Shangri-La...   作:ドラケン

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七月二十一日:『水神クタアト』

 

 

――ああ……また、此処か。

 

 

 そんな悪態も漏れよう。三度、眼前に広がる窮極の宇宙。痴れ果てた異形の神々が躍り狂う、盲目白痴にして混沌の魔王が座する玉座に。

 前の狂躁は、もう忘れてしまったのか。神々はまたも、生け贄になど興味すら抱かずに。

 

 

『ヨ ウ コ ソ』

「――――――――!」

 

 

 それは、まさに爆音だった。直上で、気化爆弾か皇帝核爆弾(ツァーリ・ボンバ)が炸裂したかのような衝撃。

 酷く辿々しいが、それは存在を、事象を。躯を、精神を。霊魂を――――直接、揺らすような。暴力としか言いようのない衝撃だった。

 

 

『ヨ ウ コ ソ   ア ラ タ ナ ル  ワ ガ セ イ サ ン ヨ』

 

 

 『聖餐』だと。見なくても分かる程に下卑た表情を浮かべている筈の、魔王の声。心臓すら止まったのではないかと思うほどに硬直する生け贄の、頭の上……背後から。

 

 

『コ ノ ミ ギ ウ デ ハ  キ ニ イ ッ タ カ ?』

 

 

 ずるり、と。魔王の手が延びる。文字通りに。烏賊か、蛸か? 何を莫迦な、人間のものだ。形だけは。

 

 

――何だ、あれは。いや、覚えがある。あれは……!

 

 

 それは名状し難く、また、理解する事も出来ない。だからこそ、『生け贄』には馴染み深いだろう。

 笑っている。同時に、妬んでいる。『()()』が得る事も、窺い知る事すらも叶わなかった『魔王』の下賜を賜った『生け贄』に。嘲り、罵りながら――――暗愚のまま、躍っている。

 

 

『ワ ガ  ナ ヲ  ノ ゾ ム  オ ロ カ モ ノ ド モ ヨ』

 

 

 見える。確かに、見えてしまう。見たくもない、その有り様が。

 灰色の町、剥ぎ取られた幻想の彼方。唯一残った、その夢物語。誰しもに忘れられた、この世ならざる大洋(オケアノス)。異形の海豚達と、精霊(ニュムペー)達。優しくこの身を包み、彼方に誘う菫色のスンガクの芳香――――

 

 

――止めろ、止めろ止めろ止めろ! 行きたくない、行きたくない行きたくない行きたくない! 俺は、俺は、そんな所!

 

 

 その『魔王』の手が……沸き立つ禍々しい奇怪にも機械に似る、確固たる密集した鎧にも群を為した剣にも、唯一生まれ持った拳にも見える追加された複合装甲を纏う、右腕の鉤爪の拳が……

 

 

『ダ イ シ ョ ウ ノ ト キ ダ   キ サ マ ノ  タ マ シ イ ヲ  ヨ コ セ !』

 

 

 生け贄の、肩に触れた――――――――

 

 

――ああ、月が。あの、小さな窓の向こうの、狂い嗤う黄金の満月が……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 静かに、目を開く。いつも通りの朝の風景、『錬金術』によって亜麻色に戻した髪までぐっしょりと濡れた程に、大量の寝汗……否、冷や汗か。

 それを拭おうと右手を上げて――――

 

 

「――――ッツ!?」

 

 

 筋肉や腱、関節に骨。右手のあらゆる部位が、盛大に軋みを上げた。

 

 

――何だ、こりゃ……昨夜、寝る時までは何ともなかったのに。

 まさか、昨日の魔術行使の反動か? おっさんの筋肉痛じゃあるまいし……確かに昨夜は、妙に魔術のノリが良くて右手を錬金したりしたけど。

 

 

 針の筵とでも言うべきか、全体を無数の針で貫かれている感覚。間接まで、隙間なく。要するに、最悪の状態である。

 左手で、直ぐ脇のペットボトルの水を掴む。途中、昨日の()()()であるサバイバルナイフを『M9多目的銃剣システム(MPBS)』として作り替えた物と――――自動式拳銃(オートマチック)『コルト・ガバメント』を押し退けて。

 

 

「全く……朝っぱらから気分最悪だな」

 

 

 苦労しつつ汗塗れの寝間着を脱いで濡れタオルで汗を拭い、洗濯した普段着――――カッターシャツとスラックスに着替えた後、学ランをばさりと。船乗りみたく左肩に引っ掛ける。その裏ポケットには、先程の鞘付き銃剣と拳銃が隠匿されている。

 因みに、風紀委員(ジャッジメント)の業務に専念する為に新聞配達のバイトは休職扱い。エリアチーフからは、『いつでも帰っておいで。君みたいに無遅刻無欠勤、時間厳守の優秀社畜……もとい、社員候補はいないからね』との有り難い言葉も頂いている。

 

 

――これを期に辞めようかと思うくらい、目から汗が出そうになったぜ。

 

 

 等と蜂蜜色の黄金瞳を押さえつつ。戸締りを確認し、階段を降りる。そして、庭には……いつも通りの、竹箒の音。

 

 

「おはようございます、撫子さん」

「あら、おはよう、嚆矢くん」

 

 

 この『メゾン・ノスタルジ』の女主人。藤色の和服に割烹着と言う、夏場に有り得ない格好で涼やかに掃除をこなす、名前通りの大和撫子。

 

 

「昨日は、随分遅かったのね。風紀委員ってやっぱり忙しいのね」

「あっ……アハハ、まぁ、そうですね」

 

 

 昨夜、深夜過ぎにこっそり帰って来たのにも気付かれていたようだ。

 もしかしたらと『アイテム』の尾行には気を配っていたが、それが杞憂に終わった安堵から気を抜いてしまっていたらしい。

 

 

「幾ら人の為でも、余り危ない事をしては駄目よ? 貴方の御家族、お友達、それに私も。心配するんだからね」

「うっ……は、はい」

 

 

 まさか、昨夜の事を知っている訳はない筈だが、おっとりと叱られてしまう。こういう噛んで含めるような叱られ方は、頭ごなしに大声を出されるよりも、義母(はは)を思う為に寧ろ心に刺さる。

 

 

「はい、よろしい。それじゃあ、気を付けていってらっしゃい」

「はい、それじゃあ、行ってきます」

 

 

 殊勝に頭を下げた事が幸を奏したか、或いは時間が無い事を慮ってくれたのか。それで話を切り上げた彼女。

 再度頭を下げ、石作りの門扉を抜ける。以前に聞いた話では、切り出した天然石材を並べたらしい、メゾンの四方を覆う壁。その、唯一の出口を。

 

 

「あ、そうだ。昨日、固法ちゃんって女の子から電話があったわよ? よく解らないけど、『明日、支部で心待ちにしてます』って。モテモテね」

「…………」

 

 

 忘れていたかった事を、思い出しながら。

 

 

………………

…………

……

 

 

 とぼとぼと歩いてきた嚆矢が、道々買った缶珈琲……の、当たりで得た二本目のプルタブを空けながら支部の休憩室の席に着く。

 大方の予想通りに美偉に搾られただけだ。その様子は余りにテンプレートな状態だったので、割愛させていただく。

 

 

「ま、自業自得だな」

「うるせーやい……」

 

 

 『巨乳』Tシャツのおむすび頭な巨漢くんが笑いながら肩を叩いた。それを顔も上げずに右手で払――――おうとして、余りの痛みに止めた。

 

 

「じゃ、俺達はもう仕事有るから行くわ」

「何にしても、ちゃんと後輩の面倒は見なよ?」

 

 

 と、他の風紀委員の面々も去っていく。気になる台詞を呟きながら。

 

 

「白井さん、昨日『偏光能力(トリックアート)』とか言う能力者の捕り物で怪我したらしいし」

 

 

 その、矢鱈とペットボトルを持った女生徒としては、何の気なしに言っただけだろう。しかし――――刹那、誰よりも早く扉を潜った影。

 

 

「……あれ? 対馬くんは?」

「……今、物凄い勢いで走っていった」

 

 

 ぽかんと辺りを見回した女生徒、それに答えたのは学生帽子に眼鏡の長身の生徒。

 

 

「ま、責任取らなきゃいけねぇのは間違いないけどな」

「だよねぇ、一応は最年長なわけだし」

「ね~」

 

 

 どう見てもお前の方が不良だろうと言いたいスキンヘッドの学生と、小学生らしいランドセルの金髪の少年、小学生にしか見えない茶髪の学生。そんな、風紀委員達の会話があった。

 

 

………………

…………

……

 

 

 支部の一室、堅く施錠されたその部屋。中では一体何が行われていると言うのか、誰も彼もの侵入を拒むよう。

 

 

「全く……どんどん怪我が増えてますね、白井さん。妙齢の女の子としてはどうなのかと、最近思うわけですよ」

「それがわたくし達の仕事なのですから、これくらいどうと言うことはありませんの。それより初春、対馬先輩の事でなにか伺ってませんの? 全く、あの方にも困ったものですわ、お陰で固法先輩の機嫌が悪くなる一方ですもの」

 

 

 本来なら、外部からのあらゆる接続を拒絶する扉。『ある人物』により最新鋭のセキュリティに匹敵する電子防壁(ファイヤーウォール)を持つこの支部の、ここに挑むくらいならば警備員(アンチスキル)の支部にハッキングを仕掛ける方がまだ楽な、そんな扉。

 

 

「ええっと、で、でもほら、嚆矢先輩にも事情くらいは――――」

「――――白井ちゃん!」

 

 

 そんな扉をあっさりと、万にどころか億――――否、兆に一つほどの可能性の『誤作動』の確率を、『ラプラスの悪魔(ザーバウォッカ)』は当然のように引き当てて。

 まるで普通の引き戸のように開けて、嚆矢はそこに踏み入った。

 

 

「「――――えぇっっ!?!」」

 

 

 驚いて固まった、チューブ式軟膏を持つ飾利と――――飾利に手当てを受けていたらしい、包帯を巻かれている上半身半裸の黒子の姿。それすらも、気にせず。

 つかつかと歩み寄り、椅子ごと退いた飾利には目もくれずに。

 

 

「済まない、白井ちゃん! こんな大事な時に、俺ァ……俺ァ莫迦だ! もう取り返しなんてつかねぇけど、詫びならどんな事でもする! いや、させてくれ!」

「な、な、な…………!」

 

 

 硬直した、胸元を包帯で覆われたのみの彼女へと。強く握れば砕けてしまいそうな程に白く華奢な、剥き出しの諸肩を両手で掴みながら猛然と謝った。先程の美偉に叱られていた中では、遂に見せていない本当の反省をしながら。

 因みに、その間も黒子は呆気に取られた表情のままで目を白黒させていた。驚きに、ツインテールを逆立てたままで。白井黒子が目を白黒とは、これ如何に。

 

 

「怪我……そうだ、怪我、大丈夫なのか?!」

「おお、落ち着いてください嚆矢先輩! むしろ、怪我が悪化しちゃいますよぉ~! って言うかあの、白井さん、まだ裸……」

 

 

 漸く我に帰った飾利の声が響く。持っていた軟膏のチューブなどは、握り締められた為に全て出てしまっていたり。

 

 

「謝って済む事じゃないのは百も承知だ、いざとなれば……俺が、責任とるから!」

 

 

 そして――――同じく我に帰った黒子が、俯く。髪も、ぱさりと重力に従って。

 

 

「――――あれ?」

 

 

 晒け出された首筋まで羞恥に真っ赤に染める黒子の肩を掴んでいた嚆矢が――――一瞬の浮遊感の後、天地を逆転させて空中に現れて。

 

 

「――――なぁに晒してくれやがってますの~~~~っ!!」

「――――ンがッ!?!」

 

 

 床面に脳天を打ち付けるのと、般若の形相の黒子に顎をスタンピングされたのは、ほぼ同時だった…………。

 

 

………………

…………

……

 

 

 強烈な日差しと、それを照り返す石畳から立ち上る陽炎の波。蝉時雨の降り頻る日盛りには先程から、追い水までもが見える始末。

 本日の学園都市は快晴、気温は三十度。湿度七十%。早くも夏日真っ盛りである。

 

 

「う~ん……」

 

 

 子供ははしゃぎ、大人は辟易する気候。それらの全てを無視し、難しい顔をした嚆矢は……

 

 

「うう~ん…………」

 

 

 難しい顔を『横倒しに固定した』まま、首に包帯を巻いた嚆矢は唸り続けていた。

 

 

「あの……まだ痛むんですか、嚆矢先輩?」

「ん……あ、いや。首の方は別に何ともないさ、飾利ちゃん」

 

 

 心配げに訊ねてきた飾利に、僅かに笑いながら答える。無論、首は動かさない。

 先程の黒子のスタンピングによって軽く脛椎を捻挫した訳だが、その黒子の手当て中だった飾利が持っていた救急箱のお陰で事なきを得ている。

 

 

「自業自得ですの。嫁入り前の乙女の肌に触れるようなケダモノには」

「ちょっ、ちょっ、白井ちゃん。往来でそんな…………はい、私が悪うございました」

 

 

 少し先を歩いていた黒子の、青筋を浮かべた笑顔に軽口を止める。次に同じことをヤられたら、今度こそ首から下が動かない体にされる事だろう。

 

 

――まあ、『空間移動(テレポート)』ばかりはどうしても『確率』とか『理合』が反映される予知が無いし……珍しい能力なのが救いだけど、ホント俺って空間移動能力者(テレポーター)が天敵だな……。

 どうにかして克服しねェとな。『大能力者(レベル4)』の能力者に負けてるようじゃ、『第七位(ナンバーセブン)』に勝つなんて夢のまた夢だ……!

 

 

 と、若干腐りながらも、生来の反骨心からそんな事を考える。しかし、簡単な話ではない。

 自身で評した通り、彼の『確率使い』……『制空権域(アトモスフィア)』は勿論、身体強化の『神刻文字(ルーン)』、昨夜のように『機械人形(ゴーレム)』を生んだり、触れたものを分解・再構築する『錬金術(アルキミエ)』も、『あらゆる防御を無視する』、『触れた瞬間に離れる』、『相手すら飛ばす』彼女の能力の前には無意味だ。

 

 

――殺すのが目的なら『触れた瞬間に分解』するだけで済むが、それも『物を体内に転移』とかされたら攻略されちまう。やっぱり、何か対策を講じないとな。

 

 

 肩を怒らせたままで前を歩く、非常に絡みづらい少女。学園都市230万人中58人しかいない稀少能力の持ち主の中でも、五指どころか、間違いなく三指に入るだろう彼女を見遣る。

 白井黒子――――嚆矢にとっては、初めて会った空間移動能力者(テレポーター)。知識としては『空間移動能力者が天敵』として()()()()()()()が、実際に相手にしたのは彼女が初めてだ。敗北自体は別に、慣れたものだが……初見とは言え、ああまで無様に負けた事は――――最近の『ステイル=マグヌス』も含めて、僅かに数人。

 

 

――それが、この少女。リボンで編んだ茶色のツインテールに常盤台の制服……灰色のスカートとクリーム色のベストに身を包む、(うら)らかな顔立ちの少女。

 十人が十人、美少女と答えるであろうその容姿、しかし惜しむべきかな。彼女は――――所謂、『百合』である。

 

 

「――何を見ていますの?」

「えっ、あっ、いや……別に」

 

 

 と、不機嫌そうに唇を尖らせた顔が目の前に。そこは常盤台クォリティか、先に述べた通りに見た目なら極上の美少女。

 先程見た肢体は青い果実そのものであったが、五年後もすれば、どれ程の女性となっている事だろうか。

 

 

――何て考えてる事がバレたら、今度こそ誅殺されるんだろうなぁ……。

 

 

 あからさまな愛想笑いで茶を濁し、右手を振ろうとして――――忘れていた疼痛が肩まで走り抜ける。

 直接、神経をなぞるような不快な痛みが指先から。腕の中心に籠る、病的な熱のようだ。

 

 

「ッ……兎に角、女の子がこんな炎天下に外回りなんて肌に良くない。巡回は早く済ませよう。そうだ、お詫びも兼ねて、今日の昼は奢るよ」

「貴方はまた……あれだけ固法先輩に叱られても、そんな不真面目な事が言えますのね」

「で、ですけどほら、白井さん。無理して倒れたりしたら、それはそれで固法先輩に叱られますし……」

 

 

 表情は辛うじて、愛想笑いから変えずに。痛みをやり過ごし、代わりにヘラヘラと軽口を。それで更に黒子への心証を悪くしながら。飾利がフォローを入れる程に。

 右腕を庇うように、左腕を翻して詰襟を寛げる。実に暑そうに、学ランの内に籠る熱を逃がす。

 

 

「え~? 褐色肌、駄目~? 私は良いと思うけどな~?」

 

 

 そんな時、後ろから掛かった声。振り向けば……道端の壁際。街路樹の木陰に陣取る、水晶玉占い師の姿。

 

 

「だってさ~、原始、女性は太陽だったんだよ~?」

 

 

 深紅の髪に、アラビアックな衣装の上からサリーと金の装飾を身に纏う――――ニコニコと、屈託の無い笑顔の褐色の娘。

 

 

――あれ……さっき、あんなとこに人なんて居たか?

 

 

 と、微かな違和感。しかし、先程は考え事に集中していたのだから見逃したのだろうと納得して。

 

 

「ところで、君達デート中~?」

「違いますの」

「ハッハッハ、即答かぁ……先輩寂しいよ」

「暇なら、占ってかない~? 今なら、」

 

 

 不機嫌そうな表情のまま、即座にそう返した茣蓙(ござ)に結座し、布で飾られた台に置かれた水晶玉を磨く娘。

 

 

「結構ですわ。この科学全盛の世に、そんな非科学的な事」

「し、白井さん……そんな頭ごなしに……」

 

 

 確かに、頭ごなしである。しかし、この学園都市に於いてはそれが当然だろう。

 かつて、一部の『特別な存在』に挑んだ結果。それが、この学園都市の――――『能力者開発』。人工的な超能力の、製造と精製。

 

 

「おいおい、白井ちゃん……現実は見ての通り、灰色一色の無味乾燥。つまらないもんさ。それに対して、幻想ってのは彩りだ。灰色の現実に潤いを与えてくれる、な」

 

 

 それを可能とした時、人は発展と引き換えに。また一つ、夢見る事を喪ったのだ。

 

 

「だから、夢くらいはみないと。灰色に塗り潰されちまうよ」

 

 

 等と、『数少ない例外』である嚆矢は……幻想が今も、世界の片隅に息づいている事を知る彼は、やはり軽く告げて。

 

 

「では、好きなだけお時間を潰していてくださいな。行きますわよ、初春」

 

 

 それが、遂に堪忍袋の緒を切った。黒子は一度嚆矢を睨み――――直ぐに、飾利へと向き直って。

 

 

「えっ、あの……少し位ならいいんじゃないですかね? えへへ……」

「……あら、そうですの。ええ、もう勝手になさいな」

 

 

 取りなそうと心を砕く彼女の言葉に溜め息を吐いた後、何処へともなく空間移動で消えていった。

 

 

「う~ん、凄い既視感(デジャ・ヴュ)だな。何だっけ?」

「『虚空爆破(グラビトン)事件』の時と同じ展開じゃないですかぁ……嚆矢先輩、あまり白井さんを怒らせないでくださいよぅ……」

「ハハ、つい、ね。可愛い娘は苛めたくなっちまうんだ」

「小学生ですか、もう……」

 

 

 ぷぅ、と膨れた飾利を微笑ましく見遣りながら、困ったものだ、と。

 消えていった黒子を思う。

 

 

――『空間移動能力者(テレポーター)』攻略の方法を研究する為には、白井ちゃんの協力は不可欠だ。

 何とかして、そのくらいの関係には持っていきたいんだが……ああいう娘は、敵対した方が能力を披露して貰いやすいか? しかも、それが俺に向かうなら言う事無いが……。

 

 

 回転させる思考。それは、『正体不明(ザーバウォッカ)』の名残。『もしかすると、攻撃されるかも知れない』と、黒子の空間移動に備えて強度を異能力者(レベル2)から大能力者(レベル4)クラスまで強化した為の、思考の空転。

 

 

――恐らく、大能力者(レベル4)でも上から数えた方が早い。暗部でも、あそこまでの能力者は中々居ないだろう。

 だから、あの能力は()()()()()()()だけの価値がある。俺の『()()』の為に――――

 

 

 遥かな昔、『正体不明の怪物(ザーバウォッカ)』と呼ばれた暗部の()()()……そして再び夜の町に現れ始めた、黒豹の自我。

 渇きに、喉を鳴らす。実に自然に。口角を吊り上げ、鋭い剣牙(けんし)を剥きながら。この町と同じ、涙子達にも感じた通り、能力開発実験の所為(せい)で多少薬品臭いが……先程も思った通り、『見た目なら極上の美少女』なのだから。

 

 

「はいは~い、そこまで~」

 

 

 パン、と鳴らされた掌に正気に戻る。慌てて確認したが、飾利には別段、変わりはない。気取られてはいないようだ。

 

 

――イケねぇイケねぇ。女の子には優しくしないとな。それが、俺の誓約(ゲッシュ)なんだから……

 

 

 そしてその視線は、自然と飾利も見詰める人物へ。

 

 

「それで~、占うの~? 今なら、開店記念で君達、無料だよ~?」

 

 

 ニコニコと、変わらずに屈託の無い笑顔の女に向けられていた。

 

 

「じゃあ、一つ占ってもらおうか、飾利ちゃん?」

「そ、そうですね。良い結果なら信じて、悪い結果なら信じなきゃ良いんですよね? 何にしても減るもんじゃありませんし」

 

 

 折角、無料なのだ。気を取り直して飾利に促せば、何だかんだと乗り気である。やはり、いつの時代でも女の子は占い好きなのだろう。

 

 

「はいは~い、まいど~。じゃあ、この水晶玉に右手を置いて~?」

「あ、はい! こうですか?」

「大丈夫だから~、掴むくらいの勢いでいいよ~?」

 

 

 飾利が水晶玉に右手を置いたのを確認した後、笑顔のまま――――取り出した、古めかしいランプ。彼女はそこに向けて指を鳴らして、『焔』を灯した。

 

 

狂える詩人(アルハズラッド)の名に於いて……さぁ、詠み説こうか――――『■■■■(■■■・■■・■■■)』」

「「…………?」」

 

 

 聞き取れぬ声に、嚆矢と飾利は同時に嘆息する。最早、人間の喉が発した事すら疑念に思う程に。

 それは、まるで――――遥か西方の砂の海で。呪われた蟲が夜中に吠えた、鳴き声のようで。本能的な戦慄を禁じ得ない、そんな声が、口許の薄絹の奥から漏れたとは(にわか)には。

 

 

「ふ~む、健康運はまずまず~。ぶり返すから、あまり無茶はしないように~。仕事運は……ありゃ、君、近い内に大きな事があるから気をつけなよ~? 恋愛運……高望みしなきゃ、いい人なんていないよ~? 世の中、早いもん勝ちだよ~?」

「そっ、そうなんですか……これは、喜んでいい結果なんでしょうか……」

「まぁ、占いなんてそんなもんさ。良いとこだけ信じて、後は教訓。これも一つの考え方だよ」

 

 

 良いのか悪いのか判らない結果に、困った顔を見せた飾利。そんな彼女の肩をポンポンと叩き、慰めて。

 

 

「あ、それと、マンホールに気を付けた方がいいよ~? 開運グッズはライター、知り合いの喫煙者にでも借りよう~」

「マ、マンホールですか……っていうか、知り合いに喫煙者なんて居ませんよぅ……」

 

 

 がっくりと肩を落とした飾利に、追撃した女。その笑顔が……一度も絶やさない笑顔が、嚆矢を見遣る。

 

 

「後、彼氏の方は~……少しくらい無茶しないと、大事なものは守れないよ~? 見返したいなら、問題ないように仕事でね~。やる前から諦めると、一石二鳥なんてないからね~?」

「……成る程」

「ほえ、こ、嚆矢先輩?」

 

 

 一瞬、冷や汗を流す。成る程、そうか、と。この女は――――魔術師だ、と。神刻(ルーン)文字で『癒した』首の包帯を解き、飾利を背に庇うように立つ。

 何故なら、占いは……嚆矢にとって、馴染みのある魔術だから。『樹術師(ドルイド)』である、義母が最も得意とする魔術だから。

 

 

「ふぅ~。それじゃ、迷える子羊も救ったし~」

 

 

 立ち上がる姿。遂に、能面のように張り付いた笑顔を、一度も変えずに。そもそも、薄絹の奥の唇すら動かしていないのに。そんな事にも、今の今まで気付かなかった。

 緊張しながら、微かに震えながら。学ランの裏に隠匿するガバメントを握る。魔術師相手には心許ないが、人類が携行できる科学力では現代の最高水準たる『拳銃』でも、気休め程度にはなる。

 

 

「じゃあ、またね~。右手、大事にね、『■■■■(■■■■■)』閣下?」

「――――ッ!」

「――――ふきゃ!?」

 

 

 掲げられたランプ、そこに灯る赤い焔が、まるで生き物のように揺らめいて肥大し――――破裂した。

 

 

「チッ……」

 

 

 後に残ったのは、いつの間にか聞こえなくなっていた、喧しいまでの蝉時雨。思い出したように肌を苛む陽射しと湿度。

 

 

「ふぇぇ……あ、あれ? あの人は……」

 

 

 女は、影も形も。最早、近くには居ない。居たとしても、果たして本当に『人』だろうか、あれは。

 ほんの刹那、感じた気配。ステイル=マグヌスが『魔女を焼き尽くす地獄の業火』であるなら、あの女の焔は――――

 

 

「……まるで――――『命を持つ恒星の核』……だな」

 

 

 怖気と共に、吐き捨てた生唾。それに乗せて、少年は狂気を押さえ付ける。

 その、強張った顔を解すように、二度ほど張った。

 

 

「一先ず帰ろうか、飾利ちゃん。もう、いい時間だ。昼飯にでもしよう」

 

 

 まだ状況が飲み込めていないらしい飾利の様子に、安堵して……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 室内に入った瞬間、『空調は人類最高の発明品だ』と飾利と語り合い。一旦、身繕いの為に別れた後で、休憩室の空調の前に再集合して陣取る。

 

 

「お待たせしました、嚆矢先輩」

「いやいや、ちっとも」

 

 

 学ランを椅子の背凭れに掛けてカッターシャツ姿になった嚆矢は、弄っていた携帯を仕舞いながら、そう笑って告げた。

 飾利は自分で作ったらしい、可愛らしい包みの小さな弁当をテーブルの上に広げて。

 

 

「あの、嚆矢先輩……お昼、それだけですか?」

「ん? え、おかしいかな?」

 

 

 嚆矢がテーブルの上に置いている、格安の豚骨味のカップ麺と半額シールの張られたお握り二つを見て、心配げな顔をした。

 

 

「おかしいと言うか……栄養偏りますよ?」

「大丈夫、偏らないように醤油、味噌、塩、豚骨、魚介、蕎麦、饂飩(うどん)でローテしてるから」

「それ、完璧に偏ってますよぉ……」

 

 

 はぁ、と溜め息を漏らした彼女。それを尻目に、嚆矢は適時となったカップ麺の蓋を剥ぎ取って割り箸を割る。

 

 

「いやぁ、どうも料理って性に合わないんだよね……何て言うか、分量とか待ち時間とか、どうもね。出来る事って言ったら、『線まで湯を注いで三分』が限界かな」

「それでよく、独り暮らしなんてできますね」

「金が有る時はビニ弁だからね、平気平気」

 

 

 そう、もう独り暮らしして以来の三年もの間、友人と外食する以外はこればっかりである。それでも大病はした事がない辺り、異常に頑健な体である。

 しかし、そんな体でも流石に日射病と熱射病には弱いのか。ズルズルと、涼しい室内で啜る熱いラーメンという贅沢を堪能していると。

 

 

「あの、これ……どうぞ」

 

 

 差し出されたのは、弁当箱の蓋に盛られたポテトサラダとアスパラのベーコン巻き。そして卵焼きと、尻尾付きの海老フライ。

 それは彼女の小さな弁当のおかずの、実に三分の二程の量だ。

 

 

「……いいのかい?」

「い、良いからあげるんですっ。それに、そんな不摂生で倒れでもしたら、風紀委員(ジャッジメント)の名折れですから」

 

 

 『むしろ、君の方が倒れるんじゃないか?』と割り箸を銜えたままぱちくりとそれを見ていると、元々照れ気味だった飾利は、更に顔を赤くして。

 

 

「だいたい、カップ麺とかコンビニ弁当だけじゃ、いつか体を壊しちゃいますから。ちゃんと野菜も摂ってくださいね」

「えっ、だってカップ麺にも野菜が十分」

「入ってる訳があ・り・ま・せ・ん。もう、無頓着過ぎますよ……」

 

 

 繁々と見詰める蜂蜜色の瞳に、花束の少女は呆れたように、照れ隠しのように呟いた。

 

 

「か……神様、仏様、飾利様。このご恩は、生涯忘れません」

「へぅ、や、やめてくださいよ~。それに、嚆矢先輩には『虚空爆破(グラビトン)事件』の時に助けて貰いましたし……その、ささやかな恩返しです」

 

 

 次いで、椅子に正座してテーブルに平伏した嚆矢が飾利を拝み始める。勿論、人気の集中する空調近く。更に、休憩時間の昼飯時。

 

 

「くうっ……苦節十八年、まさか女の子の手作り弁当を食する日が来るなんて……良かった、生きてて……」

「そ、そんな大袈裟な……それに、手作りって言ってもほぼ冷凍食品ですし」

 

 

 有り難く、先ずは野菜から片付ける。何故なら、余り好きではないから。食えない訳ではないが、どっちかと言えば肉類好きである。

 そして何より、楽しみは最後に取っておく性質(たち)なのだ。

 

 

「さて、次は……卵焼き。これと海老フライはどう見ても手作りだね」

「ま、まぁ……あの、今日の卵焼きは結構自信作なんですよ」

「うん、分かるなぁ。綺麗に焼けてるし……うん、出汁が効いてる。甘さもクドくないし、絶品だよ」

「あ、えへへ……ありがとうございます」

 

 

 既に、周りには同じように昼食を取りに来た風紀委員が多数。そんなところでこんなバカップルのような真似をすれば、当然ながら周囲から妬みの視線や舌打ちが聞こえてくる。

 だが、そんなものは今は何処吹く風だ。小粒とは言えど、掛け値無しの美少女のご相伴に与れるなどはあと何度あろうか、と。

 

 

「さぁ、遂に大トリ……海老フライさんだ。三ヶ月と二週間四日ぶりの!」

「なんでそこまで詳細に覚えて……」

 

 

 割り箸で掲げ持つ、狐色にからっと揚がった海老フライ。中サイズだが曲がっていないところを見るに、きちんと下拵えなされている筈。背腸(せわた)も抜かれている事だろう。

 何より、タルタルソースの香ばしい香りが堪らない。箸の感触もサクッと食欲を誘い、期待が膨らむにも程があった。

 

 

「全ての命に感謝して、頂きま――――」

 

 

 一度、蓋の上に置いて尻尾を掴み直し、どこかの美食家のように祈りを捧げて一気に――――

 

 

「いっただきま~~す!」

「――――んなッ!??」

「さ、佐天さん?!」

 

 

 隣から顔を突き出した涙子に、海老フライを一口で奪われた。

 

 

「う~む、衣はサクサク、タルタルの酸味と海老の甘味がユニゾンして……絶品だね、初春!」

「あぁ~っ! ヒデェよ、佐天ちゃん! 尻尾の中身まで根刮ぎ……どうやったんだよ、いつもそこで手間取るからやり方教えてくれよ!」

 

 

 嘆く箸先には、文字通り脱け殻と化した海老フライ。周囲はガッツポーズをしたり、溜飲を下げたような顔をする風紀委員達。

 対して、元凶である涙子は、タルタルソースの付いた唇をペロリと舐めた。

 

 

「何々、初春~? 遂に実力行使で胃袋を掴みにかかったわけ? ひゅ~、やるぅ~」

「ななっ、何を言ってるんですか、佐天さん! ただのお礼ですっ、他意はありませんよっ!」

「またまた~、何とも思ってない人にお弁当上げるわけないし、何よりいまだに私や白井さんは名字呼びの初春が名前で呼ぶなんて……ねぇ」

「そそっ、それは、その……」

 

 

 慌てて椅子から立ち上がり、涙子に詰め寄る飾利。だが、当の涙子は全く受け合わない。制服の裾を翻すと、寧ろ、不敵に笑って攻勢に回っていた。

 

 

「って言うか、どうやって此処に入ってきたんだ、佐天ちゃん?」

「え?」

 

 

 立ち直り、伸びたラーメンを啜り始めた嚆矢が、改めて問う。そう、涙子は『風紀委員(ジャッジメント)』ではない。休憩室とは言え、此所は(れっき)とした公的機関の一室。部外者である涙子が、おいそれと入れるような所ではないのだ。

 何処かの能力者達のように『電子機器をハッキング』したり、『誤作動する確率を引き寄せる』事でもしない限りは。

 

 

「ああ、それなら『初春の友達です』って言って」

「此処も大概に(ザル)だなあ……」

「って、人の名前を勝手に使わないでくださいよ~!」

 

 

――ここの機密(セキュリティ)設定(プログラミング)したっていう『守護神(ゴールキーパー)』とか言う奴も、人的災害(これ)までは防げないらしいな……当たり前だけど。

 

 

 等と、一番楽しみにしていた物を食べられてしまったショックにすっかり塞ぎ混み、モソモソと塩気しかないパサパサのお握りを頬張りながら思う。

 因みに、その『守護神(ゴールキーパー)』がすぐ近くに居るなどとは、想像だにしていない。

 

 

「いやぁ、今日も一人寂しくご飯を食べてるだろう初春の為に来たんだけど……余計なお世話だったかぁ。まさか、初春に『初春』が来てたなんてねぇ~」

「だ、だ~か~ら~! 違いますってば~~っ!」

「あはは、冗談だってぇ。初春は可愛いな~」

 

 

 耳まで真っ赤に染めた飾利は直角に曲げた腕でポカポカと、涙子に『あうあう』と迫っている。

 その間にお握りを完食、スープを飲み干そうとカップの端に口をつけた嚆矢。

 

 

「――――っと!」

 

 

 瞬間、涙子が『両手』を飾利へと差し向けた。それは、嚆矢の側からは良く見て取れない。そして――――

 

 

「――――へあっ!??」

「――――ブふッ!??」

 

 

 まるで『風に吹かれる』ように、飾利のスカートがフワリと舞う。それと全く同時に、嚆矢が飲んでいたスープを吹き出す。

 

 

「いよっし、絶好調! にしても今日はピンクと白のストライプかぁ……」

 

 

 それは、おかしな事である。此所は室内、空調近くであのような風は吹きようがない。そして……涙子は、無能力者(レベル0)の『風力使い(エアロハンド)』だ。

 

 

「さ……さ……」

「ゲホッ! ゴホッ!」

 

 

 だが、それには誰も気付かない。スカートが捲れた飾利はショックで凍り付いているし、嚆矢も豚骨スープが鼻に入ったせいで()せてしまっている。

 外野も見て見ぬ振りか、我関せずを貫いていたから。

 

 

「さぁて、日課も済ませたし、じゃあ私いくね。アケミとむーちゃんとマコちんを待たせてるから」

 

 

 本当に、それだけをやりに来たのか。涙子は上機嫌でスキップしながら、休憩室を去っていった。続き、他の風紀委員達も続々と。この後の事を察して、後を……嚆矢に託して。

 

 

「えほっ……か、飾利ちゃん?」

「さ……さぁ……」

 

 

 漸くリカバリーし、恐る恐る飾利に声を掛ける。刺激しないように、慎重に。さながら、ニトログリセリンの加工のように。

 それに、真っ赤を通り越して茹で蛸状態となっていた彼女は、油の切れた鉄葉(ブリキ)の玩具のように、辿々しい動きで――――

 

 

「佐天さんの……佐天さんの…………佐天さんの――ばぁぁかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!」

 

 

 支部全体が揺れる程の、大音声を響かせた…………。

 

 

………………

…………

……

 

 

「全く……付き合ってられんな、『■■■■■■(■■■■・■■■■■■■■)』」

 

 

 その全てを、暗がりの廃ビルの一室からスコープ越しに覗いていた『彼』は監視を中断する。『風紀委員(ジャッジメント)』第177支部の一室、実に下らない三文芝居が繰り広げられていた休憩室から。

 代わり、取り出したのは――――一冊の本だ。やけに生々しい、湿った肌色をした『ソレ』を開いて。

 

 

「伯父貴達に知らせろ――――■■■■■■・■■■■」

 

 

 実に聞き取り辛い、まるで『人間の肺』ではなく『魚類の(えら)』で声帯を鳴らしたような、そんな(しわが)れた声を。

 そして、『何か』が窓際を伝っての雨水用の樋に飛び込む。ガサゴソと蠢く音は、その『何か』が下水に潜り込むまで続いた。

 

 

「さて……後は、『狩り』の下準備だけか。吸血鬼に有効なのは、大蒜(ガーリック)十字架(クロス)……いや、日光無効(デイ・ウォーカー)にはやはり、『銀の杭(シルバーブレッド)』か」

 

 

 それを見送り、男は――――既に数本目ともなる煙草を床面に捨てて踏み躙る。

 

 

「まぁ、何にしろ……先に雨具の調達か」

 

 

 ……ニヤリと、笑う。晴れ渡った空を見上げながら、もうすぐ『雨』になると。『樹形図の設計者(ツリー・ダイアグラム)』の予報ではない、別の確信に背を押されて。


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