日が昇る前の時間帯、シュトゥラの南東に位置する某小国の王宮の前にそびえる城門に、一台の牛車が
牛車が門のすぐ手前まで来たと同時に、門を守る二人の門番が牛上にいる商人に槍を向けた。
「そこのお前、ここに何の用で来た?」
「ここから先は許可を得た者しか入ることはできないぞ」
槍を向けられ商人は少しばかり身をすくめるが、恐れを心の奥底へ押しやって用向きを告げる。
「……工房からご注文の品を届けに参りました。取引は中で行うとのお話でしたので、門より先へ通していただきたいのですが」
商人の言葉に門番たちは一瞬逡巡するも、片方があることを思い出す。
(そういえば一月前から度々、工房の人間と名乗る者が来たら符牒で確認を取って、それが確かだったら武器庫の方へ向かわせろと言われてたな)
指示を思い出した方の門番が懐から紙を取り出し、商人に尋ねる。
「事前に取り決めた符牒を確認させてくれ。でなければ通すことはできない……闇」
門番が唱えた単語に、商人もそれに対応する単語を返す。
「……銀」
合言葉はまだ続く。門番は次の単語を唱えた。
「守護」
「殺戮」
「病」
「毒」
門番と商人は互いにこういった符牒を言い合っていく。
通常国王などから依頼を受けた商人は、その際に依頼主の署名が入った書を渡される。そしてこのように完成した製品を届けに王宮を通る際は、その依頼書を見せることで敷地内を通る許可を得るか、もしくはこの場で受け渡しをする。
しかし、今回商人が運んできた品物は、ベルカ各国の間で結ばれたある条約で禁止された兵器だった。そのため依頼書のような証拠を出すわけにも、大衆の目に付くこのような場所で取引をするわけにもいかず、このような符牒で敷地へ入れていいか確認を取ることになったのだ。
何度か符牒を確信してから、しばらくしてゆっくりと門が開けられていく。
ようやく商人が城の敷地内へ入ることが許されたらしい。
商人が手綱を引く牛車は敷地へと入っていく。しかし、その速度は相変わらず緩やかだ。
「おい! 騎士団長が待っているんだぞ。もっと早く進めないのか?」
やきもきするほど遅く進む牛車に門番がそう文句を言うが、その牛車を操る商人は、
「申し訳ありませんが、荷台の中に危険物が入っておりますのでご理解ください。もし、万が一強い衝撃を与えたりすれば、この城一帯が全焼してしまうほど危険なものですので」
と返してから、再びゆっくりと牛車を進めていった。
(火薬を使った
《禁忌兵器(フェアレーター)》
武器としてはあまりに非人道的で環境への影響も大きすぎるために、それを危惧した聖王家が提唱したベルカ条約によって禁止された、言葉通り“禁忌の兵器”である。
かなりの時間をかけて牛車は、王宮の敷地内にある武器庫のある棟に辿り着いた。
棟の前には騎士らしき鎧を着た男たちが十人以上立ち並んでおり、その中でもっともいかつい鎧を着た壮年の男が、先頭に進み出てきて商人を迎えた。
「ようこそ。遠路はるばる荷物を届けるためによくここまで来てくれた」
「いえ、それが私の仕事ですので」
一方、商人の方は言葉遣いこそ丁寧だったが牛から降りることはなく、上から団長を含めた騎士たちを見下ろしている。だが、それを騎士たちの誰も咎めることはない。そういう段取りになっているからだ。
「その荷台の中に例の……」
「ええ。ご注文通りの数をそろえて参りました。これだけあれば、どんな大森林でも燃えカスと炭しか残りませんよ。ただし、使う時はくれぐれも注意してください。置き方次第では、設置した本人たちまで燃え盛る森の中に取り残されることになります」
そう釘を刺してくる商人に、騎士団長はニヤリとした笑みを向ける。
「さすがに禁忌兵器と呼ばれるだけはあるな。あの気味の悪い亜人どもが住む森を焼き払うんだ。それぐらいのものでなくては」
「亜人……そういえば我が国の東にある森には、人の姿をしていながら猫の耳と尾が生えているという、奇怪な種族が住んでいると聞いたことがありますな。……ただあの亜人たちは百年前からシュトゥラ王家に保護されているとのことですが、まさか……」
「ああ。《魔女》を名乗る亜人共が巣食う森を焼き払い、それをもってシュトゥラへの宣戦布告とする。高名な騎士を始祖に持っていながら、聖王とその
「聖王様の末姫まで。では我が国の国王陛下は聖王様の号令に従うつもりはないということですか?」
思わず問いを投げかける商人の物言いに、団長は不愉快そうに眉をひそめる。
「不服か? 嫌なら売ってくれなくてもいいんだぞ。その代わり……」
団長が右手を上げると、付近にいた何人かの騎士が剣を抜く。
売る気がないなら力づくで奪う。団長は無言でそう言っている。
それに察して、商人は手を振って否定した。
「い、いえいえ、我が国がどういった方針を取ろうとも、そこに住まわせていただく以上従いますとも。こちらの製品も喜んでお譲りします。商売ですのでお代は頂きますが」
商人がそう言うと団長は笑みを取り戻して右手を下げ、それを見て騎士たちも剣を鞘に収めた。
「それはなにより。私も“爆弾”とやらの側で騒ぎを起こしたくはないんだ。……金ならほれ、これくらいあれば十分だろう」
団長は懐から薄い円状の物体がぎっしりと詰まった袋を取り出し、それを牛に乗ったままの商人に向かって差し出す。
商人は牛の上から手を伸ばし、袋の中に手を入れて中からある物を取り出した。
「……確かに。ありがたく頂戴いたします」
手に取った物が金貨だと確認すると、商人は金貨を袋に戻しその袋を掴み取った。
「取引成立だな。では製品を受け取らせてもらうぞ――おいお前たち! 荷台に積んである物をそのまま武器庫まで運び入れろ! ただし、くれぐれも落としたりするんじゃないぞ。この場で消し炭になりたくなければな」
「は、はい!」
団長に命じられ、騎士たちは荷台に張られた幌を空けて、中から手ごろな大きさの箱を取り出す。その箱にはベルカ語で大きく【取扱注意】と書かれていた。
箱を両手に持ちながら武器庫まで慎重に歩いていく騎士と、彼らを見張っている団長を横目に商人は考えを巡らす。
(誉高い血統を持つ王家が妬ましいだけの俗物め。だが、それだけではシュトゥラほどの大国を敵に回そうとは思うまい。狙いはあの国にいる聖王の娘だろうな。……ふむ、これからこの国のような反連合に狙われるようになるのは、聖王家や中枢王家に連なる子女を預かっている国なのかもしれん)
◇
それから数刻ほど経った頃、自由都市リヴォルタにある某ギルド。
「失礼します」
机で書類に何か書き込んでいたり、何かを探して棚をあさったりなどしているスタッフで溢れる事務室に若い男が一人入ってくる。
若い男は奥の方に目をやり、目当ての人物がそこにいるのを確認して足を進めていく。
相手も入室してきた男が自分に用があるのだと察し、書類仕事の手を止め自分に近づいてくる男を見た。
「ご無沙汰してますサブマスター。本部へ報告したいことがあって、至急リヴォルタへ参りました」
男から挨拶されたサブマスターと呼ばれた初老の男はペンを置き、精査中の書類の束をトントンと机に立ててから返事をする。
「こちらこそ久しぶりだね。あちらの国へ出向している君が定時連絡以外で戻ってくるのは珍しいな。よほど急いで伝えたいことがあるらしい……ただ、報告を聞く前に一つだけ訂正させてもらうよ。ここは本部ではなく一介のギルドにすぎない。そんな言い方だとまるでうちが他国のギルドを支部扱いしているようじゃないか」
「申し訳ありません。つい」
少し口が滑っただけなのに重箱の隅をつつくようなに注意してくる初老のサブマスターに、男は反感を覚えながらもその気持ちを抑えて謝る。サブマスターくらいの年寄りを相手にしていたらよくあることだ。
とはいえ、間違ったことを言ったつもりはない。このギルドが間諜などの回し者を通して、他国のギルドを実質的な支部、もしくは下請けのように扱っているのは歴然とした事実だ。
「まあいい。それで君が報告したいこととは何だね? あちらさんで何か問題でも?」
「いえ、向こうの国とは特に問題は起きていません。むしろ取引は順調に進んでます。今日も製品を大量に買い取っていったくらいです……ただ」
そこで男は一旦言葉を区切り、サブマスターの机に手を載せながら前かがみになり、相手にだけ聞こえる音量まで声を潜めて続ける。
「その製品の使途についてなのですが、それらは隣にあるシュトゥラへの宣戦布告に使われるようです。燃焼兵器を使ってシュトゥラの南に広がる魔女の森を焼き払うのだとか。加盟を強要してくる連合への反発と、聖王の末姫を預かっているのが宣戦の理由らしいですね。向こうの業者の推測では反連合の思想を持つ国々は、今後聖王の血統を汲む王家とそれを守る国々に戦を仕掛けていくのではないかと」
男の報告に、サブマスターは頬杖をついて思案する。
「なるほど。それはなかなか興味深い見解だな。反連合と取引を続けていきつつ、その業者の推測に沿って連合内で狙われそうな国にも製品を売り込んでいけば、より大きな利益になるかもしれんな。ただ、君の話にも出ていたシュトゥラとは取引できそうにないのが惜しいところだな。あそこの王家や高官は潔癖すぎていかんよ。シュトゥラほどの大国との商談は諦めたくないんだがな」
「何やら面白そうな話をしているね」
「「――っ!」」
顔を寄せあい込み入った話をしている二人に、別の男が声をかけてきた。
二人は話を止めて声の方へ顔を向ける。
男とサブマスターの隣には、いつの間にか黒髪の男が立っていた。自身より年長のサブマスターに対しても上から見ているような高慢な口調、男の目の上にある特徴的なほど太い眉毛、この建物で働いているような人間なら一目見てわかる人物だ。
「ギルドマスター!」
「これはマスター、お越しになられていたのですか」
男は驚きながら、サブマスターは椅子から立ち上がりながら、ギルドマスターに対してかしこまる。
「なに、早上がりの挨拶に寄っただけさ。私の仕事はもうなくなってしまったし、そろそろ娘への贈り物を買いたいと思っていた頃だったから、今日はもう帰らせてもらおうと思ってね。そこに君たちが話し込んでいるのが見えたのさ。それで二人仲良く一体何の話をしていたんだい?」
「いえ、それがですねマスター……」
マスターの問いに応じながら、サブマスターは辺りを見回した。
ギルドマスターが現れたためか、事務室にいる皆がマスターたちの方を見ている。
サブマスターと男が話していた内容は禁忌兵器の売買に関することなので、あまり声高に話していいことではない。今のところここには内輪の人間しかいないようだが。
マスターもサブマスターの言いたいことを察し、皆に声をかける。
「私たちの事は気にしないで、君たちは仕事に戻ってくれ。それとも、今期のボーナスはボーナスなしでいいのかな?」
マスターからそう言われ、職員はそそくさと仕事に戻っていく。
そんな部下たちの姿に苦笑しながら、マスターはサブマスターたちを見た。
「それで? 戦を仕掛けていくと大きな利益とか、そんなことを言ってたような気がするのだが」
「は、はい。実は――」
マスターに問われて説明を始めるサブマスターだが、彼も、他国から来た連絡員の男も、内心で首をかしげていた。
話の内容が内容だけに、彼ら二人は肝心な部分に関して、かなり声を潜めて話をしていたはずだ。
それなのになぜギルドマスターは、二人の会話に含まれていた単語を正確に聞き分けることができたのだろうか?
「――という訳で今はまだ一商人の憶測にすぎないのですが、私としては試してみる価値はあるかと。もちろんこのことは、すぐにでもマスターのお耳に入れるつもりでした」
「ふむ、確かに聖王自身はともかく、その取り巻きたちはうちの製品に飛びつきそうだね。だが、中枢王家以上に大きな勢力を持つシュトゥラという国がうちの製品を買ってくれそうにないのが惜しいわけだ」
「ええ、まあ……」
不承不承ながらうなずくサブマスターだが、マスターの方はそれを何でもないことのように笑い飛ばす。
「だったらシュトゥラには通常の製品を勧めればいい。彼らだって普通の武器は欲しいところだろう。うちはそちらに関しても自信をもって売り出しているからね。欲を張らずに確実に取れる利益を取ればいいのさ」
「そ、そうですな。私としたことが欲を張ることで、かえって機会を逃してしまう所でした。さすがはギルドマスター、常に先を見ながら行動されている」
「はっはっはっ、よしてくれよ。実業家として小さい利益でも取れるだけは取っておきたいだけさ」
サブマスターのおべっかにマスターはまんざらでもなさそうに後ろ頭をかきながら笑い、ほどなくして彼は笑いを収め話を変えた。
「まあ、そちらは君に任せるとしよう。ところで、この中央区で造らせている“あれ”はどのくらい出来上がっている? そろそろ完成の報が聞きたいんだが……」
「そちらのほうはもう試験も終えまして、後は微調整を加えるのみですから、ほぼ完成しているといってもいいかと。すぐにでも乗りたいということでしたら調整を急がせますが?」
サブマスターの報告にマスターは首を横に振った。
「いや、近いうちに乗れるようになるのならいいんだ。まだ娘への贈り物も用意してないからね。私はもう少しこの
そう言って出入り口の方へ踵を返そうとするマスターだったが、
「……そう言えばギルドへ向かう途中で空から見たんですが、北区にぬいぐるみらしきものを売ってる出店がありましたね。まあ、さすがにあれは――」
「本当かね!?」
連絡員の言葉に反応し、マスターは彼の方を向いてその肩を掴む。
「それはいいことを聞いた。娘はぬいぐるみが大好きでね。お土産としてはうってつけだ。ありがとう君! 今度会ったらお礼に何かおごってあげよう」
「ありがとうございます、でもあれは――」
連絡員が何か言いかけるも、構わずマスターは意気揚々と扉へ向かい、止める間もなく事務室から出て行った。
それを見届けながら、怪訝な表情でサブマスターは連絡員に尋ねる。
「あれは何だ? まさかぬいぐるみではなかったのか?」
「いえ、確かにぬいぐるみには違いないんですが、その……売っているぬいぐるみのほとんどが独特な姿形をした造形だったんです。多分あれを女の子に贈っても喜ばれないんじゃないかと」
それを聞いたサブマスターは手を左右に振りながら、
「それぐらい大丈夫だよ。あの人のセンスって結構変わっているから。娘さんももう慣れているだろう。……それで君はこれからどうする? 勤め先へ帰る前に茶でも飲んでいくかい?」
「あっ、いただきます」
連絡員とサブマスターが茶を飲んでいる間に、ギルドマスターは建物を出て一目散に北区のぬいぐるみ屋へ向かっていく。
そして彼はこの後、そこでグランダムから来たケント一行と遭遇することになるのだが、それはまた後ほど。