グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第8話 冥府の炎王

 グランダムの東隣に位置する『コントゥア王国』。

 

「――くそっ!」

 

 燃え盛る街から必死に逃げてきた男が辿り着いたのは壁に囲まれた袋小路だった。

 その男にバイザーを装着した女が一人迫ってくる。

 女の右腕は刃となっており、それを見て男はひっと裏返った声を上げた。

 

「た、助けてくれ! 俺はただの市民だ。あんたらの言うとおりにする! 税金だって納める! だから見逃してくれ!」

 

 男の命乞いを聞いて女は口を開く。

 

「イクスヴェリア」

 

 女が口にしたのは、この国に攻め込んでいる隣国の王の名前だ。

 

「あ、ああっ! これからはイクスヴェリア様に従う!」

 

「イクスヴェリア」

 

 女は再度自身の王の名を口にした。

 好機だ。ここでイクスヴェリアという王への忠誠を示せば助かるかもしれない。

 男はそう思い、張り上げた声でその王の名を叫ぶ。

 

「イクスヴェリア陛下万歳! イクスヴェリア陛下万歳! イクス――」

 

 だが、三度目の万歳を唱えようとしたところで、無情にも男の腹は刃で引き裂かれた。

 男の腹を貫きながら女は無情な声で――

 

「イクスヴェリアの糧となりなさい」

 

 そう言ってから女はこと切れた男の喉に喰らいつき始めた。そして、一通り喉を咀嚼した女は男の喉から口を離す。

 すると死んだはずの男の体は、なぜかひとりでに動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 『ガレア王国』・王城。

 その城の奥の間には玉座があり、そこには幼い少女が座っていた。

 《冥府の炎王》という異名を持つ、ガレア王国の王イクスヴェリア。それが少女の正体だ。

 玉座までの両脇の通路をバイザーを付けた女たちが並び、主を守っている。

 そんな女たちの間を通って、黒いフードを被った宰相がイクスヴェリアのもとにやって来た。

 

「ご機嫌はいかがですか? イクスヴェリア陛下」

 

 宰相は玉座の前にひざまずき、そんな定例句で挨拶をしてくる。

 

「ベルカに平和が訪れるまで機嫌などよくなるはずがありません」

 

 イクスヴェリアが返した言葉に、宰相は慇懃無礼な笑みを浮かべる。

 

「これは失礼しました。さすがは誰よりもベルカを愛し平和を望まれる御方。あなた様こそベルカを統一する王にふさわしい」

 

 宰相とは対照的に、イクスヴェリアの表情は暗いままだ。

 

「お世辞のつもりですか? 私ほど王に相応しくない者もおりません」

 

 この国や()()()のコントロールを握っているのはあなたでしょうに。

 内心でそう思いながら、喉元から出すのをぐっとこらえる。

 

「まさか。わたくしは陛下に忠誠を誓い、陛下の望むベルカ統一を叶えるべく、この心血を注いでいる最中でございます。そのような仰りようは悲しいですな」

 

「……すみません。そうでしたね」

 

 宰相の弁解を聞いてから、イクスヴェリアはため息をつき折れることにした。

 ()()を造るのに必要なコアを作ることで、侵略に加担しているのは他ならぬ自分なのだ。宰相を責める資格は自分にはない。

 

「それで? 用事が済んだのなら外してもらえませんか。読みたい本があるので部屋に戻りたいんです」

 

 嘘だ。適当な言い訳でこの場から離れ、一人になりたかった。

 しかしその希望も虚しく、宰相はここから立ち去ろうとはしてくれなかった。

 

「申し訳ありません。一刻も早く陛下にご報告したいことがありまして」

 

「……何でしょう?」

 

 感情を殺した声でイクスヴェリアは宰相に問いかける。

 

「はっ、今攻め込んでいるコントゥアですが、制圧が完了したとの報告が入りました」

 

 その言葉を聞いてイクスヴェリアは目を見開き、前のめりになった。

 

「ならば早く《マリアージュ》を撤退させなさい! 戦が終わったのなら、あれはもう不要です!」

 

 イクスヴェリアがそう言っても、宰相は首を横に振って重々しく口を開いた。

 

「そうしたいのは山々ですが、気にかかることがあるのです……陛下、コントゥアより西にグランダムという国があることはご存知ですか?」

 

 宰相からの思いがけない問いに、イクスヴェリアは壁に掛けられている世界地図を見ながら記憶をたどる。

 

「……確かに、百年前からその辺りにそんな名前の国がありましたね。その前に目覚めた時はまだ西の国の領土でしたけど」

 

「左様……そのグランダムの王の手元には、《闇の書》という魔導書があるとのことで。かの王はそれを完成させるため、各国へ侵略を進めているとのことです」

 

 その報告にイクスヴェリアは目を剥いた。

 闇の書のことはイクスヴェリアも知っていた。その恐ろしさも。過去に一度それを思い知らされたことがあるからだ。

 

「……いけない。あれはベルカを支配するどころか、扱い方次第ではベルカを滅ぼしてしまう」

 

 愕然としながら呟くイクスヴェリアを見て、宰相は内心しめたと思った。

 

「そうです! ベルカを守るためにグランダム王を討ち、闇の書を我々の手で封印しなければ。そのためにマリアージュを戻さず、西へ集めているのです。コントゥアからグランダムへ向かわせるために。――陛下、直ちにグランダムへの侵攻の許可を!」

 

 イクスヴェリアは嘆息する。

 まだ戦争は続くのか。

 

「わかりました。ただしその前に、闇の書をこちらに渡してもらえるようグランダムの王に交渉してみます。すぐに書状の用意を」

 

「御意……ただし、もしも拒まれたら……よろしいですね?」

 

 宰相からの念押しにイクスヴェリアはしばらく逡巡するが、やがて重々しくうなずく。

 

「……その時は仕方ありません。闇の書を確保するため……グランダムへのマリアージュの解放を許可します」

 

 その裁定を聞き、宰相が深々と頭を下げた。

 

「ははっ! 冥王陛下の仰せの通りに!」

 

 宰相の歪んだ笑みはイクスヴェリアからは見えない。

 

 

 

 

 

 

「ガレアがコントゥアを侵略……」

 

「はい。コントゥアから逃れてきた難民がそう言っております。ガレアが百年の沈黙を破り、突然攻め込んできたと」

 

 常々恐れていたことが現実になってしまったことに愕然とする俺に、文官は再度そう報告してきた。

 ――よりによってこんな時に。

 

 

 

 『ガレア王国』は、グランダムから東のコントゥアという国を挟んで存在している国だ。

 グランダムやコントゥアと同じく、聖王連合にもダールグリュン帝国にも与しない独立国だが、帝国と同様に隣国へ積極的に攻撃を仕掛ける“侵略国家”でもある。

 またその一方、侵略を開始してある程度したら急にその動きを止め、百年以上経ってからまた侵略を繰り返すなど、意図がつかめない不気味な国として他国から恐れられている。我が国も例外ではない。

 

 そして何よりガレアが恐れられてる理由は、攻め落とされた国の惨状にある。

 侵攻の際、ガレアは無数の兵を送り込み、兵も民間人も見境なく虐殺して街を焼きつくし、戦が終わるころには国そのものを廃墟にしてしまう。皇帝の方針で、民間人への危害と略奪が徹底して禁じられている帝国とは対照的だ。

 そのためガレア、そして《冥府の炎王》の異名を持つガレア王イクスヴェリアは、帝国以上に他国から恐れられていた。

 

 

 

 そのガレアの侵攻再開は、グランダム王宮で即座に臨時の会議が開かれるほどの重大な出来事だった。王宮内の会議室では高官と貴族たちがあれこれ意見をぶつけている。

 俺はそんな中で頭を抱えていたのだが……。

 

「失礼します!」

 

「何事だ? 会議中だぞ!」

 

 許可も取らずいきなり駆け込んできた兵士に高官がいきり立つが――

 

「構わない。何があった?」

 

 まさかと思った俺は高官を無視して兵に尋ねる。

 それに兵士は一息ついてから告げてきた。

 

「ガレア王国から使者がお越しです。グランダム、ひいては陛下に要求したいことがあるとのこと」

 

 その言葉に兵士を叱りつけようとした高官を含めた一同が息を飲み、絶句する。

 

 やはり一国飲み込んだだけでは眠ってくれなかったか。

 

 

 

 

 

 

 俺も高官たちも謁見の間に一同身を移し、宰相を側に立たせて、俺は玉座に座ってガレアからの使者を待つ。

 いきなり刃を向けてくるかもしれない相手を前に、どっしり構えるのがこれほど緊張するとは。今なら亡き父を心から尊敬できる気がする。

 そう嘆いている間に使者は謁見の間に入ってきた。

 

 使者はローブを着て、紙束を手に持っていた中年の男だった。ローブの先にはフードがついているが被ってはおらず、薄くなり始めた髪が露わになっている。

 儀礼通り使者は俺の前まで来てから、膝をつき顔を伏せる。

 

 まどろこしい。今回は本当にそう思う。

 

「……おもてをあげよ」

 

「はっ! グランダムの名高きケント1世陛下に拝謁賜り、恐悦至極に存じます」

 

 顔を上げながらへりくだるこの使者に、俺はかえってうすら寒さすら感じた。

 ガレアが俺、いや我が国に対して何を言ってくるのかは想像がつく。

 しかし万が一だが、同盟を提案してくる可能性もわずかにある。それが属国になれというようなものでも内容次第では飲むしかないかもしれない。

 

「お互い忙しい身だ。貴公もイクスヴェリア王を待たせるわけにはいかないだろう。早速だが本題に入らないか」

 

 俺がイクスヴェリアの名前を出すと、使者の表情がわずかに凍り付いた。

 

「私ごときに陛下から過分なるお心遣いをいただき、感謝の言葉もありません……それでは」

 

 そこで使者は今まで持っていた紙束をゆっくり持ち上げて、俺に向けて差し出してきた。

 宰相が警戒しながら受け取り、安全を確認するためその場で広げてその内容を盗み見するが、それを見て宰相は目を見開く。

 しかし、宰相は内心の動揺を押し殺して、文書を俺に手渡した。

 

 本題の前に、予想外に丁寧に書かれた時候の挨拶などが並ぶが、それらを一気に読み飛ばして本文に目を通す。

 そこにはこう書かれてあった。

 

 

 

『貴国、またはケント王が所持している、『闇の書』と呼ばれる魔導書を我が国に渡してもらいたい。

 守護騎士なる四人も同様である。彼らの待遇はイクスヴェリアの名において保証すると約束しよう。

 これを拒めば我が国は闇の書を封印するため、貴国に対して強硬手段も辞さない。

 どうか貴国、およびケント王には至急なおかつ賢明な判断をお願いしたい。

ガレア王国国王 イクスヴェリア』

 

 

 

 ――!?

 ガレア王が守護騎士の事を知っているだと!

 シグナムたち四人は、対外的には王となった俺を守護するために傍に置いた専任騎士としか公表しておらず、闇の書との関連性に至っては一部の高官にしか話していない。

 しかし、ガレア王は書状で闇の書のみならず守護騎士のことまでも言及した上で、引き渡しまで要求している。

 我が国や軍にガレアの間諜がいたのか? 今までの侵略の手口からそんな腹芸を使う国とは思えないが……。

 

「陛下、ご返答はいかがでしょう?」

 

 考えに沈んでいると使者が返事を求めてきた。

 それに対して。

 

「……議論する時間が欲しい。闇の書は長らく我が国の国宝も同然とされてきたのだ。それに要求には守護騎士という者たちの引き渡しまで触れられている。彼らに無断でというわけにもいかない。しばらく待ってほしいのだが……どうだ?」

 

「ええ、もちろんです。一週間後に書と騎士の引き受けも兼ねてまたお伺いしますので、両国の友好のためにどうか色よいお返事をお願いいたします」

 

 俺の返事に対して使者はそう言って、意外にもあっさり引き下がり帰っていった。

 今は最善の形で終わったはずなのだがどうにも嫌な予感がぬぐえない。

 ともあれ謁見も終わった。ガレアの要求に対してどう返答するかあいつらに相談しないと。

 俺は玉座から立ち上がりながら、この場にいる者たちに向けて言った。

 

「皆ご苦労だった。ガレアからの要求だが、闇の書については我々も知らないことが多すぎるため、守護騎士も交えて結論を決めるのが妥当だと私は判断する――解散だ!」

 

 

 

 

 

 

 グランダム王都を出た使者は、飛行魔法ですぐにコントゥア王都だった街へ飛び、コントゥア城で待っていた宰相と落ち合った。

 

「ただいま戻りました宰相閣下」

 

「ご苦労。してグランダムの若王はなんと言ってきた?」

 

「はっ、結論が出るまで待ってほしいと」

 

 使者から聞いた返事に宰相は笑う。

 

「すぐに渡すと言えば情けをかけたかもしれないものを。だが、ここで本当に返事を待ったりすればイクスヴェリア陛下と直接交渉しようなどと考えかねん……おい!」

 

 そこで宰相は部屋の隅にいた、マリアージュの一体に声をかける。

 マリアージュは返事もせず、体の向きだけを宰相に向けてきた。

 

「次の戦場(いくさば)が決まった。この国で()()()()軍勢を連れて、西のグランダムという国を焼き尽くせ!」

「了解しました。操主」

 

 ケントの選択も待たず、最悪の国ガレアとの戦いは否が応でも幕を開く。

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