グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第20話 その頃各国は……2

 ガレア王国に勝利したグランダム軍が祖国へ凱旋している頃、この戦いの趨勢も各国はいち早く正確に掴んでおり、すでにガレア陥落はダールグリュン帝国、聖王連合の知るところとなっていた。

 

 

 

 

 

 ダールグリュン帝国。

 宮殿内にある広々とした鍛錬場。そこは今、たった二人の女が占有していた。

 一人は巨大な槍を構える銀髪の女、もう一人は穂先に斧頭を取り付けた槍、ハルバードを持った金髪の少女。

 二人とも華美な鎧をまとい、この場で睨み合いながら対峙している。

 そこで銀髪の女が金髪の少女に向かって踏み込み、槍を突き出した。

 

「四式・瞬光」

 

 しかし――

 

(二十三式・刃咬)

 

 金髪の少女は自分に迫る槍の穂を素手で掴み取る。手甲を装着しているとはいえ、雷帝と呼ばれる女傑の一突きを手で受け止めようとする者は彼女くらいだろう。歴戦を勝ち抜いた手練れでさえ、下手すれば腕ごと斬り落とされかねない。

 銀髪の女は少女の方へ槍を押し込み、金髪の少女が刃から身を守ろうと、手に力を込めて穂先を握りしめる。

 

「フッ」

「――!」

 

 そこで銀髪の女はひょいと槍を少女から逆方向に向け、不意をつかれた少女は思わず穂を手から放してしまう。そして銀髪の女は槍を難なく手元へ引き戻し、両者は再び相対した。

 

「《雷帝式》はあらかた習熟済みか。ならばそろそろ仕上げと行こうぞ」

 

「そうですね。師よ、固有技能を使っていただいても構いませんよ」

 

 金髪の少女の挑発に、銀髪の女は口の端に笑みを浮かべる。

 

「十年早いわ若輩者が!」

 

 次の瞬間、二人は衝突するくらいの距離まで互いに肉薄し、槍をぶつけ合った。

 

「「九十一式・破軍斬滅!」」

 

 お互い槍を振り回し、何度も打ち付け合う。

 金髪の少女は銀髪の女が突き出す巨大な槍から込められる衝撃を、ハルバードの向きをたくみに変えて受け流しながら応戦し、相手と互角に張り合っていた。

 

「――!」

 

 不意に銀髪の女の動きが鈍ったように見えた。

 金髪の少女はハルバードの構えを変え、

 

「九式・霞!」

 

 金色の魔力光をまとったハルバードを相手に向けて真横に振るう。

 

「ぬるい! 五十三式・帝威」

 

 だが、銀髪の女は先ほど鈍ったのが嘘のように、即座に槍を持つ手を手繰り、青色の魔力光をまとわせた馬上槍を少女に向けて瞬時に振りかぶった。

 そして鋭い金属音を響いたと思うと、両者は交差したままその動きを止める。

 

 …………。

 

 先ほどまで激しく槍をぶつけ合っていた二人が、今は時間が止まったように瞬き一つしない。

 その静寂を破ったのは、鎧からこぼれた破片が床に落ちる音だった。

 その破片をこぼしたのは、

 

「……余の()に傷をつけるほど伸びるとはな。上出来だ。褒めてつかわす」

 

「……私の槍を半ばから叩き斬っておいて言うことですか」

 

 金髪の少女がそう返した途端、少女の持っていたハルバードが真っ二つに割れ、柄から先が大きな音を立てながら床に崩れ落ちる。

 それを見ながら金髪の少女はため息をついて、穂先の欠けたハルバードを手放した。

 手放した方のハルバードは床に落ちることなく、残骸もろとも指輪状になって少女の指に収まる。

 そんな弟子の様子をおかしそうに見ながら、銀髪の女も槍を記章の形に戻して胸元につけた。

 

「はあ、また完敗です。今日こそは固有技能を使わざるをえないところまで、追いつめて差し上げようと思ったのに」

 

「そう腐るなエリザヴェータ。なかなかの反応だったぞ。特に《刃咬》は見事だ。余はあの手の守りは不得手でな、防御に関してはもはやそなたの方が上手かもしれん」

 

 雷帝の異名を持つ師の賛辞に、金髪の少女は肩をすくめながら返事を返す。

 

「おば様が攻めに偏りすぎなんです。皇帝としては戦いでも政治でも攻めるばかりではなく、もう少し守りを固められた方がよろしいかと具申申し上げます」

 

 長い金髪を今はリボンで束ねた緑眼の美少女。

 エリザヴェータ・ダールグリュン。

 雷帝ゼノヴィアに師事している貴族令嬢。

 

 もう一方の銀髪の女はエリザヴェータの師であり、ダールグリュン帝国の皇帝、ゼノヴィア・R・Z・ダールグリュン。

 緑の右眼と紫の左眼からなる虹彩異色(オッドアイ)がその証拠だ。

 

 魔導鎧からドレスに装いを戻しながら、エリザヴェータは鍛錬場の隅に顔を向けた。

 

「ジェフ、もういいですよ。紅茶を持ってきて頂戴」

 

「はっ、ただいまお持ちいたします」

 

 言葉とは裏腹にエリザヴェータが声をかけた男はすでに主たちの近くへ来ており、ティーポットと二杯のカップが載った丸いトレイを両手で持ちながら、歩を進めている。

 燕尾服を着こなし、赤い髪と瞳を備えた端正な容姿を持つ彼はエリザヴェータ専属の執事ジェフ。

 

「どうぞ、お嬢様」

「ありがとう」

 

「陛下もどうぞ」

「かたじけない」

 

 ジェフは先にエリザヴェータ、その次にゼノヴィアに紅茶の入ったカップを配っていく。

 これが宮殿に勤めている使用人だったら、間違いなくゼノヴィアの方から配っていくだろう。

 しかし、ゼノヴィアは気分を害することなく、むしろ感心したようにジェフを称える。

 

「相変わらず忠誠心の高いよくできた執事だ。余が抱えたいくらいよ。どうだジェフ、余のもとに来れば今より格別な待遇を保証するぞ」

 

「――なっ!? おば様といえどそればかりは許しませんよ。ジェフ、あなたからも何とか言いなさい!」

 

 二人からそう言われたジェフは笑みを浮かべたまま、わざと間を空け考え込むような仕草を見せる。

 そんなジェフの様子に、エリザヴェータは段々焦りを隠せなくなっていく。

 それから五数えるほどの時が過ぎて、ジェフはゼノヴィアに深く頭を下げた。

 

「申し訳ございません陛下。ありがたいお話ですが、このジェフ、謹んで辞退させていただきます。陛下に打ちのめされ、涙で顔を濡らすお嬢様を慰められるくらい信を置かれている者は私以外にまだおりませんので」

 

「ジェ、ジェフ!? おば様に負かされたぐらいで私がいつ涙を流しましたか! 断るにしてももっとまともな言い方になさい!」

 

 ジェフに振られていささか残念そうに、エリザヴェータの過剰な反応には満足を覚えながら、ゼノヴィアは紅茶を口に含んだ。

 

「そうか。ではエリザが胸を借りられるような者が現れた時に、また声をかけるとしよう。よければ余が縁談を持ってきてやろうか?」

 

 ゼノヴィアにそう言われ、またからかわれていると思ったエリザヴェータは言い返そうとするも、すぐに考えを改めた。

 

「……まさか、グランダムのお若い国王のことを仰っているのでしょうか?」

 

 いつもながら聡い愛弟子にゼノヴィアはニヤリと口を吊り上げる。

 

「見どころのある男だと思うがな。ガレアが動いた時にはそこで終わるかと思ったが、まさか逆にかの国を落とすとは……クックックッ、これでグランダムはおよそ一月でガレアに代わり、独立国で最も強い国となったわけだ。実に面白い。あの時攻め込まなくて正解だった」

 

「……単純にガレアの国土から実益を取ることができればの話ですけど」

 

「ほう」

 

 エリザヴェータの返事に、ゼノヴィアは相槌を打ったきり黙り込む。続きを話せということだ。

 

(おば様もわかっているでしょうに)

 

 と胸中でこぼしながらエリザヴェータは解説を始める。

 

「ガレアは中心にある街以外は、すべて人間離れした兵士によって廃墟や荒れ地となっております。あんな国を併合したところでグランダムに利はありません。我が帝国や連合さえ手を出そうとしなかったぐらいですから。グランダムとしてもガレアを併合することは諦めて、保護国として監視要員だけを派遣するにとどめるのではないかと」

 

「それは戦いに勝ったというのにもったいない話だな。だがその結果、グランダムは最悪の隣国を取り除くことができたわけだ。今後は心置きなく周辺国へ侵攻するなり、服従を強いるなりしていくと思うのだが。余がグランダム王の立場ならそうする」

 

 弟子の考えを聞くためわざと見当違いな見通しを立てるゼノヴィアに、エリザヴェータは「いいえ」と首を横に振る。

 

「最初にガレアから攻め込まれた時、グランダムはいくつもの村々と東端の都市を滅ぼされてしまいました。国境の防衛のためにも、あの街を放っておくわけにはいかないはず。砦くらいは作らなくてはなりませんね。加えて功績を挙げた将兵への俸給と領地、消費した兵站も新たに補充しなくてはなりません。

 このままだとグランダムという国は財政破綻に陥り、内側から瓦解してしまわれるかも」

 

 その予測に同意するようにゼノヴィアは頷き。

 

「そうだろうな。実に惜しい、そんなことで終わるなど。あの国にはもう少し楽しませてもらいたいというのに」

 

 ゼノヴィアは面白くなさそうにつぶやきながら紅茶に口を付ける。今度は心からそう思っているようだ。

 

「ならば、我が帝国への従属を条件に手を差し伸べられますか? 私としては異論はありません。この先聖王連合に対抗していくために、心強い味方(属国)は多いに越したことはありませんもの」

 

 エリザヴェータの指摘にゼノヴィアはかぶりを振る。エリザヴェータの言ってることは正道ではあるが、自身が求めるものとは違う。

 

「つまらぬ。それではつまらぬのだ。余はもっと強者と戦いたい。強者には余の敵であってほしいのだ。……そこで余はグランダム王が懐を満たすため面白いことを考え付いたなら、一口乗ってやってもいいと考えている」

 

 悪い癖が出てきたゼノヴィアにエリザヴェータは嘆息する。自ら滅んでくれるかもしれない相手をなぜ助けなければいけないのか。

 しかし、実のところエリザヴェータも興味はある。グランダムがこのまま没落していくのか、妙案を思いついて巻き返していくのか。

 

「グランダムが何か動きを見せたら、私にも一声かけてください。いずれ貴族になる身として、お金の流れには関心がありますから」

 

「フッ、おそらくそれには及ばん。余の勘ではあの王が次に動く時は、そなたにも知らせがいく形になると睨んでおる。……ただ、連合の臆病者どもは我らほど構えてはおれんだろうな」

 

 連合という言葉にエリザヴェータも笑みを消した。

 

「そうですね。第三の強国となったグランダムの躍進を、あの方々が歓迎するとは思えません。連合の出方次第では我々も動き出す必要がありそうです。《禁忌兵器(フェアレーター)》の出処もようやく掴めてきましたし」

 

 フェアレーターという単語に、今度はゼノヴィアが片眉を上げた。

 

「――なんと! それは余の耳に届いておらんぞ。どこからだ?」

 

「私の家と繋がりのある商家からです。元締めはまだ掴めておりませんが、拠点の方はおおよそ絞れています。……」

 

 エリザヴェータの挙げた拠点が存在する場所を聞いて、ゼノヴィアはこらえきれず苦笑する。

 

(グランダム王ケントよ。そなたの治世はつくづく厄介事に巻き込まれる定めにあるようだ。これに潰されるか、逆に大望成就への踏み台とするか、しかと見届けさせてもらうぞ!)

 

 

 

 

 

 

 聖王連合 聖王都。

 ゼーゲブレヒト城内の円卓の間では、中枢王家の王たちが聖王を囲み、会合を開いていた。

 ある国の王と伝令兵の報告を聞き、それ以外の王たちが一様に驚きの声を上げる。

 

「――な、なんと、あのガレアがグランダムに侵攻されただと!」

 

「そんな馬鹿な!? 我々連合や帝国ならいざ知らず、一小国にガレアが落とされるなど。あの国はおそらく後退前の時代から存在した遺物を持っていたはずだ。それをあのグランダムが」

 

「闇の書……我々はあの魔導書の力を甘く見すぎていたのでは」

 

 ガレアが負けたことへの驚きの声と、グランダムの拡大を危惧する声が室内をこだまする。

 唾を飛ばしあうように議論をまくしたてている王たちを、聖王は落ち着きなく見据えていた。

 そして、しばらく経ってから王の一人が、ついに聖王の恐れる単語を含む言葉を口にする。

 

「案ずるな皆! 忘れたか、我ら聖王連合にはあの切り札があることを」

 

「――!」

「切り札だと――まさか……」

 

 口火を切った王はもったいぶるようにニヤニヤしながらしばらく沈黙し、やがて、ゆっくり立ち上がり口を開いた。

 

「フフフ、我々にはあれがあるではないか。そう、あの忌まわしき《多世界大戦》を終結させた、先史文明の技術の結晶たる戦船……《聖王のゆりかご》がある! 原子すら残さぬゆりかごの主砲を持ってすれば、闇の書など恐るるに足らん」

 

「おおっ!」

「そうだ! それがあった!」

 

 王たちは期待のこもった声を上げる。だがそこへ――

 

ま、待て!

 

 突然大声で遮ってきた聖王を、王たちはギロリと注視する。

 彼らの視線を受けた聖王は身をすくめるものの、恐る恐る言い始めた。

 

「そ、それを用いるのは性急ではないか。前にも言ったであろう。連合に加わるようにグランダムの王を我が娘オリヴィエが説き伏せるはずだと。シュトゥラからもあの国の王子とオリヴィエを、グランダムに送り込んだと報告を受けておる。それを待ってからでも――」

 

「しかし聖王陛下、ディーノの件といい、グランダム王が野心を持っている疑いは強くなりました。姫殿下の言葉も果たして届くかどうか。それに問題はグランダムばかりではありません。小国どもによる連合への攻撃やテロは近年ますます増えるばかりです。奴らが当てにしている《禁忌兵器(フェアレーター)》は間もなく流出元が掴め、摘発に動いているところではあるが……」

 

「ようやくか。おおよその目星はもうついてるのか?」

 

「うむ。……」

 

 ある王が挙げた場所を聞いた途端、まわりの王たちの顔がひきつる。

 

「なんと、あそこか!」

「まずいぞ! もし奴らがグランダムに禁忌兵器を売りつけてきたら」

 

 そこで王の一人が手を広げて他の王を黙らせる。聖王のゆりかごの話を切り出した王だ。

 

「そういうわけだ。それに加え、すでに多くの国が禁忌兵器を持っている。もはや一刻の猶予もない。……陛下、そろそろグランダム、ダールグリュン帝国、その他の国々へ、我々から“警告”を出す必要が出てきた頃だと思いますが」

 

「あくまで警告だな? それで他国がおとなしくなれば《ゆりかご》を出す必要はない。そうだな?」

 

 聖王は最後に一縷の望みをかけて尋ねる。しかし、王は一同を見渡して――

 

「…………はい。このまま他国が矛を収めれば」

 

 たっぷり間を空けて返ってきた返事に、聖王の不安はより強くなった。

 もはや警告だけで他国が鳴りを潜める可能性は高くないということだ。

 聖王はとうとう顔を伏せ、皆が何事か話している間もずっと腑抜けていた。

 

 

 

 

 

 

 グランダム王国から南にある『自由都市リヴォルタ』。時刻は夜。

 貴族に劣らず贅の限りを尽くした一室に、主から入室の許可を得た一人の若い男が入ってきた。

 対して、部屋の主である中年の男は執務机を挟んで座り、心地のよさそうな椅子ごと入室してきた男に背中を向けていた。

 

「失礼しますマスター。グランダムとガレアの間で起きていた戦争の決着がついたとの報告が入りました」

 

 部下からそう告げられて、男は背中を向けたまま言葉だけを返す。

 

「どっちが勝ったんだい?」

 

「……グランダムです。驚きましたね。連合や帝国の庇護も受けていない、一独立国がガレアに勝つとは」

 

「そうだね。もっとも、戦勝と引き換えに生じた損失を取り戻せるかが不確かだが。……しかし、今回の戦勝でグランダム周辺の市場の方は大きく盛り上がるだろう。王が帰ってくるまでに我々も商いの準備を急ごうか」

 

 男は背中は向けたまま首肯する。

 だが、そこで男は持っていた何かを裏返しながら部下に尋ねた。

 

「……グランダム王は闇の書を持っているそうだね」

 

「はい。ディーノやガレアとの戦に勝ったのも、闇の書と書から召喚された四人の騎士の力が大きいと聞いております。とても信じられないような話ですが、マスターは本当だと思いますか?」

 

 部下の問いに男はフッと鼻で笑った。

 

「どうでもいいよ。あんな骨董品とそれについてきたおまけなど。私にはこれがあれば十分だ」

 

 男はそう言って椅子を回し、部下に体を向けた。

 黒髪に黒目、そして太い眉毛が特徴の好紳士は屈託のない笑顔を見せている。

 

「報告ありがとう。今日はもう遅いから君は下がって休みなさい。明日も忙しくなるぞ。聖王に反抗する国々から、()()の注文がどんどん来ているからね。いっぱい働いていっぱい稼いで、家族にいい思いをさせてやろうじゃないか!」

 

 部下にそう言って発破をかける男の手には、無機質な十字架が描かれた銀色の本があった。

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