グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第17話 先史時代

 ガレア王国宰相から面会したいという申し入れを受けて翌日。

 

 俺は付き人としてシグナムを連れて、王城に隣接する宰相の屋敷に足を運んだ。

 屋敷に入るとマリアージュ、ではなく侍女が俺たちを出迎え、そのまま屋敷の主である宰相が待つという部屋に案内された。

 

「これはこれはグランダム王ケント陛下、我が屋敷へようこそいらっしゃいました。狭苦しいところですがどうぞごゆりと」

 

 部屋に足を踏み入れた途端、フードを被ったままの男がソファから立ち上がり、愛想のいい笑顔で俺たちを迎えた。

 この部屋は談話室として使われているらしく、大きな卓とそれを囲むソファが備え付けられており、卓の上には紅茶とつまみの菓子が置かれている。

 この男がガレアの宰相と見て間違いなさそうだ。

 

「とんでもない。交渉の場を設けてくれて感謝する。我々としてもこの話を今回の戦の終結に結び付けたいと思っているところだが、イクスヴェリア王は?」

 

「申し訳ありません。王は公務のため城から出ることすら叶わなくて。ですが、その代わり私めが王からガレア軍の全権を預かっております。どうかご安心を」

 

「……」

 

 そう言って頭を下げる宰相に対して、俺もシグナムも何も言わずにいた。

 イクスヴェリアは傀儡でこの国の実権はこの男に持っているのか? 珍しい話ではないが、冥王と怖れられているイメージとは大きくかけ離れているな。

 

 その後すぐに侍女は退出し、俺とシグナム、宰相だけがこの部屋に残った……ように見える。

 席を勧められ、俺とシグナムは彼の言うとおりソファに腰掛けて宰相も改めてソファに座りなおした。

 

「さあ、陛下も騎士殿もどうぞ遠慮なく。足りぬなら持ってこさせますので」

 

 宰相は卓の上に置いてある茶と菓子を勧めるが、

 

《主、ここは私が毒見を行ってから――》

 

《いやいい。元から食べるつもりはない》

 

 シグナムの念話越しでの申し出を俺は断った。 

 シグナムに言ったように、俺たちは茶にも菓子にも手を付けず、宰相だけが茶をすすっていた。

 宰相は一口目を飲み込みナプキンで口を拭ってから、話を切り出してきた。

 

「この度は我が国の兵が貴国に損害を与えてしまい、誠に申し訳ない。その件については王も心を痛めておりました」

 

 頭を下げて形式的に謝罪する宰相にシグナムは片眉を上げた。

 大勢の命を奪っておいて損害の言葉で済ませることに彼女は憤慨せずにいられないのだろう。卓の下でシグナムは拳を握り締めるのが俺にも分かった。

 しかし人命を軽視するのは貴族社会ではよくあることだ。この宰相一人に限った話ではない。

 シグナムにこらえさせて、俺は話を進めることにした。

 

「貴国が要求したのは闇の書と守護騎士なる四人の明け渡しだったな。返答を一週間待ってほしいと使者殿に言って、使者殿も了承してくれたのだが、貴公や王の耳には届いていなかったのか?」

 

「そ、それは……て、手違いがあったようです。使者に遣わした男ですが色々問題のある男でして。一週間の猶予など私どもは聞いておりません、ただ断られたとしか。それで通牒の内容に沿って王はやむなく開戦の詔を……」

 

「それはつまり、貴国は問題があるとわかっている者を、我が国に使者として遣わしたということか?」

 

 俺がそう言うと宰相は気まずそうに、布巾で顔に浮かんだ汗をぬぐった。

 

「き、貴国に送れる者の中で他に手の空いている者がおりませんでしたので……申し訳ありませんでした!」

 

 卓に手を突き、再び頭を下げる宰相を見る俺とシグナムの目は冷ややかだ。

 この男は明らかにこちらの返答は関係なく、グランダムを滅ぼす気だった。

 何も言わないこちらに宰相は業を煮やしたのか、頭を上げて話を移す。

 

「と、ところで我が国の兵……どうですかな? あれらの力は」

 

「ああ、十分驚かされた。あそこまでの離れ業を使うとはな」

 

 俺の回答に宰相が目をギラつかせる。

 

「ええ! 資源や実りに恵まれない我が国の数少ない自慢でございます。貴国の覇道のお役にも立つと思いますが」

 

「「――!」」

 

 俺とシグナムは同時に目を剥いた。

 そういう一手に出たか。

 俺たちの反応を見て宰相は笑みを深める。

 

「他国への攻撃、闇の書の頁集め、いずれもお役に立って見せます。私たちもマリアージュに頼った破壊ばかりの侵攻には限界を感じていたのですよ。今後はぜひ貴国と手を取り合って繁栄を目指したい」

 

 都合のいい宰相の物言いに、シグナムの表情が険しくなるのが見なくてもわかる。

 ……しかし、闇の書の頁集めか。

 

「詳しいんだな。闇の書の事に」

 

「――!」

 

 俺の言葉にシグナムは思わずといった風で俺の方を見る。だが、宰相の方はわずかほども動じなかった。

 

「はい。陛下や騎士殿ほどではありませんが」

 

「聞かせてもらえないか」

 

 俺がそう言うと宰相は「いいでしょう」と言った後、茶の残りを飲み干してため息をつき、口を開いた。

 

「何百年ほど前だったか、とにかく数百年前のことになります。

 我々の祖先は巨大な《戦船(いくさぶね)》を保有する国と敵対する世界に住んでおりまして、ある魔導師がそれに対抗するための策を講じ、教え子や助手といった配下を束ね組織を作りました。魔導師の腹心だった男が私の直系の祖先となります。

 ある時、戦船を持つ国……後世に倣って聖王軍と呼びましょう。聖王軍に組織の拠点の一つが見つかり、制圧されるか戦船で消滅されるところでした。

 そこへ闇の書から四人の騎士が現れ、拠点を見つけた聖王軍の兵を蹴散らし、彼らからリンカーコアを奪って、白紙だった闇の書の頁を魔導式や記述で埋めて見せたのです」

 

「――!」

 

 宰相の先祖たちの話に自分たち守護騎士が出てきた途端、シグナムは目を見開いた。

 予想していたとはいえ、非道を働く男と縁がある者たちに与していたと聞かされるとさすがにこたえるものがあるのだろう。

 宰相はシグナムの様子を見ても気にも留めず、話を続ける。

 

「魔導師は騎士たちを従え、敵を倒させ魔力やリンカーコアを奪い闇の書の頁を埋めていきました。しかし、頁が半分を超えたところでうまく行かないようになった。

 騎士たちが聖王軍に見つかったせい――あっ、いや、騎士たちとの連携がうまくいかなかったために、再び聖王軍に目をつけられるようになったのです。

 幸い今度は拠点を見つけられるには至らず、すぐに害が及ぶことはありませんでした。

 しかし、リンカーコア蒐集の際に戦船の攻撃に巻き込まれ、桃色髪の剣士と赤髪の少女騎士を失ったのは痛かった」

 

「――!」

 

 シグナムが再び目を見開いた。

 彼女は今、かつての自分の死んだ瞬間の話を聞かされているのだ。ザフィーラに聞いた限りでは守護騎士たちはその瞬間を思い出すことはできないようだが。

 肩を震わせるシグナムの気持ちは、命を一つしか持たない俺には想像することしかできない。

 

「騎士たちの中でも手練れの二人を失い、リンカーコア蒐集の進捗は著しく遅れるようになった。

 そこで魔導師が着手したのが新たなる兵器の開発。それもできる限りコスト――経費の掛からない死体を蘇らせる生物兵器と、そのコアを体内から造り出すことのできる改造人間を造ることに」

 

「――改造人間だと!」

 

 マリアージュだけでなくそんなものがいるのか……いや待てよ、王そっちのけで自国の属国化を申し出てくる宰相の素振りを考えるに、もしや――。

 

「生物兵器の設計、改造人間の素体となる者の確保、それらはうまく行きました。それに聖王軍の監視が緩んでリンカーコアもまた集められるようになった。

 そのさなか、突如“あの事故”は起きたのです」

 

「「事故?」」

 

 同時に聞き返した俺とシグナムに、宰相は重くうなずく。

 

「あの世界そのものが聖王軍に目をつけられ、近々総攻撃を受けるという話を掴んだ時のことです。

 組織は拠点を別の世界に移すべく資材、機材、改造人間となる者、未完成だった生物兵器の設計図、あらゆるものを新世界に運び込んでました。

 しかし、組織の首領だった魔導師は闇の書があとわずかで完成すると知り、騎士たちにリンカーコア蒐集を急がせるための指揮を取るために、あの世界に残っておりました。

 それから最後に魔導師と連絡を取ってから、わずか数分後の事ですよ。

 あの世界が周辺にあった並列世界をも巻き込んで消滅したのは。あれから魔導師も、騎士も、闇の書も帰ってくることはなかった。ここからはもうお分かりでしょう」

 

「……」

 

 この男に同意しているようで、俺もシグナムもうなずきを返すことはためらい結局無言を返すだけだった。

 しかし宰相の言う通り、後のいきさつはわかる。

 組織の残党となった彼の先祖たちは拠点を転々としながら、最終的に戦乱が終わった頃のベルカに辿り着き、このガレア王国を築いたというわけだ。

 今までないがしろにされているガレア王、あるいはその先祖がおそらく……。

 

「過去の話はここまでです。ケント王、我らが失った闇の書をベルカ王の一人であるあなたが持っているのは、よくよく考えてみれば奇妙な偶然です。我々は手を組むべきだ。そう運命がささやいている気がしてならない。あなたもそうお思いになりませんか?」

 

「ならない!」

 

 俺の言葉に宰相は信じられないものを見る目を向けてくる。それは正直こっちが向けたいところだ。

 

「お前は結局、侵略と書の奪取がうまく行かなかったから我々に取り入ろうとしているだけだろう。利用するだけ利用して最後はこの闇の書を奪う。そういう腹だ。違うか?」

 

「……」

 

 宰相は言葉を失う。

 平静であればすぐに否定して媚びを売ってくるのだろうが、マリアージュを餌に吊り上げようとした獲物に手を噛まれた衝撃は、思いのほか大きいらしい。宰相はぽかんと口を開けていた。

 

「こちらの要求は二つ。貴公とイクスヴェリア王の投降、そして貴国――ガレアの服従だ。戦争の責任についてもしっかり追及させていただく。シグナム、これに異はあるか?」

 

「主がそう判断されたのならそれに従うのみです。……ただ、正直に申し上げるのをお許しいただけるなら、主ケントは穏健に過ぎるのではないかと」

 

「き、貴様! お前たち守護騎士を召し抱えたあのお方からの恩を仇で返すつもりか?」

 

 筋の通らない宰相の物言いに、シグナムの目は険しさを増した。

 

「恩か、お前の中では狭い一室で生活されるのを強いられ、何日絶食させても問題ないか試され、副作用つきの魔導着で戦うことを強いられることを恩というのか……主よ、こやつはグランダムに連れ帰って、当時の私たちと同じ待遇を与えてやるのもよいのではないかと。この男にとっては厚遇だそうですので」

 

「ふむ、それも悪くないかもしれないな」

 

「ふ、ふざけおって!」

 

 顔を赤くしながらそう捨て台詞を吐くと、宰相は自身が座っていたソファを倒し、茶と菓子が落ちて散乱するのも構わず部屋の隅まで駆けて叫んだ。

 

「マリアージュよ、この二人を血祭りにあげろ! 闇の書はどうせ後で再生する。構わずに攻撃しろ!」

 

 それを聞いて俺たちはすぐにソファから飛びのく。同時にソファを斬り破ってマリアージュが出てきた。

 それだけではない。棚の中から、絨毯の下に会った空洞から、上から暖炉の穴に落ちてきて、天井を突き破って、窓を破って侵入し、あらゆる手段で隠れ隙を窺っていた五十体ものマリアージュが俺とシグナムの前に現れる。

 宰相の目的は闇の書か。

 グランダム軍に囲まれた状況で、なぜ今更罠を仕掛けて俺を呼びだしたのか解せなかったが、どうやら闇の書にすがって奪取を試みたらしい。

 

「素直に騙されてイクスヴェリア同様、わしの操り人形となっていればよかったものを。かかれぃ!」

 

「了解しました操主」

 

 宰相の隣にいた一体がそう答えを返すと、数十体のマリアージュが俺たちに襲い掛かる。

 

 俺とシグナムは敵を斬り、同時に敵の死体を思い切り蹴り上げて他の敵にぶつける。

 マリアージュの死体は爆発し、いつものように仲間と共に霧散した。

 

 五十体()()のマリアージュに囲まれながら、俺とシグナムは次々に敵の数を減らしていく。

 都市に攻め込んだ十万体の敵を倒してきて、それまでの間に嫌というほど敵の対策はこの身に叩きこんできたのに、今更バレバレの罠で現れた五十体が相手になるとでも?  

 せめて俺一人だけになった時を狙うべきだったな。

 

「右腕武装化……形態戦砲」

 

 宰相の隣にいたマリアージュが腕を巨砲に変える。

 敵は俺を狙っていた。

 

「シグナム、左によけろ!」

 

「――御意!」

 

 一瞬迷いながらも、俺の能力を思い出してシグナムは俺の指示通りにしてくれる。

 その直後、マリアージュの砲から火花が出てきた――そこだ!

 

「フライングムーヴ!」

 

 時間は緩くなり、弾は砲から出てくるところだった。

 俺はそれを潜り抜け、マリアージュの右腕を斬り落としてから技能を解除する。

 技能を解除した途端、俺に向かっていた弾は壁を突き抜け、さらに奥の部屋に突き抜けたらしく破砕音が何度も響き渡る。

 それから俺は棒立ちしているマリアージュを思い切り蹴飛ばした。

 

「ひっ!」

 

 マリアージュが壁にぶつかるすぐ横で、宰相は震えた声を出した。被っていたフードは頭から落ちて、髪の毛一つない頭が露出している。

 そんな醜態をさらしている男に俺は剣を向けた。男はそれを目にして、

 

「ま、待て! 本当に良いのか? わしと手を組めばマリアージュという無限に増える兵が手に入るのだぞ!

 それだけじゃない! さっきの話を聞けばわかると思うが、我々は先史時代の文明の一端を受け継いでいるのだよ。

 その技術を使えば今より快適な生活が手に入るぞ!

 こんな原始時代と変わらない世界を支配しても手に入らないものだ。

 一度その恩恵を受けてみるかね。きっとそれなしではいられないようになる。だからわしを助け――ぎゃあああ!!」

 

 長々と命乞いをたれる男が向けてくる右手を、俺はためらいなく斬り落とした。

 

「安心しろ。お前はこんなところではまだ殺さない」

 

 こんな男のために都市数万人、いや、こんな男のような者たちのために、いくつもの国に住む無数の民草が殺されマリアージュに変えられた。

 それに対する刑罰は八つ裂きでも馬裂きでも足りない。

 だからここで殺してはやらない。生かしてグランダムに連れて行き、犠牲者の遺族にその裁きをゆだねる。

 そんな俺の決意はあっけなく打ち砕かれる。

 

「主!」

 

 シグナムの声に、もしやと思って宰相の隣に目をやる。

 そこにはかろうじてといった(てい)で立ち上がっているマリアージュがいた。

 

「マリアージュの減少を確認。進軍のため個体数を増やす必要あり」

 

「ふ……ふははっ! そうだ! こいつらも残りの敵軍も、わしに逆らう奴は全員マリアージュにしてしまえ!」

 

「ちっ、フライング――」

 

 技能を発動しようとしたが、マリアージュの行動を見て思わず動きを止める。

 なぜなら虫の息をしていたマリアージュが攻撃してきたのは――

 

「あっ、あがが、馬鹿、わしじゃな――ぐぇ」

 

 マリアージュに喉を噛みつかれた宰相はそう言い残して、こと切れる。

 そこへ――

 

「でやああああ!!」

 

 シグナムは彼女のもとへ飛び、その首を叩き落とす。そして彼女はこちらを振り返り――。

 

「主!」

 

「――ああっ!」

 

 そうだった。マリアージュに噛まれた人間は――。

 宰相だったものは死して再び立ち上がり動き出す。

 

「はあああ!!」

 

 新たなマリアージュの腹に俺は渾身の力を込めて、剣を突き立てた。

 

「下がれ!」

「承知!」

 

 俺とシグナムは後ろに跳躍し、それとほぼ同時にマリアージュは爆発する。

 たが、自爆したのはマリアージュだけで、宰相だったマリアージュもどきは自爆せずに骸をさらしたままだった。

 

「こいつだけ自爆せずに残ったぞ?」

 

「おそらく完全にマリアージュになりきらないまま主に討たれたからでしょうな……ということは」

 

『Anfang(蒐集)』

 

 俺とシグナムが話している間にも闇の書はひとりでに頁を開いて、宰相の死体からリンカーコアを吸収し、書の頁は40ページほど増えた。

 

「こいつ一人にしてはやけに多いな……《超距離通話》、世界中に思念を飛ばせる魔法。この魔法のせいで頁が多く埋まったのか」

 

《おいケント、すごい勢いで屋敷が燃えてんだけど助けに行った方がいいのか? ティッタが今にも火をくぐって行きかねないんだけど》

 

 新たに闇の書に記された魔法を見ていた俺の脳裏に、ヴィータの声が響いてきた。俺はそちらに顔を向け……

 

《いや、必要ない。ところで屋敷には侍女が何人かいたと思うんだが、彼女ららしき人たちは出てこなかったか?》

 

《ああ。火の手が上がった途端、侍女も執事も兵士もみんな出てきて一目散に逃げて行ったな。それが?》

 

「《だったらいい。俺たちもすぐに出る》……というわけだ。行くぞシグナム」

 

「はっ!」

 

 そうして俺とシグナムは燃え盛る屋敷を後にし、ヴィータたちと合流した。

 残るは《冥府の炎王 イクスヴェリア》ただ一人。

 

 

 

 

 

――『――の魔導書』370ページまでの蒐集を完了。

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