グランダムの愚王   作:ヒアデス

33 / 96
第31話 誘拐

 俺たちが目を離した隙をついて、白昼堂々後ろからヴィータを掴んだ男はヴィータを自分の前に乗せ、街中にも関わらず猛然と馬を走らせて俺たちから遠ざかっていく。

 

「ヴィータ! ――この!」

 

 当然俺も騎士たちも、男とヴィータが乗っている馬の後を追おうと駆け出す。

 

「……」

 

 その時、男がわざと紙を落としたのが見えたが、今はそんなもの気にしている場合ではない。

 男の手からヴィータを取り戻すため、俺は技能を発動しようとしたが――

 

「きゃあ!」

「うわっ!」

 

 全速力で走る馬にひかれそうになった人々は、悲鳴を上げながらあわてて道の端へどいていく。

 そんな中、道の真ん中で棒立ちしている女の子がいた。

 だが、そんなことお構いなしに馬は速度を緩めることなく女の子に迫っていく。

 

「マリア、逃げて!」

 

 女の子の側にいた母親らしき女が娘の名前を呼びながら悲痛な叫びをあげる。しかし、それ以上のことはできない。ならばここは――

 

「フライングムーヴ!」

 

 俺が念じると俺以外のまわりの動きが急激に緩やかになる。

 その間に俺は急いで女の子のもとまで行き、彼女を抱きかかえ道の隅へ運んだ。

 だが、技能を行使できたのはここまでだった。

 体の節々に痛みが走ったと同時に、解除を念じるまでもなくまわりの動く速度は元に戻り、男は女の子がいなくなったことに戸惑いながらもそのまま馬を走らせ、みるみるうちにその姿を小さくしていった。

 一方、俺に抱えられたままの女の子は自分の身に何が起こったのかわからず、きょとんとしていた。

 無理もない。自分のもとに馬が迫ってきたと思ったら、ほぼ次の瞬間には知らない男に抱きかかえられていたんだから。

 

「……えっと……お兄ちゃん誰?」

「マリア!」

 

 呆然とそう俺に尋ねる女の子のもとへ、この子の母親らしき女が来て、俺の手から奪い取るように女の子を抱き寄せる。

 

「マリア大丈夫だった!? ありがとうございます。あなたが助けてくれなかったら娘は」

 

「いや、気にしないでくれ。とっさに体が動いただけだ」

 

 母親は娘を抱えながら礼を言うが、俺の方はそれどころではない。

 あの馬に乗っている男によって、ヴィータが連れ去らわれてしまった。

 もうここは残る騎士たちに頼るしかない。一縷の望みをかけて俺は騎士たちの方を見るが……。

 

 

 

 

 

 

 時間はわずかにさかのぼり、ケントが少女を助けた瞬間。

 その場面を見ていた人々は驚いてどよめきの声を上げていたが、ケントに仕えている騎士たちには主が何をしたかすぐに分かった。

 

 《フライングムーヴ》……まわりよりもはるかに速く動く、ベルカ王族としてケントだけが持っている技能。この力をケントは自身の身を守ったり、今のように誰か一人を助けたり、時には戦況を変えることにも使っている。……ただこの技能が原因でケントが彼女たちやエレミアの裸を目撃してしまったこともあるのだが、彼女たちはそれを知らない。

 

 ともあれ、少女を助けるために技能を使った以上、ケントは馬車を追うことができない。

 シグナムはすぐにそう判断し――

 

「皆は主のそばについていてくれ! ヴィータの救出には私が行く!」

 

 指示を下すやいなや、シグナムは空高く飛び上がり、馬が走っていった方向に飛ぼうとした。だが――

 

「待て! そこの女、無許可で飛行などしてどこへ行くつもりだ?」

 

 近くの塔の頂上から飛んできた鎧を着た男がシグナムに迫り、そう詰問してくる。

 

「――邪魔だ。そこをどけ! 私はこれから仲間を助けに行かなければならないんだ! 今までここで起こっていた騒ぎがお前には見えていなかったのか?」

 

「あいにく俺は今までずっと空を見張っていてね。地上は担当外なんだ。ここで何かあったのか?」

 

「――ふざけるな!!」

 

 

 

 

 

 

 俺が見上げる先では、シグナムと飛行兵が口論をしていた。

 《塔兵》に見つかったのか。

 

 

 

 街の壁門や国境に建設された砦には、常にそこを守る兵が置かれ、彼らが門の守護や通行料の取り立てを行っていることはもうご存知の通りだろう。

 だが、ベルカには飛行魔法があり、それを使えば門や砦を飛び越えて先を行くことが可能だ。それに対し地上に置かれた門番だけでは、空まで監視の目を光らせることはできない。

 そこで彼らとは別に置かれているのが《塔兵》という飛行魔導師だ。

 彼らは各街に一つ以上はある観測塔の頂上に立ち、そこから飛行魔法で街や砦を通ろうとする者がいないかを見張っている。

 他の騎士たちのほぼ真上にいるシグナムの位置から見て、塔兵はシグナムが飛んですぐに彼女を制止してきたようだ。

 この街には中央区だけでなく、東西南北すべての街区に観測塔が建てられているのか。

 なるほど、ベルカ隋一の都市は伊達ではないな。聖王都でもここまではないだろう。

 しかし、今はその周到な警備が俺たちにとって災いになってしまった形だ。

 俺も飛んで、口論を続けるシグナムと塔兵のもとへ行く。

 

「待ってくれ! 話なら俺が聞こう。シグナム、お前も冷静になれ。ここで都市の兵と揉めていても事態は良くならない」

 

「主! しかしこのままではヴィータが」

 

「分かっている。だが、まずはこの兵士に事の成り行きを説明しよう。事件の事を知れば、彼らだって解決のために動いてくれるはずだ」

 

 詰め寄ってくるシグナムに俺はそう言い聞かせる。

 塔兵の方は面倒そうな顔で俺たちを見ていた。

 この手の事件は珍しくないということか。

 俺は舌打ちをこらえながら、改めてこのリヴォルタという都市に渦巻く暗部の存在を思い知った。

 地上では守護騎士たちが不安そうに、ウィラードがやれやれといわんばかりに、俺たちに視線を向けていた。

 

(相変わらず物騒な街だね。つくづく妻と娘を移住させて良かったと思うよ。……しかしあんな紙を置いていった辺り、賊の目的は間違いなく金だろうね。もし身代金を払わなければ、あの子はどこかに売られる手筈になっているのだろう。どこかの領主の荘園や牧場での働き手としてならまだいいが、最近は聖王連合との戦いに備えて、どこの軍も兵力確保のために手段を選ばなくなっているからな……まあ、彼らが本当に闇の書の主と守護騎士なら問題はないだろう。ここは彼らのお手並みを拝見させてもらうとしようか)

 

 

 

 

 

 

 あちらでケントたちが右往左往している頃、ヴィータは自分をさらおうとしている男に抵抗せず、大人しく馬に乗ったままでいた。

 ヴィータの力量ならこんな男簡単に倒すことができる。

 だからこそ彼女本人はケントたちと違い、冷静に考えることができた。

 連れ去る者の安全を考えないやり方と手慣れた様子、馬だって日々与える水や餌、馬具にかかる経費を考えると、人一人を誘拐するためだけに用意するには割に合わない。

 ということはこの男、あるいは男たちに誘拐されている者は大勢いて、アジトかどこかに監禁されていると見て間違いない。おそらく自分を捕まえてる男が向かっている先もそこに違いない。

 なら、ここで男を倒してケントたちのところへ戻るより、アジトまで案内させてから悪党たちを叩きのめした方がいい。

 ケントやシグナムたちは今はそこまで考えが及んでいないようだが、少しして頭が冷えればそのことに気付く者たちも出てくるだろう。すでにザフィーラ辺りはそのことに気付いて動いているかもしれない。

 そこまで考えてヴィータは思う。

 

(前までのあたしだったら人助けなんて考えもせず、こんな奴とっとと殺して終わりにしてただろうな。これもあのケントって甘ちゃん主の影響かな)

 

 

 

 

 

 

「また誘拐か。このところ多いな。ったく、あんたらも簡単にガキをさらわれるんじゃねえよ。俺たちにとってもいい迷惑だ」

 

「何!? それはどういう意味だ?」

 

 塔兵が発したあまりに身勝手な物言いにシグナムは憤るが、塔兵は意に介さない。

 

「あのな、親が目を離したガキなんて、賊から見ればどうぞ捕まえてくださいって札かけて野放しにしてるようなもんだろうが。本当に子供が大切なら外にいる間はずっと手でも繋いでおくこった……なあ奥さん!」

 

 そこで塔兵は一組の親子を見る。先ほど俺が助けた女の子とその母親だ。

 塔兵の視線に射すくめられて母親は慌てて娘の手を取り、その様子を塔兵はニヤつきながら眺め、それからまた俺たちに視線を戻した。

 遊び盛りの子供から目を離さずにいろなどと、口では簡単に言えるが、常にそうするためにはかなりの精神力と体力を伴う。

 しかし、塔兵の言うことに一理あるのも確かだ。彼に対して俺には何も言い返せない。

 

 しかし、個人的にこの塔兵の態度には不快感を覚える。

 この男が傭兵なのか、市が立ち番として雇用した一市民なのかはわからないが、こいつは門番とは違ってかなり高圧的に話を進めてくる兵のようだ。

 壁門を守る門番など、他国から来た客を相手にするような兵には、言葉遣いなどそこそこの礼節を身につけた者を配置するが、それ以外の兵には余計な教育などせずそのまま職務につけているのだろう。

 だからか、この塔兵のように市民などに威圧的な態度をとる者がいるようだ。

 

「ちっ、まあいい。その賊だが、ガキをさらった際に紙か何かを落としていかなかったか? 金が目当てなら必ず要求が書かれたものを落としていくはずだ」

 

 ……そういえば、俺たちが追いかけようとしたところで奴は紙を落としていったな。確かにあれは不意に落としてしまったのではなく、わざと残していったようだった。

 

「その紙とはこれの事でしょうな」

 

 後ろから声がしてそちらを振り向くと、紙を掴んでいるザフィーラがそこにいた。

 ザフィーラは紙を差し出し、俺はそれを受け取る。

 そこには場所らしき地名と受け渡し時間、そして2000リヴォルという金額が書かれていた。

 ちなみにリヴォルというのはいうまでもなく、このリヴォルタで使われている市内通貨の単位だ。

 

「その左右違う色の眼を見るに、あんたどっかの国の王子ってとこだろう? だったらちんけな賊が要求してくる金ぐらい、簡単に払えんじゃねえか」

 

 塔兵の言う通り俺なら2000リヴォルぐらい簡単に出せる。ただ……。

 ある懸念を抱いた俺はつい顔をしかめてしまう。塔兵もそれを見越しているようで話を続けた。

 

「まあ、あんたが考えてる通り、金を貰ってもそいつらはガキを解放せず、そのままどこかに売っぱらっちまうと思うがな……そこでだ!」

 

 塔兵はそこで一旦言葉を区切り、ニヤリと笑みを浮かべた。……こいつまさか。

 

「俺はこの街で自警団やってる連中の内、ある傭兵団と付き合いがある。あんたらが望むなら俺から話をつけてやってもいい。その代わり……」

 

 そう言うやいなや、おもむろに彼は手のひらを差し出してきた。

 こいつと繋がりのある傭兵を紹介する代わりにワイロをよこせということか。

 塔兵を見る俺の目線は自然と険しいものになる。相手もそれに気付くが、気を悪くすることも悪びれもせずにニヤニヤしながら語った。

 

「おいおい、傭兵に動いてもらうんだ。金を払うのは当然だろう。言っておくが、あんたらが直接奴らに頼み込んでも同じことだぞ。傭兵を動かすには例外なく金ってもんが必要なんだ。あんたも王様になるころにはわかるさ」

 

 ああわかるさ。俺はとっくに王になっていて、傭兵を含めた軍を動かしながらガレアと戦ってきたからな。

 

「それに俺という仲介人がいないと、あいつらまともに捜索してくれるかわからねえぞ。金を払ったのに約束を反故にされた奴を俺も結構見てきたからな。悪いことは言わない、俺に任せておけ。今なら1000リヴォルってとこで手を打とうじゃないか!」

 

 塔兵は指を一本だけ立てた手を出してそう言ってくる。

 

「待ってくださいへい――ケントさん! この人にお金を渡してもヴィータちゃんは――」

 

 こらえきれなくなったのか、とうとうシャマルは口を出してくる。

 それを聞いて塔兵は歪んだ顔で彼女を睨む。

 彼女に言われるまでもない。俺もいい加減、そのことには気付いていた。

 

「君の言いたいことはわかった」

「払ってくれる気になったか!」

 

 不穏なものを感じて、早く話をまとめようと迫る塔兵に俺は言った。

 

「話を聞いてくれたことには感謝している。だが、君のような男に出してやる金はない。さらわれた子のことは俺たちで何とかする。手間をかけたな」

 

「ちっ、ああそうかよ! だったら賊に2000リヴォルも出して、ガキが返ってくることを祈るんだな! 俺の予想じゃそのガキ、どこかの農園で死ぬまでこき使われるか、どこかの軍隊で捨て駒にされると思うぜ!」

 

 そう毒づきながら塔兵は体を宙に浮かせ、自分の勤め先であろう塔の頂上へ飛んでいった。

 まわりにいた人々も関わりたくないというように、遠巻きに俺たちを見ながら歩き去っていくだけだ。

 俺が助けた女の子も「バイバイ」と俺たちに手を振りながら、母親に手を引かれて去っていった。

 

「お兄様!」

 

 ティッタは俺に声をかけてくる。俺は首を縦に降って。

 

「ああ、これでいい。あんな兵士と繋がってるような傭兵に1000リヴォル出しても、ヴィータを探し出してくれるとは思えない。それにヴィータが賊なんかにどうこうされてるなんて、俺には考えられないからな」

 

「ええ! そのとおりです」

 

「まあ、ヴィータちゃんよりむしろ犯人たちの心配をした方がいいですよね。何人か生きていればいいんだけど(死んでから時間がたつとリンカーコアもとれなくなっちゃうし)」

 

 シグナムとシャマルはそう言って、俺の考えに賛同してくれた。

 

 

 

 

 

 ヴィータがさらわれた時は、さすがに気が動転してそこまで考えが及ばなかったが、あれから間を置かずして気付いた。ヴィータがあんな悪党に危害を加えられるタマではないということに。

 だが、次の瞬間にそれは新たな疑問にとってかわる。

 

 ヴィータはなぜあの時、自力で男を倒してここに戻ってこなかったのだろうと。乗り手を失った馬が暴れて道行く人々が危険な目に合うことを避けたのだろうかとも思ったが、それにしたってこれだけ経てばどこか人が少ない場所に着く頃だろうし、そろそろ暴漢を倒してきたヴィータが戻ってきてもいいような気もする。

 

 そこで俺は男が乗っていた馬の存在と手口を見て気付いた。

 子供一人を誘拐するのに馬なんて、手間と経費が掛かりすぎている。

 それに、あのヴィータがあっさり捕まるくらい、男の手際はよすぎるものだった。何人もの子供をその手で連れ去ってきたような。

 おそらくあいつに捕まった子供たちはまだまだたくさんいて、ヴィータはその子たちを助けるためにわざと……そう考えるとすんなり理解できた。

 

 そうなれば俺たちがこれからするべきことは一つだ。金をせしめたいだけの塔兵や動いてくれるかわからないどこかの傭兵団など邪魔にしかならない。

 

「その顔、どうやら方針は決まったようだねケント君」

 

 意を決する俺に声をかけてきたのは、知り合ったばかりのウィラードという商人だった。

 俺は彼にうなずきながら尋ねた。

 

「ああ。ただ一つ聞いておきたいんだが、今回の誘拐、あなたが言っていた物騒な事件と関係があると思うか?」

 

 俺の問いにウィラードは首を横に振って答えた。

 

「いや、恥ずかしいことだが、この街では身代金目当ての人さらいなんてよくあることさ。おそらく例の事件とは関係ないだろうね。……村や宿にいた人間が一晩のうちに一人残らず皆殺しになるような大事件は、リヴォルタでも滅多に起こるものではないから」

 

 

 

 

 

 

 中央区にあるカジノ。

 あちらこちらでダイスを振る音やカードをめくる音、そしてそれらの音を覆いつくすほどの客たちのざわめきがこだまする中、黒髪の女が円盤を挟んでディーラーと相対していた。 

 

「チップ全賭けですね。ベットはいつ決められます?」

 

「ボールを投げた後で決めるよ。さあ、こっちはいつでもいいよ。そのボールを投げな」

 

 女の言葉にディーラーは「それでは」と答え、小さなボールをルーレットに投げ入れる。

 それと同時に女は言った。

 

「一目賭けで赤の21」

 

 まだルーレットは高速で回っており、ボールがどこに入ったかどうかなど、()()()人間には見えないはずだ。

 ディーラーは愛想笑いの中に侮蔑を込めて嗤う。

 赤・黒のどちらかを選ぶならまだ勝てる余地があるが、一目賭けだと。しかもチップ全賭けで。

 そんな真似をする依存症がいるからカジノは儲かるようになっているんだ、とディーラーもまわりの観客も内心で嘲笑する。

 だがルーレットが止まり、ボールが落ちた場所を見た瞬間、ディーラーの表情は笑みから口をあんぐり開けた間抜けな顔に変わる。

 

「どうだい結果は? 私はこういう時自分で言うより相手に言わせたいもんなんだ。さあ、遠慮なく言ってくれ」

 

「……赤の21…………お客様の勝ちでございます」

 

 ディーラーがそう告げた直後、まわりで見ていた見物客から大きな歓声が沸いた。

 女のもとに薄くて丸い板状でできたチップが大量に贈呈される。 

 それを羨ましがったり妬みの声を上げる見物客から外れたところで、白い髪の女が椅子に座りながらコーラなる炭酸水を口にしていた。

 そんな彼女に一人の男が近づいてくる。

 

「やあ。相変わらず退屈そうですねライラ」

 

 自分の名を呼ぶ声の方にライラは顔を向け、口に含んでいるものを喉の奥へ流し込む。

 

「……フォレスタ」

 

 ライラに声をかけてきたのは青髪に黄色の瞳をした男だった。温和そうな印象を与える優男で、一目見ただけでは彼がリヴォルタ屈指の戦果を挙げている傭兵隊に籍を置いている男だと、見抜ける者などいないだろう。

 

「あなたにはやはり賭け事なんて興味がわきませんか」

 

「うん。なにが面白いのかわからない。でも、主が楽しいなら私はそれでいい」

 

 フォレスタからの問いにライラは機械的に答える。

 

「そのあなたの主にして我らが隊長は……って聞かなくてもわかりますね」

 

 フォレスタは辺りを見回そうとするも、顔を上げただけで目当ての人物を見つける。

 彼女は大勢の見物客に囲まれながら、打ちひしがれるディーラーを前でチップをケースに詰めていたのだから。

 黒髪の女がすべてのチップを詰め終わったところで、フォレスタが声をかけた。

 

「またずいぶんと荒稼ぎしたようで。しかし、ほどほどにしておかないと、このカジノからも出入りを禁止されてしまいますよ。もう我々が入れるのはここぐらいなんですから」

 

「わかってるよ。そろそろお暇しようと思ってたとこ。ったく、サガリスが西区で欲張りすぎなきゃこんなことには……」

 

 黒髪の女は舌打ちをこぼしながらケースを担ぎ上げ、ライラが座っているところまで歩いてくる。

 

「お待たせライラ。じゃあ一稼ぎしたところで、これからみんなで飯でも食いに行くとしようか」

 

 黒髪の女に声を掛けられ、ライラもコーラが入っていたグラスを置いて席を立つ。

 そして意気揚々とその場を後にしようとした彼女らだが、そこにフォレスタは声をかけてきた。

 

「そのことなんですがカリナ。実はちょっと面倒なことが……」

 

「面倒なこと?」

 

 カリナとライラはフォレスタの方を向き、首をかしげる。この男は生真面目が過ぎてしょっちゅうこんなことを言っているが、カリナたちからすれば大したことでもないのが少なくない。彼女らがおおざっぱすぎるとも言えるが。

 だが、その直後にフォレストから告げられた報告は、いつものように聞き流せるようなものではなかった。

 

「実はですね、今日の昼からアロンドの姿が見えないんですよ。それで今日は、アロンドの代わりに()に南区の警備を頼んだんです。骨が折れましたよ。あの人、未だにカリナの言うことくらいしか聞かないんですから」

 

「ふん、私の言うこともほとんど聞きゃあしないよ。あいつが仕事をするのは、それが自分の飢えが満たせる仕事だった時だけさ。……それよりアロンドがいなくなったって、心当たりは?」

 

 カリナの問いにフォレスタは首を横に振る。

 

「いえ、彼のような子供が行きそうなところは一通り見て回ったんですが、どこにも」

 

 カリナは顎に手を当てて考え込み、そこであることを思い出した。

 

「そういえば最近よく子供がさらわれたり姿を消していたね。突然馬に乗った男に襟首を掴まれて。中には死体になって見つかった子も出たって話だ。きっと首を掴まれた時に意識を失ったか、死んじまって捨てられたんだね。かわいそうに」

 

 言葉とは裏腹にあっけらかんと言い捨てるカリナ。それを聞くフォレスタも動じる様子はない。そんな感情はとっくに捨ててしまった。

 それより今、重要なのはカリナが言った事件についてだ。フォレスタはそこからある推測を立てる。

 

「子供がさらわれている……子供……まさかアロンド」

 

 フォレスタに続き、カリナも苦々しい顔つきになった。

 

「ああ。あいつ、私らに断りもなく勝手に“狩り”に出かけていきやがった」

 

 

 

 

 

 

 リヴォルタのどこかにある小屋の倉庫。

 そこには賊に誘拐された子供が九人いた。

 倉庫の中は薄暗く、小さな天窓から差し込める光だけが、中に入れられている子たちが享受することができる唯一の光だった。

 だが、それ以外の光を浴びる機会も何度かある。その一つがちょうど今だった。

 扉の方からガチャという音がすると外から扉が開けられ、子供たちはしばらくぶりの光をその身に浴びる。しかし、それを喜ぶ者はいなかった。

 外から赤毛の女の子を抱えた男が倉庫に入り、子供たちは後ずさりをする。

 怯える子供たちを気に留めず、男は腕に抱えていた女の子を乱暴に投げ捨てた。

 

「――いてえな、何しやがんだ!」

 

 男に毒づく女の子を見て子供たちは思う。今は元気だがこの子も何日かすれば自分たちのようになるだろうと。

 

「大人しくしてろよ。あの兄ちゃんや姉ちゃんたちが金を出してくれればすぐにここから出られるさ……その時までにお前の買い手が決まってなければな。ハッハッハッ!」

 

 笑い声を上げながら男は扉を閉め、倉庫の中は再び闇に閉ざされた。

 男がいなくなったことに子供たちは安堵の吐息をつく。しかし、新たに加わった子を慰めようという元気はなく、その場にうずくまってしまう。

 そんな子供たちの姿に赤毛の少女、ヴィータは胸にこみあげてくるものを覚えた。

 

(この子たちが何をしたっていうんだ。あいつら絶対許さねえぞ)

 

 そしてヴィータは子供たちに向かって言った。

 

「待ってろ。お前たちをすぐにここから出してやるからな!」

 

 案の定、その言葉を真に受ける子などいない。

 少なくない子が顔をいったん上げてヴィータを見るが、すぐにまた顔を伏せた。

 ある一人を除いては。

 

「うっせえな。誰だよ? 人が寝てるときに騒いでる奴は」

 

 今まで眠っていたらしい少年がヴィータの一言で目を覚まし、顔を上げてくる。

 

「……?」

 

 ヴィータはその少年になぜか不穏なものを感じた。

 

「んだお前? 俺の顔に何かついてんのかよ?」

 

 少年はヴィータの外見年齢とほぼ変わらない齢だった。

 黒髪で青い瞳。だがなにより印象的だったのは半袖半ズボンからはみ出た四肢の内、右腕に彫られた藍色の羽根に象られた刺青。

 

 この時こそ鉄槌の騎士ヴィータと、フッケバイン傭兵隊最年少の殺人鬼アロンドが初めて邂逅した瞬間だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。