グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第24話 晩餐問答

 治療を終えて半日ほど、医務室で安静にしていたオリヴィエはもうすっかり傷も癒えたようで、いつものように快活な姿を取り戻した。

 しかし、今日でクラウスたちが滞在してもう一週間になる。そろそろシュトゥラに帰国しなければいけないらしい。

 そこで今夜はクラウスとオリヴィエ、加えて俺たちと同じ王族としてガレア王の肩書を持つイクスを招き、共に夕餉をとることにした。

 以前から今日か明日くらいでクラウスたちはこの国を発つだろうと目途は付けていたので、晩餐会を開く準備も可能だったが、彼らの方から丁重に断られた。俺と話したいことがあるから、なるべく人を増やさないでほしいとのことだ。まあ、話の内容は想像がつくが。

 

 

 

「ケント国王陛下、この一週間本当にお世話になりました。ぶしつけな来訪にも関わらず、我々を暖かく迎え入れていただいた城の皆々方、そして陛下には感謝の言葉もありません。今後とも、我が国は貴国とより良い関係を築いていきたいと考えています」

 

 乾杯――例によってイクスは果汁水――の後に、クラウスはいつもと違う口調でそんな口上を並べる。

 俺もそれに見合った返事を、

 

「なに、留学のために貴国へ滞在した時に、クラウス殿やお父君から受けた恩に比べれば……ククッ、やっぱりダメだ。クラウスその口調やめてくれ。どうしても笑いが……アハハハッ!」

 

 返そうとしたが、()()()噴き出すことで失敗する。

 

「おいケント! 人がせっかくそれらしい形式で謝辞を示そうとしているのに、お前という奴は」

 

 あらたまった口調で述べた謝意を笑われ、クラウスは当然のように憤慨してくる。

 悪いとは思うがこの後でする話を考えると、今くらいはくだけた雰囲気で話したい。

 

「でも、本当に楽しい一週間でした。ケント様のおかげで実りのある滞在になったと思います。このご恩は一生忘れません」

 

「楽しかったのは俺もだオリヴィエ。あれくらい一生の恩に感じてもらう程のことじゃない。むしろ医務室で俺とクラウスがしでかしたことと一緒に忘れてもらった方が――」

「お忘れになった方がいいのはケント様の方ではなくて」

 

 笑顔のまま右腕を掲げてすごんでくるオリヴィエに俺は戦慄を覚え、これ以上の言葉を引っ込めた。

 

《ケント、頼むからお前はもうこれ以上余計なことを言うな》

 

 クラウスの方からも、そんな意思がこもった念話と視線が飛んでくる。あの時俺よりも先に医務室に踏み込んだのはクラウスだったはずだがな。

 

「あはは……でも本当に楽しかったです。明日からお二人がいなくなると思うと寂しいくらい」

 

「それは私たちもですイクス様。私の方も今回の事でイクス様と親交を深めることができて、本当に良かったと思っています」

 

 別れを惜しむイクスにオリヴィエは笑顔を向けて、そう返してくれる。

 このなごやかな雰囲気を壊すのは本当に惜しい。特にイクスにはすまないとも思う。

 しかし、クラウスたちの方とてこのままシュトゥラに戻るわけにはいかないだろう。

 

「……なあクラウス、四年ぶりに俺に会ってお前はどう感じた? オリヴィエ、この一月この国に滞在してどうだった? そろそろ、お前たちの口から判定を聞いてみたいと思っている。どうなんだ? お前たちから見て俺は、このグランダムはどう映った?」

 

「「……」」

 

 食事を口に運ぶのをやめフォークをテーブルに置いて本題を切り出す俺に、クラウスとオリヴィエも表情を引き締めて各々フォークやナイフを置く。

 

「……えっ? えっと?」

 

 それにとり残されたイクスは俺と二人の雰囲気が変わったことに戸惑い、フォークとナイフを両手に持ったまま首を振り、それぞれを見比べている。

 

「グランダム王ケント。この一週間、私は貴殿と行動を共にし、あらためて確信することができた」

 

 クラウスの口調が俺の友としてのものから、シュトゥラ王子のものに変わる。

 この食卓を取り巻く空気は一気に張り詰めたものになり、俺の背筋には冷たい汗が流れた。

 昼間一緒にオリヴィエに殴られ、さっきまで軽口を叩き合っていたのが嘘のようだ。

 クラウスは神妙な顔つきで続ける。

 

「グランダム王……いやケント、お前は変わっていない。五年前、シュトゥラに来た頃と何一つ。

 父君を亡くし、その後を継いでからは自ら民や敵と向き合うようになり、彼らに対して新たに見せていくようになった顔や素振りはあるだろう。

 しかし、一度信頼した者を疑わず、味方となった者には彼らが望まずとも世話を焼かずにいられない所、一度負った役目を投げ出すことができないほどの責任感の強さ、そして少し間が抜けているせいでつまらない失敗をしてしまう所。

 一国の王となっても、ケント・α・F・プリムスという男の根元の部分はあの頃と全く変わっていない。違うか?」

 

 俺について一通り語って、クラウスは破顔する。オリヴィエも、

 

「お恥ずかしながら、私は最近までこの国の事を存じませんでした。

 クラウスから聞くのは、学術院で私より先に机を並べて学び合ったという親友のケント様の事ばかり。

 そのケント様のいる国の事は、グランダムという名前とシュトゥラの南にあるということぐらいしか、私の知識にありませんでした。そこが良い国なのか悪い国なのかさえ。

 しかし、今から一月前、私たちはシュトゥラ王の要請でこの国を訪れました。その頃、この国は戦時中で、皆が右往左往していた。けれど、宰相様をはじめ高官の皆様は嫌な顔ひとつ見せず、私たちを快く迎え入れてくださいました。さすがにお胸の内ではお邪魔だと思われていたでしょうけど。

 それからは、この城に滞在している間に度々王都の街に出て、住民の皆様とお話させていただきました。彼らは戦乱で不安な中を必死に、しかし、たくましく生活していて、その上、ほとんどの方が国王や国に不満を持っていない。

 だから、今ならはっきり言えます。ここは、あなたが治めるこのグランダム王国はとてもいい国です。

 シュトゥラにも、聖王家にも、胸を張ってそう報告できます」

 

 クラウスに続き、オリヴィエも笑みを浮かべた。

 一方、イクスはそんな二人の様子にきょとんとしているだけだ。

 しかし、クラウスは再び表情から笑みを消し、重々しくその口を開いた。

 

「だからこそ、私はシュトゥラの王子として、そしてお前の友として直に問おう。ケント、お前はこれから先も戦いを通して力を蓄え、いずれは闇の書という怪しげな魔導書を完成させるつもりか? もしその通りだとしたら、それを使って何をするつもりだ? 答えろ! 返答次第では、私はお前を討たなけばならなくなるかもしれない」

 

 クラウスの最後の一言に場の空気が変わった。

 この部屋の隅にいた衛兵たちのうち、ある者がクラウスを取り押さえようと迫り、ある者が上に報告するために慌ててこの部屋から出て行こうとしたからだ。

 そんな彼らを見て俺は立ち上がり、

 

「大丈夫だ! 話の途中でクラウス王子が例え話を持ち出しただけのこと。そうだなクラウス殿?」

 

「……」

 

 俺の問いかけに対し、クラウスは重々しい表情はそのままに、首だけを一度縦に振った。

 それを受けて、衛兵たちは迷いながらも渋々持ち場に戻る。

 そして俺は席に座りなおして息をつき、二三ほど数えるほどの間を置いてから、あらためて先ほどクラウスから投げられた問いに答える。

 

「最初に、今までの戦いについて弁解をさせてもらおう。ディーノとの戦も、ガレアとの戦も、相手の方から仕掛けられた戦いだ。相手から送られてきた宣戦布告まがいの書状などの証拠も取ってあるし、後者にいたってはここに証人もいる。そうだなガレア国王イクスヴェリア殿?」

 

 俺は情を捨ててイクスに話を向ける。

 それを受けてイクスは椅子から立ち上がりこわごわと、しかし、しっかりとした口調で答えてくれる。

 

「は、はい。ガレア、我が国とグランダムの戦は、闇の書を渡してほしいという私の要求から始まったことです。闇の書を誰の手にも渡らないように封印しようと考えての行いでした。でも、戦いが終わった後で、肝心の闇の書を封印する算段がろくに立てられていないことをシグナムさんから指摘されて……私のやったことは多くの人々の命を無為に奪っただけだったんです。ケント様、本当に申し訳ありませんでした!」

 

 そう言って深く頭を下げるイクスに、クラウスはあえて淡泊に手のひらを向けて、それ以上の言葉を押しとどめた。

 

「結構です。イクスヴェリア殿、席に座ってください。……ディーノはともかく、ガレアからの攻撃は私たちも承知している。グランダムに到着した時に宰相殿から事の仔細は伺ったし、我々もガレア兵と思われる集団から直接的に攻撃を受けたからな」

 

「――っ!」

 

 クラウスの説明に、イクスは肩をびくりと震わせる。

 そんなイクスにオリヴィエは気の毒そうな顔を向け何か言おうとしたが思いとどまったようで、結局何も言うことはなかった。

 クラウスは問いを続ける。

 

「ケント殿、貴殿の主張にはうなずけるものがある。今までの戦いは両方とも正当防衛だったと。そして闇の書は貴殿らを襲う敵から力を得て、完成に近づくことになったわけだ。ではもし、今後もディーノやガレアのような貴国に振りかかる火の粉を払い続け、その結果、闇の書が完成してしまった時、貴殿はそれをどう使うつもりだ?」

 

 《闇の書》が完成した時か……。

 闇の書を使い聖王連合やダールグリュン帝国に成り代わってベルカを統一しろ、と父は口癖のように俺に言って聞かせていた。

 宰相や他の重臣の中にもそれを期待している者は多いだろう。そうでなければ父も彼らの意見を無下にはできず、とっくの昔にグランダムは連合か帝国のどちらかに与しているはずだ。

 

 だが俺は――

 

「俺は闇の書が完成したとしても……俺はそれを極力使わない! 我が国を侵そうとする者たちに対して使うことはあるかもしれない。抑止力として掲げることもあるかもしれない。でも、俺はベルカを無理やりグランダムに染めるつもりはないんだ。だから、グランダムに野心を持たない国、親交を結ぶ余地がある国にまで、闇の書の力を使うつもりはない。それが俺の答えだ!」

 

 申し訳ありません父上。

 

 心の中で父に詫びながら、クラウスにそう告げる。

 他国を侵略したり服従を強要するのではなく、相争う各国を仲裁することによって、ベルカの戦乱を終わらせたい。

 クラウスと知り合い友達になってから、俺の中にずっとその考えはあった。個人と個人の間で可能なことが国家と国家になった途端、不可能になるなんてことがあるはずがないと。

 でも、父を裏切るのが怖くて後ろめたくて、親不孝を働く自分が許せなくなりそうでずっと言えなかった。

 だが、そんなやましさを振り切って、俺はついに自分の考えをクラウスたちに告げる。

 

(闇の書が完成しても極力使わない……ケント様がそんなことを考えていたなんて……それを私があの時までに知ることができていたら)

 

 イクスは何やら遠い目で俺を見つめていた。その一方でクラウスたちは、

 

「理想論だな……だが、他国との友好を求めながら、自国を脅かす敵には毅然として対応する。王とは本来そうあるべきかもしれない。いずれシュトゥラの王になる身として、僕にも響くものがあったよ」

 

「ええ。私もクラウスと同じ意見です。私たち聖王家の礎を築いた始祖様も、元は大戦を止めるためにゆりかごに搭乗したと聞いています。結局は他国と戦うことになってしまったそうですが、ゆりかごを用いてまで戦を止めたいという始祖様の志はケント様と同じものだったのかもしれません」

 

 そう言ってクラウスとオリヴィエはやっと顔に笑みを戻した。

 

「オリヴィエ、聖王陛下から頂いたあの話、ケントになら持ち掛けてもいいかもしれない」

 

「はい。私もようやく踏ん切りがつきました」

 

 あの話? 聖王から?

 首をかしげる俺に、その聖王の娘であるオリヴィエが口を開いた。

 

「ケント様、実は私たちはシュトゥラを発つ直前に、聖王陛下……私の父からあることを頼まれています。

 強大な力を持ち始めたグランダムは、聖王連合にとって恐ろしい敵にも頼もしい味方にもなる。故にグランダムが聖王連合の味方になるよう、かの国の王を口説き落としてほしいと……

 もちろん、私たちとしてもあなたには良い味方であってほしいと考えています。

 ですから、どうかグランダムと聖王連合双方のために、そしてこの戦乱を終わらせベルカに安寧を取り戻すために、グランダム国王として聖王連合への加盟をご決断いただけないでしょうか?」

 

「グランダムが聖王連合に加盟……」

 

「もちろん、ガレアにも参加していただきたいと思っています。いかがでしょう、イクスヴェリア陛下?」

 

「ガレアも……本当にいいんですか?」

 

 オリヴィエの話す言葉の内容に、俺もイクスも驚愕する。

 聖王連合への加盟。それは俺がずっと考えていた、いや望んでいたことだった。

 

 クラウスがいるシュトゥラは、聖王連合を構成する国々のひとつだ。

 グランダムがその聖王連合に加盟するということは、加盟国の王として、クラウスと同じ目的を抱くということでもある。ベルカ全土にあまねく聖王の威光を敷くという目的を。

 ディーノ戦の前に、父に連合か帝国のどちらかに助けを求めるべきだと、進言したのもそのためだ。

 父なら王としてのプライドから帝国への従属は認められなくても、連合への参加なら一考せざるを得ないと思っていたから。もっともその予想は外れてしまい、我が国だけでディーノと戦う羽目になったが。

 それを思えばまたとない好機だ。以前の俺なら迷わずこの話に飛びついただろう。……しかし。

 

「イクス、お前はどう考えている?」

 

「――えっ!?」

 

 突然俺に話を振られたイクスは戸惑い、こちらを見る。

 

「えっと……すみません。私は政治の事とか連合とかまだよくわからなくて。だから、ケント様とオリヴィエ様たちのお話を聞いてからで構いませんか? ガレアはグランダムの保護国という立場に置かれていますし」

 

 イクスが俺にそう言うと、オリヴィエは俺の方を向いて改めて尋ねてきた。

 

「ではケント様、グランダムの王としてあなたはどうお考えですか?」

 

「ありがたい話だと思うよ。しがない独立国としては受けるのが妥当なのだろう。俺もそれはわかっている……しかし」

 

「何かご懸念がおありなのですか?」

 

 オリヴィエの問いに俺はうなずく。

 

「オリヴィエなら知ってるはずだ。おそらくクラウスも。『聖王連合』という言葉には二つの意味があることを」

 

 俺の言葉にオリヴィエもクラウスも表情を消す。やはりオリヴィエは当然として、クラウスも知っているに違いない。

 

「聖王連合という言葉の意味の内、ひとつは聖王家と同盟を結んでいるすべての国家。この枠組みの中にグランダムを入れてくれることについては、俺としてもまったく異はない。だが、聖王連合のもう一つの意味を考えた途端、連合への参加にどうしても躊躇いを覚えてしまう」

 

「……“中枢王家”の事か」

 

 クラウスの呟きに俺は「ああ」と肯定の言葉を返す。

 シュトゥラへ留学して以来、聖王連合への加盟を望むようになっていた俺は、父が亡くなり即位してすぐに連合に加わるべきかを考え、連合について調べた。

 そして俺は《中枢王家》と呼ばれる者たちの存在を知った。

 

「聖王と近しい血筋を持つ王家の面々。彼らは裏で自分たちが治める国だけが“真の聖王連合”だとうそぶいていると聞く。彼らにとって、それ以外の国は国力に関係なく属国扱い。それでは帝国と変わらない、いやそれを隠して国々を取り込んでいく分、帝国よりたちが悪いんじゃないか?」

 

「ですが、聖王連合は帝国のように自らの陣営に加わらないからと言って、他国を侵略したりはしません」

 

「そうだな。その代わり、加盟を断った国の重鎮に対して聖王のゆりかごと、それが起こした栄光の数々をとくとくと語って聞かせるという。それは脅迫のようにも思えるんのだが、オリヴィエはどう思う?」

 

 俺の問いにオリヴィエは押し黙る。

 そんな彼女にかまわず俺は言葉を続けた。

 

「もちろん実際に攻撃を加えない以上、血を流さずに版図を拡大できているのは確かだ。それは認める。だが、それに不満を覚えている国もあるんじゃないか。だから今も連合を拒む国が存在している。ベルカの戦乱が長引いている原因の一つと言っても過言ではないだろう」

 

 中枢王家に不満を持つ国。

 クラウスのために口には出さないが、実はシュトゥラもその一つなんじゃないか?

 シュトゥラは精強な騎士団を多く抱える強国で、国王自身も武勇に優れ数々の実績を持っている。それに加えて各国の王侯貴族が学ぶ学術院が設置されているほどの教育先進国だ。

 国力、規模、実績において、聖王家に次ぐ影響力を持っていてもおかしくない。それは継承権を失ったとはいえ、聖王の末娘を人質に差し出していることからもうかがえる。

 それにもかかわらず、中枢王家はシュトゥラを体のいい軍事力とみなしている節がある。

 

「その不満はすでに噴き出し始めている。連合への攻撃やテロという形で。ベルカの地を文字通り滅亡へ追い込んでいる禁忌兵器(フェアレーター)も、連合への不満を持つ国々に向けて何者かが売り出したものだと聞く。ならばそろそろ連合も体裁を捨てて武力行使を始める頃なのではないか?」

 

 俺が語る推測にオリヴィエは目を閉じ、いくつか数えるほどの時が過ぎて口を開いた。

 

「聖王連合と独立国、そして帝国との戦争が始まった時に、グランダムは連合側の尖兵として前面に立たされることになる。ケント様はそれを危惧しておられるのですね」

 

「ああ、さっき言った通り、今までの戦いはこの国を守るために行ったものだ。だが、反連合との戦いは聖王家や中枢王家のためのものになる。そんなもののために我が国の民に犠牲を強いるなど、到底許容できるものではない!」

 

 聖王連合の内実と今の情勢を考えれば、安易に連合に加わるのは危険が大きい。だからその誘いには応じられない。

 俺がそう言うとオリヴィエはしばらく沈黙し、ふと再び言葉を発した。

 

「確かにケント様の仰ることは否定できません。帝国を筆頭に、聖王家に不満を持つ国も多いのも事実です。……しかし、本当によろしいのですかケント様? 連合に加われば貴国の財政を助けるために、聖王家や中枢王家からある程度の援助が見込めると思いますが」

 

「――うっ」

 

 痛いところを突かれた。やはり見抜かれていたか。

 

 現在我が国はガレアに攻撃された傷跡があまりに大きく、その割に、ガレア侵攻によって得た利益はほとんどないといっていい。

 にもかかわらず戦に参加した諸侯たちから恩賞の催促はやむことなく、これを放置すれば後々戦が起きても彼らは兵を出してくれなくなる。

 色々なところで金が必要だ。しかしその金がない。

 つまり、我が国は財政難という状態に置かれている。

 打てる手はあるにはある。あるんだが……。

 

「行き詰まっていたというお前の仕事か。なあケント、戦勝の報が届いて以来、王都の方はかなり賑わっているみたいだぞ。僕も何度かこの目で見た。そこから取れる税収などで何とかできないものなのか?」

 

 俺の狼狽ぶりに見ていられなくなったのか、連合側の人間であるはずのクラウスがそう指摘してくる。

 だが――

 

「儲けが大きくなった瞬間に税が重くなるようなことが起きる国で、住民たちはこれからも懸命に働き続けてくれると思うか?」

 

「そ、それは……確かに、せっかく得た利益がほとんど税に持っていかれてしまうというなら、民たちも働く意欲を失ってしまうな」

 

 それに少しぐらいならともかく、今回の損害を埋めるために税を増やすとすればかなり税率を上げなければならない。

 しかも、税率を上げることが税収を増やすことにつながるとは限らない。

 今のグランダムの好景気は他国からの旅行客や、各地を行き来する商人の働きも大きい。そこに入国料や通行税など上げようものなら、人々の移動の流れはそこで止まり、各地の景気は繁栄から衰退へと転じる。

 

「でもケント様、商人たちの中にも、国の財政が厳しくなっていることに気が付いている方もいるのではないでしょうか? このままでは中央政府が増税を断行するのも時間の問題。彼らがそれをただ、指をくわえて眺めているだけとは思えませんが」

 

 オリヴィエの指摘に俺はうなずきを返す。

 そう、彼らはすでに俺たちに対し、ある提案をしてきている。

 

「商人の中でも戦前から巨万の富を築くほど裕福な豪商たちから、王宮に対し、資金の貸し付けの申し出が来ている。だがその利率が……」

 

 だいたいのとこが年4割、よくて3割、完全に足元を見ている奴は5割も吹っ掛けている。

 

「なるほど、国庫がないからと言って安易に豪商から融資を受ければ、今度は彼らへの返済に苦心する羽目になるわけか」

 

「ああ。戦に際して武器や兵站などを買い付けたり、彼らからも協力を得ている。踏み倒すことはできない」

 

 ただ、彼らにとっては、融資した金は返済してもらえなくても構わないのかもしれない。

 その代わりこれ以降、王宮は債権を握った彼らに、利便を図らざるを得なくなるだろう。商売に際し、独占的な地位が得られるほどの特権を、彼らが求めてくるのは目に見えている。そればかりか、他の商人への妨害の黙認、最悪自らが活動できる範囲を広げるために、他国への侵略を要求してくることまでも予想される。

 

「このままではグランダムは財政破綻を免れたとしても、その後は利益のために他国を侵す国となりかねないわけですね。連合や帝国に加わった時と同様に」

 

 オリヴィエの言うとおりだ。

 連合に加盟しても、豪商から高利率付きの融資を受けても、グランダムは自国の防衛のみに徹してはいられなくなるだろう。

 どちらでも財政は再建できるが、望まぬ戦いを強いられる可能性は大きい。

 オリヴィエも含め、俺たちは途方に暮れた。

 そこへ思わぬ方から声が上がる。

 

「……あの皆さん、ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

 

 片手を少し上げながら発言してきたのはイクスだった。

 今まで静かだったからてっきり話についていけず、食事に専念しているか、舟を漕いでいるのかと思っていたが。

 

「何だ? 食事がすんだのなら部屋に戻っても構わないぞ。さすがにイクスにこの話は難しすぎる」

 

「ち、違います! いえ、確かに難しくてほとんどわからなかったのは確かですけど、私が起こした戦争のせいでケント様がお金に困っているという話なんですよね?」

 

 俺の邪推を手を振って否定してから話すイクスに、俺たちは相槌を返す。この子ぐらいでも目の前で金金と繰り返し言っていれば、さすがにそれくらいはわかるか。こんな子供に金の心配をさせるとは、自分が情けなくなってきた。

 自分の不甲斐なさに打ちひしがれている俺の心を知らず、イクスは続ける。

 

「えっと、グランダムではこういう時に国債や公債を発行したりしないんですか? 税金が駄目ならそれくらいしかもうないと思うんですけど」

 

「「「……」」」

 

 俺たちは三人そろって間の抜けた表情になる。

 こくさい? こうさい? この子は一体何を言っているんだろう?

 

「あれ、国債ってシュトゥラや聖王家でもないんですか? ……もしかして国債ってこの時代では……」

 

 クラウスやオリヴィエの反応を見て、次第にイクスの顔色は青くなる。

 オリヴィエはそんなイクスに鋭い目を向けた後、ふっと息を吐いてから言った。

 

「構いませんよイクス様。それに似たような仕組みならある国がすでに発案していますから。

 国債や公債とは国や国王が発行し、民に売りつける債権の事です。

 商人などに融資を申し入れた場合と違って、こちらが利率を設定できるのが利点ですね。

 しかし、現代のベルカ各国で採られている封建制度では、国としては債券を発行することはできません。

 国王が個人的に公債を発行することは可能ですが、公債を発行した国王の中には、債権の返済を増税で賄おうとする方も出てくるかもしれませんよね。

 民にとってはそれで借金を返してもらっても、その引き換えに税が重くなるようでは元も子もありません。

 そういうことで現代のベルカでは国債や公債の仕組みについて、考案だけはされていますがいまだに実行には至っていません」

 

 オリヴィエの長々とした説明に、俺とクラウスは目を丸くする。

 驚くべき事か、それとも不甲斐なく思うべきか、今の話についていけたのはイクスただ一人らしい。彼女はオリヴィエに対案を示してくる。

 

「だったら自国の国民ではなく、他国の貴族とか国王に買ってもらったらどうでしょう? 今のグランダムは独立国の中で最も強い国となったことで各国から信用されてますし、他国の国王とかだったらグランダムで増税が起ころうと知ったことではありません」

 

「さっき言った通り増税をする気はないがな……しかしイクス、お前は政治にはついて無知だと言っていたが、よくそんな案が出てくるな。そういう問題を請け負っていたことがあるのか?」

 

「あっ、それは……」

 

 俺に問い掛けられ、イクスは泳がせた目をオリヴィエの方に向ける。

 それにオリヴィエは呆れたような仕草をしながら、首を縦に振ってイクスを促した。まさかこれって先史時代の話に繋がるのか?

 

「私の両親が生きていた頃の話なんですけど、父は給料が良くて、余ったお金でよく色々な国の国債を買っていたんです。3%……0.3割くらいの利率が付いた債権は、喜んで買っていきましたよ。それ以上は逆にリスクが大きく損しかねないとも。……まあ結局、私を施設から引き取った魔導師に全部奪われて、組織の活動資金に回されたんですけどね」

 

 0.3割……現代の金融において、こんなに低い利率の話は聞いたことがない。もちろん、今の話は明らかにイクスが両親と過ごしていた頃の先史時代の話なので、利率の割合をそのまま流用することはできないが。

 それにしても先史時代では、自国だけでなく他国の債券を買う人間まで存在するのか。それも平民が。

 世界をまたいで行われたという戦争の話といい、現代に生きる俺達には全く想像もつかない。

 

「ふむ、利率は今の時代に合わせて調整する必要があると思いますが、債権を他国の王侯貴族に売りつけるのはありかもしれません。グランダムは今、各国の高官や商人たちから信頼されてるのは確かですから」

 

「ガレアに勝ったことで、グランダムの市場はかつてないほど活気づいているのも事実だ。この分なら税収自体はだいぶ増えているんだろう。時間さえかければ返済の目途も十分つくんじゃないか?」

 

 イクスの案を聞き、オリヴィエとクラウスは熱が入った様子でそう言ってくる。他に手がないならこういうのを一度やってみてもいいんじゃないかと。

 俺はそれに頭をかきながら答えた。

 

「そうだな。債権である以上危ういところもあるが、他の手と違って失敗しても、ただちに戦に発展するわけじゃないからな……よほど変わり者の王が大量に買い占めでもしない限りは」

 

 その後はオリヴィエやクラウスから聖王連合への加盟の話は出てくることはなく、一時は一触即発の様相を見せた交渉と議論は幕を閉じ、会食は終了となった。

 オリヴィエの事だ、援助を盾に連合加盟を強いる真似は彼女も本意ではなかったのだろう。

 今の状況では国として連合に加盟することはできない。だがもし、ベルカで起こっている戦乱が終息したらその時は……。

 

 

 

 

 


 

 愚王ケントが実施した政策の中に『グランダム復興債』なるものがある。

 古代ベルカで唯一発行された公債といっていい。さすがに聖大陸以外の地域には売られることはなかったものの、主に他国に売りつけるその手法は、今日(こんにち)各世界が発行している『世界債』とほぼ変わりない。

 ケントはこの債権を発行したのち、それに掛かる利息の支払いについては誠実に行っていたという。のちに彼が犯す所業を考えれば信じられない限りだ。

 これに関しては債券を発行する前に起こった、聖王陛下が各国へ発した『起動宣言』に対し、陛下の威光に恐れをなしたためという説と、最大の債権者となった者がかの雷帝ゼノヴィア・R・Z・ダールグリュンであることから彼女を敵に回すのを避けたからという説がある。

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