グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第14話 闇の書への深まる疑念

 ガレアとの国境沿いにある都市を解放して翌日。

 俺はグランダム軍を率いて、ガレア領となっているコントゥアへ足を踏み入れた。

 最初に通ったのは焼け落ちた廃墟だった。我が国グランダムとの交易で栄えた都市の面影はもうどこにもない。誰もが廃墟を見回したが、その中からはマリアージュどころか人っ子一人見つかることはなかった。

 その次に見えてきたのは、崩れ落ちた建物が点在する焼け野原。おそらく村か集落がそこにあったのだろうが、一目でわかる。ここにはもう誰もいない。

 廃墟と焼け野原をいくつか通り、日が暮れる頃に我が軍は焼け野原の方に天幕を張って宿営することにした。

 

 野原の方に泊まる理由は二つある。

 一つ目は廃墟の方にはまだ崩れていない建物も多く残っているが、肝心の寝具は焼失しており、眠る際は床に寝そべらなくてはならないこと。

 二つ目は廃墟は死角が多く、敵が潜んでいても気付きにくい。特に寝込みを襲われる危険は非常に高いだろう。その点平野なら見晴らしがよく、見張りさえ立てておけば敵が現れたらすぐにわかる。

 加えて三つ目の理由をつけるとしたら、荒廃した街で過ごすのは俺には気が滅入る。個人としても、為政者としても……。

 まさかあそこまで荒廃していたとは。

 

 

 

 

 

 幕営内に張られた無数の天幕の中心に、俺たちが泊まる幕があった。

 幕は二つ。

 一つは俺とザフィーラが泊まる幕、もう一つがシグナム、ヴィータ、シャマルそしてティッタといった女性陣が泊まる幕。

 あたりが暗くなり幕営のあちこちで松明がともされる頃になって、俺はシグナムたちを俺たちが泊まる方の幕へ招き入れ酒と食事を共にすることにした。

 天幕の中心で輪を作るとそこに座り込み、酒――ヴィータは果汁水――を乾杯して俺たちは話を始める。

 

「あのヴィータ、本当に大丈夫なの?」

 

「あれぐらいもう再生したって言っただろう。しつこいぞティッタ」

 

 一口目を口に含んでから、ティッタはヴィータの具合を聞いてきた。自分のせいで深手を負わせてしまったと気に病んでいたみたいだからな。

 シグナムはティッタを元気づけるように言った。

 

「我々守護騎士の生命力は人間のそれと根本的に違う。そう気にするな。昨日の事はヴィータの過信が招いたことでもある」

 

「はあ……闇の書が召喚した騎士だからって、そんなに人間と違うものなんですか?」

 

「ちげえよ。ぜんぜんちげえ! 守護騎士はお前ら人間よりはるかに強いんだからな。ってかシグナム、過信は余計だ。計算高いと言え。ティッタが余計な特攻しなきゃ、瞬時に傷を治したあたしが奴をぶっ潰したつーの」

 

 シグナム、ティッタ、ヴィータが思い思いに飲みながら言い合っていると、シャマルがティッタにあることを尋ねる。

 

「違うっていえばティッタは今まで街で暮らしてきたのよね? ということは、ティッタのお母様は陛下のお母様とは……」

 

「あーそれは……アタシは言ってもいいんだけど、この話ヴィータの前で言っていいのかな?」

 

「いいよ別に。気にせず続けろ。主が領主とかだった時にそんな話何度も聞いてきた」

 

 幼く見えるヴィータを気にしてティッタは口ごもるが、ヴィータはけろりと続きを促した。

 そう言われたティッタは守護騎士の元主の素行に「これだから貴族は」と呆れながらも納得し、続きを話し始める。

 

「シャマルさんが察した通り、アタシの母親は王妃様じゃなくて平民で、アタシはいわゆる庶子ってやつ。まあ生活の援助とか保護はしてもらってたけどね」

 

 言いづらいだろうことをけろりと明かすティッタに、シャマルは申し訳なさそうにしながら、

 

「そう……それで肝心なのはここから先なんだけど、ベルカの王族は誰と子供を作っても、虹彩異色(オッドアイ)と固有技能が受け継がれるのでしょうか? だとしたら、世の中にはもっと異色と技能を持っている人が出てくるはずだと思いますが」

 

 その質問は俺にも向けられているらしく、シャマルは途中から敬語で聞いてくる。

 それに対してティッタは頭を掻きながら、

 

「あー、それアタシもわかんないんだよ。なんでアタシにも受け継がれたんだろうね?」

 

「偶然としか言いようがないな」

 

 俺がそう言うと全員の視線が集まってくる。

 俺はこほんと咳払いをして、知りうる限りのことを説明することにした。

 

 

 

 500年くらい前、ベルカの国々は遺伝子研究の末に、自らや他者の遺伝子を改造し、肉体と能力・魔力を強化する方法を見つけ出した。

 この技術を手に入れ、自らや子孫の遺伝子に改造を施した者の末裔が、現在のベルカで王を名乗っているのは想像に難くない。

 その際、力として植え付けたのが《固有技能》、目印として顕れるのが《人為的な虹彩異色》だ。

 

 俺の《フライングムーヴ》しかり、ティッタの《震動付与》もまたしかり。

 どちらも父、グランダム先王の巨人化能力《巨人の叫び(ジャイアント・クレイ)》から派生した身体強化能力だ。

 体を巨体化させる父は言わずもがな、何かを殴る際に地震に近い衝撃を与えるティッタも、肉体を強化させる能力だとすぐにわかる。

 その点俺の場合、二人と違って身体強化とはわかりにくい。俺だって、幼い頃は俺以外の時間が止まる能力だと思っていたからな。

 しかし実際はまったく逆だ。

 技能を発揮する際、俺の方がまわりの時間よりはるかに速く動けるようになるから、あんな現象が起きる。だが、それと引き換えに体にかかる負荷が大きく、限界を超えて使用すれば寝たきりになる危険があるほど危うい技だ。だからこの技能は今のところ短時間、なおかつ限られた回数しか使えない。

 体や技能を鍛えれば速く動ける時間も、回数も増やせるらしいが。

 

 しかし、シャマルの推測通り、嫡子庶子にかかわらず子供たち全員が固有能力が受け継がれるようになれば、今の世は虹彩異色と固有技能を持つ者ばかりになってしまうだろう。そんなことになれば各地で内乱が起きて、国や世界が乱れかねない。

 そこでベルカ王族の始祖たちは、自らや子孫の遺伝子に『保護(プロテクト)』もかけた。

 王族の遺伝子には技能や異色の瞳(目印)の他に、技能を持つ王と別の王、もしくはその血を引く貴族との間に生まれた子でなければ、虹彩異色も固有技能も継承しないように記述がされてある。

 その一方でシュトゥラ王家など、断絶を防ぐためにあえて『保護(プロテクト)』を施してない王家も一部いる。その代わり、『保護(プロテクト)』をかけていない王家は(めかけ)を囲うことを原則として禁止している。

 しかし、二万以上の塩基が二重に絡み合っている遺伝子が相手だ。ごく稀に平民との間にも、虹彩異色と固有技能を持つ子供が産まれてくる場合が存在する。

 ティッタが過去に眼帯をしていたように、瞳と技能を受け継いだ庶子は、良くてそれを隠して生活することを強いられ、悪ければ秘密裏に葬られる。

 前者でも良心からの措置とは限らない。技能を利用して戦力にしようという算段で生かしている例も多い。正妃との子供だと偽って自分の手元に置いている王だっている。

 

 

 

「――つまりティッタに虹彩異色と技能が発現したのは、低い確率で起きた偶然だ。俺からはそうとしか言えない」

 

「ああ、なるほど! そういう仕組みでしたか。やっと理解できました!」

 

 父から教わった話を自分なりにかみ砕いた説明に、シャマルは手を打って感心してくれる。

 その一方……。

 

「いでんし? ……えんき? ……」

「二万以上のなんとかが二重に……えっと」

「……」

 

 ヴィータとティッタは混乱しており、シグナムに至っては考えるのを放棄して酒に興じている。

 まあ遺伝子なんて、今や王族しか知らないことだから仕方ないか。むしろシャマルはよく理解できたものだ。

 

「ええと……ところでさ、コントゥアの状況には驚いたよね。まさか都市にさえ人っ子一人いないとは。コントゥアの人たちを虐げるガレア兵を、この手で叩きのめしてやろうと思ったのに」

 

 ティッタはあからさまに話題を変え、そう息巻きながら、自分の手のひらに拳を叩き込む。

 

「……我々も焼け落ちた街や虐殺の場を見るのは初めてではないが、ここまでひどいのは初めてだな」

 

 片や、ティッタとは対照的に、バツが悪そうにシグナムはつぶやいた。

 どことなく罪悪感を伴っているように見えるのは、俺の気のせいだと思いたい。

 

「ちっ、(ティッタのバカ、誤魔化すのはいいけどもう少し別の話にしろよ)おいケント、王様としてのお前に聞きたいんだけど、リンカーコア目当てでもねえのにあそこまで街を壊して侵略なんて意味あんのか?」

 

 話の向きを変えるためかヴィータはそんなことを聞いてきた。

 ガレア王イクスヴェリアが何を考えて、あんな侵攻をしているのかは未だわからない。だが、これだけは言える。

 

「ないな。街も人間もすべて滅ぼしてしまっては何も手に入らない。今考えられるのは犠牲者をマリアージュにすることで、兵を増やすことと版図を広げるくらいだが」

 

 版図を広げて、最終的にはベルカすべてを支配するつもりなんだろうか?

 しかし、それがうまく行ったとしても、ガレア以外が荒廃した世界にしかならず、彼らにも利が無い。

 ならばなぜ……。

 

「……聖王」

 

「「えっ!?」」

 

 思い付きのあまり思わずつぶやいた言葉に、ヴィータとティッタが聞き返してくる。

 

「聖王や皇帝のような、強大な敵を倒すことが目的なのではないだろうか。マリアージュを増やすことも、版図を広げることも、そこに繋がってるとしか思えない」

 

 俺の考えに皆は沈黙して考え込むものの、しばらくしてシャマルが口を開いた。

 

「……たぶん、陛下の推測は正しいと思います。皇帝はともかく、敵は聖王という方を相当意識しているのではないかと。マリアージュを設計した魔導師は、他国や植民世界を滅ぼして回る戦船(いくさぶね)に手を焼いていましたから」

 

「戦船……《聖王のゆりかご》の事か?」

 

 俺の推測にシャマルはうなずいて肯定する。

 

「ああ、ゆりかごね。アタシでも知ってる。すべての国を敵に回しても圧倒できるっていう、聖王様の切り札。でも、そんなの本当にあるの? そんなのがあるなら、さっさとゆりかご出して帝国ぶっ潰せばいいのに。うちら(グランダム)が闇の書でベルカ征服しようとしているみたいにさ」

 

 その言い方だと、我が軍が野心から他国を侵攻しているみたいだな。今のところ、降りかかる火の粉を払っているだけのつもりなのだが。

 しかし、ティッタの言う通り、《聖王のゆりかご》の存在、性能については疑問視する者が多い。

 本当に他国を圧倒できる船があるのなら、それで帝国をはじめとする敵国を征伐していけばいい。ゆりかごの力でそれらの国が滅びれば、間違いなくこの戦乱は終わる。なのに聖王連合は、帝国や我々独立国を野放しにするばかりだ。

 その疑惑は連合内でもひっそり伝わっているらしいと、“あの王子”から聞きだしたことがある。

 しかしシャマルの話だと、ゆりかごはどうやら実在するらしい。しかし――

 

「その魔導師は闇の書でゆりかごに対抗しようとはしなかったのか? マリアージュよりも確かだと思うんだが」

 

 俺の指摘にシャマルは首を横に振って答えた。

 

「それは難しかったみたいです。一度目を付けられれば戦船の砲撃で街ごと消されちゃいますから、リンカーコアを集めるのも難航して(シグナムもヴィータもあれで消滅しちゃったし)。その代わりに進めてたのが……」

 

「マリアージュか……なるほど、ガレアがその魔導師か配下が作った国だとしたら聖王を恨んでいるのはわかる。奴らの目的は聖王との戦いに備えて兵力を増やす事かもしれないな。しかし、それを加味しても侵略の仕方が乱暴すぎる。あんなやり方じゃあ征服した国から得るものがほとんどない。せめて相手が降伏したらマリアージュを止められるようにはしないのだろうか?」

 

 俺の問いに今度はシャマルも顎に手を当てて考え込む。

 

「あの魔導師の設計では、ある程度は自律的に動くようにできるはずだったんですけどね。もしかすれば、人工知能が未完成のまま制作に入ったのかもしれません。私の知る限り、あの魔導師がそれを許すとは思えないんですけど」

 

 ということは、マリアージュ完成を急がせるあまり魔導師の主張が通らなかったか、もしくは魔導師の身に何かあったか。

 ……まただ。また闇の書の主が姿を消している。

 

 ヴィータも、以前闇の書の主は皆突然いなくなったと言っていた。

 なぜ闇の書の主は、強大無比の力を手に入れる前に闇の書から離れる?

 

「なあシャマル、その魔導師は――」

「ふああ~!」

 

 俺の問いを遮るように、ヴィータの口から出た大きなあくびが天幕中に響く。

 

「あっ、悪い。ケントとシャマルだけで盛り上がってて、蚊帳の外だったあたしらは退屈だったからついな」

 

「も、盛り上がってません! 陛下の疑問を解いて差し上げただけです!」

 

 ヴィータの言葉にシャマルが何を勘ぐったのか、必死に弁解している。

 

「いささか話しが込みすぎたな。これ以上はヴィータでなくても明日に障る。主ケント、そろそろお休みになられた方がよいかと」

 

 その二人を流し見てから、シグナムは空の胚を置いて俺にそう申し出てきた。

 軍の先頭に立つ身としてそう言われては仕方ないな。

 

「そうだな。今日はもうお開きにしよう。ヴィータ、眠いだろうが歯を磨いてから寝ろよ」

 

「子供扱いすんな! それぐらいお前に言われなくてもやろうと思ってたとこだ!」

 

 ヴィータと軽口を交わしてから、女性陣と就寝の挨拶を交わして彼女らはこの天幕から出ていき、あとには俺とザフィーラが残された。

 

「主ケント、本当に私もここで休んでいいのですか? 幕の外で見張りに立つならばともかく」

 

「遠慮するなザフィーラ。お前の力はあてにしているんだ。そのお前が寝不足で調子が出ないなんてことになったら困る。敵国の中で一人になることに恐怖心がないと言えば嘘になるしな」

 

 心からそう思い苦笑する。無防備に近い状態で戦地を渡り歩くなんて真似、俺の知る限りではザフィーラか“あいつ”しかできない。

 

「そうですか。では主ケントのお言葉に甘えて……ただ、そのお礼と言っては何ですが、一つだけ」

 

「……?」

 

「主ケントはシャマルから元主だった方がどうしたか聞きたいようでしたが、おそらく無駄です」

 

「――えっ?」

 

 ザフィーラからの思わぬ一言に目を剥いたのが自分でもわかった。

 

「お恥ずかしながら我ら守護騎士は、闇の書から召喚された時の衝撃のせいか、前後の記憶がなく、騎士は誰一人として以前の主がどうしたのかわからないのです」

 

「召喚前後の記憶がない?」

 

 俺のおうむ返しにザフィーラがうなずく。

 

「シャマルも例外ではありません。今まで当時の主に聞かれたこともあれば、騎士一同で話し合ったことも何度かありますから。ですから、それを尋ねても徒労に終わるでしょう。……私からはそれだけです」

 

 そう言ってザフィーラは俺の分も含めて毛布を敷いて、松明の火まで消してくれる。

 一方、俺はと言えば、ザフィーラに休むよう言われるまでしばらく放心していた。

 

 闇の書よ、お前と今までの主の間に何が起こった? どんな経緯をたどってお前は俺のもとに現れた?

 

『~~~』

 

 心の中で問いかけると闇の書から返事が聞こえた……ような気がした。

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