グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第1章 愚王誕生
プロローグ ケント・α・F・プリムス


『ケント殿、自分が何を言っているのか分かっているのですか?』

 

 枠の向こう――《聖王のゆりかご》より映し出される聖王オリヴィエの問い。その声音は静かでありながら、鋼のような厳しさを孕んでいた。

 その《聖王》に対して――

 

「無論だ、オリヴィエ殿」

 

 ケントは口を歪めて笑い、剣十字が嵌めこまれた茶色の魔書を高々と掲げる。

 

「このケント・α・F・プリムスを連合の盟主とし、すべての連合加盟国は余に忠誠を誓うと約束してほしい。さすれば余の力をもって、ベルカに安寧をもたらすと約束しよう」

 

 王都と空に傲慢な宣言が響き渡る。

 ケントは笑みを消し「だが」と続けた。

 

「もしそれを拒むというならば、貴女が治める『聖王連合』も滅びることになる。『聖王のゆりかご』を超えるロストロギア――《闇の書》の力によって!!」

 

 その布告と魔書を掲げる“愚王”を前に、オリヴィエは忌々しげに唇を強く噛みしめる。眼下の民たちも固唾を飲み、誰一人として声を上げられない。

 それらすべてを見下ろし、ケントは愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。

 

 

 

 戦乱の時代、ベルカの地に愚王あり。

 グランダム王国を統べる、好色かつ傲慢にして残虐非道な暴君。

 自身が生まれ育った国だけでは飽き足らず、己が欲望のために国境を踏み越え、呪われし魔書の力を盾に領土を広げ、ベルカ全土、そして他の次元世界にまで侵略の手を伸ばそうとし、ベルカの平和のために立った聖王陛下にその刃を向けた痴れ者。

 その名を《愚王ケント》と言った。


 

 

 

 

 

 勉学を終え自室を抜け出し長い通路を通ってきた俺は、宮殿の敷地中心に造られた中庭に来ていた。

 そこにはグランダム中のあらゆる品種の花が植えられ、庭の中心には樹が生えており見るものの目と心を癒す。

 俺は勉学と魔法の修練を終えると、必ずここに来るようにしている。

 視力低下を防ぐにはこんな自然を遠目で見るようにするといい、って何かの本に書いてあった。まだ視力が悪くなったことはないので効果があるのかはわからないが、この城には他に暇潰しもなかった。

 父や他の家臣に「暇だ。何かないか?」などと言えば、勉学と修練を続けろと言われるに決まってる。だから数少ない暇潰しの一つをここで過ごすと一人で決めた。

 

――あっ! 蝶だ。

 

 中庭に設置されているベンチに座り、しばらくの間生けられている花や樹を眺めていると、花と花の間を飛んでいる蝶に気が付く。

 そんな些細なことが楽しい……そう思い込む。

 そう自分に言い聞かせていると、廊下の方からぶしつけな足音が響いてくる。

 

「殿下、探しましたよ!」

 

 足音の後に聞き覚えのある声がしてくる。後ろに向かって振り向くと、チョビ髭の文官が深刻そうな表情で俺を見ていた。

 ふむ、サボっていると思われたかな? まあノートを見せて、それから文官が出してきた問題を十問くらい答えて見せれば課題を終えたと納得してくれるだろう。

 

「課題なら終わったよ。叱るなら確認してからにしてくれ。君がそれを確認するのは勝手だが、俺はもう少しここにいてもいいかな? まだ目の疲れが取れた気がしない」

 

「いけません! すぐ私について来てください!」

 

 ……はっ?

 

 考えるそぶりも見せてくれず、即断で俺の願いを取り下げる文官に心の中で聞き返す。

 せめてもの頼みをやんわりと伝えただけで、駄々をこねたつもりはないんだが。

 

「……」

 

 無言で文官を睨んでしまうものの、相手は表情をピクリとも変えない。

 ……降参だ。相手が文官みたいな堅物でなければ、両手を上げてるところだ。

 

「わかりました。では戻りましょう。我が鳥籠へ」

 

 しかし、文官はそれにも「いいえ」と言ってきた。

 

「……」

 

 怪訝な表情になってきたのが自分でもわかる。

 彼の言うとおり部屋に戻ると言っているのに、こいつは何が不満なのか?

 

「陛下がお呼びです。殿下にはこれから私と共に謁見の間へ来ていただきます。それまでには気を引き締めていただきますよう……ケント第一王子」

 

 ……なるほど。それならこの庭にいる暇はないわけだ。

 俺が納得したのを見て文官は俺に背を向けて謁見の間の方へと向かっていき、俺はその後に続いた。

 あの父に早足で会いに行く趣味はない。このおじさんの後ろにゆっくりとついて行かせてもらうとしよう。

 

 その数日後、あるいはこの日から俺、ケント・α(アルファ)・F・プリムスの日々は大きく変わることになる。

 それは多忙だが楽しい日々の始まりであり、同時にこの国の終わりの予兆だった。

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