酷く湿った生温い夜風に乗って、生臭い鉄の臭いが鼻をつく。血と臓物と、絶命間もない死体……まだ年若い少年の死骸の臭いだ。それを引き摺り現れた、五体の
野良犬を思わせる外観だが────今朝がた見たようなチャラついた服の切れ端を身に付けた、酷く戯画めいた
ジリジリと、まるで見た事の無いモノに興味を示す犬のように。互いを牽制するかのように、僅かずつ
「……ったく、前の仕事と言い今回と言い────最近は
「良く分かんないけど、そっちがその気ならヤってやる訳よね!」
その吐き気を催す冒涜的な外見に、唸りを上げる程に高密度の窒素を纏う最愛とスカートの中から拳銃を取り出していたフレンダが悪態を吐いた。
対して
「
それは、まるでと言うかまさに────発情期の犬のオスが、メスを見付けた時のモノで。
《穢らわしい、野犬風情が
(言われなくてもその
『てけり・り。てけり・り!』
獣相手に、礼節も糞もありはしない。投げ付けられた骨付きの肉片や
更に鞘から長谷部を抜き放ち、陰に還った“
背後で震えている少女を護る、忠義の
「「「「「
「「「──────!!!」」」
遠吠えと共に、
それは野犬のように精密で獰猛な、野猿のように複雑で老獪な『狩り』だった。
「こんのぉ!」
先ず、拳銃を手にするフレンダが反応した。『ベレッタM93R』を学園都市の技術で改良した『ベレッタM93R2“
まるで木こりの電動鋸のような、そんな音が響いて。戦いに慣れた彼女は数に惑わされずに最も近い一体のみを狙って、見事に捉えた。
「ちょ、何よコイツ、効いてない?!」
だが、全くもって
射撃を受けたその一体が、反撃とばかりに牙と爪を剥いて躍り掛かる。血肉と臓腑のこびり付いた、不潔極まる野獣の武器を振りかざして。弾切れになった拳銃を楯にするかのように、フレンダは身構えて。
「────犬ッコロが、俺より先に手ェ出してンじゃねェ!」
「っ……ジャ、嚆矢!?」
《チッ────貸しにしておくぞ、嚆矢!》
それを、長谷部の白刃で受ける。受け止めた汚穢の爪牙に、“
「────失せろ!」
「ギ、ガへ!?」
その勢いのまま、刀を振り抜く。夜闇に火花を散らしながら、牙と爪を斬り裂いた長谷部は
間違いなく、誰がどう見ても致命傷だ。後は、その末期を見届けるだけで。
「────
「なァ、にィッ!?」
その状態で黒く濁った血飛沫を撒き散らしながら、
「チッ────超気ィ抜いてンじゃねェですよ!」
瞬間、最愛が
「図に乗ってンじゃ────」
「────無いって訳よね!」
それを嚆矢はショゴスの中から引き出した火縄銃の『
その爆風で、残りの一体も吹き飛ばされる。しかし、直撃を受けた個体以外は無傷らしい。
「
「うげ……結局、マジでキモい訳よ」
下半身を、上半身を。爆風の余波で四肢を失っても尚、
素早い動きこそ、傍観していた個体と爆発に巻き込まれた個体のみだが。より一層、化け物の度合いを増した
《ほう、どうやらただの
(その心は?)
《体を消滅し尽くさぬ限り不死じゃ、微塵に刻んだところで動くぞ》
(また、面倒な……)
痛む左腕を誤魔化すように、力を籠めて刀を握る。握り締めて、右腕を見遣る。数日前、『二つの異能』を振るった右腕を。
──あの時の異能ならば……あれならば、コイツらも消滅させられるだろう。魂までも凍り腐らせる
この二つなら、殺してやれる筈だ……この哀れな骸どもを。きっと確かに、きっと速やかに──────殺して、やれるんだ。
そんな、希望的観測を持って見詰めて。直ぐに、馬鹿馬鹿しいと改めて。
《では、使うかのう? 貴様が呼べば、
掛けられたその声に、拭いきれぬ悪心を。焼き尽くすかのような邪悪を、背後に感じながら。右腕を、握り締める。殺す為の腕を。救う事など有り得ない、ただ奪う為の右腕────
(
《ふむ……では、どうする? あれを殺しきるなど、至難の技ぞ?》
(ハッ────不死身を殺す方法なンざァ、
《成る程、道理じゃな》
長谷部の柄を握り締めて、浅はかな考えを捨てる。分かりきっている事だ、『
まだ、敵が五体とは確約されていない。だから、ここで無駄撃ちして後々必要な時に役立たずでは、目も当てられまい。
「………………………………」
「
隙無く刀を構え、
「
刹那、五体満足な最後の一体が飛び掛かってくる。速い、先程までの個体の比ではない。素体となった人間の基本性能が良かったのか。
「
だが、見えている。
稲妻のように、その一撃は速く。
「ガ、ギャヒ─────!?」
斬り臥せる。伸ばされた腕ごと、その身を断ち斬った。
「
だが、まだ動く。
「────“
一歩下がり、喉笛のあった空間を噛み締めた
下段からの返しの一刀で、その素っ首を断ち切る。首を飛ばされた
『てけり・り。てけり・り!』
傷口から侵蝕を開始したショゴスに呑み込まれていく。生物も無生物も溶かし、同化するショゴスならば不死だの何だのも無意味である。
後の四体も、それでカタがつこう。幸い、動きが速いのは後一体。その個体も、既に頭部を喪っている。更に、テープ式の
「……大丈夫だったかい? 怖かったね、もう大丈夫だ────」
「……はい…………っ……あの………………」
一段落がついた安堵からか、背後の存在を思い出す。時折震えた声を漏らす、小さな……まだ小学生くらいの。
最愛とそう体格に変わりはない少女に向けて、振り向き様に声を掛ける。安心させようと、精一杯に優しい声を出して。
「あの……私の事、覚えてない…………?」
「──────え?」
縋るような問い掛けを受けて、刹那────白い、白い、白い部屋を思い出す。息苦しい程に狭い、無機質な立方体の空間。見覚えが有り過ぎて、吐き気を催すほどの……実験室の記憶を幻視して。
その視界の端、自販機の脇に垣間見た気がした『異形』。場違いなメイド服を纏う、
まるで嗚咽を堪えるかのように、肩を震わせている……己と同じくらいの年代の、さながら
────可哀想、可哀想。
「ッ────!!」
だが、嗚呼。それは『悲嘆』ではない。口を開かずとも、言葉は無くとも────如実に訴えかけてくる。
団栗のような、硝子玉の瞳。それは、見間違えようもなく『嘲笑』に歪んでいる。
────可哀想、可哀想。可哀想な『
「クッ…………!」
目は口程に物を言うモノ、だからこそ、人は彼女の瞳に『
────さぁ、機械のように冷静に、チク・タク。チク・タク。機械のように冷厳に、チク・タク。チク・タク。機械のように冷酷に、チク・タク。チク・タク────
幻の嘲弄は、振り向き様の一瞬の出来事。目を戻してももう、何処にも『異形』は居らず。代わりに、気付く。背中に寄り添うように震えている少女に。
「っ……ふ、ふっ……くっ、ふふ」
「────────」
否、違う。
視界の端に見えた、あの『異形』と同じく────
「────」
振り向ききった嚆矢の目に映ったのは、黒く長い髪。一部のみが金髪に染められた、その髪が────直ぐ、間近に。
「……そォかよ、やっぱり忘れちまったのかァ。いや、ガキの戯言なンて信じて夢見てた私が馬鹿だったってェだけか」
「何、が────ッ?!」
間近に迫った、何か一つ、夢を捨てて
そのせいだろうか、反応できなかったのは。例え万力じみた腕力で頚を絞られたと言えども。屍食鬼どもの運んできた血臭に紛れて気付かなかった────人造の臭いに。
「ッ────何を!」
「しや、がァ─────る」
刹那、世界が回る。全色の絵の具を一斉に混ぜたパレットのように、まるで二日酔いの最悪レベルのものを濃縮還元したような。とても立ってはいられない。
膝を折り、両手をコンクリートに突いて這いつくばって。漸く、洗濯機の中で洗われている衣類の気分となる。
先程見た『異形』のように、口許を押さえた姿で。最早顔を上げて、彼女を見る事すら出来ずに嘔吐感を呑み込む。
「どォだァ、“
その嚆矢を見下ろして、嘲り笑う少女は白いコートを寛げると袖から腕を抜き、フードのみを目深に被って羽織る。覗いたのは、今までコートに隠されていた革製の衣服。
『いい様だな、コウジ……この我を一度ならず、二度までも侮った報いだ……!』
そして──吹き抜けた、突風じみた風。腐肉のように甘ったるい、瘴気を孕んだ風が吹く。少女の手元に現れた、鉄の装丁の
『この、“
悍ましき異教の秘技を記した、最後の十字軍の生き残りが著した魔導書が。これで三度、立ちはだかった────。
………………
…………
……
くるくるとクルクルと、
立て板に流れる水は逆流して霧散する、覆水は盆に還って溢れる。投げられた
五メートルと離れていなかった筈の、フレンダと最愛の姿すら確認できない。この暗闇に溶けて消えてしまったのか、等と本気で考えて。
黒い闇は、白い光に。黒い公園は、白い白い────白い研究室に。無人の世界は────
『ん……ふふ、あげちゃった』
『うー、ずるい~……』
──
「ッ────か、ハッ……!」
頭を振って記憶の混濁を払い、辛うじて正気を保つ。実に運のいい話だ。黒髪の少女を技で振り払った、その紳士的でない行為の為に受けた、『女性に優しくする』という
もしもそれが無ければ、今頃はもう意識の手綱を手放して昏倒、或いは発狂していたかもしれない。
──“
思考する/嗜好する。
これは三流だ、破る方法はある/あれは上物だ、破る法悦がある。
頭が痛い、考えが纏まる前に失神しそう/腹が減った、殺す前に
思考、その渦巻き。
その痛みに、乖離した理性と野性の隙間に針の穴一つの正気を手繰り寄せる。
(……無理、だな)
この一瞬でのその有り様に、解決の最短距離であるルーンの使用を諦める。無理だ、この状態では。嚆矢が魔術を行使できるのは、『
そして能力とは演算あればこそ、その演算に失敗すれば────能力もまた、失敗する。そうなれば魔術の反動は、完全に神のみぞ知る事となろう。もしかすると、『一文字で致死傷』と言う
《ふむ……では、どうするのじゃ?》
(──────)
では、どうするか。どうすれば、この苦境を乗りきれるのか。思考、散断する自我の中で。背後の“
あれは吐息の形をとった、肺からの汚染だ。呼吸をすればする程、汚染されていく。ならば、既に入ってしまった酒精を取り除く為にはどうするか。
(────喰え、ショゴス。喰って、
ならば、それしかない。これ以上の汚染を受ければ、それこそ手遅れだ。
かつて『スクール』のゴーグル男に掌を潰された際は、ショゴスが組織に刷り替わるまで二分ほどを要した。ならば、問題はない。ほんの五分ほど、
『────てけり・り。てけり・り!』
「クッ────────────?!」
指示に、喜び勇むかのようにショゴスが啼く。間髪容れず、両の肺腑が一口に貪られる。喉を駆け昇ってきた塊を吐き出せば、路面に鮮やかな緋色の
目の回る中毒の最中、目の眩む激痛に口角を吊り上げる。喰われた肺では言葉すら発せず、路面に向けた悪鬼の笑顔は誰にも見えてはいないだろうが。堪らない、そうだ────
(これが────殺し合いだったな)
刹那、身を躱す。翳されていた少女の掌からの目に見えない『何か』に、徒花が路面ごと散らされる。ショゴスの
「ひっはははは────よく躱したじゃねェかァ。“
『フハハハハッ────さぁ殺せ、宿主! 今なら奴は、まな板の上の鯉と言う奴だ!』
白いコートを、夜風と爆風に翻らせながら。鉄の装丁の魔書を携えた黒髪の少女は二撃目、三撃目と『右手』を繰り出す。
成る程、爆槍とは良く言ったものか。その度に、目に見えない何かによりその先のモノが撃ち砕かれる。
「────────」
「どォした、あの
そもそも言葉など発せないし、口を開けば血を溢すだけだ。視界には端からテレビの砂嵐のような狭まり、体は末端から痺れるように重くなってくる。典型的な酸欠の症状だ。
そんな嚆矢を嘲笑うように────フードの奥の瞳を爛々と、黒豹のように煌めかせる少女は。
「それとも────私にゃあ、掛ける言葉の一つもねェってェのかァ!」
「ッ………………………………」
悲鳴のようにも聞こえる言葉を、溢しながら。遂に膝を突いた嚆矢に向けて、まるで突き放すように『右手』を伸ばす。
その先端から、豹の爪を思わせる掌から────
「────────!」
その槍を、長谷部で受ける。食屍鬼の爪牙の比ではない圧力、それを────刀の
そもそも、古流武術の基本は合戦でのものだ。武器の使用を前提とした総合格闘技、それが古流武術である。
そして、何よりも────
ただ、強力な能力に任せた一辺倒の突き。見えずとも、躱すくらいは造作もない。
この程度の技量であれば、何時までも躱していられよう。彼女の技量が本当にこの程度で、かつ万全の状態であれば……の話だが。
「やるじゃねェか、“
『ハ、なればどうした…………所詮は洞穴に引き篭もる蛞蝓よ、この我とは比べるまでもないわ!』
しかし、それすらも薄ら笑いだけ。少女は金色に染めた揉み上げを右手で梳くと、一瞬だけ攻め手を弱める。何故か、その瞳に懐古を宿して。何故か、その左手に────魔書を携えて。
『何を息吐いている、今が好機だろうが! 殺せ、今すぐ! 此奴は貴様の事を覚えていなかった……即ち、獲物だろうが!』
「うるせェ……解ってンだよ、クソムシが!」
瞬間、美眉を潜めて。蠢き這いずるような鉄の装丁の魔導書に生命力を削られ、魔力に変換されて。無論それは魔導書の炉によるものだ、少女に反動は無い。
少女の右手に集まる、魔術の気配。それは酷く覚えがある。収斂する気配、正にそれは────
「なァ────液体窒素って、知ってるかァ?」
『“
「ッ────────!?」
覚えがある、術式で。嘲る少女の掌に集まる青白い霧、それの正体に気付いて────
「────くたばりなァ、クソ雑魚ォ!」
放たれた、『消沈の三大ルーン』により-196℃まで冷やされた窒素の槍。その一撃を矢張、長谷部で受ける。しかし、刃を通して冷気が伝播するのは止められない。
指先が凍る感覚がこびりつく、血液の巡りが滞る。その二つを、踏み越えて─────
「ッ────ッ!」
展開した第一防呪印“
視界がボヤける。演算が纏まらない。
「足掻きやがってェ!」
『三枚だ、宿主よ。あれは神に捧げる生け贄の呪詛……“
「うるせェっつってンだろうが、こっちは
二撃目の凍槍によって、第二防呪印“キシュの印”が割砕する。後は無敵の第三防呪印“ヴーアの印”と、最終防呪印“
「クソが、出し惜しみしてンじゃねェ────もっとだ、もっと搾り取れ! 液体だなんて生易しいもンじゃねェ、固体をブチかます!」
『心得た────クク、ではいただくぞ!』
魔書が、その鉄の装丁が妖しく艶めく。命を吸い、魔力を産み出しながら蠢いている。醜い、浅ましい。あんな汚穢を、好んで使う気が知れない。
『
先程までの比ではない、魔力の昂りを携える彼女。対し、最早まともに残り二枚を展開できるかすらも怪しい自分。
白い光、見るだけでも凍えそうな程に寒寒しい、極北の風だ。それが一陣、圧縮された槍となって心臓を狙い────
「“
撃ち出されるよりも早く、彼女に向けて様々な『顔』が描かれている携帯型対戦車ミサイルが撃ち込まれ────それを、右手の槍で迎え撃った彼女。その懐に、同じくらいの背丈の影が躍り掛かる。
掌底からの蹴り、反転しながらの後ろ回し蹴り。高圧の『窒素』を『装甲』として纏う体術は、見た目からでは想像も出来ない破壊力だ。
だから、黒髪の少女はそれを
「────超見覚えがある能力だと思ってみりゃあテメェですか、
「ヘェ────確かに見覚えがあると思えば……優等生の絹旗ちゃンじゃねェかよ?」
互いに、仇敵に再会したかのように。壮絶な敵意をぶつけ合って。
「ちょっと嚆矢、結局アンタ、顔が土気色なんだけど……大丈夫な訳?!」
「ッ────カハッ! ハァ、大丈夫になったよ、今……ね」
駆け寄ってきたフレンダの問いに、ショゴスにより辛うじて、窒息するよりも早く再製した肺腑に息を吸い込み────暫し止めて、酸素を取り込みながら応えて。
満足に動けるように、呼吸を整える。まだだ、気を抜くには早過ぎる。漸く首の皮一枚繋がっただけだ、現状は。
「仕切り直し、かァ……面倒臭ェけど──────よォ!」
「っぐ────?!」
その証明とばかりに『左手』からの高圧の『窒素』を『爆槍』として最愛を吹き飛ばした、『黒夜海鳥』と呼ばれた少女が呟く。それに呼応するように、辺りから不穏な息づかいが聞こえてくる。
物陰から、藪の中から。至る所から圧し殺したような、極上の餌を前に舌を出して喘ぐような────獣の息遣いが。
「こいつら、まだこんなに居た訳?! 勘弁してほしいのよ……」
「っ……超、泣き言言ってンじゃねェですよ。初体験がこンな化け物に
「結局、どう考えても良い訳無い訳よ!」
フレンダでなくとも、そう口を衝いて出よう。其処彼処に潜む食屍鬼を目の当たりにすれば。
『
それを見計らって、タイミングを合わせて『右手』を掲げた黒の少女。それは、走者に号令を出す仕草。
「ラウンド、トゥー……ってか────ァ?」
号令が掛かる、正にその瞬間。魔書を携える少女は、まるで糸の切れた繰り人形のように
「ちっ、
「「「
その呟きを掻き消すような咆哮、周囲の食屍鬼どもの
「悪ィな────この二人はとォの昔に俺が唾つけてンだ。テメェらは、お仲間同士で
「「はあ?!」」
その先頭、口火を切った一体を“
長谷部と偃月刀の双振りを携えている嚆矢は────勇敢で精悍な『
「
一息に“
《
「ふゥン…………確かに、ソソる話じゃねェか────検討しておこう」
「…………ッ?!」
燃え盛るような真紅の瞳三つで、一瞬見詰められた黒の少女。悪寒でも感じたのか、猫のように身震いしていたようにも見えた。
その、無意味な視覚情報を断つ。己の目は瞑り、代わりに影から覗くショゴスの血涙を流す瞳で、全天周の食屍鬼を捉えて。
「“
《
構えもなく、長谷部をただ、だらりと持ったままで。三十を越える食屍鬼全てに、ただ一振りを。
《“
「
“
「「「「
玉虫色の時空の裂け目に、食屍鬼どもが捕食されていく。足下の影は、食欲を満たされた歓喜に咽ぶように波立っていて。
僅か数瞬で、食屍鬼は跡形もなく。先の五体の残骸も含めて、完全に消滅した。
『クッ────欠片とは言えども、流石はかの
「旗色が悪ィな…………仕方ねェ、退くか」
使い魔の全滅すら、大して気にせずに。既に離脱の構えに入っていた黒の娘は、一度此方を見遣って。
「じゃあねェ、
「「……………………!」」
その台詞に。嘲笑うような────憎悪するような台詞に反応したのは、嚆矢と最愛の二人。フレンダはただ、そんな二人を見比べているのみ。
足下に『
静けさが帰ってきた公園に、思い出したかのように虫の合唱と夏の茹だる夜気が流れ込む。
長谷部を鞘に戻しながら行った“
「……助かった、訳よね? いやー、結局、一時はどうなるかと思った訳よ」
危機が去った実感に、フレンダが冷や汗を拭いながらそんな軽口を。嚆矢と最愛の二人に向けて、『やれやれ』とばかりにフランクに肩を竦めて戯けてみせる。
勤めて、明るく。明らかに、ギスギスしている嚆矢と最愛の間の空気を和らげようと。
「……………………」
「……………………」
「あは、ははは……」
それを完全に無視され、彼女は諦めて。溜め息一つ、『やれやれ』と肩を竦めて。
「……アンタ、対馬嚆矢でしたっけ? 『
「……………………」
最愛の問いに、嚆矢は口を閉ざしたままで。呼吸すら最低限に、目を伏せたまま。微動だにせず、反応の一つすらなく。
「聞いてンのかよ、テメェ────」
その様子に怒りを露にした彼女が、襟首を掴んで引き寄せた────
「────ふぎゃっ?!」
その勢いのままで、さながら頭突きのような形で最愛の額に額をぶつけて……そのまま彼女を組敷くかのように、力無く倒れ込んだ。
「ちょっ、こンの────……!」
いきなりの事に能力の発動をしくじったか、打ち付けた額と頬を赤く染めつつも一発、ボディーブローを叩き込もうとした最愛。
そこで漸く、気付く。気付いて、溜め息を溢した後で。
「あ、お邪魔しました~」
「……フレンダ、ふざけてねぇでこの失神ヤローを退かすの、超手伝ってください」
「はいはい、しっかし……一層訳が分からない訳よね、こいつの
“
ぐい、と背後からフレンダが嚆矢を抱え起こして、『
「それで? 何処に運ぶのじゃ?」
「そうですね……じゃあ、喫茶店に超戻りましょうか」
「そうね、結局賛成な訳よ……ってか、今まで何処に居たのよ、織田?」
現れたのは、真紅の
失神している嚆矢から長谷部を抜き取り、足下に蠢くショゴスに納めて。
「何を言う、ずっと
「そうだっけ……そんな気もするような」
「今は超どうでも良いです。それよりこの男、ヤバイくらい体温が超低くなってますから……急ぎます」
「ふむ、確かにのう。では、急ぐぞ」
その唐突な出現に抱いた違和感も、彼女の
フレンダも気を取り直し、来た道を振り返って。そうして三人の少女は、揃って復路に着いたのだった。