グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第3章 リヴォルタ事変
第21話 親友との再会、宿敵との出会い


 ガレアを制圧し、冥王イクスヴェリアことイクスの身柄を引き取ってから数週間。

 俺たちは軍を引き連れて故郷へと歩を進めた。

 それまでの間、コントゥアなどのガレア属領やグランダム東端の都市など、マリアージュ襲撃の跡が色濃く残る場所を通過する際、イクスは悲痛な表情でごめんなさいとうわごとのように繰り返していた。

 それからさらに一週間、我が軍は一月ぶりにグランダム王都の土を踏んだ。

 

 

 

 

 

 王都の街にはディーノ戦以上の群衆があふれかえっていた。

 ガレアからの侵略を跳ね返したのは我が国が最初でおそらく最後だ。裏を返せば、それまでガレアに侵略された国は例外なくマリアージュに蹂躙されたということでもある。

 戦勝までの間に民たちがどれだけ不安にさらされていたかが、熱狂的に俺たちを迎えてくれる群衆の姿で思い知らされた。

 しかし、だからこそ問題はイクスだ。彼女こそがガレア王だと民たちに悟られるわけにはいかない。

 そこで俺たちはイクスを下手に隠そうとするのではなく、彼女を堂々と馬上でシグナムの前に乗せることにした。

 こうすればあどけない少女の姿をしたイクスは、シグナムに付いた小姓か、どこかで保護した子供にしか見えないだろう。

 

 軍列の中ほどで俺は再び人々に手を振りながら、王宮までじっくりと馬を進める。

 今度は群衆の中に眼帯の少女が目に映ることはない。しかし……

 

「ケント王子お帰りなさい!」

「バカ、もう即位したんだよ!」

「ケント様! 俺のこと覚えてますか?」

 

 俺達に歓声を送る人々の中に、今度は白い鎧を着た騎士らしき者たちが混じっていた。我が国では白い鎧は着ないし騎士も多くない。

 しかし彼らの姿に見覚えはある。まさか宰相が対応していた来客というのは――。

 その答えは王宮の前で明らかとなる。

 

 

 

 

 

 

「――っ!」

 

 王宮の前で彼の姿を見つけて、俺は自然に左手を大きく振る。

 王宮の前で俺を待っていたのは、宰相をはじめとするこの国の高官たち、そして――

 

「クラウス!!」

 

「無事に帰ってくると信じていたよ。ケント」

 

 彼の側につくなり俺はすぐに馬から飛び降り、握手を交わす。

 あの激戦の数々の後にこんなことがあるなんて!

 すっきりした短い緑髪、紫の右眼と青の左眼の虹彩異色(オッドアイ)、嫉妬したことは数知れないさわやかに整った容姿。

 四年ぶりに会う親友、クラウス・G・S・イングヴァルトが俺を待っていた。

 

 

 

 

 

 五年前、まだ王子だった俺は母国グランダムを離れ、北にある『シュトゥラ王国』に留学していたことがある。

 シュトゥラはその頂点に武勇を誇る騎士王を据えた、聖王連合内でも有力の強国であり、ベルカ全土でも類を見ない教育先進国としてもその名を轟かせている。

 それを裏付けているのが、シュトゥラ学術院という大学*1の存在だろう。

 学術院には各国から王侯貴族が留学生として様々な学問を学びに訪れており、父の言いつけでシュトゥラに送られた俺もその一人だった。

 留学が決まった際、父からは魔法を中心に学習してくるよう告げられたため、おそらく父には闇の書を扱えるように、俺の能力を引き出そうという狙いがあったのだろう。

 それでも、シュトゥラに行かせてくれたことには父に感謝している。

 そこで俺は親友(とも)に出会えたのだから。

 シュトゥラ第一王子、クラウス・G・S・イングヴァルト。

 同じ王子で身分も出自も対等。たびたび衝突もしたが、今まで国内で俺に近づいてきた貴族の子息と違って、互いに遠慮も気遣いもいらない無二の友人だ。

 わずか一年で帰国するのが本当に惜しかった。

 その時にクラウスと恥ずかしげもなく再会の約束をしたことは今でも思い出せる。

 あれからもう四年、ようやくそれが果たされる時が来た。

 

 

 

 

 

「……えっとこの人は?」

「察するに主ケントのご友人だろう」

「えっ!? ケントって友達いたの?」

「ヴィータ! 陛下に聞こえるわよ」

「……」

「よかったですねケント様」

 

 俺に続いて馬から下りていたらしいティッタ、守護騎士、イクスは後ろでそんなことを言っている。ところで誰か、ヴィータに人には言ってはいけないことがあると教えてやってくれないか。さすがに俺も頭にきている。

 一方、クラウスは不思議そうに彼女たちを見ている。側付きの従者にしては気安すぎると思っているのだろう。

 

「……えっと、この方たちは?」

 

 だが、聞きたいことがあるのは俺も同じだ。

 

「お前の隣にいる美しいご令嬢はどなただ?」

 

 クラウスの隣には、金髪をリボンとキャップで後ろに結んだ美少女がいた。

 緑の右眼と赤い左目の虹彩異色(オッドアイ)を見るに、どこかの国の王女であることは見て取れる。

 今まで俺たちを見守っていた少女は俺の視線に気付き、笑みを浮かべてくれた。

 そして少女は籠手で覆われた両手でドレスの端をつまみながら一礼し、名乗った。

 

「お初にお目にかかります。クラウス王子殿下の供としてシュトゥラより参りました。オリヴィエ・ゼーゲブレヒトと申します」

 

 ――ゼーゲブレヒトだと!

 俺は自分が目を見開いたのを自覚する。

 宰相や高官たちは、クラウスやオリヴィエがこの国に到着した際に彼らと顔を合わせているはずだが、その姓を聞き、改めて息を飲む者もいた。

 かたや、守護騎士をはじめ俺の連れは何も知らないのだろう。反応が返ってこない。

 ――おっといけない。

 俺は我に返ってから、右手を自分の左胸に当てて口を開く。

 

「失礼した。私はケント・α・F・プリウス。このグランダム王国の国王位についている。クラウス王子とオリヴィエ殿の来訪を心より歓迎させてもらおう。どうかここを自分の住まいだと思って、心ゆくまでくつろいでほしい」

 

 

 

 

 

 

 それから俺たちは一旦クラウスとオリヴィエの二人と別れて、自室で身体を拭いて汚れを取り、私服に着替えてから城の中央に設けてある中庭で合流を果たし、改めて俺が連れている者たちを紹介した。

 守護騎士たちは名と身分を明かすだけで済んだのだが……。

 

「アタ、私はティッタ・セヴィル……です。おにい、ケント陛下の騎士見習いで――」

 

 ティッタは俺の妹にあたることを伏せて、騎士とだけ名乗ろうとしている。俺はそんなティッタの隣に立って……

 

「俺の妹だ。ついこの間対面したばかりでな、今後は専属の騎士として俺の側につけるつもりだから、クラウスたちとも会う機会が増えるだろう。どうかよろしく頼む」

 

「やっぱりそうか! 瞳の色を見てそうじゃないかと思っていたよ。僕はクラウス。ケントとは一年間机を並べていた間柄になります。僕の立場は忘れて、兄君の友人として気兼ねなく話してください」

 

「オリヴィエです。私の事も、お兄様のご友人が連れてきた従者として接してください」

 

「そ、そんな、アタシなんかに……えっと、光栄です」

 

 二人ともティッタの口調や俺の説明から事情を察したのだろう。しかし、クラウスもオリヴィエも気にもとめる様子を見せず、クラウスはティッタに右手を差し出し、ティッタも彼の腕を握り返す。

 そして今度はオリヴィエと握手を交わし……。

 

(――あれ? この手ってもしかして)

 

 オリヴィエの手を握ったティッタは、何かに気付いたように固まった。

 その一方、ティッタの手を握るオリヴィエは、ティッタを温かい目で見守るのみだった。

 残るは……。

 最後の一人となったイクスは、ビクビクしながら俺の方を見る。

 

《大丈夫だ。俺の友とその友人を信じろ。お前の事情は後で俺が話す……先史時代のことは伏せておくが》

 

 俺が思念通話でそう伝えると、しばらくしてからイクスは意を決し、少しずつクラウスたちの方へ進み出て、服のすそを掴んで一礼し二人に自己紹介した。

 

「イクスヴェリアです……一応今でもガレア王国の国王ということになってます。今後ともどうかよろしくお願いします」

 

「――君が」

「――!」

 

 《冥府の炎王》と呼ばれるガレア王の話は聞いたことがあるのだろう。二人ともさすがに驚きを隠せない様子だったが、オリヴィエはすぐに笑顔になり……

 

「オリヴィエ・ゼーゲブレヒトです。こちらこそよろしくお願いしますね、イクスヴェリア陛下」

 

「失礼しました。シュトゥラ第一王子、クラウス・G・S・イングヴァルトと申します。初めまして陛下」

 

 挨拶を返すオリヴィエを見て、クラウスも右手を左胸に当てて自己紹介を返してくれる。

 それを見届けて……。

 

「これで一通り顔見せは終わったかな。じゃあ……」

 

「いや……」

「こちらからまだ紹介していない人がいます」

 

 俺を遮ってクラウスたちは首を横に振り、そう言ってくる。

 ここにいる九人はもう名前も素性も明かし終えたはずだが……。

 

「樹の上にいる御仁か。やはりクラウス殿たちの知己であったか」

 

「……?」

 

 シグナムの言葉に俺をはじめ何人かが訝しんでいると、クラウスたちとシグナムはおもむろに樹を見上げ、オリヴィエは樹の上に向かって声を張り上げた。

 

「エレミア! そろそろ降りてきてケント様たちに挨拶しなさい!」

 

「ごめん! 僕も降りようと思っていたんだけど、すっかり時機を逃がしちゃってさ」

 

 オリヴィエが樹の上の方に向かって声をかけると、樹の上から声が返ってきた。

 

「――っと!」

 

 その直後に俺たちがいるところより、少し離れた場所へ黒服を着た人物が着地した。

 

「――なっ!?」

「――まあ!」

「えっ?」

 

 俺たちが驚いてる間も、黒服の人物は服を手ではたいてからこちらに体を向けた。

 長い黒髪を後ろに結び、黒服の上に黒いマントを羽織った少年だ。

 彼は喉の下あたりに右手を当てて一礼してくる。

 

「ヴィルフリッド・エレミアと申します。各国をめぐりながら学問を学んでいて、今はシュトゥラ学術院で講師のお手伝いをしています。よろしくお願いします、ケント国王陛下にお連れの皆様」

 

「私の友人が失礼を。申し訳ありませんケント様」

 

「気ままな奴でね。許してやってくれ」

 

 こちらに挨拶しているエレミアの横で、オリヴィエが頭を下げて俺に謝り、クラウスが間に入ってくる。

 

「いや、出ていきたくてもそうしづらい空気だったのは確かだ。気にしないで――」

 

 俺はそう言って容認しようとしたが、

 

「……いや、それなら代わりに、こちらからも失礼を承知で尋ねたい。オリヴィエ殿、貴女の本当の立場を教えてもらえないだろうか。この中にはゼーゲブレヒトの名を知らない者もいるから、知らず知らずのうちにあなたに失礼を働いてしまうかもしれない。そうなる前に」

 

「えっ!?」

「オリヴィエさんって有名人なの?」

 

 俺が尋ねるとヴィータとティッタがそんなことを言い、エレミアが心配そうにオリヴィエの方を見た。片やクラウスの方は俺を信用して見守ってくれている。

 肝心のオリヴィエは俺の問いを予期していたのだろう、変わりのない笑顔で答えてくれた。

 

「はい。ケント様のお察しの通り、私は聖王連合に名を連ねるゼーゲブレヒト家の人間で、当代の聖王は私の父にあたります。もっとも私は継承権をなくして国を追い出された末席にすぎませんので、どうか皆様気兼ねなくお話してくださいね」

 

 

 

 

 

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒト。正式な名は“オリヴィエ・U・X・ゼーゲブレヒト”。

 彼女こそのちに《ゆりかごの聖王》となって、俺――愚王ケントを討ち破りベルカの戦乱に終止符を打つ人物だ。

*1
現実の中世に実在したボローニャ大学とパリ大学は14歳から入学できたようでそちらをモデルにしてあります。なおシュトゥラ学術院は公式設定で名前だけvividで出てきます。

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