燃え盛る宰相の屋敷を後にした俺とシグナムは他の騎士たちと合流し、ガレア王城の前に来ていた。城下町の住民にまで見捨てられていることもあってか、今は門番の姿もない。
「ここがガレア王の城か。やっぱりグランダム城よりは小さい……けどその代わり妙な雰囲気がするな」
城を見上げながら、ヴィータはぽつりとそんな感想を漏らした。
「宰相の言が確かなら、数百年前からこの地に存在し、先史時代の技術を隠し続けていた場所だからな。……それで主ケント、昨日の打ち合わせ通りにガレア王に対して降伏勧告を行いますか?」
「ああ。もうガレアの民を巻き込む恐れはないが、無駄な戦いを避けるに越したことはないだろう。宰相と違って引き際をわきまえてくれる王であればいいんだが」
シグナムの念押しにうなずきながら俺はそうこぼす。
これ以上は本当に無駄な戦いでしかない。
我が軍がガレアに入って以降、宰相が行ってきた所業から敵側にマリアージュや兵がほとんど残っていないのは明白だ。
その上で戦いを続ければ、それは戦争ではなくただの虐殺になってしまう。
個人的に後味が悪いだけでなく、今後の外交を考えてもまずいことになるだろう。
……ガレアを完全に併合することは
「主ケントよ。そういえば宰相から蒐集した魔法は《超距離通話》だったそうですな。それでガレア王と話ができないのですか?」
ザフィーラの問いに俺は肩をすくめて、「それは無理だ」と首を横に振った。
闇の書に書かれていた記述をざっと見た限り、《超距離通話》という魔法は一度会ったことのある相手なら、世界中どこにいても念話で話すことができる。だが、一度も会ったことのないことのない相手とは話すことはできない。特定の範囲に向けて一斉に念を送ることはできるが。
つまり、現状でもガレア王城全体に向けて思念を送ることは可能だが、それだとガレア王からの返事を受け取ることはできない。
また、この魔法は蒐集されたばかりなので、書の力を借りて使ってしまえば頁ごと魔法も失われてしまう。結構便利な魔法なので、こんなことで消費してしまうのは惜しい。
数日あれば俺自身がこの魔法を覚えて頁を消費せずに使うことも可能だが、度重なる罠で自軍と住民からガレア王への不信が高まり強硬策も上がっている中、これ以上制圧に時間をかけたくもない。
「ならば仕方ありません。以前の段取り通り、私が勧告を届けに行ってまいりましょう。主ケント、書状を」
「――た、助けてくれえぇ!」
シグナムの声を遮り、城の方から男の悲鳴が聞こえてくる。
声につられて城門の向こうを見てみると、何十人もの兵士たちが我先に城から逃げるように向かってた。
だが、城門が閉まっているのを見ると、彼らの表情は絶望に染まり蒼白になる。
その理由は瞬時に分かった。彼らの後ろからマリアージュが兵を殺しながら迫ってきたからだ。
「今度は王城までか。ザフィーラ!」
「はっ! ……せいっ!」
俺の意図を察したザフィーラは力を溜め、固く閉ざされている城門に思い切り拳を叩きつける。
城門はあっけなく砕け散り、それを見た兵士は驚く暇も惜しいとばかりに俺たちのもとへ駆けつけてくる。
「グランダムの方ですか? 降伏します。ですからこの場は見逃して――うわああああ!!」
マリアージュが近づいているのを見たため、最後まで言い切れずに俺たちを素通りして、兵たちは街まで走り去っていった。
ひとまずあいつらは後回しだ。このままではマリアージュがまた街まで流出しかねない。
「仕方ない。マリアージュを掃討する。いくぞ!」
「「御意!」」
「「おう!」」
「はい!」
◇
今より時は少しさかのぼる。
整列するマリアージュたちに守られながら、ガレア王イクスヴェリアはいつもの通り玉座に座っていた。
(グランダム王が闇の書を渡してくれる方ならばよいのですが、そうでなければまた大勢の犠牲者が……)
イクスヴェリアがそんな事を考えている時だった。
「僚機より操主を喪失したとの報告を受理しました。これより我らマリアージュは自律的に進軍を始めます」
「……?」
不意にマリアージュの口から出た言葉につられて、イクスヴェリアが前を見る。すると、自身の前にいたマリアージュたちが一斉に玉座のある間から出て行き始めていた。
「あなたたち!? 何をしているの?」
イクスヴェリアの問いにマリアージュの一体が彼女の方を振り向き、繰り返す。
「先ほど報告した通りですイクスヴェリア。僚機より操主を喪失したとの報告を受理しました。これより我らは自律的に進軍を始めます」
再度繰り返されたその報告は、イクスヴェリアの耳に届いた。
「操主って宰相……あの方が死んだ? いえ、それより進軍って――」
「うわああああ!!」
「キャアアアア!!」
聞き返そうとしたイクスヴェリアの視線の先から、男女の悲鳴が聞こえてくる。イクスヴェリアはマリアージュの方に視線を戻して、
「い、一体何を?」
「進軍のためにマリアージュの個体を増やしています。操主より対象から外す人物の指定はされておりません。マリアージュは視界にとらえたすべてを同種に変換し、進軍します」
「宰相が死んだのなら指定なんてできるはずがないでしょう! それに進軍ってまだ戦争なんて起こってないはず――」
必死にそう伝えるイクスヴェリアに対し、マリアージュは冷ややかに告げるだけだった。
「否。操主よりグランダムという戦場へ進軍しろとの命令を受けています。我らはグランダムを滅ぼすまで進軍を続けます」
「――!」
この時、イクスヴェリアはおおよその事態を把握した。
自分が出した闇の書を譲るようにという要求に対して、グランダムがどのような回答を返したのかはまだわからない。しかし、宰相は操主としての権限を使い、マリアージュにグランダムを滅ぼすように命令したということだ。また自分に何も知らせず独断で。
その宰相が死んだことでマリアージュが暴走を始めている。
「やめなさい! そんなもの私は許しません! 今すぐ進軍とやらを――」
「イクスヴェリア、あなたには我らに命令する権限は与えられておりません。あなたはマリアージュを造るためのコアを提供してくださればいい」
「――!」
マリアージュの答えを聞き、イクスヴェリアはあらためて思い知らされた。
イクスヴェリアはマリアージュのコアを造る能力は持っているものの、マリアージュを操作する能力は与えられなかった。操作権限は歴代の宰相にある。だからこれまで、自分の意に反した侵略が何度も行われていた。
愕然とするイクスヴェリアにマリアージュは背を向けて歩き去り、その間にも王城内から悲鳴がこだましている。
たまらず、イクスヴェリアは玉座のある間から外に出た。
「――!」
そこでイクスヴェリアが見たのは死屍累々とした死体と、それをかじるマリアージュたちの姿だった。
マリアージュに襲われている死体は、つい今日の朝までこの城に勤めていた執事や侍女、兵士たちだった。
イクスヴェリアが目覚めて活動している時間は短く、一度眠りにつけば目覚めるのに百年以上はかかり、その間に使用人や兵士の顔ぶれは二世代ほど変わってしまう。
その上、侵略を好む残虐な暴君という噂のせいで、イクスヴェリアは彼らから恐れられ、とうとう打ち解けることはできずにいた。
しかし、それでも形だけの王でしかない自分のために働いてくれる彼らには感謝していた。
その彼らがマリアージュに噛みつかれ、マリアージュに変貌していく。
「うぷっ――おえぇぇぇ!」
その光景にこらえきれず、イクスヴェリアはその場に突っ伏し嘔吐した。
吐瀉物の中には食べたばかりの昼食が丸々残っている。
(どうして? どうしてこんなことに? まさか今までマリアージュに占領された国でも――)
そう考えた途端、喉元に内容物がせりあがってきて、イクスヴェリアは再び嘔吐する。
「おぇ――うぅ……ゴホッ、ゴホッ」
床につけた手が吐瀉物で汚れるのもいとわず、イクスヴェリアは放心する。
ついに知ってしまった。
ガレアの侵略の真実に。そこで行われてきたことが明確に。
自分が過去に言った言葉が脳裏によみがえる。
『マリアージュのグランダムへの開放を許可します』
(何が解放を許可する、だ。こんなことが起こっていたと知っていたら私は)
イクスヴェリアは立ち上がって駆け出し、すぐ先にいたマリアージュにしがみついた。
「やめて! もう進軍なんてしなくていいから――ぐぁ!」
すがりつくイクスヴェリアをマリアージュはあっさりと払いのけ、イクスヴェリアは弾き飛ばされる。その拍子にイクスヴェリアが身につけていた黒いマントは外れ、主の側に舞い落ちた。
「進軍は我らの存在意義です。イクスヴェリアといえど進軍の邪魔は許しません」
そう言い残しイクスヴェリアを尻目にマリアージュは外へ向かおうとする。
「やめて」
そう懇願する主に構わずマリアージュは歩を進める。そこへ――
「伏せろ!!」
奥の方で大声が聞こえたと思った瞬間、マリアージュの腹部は剣に貫かれた。
イクスヴェリアは言われた通り、身を伏せながら目線を上にあげる。
マリアージュを刺したのは茶髪の男だった。
右眼は金、左眼は緑の
男はマリアージュから剣を引き抜くと、そのままイクスヴェリアのもとへ駆け寄ってくる。
「少し我慢しろよ」
そのまま男はイクスヴェリアを抱きしめて走り、マリアージュの死体から距離を取り身をかがめた。
死体はすぐに爆発し、炎上するが
「大丈夫か?」
「あなたは?」
聞こうとしたところで逆に尋ねられ、男は少し目を泳がせて答えた。
「……俺はケント。この城に用があって来たんだがこいつら……人外が暴れまわってるのを見てつい入ってしまった。ところで君、この城に住む王様を知らないか? イクスヴェリアというんだが」
ケント……ケント・α・F・プリムス。
グランダムの国王の名前。
その名を聞いた途端、イクスヴェリアの目からは涙が浮かんでくる。
「イクスヴェリアは……私です……ごめんなさい……本当にごめんなさい…………うっ、うわあああああああん!!」
◇
「おいケント、こっちは片付いたぞ。……どうしたんだこの子?」
泣いてすがっている少女を抱えていると、後ろからヴィータの声が聞こえてきた。
俺はヴィータの方を振り向き答える。
「マリアージュに襲われているところを助けたんだが、混乱しているようで話が通じない。自分がイクスヴェリアとか言ってる」
「はあっ!?」
その後、マリアージュを倒して回ってきた他の騎士たちがやってきたため、俺たちは少女を落ち着かせてシグナムに外まで連れて行ってもらった。
その後、俺たちは他の部屋も玉座のある間も見て回ったが、イクスヴェリアらしき者はどこにもいなかった。
もう逃げだしてしまったのか? それともマリアージュに殺されてしまったか?
あるいはまさか、本当にあの少女が……。
俺たちがその真相を知るのは、街にある宿で泣き疲れて熟睡している少女が目を覚ます翌日の事だった。