ガレア王城城下町での戦いの後、俺たちは町の住民たちを取りまとめる代表と話をすることができた。しかしそこでわかったのは、住民たちが何も知らされていないということだけだった。
住民たちにとっての母国、ガレアが他国を侵略しながら拡大していたことも、グランダムと戦争していることはおろか、そこがどこにある国なのかも彼らは知らなかった。
マリアージュにしても王城から出てくる兵士としか把握しておらず、それがなぜ自分たちを襲ったのか見当もつかない。
この街のまわりには廃墟が広がるばかりで、どこまで行けば廃墟から抜け出せるという保証もなかったからこの街で暮らし続ける他なかったとのこと。
ガレア内部でも建国時に多くの人々が行方をくらましたことがあり、過去数百年の間に人口が増えて新しく町や村を作ったことがあったが、その町村もいつの間にか焼け落ちて、そこに住んでいた人々もまた生死不明となっていたため、城に住む王や宰相たち貴族には元々不信感を持っていたことがわかった。
代表との話が終わるころには、住民たちもグランダム軍が危害を加えてこないことを実感し、打って変わって俺たちを歓迎するようになった。
今回の襲撃でガレア王への彼らの不満は頂点に達し、自分たちの生活を保障してくれるなら喜んでグランダムに協力する。というのが彼らの言だ。
代表と話を終えてある程度の兵を街の巡回に残し、俺たちは宿に身を移した。この街で知り合った考古学者サニー・スクライアを連れて。
俺たちは主人に頼んで、ある一室に人数分の椅子を運んできてもらい、サニーを交えて話をすることにした。
「お疲れ様陛下。ガレアが閉鎖的な国だということは知ってたんだけど、まさかここまでやばい国だったとはねー。長の話を聞いて私もビックリしたよ」
「そのやばい国にお前は何しに来たんだよ? 明らかにここの人間じゃねえだろうおめえ」
水を飲み干し、しみじみと言うサニーにヴィータはツッコミを入れる。
ヴィータの言いたいことはもっともだ。
グランダムを知っていたり魔法が使えたりと、サニーは明らかに街の住民とは違う。加えて言えば、サニーが展開した魔法陣はベルカ式とは異なる円形をしていた。別の次元世界から来たという話も信憑性がある。
ヴィータの物言いに気を損ねることなく、サニーは鷹揚にうなずいて言った。
「うん。さっきも言ったけど、私たちの一族は、ほとんどが遺跡の発掘や古代史の研究に携わっていてね。私も例に漏れず、あちこちの世界で発掘作業に従事している。このベルカに来たのも古代文明の遺産を発掘するためさ」
「はあ、他の次元世界からわざわざベルカに、しかも得体のしれないガレアなんかに向かっちゃったわけ?」
呆れた様子も隠せないティッタの言葉に、サニーは笑いながら応じる。
「いやあ、ガレアって、昔から街も広げず、建国当時をそのまま保ってきたような国じゃない。スクライアの端くれとしては探求心が刺激されちゃって」
「建国当時……まさかあなた、先史ベルカ時代の事を調べるためにこの国に来たの?」
ガレア王国の正体についておぼろげに見当をつけているためか、そんなことを聞いてくるシャマルにサニーは首を縦に振った。
「その通り! ガレアって開発が進んでないから、古代から手つかずで放置されてる場所が結構あってね。その中には先史時代の遺跡や資料が埋まっている場所があるんじゃないかって私は睨んでる。それにあなたたちは聞いたことない? この国の王様――《冥府の炎王・イクスヴェリア》の事」
「――!」
俺も騎士たちもその名を聞いて身を固めた。
「知っている。建国当時からその名を名乗り続けているらしいな。王位と共に継承される
そう考えるしかないだろう。ガレア王は建国時からイクスヴェリアという名を使い続けているのだから。
なお、住民にもイクスヴェリアの話は聞いてみたが、彼らはその名前すら知らないとのことだった。
俺の説明にサニーはうなずいて言葉を続けた。
「うん。そう考えるのが妥当だね。でも、先史時代は現代に比べて、すごく高度な文明が栄えていたらしいし。もしかしたらとは思うんだけど、イクスヴェリアは先史時代の人間で、その時代の技術で老化を止めたり極端に遅らせたりして数百年生き続けていたら人物だったりして……」
サニーの言葉に俺たちにぽかんとする。
普通ならそんな馬鹿なと一笑にする話だ。しかし、俺はサニーの仮説を頭ごなしに否定できない。
何故ならいるからだ。先史時代から存在し続ける者たちが俺のすぐ隣に。
その当人たち――守護騎士は何とも言えない顔で目を泳がせている。
そこでふとサニーは俺の懐に目を向けた。
「まあ、ガレアより先にグランダムに行こうかなとも迷ってたんだけどね。その国の王様は“闇の書”なんて物を持ってるって聞くし」
サニーはわざと物欲しそうな眼にして、俺の懐に入っている闇の書の方を見る。
それに対し、俺は懐に手をかけ――
「やめておけ。興味本位で触れるには危険なものだ。闇の書の主とされる俺とて知らないことがかなりある」
その言葉はサニーの興味を闇の書からそらすための方便でもあるが、本当の事でもある。しかもその謎は解消されるどころか、最近になって増えているふしまである。歴代主の行方などがその最たるものだ。
俺の態度を見てサニーは肩をすくめた。笑みを浮かべたままの表情を見ると、駄目元だったようでごねる様子も見せない。
その時、部屋の扉を叩いてくる音が聞こえ、一同は皆扉の方に顔を向けた。
「陛下、おくつろぎのところ申し訳ありません。お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。入ってくれ」
「失礼します」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、主に伝令を担っている兵だった。その顔は平静を保っていて、急を要する事態が起きたわけではないことがうかがえる。
俺は座ったまま用向きを聞いた。
「どうした?」
「はっ、ガレアから使者が参りまして、かの国の宰相が陛下と面会したいと申しております」
やっと来たか。
マリアージュを増やすために自国に唯一ある街を襲うなど、なりふり構わないところから、ガレア側にはもう
ここは降伏するのが最良の選択だ。しかし、それを決断するのがあまりに遅すぎる。自国の民を襲う暴挙をしでかす前にその選択をしていたら、民の不満がここまで噴き出すこともなかっただろうに。
しかし、ここで兵の顔色にかすかな困惑が浮かんだ。
「ただ、両軍のもとでの立ち合いではなく、個人的な話として陛下を自分の屋敷に招待したいとか。ガレアの機密が絡んだ話をするため、最低限の人数で来てほしいとも申していました」
……?
なんだ。そのあからさまに怪しい話は。
なるほど、兵が戸惑うわけだ。絶対的に不利な状況の中で、こんな話を持ち掛ける面の皮を持ち合わせていたとは。
「陛下、やはりこのような話断ってきましょうか? ガレアはもはや居丈高に振る舞える立場ではないでしょう。このまま無条件降伏を申し出るまで待つべきでは」
兵の言うとおりだ。彼の言う通り、降伏を申し込んでくるまでしばらく待ってもいいし、城に突入して王と宰相を捕えてもいい。
しかし、これが罠だとしてもガレア宰相に利はない。
俺を暗殺することができたとしても、軍がそれに気づき王城ごとガレア貴族たちは包囲されるだけだ。
それにこれはガレアという国やマリアージュのことを聞き出す機会でもある。
ガレアの生物兵器マリアージュは、先史時代に“前の闇の書の主”が造ったもの。
宰相相手ならそれを聞き出すことができる見込みが高い。それに一国の王として、ガレアが内外に取っている政策には一言どころか、十以上は物を申したいと思っていたところだ。
「いや、応じてみよう。ただし……」
俺は彼女……一度降伏勧告を伝える使者に名乗りを上げたことがある、シグナムの方を見た。
彼女は大きくうなずいて了承する。
「騎士を一人連れていく。それでよければだ」
「はっ、そのように伝えて参ります」
不承不承ながら兵はそれだけ言って退室していった。