ガレアから遣わされた使者を帰し、謁見に立ち会った高官たちを解散させた後、俺はすぐに守護騎士たちを自室に集めた。
話の内容は、ガレアから要求された闇の書と守護騎士の引き渡しに他ならない。
「――ということだ。君たちから忌憚ない意見が聞きたい」
俺の口からそう告げられた守護騎士たちのうちシグナム、ザフィーラ、シャマルは難しい顔をしており、ヴィータは……
「つまり、国を守るために闇の書とあたしらを差し出すってこと? そりゃ立派な王様で」
ヴィータが俺に向けてくる声と視線は冷たい。明らかに失望されている。
当然だ。先日俺は絶対に守護騎士たちを冷遇したりしないとヴィータに啖呵を切ったばかりなのに、数日しか経たないうちにこの有様なのだから。
「別にぃ。あんた自身があたしらに何か仕打ちしたりするわけじゃないし。あんたがどう決めようと恨むつもりはないから、書とあたしらを売るのか戦うのか、さっさと決めたら?」
「やめろヴィータ。無礼が過ぎるぞ」
拗ねながら追い打ちをかけてくるヴィータをシグナムが諫める。
しかし、シグナムの胸中も察するに余りある。兵の教練を頼んだ時、彼女は戸惑いながらもまんざらでもないように見えたからだ。
「でもヴィータの言う通り、私たちは陛下がどう判断しようと咎めるつもりは毛頭ありません。ただ……」
「闇の書を渡すというのは難しいでしょうな」
言い淀むシャマルの言葉をザフィーラが継いだ。
「やはりガレアのような国に渡すのは危険か?」
その危険性は要求を聞いた時から抱いていた。高官たちも同様だろう。
ガレアが闇の書を用いてベルカ全土の統一を図った場合、今までガレアに侵略された国の惨状が、そのままベルカすべてで起こることになる恐れが強い。
しかし、俺の懸念にザフィーラは首を横に振る。
「それもありますが、ガレア王が闇の書を手に入れたとしても、書を使うことは到底不可能です。闇の書を使うことができるのは《闇の書の主》ただお一人。頁を集めるためなら他の者でも使えますがな」
「それに闇の書そのものに独自の意思があって、主以外の手に渡るのをよしとしないんです。ガレア王という人に渡してもすぐに陛下のもとに戻ろうとするでしょうね」
ザフィーラとシャマルの説明には確かに得心がいく。
俺が物心つく前に父が闇の書を手にしようとしても、飛んで逃げられたり転移して俺のもとに戻ってきた、という話を聞いたことがあるからな。
「つまり、万が一ガレア王に闇の書を渡そ――渡そうとしても書が戻ってきてしまい、かえってガレア王を怒らせかねないということか」
「闇の書を渡そ」の部分まで言ったところで、ヴィータからの視線がいっそう険しくなった気配がしたが、気にしないように努めてなんとか最後まで言い切る。
「ところで、俺としては、ガレア王がなぜおまえたち守護騎士の事を知っているのかが疑問なんだが。お前たちの中にイクスヴェリアと会った者はいるか?」
俺の問いに、四人は顔を見合わせて首をかしげる。
「いいえ。逆に我らから聞きたい。闇の書と我らの身を欲するイクスヴェリアとはどのような人物なのです?」
シグナムから聞かれた俺は答えに詰まる。イクスヴェリアという王についてわかっていることは、ほとんど何もないと言っていいからだ。
《冥府の炎王 イクスヴェリア》。
常にガレア国内にこもっていて、姿どころか年齢、性別すべてが謎。
宣戦布告の際、他国に対し自らの名を出してくるため、名前だけがわかっているがその名前すら本名である可能性は薄い。
なぜならガレア王は、建国時からずっとイクスヴェリアと名乗り続けているからだ。即位の際に代々同じ名を襲名し続けていると考えるのが妥当だろう。
イクスヴェリアについてそう説明するとシャマルは顎に手を当てた。
「確かに、それだけだとなにもわかりませんね(でも不老なら、私たちのように先史時代の技術を使えば……)」
「とにかくそんな国にはやはり闇の書もお前たちも渡せないし、闇の書を渡すこと自体が困難ならばなおさら交渉は成立しない。なんとかガレア王が納得してくれるような言い方で断るしか――」
「陛下!!」
ノックと同時に扉の向こうから声がかかってきた。
いつもなら注意しているところだが、それだけただならぬ事態が起こっている可能性が大きい。ガレアやイクスヴェリアなんて訳の分からない連中が動いてる状況だからな。
「構わない。入ってくれ!」
「失礼します!」
俺が答えた途端、文官が部屋に入ってきて一気にまくし立ててきた。
「コントゥアから妙な格好の大軍が、我が国に向けて押し寄せてきております! う、腕を剣や槍にして、通りがかった村の住人を皆殺しにしながら東端の都市に近づいているとのこと! その数はじゅ、十万以上!!」
「――その情報はどこから!?」
「は、はい。ガレアの使者が飛行魔法で向かった方に、こちらも同じく飛行魔法で斥候を向かわせたところ、すでにコントゥアから謎の大軍が進撃してきたのを発見したそうです」
うちの宰相が得意な、使者を尾行する偵察法か。
ガレアが噂通りの国ならもしやとは思っていたが、まさか使者を寄こした直後に侵略を始めるとは。
「王都から動かせるだけすべての軍をコントゥア方面に向かわせろ! 同時に飛行魔導兵を各地へ、できる限り援軍を出すように伝令に飛ばせ。ディーノにもだ。そして……」
文官にそう告げて俺は守護騎士たちの方を見る。彼女たちは四人ともうなずきを返してきた。
「向こうは力ずくで闇の書を奪いに来たってこった。今更書を差し出したって収まるとは思えねえ。どうするかは決まったな」
「我らヴォルケンリッター、主のためならいかなる敵でも討ち果たして見せましょう!」
「それに犠牲になっている人々には気の毒ですが、闇の書の主としては好機でもあります。十万以上の敵から魔力を蒐集すれば、半分以上の頁は集まりますから」
ヴィータ、シグナム、シャマルは口々にそう息巻く。
「ありがとう……私も守護騎士たちを連れて出る。君は今言った手はず通りに進めてくれ」
「陛下が自ら――いえ、わかりました!」
十万の敵がいる戦地へ向かおうとする俺を止めるべきか迷いながらも、文官はそう言って足早に部屋を出て行った。
「では、出立する前に戦支度と参りましょうか。主は《魔導鎧》を、皆は《騎士甲冑》を」
ザフィーラの言葉に俺も守護騎士もうなずき、媒体を頭上に掲げた。
魔導鎧の装着は、今まで来ていた服を粒子状に変換して媒体に納め、その替わりに媒体に込められた魔力が鎧という形で着用者の身を包むという仕組みを経る。
騎士甲冑も全く同じらしい。
――!
そこで気が付いてしまった。
騎士甲冑を装着する際、シグナムたちは来ていた服が下着も含めて消失してしまい、一瞬の間真っ裸になるのではと。
もちろん、着脱が速すぎてほとんどの人間はその姿を見ることはできない。
だが、それを見ることのできる数少ない例外が俺だ。
我が固有技能《フライング・ムーブ》は、自分自身の体感時間を底上げすることで、一定時間まわりより圧倒的に速く動くことが出来る。まるで自分以外の時間が止まったように。
……つまりシグナムたちが着替えている間にフライング・ムーブを行使すれば。彼女たちの生まれたままの姿を見ることが出来てしまう。
そうだと気付いた途端、自分の中から邪念がむくむくと――。
「みんな待――」
「《レヴァンティン》
『Anfang』
「《グラーフアイゼン》
『Anfang』
「《クラールヴィント》
『Ja』
…………。
彼女らが唱えた
シャマルが一番すごかったがシグナムもなかなか、ヴィータは微笑ましかったな。
三人はグランダムの魔導鎧を原型に、守護騎士内でのそれぞれの役割、注文に応じて手を加えた造形の騎士甲冑をその身に包んでいる。
三人のうちシグナムの鎧は他の武将と変わらないが、ヴィータとシャマルの鎧の下半身の部分は足鎧の代わりに長いスカートに覆われた格好になっている。これは脚鎧が足に付く感触に慣れず、動きにくいため足が出せる格好にしてほしいと二人に頼まれたからだ。断じて俺の趣味じゃない。
「おい、どうした主? あんたも早く着替えろよ」
いつまでも魔導鎧を装着しない俺を見て、ヴィータは急かしてきた。
……俺も一瞬裸になると思うと、彼女たちには見えるはずはないのだがなぜか恥ずかしさを覚えるな。
「いや、時間が惜しい。城の前まで急ぎながらにしよう。行くぞ!」
「「「……?」」」
俺は言い訳を吐きながら部屋の外へ飛び出す。そんな俺の後ろで三人が首を傾げるような仕草をしていた。
◇
グランダム東端の都市には、すでにコントゥアから《マリアージュ》がなだれ込んでおり、すでに半分以上の住民が犠牲になってしまっていた。
「あなたもイクスヴェリアの糧になりなさい」
「キャアアア!!」
左腕
「食らえ化け物!」
街を守る守備兵が剣をもって、死体に覆いかぶさるマリアージュを頭の天辺から刺し貫く。
マリアージュは貫かれた頭からは黒い血が噴出しながら……
「マリアージュは壁の兵。死したその身も敵地を焦がす炎となる」
(負け惜しみを、それにしても汚ねえ血だ)
黒い血を浴びながら守備兵は勝ち誇った。すると突然――
「――ぐわああっ!」
マリアージュの死体は突然爆発し、守備兵を粉々に吹き飛ばした。
爆発によって生じた炎はマリアージュと守備兵が戦っていた一角に広がり、
「戦場へ……進軍を……」
そしてマリアージュに斬り殺された女の死体だけが勝手に起き上がり、街を徘徊し始めた。
女の死体はなぜか機械仕掛けに変貌しており、その顔にはバイザーがついていた。
◇
本軍に先駆けて飛行兵を数部隊率いて、都市上空に到着した俺たちが見た光景は惨憺たる有様だった。
街は半分焼けて、鉄と鋼だらけの体をした人型の異形が群れをなして住民を殺し、かじり、信じられないことに異形に嚙みつかれた人間までが、新たな異形と化して他の住民を襲っていた。
そんな中、ヴィータは何かを思い出したように。冷静な目で異形を凝視していた。
(武器に変わる腕、蘇る屍……あれってどこかで)
「――全員射撃魔法用意。異形がひしめく奥の区画に向けて、構え!」
住民がもういない区画を確認してから全飛行兵にそう命じ、自らも射撃魔法を撃つ用意を整える。
「ヴィータ、我らもいくぞ」
「おう!」
「……?」
そこでなぜか、命令が出されてないシグナムとヴィータまで俺に並んできた。
そして……
「レヴァンティン、ボーゲンフォルム」
シグナムが構えた瞬間、彼女の愛剣レヴァンティンは球らしき物を落としてから弓状の形態へと変形する。
「――!!」
それを見て周りの飛行兵がどよめき、その中で俺も息を飲んでしまった。
一方、ヴィータの槌グラーフアイゼンは変形することなく主に握られたままだ。
ともあれ射撃の準備は整った。
「フレースヴェルグ!」
「フレースショット!」
俺や飛行兵が放つ無数の光弾が異形に命中していく。
「シュツルムファルケン!」
そんな中、シグナムは弓になったレヴァンティンから矢を放ち、地上に刺さった矢は大爆発を起こして異形数十体を一矢で吹き飛ばし、すかさずシグナムは次の矢を構え撃ち放つ。
「ギガントシュラーク!」
巨大化したヴィータの槌が地上まで届き、異形の大軍を押しつぶす。
その一方で眼下の異形たちは俺たちに向けて、腕を突き出していた。
「敵兵確認。右腕武装化……形態戦弓」
何のつもりだと眉をひそめていると、突然下から飛んできた矢が飛行兵の胸を貫いた。
「ぐわっ!」
「うぐっ!」
そんな中で――
「パンツァーガイスト」
「パンツァーシルト」
「障壁」
「パンツァーガイスト」
「風の護盾」
シグナムとヴィータ、ザフィーラ、ディーノ王から蒐集した魔法が使える俺は自身に盾を張って、シャマルは複数の巨大な盾を自身とまわりの飛行兵に張って、下からの矢を防いだ。
しかし、矢を食らい地上へ落下した飛行兵は生死を問わず群がってきた異形に噛まれ、噛まれた兵士は新たな異形となっていく。
「ガレアの大軍と大量虐殺の原因はあれか」
「……ああ! 思い出した!」
つぶやきを漏らす俺の横で突然ヴィータが声を上げた。
俺も守護騎士たちも思わずヴィータに振り向きかけ、かろうじて異形のいる眼下に目をとどめながらヴィータに尋ねる。
「思い出したって何を?」
「あいつら、前の主が造ろうとしてた生物兵器だ。お前らも聞かされたことくらいあるだろう?」
「――あっ、思い出したわ! 死体を兵士に変える生物兵器《マリアージュ》! まさか完成していたなんて」
ヴィータに続き、それを思い出したらしいシャマルが声を上げた。
「生物兵器マリアージュ……だと」
この時点でイクスヴェリアがなぜ闇の書と守護騎士のことを知っていたのか、俺には見当がついた気がした。