グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第15話 結界魔導師

 ガレア王城内に設けられている宰相執務室では、この国の宰相が頭を抱えながら机に突っ伏していた。

 

――馬鹿な! グランダムに送ったマリアージュが全滅した? グランダム王が軍を率いてこの国に向かっている? 馬鹿な馬鹿な! なぜそんなことになった? 王都に送った分隊は? いや、あんな奴らもはやどうでもいい。ここに向かってくるグランダムの軍を何とかしないと――。

 

 他国への侵攻の失敗。ガレア数百年の歴史において初めての出来事だった。無論、それによってガレアが敵国からの報復にさらされるという事態も。

 

 ガレアが保有する生物兵器マリアージュの最大の武器は“数”である。腕を武器に変えたり、行動不能となれば生死関わらず自爆する機能もあるが、どちらも敵に知られてしまえば大した利点にはならない。

 死者がいくらでも出てくる戦場で、マリアージュもまた急激に数を増やし、圧倒的な量で目についた街も国も飲み込み焼きつくす。

 これがマリアージュの、ガレアの戦争だった。

 

 だから、今まで目をつけた国にはほとんどのマリアージュを投入した。

 多くのマリアージュに多くの人間を食わせれば、より多く新たなマリアージュを造ることができると考えていたからだ。

 その代わり、他国を攻めている間、自国の守りは薄くなるのではと思う者も多いだろう。

 しかし、ガレア本国のまわりは、かつて国だった廃墟の地が広がるのみ。そんな属領を奪い取っても利がない上、駐留している兵は常にマリアージュの影におびえる羽目になる。

 実際今まで侵略している間どころか、100年マリアージュとイクスヴェリアを眠らせている間も、隣国どころか、聖王連合やダールグリュン帝国すらガレアに攻め込む真似はしなかった。

 だから今回攻め込んだコントゥアやグランダムにもほとんどのマリアージュを送り込んだ。イクスヴェリアや自分たちの守りに必要な分以外はすべて。

 

 それが裏目に出てしまった。

 守護騎士もそうだが、グランダム王が自ら前線に立ち、闇の書の力でマリアージュを一掃するなどまったく予想できなかった。

 グランダムに送ったマリアージュが全滅した以上、ガレアにいる残り僅かなマリアージュと守備軍でグランダム軍に対応しなければならない。それはマリアージュ最大の武器である数の優位がなくなったということだ。

 それに対し、グランダムは正体不明の人外に備えて、ほぼ全軍がガレアに向かってきている。

 

 絶体絶命だ。この状況に置かれたら降伏しかないだろう。

 しかし、宰相はこの状況をイクスヴェリアには知らせず、自分だけでグランダム軍への対策を考えていた。

 この期に及んで宰相は諦めたくなかった。

 

――降伏などしたらわしは戦犯。ガレア王イクスヴェリアと宰相のわしは処刑確実――なんとかせねば。それに闇の書を奪い取ることさえできれば、この国から逃れることくらいはできるかもしれん。そしていずれはマリアージュやイクスヴェリアに頼らずに聖王を倒し、ベルカを支配することも……そのためにも。

 

 生存欲求、祖先から受け継いできた聖王への恨み、そして野心が宰相に悪あがきを起こさせた。

 彼は知恵を絞った末にやがて悪魔めいた妙案を思いつき、配下に思念通話を飛ばす。

 

《私だ。残ったマリアージュをあそこへ放つ準備をしろ! ……構わん。敵国に我が国を占領されればどの道民も我々も殺されるのだぞ。せめて我々やイクスヴェリア陛下が助かる方策を取らねば。――そうだ。ただちに実行せよ!》

 

 

 

 

 

 

 一週間ほど廃墟や焼け野原の間を行軍し、ついに俺たちの前に、ガレア本国らしき健在な街が見えてきた。

 その街よりさらに奥には、城らしき巨大な建造物がそびえたつのがここからでも見える。

 俺の側には守護騎士とティッタ、そして俺の補佐として軍の統率を助け、もしくは実質的に取りまとめる将軍が控えていた。

 眼前に見える街並みを見渡しながら、ヴィータは呟くような声で言った。

 

「ここがガレアの都か。グランダムやディーノに比べるとちいせえな」

 

 確かにこの街の規模は俺の知る国の王都と比べても狭く、地方都市と変わらない。

 街の奥に城が見える限り、王都に違いないはずだが。

 

「他国を滅ぼしてばかりで、ちゃんと治めていこうとしないからこうなるんだよ。何のために領土を拡大したんだか」

 

 理解に苦しむと言わんばかりにティッタは吐き捨てる。

 それはこの軍の人間ならみんな抱いている感想なのだが、母の故郷を滅ぼされたティッタにはひときわ感じるところがあるのだろう。

 敵国はお世辞にも繁栄しているとはいえず、故郷を滅ぼされた理由が未だに見えてこない。ティッタの心中は察する余りある。

 

「それで陛下、敵国の都を前にしても未だに敵軍が現れる様子はありませんが、やはりここは通例通り降伏勧告を行いますか?」

 

 物足りないという魂胆を隠しきれてない様子で将軍が俺に聞いてくる。

 犠牲者たちの仇を討つと息巻いて、ここまで来た彼にはあまりにも拍子抜けだったのだろう。

 気持ちはわかるが俺は将軍の問いに首を縦に振る。

 

「それで向こうが投降してくれるなら越したことはない。それにこのまま街に攻め込もうものなら――」

 

 そこで言葉を飲み込んで後ろの兵たちをあごで示し、彼らの方を見る。

 将軍も騎士たちもそれに従ってくれた。

 ガレアに入ってからここまで敵と遭遇することがなかったため、犠牲になった者はいないがその反面、兵たちは明らかに戦意を持て余しており、それをぶつける相手を探している様子を見せる者があちこちにいた。その中にはマリアージュに縁者を殺された者も大勢いる。

 そんな手勢を引き連れてこのまま街に入れば、間違いなく敵討ちに走る者や略奪を働く者が出てくる。

 言葉に出さずそれを暗に示すと、騎士たちもティッタも難しい顔を見せる。他国の民に危害を加えることにはさすがに難色を示しているようだ。

 

 俺の言いたいことが分かってくれたのだろう、将軍は肩をすくめてから口を開く。

 

「……そうですな。敵は卑劣なれど、我々まで同じ畜生に落ちては大義を失ってしまいます。しかし、ただ使者を送るわけにはいかんでしょう。あの城にはいまだ人外が残っているでしょうし、使いに出した者がマリアージュに食われかねません」

 

「そう思って考えはある……ザフィーラ、行ってくれないか?」

 

 敵の城に送る使者に俺はザフィーラを指名した。元より、ただの伝令兵にこの役目を任せるつもりはない。

 マリアージュを相手に高確率で生還できる見込みが高いのは守護騎士(シャマル以外)やティッタ、それと、自惚れだという批判を恐れずに言えば俺ぐらいだろう。

 しかし、実力は確かでも物事に絶対というものはない。万が一捕らえられた時のことを考えれば、女子(おなご)たちは除外しておきたい。

 そうすると残るは俺とザフィーラになるが、奴らが狙っている闇の書の持ち主である俺自身が行くわけにもいかない。

 よってザフィーラが一番適任だと俺は考えた。

 俺に名を告げられたザフィーラは快く胸を叩く。

 

「主ケントのご命令とあれば――」

「いえ、主ケント、ここは私に任せていただきたい!」

 

 しかしザフィーラの横から割り込んだ者が、自らを使者にと名乗り出てきた。彼女は――

 

「シグナム……しかし」

 

「忘れられるな。ザフィーラの役目は主の守り役です。ここは将として私が行くべきでしょう。私に任せていただければ、必ずや敵将より我らの軍門に下るという言質をもぎ取って見せます! ゆえにどうかこの役はぜひ私めに!」

 

 これ以上の押し問答は騎士たるシグナムへの侮辱か。

 

「……いいだろう。ただし危険だと思ったらすぐに逃げてくれ。そのうえでシグナム、頼んだぞ!」

 

「御意!」

 

 俺の命令を受け取ったシグナムはその場でひざまずく。

 そのシグナムに俺はすでに用意していた書状を手渡すと、彼女は立ち上がり数歩駆けてから宙を浮き、城へ向けて飛び立――とうとした。

 

 シグナムは慌てた様子で反転し、俺たちのもとへ降りてくる。

 

「主ケント!」

 

「どうしたシグナム? なんか忘れもん?」

 

 ヴィータの軽い質問にシグナムは答えず俺に告げた。

 

「街にマリアージュが! マリアージュが住民を襲っています!」

 

「何!?」

「何だって!?」

 

 

 

 

 

 

「あなたたちもイクスヴェリアの糧になりなさい」

 

「キャアアアアア!!」

「な、何だ!? どうして兵隊が俺たちを? ぐわあ!」

 

 突然街に降りてきて襲ってくる自国の兵士に、住民は逃げ惑い、殺されていく。

 

 

 

 

 

 

 シグナムの報告を受けてやむなく俺たちは、軍の中から連隊ほどの数を引き連れて街に飛び込んだ。

 そこで俺たちが目にしたのは、守るべき自国民を襲い、同種に変えていくマリアージュたちの姿だった。

 

 まさか追いつめられたイクスヴェリアは、マリアージュを増やすために自国民まで――。

 

「愚かな――全隊マリアージュを討ち取れ! 手の空いた者は住民の救助、君は将軍にこの状況を知らせて援軍要請に備えさせろ。言うまでもないが略奪はご法度、これに背いた者は厳罰に処す。かかれ!!

 

「御意!」

「はい!」

「おう!」

 

 

 

 

 

 

 引き連れた部隊に指示を出した後、俺はマリアージュを倒しながら街の中を真っ直ぐに直進していた。

 この先から弓矢の射撃音や剣などの斬撃音が絶えず聞こえていたからだ。

 その先で俺が見たものは、数十体以上のマリアージュが講堂を囲んでいる光景だった。

 マリアージュたちは壁や窓に攻撃を加えている最中で、出入口はすでに破壊されている。その代わりにあったものは――。

 

「結界?」

 

 出入口があった空間には丸い魔法陣が張ってあり、マリアージュの攻撃をはじき返していた。

 ベルカの魔方陣はほとんどのものが三角で構成されており、円状でできているあの魔法陣はベルカ式とは違う陣だと推測できる。

 だが、俺がそれを確認した直後に、公道の側面から轟音が響く。

 見るとそこには大穴が空いており、その中から若い声が聞こえてきた。

 

「くっ……皆さんもっと奥へ! 私の結界でできる限りくい止めますから!」

 

 マリアージュは入り口を守ろうとする女に向けて大筒を構える。

 

「あなたもイクスヴェリアの糧になりなさい」

 

「――させるか! フライングムーヴ」

 

 技能が発動し俺以外の時間が緩くなる。

 マリアージュは筒を構えたまま動かない。

 だが、わずかずつでも時間は動いている。

 間に合え!

 

「シュヴァルツ・ヴァイス!」

 

 魔力がこもった剣がマリアージュの筒となった腕を斬り落とし、それと同時に時間の動きが戻った。

 マリアージュから切断された(大筒)が零れ落ちる。しかし、弾はすでに筒から撃ち出されており、

 

「キャアアア!!」

「うわあああ!」

 

 内部から爆発音と悲鳴が聞こえ、爆発の衝撃で辺り一帯の地が揺れるのを感じた。

 間に合わなかったか。

 己の不甲斐なさを呪いながら俺は講堂の方を見る。

 

「――!」

 

 惨状を覚悟した俺の目に飛び込んだのは、片手で円型の魔法陣を広げている少女の姿だった。

 金髪を短く揃え、左側の頭頂部には二本の癖毛が跳ね上がっている。

 見覚えのない文様を刺繍したシャツに半ズボン、シャツの上に羽織った茶色のマント、そして右眼に丸い片眼鏡(モノクル)をかけた少女だった。

 

「――えっ?」

 

 少女の方も俺に気付いたみたいで、目をぱちぱちさせている。

 自然に俺と少女は目が合うも、

 

「――戦闘不能」

 

 俺の後ろでは武器を失ったマリアージュがそんなことを呟いている。それを聞いてすぐ――

 

「でああああ!」

 

 俺は武器をなくしぶつぶつ言ってるマリアージュを思い切り蹴り飛ばし、他のマリアージュたちへぶつけた。

 その直後にマリアージュは同種を巻き込んで爆発する。

 俺は少女の方を振り向き、

 

「ここは俺がくい止める! 君たちは奥へ下がっていろ!」

 

 そう叫ぶと少女はこくりとうなずき、そのまま奥へ走っていった。

 それと同時に近くのマリアージュを斬り伏せながら、シグナムが俺のもとまで来る。

 

「主! ご無事ですか?」

 

「今のところは。ただ、俺だけではあの講堂に避難している人々を守り切れる自信がない。助太刀を頼めるか?」

 

「是非もない!」

 

 迷う素振りも見せず、シグナムは快諾してくれる。

 俺とシグナムは講堂に集まったマリアージュを斬り伏せていき、ほどなく一掃した。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらく経って、市街から戦闘音が聞こえなくなり、兵や騎士たちが俺のもとに集まってきた。

 

「お兄様! 大丈夫だった!?」

 

「ああ。俺は大丈夫だ。ただ……」

 

 安否を気遣って声をかけてくれるティッタに返事を返すとともに、俺は講堂の方を見た。

 そこからは何人かがこちらを恐る恐る見ながら、ゆっくりと外に出てくる。

 しかし、講堂にいたのがこれだけということはあるまい。

 マリアージュの腕から撃ち出された弾が爆発した時、数十人以上は悲鳴を上げていた。中にはいまだ多くの人たちが息を潜めているのだろう。おそらくは百人以上。

 自分たちを助けたとはいえ、見知らぬ軍隊を前に出てきたのはほんの数人ほどだった。その中にあの片眼鏡をかけた少女がいた。

 少女はこちらを警戒しながらも、一歩一歩慎重に距離を縮めてくる。

 そうして俺と十歩ほど間隔をあけた所に立ってから、少女は口を開いた。

 

「……助けてくれてありがとうございます。あなたたちのおかげでみんな助かりました。本当にありがとう」

 

 そう言って少女は浅く頭を下げる。

 礼が浅いのは感謝の気持ちが小さいのではなく、こちらの正体がわからず警戒を解くことができないからだろう。

 俺は咎めず、

 

「いや、君たちが無事で何よりだ。我々は……」

 

 その先を言おうとした途端に口が重くなる。

 少女も含めて、住民たちがどんな反応をするかが目に浮かぶからだ。

 だが、隠し通すことはできない。

 

「……我々はグランダムから来た軍だ。私はグランダムの王ケント・α・F・プリムス」

 

 そう名乗ると同時に、俺たちは次の瞬間に起こる騒ぎを覚悟した。

 しかし……

 

「グランダム……どこだいそこは?」

 

「おう……王様って意味か? あんたたち、外国から来た人?」

 

 少女を囲む周りの住民は、口々にそんな疑問を投げてくる。

 そんな中、少女の方は思い出したように手をポンと叩いた。

 

「ああ。ここから西のコントゥアよりさらに西にある国だね。道中廃墟だらけで大変だっただろう。あんなところを通ってまでこの国に来るとは、王様も軍人さんも大変だねー」

 

 少女はそうあっけらかんと言う。

 その様子に俺は思わず。

 

「……知らないのか? グランダムとガレアの間で起こっていることを」

 

「グランダムとガレアの間って――まさか」

 

 俺の言わんとしていることを察したらしく、少女は警戒心を取り戻し一歩後ずさりをした。

 しかし、困惑している俺や騎士、兵たちを見て思い直したらしく、俺に念話を飛ばしてくる。

 

《もしかして、あんたらの国とこの国って今戦争してんの? あの化け物たちがこの街を襲っていたのってそれと関係が?》

 

 少女の問いに俺は《ああ》と念話で返事をした。

 俺の反応に少女の方もこちらに住民を害する意思はないことと、俺たちもこの状況に困惑していることを察してくれたらしい。

 

「そう……その話もう少し詳しく聞かせてくれない? 私の活動にも関わってくることだし」

 

「活動?」

 

 首をひねる俺に、少女はほんの少し笑みを浮かべながら言った。

 

「私はサニー・スクライア。歴史の真実を求めてあちこちの次元世界で発掘をしている《スクライア一族》の端くれ。よろしくねグランダムの王様」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 この時は知らなかった。結界魔法に長けたこの少女学者が、先史ベルカに端を発する様々な謎の鍵を解く要を担うとは。

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