ケントが守護騎士と飛行師団を率いて、マリアージュの軍勢と防衛戦を繰り広げている頃と同時刻。
都市よりやや北側の大きな村では、突然村に何千人もの集団が誰の断りなく続々と踏み入ってくるという異様な出来事が起こっていた。
その集団は誰もが鉄と鋼でできた体をしており、目元にはバイザーを装着している。
彼らを見た住人のほとんどは、あまりに奇異な集団に警戒心を抱き、逃げるように彼らから離れた。
その一方、警戒心より好奇心が勝ったのか、村の出入り口付近には立ち止まったままの野次馬が百人ほど残っていた。
その野次馬に対し、集団の先頭にいた女は開口一番にこう言った。
「あなたたちもイクスヴェリアの糧となりなさい」
「……? なにを言って――ひっ!」
女が口にした突拍子な言葉に、野次馬の最前列にいた青年が聞き返そうとしてからふと視点を下げてみると、女の腕がいつの間にか剣に変わっているのを目の当たりにした。
「うわああああああ!」
男も、その後にいた野次馬たちも遠巻きに見ていた村人たちも、集団が自分たちを襲おうとしている野盗の類だと気付くと一斉に逃げ惑う。
集団は村人たちを追いかけるべく、剣になった腕を振るい続々と村へ押し入ってきた。
そんな中、逃げる村人の流れに逆らい集団の方に向かって足を進める三人の姿があった。
「おい、あんたたち何やってるんだ!? 早く逃げないと!」
ある村人が逃げながら果敢にも足を止め三人に逃げるように注意するが、連れの村人が彼の肩を掴んで止める。
「いや、大丈夫だ。あの方たちは――」
村人二人がそんなやり取りをしている間にも、三人は集団に近づいていく。
三人のうち一人は短い緑髪で紫の右眼と青の左眼の
この村へやって来た集団、マリアージュたちは南の都市を襲う本隊から離れて北へ迂回し、そこから王都を襲い王宮にいるであろうグランダム王を亡き者にするため、この村へ入り込んだ五千体からなる分隊である。
しかし、不運にもこの日は偶然付近を通りがかった異国の騎士団が村の近くで天幕を張って宿営しており、その上、村の中には騎士団の団長と二人の連れが宿で体を休めていた。
三人はマリアージュたちの近くまで来て、足を止める。
「この村に何の用です? 剣を……持って押しかけてくるなんて。村の人に詫びを入れて大人しく立ち去りなさい。そうすれば――」
剣となっているマリアージュの腕を見て戸惑いを押し殺しながら、緑髪の青年はそう忠告した。
しかし、彼の隣にいる金髪の少女がそれを制する。
「いいえ、ただ見逃すだけでは別の村や町が襲われる恐れがあります。まずはその
金髪の少女が構えた瞬間、彼女の首に提げていた剣の形をしたネックレスが手元に転移し、太い刃が備わった大剣となった。
「非を認めず、剣も捨てずに土足で村を荒らすつもりなら、どうなるかはわかってるよね」
さらに少女の隣にいた黒髪の少年(?)が拳を突き出して、マリアージュに凄む。
しかし、マリアージュたちは三人の求めに応じず、ただ――
「あなたたちもイクスヴェリアの糧となりなさい」
それだけを言って剣を掲げてきた。
敵意を隠さない相手に、とうとう銀髪の青年も構えを取る。
「仕方ないな。オリヴィエ、エレミア手伝ってくれ!」
「はい!」
「応! ……《鉄腕》解放」
青年の言葉に、オリヴィエは腰に下げていた大剣を掲げ、エレミアは拳を構えながら唱える。その直後、エレミアの両手は黒い籠手に覆われた。
彼らこそ村に滞在する騎士団長とそのお供からなる三人組。
緑髪の青年はシュトゥラ王国の第一王子にして、『キオネル騎士団』の団長クラウス・G・S・イングヴァルト。
金髪の少女は聖王連合からの客将でありながら、《シュトゥラの姫騎士》の通り名を持つオリヴィエ・ゼーゲブレヒト。
黒髪の少年(?)は流浪の学士ヴィルフリッド・エレミア。
三人は戦いの幕が上がるなりおもむろにマリアージュたちの中に飛び込み、
「シュトゥラ流 空破断!」
クラウスの突き出した拳から放たれる衝撃波が一撃で十体もの敵を跳ね飛ばし、
「ガイスト・クヴァール」
エレミアの一撫でが五体以上のマリアージュの首や銅をちぎり取り、
「はあああ!」
オリヴィエが振り回す大剣が一回りに付き七体ものマリアージュを斬り裂いて行った。
そうしてたちまち、マリアージュを蹴散らす三人やその周りに黒い血が飛び散っていく
(――!)
「シュトゥラ流 断空拳!」
返り血が自らに付くのもいとわず、続けざまにクラウスがマリアージュの腹を貫く――その時!
「ヴィヴィ様、殿下、後ろへ跳んで!」
「「――!」」
突然そう叫んできたエレミアの声に従い、クラウスとオリヴィエは真後ろへ跳躍する。
その直後に、マリアージュの死体はまだ生きている仲間を巻き込み、大爆発を起こした。
「――人が爆発した?」
「腕を武器に変えたり妙な奴らだと思っていたが。よくわかったなエレミア」
突然の爆発とそれに気づいたエレミアに、二人は驚きながら感心した。
エレミアはわずかに照れながらかぶりを振る。
「いえ、嫌な気を感じたもので。それより敵はまだまだいますよ。ただ、今後は死んだ敵にも注意しましょう」
「ああっ!」
「はいっ!」
爆発を逃れ持ち直したクラウスとエレミアは再びマリアージュと向き合う。
その時――。
「殿下ー!」
「ご無事ですか!?」
村の外で天幕を張って泊まっていた騎士たちが駆けてくるのが見える。マリアージュから逃げてきた村人の知らせを受けて、すぐに駆け付けてきたのだろう。
騎士の一人がクラウスの隣に並び立つ。
「殿下、我々も共に戦います」
彼の言葉を聞いてクラウスは笑みを浮かべた。
「いいのか? これは私的な戦いで、その上ここはグランダム領だ。命をかけて戦っても得るものはないぞ」
クラウスの念押しじみた軽口に騎士は首を横に振る。
「いいえ、得るものはあります! 殿下と共に戦う誉、悪をくじき弱きを助けるシュトゥラ騎士としての名誉、それらを殿下やヴィヴィ様たちに独占させません! そうだろうお前たち?」
「応!!」
クラウスは思わず苦笑を浮かべる。
こういう奴らだ。
キオネル騎士団に名を連ねる騎士たち。
彼らはクラウスにとって、臣下であり兄弟弟子でもあり戦友でもあり親友だった。
村の近くにいる騎士は総勢二千。マリアージュより三千
「よし! では散会して悪漢どもを薙ぎ払え! ただし敵は腕を武器に変えたり、死んだら爆発したり、奇怪な連中だ。注意してかかれ!」
「はっ!」
しかし、ここにいるのは、ほとんどがクラウスと共にシュトゥラ流を学んだ精鋭たちだ。一人でマリアージュ十体は軽くしのげる。
加えて一騎当千の猛将が三人も先頭に立っている。勝敗は明らかだろう。
シュトゥラ騎士や名高い将三人に蹴散らされ、マリアージュはみるみる数を減らし、半刻もかからず騎士団の勝利でこの戦いは決着した。
とはいえ、騎士の犠牲や敵の爆発による村への被害も皆無とはいかなかったが。
◆
敵を掃討し終えた騎士団は、悪漢たちの撃退が終わったと聞いて村へ戻ってきた人々から口々に礼を言われた。
その後、クラウスたち三人は騎士団の代表として村長の自宅へ招かれて感謝の言葉をもらい村長の家を出る頃には、ベルカの曇天からでも空が暗くなり始めているのがわかる時間だった。
「お疲れ様です。クラウス、エレミア」
村長宅を離れ村の広場に辿り着いて開口一番にオリヴィエが二人をねぎらった。
「それはお互い様ですよオリヴィエ。エレミアも。二人のおかげで助かった」
「いえいえ、二人とも無事にすんでよかったです。僕の方は旅路で野盗に遭遇することもあるので、ああいうことにも慣れてる方ですけど」
「腕を武器にしたり死んだら爆発するような奴らと遭遇することもか?」
「い、いや……さすがにああいうのは初めてですけど」
クラウスの突込みにエレミアはしどろもどろになる。さすがにあんなのは常識の範疇を越えている。そういうのはどちらかと言えば、彼女のほうが詳しいだろう。
「あんな人たちと居合わせるなんて滅多にないことだと思います。いえ、そもそも人だったのか。もしかしたら『先史時代』と関係があることなのかもしれません」
顎に義手を当てながらオリヴィエが考え込む。
その昔、ベルカには現代文明をはるかにしのぐ高度な文明があり、その文明の技術をもってベルカの国々は次元の壁を越えて別世界に進出し、繁栄を謳歌したと言われている。
しかし、その繁栄の裏で各国は兵器開発技術を高め合い、ついに『
大戦はベルカだけでなく、行き来できるようになった他の世界をも巻き込んで行われ、資源、エネルギー、兵力補充を目的とした異世界侵略が繰り返された。
どこかの国が支配下に置いた世界を、別の国が侵略して奪うということも常にあった。
数多の世界を巻き込み、泥沼化した多世界大戦。そんな大戦を終結させたのが一隻の巨大な戦艦だった。
戦艦全体に無数の砲台を備え付け、主砲は空間歪曲と反応消滅によって命中したものを原子すら残さず国一つを容易く消滅させることが可能な代物で、その上十分な魔力量があれば次元間を跳躍した攻撃も可能。
そんな強大な武装を持つ戦艦は、敵対する国や異世界をことごとく滅ぼし、多世界大戦はほどなく終結した。
大戦を終結させた戦艦の搭乗者は後に王として祭り上げられ『聖王』と、戦艦は聖王を生み出す『聖王のゆりかご』と呼ばれるようになった。
しかし、戦艦改め『聖王のゆりかご』による、敵国への過剰な破壊行為は文明の後退をも招き、聖王を戴く国もゆりかごに匹敵する兵器が造られるのを恐れ、文明を復興させるのをよしとしなかった。
だが、皮肉にも大戦時の資料を残さなかった結果、ゆりかごの力は時代を経るごとに忘れ去られ、聖王家に歯向かおうとする国が現れるようになった。ダールグリュン帝国がまさにその筆頭だろう。
それが現代ベルカで起こっている戦乱の一因となっているのは疑いようがない。
ここで余談だが、大戦末期、ゆりかごに対抗する兵器を造ろうとした研究組織があり、謎の事故で拠点世界ごと滅んだものの、不可解な侵略と停止を繰り返すガレア王国がその残党ではないかと中枢王家の間でたびたび話題が上がっている。
(悪漢が言っていたイクスヴェリア……ガレアの王の名前と同じ……もし彼らがガレアから送りこまれたのだとすれば、ガレアという国はやはり)
心中で密かに確信を得たオリヴィエをよそにクラウスは口を開く。
「しかし、グランダム領の村をあんな奴らが襲ってくるとは。ケントと話すべき事が増えたな」
「……案外もう知れ渡っていて国中大騒ぎになってるんじゃないですか?」
「そうかもしれませんね」
エレミアのぼやいた言葉にオリヴィエは同意する。
謎の悪漢がガレアから送りこまれた刺客だとすれば、これは紛れもなくガレアからグランダムへの侵略だ。
こんな襲撃が他の場所でも起きていたとすれば、グランダム王となったケントがその対処に追われているのは容易に想像できる。
「この村でもう一泊したら先を急ぐぞ。グランダムで今、何が起きているのか早く確かめておきたい」
クラウスの言葉に、オリヴィエとエレミアはそろって首を縦に振った。