「あいつら飛べたの?」
地上から飛び始めたマリアージュが増えていく空を唖然と見ながら、ティッタは呟く。
俺も空中を見上げながら、
「やはり飛ぶことはできたか。今まで飛行兵にやられるままだったから、その予想は外れだと思ったのだが」
しかしこうして目の当たりにすると、マリアージュに飛行能力があるという予想はやはり当たっていたようだ。
マリアージュが地上でしか動けないのならば、今まで滅ぼされた国の飛行魔導師はほとんど生き延びることができたはずだ。その生き残りたちによって、ガレアから送られるマリアージュという人外の話は多くの国が知るところとなるはず。
だが、マリアージュの話はグランダムでもコントゥアでも今まで聞いたことがなかった。
ならばマリアージュに滅ぼされた国の民は飛行魔導師も含めて殺されつくしてしまい、残ったのは辺境から他国に逃れたごくわずかな者だけ。マリアージュの事なんてろくな説明も出来ずに、混乱しきって気がふれたと思われてしまったのだろう。
「でも、あいつらなんで飛んだまま動かないの? さっきから停まったままだけど」
「全員が空中でそろうのを待ってるんだろうよ。その後でうちの飛行兵も、地上に残ったままの兵隊たちも、空から一斉に仕留める腹だ。それで軍隊を滅ぼした後は、無力な国民は好きなだけ食い放題ってわけだ」
《陛下、ぐずぐずしている場合ではありません!》
ティッタとヴィータが言ってる横で、俺の鼓膜にシャマルの声が響いてきた。言葉通り頭に響く。
《シャマル、焦る気持ちはわかる。俺だって何とかしなければいけないと思う。だが、数が圧倒的に違いすぎるんだ。空のいるマリアージュはおそらく五万。それに比べて奴らと戦える飛行兵は一万に届かない。弓兵を数に入れても焼け石に水だろう》
《いいえ! この状況を打開できる方法が一つだけあります》
シャマルの言葉に俺は耳を疑った。
《本当か?》
《はい。これしか手はありません。飛んでいるマリアージュの大軍を撃退することも、マリアージュを自爆させずリンカーコアを蒐集することも、この方法でなければ無理です》
《どうすればいい?》
この際リンカーコアはもうどうでもいい。しかし、あのマリアージュたちはすぐに対処しなければ我が軍は為すすべなく全滅してしまう。
もはやシャマルの献策だけが頼みの綱だ。
《
《構わない! それはどんな方法だ?》
《わかりました。では……》
「――なっ!?」
「――えっ?」
「……」
シャマルの返事と共に、俺の前に緑色で等身大ほどの大きさの渦が現れた。ティッタも驚いているがヴィータは平然としている。ということは、これはシャマルの魔法によるものか?
「陛下、この渦に入ってきてください」
思念ではなく渦の向こうから、シャマルの声が聞こえてくる。
あの向こうにシャマルがいるのだろうか?
「早く!!」
「あ、ああ――!」
強い声で催促してくるシャマルに、慌てて俺は渦の中へ入っていった。
◇
ケントが入り込むと渦は消滅し、残ったのはヴィータとティッタのみとなる。
「……あの、にいさ――陛下、入って行っちゃったけど大丈夫なの?」
「シャマルっておばさんのとこに行っただけだ。平気平気。シャマルならマリアージュを片付ける方法も思いつくだろうしな。ところでお前、あいつのこと兄様って呼んでたけど、どういうこと?」
「ああ、それはね――」
◇
「ここは……」
渦を通って来たのは外壁の上だった。俺たち先兵はここに兵站を置いて仮の陣地としている。
「陛下、お待ちしていました」
そこには待機させているシャマルもいた。さっきの渦は自分と特定の場所を繋げるための魔法だったらしい。
そういえば前の戦でシャマルがディーノ兵や王からリンカーコアを奪った時も黒い渦を見たが、もしや同じ魔法か?
「陛下、時間がありません。早く闇の書を出してください」
「あ、ああ……」
シャマルに言われた通り、俺は懐から闇の書を取り出す。
するとシャマルは俺からそれをひったくり、すごい速さで頁をめくっていった。
「この最後から十数ページにわたって書かれている《フィンブル》という魔法、わかりますか?」
シャマルが示すのは、ディーノ王から蒐集した広範囲冷却魔法《フィンブル》。巨人化した父を氷漬けにするほどのすさまじい魔法だ。
――まさか!
「それであいつらを冷却しろというのか!」
俺の推察にシャマルは首を縦に振った。
「そうです。ただし、そのまま撃つだけではすべてのマリアージュを凍らせることはできません……ですから」
「闇の書の力で威力と規模を上げろ……そう言いたいんだな」
なるほど、それならほとんどのマリアージュを倒せるだけでなく、自爆を防いでリンカーコアも蒐集できるということか。
「お察しの通りです。先ほども申した通り、50ページほど費やすだけで十分なはずです。それでも五万体からリンカーコアを収集すれば、闇の書の頁は一気に数百ページは――きゃっ!」
俺は思わずシャマルの肩を掴む。シャマルは頁がどうこう言いかけていたが、そんなことはどうでもいい。
「この状況を覆せるなら十分だ! すべての頁を失ってでも俺はやる。シャマルは空にいる飛空兵に外壁付近まで退くように伝えてくれ」
「は、はい。それはもうすでに。何万体ものマリアージュが集まっていますから、みんなあっさりと」
どぎまぎするシャマルをよそに俺は眼前を見る。
もうすでに、ほとんどのマリアージュが集まりつつあるようだ。
これ以上は待てない。
「行くぞ!」
「お気をつけてーー!!」
◇
マリアージュに向かって飛び立つケントに手を振って見送りながら、シャマルは考える。
(頁を失っても構わないなんて本当に変わった主ね。死ぬよりはましということかしら? でもそれだけなら戦おうともしないはずだし、やっぱり今までの主とは違うわね。……それにしても半分くらいは地上に残しておくと思っていたのに、ほぼすべてのマリアージュが飛んでくるなんて。撃墜された時のことを考えていないのかしら……あの主なら思考能力もつけると思ったんだけど)
◇
「……」
「敵兵確認。攻撃に備え反撃の用意を」
飛んでくる俺を見つけるや、マリアージュは腕を矢に変えて向けてきた。
しかし反撃にはまだ早い。
「広範囲冷却魔法・フィンブル」
俺の足元と腕の先に三角のベルカ式魔法陣が展開し、腕の先に展開した魔法陣から氷晶が漏れ出てくる。
「魔力反応確認。射撃します」
敵は俺に向けて矢を放ってきた。
――今だ!
「固有技能・フライングムーヴ」
技能の発動を念じた途端、俺以外の世界の時間が緩む。実際は世界が遅くなったのではなく、俺の方がまわりよりすごい速さで行動しているのだが。
とにかくこの機を逃さず、俺は闇の書に呼びかける。
「主として闇の書に命じる。可能な限り書に宿る魔力を我が魔法に上乗せせよ!」
闇の書から返事は来ない。それはそうだ、まだ技能を解いていないのだから。しかし時間が止まったわけではないから命令自体は届いたはず。
迫りくる矢を見て若干ためらいながら、勇気を振り絞って俺は技能を解く!
次の瞬間、俺の耳に声が届いてきた。
『Verstanden.(了解)』
闇の書がそう答えた直後、勢いを封じきれなくなった魔法陣から猛烈な勢いで吹雪が飛び出て、矢もマリアージュたちも覆いつくす!
氷漬けになったマリアージュたちは動きを止め、そのまま地上へ落下していった。
それを見届けている間に、闇の書はまたひとりでに頁を開いていき、
『Sammlung.(蒐集)』
例によって氷漬けになったマリアージュからリンカーコアが書に吸収され、怒涛の勢いで頁が埋まっていった。
本当に何百ページもありそうだ!
「これで勝ったのか……いや!」
思わず肩の力を抜きそうになったが、それをこらえて街の奥に目を凝らす。
そして、一体だけ残っているマリアージュを見つけた。
あいつが最後のマリアージュか!
◇
「僚機全滅。ならば私が戦場へ進軍を……」
「そこまでだ!」
「もう残ってるのはあんた一人だけみたいだね。さすがにもう降参した方がいいと思うけど」
味方の全滅を見届け、歩を進めようとした軍団長の前に立ちはだかったのは、ヴィータとティッタだった。
だが、二人に詰め寄られても軍団長はひるまない。ひるむという感情も機能もない。
「右腕武装化……形態、戦砲」
軍団長はティッタに向けて戦砲を向けた。それを見てもティッタは避けようとせず棒立ちしたままだ。
「……筒? そんなもんでどうしようって」
「馬鹿! ……くそ!!」
毒づきながらヴィータはティッタに飛びかかり、同時に軍団長が向ける戦砲から、爆音とともに巨大な球が放たれた。
「ぐぉっ」
「いてて。ヴィータいきなりなに――!」
ヴィータに突き飛ばされ尻餅をついたティッタは、身を起こしながら文句を言おうとして気付いた。
ヴィータが胸を押さえながら、苦悶の声を上げていることに。
(くそっ! これしきで動けねえなんて。傷がまだ再生しきれてなかったのか)
「まだ生きていますか。この砲弾は人の身で耐えられるものでは――」
「よくもヴィータを――」
軍団長は再びティッタに戦砲を向ける。
「あなたもイクスヴェリアの糧になりなさい」
軍団長はティッタに狙いを定め、球を撃った。
ティッタは砲弾をかわし、空を切った砲弾は地面に激突し巨大な穴をあけた。
その間もティッタは軍団長に迫る。
しかし、軍団長は正確にティッタに狙いを定め、砲を向ける。
「あなたもイクス――」
「フライング・ムーヴ!」
その時、空からマリアージュめがけて声と黒い影が降ってきた。
◇
俺以外の時間が再び緩くなる。
その間に俺は剣に魔力を込め、
「シュヴァルツ・ヴァイス!」
大筒を構えたマリアージュの腕を斬り落としながら、俺は技能を解いて地に降りた。
マリアージュはいつの間にか右腕を喪失していることに気付き、動きを止める。
「戦闘不能。しかし我らは――」
「うらああああああ!!」
ついに懐に入ったティッタは大剣を抜いて、そのままマリアージュのどてっぱらに突き入れた。これだけでは終わらない。
「死したその身も戦地を――」
「はああああ!!」
捨て台詞を残しながら自爆を試みるマリアージュに向けて、ティッタは足を振り上げマリアージュを思い切り蹴り上げた。
マリアージュはティッタを巻き込むことも叶わず、宙を飛びながらそのまま爆発し、霧散した。
「ヴィータ!」
ようやく最後のマリアージュを倒したと見るや、ティッタは踵を返しヴィータに駆け寄る。
「ヴィータしっかりして!」
ティッタはヴィータを抱き起こし、顔が涙まみれになるのもいとわず抱きしめた。
「嫌だよ。あんたとは気が合いそうだと思ってるのに、再会してすぐ死んじゃうなんて」
「……勝手言ってんじゃねえ。再生が遅れてただけだ。こんなのすぐ経ったら」
「しゃべるな。じっとしていろ。ティッタもあまりヴィータを動かすんじゃない。俺が今シャマルを呼んでくるから」
俺はそう言い残して、シャマルのいる外壁に飛ぼうとした。
「はい。私が何か?」
と思ったら、すぐ眼前にシャマルがいた。俺は慌てて足を止める。
「シャマル来ていたのか。いいところに。実はヴィータが」
「また無茶をしおったなヴィータ。あまり再生機能を過信するなと昔言ったはずだぞ」
「主、ご心配は無用です。我ら守護騎士にとって、命に影響のあるほどの手傷ではありませんので」
いつの間にか来ていたのはシャマルだけではなかった。
シグナムはヴィータを諫め、ザフィーラは安心しろというように俺の肩に手を置いた。
俺は思わず、
「……あの、お前ら少し冷静すぎないか?」
俺の突込みには誰も反応せず、シャマルはすたすたヴィータの方へ歩いていき、ヴィータのそばに着くとその場で屈みこみ、両手の人差し指と薬指にはめた指輪上の媒体に何事か呟いた。
「“静かなる癒し”」
途端にヴィータの体は緑色の魔力光に包まれ、光が収まる頃にはヴィータの胸の傷は完全に塞がっていた。
「ヴィータ! よかった! 本当に!」
それを見てティッタは泣きながらヴィータにすがり付き、ヴィータもまんざらでもなさそうになすがままにされていた。
「――ったく、だから大丈夫だって言ったろ。主だってそうだ。あたしみたいな無礼者相手に血相変えやがって。おかしな奴だ。ティッタも……ケントも」
「それだけ減らず口が叩ければ大丈夫か……まあ、大事を取って王都に帰っても構わないが。マリアージュへの対処の仕方は嫌というほど脳裏に焼き付いたし、ガレア攻略は正直守護騎士抜きでも大丈夫だと思う」
苦笑しながら俺はヴィータにそう提案する。返事は予想がつくが。
「はあ!? ふざけんなよ! ここまで来てすごすご帰れるか! ケントがどう言おうがあたしも行く! ガレア王もその手下もこいつで叩き潰してやる!」
ティッタに抱きしめられながら、ヴィータはがなり立てる。
こいつも言っても聞かんか。やはりティッタと似た者同士だ。
ガレアの侵略から三日目。
グランダム東端の都市はついに解放され、マリアージュなるガレアの兵はグランダムの地から姿を消した。
その翌日、すでにグランダム・ガレア国境付近に結集しているグランダム軍は、反撃のためコントゥアに軍を進める。最悪の国ガレアを目指して。
――『――の魔導書』330ページまでの蒐集を完了。