ったショゴスが影に潜り込み、消えていく。

 

 

《では、(わらわ)も引っ込んどくかのう》

(何だよ、手伝えよ。態々(わざわざ)俺を呼ぶなんて、結構な人数来るっぽいぞ)

《働いたら負けだと思うておる》

(そのまま永遠に朽ち果てろ)

 

 

 ついでに、“悪心影(あくしんかげ)”が傍観を決め込んで。背後の虚空に、人の目には捉えられぬ『(かげ)』として揺らめくのみ。

 後は、嚆矢一人が残るのみで。只一人、溜め息を溢しながら。

 

 

「……さ、仕事仕事」

 

 

 だが、元から大して他者の心など忖度(そんたく)しない彼は大して気にしない。嚆矢は、只有るがままに。有りのままに擦り抜けて。

 異形の彫刻が施された木製の扉を開く、異質な金属のドアベルの冒涜的な音色を聞いて。

 

 

「いらっしゃい。待っていましたよ、コウジくん」

「こんばんはです、ローズさん」

 

 

 しっとりとしたジャズを流す、古式ゆかしい蓄音機の音色に包まれた店内に待つ緋瞳の師父の笑顔に応えた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 時刻、二十時ジャスト。場所、純喫茶ダァク・ブラザァフッヅ店内。ギャルソン服を纏う嚆矢は、暇そうに椅子に座っている。

 まぁ、事実暇だ。何せ、既に二時間もの間、一人として客など入っていないのだから。

 

 

「……………………」

 

 

 “輝く捩れ双角錐(シャイニング・トラペゾヘドロン)”を内蔵する懐中時計を閉じ、仕舞う。それにより、彼の背後に影が立つ。

 

 

《『何だよ、手伝えよ。態々(わざわざ)俺を呼ぶなんて、結構な人数来るっぽいぞ』》

(ちょっと何言ってるのか解りませんねぇ……)

 

 

 背後に立った“悪心影(あくしんかげ)”の嘲りを受け流しながら、暇を持て余して銀製の食器を磨く。不織布で優しく、曇りがないように。ムーディスティックなジャズの音色に包まれながらの作業は、妙な中毒じみた精神作用があった。

 そんな風に集中していたからだろうか、ドアベルの冒涜的な音色に反応が若干遅れたのは。

 

 

「あ、いらっしゃ────」

 

 

 開かれたドアから、微かに生臭い風を纏う二つの影。殭屍(キョンシー)のような中華風衣装の男女が、素早く露払いに現れる。その無駄の無い動き、所作からは紛れもない武練の気配。しかも、生半可な功夫(クンフー)ではないと一目で判るレベルの。

 

 

──中国拳法……か。何者だ、コイツら?

 

 

 その二人の眼差し、ドロリと濁った死魚の眼の如く、瞬きの無い視線に肌が粟立つ。即ち、明白な殺意────

 

 

沱琴(ダゴン)沛鑼(ハイドラ)。あまり私に恥を掻かせないで頂戴」

「オ嬢様、済ミマセン」

「オ嬢様、御免ナサイ」

 

 

 それを踏みにじるようにクスクスと笑いながら、海の気配を連れた屍蝋の如き肌の少女が歩み入る。二人の従者を控えさせながら、水色の髪を結った中華袖の衣装の娘が。

 年代物の木製の床を、きしりとも軋ませない(さざなみ)のように静かな歩法は、やはり生半可な功夫とは思えない。

 

 

「あら、お出迎えは無し? 日本のおもてなしは世界一と聞いていたのだけれど?」

「っ……、…………っ」

 

 

 何よりもその腰の巻物だ。そこから放たれる淀み腐った水の如き、凄まじいまでの瘴気。それに、深海の水圧に喘ぐように息を吐いて。

 

 

「いらっしゃいませ、ご予約の」

「ええ、可愛らしいお兄さん? 私が今宵の主賓────」

 

 

 殺意よりも明白な、『食欲』を瞳に湛えて此方を見遣る────三人の人外を。

 

 

「“螺湮城異伝(ルルイエ=テキスト)”が主、玖 汀邏(クゥ テイラ)アルよ。くふふ…………」

 

 

 一昔前の映画の中国人のような口調で巫山戯(ふざけ)、嘲笑う海神(わだつみ)の姫君を。

 

 

………………

…………

……

 

 

 第七学区のとある公園。昼間はウニ頭の高校生が自販機に金を飲み込まれて喚いたり、ビリビリする中学生がその自販機を後ろ回し蹴りしていたりするような、何処にでもある緑化公園だ。

 蒸し暑い夏の暗闇の中、気の早い虫達は既に熾烈な伴侶獲得の為の歌謡祭を催している。無論、虫に限った話ではないが。

 

 

 青春を謳歌する学生が逢瀬をしたり、それを邪魔(カモに)する落第生(スキルアウト)(たむろ)していたり。昼間とは真逆の表にはでない騒がしさが、満ち潮のように溢れている。

 

 

「ようよう、お嬢ちゃんどこ行くの~、っと」

「何、一人ぃ?」

「だったらお兄ちゃん達が警備員(アンチスキル)の支部まで案内したげようかぁ?」

「大丈夫大丈夫、お兄ちゃん達は学園都市には詳しいからさぁ」

「何処に支部があるかも、ホテルの場所も詳しいぜぇ?」

「……………………」

 

 

 

 そんな中の六人、高校生くらいか。まだ小学生と言っていい少女を自販機の前で囲んでいる、六人の落第生(スキルアウト)だ。

 朝方にも同じような事をしていて、風紀委員(ジャッジメント)に制圧されて警備員(アンチスキル)に引き渡された六人であり。

 

 

「まだガキじゃねぇか、付き合ってらんねぇ……」

 

 

 ただ一人、五人に着いていけずに距離を置いた少年。彼が一番まともで、そして────一番、不運であった。

 

 

「────うるせぇんだよ、クソ雑魚どもが」

「「「「「あァン──────?!」」」」」

 

 

 自販機の灯りを逆光に、頭からすっぽりと白いフード付きの上着を被った少女の呟き。それに一気に彼等は逆上して────

 

 

「────────」

 

 

 悲鳴を上げる暇もなく撒き散らされた血飛沫の中、『()()()()()()』を携えたパンキッシュな服装の少女は、嘲るように『呪詛(なにか)』を呟いて──────

 

 

「え──────?」

 

 

 仲間だった者達の血飛沫と肉片に塗れた少年の耳許に、せせら笑う忍び笑いだけが届いて────

 

 

………………

…………

……

 

 

 時刻、二十時十分。場所、純喫茶ダァク・ブラザァフッヅ。今時珍しいカンテラの灯りに照らされた室内に、芳しい匂いが立ち込めている。

 その太源(おおもと)たるテーブル、所狭しと並んだ料理の数々。だが、嗚呼。それに食欲を唆られるのは真っ当な感性では有り得ない。

 

 

《とんでもない下手物(ゲテモノ)食いじゃのう》

(食文化は国其々(それぞれ)だろ……ウプッ!)

《難儀な性分よのぅ、お主》

 

 

 各々の頭蓋を器にした牛に豚、鹿に猪、熊に猿の脳味噌と目玉のスープに臓物のソテー、昆虫や爬虫類の素揚げ。得体の知れない茸や木の実、植物のサラダ。最早、コールタールにしか見えないホットドリンク。全て、奥の厨房で師父が作っているものだ。

 それを慄然たる思いで並べた嚆矢は、戦慄に打ちひしがれている。何故か? 単純な理由だ。

 

 

「ああ、いつ来ても此処の品揃えは最高ね。店主に感謝を伝えて頂戴な」

「は、はぁ……」

 

 

 それを喜悦に満ちた表情で見詰める、『玖 汀邏(クゥ テイラ)』と名乗った海神の姫君(マインドフレイア)の為に。胡乱げに頷けば、その姫君の左右に(はべ)る男女二人、『沱琴(ダゴン)』と『沛鑼(ハイドラ)』と呼ばれた者達が此方を注視している事に気付く。

 一挙手一投足を見逃さぬように。まるで、嚆矢の()()()()()()()()()()()()ように。

 

 

《ふん……舟虫(フナムシ)(つがい)風情が────誰の許しを得て、(わらわ)の前で(おもて)を上げるか》

「「─────!?」」

 

 

 対した“悪心影(あくしんかげ)”の燃え盛る三つの瞳と恫喝に近い言葉に、従者二人は臨戦態勢とばかりに剛拳の代表格“八極拳(ハッキョクケン)”と柔拳の代表格“太極拳(タイキョクケン)”を構えようとして────

 

 

「────うん、美味しいわ。やはり脳髄は哺乳類のモノに限るわね。猿のモノ、御代わりを戴けて?」

「あ、はい。直ぐにお持ちします、お嬢さん(リトル・ミス)

 

 

 一触即発じみた空気の中で、そんな言葉が。それを天の助けとばかりに──実際は魔の囁きだろうが──嚆矢は、師父の真似をしながら(うやうや)しく礼をする。

 それに、ナプキンで口許を拭っていた汀邏はキョトンと、一瞬呆気に取られた後で。

 

 

「ぷっ、くふふ……いつ以来かしらね、小娘扱いされるなんて」

 

 

 口許を隠し、上品に笑う。悪意の無い、まさに小娘のような純朴な笑顔で。それに、従者二人は驚いたかのように“悪心影(あくしんかげ)”から注意を外して。

 

 

「あ、済みません。気分を悪くされたのでしたら……」

「いいえ、寧ろ嬉しかったわ……くふふ、まだまだ私もいけるかしらね?」

 

 

 だがもう、姫君は純朴さを包み隠すように。淑女の嗜みか照れ隠しか、艶やかさの薄絹(ヴェール)を纏いながら笑っている。

 だから従者達は、今度こそ嚆矢に向けて。陰惨な、夜の磯辺に屯する毒虫じみた殺意を漲らせて。それを受けた嚆矢が、肌を粟立たせるくらいには威圧して。

 

 

「────ねぇ、叔父様(おじさま)?」

「…………あの、まだギリギリ十代なんですが」

「あら、そう? でも、私から見れば叔父様だわ。煌めく黄金瞳の、素敵なお・じ・さ・ま」

「ひ、酷い……非道(ひど)すぎる。あんまりだ─────あ、いらっしゃいませ……」

 

 

 彼女から放たれた言葉の方に、嚆矢は酷くショックを受けながら。これ幸いとばかりに項垂れて従者達の視線から逃れながら、厨房に引っ込んでいこうとして。

 鳴り響いた、冒涜的なドアベルの音色。それに、振り向けば────

 

 

「お邪魔しまーす……あれ、店主さん代わった訳?」

「──────な」

 

 

 息を飲む、衝撃に。夜闇の中から歩き出てきた、裏の自分の良く知る金髪碧眼の娘────フレンダ=セイヴェルンに。

 魔術的な抵抗か、記憶操作に関する能力を持たない限り、師父から招かれた訳でもなければ再び辿り着く事など能わぬ筈のこの店に、再び現れた少女に。

 

 

「ま、()いてるみたいだし……ウェイターは良しとしようかねぇ」

「そう? 私的には及第点な訳だけど」

「誰もアンタの男の好みなんて超聞いてないんですけど」

「ん……大丈夫。そんなふれんだを、わたしは応援してる」

 

 

 その後ろから続いた『上司達』、麦野沈利と絹旗最愛、滝壺理后の『アイテム』の面々に相対して。

 無論、今は『影』に潜んでいる“呪いの粘塊(ヨグ=ショゴス)”で『Mr.ジャーヴィス』の姿をしていない彼を、彼女らは『部下』とは気付かない。

 

 

「騒がしくなってきたわね……私、凪の夜の海のような静けさの方が好きなの。御暇(おいとま)させて戴くわ」

「あ、はい……お送り」

「結構よ。それじゃあ、再見(また)

 

 

 だが、増えた人口密度に眉を顰めた姫君が立ち上がる。慌てて椅子を引いて見送ろうとするも、制されて。従者を引き連れ、姫君は戸口を跨いでいった。

 すかさず握り締めた首飾り、『兎脚の護符(ラビッツフット)』の『話術(アンサズ)のルーン』を励起しながら、嚆矢は。

 

 

「……い、いらっしゃい……ませ……四名様で宜しいでしょうか」

「そ。結局、良い席を用意して欲しい訳よ。結構格好良いウェイターさん?」

 

 

 冷や汗を吹き出し、顔を引き攣らせて笑いながら。ウィンクしてきたフレンダの言葉に、窓際の四人掛けの席を促したのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 何故こうなったのか、と頭を抱える。席について駄弁っている闖入者達にバレないようにカウンターに引っ込んで、しゃがみこんで。

 バレている訳ではない、と信じたい。もしもそうであれば、暗部の情報網であっという間に個人情報を丸裸にされて『風紀委員(ジャッジメント)所属』……引いては『警備員(アンチスキル)所属』と知れてしまうだろう。そうなってしまえば、麦野沈利の事だ。即座に『物理的にクビ(メルトダウナー)』モノ。

 

 

「うわっ、見てよ絹旗。さっきの女のテーブルの料理……こんなもの誰が食う訳よ」

「超えげつないラインナップですね、あの根菜とか引き抜かれた時に超悲鳴を上げそうな形してます」

「美味しいのかしらねぇ? フレンダぁ、アレ、摘まんでみな?」

「ちょっ! 勘弁してよ、麦野! あれ、ゲームとかで見た事ある訳よ! 食べたら即死する奴なのよ!」

「大丈夫だよ、ふれんだ。わたし、胃薬持ってる」

「……滝壺、それ結局食えって言ってる訳?」

 

 

 その様を想像して青くなりながらそっと除き見れば、四人は海神の姫君が残していった下手物料理の方に気を取られているらしい。

 そもそも、考えるべき事は他にもある。彼女らが、此処に来れた理由であるとか。

 

 

──まさか、実はあの中に魔術師が居る訳じゃねぇよな……だとすれば、まさかとは思うが滝壺ちゃんの『能力追跡(AIMストーカー)』か?

 (いや)、それはない筈だ。それならもうバレてる事になるし、そもそも根性莫迦(ナンバーセブン)に負けた事により、どんな作用でかは不明だが『自分だけの現実(パーソナル・リアリティ)』を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である、俺の『確率使い(エンカウンター)』を追跡はできない。

 

 

 では、何故か。そこで行き詰まる。魔術の気配はしないが、隠遁に優れた術者ならば尻尾を見せなくてもおかしくはない。

 何か、気に懸かるモノはある。『他人の精神に働き掛ける魔術や能力』、嚆矢が知り得る中で、この店の隠蔽を剥がせる程のモノは、たった二つ。

 

 

──超能力者(Level5)・第五位の能力と、もう一つ。“()()()()()()()()()()()()”────

 

 

 詳しい事は良く覚えていない精神操作系能力の最高峰と、()()()()()()()()()

 何にせよ、気は抜けないと言う事だけは確かだ。どちらだとしても、どんな意図があるのか知れたものではない。

 

 

《ふむ、何者かが手引きした、と。しかし、なんの為にじゃ?》

(そこだな、問題は……真意が掴めない。だから、尚の事厄介だ)

 

 

 考えれば考える程、分からなくなる。だが、時間はそうはない。既に二分が過ぎた、早くお冷やとおしぼりを出して注文(オーダー)を取らねばなるまい。

 そんな些細な事で沈利の逆鱗に触れては敵わない。覚悟を決めて、更に強く『話術(アンサズ)』と『博奕(ペオース)』のルーンを励起して。

 

 

「お待たせ致しました、お水とお手拭き、メニューでございます」

 

 

 テーブルに水とおしぼりを四つ、メニューを真ん中に。最初にメニューを取ったのは矢張(やはり)頭目(かしら)であり一番上座、左奥の窓際に座っている沈利。

 

 

「どうも。今日のお勧めとかあるかしら?」

「今晩は(サーモン)の良いモノが入っておりますので、ムニエルがお勧めでございます。ソースはバジル、付け合わせにアスパラとパプリカとなっております」

「良いわね、それを頂こうかしら」

「畏まりました、合わせてワイン等は如何でしょうか」

「そうね、赤を」

「承りました」

 

 

 慣れた様子でチップを渡してきた沈利は、メニューを隣のフレンダに渡す。どうやら、こういった経験は豊富なようだ。まぁ、超能力者で暗部所属など並大抵な財力ではないだろうし、不思議ではない。

 因みに本来、純喫茶では酒は出さない。だがこの店は夜間のみ、酒類を提供している……らしい。客が入っているところなど見た事がないので、今一ピンと来ないが。

 

 

「え~と……じゃあ麦野と同じもので」

(サーモン)でございますね。ですが、恐れ入りますが……ワインの方は、二十歳になってからでございます」

「ちょっ、子供扱いすんなってのよ!」

「未成年者にアルコールを出してしまっては、店長に叱られてしまいますので……」

「むむ……分かったわよ、コーヒーで。はぁ……結局アンタ、堅物な訳よ」

 

 

 多少気分を害したらしく、膨れっ面になったがなんとか納得はしてくれたらしい。恨みがましい目で見られてしまうが。

 メニューは、対偶の位置の理后に渡された。彼女はそれを受け取り、暫くペラペラと捲って。

 

 

「ん……じゃあ、カルボナーラ」

「承りました。お飲物は如何しましょう?」

「水でいい」

「承知致しました」

 

 

 そして、必要最低限の会話で注文が終わる。メニューは最後の一人、右の通路側の最愛へ渡された。

 一番小柄な彼女は、それを数度だけ捲って。

 

 

「じゃあ、この油焼きそばで。鰹節と青海苔は超多目でお願いします」

「承り……えっと、油焼きそばですか?」

「……何か、超文句でも?」

 

 

 それに、思わず聞き返してしまった。然もありなん、某グランプリに出てもおかしくないレベルのB級メニューだ。今までの三人とは全くもってベクトルが違う注文に、つい。

 そのせいで、最愛から見上げるように睨み付けられた。そもそも、この少女は目付きが悪いのだが。

 

 

「い、いえ……失礼致しました。お飲物は」

「コーラで」

「畏まりました、暫しお待ちを」

 

 

 注文を取り終え、厨房に引っ込む。其所では、師父が既に調理を始めている。この魔術師の店内(すみか)での話であれば、それがどんなに小さな言葉であれ彼の耳に入らない事はない。

 なので、注文表だけを置いてドリンクの方を持って行く事にして。

 

 

《どうじゃ、何か気付いたか?》

(まぁな……微かにだけど、魔力の残り香があった)

《つまり?》

(能力開発を受けてる人間は魔術は使えねェ……(いや)、使えるには使えるが、反動でどうなるか分かったもんじゃねェ。“魔導書(グリモワール)”を媒介にしたか、或いは他の魔術師からの干渉か……やっぱり、今一判断が出来ねェ)

 

 

 無論、例外はある。何しろ己自身がそうなのだから。能力者が魔術を行使した際の……正確には『生命力を魔力に精製した際の反動』は、規模で違いはあれども完全にランダム。故に、『最も軽い確率』を掴み取る事で。

 昔、蛙みたいな顔をした医者に『僕の研究成果でも使ってるのかな?』と聞かれたくらいに異常なレベルの、生来の『回復力』で騙し騙し使えている。最近はそれに“万能細胞(ショゴス)”も加わって、回復だけなら万全の体制だ。

 

 

《後者、であろう。“魔導書(ぐりもわーる)”のようなモノがあれば、(わらわ)が気付くからのう》

(…………)

《…………なんじゃ、その眼は? 胡散臭さの塊を見ておるようではないか》

(まぁ、兎に角気ィ抜くな。ショゴス、自律防御(オートディフェンス)は任せた。帰ったら煙草やるから)

『てけり・り。てけり・り』

 

 

 少なくとも背後に沸き立つ燃え盛る三つの瞳で嘲笑う(かげ)の魔王よりは付き合いが長い、足下に湧き立つ無数の血涙を流す瞳で見上げてくる(カゲ)の怪物の協力を取り付けて。

 

 

「お待たせ致しました」

 

 

 先にドリンクを並べて、帰り際に先の客が残していった下手物料理の数々を下げる。

 

 

「そう言えば、ジャーヴィスの奴。アンタらどう思う?」

 

 

 そこで、赤ワインを一口含んだ沈利がそんな事を口にした。思わずそれに、片付ける振りをしつつ耳を傾けて。

 

 

「どうって、結局どうもこうもない訳よ。素顔も見せないような奴、どう思えばいいのよ」

「超胡散臭いってところは、最初から変わりませんが。少なくとも戦力としては上々ですね」

「うん、でも……わたしの『能力追跡(AIMストーカー)』が効かないのは不思議」

 

 

 そこに本人が居ると、知っていての評価か。だとすれば、真綿で首を絞めるような良い性格をしている事になる。

 そして矢張(やはり)、まだ一~二週間の付き合いではこんなものだろうと。

 

 

「よね。『正体非在(ザーバウォッカ)』って結局、どんな能力な訳? 大能力者(Level4)の滝壺の『能力追跡(AIMストーカー)』が効かないなんて、超能力(Level5)?」

「顔が分かんないんだから分かる訳ないでしょうが……少なくとも、第二位(垣根帝督)ではないみたいだけど」

「じゃあ、第一位とか?」

「…………超笑えねェ冗談ですねェ、フレンダ」

「な、何でアンタがキレる訳よ、絹旗…………じゃあ、正体不明の第六位とか?」

「さぁ、どうだろうにゃ~?」

「麦野が分からないなら私らにはもっと分からない訳よ……あ、良い事を思い付いたのよ」

 

 

 四人組は直ぐ側に本人が居ると知ってか知らずか、そんな話で盛り上がって。

 そうこうしている内に、幾つかの料理が出来上がっていた。片付けを終え、それを彼女らのテーブルに運ぶ。流石に纏めては無理なので、先ずは窓際の沈利と理后の分を。

 

 

「サーモンのムニエルと、カルボナーラでございます」

「へぇ、悪くない。悪くないわね」

「ありがとうございます、後の二皿も直ぐにお持ち致しま────」

 

 

 携帯を操作しているフレンダと、窓の向こうの夜の闇を眺めている最愛の前を越えて二皿を置き、一礼して踵を返す。

 

 

「等の本人を呼び出してみる訳よ、財布も兼ねてね」

「す、ね────!」

 

 

 正に、その刹那だった。フレンダが誰かに向けて通話を始めた数瞬の後に────嚆矢のポケットの中から、着信音が響いたのは。

 それに、四人の視線が一斉に此方に。沈利と理后は料理から、フレンダは彷徨わせていた虚空から、最愛は窓の向こうから此方に向いた。

 

 

「し、失礼致しました────」

 

 

 血の気が引く。有り得ない事だ、仕事用の携帯は常にマナーモードにしてあるはず。それが何故、と。

 

 

《…………あ、昨夜(ゆうべ)黙って触った時に間違えて解除してしもうた気が》

(…………お前が謀叛に遭って死んだ理由が、今ハッキリと分かった)

 

 

 背後の新物(あたらしもの)好きの魔王の、知識欲を甘く見ていた事に臍を噛む。無論、表情には出さずに。あくまで関係ない風を装って。その間も、着信音が鳴り響いている。

 そして、見える。フレンダが携帯の呼び出しを切ろうとしているのが。もし、あれを切られてそこで着信音が途切れれば……最早、詰みだ。疑いようもなく、絶対にバレる。

 

 

──考えろ、どう切り抜ける……この状況で、俺の取るべき最善の手は何だ!

 

 

 思考を回転させる。()()()()()()()()()()()。演算強度だけは大能力者(Level4)級の、その頭脳で弾き出した答えは。

 

 

『ハァ~イニャア、フレンダチャン? ジャーヴィスナ~ゴ?』

「あ、やっと出た訳よ」

 

 

 フレンダの携帯から響いた、金切り声のような声。間違いなく、それは嚆矢の『裏の顔』であるMr.ジャーヴィスのもの。ただし、微妙に片言だが。

 そして、その等の本人は────

 

 

『フレンダチャンカラ電話ガ頂ケルナンテ思ワナカッタニャア、一体何ノゴ用ナ~ゴ?』

「では、残りの皿をお持ち致しますね」

 

 

 猫男の声が響く中、フレンダと最愛に会釈して振り向く。それにより、四人の興味は完全に嚆矢から離れた。

 そして嚆矢は、ポケットの中の────携帯に纏わり付く粘塊に向けて意識を。

 

 

(危なかったな……助かったぜ、ショゴス)

『てけり・り。てけり・り』

 

 

 精神感応(テレパシー)で此方の意志を読み、携帯に答えさせているショゴスに感謝を。

 

 

『何よ、てけりって?』

『あ、気にしないでニャア。それより、何か用事なんじゃないのナ~ゴ?』

 

 

 と、(いぶか)しまれて慌てて携帯を口許に。バレないよう、四人にも気を配りながら。幸い、此方を気にしている風ではない。乗り切るまでは気は抜けないが。

 

 

『あ、そうそう。こないだの店に皆で来てるんだけど、結局アンタも来ないって訳』

『ダァク・ブラザァフッヅニャア? 残念だけど、今日は無理ナ~ゴ……』

『何、私の招待を蹴るっての?』

『涙を呑んで見送らせていただきますニャアゴ』

 

 

 兎に角早く切り上げようと、断りを入れる。厨房に引っ込んでいる内に切れば、一先ずは安心だ。

 因みに師父はこんな時に限って、備え付け型の店電に応対している。随分盛り上がっているらしく、まだまだ終わりそうにない。

 

 

『なんな訳よ、もう! 今日は散々な日な訳よ────ウェイターさん、私の分まだー?!』

「あっ、はーい、ただいま!」

 

 

 と、携帯とホールの両方から同じ言葉が。それに慌てて反応し、サーモンのムニエルと油焼きそばを持つ。再びショゴスの精神感応に対応を切り替えて、急いで運ぶ。

 その為に振り向いた瞬間────

 

 

『「結局、新入りの癖に生意気なのよ! あと、ウェイターさんも遅い訳よ!』」

『「超待たせ過ぎです』」

「ッ…………!?」

 

 

 振り向いた嚆矢の直ぐ目の前まで文句を良いに来ていたフレンダと最愛は、精神感応(テレパシー)と実際の耳で二重に聞こえる音声で文句を口にして。

 

 

『申シ訳アリマセンデシタ、直グニオ持チシマス────』

「勘弁してニャア、オイラにも用事ってもんがあるのナ~ゴ────」

「「………………」」

 

 

 そう、金切り声が真面目に。バスドラの声が、巫山戯たように二人に答えて。刹那、フレンダと最愛が虚を突かれた顔をしたのを確認して。

 直ぐに、自分がやらかした失態に目の前が真っ暗になった気がした。『終わった』と、だがまだ諦めず。

 

 

「成る程……超そォ言う事ですかァ」

「そうね、結局そう言う訳なのよね」

「………………あの、違くてですね、ちょっとお茶目をしてみたくなったと言いますか……」

 

 

 フードを被ると仇敵を見付けたようにじろりと睨み付ける最愛、携帯を切ると最高の玩具を見付けたようにニヤリと笑うフレンダ。二人はそれぞれが注文した皿を嚆矢から奪い取ると、テーブルへと戻っていく。

 

 

「……後で、話が超あります。逃げたらブチ殺しますから」

「……結局、帰り道が楽しみな訳ね」

 

 

 その去り際に、揃って嚆矢の頭の両側に顔を寄せて。怒気を孕み、まるで断罪するように。サドっ気を孕み、まるで嘲弄するように。

 (シャチ)海豹(アザラシ)過剰殺傷(オーバーキル)ように、猫が鼠を甚振(いたぶ)るかのように。

 

 

「「────ジャーヴィス?」」

「………………はい」

 

 

 掛けられた最愛とフレンダの声に逆らう術など、嚆矢には残されていない。諦めて、窓の外に浮かぶ……赤く潤んだ三日月を見上げたのだった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 時刻、二十一時三十分。場所、純喫茶ダァク・ブラザァフッヅ。一際濃い、夜闇を湛えた第七学区の路地裏に聳え立つ黒い屋敷。或いは『微睡みの蟇王(ツァトゥグァ)』の鎮座する神殿、ン・カイの深遠。闇色の不定形の落とし子が跋扈するかのような、闇の中で。

 冒涜のドアベルの音色が響く。内から外へと向かう彼女らの店内の記憶を、魔術的な彫刻の施された木製の扉と共に削ぎ落とす鐘の暗示(ねいろ)が。

 

 

「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております」

「ええ、中々だったわ」

「それじゃあ、ばいばい」

 

 

 沈利と理后に向けて、頭を下げる。先に述べた暗示により、本来ならばもう二度と彼女らが来る事は有り得ない。だから、普段は白々しく感じる言葉。

 だが、その慣例を破ってまた現れた今回の事から、嚆矢は恐々としながら。

 

 

「じゃあ、バイバ~イ。麦野、滝壺♪」

「……では、超また今度」

「………………」

 

 

 笑顔のフレンダと仏頂面の最愛に両脇を固められた、逃げ場の無い状態で。最早、苦笑いしか浮かばない。

 しかもフレンダには右腕を抱き締め……ている風に見える関節技(サブミッション)をガッチリ決められており、最愛からは左腕を骨が砕けそうなくらいの圧力で掴まれている。無理に振り解けば、両腕を諦めねばなるまい。こう言う時、昔の能力(スキル)があればと思わないでもない。

 

 

「なんだい、フレンダ。『カラオケ行きたい』とか駄々こねてたのは、あんただろうに」

「だって麦野、結局これは運命の出会いって奴な訳よ。私と絹旗の事は気にしないで、楽しんできてね」

「こっちは此方でェ、超楽しみますンでェ」

「訳分からないわよ……てか絹旗、あんたキレてる?」

「いえ、別に」

「ふぅん……」

 

 

 矢張(やはり)(いぶか)しんだらしく沈利は腕を組んで何か思案しながら、鋭い眼差しを此方に向けて。

 

 

「…………そんなに良い男かしらねぇ? ま、人の趣味にとやかく言っても仕方ないか」

「………………………………」

 

 

 此方を値踏みして、『理解できない』と肩を竦めた。実に大きなお世話である。

 

 

「コッチとしては、仕事に支障を出さなきゃ文句はないけどさ。ホドホドにしとくんだよ」

「は~い」

「はい」

「………………………………」

 

 

 それだけ口にすると、沈利は少し先で待っていた理后と合流して夜の帳が降りた学園都市に消えていく。

 それを最後まで見送って、実に三分は経っただろうか。漸く拘束が解ける。その刹那────

 

 

「さて、と。じゃあ」

「超尋問タイムといきますかねェ」

「………………………………」

 

 

 夜の闇の中ですら炯々と光って見えた程の眼光で、フレンダと最愛が此方を見遣る。それは底冷えがする程に、嗜虐的な瞳だった。それは底冷えがする程に、無慈悲な瞳だった。

 それを暗澹たる瞳で見遣る。陰惨な蜂蜜色の黄金瞳で、遠く空の彼方の三日月と朧な星影を浴びながら決意を固める。

 

 

──ヤるしかねェな……幸いと言うか何と言うか、彼女らは麦野沈利達には俺の事は報せてない。それは、“剱冑(ツルギ)”の『音響探査(ソナー)』で把握した。

 同僚の初春飾利に、下級生蘇峰 古都(そほう みやこ)にそうしたように『空白(ウィアド)』のルーンを刻んで記憶を消す。それしか、手は残されてねェ。

 

 

 漸く自由になった右手で『兎脚の護符(ラビッツフット)』から、頭痛と共に『空白(ウィアド)』のルーンを励起する。闇に煌めく無色の励起光を、誰も見る事は出来ない。後はなんとか、触れる事が出来さえすれば。

 

 

「──良い眼ェすンじゃねェですか、まるで餓狼ですねェ」

「結局、私らに何かあれば送信予約してあるメールが麦野に届く訳よ。下手な事はしない方が良いのよね」

「………………チッ」

 

 

 だが、このルーンは『空白(ウィアド)』。他の文字(ルーン)とは併用が出来ない。自然、『話術(アンサズ)』や『博奕(ペオース)』の消えた状態となり、暗部として経験を積んでいる彼女達にそれを見咎められてしまう。舌打つも、もう取り返しはつかない。

 それでなくとも『正体非在(ザーバウォッカ)』等と言う能力を騙り、詳細を明かしていないのだから警戒はされていたのだろうが。

 

 

 『空白(ウィアド)』のルーンを終息させて、代わりに『話術(アンサズ)』のルーンを励起して。

 何にせよ、これで四面楚歌だ。後は鬼が出るか蛇が出るか、なるようにしかなるまい。

 

 

「それじゃ、とりま散歩でもする訳よ」

「わ~い、全男子の夢『両手に花』だァ。美少女二人に挟まれてうーれしーいなー」

「………………」

 

 

 嘲笑うフレンダに促され、()()()()()()()()()()()()()()()()()。巫山戯つつ店外に向かう。無論、背後は殺意を隠しもしない最愛に固められていて逃げ場はない。

 師父には告げない。告げなくても、理解しているだろう。それでも手や口を出してこないのは、信頼からか諦観からか。何にせよ、一人でやるしかないのは確か。

 

 

 そんな、夜の闇の底で。まるで、処刑の為に市中を引き回される罪人のように。

 無貌の夜鬼(ナイトゴーント)がせせら笑うかのような風力発電塔の軋む音を、遠く聞きながら。

 

 

………………

…………

……

 

 

 時刻、二十一時四十五分。場所、第七学区のとある公園。昼間はウニ頭の高校生が自販機に金を飲み込まれて喚いたり、ビリビリする中学生がその自販機を後ろ回し蹴りしていたりするような、何処にでもある緑化公園だ。

 蒸し暑い夏の暗闇の中、気の早い虫達は既に熾烈な伴侶獲得の為の歌謡祭を催している。無論、虫に限った話ではないが。

 

 

 青春を謳歌する学生が逢瀬をしたり、それを邪魔(カモに)する落第生(スキルアウト)(たむろ)していたり。昼間とは真逆の表にはでない騒がしさが、満ち潮のように溢れている。

 

 

「で、結局アンタの名前は?」

「はいよ、フレンダちゃん。俺は対馬 嚆矢(つしま こうじ)、弐天巌流学園三年で合気道部所属。絶賛、彼女募集中」

「最後の情報はどォでもいィとして、弐天巌流……あの、『武の(いただき)』の?」

「一番重要なトコなのに……そ。その弐天巌流でオーケー。まぁ、時代錯誤の三流学園さ」

 

 

 そんな中を、何でもなさげに三人は歩いている。女子二人にギャルソン、どんな組み合わせかと注目を浴びそうなものだが……自分達の世界に浸るのに忙しいのだろう。誰も気になどしていないようだ。

 その証拠に、今もほら。押し隠した熱い息吹が、其処彼処(そこかしこ)から。絡み合う吐息とぶつかり合う肉の音が、茂みや物陰から恥ずかしげもなく木霊(こだま)して。

 

 

「ふ~ん」

「……何か?」

「いえいえ、何で覆面なんてしてるのかなって気になっただけな訳よ。別に隠すような顔じゃないってのに」

 

 

 空色の瞳で上目遣いに、二歩先を後ろ歩きで行くフレンダから覗き見られる。ハニーブロンドの長い髪が、更々と夜風に流れる。居心地の悪さに口を開けば、返ったのはそんな言葉。

 本当に、黙っていれば仏蘭西(フランス)人形のように可愛らしいだろうに。

 

 

「何か────隠さないといけない理由でもあるんですかねェ。例えば、『表』の顔に?」

 

 

 そして矢張(やはり)、黙っていれば市松人形のように可愛らしいだろうに。怒りを滲ませた無表情でフードの奥から覗き見る、その瞳。

 

 

「無いって、最愛ちゃん? 俺はただ、アレ……家族に迷惑が掛かるのが嫌だっただけさ」

「“家族”ぅ? そんなもん、何を気にする必要なんて────」

「………………なるほどォ」

 

 

 そう、僅かに欺瞞を。そして多分に本心も含めた、()()()()()()()()()()を口にして。

 フレンダは怪訝な、最愛は────そんなフレンダすら黙らされる程に、更に眼光を強めて。

 

 

「要するに、自分の為に私らを欺いたって事ですか?」

「そうとも言えるかも知れねぇけどさ。俺としては、()()()()()()()()()()()()()()

「悪いンですが、分かりませんねェ……私には、“家族”とやらは居ないもんでェ」

「居ないから分からない、なンて餓鬼にでも言えンだろォ? 知る知らない関係なく、大人なら類推して想像するもんだぜェ?」

 

 

 そんな、当たり前の事を口にして。最愛の怒りを、真正面から受け流して。嚆矢は、巫山戯た様子を吹き消して言い募る。

 まさに一触即発、命懸けのやり取りだ。互いに挑発し合い、先手を引き出そうとする二人のやり取りは。

 

 

「………………えっと、あれ、何かすごい真面目な雰囲気な訳だけど。口を挟んだが最後、『正体非在(ザーバウォッカ)』か『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を打ち込まれそうな訳なんだけど」

呵呵(かっか)、真面目な場面じゃからな。暇なのはわかるが今はお(あい)順番(たーん)じゃ、少し黙っておれよ、おフレ」

「『おフレ』って、織田……あれ、アンタ何時から?」

「何を言うておる? ()()()()()()であろうに」

「う~ん、そうだったっけ……いや、そんな気もするような……?」

 

 

 いきなり背後に顕現した市媛に、しかしその妖魅により誤魔化されて納得してしまったフレンダ。彼女は近くの自販機の灯りに照らされ、それを眺めて。

 それを無視し、最愛は嚆矢を睨み付けたままで。値踏みするように、彼に向けて。

 

 

「なら、答えやがれ……テメェ。その理由は、私の大事なものを踏み躙る理由になンのか?」

(いや)、なろう筈もねェ。他人の人生に、他人の人生は無縁だ」

「そう言う事だろォが、クソッタレが……!」

「あァ、そう言う事だなァ。()()()()

 

 

 端からは、全く意味が分からないだろう。だが、分かるモノもある。それは、見逃せないレベルの『共感覚』であった。

 

 

──理解できる。嗚呼、それは、確かに。俺も感じた事のある、その感情だ。

 

 

「最愛ちゃんは、そうか……()()()()()

「………………………………」

「分かるぜ、その気持ち。俺もそうだからな」

「────巫山戯ンじゃねェ、テメェ如きに何が分かるってンだ!」

 

 

──俺が、“()()()”に感じたそのままを……彼女は、『アイテム』に感じているんだろう。

 それを誰に、否定できるのか。少なくとも、俺には出来ない。出来ないし、()()()()()()()()()()()()()()()()()それを赦しはしない。必ず、殺す。

 

 

 刹那、殺意が膨れ上がる。心得のある者であれば、誰でも分かるほどに。それこそ、開戦の意思表示の如く。

 傍らのフレンダが、一瞬身を固めた程に。それは、正しく一騎討ちの前問答のようであり。

 

 

「た────助けて!」

「「「────!!!」」」

 

 

 闇の中から走り出てきて嚆矢に真正面から抱き付いた、白い上着に()()()()()()()()()()()の少女より掛けられた、その声への純粋な驚きであり。

 または────

 

 

「「「「「オォォォォォォォォォォォォォォォ………………………………………………………………」」」」」

 

 

 闇の中から、よたよたと這い出るように現れた、野良犬を思わせる特徴を持った五人の『異形』への驚きであった。

 その手には、何やら理解しない方が良い(肉片)がちらほらと。

 

 

「ちょ……なに、あいつら。どう見てもヤバイんだけど」

「……ふむ、どうやら『屍食鬼(ぐーる)』か。厄介ではないが、面倒よな」

「ぐ、『屍食鬼(グール)』……なにそれ? いや、ゲームとかで聞いた事はある訳だけど」

 

 

 忌々しげに口走った市媛に、フレンダが困惑した台詞を。対し、嚆矢と最愛は臨戦態勢を取る。

 嚆矢は召喚した“()()長谷部(はせべ)”を腰に()いて少女を背後に、最愛は『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を全身に纏いながら。

 

 

「成る程ねェ、道理で此処はァ!」

「随分とォ、静かな訳ですねェ!」

 

 

 待ち望んだかのように眼光鋭く睨み付け、口角を吊り上げながら────!

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