グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第30話 うさぎのぬいぐるみ

 リヴォルタ南門。

 門の前に馬車が通りがかり、それに気付いた二人の門番はすぐに定位置から中央に寄って、門の前をふさぐ。

 それと同時に馬車は速度を緩め、門とそれを守る番人たちの前で停止した。

 西門の前に停まった馬車は、白で染められた客車を二頭の馬が牽引するもので、白い客車の前につけられた席には、馬に取りつけられている手綱を握る御者が座っており、客車の後ろにつけられた台には主の世話と警護のためについてきた執事が立ち、これらを一目見るだけで客車の中にいる人物はかなり高位の貴族か、もしくは裕福な富豪かがうかがえるだろう。

 それでもこの街には入れるのは、国から発行された身分証明書などによって素性を明らかにしたうえで通行料を納めた者だけだ。それはリヴォルタに限られたことではない。

 門番の一人が門の前に立ち続け、もう一人が彼らの素性を確かめるために馬車に近づく。正確には二頭の馬が牽引している客車の方へ。

 その客車の窓は日除けのために内側から窓掛けがかけられており、中にいる人物の様子をうかがい知ることはできない。

 その時、後ろの台から執事が降りて数歩進み、客車の横に立つ。

 客車を守っているように門番の行く手を阻んでいるのは、燕尾服を着た赤い髪と瞳の若い執事だった。

 

「失礼、私はこの客車の中にいらっしゃるお方にお仕えしているジェフと申します。主に取り次ぐ前に、まずはどのようなご用向きなのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 ジェフと名乗る執事は慇懃に、しかし隙の無い物腰で門番に用件を尋ねた。

 門番はジェフから発せられる雰囲気に、なぜかたじろいでしまうものを覚え、彼に返す言葉を言いあぐねてしまう。そのためしばしの間、ジェフと門番は互いに沈黙し、二人の間に緊張感が漂い始めた頃。

 

「失礼が過ぎますよジェフ!」

 

 ジェフの横、客車の中から女の声が聞こえてきた。

 門番は声につられて、ジェフは主に応えて、客車の方を見やる。

 彼らの眼前で客車を覆う窓掛けが引かれ、窓も開けられ、客車の中にいた人物が姿を現した。

 客車に乗っていたのは二十近くの少女だった。長く下ろした金髪に緑色の瞳で、二人を見ている深窓の令嬢という言葉が似合う美少女。

 門番は少女の美貌に思わず見とれかけていたが、少女と目が合うと慌てて表情を引き締めた。

 少女はそんな門番から視線を外し、ジェフに言葉をかける。

 

「ジェフ、心配は無用です。あちらの兵士様たちが装着されている鎧を見る限り、あの方々はリヴォルタに通じる門をお守りしている守衛様ではないかとお見受けします。おそらくは私たちの身元を証明する書類と通行料をご所望なのでしょう。ここは私が引き受けます。あなたは下がりなさい」

 

「はっ! 申し訳ありませんお嬢様」

 

 ジェフは浅く頭を下げ、己が主たる少女に詫びる。しかし、平時とは違って礼を略式で済ませるその動作から見て取れるように、主と自身の近くにいる門番への警戒は緩めることはない。

 そんな中、少女は門番に視線を戻して微笑を浮かべながら口を開く。

 

「高いところから失礼します。ですがわたくしが馬車から降りるだけの間、あなた様方の大切なお時間を浪費させてしまうのは申し訳ないと思いましたので。あなた様がお差支えなければ、このままお話をさせていただきたいのですが」

 

「い、いえ、そのようなことは決して! 自分たちはこのままでも一向にかまいません」

 

 少女の口から出た言葉は、無論ただの建前だった。

 形式的にジェフを叱りつけながらも、その実、少女も門番を信用してはいないのだ。

 もし彼らが本物の門番を監禁、もしくは始末して門番に成り済ました賊だとしたら、あるいは彼らが少女の生家を目の敵にしている貴族などから、少女の暗殺を依頼されている可能性も十分ある。

 

 少女の生家はある大国を治めている一族に連なる分家の一つだ。その分家はいずれも国の内外を揺るがすほどの力を持っている。

 そのため、一族の人間は常に命の危険にさらされており、一族に仕える従者は主の身を守るため、あらゆる事態を想定しながらその側についている。

 故にジェフや少女が、自分たちに近づいてきた見知らぬ兵士に、警戒心を抱くのは当然のことだった。

 兵士の方も豪華な馬車や彼女たちの行動で、少女の身分の高さと、それに伴うおおよその事情を察知して彼女が客車の中から話すことを認める。そもそも、彼らに下車を強いるほどの権限はないのだが。

 門番からの言葉に甘えて、少女は客車に入ったまま話を続ける。

 

「この度は当家の従者が大変失礼をいたしました。深くお詫び申し上げます。この場はわたくしの顔に免じてお許しいただけないでしょうか?」

 

「い、いえ、自分こそ職務のためとはいえ、了承もないままご婦人の側に寄ろうなどとしてしまい、大変失礼をいたしました……ですが」

 

「分かっています。リヴォルタの街に入るためには身元を証明するものと料金が必要だと仰りたいのでしょう……ジェフ!」

 

「はっ」

 

 少女に命じられジェフは門番に近づく。先ほどジェフの雰囲気に当てられた門番は、思わず一歩後ろへ足を下げてしまった。

 それに構わず、ジェフは門番に近づいて懐に手を入れる。それを見た瞬間、門番は自然と構える素振りを取ってしまう。

 だが臆する門番に対し、ジェフが差し出したのは厚い紙と十枚もの金貨だった。

 

「こちらは出国に際し、私どもの祖国から発行していただいた証明書と、ここから先へ通していただくための通行料となります。お金の方は少々多いかもしれませんが、先ほどご迷惑をおかけしたお詫びも含めておりますので、どうぞ遠慮なくお受け取りください」

 

 ジェフが差し出してくる紙と金貨を門番は受け取り、証明書だという折りたたまれた紙を開いていく。だが、証明書に書かれた名前に目を通した瞬間、門番は目を剥かずにはいられなかった。

 門番は唖然としながら少女の方に視線を移す。それに対し、少女はクスクスと笑みをこぼしていた。まるでいたずらが成功したかのように。

 

「申し遅れました。わたくしはダールグリュン帝国から参りました、エリザヴェータ・ダールグリュンと申します。以後お見知りおきを」

 

 

 

 

 

 

 リヴォルタ北区に到着した俺たちは、まず昼食を取ろうと飲食店を探すことにした。

 だがそこは聖王都やダールグリュンの帝都を凌ぐ、ベルカ隋一の大都市リヴォルタ。飲食店など周りを見回すだけで五件以上は見つかる。

 その中から俺たちは、出入り口の前に多くの人々が列をなして並んでいる店を見つけて、その列の後ろに並ぶことにした。

 俺にとって行列に並ぶというのはこれが初めての体験だ。

 俺が外で食事を摂ること自体はこれが初めてではない。今までも度々城を抜け出して城下町に出ては、飲食店に赴いて、そこで食事を摂るようなことはしていた。しかし自国でも、留学していた頃のシュトゥラでも、店に入るために列に並ぶという行為を取ったことは一度もない。店側も並んでいる人々が俺に遠慮していつも列を空けてくれるからだ。自国だけでなくシュトゥラでも特別扱いされていたのは、俺の隣にいつもクラウスがいたおかげだろう。

 これが人生初の行列だと思うと、徐々に進む前列を見送りながら店に入るのを待つのも悪いものではなかった。後ろにいたティッタとヴィータが空腹と退屈を訴え、文句を垂れ流していたので恥ずかしい思いもしたが。

 

 列に並んでから半刻ほどが過ぎ、ようやく店の中に入ることができた俺たちが目にしたのは、芳醇な匂いが漂う今まで見たこともない料理とそれを食べる客、そして天井近くの壁に掛けられた無数の札だった。

 札にかかれていた単語はいずれも今まで目にしたことがない言葉で、ほとんどの語尾にメンと書かれている。

 忙しそうに店内を立ち回っていた黒髪八重歯でイクスが着ているものとそっくりな服装の店員を呼び止め、彼女に札のことを聞いてみるとそれらはいずれも料理の名前で、これらの中から注文するものを選ぶらしい。一般的な店では卓の上にメニューが載っている冊子があり、それを見て料理を選ぶのだがこの店はそうではないらしい。

 だが、選ぶといっても俺たちはどの料理も食べたことはおろか、その名前を聞いたことすらない。

 俺たちに出来るのは、札から適当な料理を選んで運を天に任せるか、さっきの店員におすすめを頼むかのどちらかしかなかった。

 それから少しして俺たちのもとに運ばれた料理は、スープカップを大きくしたような大きな器に盛られ、その上に汁がかけられた麺料理だった。料理とともに配られたスプーンとフォークのうち、スプーンの方は変わった形の大きなものだ。フォークはベルカでもよく見るものだったが。

 それに加えて、俺を含めおすすめを頼んだ者たちのもとには、粒のような食物を炒めたチャーハンというものや、四角いトウフに赤い何かがかけられたマーボードウフという料理がついてきた。後者のマーボードウフの方は辛くて食べられるものがほとんどいなかったが、ティッタは気に入ったらしく、他の者の分まで食べていった。

 俺も市井の料理は何度も食べてきたがさすがにこういったものは初めてだ。戸惑いも大きかったが、しかしなかなかうまい料理だった。会計の際に店員にそう告げると、

 

「うちの料理は『ルーフェン』という世界で食べられているもので、元々はチキュウってとこからルーフェンに移住した私のご先祖様が持ち込んだものなんだ。気に入ってくれたなら今夜の夕食は東区にある木造の料理店で済ませるといいよ。うちとは違った異世界料理が食べられるから。あっ、ちなみにそこの料理は辛くないよ……わさびってものを頼まなければ

 

 と言っていた。

 なるほど異世界の料理か。どおりで今までまったく見たことがなかったわけだ。

 現在のベルカで次元船の出入港ができる港があるのは聖王都だけだ。

 そのため異世界の文明に触れることのできるところは聖王都を除けば、貿易を主産業にしているこのリヴォルタぐらいしかない。

 そういえばサニーも、他の次元世界から来たと言ってたな。彼女も聖王都の次元港を通って、このベルカにやって来たのは間違いないのだろうが、次元船はどうしたのだろう? ベルカの商船に乗せてもらったのか、それとも個人で次元船を持っているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 食事を済ませて外に出てみると、いくつかの露店が食事前と変わっていた。その中に……

 

「――あっ!!」

 

 かすかに声を上げたヴィータにつられて、彼女の見ている方に俺たちも目を向けると……。

 ヴィータが視線を向けた先にあったのは、人形を並べた露店だった。

 人型だけではなく、様々な動物をかたどった人形が敷物の上に置かれている。

 

 

「へえ。ヴィータもこういうのに興味があったんだ」

 

「――ち、違う! グランダムじゃこういうのなかったから目に付いただけだし!」

 

 慌てて言い訳をするヴィータに、ティッタは笑いながら「照れるな、照れるな」と返す。ヴィータはそれに激怒するが、俺から見ればティッタの様子は茶化しているようなそれではなく、戦時中は血を流しながら敵兵と凄惨な戦いを繰り広げているヴィータが、珍しく年相応の反応を見せたことに安堵し、親友として喜んでいるように見えた。

 そこで俺は、

 

「お、おいケント! あたしはそんなのに興味はないんだって」

 

 ヴィータの制止を振り切って、俺は人形を売っている露店に足を進める。

 

「ちょっと売り物を見せてもらってもいいか?」

 

「……」

 

 人形と一緒に敷物の上に座り込んでいる女は、いらっしゃいませの挨拶もせず、俺の言葉に首をコクリとうなずくだけだった。冷やかしかもしれない客にまで愛想を振りまく気にはなれないのだと察し、俺は気にせず商品を見せてもらう。

 

 人形は中に綿を入れているのか、どれも大きくふっくらとしており、いずれも風変りな造形をしていた。

 口がなく点を入れただけの右目に左目があるべき場所には絵が描かれた眼帯が付けられた猫?

 ガリガリの体の上に取り付けた頭蓋骨のような頭にいくつかの空洞を空けることで顔を再現したつもりらしい謎生物。

 一番マシなのが一見普通のクマだが妙に足が長い奴。

 そんな変わった姿の人形たちの中から、俺はあるものを手に取る。

 

「おいヴィータ、この人形なんてどうだ? 結構いけてると俺は思うんだが」

 

「あっ、それは……」

 

 ヴィータに見せるように俺が掲げたのはうさぎの人形だった。しかし、ただうさぎを模したものじゃない。

 このうさぎ人形の目は瞳が入っておらず緑一色に塗られ、口の両端には縫った跡のように×印が付いている。

 俺は最初から気付いていた。この露店を見つけたヴィータが眺めていたのは、この変わった顔をしているうさぎ人形だということを。

 俺が手に取ったうさぎ人形を、ヴィータはまじまじと見つめる。

 片やティッタはそれに気付いていないようで、肩をすくめながら、

 

「いやないわー。こんな不細工な人形。お兄様センスわる―。あっちのクマの方がいいよ。足が長すぎるけど気になるなら短くすれば――」

「ああっ!?」

 

 うさぎ人形をけなしながらクマの人形を勧めるティッタを、ヴィータはものすごい形相で睨みつけ、それに気圧されたティッタは縮みあがる。

 

「えっ!? ヴィータってああいうのが好きだったの? ――あっ、いや……うん。確かによく見たら結構かわいいかも。さすがヴィータさん、お目が高い!」

 

「ちっ、だから興味ねえつってんだろう。それ戻してさっさと他の街区に行こうぜ」

 

 ティッタは慌ててゴマをするも、ふてくされたヴィータには逆効果にしかならず、ヴィータはそっぽを向きそのまま踵を返そうとしてしまう。

 ここはひとまず人形を買っておいて、ヴィータの機嫌が直った時に贈るしかないか。

 そう思った時だった――。

 

「おや。そのうさぎのぬいぐるみ、いらないのかい? だったらそれ、私が買ってもいいかな?」

 

「……?」

「「……?」」

 

 思わぬ方から声がかかり、俺たちは声がした方に顔を向ける。露天商の女も声につられて首を巡らせていた。

 俺たちの視線の先にいたのは、黒髪黒目で眉毛が濃い男だった。外見は二十代半ばに見えるが声は深く、三十代初めぐらいかもしれない。

 

「あん? 結構年いってる大の男がそんなもん欲しいのかよ。そこの怪力女の言う不細工な人形を」

 

「か、怪力女って――謝るからさっきのは許してよー」

 

 男に向かって訝しげに尋ねるヴィータとヴィータに許しを請うティッタ。

 そんな彼女らに男は笑みを浮かべながら言った。

 

「いやなに、今度久しぶりに家族と会う予定ができてね。娘に贈るお土産をずっと探していたんだよ」

 

「久しぶりに会うって、ご家族とは今は一緒に住んでないんですか?」

 

 話題を変えるためか、そう問いかけたティッタに男はうなずきを返す。

 

「ああ。妻も娘も今は別の世界に移住しているよ。私だけが仕事のために泣く泣くここに残っているんだ」

 

「別の世界に移住だと?」

 

 俺のおうむ返しに、男はまたうなずきを返した。

 

「そうだ。ほら、ベルカってずっと戦争が続いているうえに、最近はこのリヴォルタ付近で物騒な事件も起こっているだろう? だから彼女たちが安心して生活できるように、一足先に向こうへね」

 

「リヴォルタで」

「物騒な事件?」

 

 思わぬ言葉に首をかしげるティッタとヴィータに男も思わず目を見張る。

 

「まさか知らないのか? リヴォルタ付近の村やこの北区の高級宿で起きたあの事件を? ……ふむ、君たちはこの街に来てどれくらい経つんだい?」

 

「……今日この街に入ったばかりだ。その村や宿で起きたという事件の事、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」

 

「それは別に構わないが……」

 

 そこで男はふと俺が持ったままの人形、もといぬいぐるみを見て、それから露天商の方にも視線を移す。

 露天商の女は相変わらず黙ったままだが、俺たちを見るその目はいささか据わってきているように見える。

 

「……あの事件について話す前に、君が持っているそのぬいぐるみを買っていかないか? どちらがそれをもらうことになるかは後で相談するとして」

 

「……そうだな」

 

 俺たちがこの店に来てかなりの時が経っている。

 これ以上ここで話し込んでいれば、露天商にとって営業妨害以外の何物でもないだろう。もっとも、ここで売られているぬいぐるみはどれもクセのある姿形をしているためか、俺たち以外の客が来る気配はないままなのだが。

 

 「私が出そう」と男は懐からぱんぱんに膨らんだ袋を取り出し、その中から銀貨を数枚取り出す。俺の袋もここまでは膨らんではいない……この男かなりの富豪と見える。

 

「結構持ってるんだな。何の仕事をしているんだ?」

 

「ただの商人さ。十年ぐらい前からギルドのマスターも務めているがね」

 

 露天商に銀貨を出しながらそう答えた男は、銀貨の入った袋をしまってから、俺に向けて右手を差し出す。

 

「申し遅れた。私は『リヴォルタ・ワッフェギルド』のマスターを務めているウィラードだ。君は?」

 

 俺も右手を出して彼、ウィラードの手を握る。

 

「ケントだ。グランダムから来たケント・セヴィル。仲間とともに旅をしている」

 

「ほう! ケント……これはまた」

 

 俺が名乗るとウィラードは驚いたように目を丸くする。

 

「……どうした? 何かおかしなところでも?」

 

 今ので俺の正体に気付いてしまったかと三割本気で尋ねる。なにしろ名前の方は本名そのままだからな。ウィラードくらいの知識人ならこれだけで気付くかもしれない。

 だが、懸念する俺に対しウィラードは首を振ってみせた。

 

「いやいや、何でもないんだ。改めてよろしく頼むよ、ケント君」

 

 俺とウィラードが、互いに自己紹介を済ませたその時だった。

 

「うわあ!!」

「ヴィータ!?」

 

 ヴィータの悲鳴とティッタの声が聞こえて、俺とウィラード、露天商は彼女たちがいる方を見る。

 俺たちが見たのは往来の人々にかまわずすごい速さで通りを駆け抜ける馬と、それに乗っている男、そして男に後ろから襟首を掴まれて連れ去られるヴィータの姿だった。

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