グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第19話 保護国

 ガレア王城でのマリアージュ掃討から翌日。

 俺たちが城で保護した少女がガレア王イクスヴェリアであることが、生き残った城の使用人や兵士、そして少女自身の自供から明らかになった。

 一日だけは俺たちと共に宿に泊めておくことはなんとか可能だったものの、これ以上はさすがに危険だ。

 街に逃げてきた城の関係者から、イクスヴェリアの姿は住民のほとんどが知るところとなり、いつ彼女を襲撃しようとする者たちが出てきてもおかしくない。一昨日の襲撃でガレア王たちへの不満は頂点に達している。

 そのため俺たちはイクスヴェリアを連れて街から離れた場所に天幕を立て、そこで話をすることにした。

 

 

 

 

 

 天幕の中には俺と騎士五人――守護騎士四人+ティッタ――、将軍、イクスヴェリア、そしてなぜかついてきたサニーが並べられた椅子に腰かけている。

 ガレアを今後どうするかなど戦後処理の話もあるので、宰相に来てもらえないか伝令を出したのだが、急な来客の応対があるので難しいとのことだった。ガレアについてはほとんど同意見とのことなので、俺の好きなようにしてくれとも言われたが。

 しかし、敗戦国の処理を後回しにしたいほどの来客か。聖王連合や帝国がらみの賓客でも訪ねてきたのだろうか?

 

「……この小娘が、イクスヴェリア?」

 

「うっ……はい。本当に申し訳ありませんでした!」

 

 いくつもの死線を潜り抜けてきた将軍の貫禄に押されながら、イクスヴェリアは頭を下げる。……いかついおっさんを目の前にした小さい女の子が縮こまってるとも言う。

 

「私もガレアに来て短くないけど、この国の王様がまさかこんな子供だったとはねえ。噂じゃイクスヴェリアは自分の前を横切った子供を弓矢で射殺させたり、気に入った美女を城に連れ帰ったり、適当に選んだ人を生きながら焼き殺したりとか、やりたい放題の暴君だって聞いてたけど本当なの?」

 

「そ、そんなことしてません!」

 

 サニーが挙げた噂をイクスヴェリアは顔を真っ赤にして否定する。

 意地悪な顔で「本当に?」と尋ねてくるサニーの言葉に咳ばらいを被せて、彼女を黙らせた。

 

「イクスヴェリア王、俺からもいくつか聞きたいことがあるのだがいいか? もちろんサニーの言っているような噂と違って真剣な話だ」

 

「はい、いいですよ。ただ、できれば私のことはイクスと呼んでください。“イクスヴェリア”というのも本当は私の名前じゃないんです」

 

「えっ!? じゃあやっぱり、王様が変わるたびに名前の方も受け継いでいったということ?」

 

 ティッタの問いにイクスヴェリア、改めイクスは首を横に振った。

 

「いいえ、ガレアの王は私一人だけです。あの人たちにとってはその方が都合がよかったそうですから」

 

「あの人たち……マリアージュを造り、そのうえ君を改造した連中の事か?」

 

 俺の念押しにイクスはうなずく。

 

 

 

 

 

 イクスの話は以前ガレア宰相が話していたことと相違なかった。

 その上で新たに分かったことは、イクスは元々ガレアの生まれではなく、ある組織が拠点にしていた世界の住人だった。

 だが、戦争で両親を失い施設で暮らしていたイクスを、組織の首魁だった魔導師が養子という形で彼女を引き取った。

 そして魔導師はイクスに遺伝子改造を施し、《冥王核》と呼ばれる魔力コアを埋め込むことで、マリアージュを造るために必要なコアをイクスの体内で無尽蔵に造り出せるようにした。

 ただ他の改造者たち(現代で言うベルカ王族)と違い、その能力はイクス一代だけのもので、子孫には継承されないようにできている。俺たち他の王族と違い、イクスだけが虹彩異色(オッドアイ)ではないのもそのためだ。

 イクスの子孫に継承させない理由は、彼女自身が組織にとって利用しやすい性格をしていることと、複数の“王”が造ったマリアージュを操るには操主も複数必要になり、彼らが争うことになればそのまま自滅してしまいかねないためだそうだ。

 その代替措置として、魔導師はイクスにコア生成とは別に長期睡眠能力をつけて長期間眠らせておき、必要な時だけ目覚めさせてマリアージュを造らせるということを繰り返していた。

 これがガレアが百年おきに侵略と停滞を繰り返していた理由らしい。

 

 

 

 

 

「それではイクスヴェリアというのも……」

 

「はい。王として箔をつけるため、本名の後に耳障りのいい単語をつけて長くしたものです」

 

「……」

 

 イクスの話を聞いた後の俺たちの間には、何とも言えない空気が漂っていた。

 残虐非道な暴君といわれる彼女もまた、得体のしれない組織やその末裔たちに利用された犠牲者の一人だった。

 

「それは……お前も運がなかったな」

 

「……いえ、マリアージュの犠牲になった人たちと比べれば。私の方は不自由なく暮らせてはいましたから」

 

 ヴィータの慰めにもイクスは力なくうつむくだけだった。

 

「あの書状には闇の書と守護騎士を渡してほしいと書いてあったが、それも宰相の指示か?」

 

 そう尋ねると、イクスはぶんぶん首を横に振った。

 

「いいえ、それは私からケント様にお願いしたかったことです。闇の書はとても危険なもの。少なくとも私はそう思っています。“あの事故”が起きた時、あの人が持っていた闇の書は完成間近だった。あの事故とそれが無関係なこととは、私にはどうしても思えませんでしたから」

 

「“あの事故”とは、組織を率いていた魔導師が住んでいた世界ごと消失した出来事のことか?」

 

 俺の問いにイクスはこくんとうなずく。

 それは宰相の話を聞いてから俺も疑問に思っていた。

 闇の書と世界が消失するほどの事故、当時そこにいない俺には因果関係など知りようもない。ただのこじつけと言い切ってしまってもいいだろう。しかし、闇の書が完成間近だったというのがどうしても引っかかる。

 

「“あの事故”が起きた瞬間に発生した次元震は、私が移った世界にまで届いていました。戦船だってあそこまでの現象を起こすことはできないでしょう。だから、ケント様から闇の書を渡してもらって封印しようと思っていました」

 

「封印とはどのような方法を取るつもりだったのだ?」

 

 シグナムにそう尋ねられ、イクスは不思議そうな反応を示す。

 

「……? 誰にも触れられないように宝物庫にしまっておいたり、あるいは私が眠っていた地下区画に隠しておくつもりでしたが」

 

 イクスの答えを聞くとシグナムは深いため息をついた。やはりイクスは闇の書の詳しい力までは知らなかったようだ。

 

「そんなことをしても無駄だ。闇の書には転移機能があってな。例え地の底に埋めようとすぐ主の元に戻ってくる。お前が言った手段では到底闇の書を封印しきるなどかなわん。ましてか弱いお前が出来ることではな」

 

「うっ……」

 

 シグナムの指摘にイクスはうめき声をあげる。

 イクスには悪いが俺もシグナムに同感だ。闇の書の主だからわかる。それくらいではこの書は再び世に出てしまう。それがたとえ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そこで限界が来たのか、今まで黙って話を聞いていた将軍がうめいた。

 

「……陛下、イクス殿には申し訳ないが、自分には今の話は絵物語の内容としか思えませんな。イクス殿が遥か昔から生きていた、一瞬にして世界が丸ごと消失した、闇の書は転移して主の元に戻ってくるなど、どれも到底信じられる内容ではありません」

 

 まあ、彼の方が正しい反応か。俺だってシャマルの話がなければ、宰相やイクスの言葉を信じる気にはなれなかっただろう。

 俺はため息をついてから彼に言う。

 

「そうか。では、貴公はこの話のことは忘れるといい。貴公にいてもらったのはこの先の話があるからだ……ガレアとイクスの今後について」

 

 俺がそう言った途端イクスの手が震えるのが見えた。しかし、彼女は気丈にも意を決して口を開く。

 

「……私の……処罰についてですね」

 

「このまま王としてこの国に、というのは難しいな」

 

「ちょっとお兄様! 何とかできないの? そりゃアタシもこの間までは、ガレア王なんて絶対許せないって思ってたけどさ。今の話聞いたらあまりにもイクスが可哀想だよ!」

 

 ティッタの擁護にも俺は情けを捨てて首を横に振る。

 それを言えば、マリアージュに殺された者たちだってあまりに可哀想だ。

 

「いいんですティッタさん。ガレアの領土はすべてグランダムに差し上げます。ケント様にすべてお任せします……だからせめて、あの街に住む人たちだけは……どうか!」

 

「……無理だ」

 

 深く頭を下げて懇願するイクスに俺は首を横に振る。

 

「お兄様!?」

 

「ちょっと陛下!? まさかあんた、イクス様だけじゃなくあの街の人まで?」

 

 俺の返事にティッタもサニーも守護騎士までが目を見張る。

 そう言われても無理なものは無理だ。

 

「そんな……ケント様お願いします! 私はどうなっても構いませんから町の人たちだけは!」

 

「無理だ……ガレアを併合する余裕などグランダムにない」

 

「……えっ?」

 

 イクスが顔を上げて、彼女を含めた全員が間の抜けた表情で俺を見ている。事情を知っている将軍だけは渋い顔を浮かべていたが。

 

「あの街だけなら何とかなるかもしれないが、そのまわりにある廃墟までは無理だ。何も残っておらず、住民は誰もいない、そんなところを領地として与えられても喜ぶ奴など誰もいない。その上、廃墟の端が国境になるから、隣国の侵入を防ぐために砦も建設しなければならなくなる。街の統治にしても行き来に手間がかかるだろう。駐留させるために送る軍は飛行魔導師だけで足りるか?」

 

「…………」

 

 言い返せずあっけにとられたままこちらを見る一同に、俺はさらに続けた。

 

「イクスには酷な言い方だが、ガレアを併合して得るものはごくわずかだけだ。それに対して、こちらの損失は大きすぎる。これまでの遠征で費やした兵站、戦死者の遺族への補償、都市の復興などな。それに加え、今までの戦いで功績を挙げた将兵に俸給や領地を与えなくてはならない。領地の方は別の対価で埋め合わせよう……埋められるといいなぁ。

 ……だからガレアを併合する余裕は我が国にはないんだ。すまないイクス、せっかくの申し出だが断らせてもらう」

 

「……い、いえ、そういう事情がおありでしたら」

 

 イクスは戸惑いながらもそう答えてくれた。その横からヴィータが――

 

「じゃあ、あの街このまま放っとくの? イクスが王様でガレア王国のまま?」

 

「いや、ここまで来て、ガレアに何の沙汰も下さないというのも難しいな。他国に侮られる。それにイクスもあの街に住むのは難しいだろう。住民の怒りをあそこまで買ってはな。おそらくガレアは保護国ということになって、イクスはグランダム城に身を移してもらうことになる……それくらいしか方法はないんだが、イクスはいいか?」

 

「は、はい! ケント様がそうおっしゃるならぜひお願いします!」

 

 イクスは身を乗り出してそう言ってくれる。

 敗戦国の王という汚名を被って戦勝国に連れていかれるなんて不名誉な話、もう少し抵抗されると思ったのだが……イクスなりのけじめだろう。

 

「まあその辺りが落としどころでしょうな。しかし陛下、このままだとイクス殿はグランダムで肩身の狭い生活をされるに違いない……どうでしょう? ここはイクス殿を妃にお迎えするというのは」

 

「えっ!?」

「はあ!?」

 

 将軍からの提案に、俺も騎士その他も全員がぽかんとした。

 

「すまない。聞き間違いをしたようだ。もう一度頼めるか?」

 

 俺がそう頼むと将軍は、ハァと深くため息をついて言った。

 

「陛下とイクス殿が結婚されるのが良い方法だと申した。さすればガレアは共同統治という形を取ってもよいし、同君連合という形を経て取り込むこともできる。それに陛下、即位されて間もないので今まで黙っていましたが、一国の王たる御方がいつまでも独り身ではいられませんぞ。そろそろ世継ぎをもうけることも考えていただかねば」

 

「世継ぎ!?」

 

 女性陣の中から驚きの声が上がった。俺も戸惑いから抜け出せておらず、誰の声なのかはわからない。

 

「私は構いませんけど。ケント様が良ければ(でもよつぎって何でしょう?)」

 

 イクスはそう言ってくれる。しかし、

 

「駄目よイクス様! もっと自分を大切にしなきゃ! 陛下、まさかこんな小さい子供に結婚を強要されるおつもりですか?」

 

「お兄様、あんたやっぱり……」

 

 シャマルは鋭く迫り、ティッタは険しい目で俺を見る。俺が言いだしたわけではないんだが。

 彼女らから逃れるように、俺は将軍に顔を向けて……

 

「将軍、反対意見が出てるようだし、この話は一旦保留とさせてくれないか。それにイクスだと世継ぎを望めるのはかなり先になるだろうしな」

 

「確かに、それも一理あるかもしれませんな。陛下のおっしゃる通り、まだ急ぐべきではないのかもしれません。ではこの話は機を見て」

 

 俺がそう言うと、思いのほか将軍はあっさり引き下がった。

 彼としてもイクスを妃にというのは本意ではなく、婚約者の一人もいない俺に対して、そろそろ結婚について考えろと言いたいだろう。俺だって好きで独り身でいるわけじゃないんだが。

 

「あのー陛下、そっちの話はもう終わった? 私からも陛下とイクス様にお願いしたいことがあるんだけど」

 

「ん?」

「何でしょう?」

 

 将軍が引っ込んでから声をかけてきたサニーに、俺とイクスはほぼ同時に返事を返す。

 

「陛下たちには前も言ったんだけど。私は考古学者としてガレアのあちこちにある跡地を調べるためにこの国に来たんだ。だからそこを調べるための許可を、陛下かイクス様から貰いたいんだけど」

 

「そうだったな。ガレア貴族はすべて死んでしまったし、形式上ガレアの領主はイクスだけということになる。だから、イクスが許可するなら俺からは何も言うつもりはないが」

 

「そうなんですか? 私としては街の人たちの迷惑にかからないようにしてくれるのなら、自由にしていただいて構いませんけど」

 

「本当!? 助かるよ。お礼に何かわかったら陛下たちにも教えるね。闇の書とか聖王のゆりかごに関する書物とか」

 

 探索の許可をもらったサニーは飛び上がりながらそう言った。

 ガレアの歴史が古いとはいえ、さすがに闇の書に関わる文献が都合よく出てくる可能性は薄い。だが、まったく期待していないと言えば嘘になる。あれにかかわる話はどんなことでも知りたいところだ。

 

「頼む。発掘作業などの際は身の回りに気を付けろよサニー」

 

「うん。陛下たちも騎士のみんなもね」

 

 

 

 

 


 

 ガレア王イクスヴェリアから『闇の書』を差し出すように求められた愚王ケントだったが、ケントは『闇の書』惜しさにこれを拒否し、ガレア王国との戦争を始める。

 『マリアージュ』というガレアの生物兵器によって、当初は苦戦を余儀なくされたものの、ケントはまたも『闇の書』の力を借りてガレア軍を撃退。そのままガレア本国を陥落させて宰相を葬り、イクスヴェリア王を捕らえた。

 

 戦後、ケントはガレアを併合せず、保護国として傘下に収めるにとどめた。ガレアは土地が貧しく領土的価値がないことと、周辺諸国に己の本性を露わにすることを危惧したためと思われる。

 その際、ケントは浅ましくもイクスヴェリア王に己の妻になることを強要したものの、騎士たちに諫められて渋々撤回したという。(イクスヴェリア王の性別・年齢は多くの文献で謎とされているが、この逸話から若い女性であると近年では有力視されている)

 その後も見目の良い女学者に鼻の下を伸ばし、宗主国の立場を濫用して学者にガレア探索の許可を出すなど、その好色さは悪名高いイクスヴェリア王も呆れを隠せなかった。

 

愚王伝第2章 終

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