Shangri-La...   作:ドラケン

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21.Jury:『Deep Blue』

 

 

 学ランを左肩に引っ掛けて、一人支部を後にする。時刻は既に夕方、久々のデスクワークに手間取った為だ。気温は二十五度と若干下がっているが、湿度は更に上がっていてやはり暑い。そして、後一時間半もすれば夕立が来る。

 学園都市のあらゆる『気象状態』を計測・演算する『樹形図の設計者(ツリー・ダイアグラム)』の予報……否、『予定』に間違いはない。事実、斜陽に染まり始めた遥かな空の際からは、入道雲が顔を覗かせている。

 

 

――帰り着くまでは、約十五分。全然、余裕だ。だから……そうだな、ローズさんのところに顔を出しとくか。

 相談事なら、沢山有る。ステイル=マグヌスの事とか、『妖蛆の秘密(デ・ウェルミス・ミステリィス)』の事、あの紅い女占い師の事……あの悪夢に現れる、『混沌の玉座』の事を。

 

 

 等と、久々に体に良い物を食べたからか。妙に調子が良い体を軽快に弾ませて。しかし、思考は沈んだまま。尚、飾利は二時間ほど前にデスクワークは済ませて帰っていった。

 少し先の、スクーターが停めてある駐輪場(コインパーキング)を目指して歩く。途中、自販機で缶コーヒーを買ったりしながら。勿論、当りで二本目を手に入れて。

 

 

――つーか、飾利ちゃん……ブラインドタッチで片手間に俺と話しながら報告書を三十分で済ませるとか……凄いな、見縊ってたぜ。

 

 

 人には意外な一面もあるものだ、と唸りながら。彼は、師の待つ喫茶店へとスクーターを走らせた。

 

 

………………

…………

……

 

 

 カロン、と。氷とグラスが澄んだ音を奏でる室内。年代物の蓄音機に掛けられたレコード盤から、落ち着いたブルースの流れる純喫茶『ダァク・ブラザァフッヅ』のカウンターに座る嚆矢は、相談を伝え終えてアイスコーヒーで喉を湿らせた。

 対面には、浅黒い肌の知的な紳士。紫煙を燻らせながら、燃え盛るような紅の瞳で……手元の1920年代の英字新聞『アーカム・アドヴァタイザー』を読んでいる。見出しの一つには、『現存した魔女の家。取り壊された壁の中から、無数の白骨死体と鼠じみた謎の生き物の骨が見付かる……』と言った内容の記事があった。

 

 

「成る程……十字教徒に襲われましたか。確かに、彼らは魔導書を保管すると言う名目で蒐集していますからね。どんな使い方をしているかまでは知りたくもありませんが」

 

 

 やれやれ、とばかりに単眼鏡(モノクル)を置いて、師父は視線を嚆矢へ向ける。そこには、『全てを知りながら』も口にはしないと言う意思。

 彼は、人が『自ら答えを出すこと』を是としている。故に、安易に『回答』を示すような事はしない。

 

 

「……つまり、彼奴等(アイツら)は――――『禁書目録(インデックス)』とか言う存在を完成させる為に、魔導書を集めてる。俺は、『妖蛆の秘密(デ・ウェルミス・ミステリィス)』に『狙われている』から、狙われた……って事ですかね?」

良く出来ました、その通りですよ(Thet's right)。魔術師は元来、目的の為には手段を選びません。それが――――人の尊厳を、生命を踏み躙る事だったとしても。無論、私も含めて、ですがね」

 

 

 ふっ、と気怠げに微笑みながらの台詞。意味ありげに細められた、紅の眼差し。それは、まるで見定めるようだ。弟子の『素質』を()めつ(すが)めつ。

 

 

「……まぁ、結局『現実』なんてのはそんなモンですよね。強い者が弱い者を食う、これだけ」

 

 

 それに、苦笑を返す。別に今更、正義感を気取る程に平和な人生は送っていないし、どちらかと言えば『そちら側』の人種である。

 笑いながら触れたのは、学ランの内側に仕込んであるガバメントと多目的銃剣。その、元々の持ち主達の事を思い出す。

 

 

――いや、顔も覚えてないが。まぁ、居たなくらいの記憶だ。今頃は土の下か、海の底か。何処で永遠にゆっくりしているかは、ニアルさんの言葉を借りれば知らないし知りたくもないが。間違いなくこの世には居ないだろう。

 そして、それは――――『俺が死因』なのだ。直接、息の根を止めた訳ではないが、俺が彼等を死なざるを得なくした。そんな奴が、今更。

 

 

「俺も、暗部育ちですからね」

 

 

 全ての意味を、そこに集約する。『感傷(どうてい)』なら、物心が付く前に捨ててきた。だから、今更――――そんなもの。

 

 

「……良い表情です、安心しましたよ、コウジくん。否、『正体不明(ザーバウォッカ)』くん?」

「今は『対馬 嚆矢』です。その名前は勘弁してくださいよ」

 

 

 互いに、笑い合う。そこは、闇に生きる者同士の連帯感か。ある意味、彼等は似た者同士だ。

 一体、どんなコネクションがあれば『魔導書』や『魔道具』を仕入れられるのか分からない師父に、どんな生き方をすれば『暗部』と『日常』を行き来できるのか分からない弟子。

 

 

「それにしても、君はよくよく『魔』を惹き付ける体質のようですね。『輝く捩れ双角錐(シャイニング・トラペゾヘドロン)』の向こうの『邪神』から接触を受けるとは……」

「冗談じゃないっすよ……魔本の次は邪神とか。厄介さのレベルが上がってるじゃないですか」

 

 

 話を変えた彼の言葉、妙に楽しそうな姿に、げんなりと肩を落とす。薄々そんな事ではないかと覚悟してはいたが、あの悪夢はやはりそうだったのだと。面と向かって言われると、堪えるモノがあった。

 

 

「こればかりは、なるようにしか。『妖蛆の秘密(デ・ウェルミス・ミステリィス)』が諦めるまで、正気を失わないように努力するしかありません」

「マジですか?! 二回目でもう、狂い死にそうなくらいだったんですけど!」

 

 

 遂には頭を抱えてしまった嚆矢、そんな彼を心痛を押さえるような表情で見詰めていた紳士は――――

 

 

「――――まあ、冗談ですが」

「ですよね、冗談……へっ?」

 

 

 クスリと、堪えていた笑いを遂に溢し、聞き捨てのならない事を口走った。

 

 

「ええ、『邪神』等と言うモノはこの世には存在しません。魔導書(グリモワール)も魔道具も、全ては近代、かの『H・P・ラヴクラフト』や『A・ダーレス』の作り出したフィクションの神話体系を好んだ、『魔術師の一団』によって再現された贋物(モノ)です」

「あの――――冗談って、冗談ですよね? えっ、じゃあ、あの悪夢は……」

「有り体に言えば、『そう言う副作用がある』魔道具なんですよ、それは。『魔導書が自分達に牙を剥いた時の護符』なんです。なので、世界観を共有する『妖蛆の秘密(デ・ウェルミス・ミステリィス)』は――――牢獄である『輝く捩れ双角錐(シャイニング・トラペゾヘドロン)』を忌避する。そこに潜む『設定』の邪神を。そうなるようにプログラムされているんですよ」

 

 

 ネタバラしは、極めて静かに。そして、極めて盛大に。もしこれがこの男でなければ、今頃はぶん殴っていたかもしれないと。嚆矢は、グッと怒りを抑えた。

 

 

「や――――やってらんねェ……じゃあ、あれは本当にただの『悪夢(ユメ)』!?」

「ええ、深く気にする必要はありません。金と労力、時間の掛からない体験型ホラーシアターだと思っていただければ」

 

 

 がっくりと、更に肩を落とす。心の底から安堵しながら。あの、魂を苛むような悪夢が、意味の無いものであると知って。

 

 

「とは言え、心が弱い者は本当に発狂するレベルですから。気は抜かないように」

「なんかもう、ローズさんの言葉は信じられないんですけど……」

 

 

 忠告も、今は白々しく聞こえると言うもの。不貞腐れながら片肘……左腕の肘をカウンターに突いて、アイスコーヒーを飲む。

 まだ、右腕は動かし辛い。癒しの神刻文字(ルーン)を刻んで数時間は経つと言うのに、だ。

 

 

「はは……そう言えば、先程の話で『夜間の魔術の調子が良かった』と言っていましたが、具体的にはどれくらいです?」

「そうですね……昼間はスクーター一台を錬金術(アルキミエ)でカスタマイズしたり神刻文字(ルーン)五文字刻むだけで軽い交通事故レベルの頭痛なんですけど、夜は車一台を右腕ごと機械兵器(ゴーレム)に作り替えて強化に五文字ずつ刻んだら……右腕が、酷い筋肉痛になったくらいです」

 

 

 フム、と。師父は先程から百八十度正反対の、真面目な顔となる。顎に手を当ててじっとこちらを見詰め、深く思考している。

 

 

「一概には言えませんが、恐らく、君には『夜に三倍の魔力を発揮する』ような性質があるのではないでしょうか?」

「そんな事、あるんですか?」

「無いとも言えませんよ。例えば『円卓王(キング・アーサー)物語』の、『円卓の騎士団(ナイツ・オブ・ラウンド)』の一人……聖剣『日輪の剣(ガラティーン)』の担い手である『緑の騎士』ガウェイン卿は、日中は通常の三倍の力を発揮したと言いますから」

 

 

 そんなものだろうか、と納得するようなしないような。先程の事もあり、半信半疑である。

 何より、『円卓の騎士』だのと。義母(はは)のネガキャンで『騎士の皮を被った蛮族集団』、『疑心暗鬼で内部崩壊した騎士団(笑)』と散々に言われていたモノを引き合いに出されてしまっては。

 

 

「何にせよ、唯一錬金術の秘奥『賢者の石』に達した『三倍偉大な水銀王(ヘルメェス=トリスメギストス)』に通じるモノがある。目を掛けた甲斐がありました」

「へいへい、ノせられ易い弟子で悪ゥ御座いました」

 

 

 そこでアイスコーヒーを飲み干し、勘定を置く。ニアルは年代物のレジスターを弾くと、釣りを渡した。

 因みに、この店ではカード類は一切使えない。『表の商品』も『裏の商品』も全て、本来は現金一括払いである。

 

 

「帰りは雨になりますよ、事故には気を付けて」

「降りだす前には帰り着きますから、大丈夫です。御馳走様でした、また今度」

 

 

 挨拶を交わし、弟子は土の香りと――――磯の香りが入り交じる、雨降り前の曇天の下に。

 湿った空気は、降り出すまでもう時間が無い事を示している。

 

 

「次は是非、食事も頼んでください。コーヒー一杯で一時間なんて、普通は迷惑客扱いですよ?」

「考えときます。お詫びに、次は後輩でも連れてきますよ」

「期待せずに待っていますよ」

 

 

 引き留めるように、そんな声。嚆矢はヘルメットを被りながら、それに答えた。直ぐに、スクーターの軽いエンジンの音とヘッドライトの朧気な輝きが去っていく。

 

 

「……さて」

 

 

 それを見送り、師父は入り口の看板を『Close』として。

 

 

「――――『次があれば』、ね」

 

 

 その眼差しは、雷鳴を孕み始めた空を見上げていた……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 歩道と車道を分離するポールに寄り掛かっていた『彼』は、黒い厚手のレインコートの中から空を見上げる。吐き出す紫煙が、僅かな間、空気を白く汚染する。だが、すぐにき蒼鉛色の、もう、泣き出す一歩手前の空を。

 

 

「――――飢える(イア)!」

 

 

 空間が震えた。世界が(おのの)いた。呟いた声、その悍ましき旋律に。大凡(おおよそ)、人の喉では有り得ない戦慄に。

 それは、まるで……例えるとするなら餓えた鮫が、獲物を見付けた時に。居るとするなら、彼等の『神』を讃える時の祝詞だ。

 

 

飢える(イア)飢える(イア)――――!」

 

 

 昂るように、声が熱を持つ。回りの通行人達が、そんな『彼』を避け始める。だが、その歓喜に酔うように。熱に脳をヤられた獣の如く。『彼』の声は、大気を揺らし――――

 

 

飢える(イア)飢える(イア)飢える(イア)――――深海大司祭(ムグルウナフ)()待ちいたり(フタグン)!」

 

 

 ほとんど絶叫にも似た、両手を広げての祷り。それが天に木霊した時――――ポツリ、ポツリと。乾いていた路面に花開く、雨粒の花弁。それは間を置かず、地表を一面に覆う夕立となり、代わりに傘による色とりどりの花畑が出来上がった。

 皆、一様に足早に帰路に就く。たった今迷惑そうに遠巻きにしていた『彼』等の事は、既に意識の外。

 

 

 その中に、ただ一人。『彼』だけは――――ただ、じっと車道を眺め続けて。通り抜けた、一台のスクーター。予想外の雨に、慌てて飛ばした様子の嚆矢を、目だけで追って。

 

 

「行くぞ――――吸血鬼狩りだ、『水神クタアト(クタアト・アクアディンゲン)』」

 

 

 赤褐色の髪とペイズリーの瞳を持つ白皙の美青年は、右手に携えた――――『()()()()()()』で装丁された『魔導書』に、息吹を掛けた……。

 

 

………………

…………

……

 

 

 最初は、鼻の頭に当たった一粒。それに少し慌ててスピードを上げたが、一度ひっくり返った雲のバケツから溢れた水は、そんな細やかな抵抗を嘲笑うように一気に下界へと降り注いだ。

 ものの一分としない内に、濡れ鼠だ。更に悪い事に、自宅に帰る道の中で、一番待ち時間が長い信号に引っ掛かってしまう。

 

 

百分の一(サイアク)だな、ッたくよォ!」

 

 

 悪態を漏らしつつ、ハンドル下の収納スペースからゴーグルを取り出す。雨の日対策の防水仕様は、ゴーグルも収納スペースも同じ。代わり、スペースには携帯と財布を突っ込んだ。

 

 

「――――ぶわ!?」

 

 

 と、ゴーグルをつけた刹那、信号が青に替わり――――隣の車が、盛大に水飛沫を吹き掛けてきた。後少し遅ければ、目に入っていた事だろう。

 正に踏んだり蹴ったり。少し良い事があった日だけに、終わりが悪ければ全てが悪く感じてしまう。

 

 

「クソッタレ……ありがとよ!」

 

 

 その車のテールライトに向けて吐き捨て、ゴーグルを拭う。前を見て、己も発進しようとして――――

 

 

「…………」

 

 

 赤に替わっている横断歩道を踏み外した位置に立つ、その男。土砂降りの雨音を引き連れたような、黒いレインコートの男を目前に望んだ。

 

 

「何だ、お前――――」

 

 

 前に進めず、背後からクラクションが鳴る? 否、雨音以外はない。車も、雑踏も。誰も、何も居ない。自分以外の存在を、辺りから一切感じられない。最早、雨に降られている不快感すらもない。感じられるのは、ただ……目の前の男。その、吐き気を催す程の存在感。

 

 

――覚えがある。この感覚は、確かに……あの時の少女と同じだ。

 今なら、分かる。あの少女は『風』で、この男は――――『雨』で、結界を編み上げてやがる!

 

 

 瞬時に、演算(レベル)を最大に。『制空権域(アトモスフィア)』の『対馬 嚆矢』から、『正体不明の怪物(ザーバウォッカ)』へと、回帰する。

 それと、全く同時に。男の右手が上がる。その手に握られた――――

 

 

「――――ではな、カインの末裔(ヴァンパイア)

 

 

 突き出された『Auto(オート)9』――――即ち機関拳銃(マシンピストル)『ベレッタM93R』の改造銃であり、()つロボな警官(コップ)が使用していた、あの怪物拳銃。

 その引鉄が、迷い無く引かれた――――!

 

 

「クッ――――!!」

 

 

 耳を(つんざ)く、三点射(トリプルバースト)の炸裂音。しかし、滝のような雨音に紛れて直ぐに消える。

 『確率使い』により『()()()』雨で足が滑り、そのまま動いていれば脳漿を打ち撒けていただろう初弾を左の頬に掠らせながらも、脱兎の如く走りだした嚆矢を追う鉄の雨。壁際に追い詰められ、辛うじて錬金術(アルキミエ)で迫り上げた路面に『硬化』の神刻文字(ルーン)を刻んだ盾で防ぐ。

 

 

「流石に、露骨が過ぎたか。やはり、近接戦(インファイト)は苦手だ」

 

 

 男は装填された全弾を撃ち尽くし、マガジンを入れ替える。狩人の余裕そのもの、何の淀みもなく。革靴を鳴らしつつ、ゆっくりと歩き出す。

 その間、嚆矢は――――裂けた左頬から滴る血を拭い、痛みに顔を顰める。おまけに、左の耳は先程から上手く機能していない。

 

 

「ッ――――クソッタレが……!」

 

 

 現状分析を終えて驚愕が去れば、後は怒りが沸き上がる。その怒りのまま、懐からガバメントを抜き放つ。

 その性能差たるや。投石紐(スリング)連弩(れんど)ほどもあろうか。

 

 

「何だよ――――何なんだテメェ! クッ……何処の組織だ!」

 

 

 偵察にしろ陽動にしろ、動いた先のアスファルトが銃弾に穿たれてしまい身動き一つ取れない。まるで、『盾』の内側で嚆矢が、どう動いているかが分かっているかのように。

 更に、雨音に紛れる靴音は嚆矢には届きはしないし、先の叫びも自分の耳にすら届かない。それもまた、この『雨の結界』の厄介なところ。

 

 

 対して、男は――――

 

 

「今から死ぬお前が、それを知って――――どうする?」

「――――ッ!?」

 

 

 後頭部に突き付けられた、黒金の銃口。雨音に紛れて、まるで左耳が聞こえない事を庇う為に壁側に右半身を向けていたのを()()()()()かのように、迷わず背後側に回り込んだ男。

 

 

「狙いは『妖蛆の秘密(デ・ウェルミス・ミステリィス)』なんだろ……こっちもあんなモンとは手ェ切りたいんだ、別に抵抗しねェから持ってけよ」

 

 

 両手を挙げて無抵抗の意を示しつつ、先の少女が『魔導書』を狙っていた事からそう口にする。この男が『彼女』の仲間だと言う確証はなかったが。

 

 

「ああ、そうだ。俺は『愚妹』の尻拭いに来た。アイツがやり残した『仕上げ』をな」

 

 

 読みは当たっていたらしい。それにより、少し興味が湧いたのか。僅かに饒舌となった男は、フードの奥のペイズリーの瞳を歪め――――

 

 

「――――お前を殺す事だよ、闇を彷徨を者(シャドウビルダー)?」

 

 

 嗜虐に瞳を歪め、高揚した様子で告げる。どうやら、最初から交渉の余地が無いと。それだけは、はっきりした。

 

 

「……『カインの末裔(ヴァンパイア)』だの、『闇を彷徨う者(シャドウビルダー)』だの……何の話だよ、人違いだ!」

 

 

 だが、その聞き慣れぬ言葉。少なくとも、『対馬 嚆矢』も『正体不明の怪物』と呼ばれていた頃でも預かり知らぬ言葉に、疑問を投げ掛けた。

 

 

「知らぬか、或いは忘れたか。まぁ、関係はない。貴様は――――この世に居るべき存在ではないんだよ」

 

 

 だが、無感動。最早興味を無くしたのか、彼は――――

 

 

「目覚める事なく、星辰が揃う前に死んでくれ。頼むから、世界を壊す前に――――せめて、その死出の旅路に『深淵の大帝(ノーデンス)』の導きが在らん事を」

 

 

 真摯に、神にでも祈るように言葉を紡いで――――コツン、と。

 

 

「チ――――!」

 

 

 嚆矢が『()()()()()()()()』事に舌打ちし、拳銃を投げ棄てた――――正にその時、錬金術で『銃弾を暴発させられた』Auto9が砕け散る。

 本来なら、即応出来るだけの距離があった。しかし、僅かな興味を抱いて猶予を与えた結果……静かに、蛞蝓の如く忍び寄る事に成功したのだ。

 

 

「――――悪ィな、ニイちゃん。良い女の頼みなら兎も角よォ」

 

 

 その、一瞬の隙に振り返った嚆矢。突き付けられた左手には、ガバメント。鉄色そのままの武骨な、飾り気の無いオールドタイプの銃を構えて――――

 

 

「野郎の頼みなンざァ、聞いてやる義理もねェンだよ――――!」

 

 

 その引鉄を迷わず二度引いて、男の心臓目掛けて鉛玉を放つ。確実に殺すべく、神刻文字(ルーン)による『櫟《ユル》』の毒……『呪詛(ガンド)』を籠めて。

 過たず、二発は男の胸を穿つ――――

 

 

「――――良い判断だったぞ、吸血鬼」

「なッ――――」

 

 

 事はなく……虚空に波紋を刻みながら、見えない壁にめり込むように止まる。波紋がなければ気付かない程に薄く透明な、高圧の水によって。

 

 

「この俺に――――ティトゥス=クロウに、『水神クタアト(クタアト・アクアディンゲン)』がなければ」

 

 

 レインコートの内の、彼の『魔導書』が姿を表す。雨に濡れた体が、魂に感じた寒気から震えた。

 悲鳴を上げているような『人間の顔の皮』が張られた、冒涜的にも程がある装丁。漏れ出るのは病的な、暗く淀んだ潮の香り。深みに潜む、水妖の気配。

 

 

――やっぱり魔導師かよ……クソッタレ、どうする……! このままじゃ、ジリ貧で負ける!

 

 

 次いで、レインコートの奥から取り出されたのは――――黒い長方形。右腕に持つ、それは――――

 

 

機関銃(マシンガン)――――!」

 

 

 盾とした壁を踏み越え、一気に距離を稼ぐ。刹那、『LMG11』――――ケースレス銃弾を用いた、装弾数三百発を誇る軽機関銃が軽快に火を吹く。

 

 

「巫山戯ンじゃねェ、一人相手に用いるような銃器かよ!」

 

 

 『盾』としたアスファルトを易々と砕いて破片を撒きながら。鉄の雨は、停めてあった車のボンネットをスライディングして弾避けとした嚆矢に()()()()

 何らかの魔術的処置が施されているのか、『盾』は易々と貫通した銃弾も、車は貫いてこない。そして幸いな事に、この車は電気自動車なので『銃撃でガソリンが誘爆』等と言う事もない。

 

 

――どうする? あの魔導師に勝つには……何をすればいい! 対策を立てたくても、余りに情報が足りない。分かっているのは、奴が『水』を主体とする魔導師で銃器主体の戦闘を好む事、そして……何らかの方法で、こちらの動きを読む事。魔術も、科学も通じない事。

 恐らく……この雨が、その絡繰り。奴は、どこまでかは解らないが――――雨によって、獲物の動きを先読みしているんだろう。

 

 

 その見立て通り、またもや動けばその先に銃弾がバラ撒かれる。『彼』――――ティトゥス=クロウと名乗ったその男は、雨音に紛れて近付きながら。

 

 

――待て。なんだ、この違和感は? 今は先読みされてるけど、ついさっきは、確か……!

 

 

 そこまで考えて、漸く『切欠』を見る。糸屑一本程の僅かな綻び、その『可能性』を。

 見遣る、足元の水溜まり。拡がる波紋。次いで、車。金属の塊。雨を弾く車体。そして――――懐から取り出した、『輝く捩れ双角錐(シャイニング・トラペゾヘドロン)』を嵌め込んだ懐中時計と神刻文字(ルーン)の刻まれた幸運の護符(ラビッツフット)

 

 

「……ハッ、考えるまでもねェ。しくじりゃ死ぬが、やらなくても死ぬんだ。だったら――――」

 

 

 気を取り直し、背中を車に預ける。動悸を押さえ付ける為に、息を吐く。確認は取った、今は、もう――――午後七時。見えはしないが、間違いはない。この雲の上には――――

 

 

「こっからは、『夜の王(オレ)』の時間(ターン)だ――――!」

 

 

 右手を、高く掲げる。『在る筈』の黄金の月に向けて。霊質(エーテル)の海に揺蕩いながら狂い笑っているであろう、狂気に溺れた虚空の彼方へと。

 右腕に満ちる、不可思議な力。もうそこに、倦怠や苦痛はない。むしろ、今までに無い程の活力を感じる。

 

 

「……出てこないのならば、こちらから行こう」

 

 

 声は互いに、雨に掻き消されて届かない。嚆矢が天に右腕を翳したのと、ティトゥスが前方に『水神クタアト』を翳したのは全く同時。

 先に動きがあったのは、ティトゥスの正面。圧縮された水の鞭が、彼の左腕の動きに合わせて音に等しい速度で振るわれ――――鋼鉄の車体を、不純物を混ぜたウォーターカッターの原理で右袈裟懸けに削り斬った。

 

 

「――――ッ!?」

 

 

 瞬間、切断された車体の後半部分が『三月躁兎(マーチ・ヘアー)』――――突撃型の機械偶像(ゴーレム)と化す。

 跳躍は速やかに。時速100キロを越える加速により、質量兵器としての破壊力は申し分なく。

 

 

「無駄だ――――」

 

 

 沸き上がるように周囲の水を集中させた巨大な水塊(スライム)に囚われた兎は、ティトゥスの左手の『水神クタアト』が閉じられると同時に、深海の如き水圧に圧壊する。

 水塊内に拡がる、漏れ出たブレーキオイルの黒。そのまま、彼は――――

 

 

「――――稚拙な陽動だ。所詮は餓鬼か!」

 

 

 右の軽機関銃を、その後ろから飛び出した嚆矢の眉間に向けてトリガーを引く――――。

 

 

「そうかよ――――!」

 

 

 それより早く、嚆矢は左のガバメントより『櫟の毒礫(フィンの一撃)』を放つ。狙いはティトゥス――――しかし、兎を捻り潰した水の塊は、その射線上にて膜と化す。

 

 

「無駄だと言った――――この『ナアク・ティトの障壁』は、魔術だろうと超能力だろうと貫けはしない!」

 

 

 それこそは、彼の切り札。『あらゆる邪悪を遮断する』という、その障壁。海の浄化力を象徴する、『水神クタアト』の(ページ)の一枚。そこに高圧の水の塊による守りを加えた、彼にとっての最強の盾。

 それに、銃弾はあっさりと防がれた。魔術的な強化を削ぎ落とされて只の銃弾に戻ってしまっては、深海の水圧には耐えられない。投げ出され、転がった『三月躁兎』のように。

 

 

洒落(しゃら)臭ェ――――この程度で!」

 

 

 振るわれたのは、右腕。沸き立つ禍々しい奇怪にも機械に似る、確固たる密集した鎧にも群を為した剣にも、唯一生まれ持った拳にも見える追加された複合装甲を纏う、右腕の鉤爪の拳。

 あの悪夢の中より得た印象(インスピレーション)、邪悪で醜悪な『魔王の右腕(いちぶ)』。それを、現実の金属や機械で再現した『贋物の偽物(フェイク・オブ・フェイク)』。

 

 

「何――――莫迦な、魔導書(グリモワール)も無しに……まさかもう貴様の『クルーシュチャ方程式』は、『具現(エンボディ)』の階位(ステージ)に至ったと言うのか!?」

 

 

 初めて、『男』が驚愕を見せる。それは、僅かだが確かな隙。些細だが、取り返しのつかない隙だ。犇めく装甲が、悪意の結晶が。あらゆる邪悪を遮断する『ナアク・ティトの障壁』に触れる。

 

 

「だが、やはり無駄だ――――この俺の『ナアク・ティトの障壁(マイ・フェイバリット)』は、既に『顕在(アクチュアル)』の階位(ステージ)にある!」

 

 

 削ぎ落とされた邪悪なる神性、水塊に飲み込まれて動かす事も出来なくなる右腕。いくら『神を模した』物であろうと、それが魔術であるのなら『ナアク・ティトの障壁』は打ち消せない。

 軋み始めた、右腕の刃にして鎧。後は、捩じ切られてしまうだけ――――

 

 

「――――知り合いに『電撃使い』が居るんだけどよォ」

「何――――?」

 

 

 突然の言葉に、ティトゥスは怪訝な表情を見せた。盤で行う遊びで言うなら、既に『詰んだ(チェックメイト)』状態である男の、不敵な笑みに。

 それと、同時に――――

 

 

「ぎ――――が、ハ!?!」

 

 

 ティトゥスを、電気自動車のバッテリーから発された約三千ボルトが襲う。それは、足下の水を伝って。車のタイヤゴムを纏わせ、アースとした嚆矢には効果を成さなかったが……周囲の水を操っていたティトゥスは、直撃を避け得ない。

 一度感電してしまえば、もう他の事など考えられないし動けない。そもそも、人の思考も行動も『電気信号』によるもの。より強い電流は、人の体を『 誤作動』させるのだ。

 

 

「優しいモンだよなァ、アイツ。少し前に十万ボルトやられたけど、キレてても殺す気は皆無だもんなァ、何せ……」

 

 

 電撃(それ)を発した『右腕』、纏わり付いていた『不純物(ブレーキオイル)』を溶かす水塊が、制御を失って路面に崩れていく。

 次いで、ティトゥスが崩れ落ちる。『たかだか三千ボルト』、この学園都市の頂点に立つ超能力者(レベル5)の第三位、最強の電撃使い(エレクトロマスター)である『超電磁砲(レールガン)』の最大出力(マックス)である十億ボルトと比べれば、大した事の無い数字だろう。

 

 

「……人を殺すだけなら、1アンペア有りゃあ良いのにな」

 

 

 だが、それでも――――『人の致死電流量』である『1アンペア』を流されたティトゥスの心臓は、既に停止していた。

 ずしゃり、と俯せに倒れた男の体。その死体を見下ろし――――止めに迷わず心臓に二発、頭に一発をガバメントから撃ち込んで。

 

 

「……チッ」

 

 

 舌打ちが響く。それは、蠢いた『男』を蹴り飛ばして――――レインコートの下の蟹や舟虫、宿借などの集合体を望んで。

 

 

「……まぁ、助かったか。これ以上は」

 

 

 明るさに見上げれば、雨の上がった雲の切れ間から。覗いている黄金の月の光の『天使の梯子(エンジェル・ラダー)』が、祝福でもするかのように降り注いでいる。

 それと同時に、何処からともなく人の気配。車の音。耳障りな、懐かしいほどの雑踏が帰ってきた。

 

 

「……俺も、帰るか」

 

 

 疲れ果てて気怠い体に鞭打つように、スクーターを起こして。辺りの惨状から目を背けて。面倒な事になる前に、脱兎の如く走り出した…………。

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