グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第32話 手がかり

 リヴォルタという名はこの都市部分を差してそう呼ぶことがほとんどだが、この街だけがリヴォルタ領内というわけではない。

 都市に加えて、その周囲にあるいくつかの村々もリヴォルタ自治領に組み込まれており、そこに住む村民は農作業に従事しながら、収穫した作物のうち余った物を都市に売って生活している。

 各国に内在する農村と違い、この村々にはリヴォルタの歴史的経緯から領主が存在しない。したがって、その村に住む人々は都市や教会に一定の税を納めれば、それ以上の束縛はされない。その上、都市との取引によって村では貨幣が流通し蓄財までできる。

 そのためリヴォルタ周囲に住む村人は他国の農民と比べて、比較的自由で豊かだ。もっとも最近聖大陸全土で起こっている土壌汚染の影響を考えれば、これから先は厳しくなるかもしれないが後回しにしておこう。

 

 

 

 

 

 ヴィータや他にさらわれた子を助けるための情報を求めて俺たちがウィラードから聞いた話によれば、一年ほど前から数ヶ月ごとに一回ずつ、リヴォルタ傘下の村に住む住民が何者かによって一晩のうちに皆殺しにされる事件が起こっているらしい。もうすでに三つの村が滅びてしまったという話だ。

 都市側の見解は一定以上の盗賊団による村への襲撃。最初の虐殺が行われた当初から現在までその見解は変わっていない。

 当然、それに沿って都市が雇っている傭兵団がリヴォルタ一帯を捜査したことが何度もあるが、何の手掛かりも見つけられなかった。それどころか彼らの話では村を壊滅させられるほどの大群が動いた形跡さえもなく、傭兵団の中からは、数十人以下の手練れが村人を根絶やしにしていったのではないかとの意見も上がっているが、現実味がないとして封殺されている。

 なにしろ滅ぼされた村にはいずれも数百人もの人間が住んでいたのだから。

 村人が数百人もいて賊がたった数十人以下なら返り討ちにできるだろうし、万が一それが叶わなかったとしても逃げ延びた人間が必ず出てくるはずだ。

 しかし、現実には村人たちは為すすべなく一人残らず殺されてしまっている。確かにこれで賊が数十人以下というのは無理がある。

 ……ただ、個人的にこういう例え方はしたくないのだが、その賊が守護騎士並みの力量を持っていたとするなら、それもあり得るのではないかと俺は思ってしまう。なにしろ彼女たちはわずか四・五人で十万ものマリアージュと互角以上に渡り合ったのだから。

 それに村を襲ったのが大多数からなる賊だとすると、腑に落ちない点もいくつかある。

 食糧、酒、金、宝飾などの物品は奪われたり手つかずだったり様々だが、それは家々の話で、村全体ではほとんどの物に手が付けられていないといっていい。

 それになぜ、村に住む者を一人残らず全滅させてしまったのか。

 老人や子供など賊に抵抗できない者も多いし、生け捕りにした村人をどこかの国の農村や貴族の私有地、もしくは軍に奴隷として売る手もある。……ヴィータを誘拐した者が目論んでるように。

 考えれば考えるほど、多数の盗賊が略奪目当てに村を襲ったにしては不可解な点が多い。

 

 さらにそれと関係があるかもしれない事件が、リヴォルタで一件起こっている。

 俺はウィラードが指した大きな建物を見た。

 ウィラードによるとそこは二ヶ月前までは、十部屋以上は客を泊める部屋のある高級宿だったらしい。

 しかし、現在そこに出入りしている者は誰もいない。大量殺人が起きて犯人が今でも見つかってないとなれば、その建物を利用しようとする者は出てこないだろう。

 

 その事件が起きたのは二ヶ月前。

 ある晩、宿から聞こえる轟音に気付いた市民が連れを伴って、宿の出入り口となる扉を開けて中に入ってみると、出入り口付近の通路は受付台を含めて嵐が入り込んだように荒れており、宿の中にいた者たちは一人残らず死んでいた。

 宿の中にある金目のものには一切手をつけられていない。

 ただ、宿泊客の名前が記載された名簿が見つからなかったため、犯人は泊まっていた客の中にいて、それを隠すために犯人が名簿を持ち去ったのではないかと当局は推測している。

 物には手をつけず命だけを奪っている点、そこにいた人間を一人残らず殺害している点、そしてこれだけのことをしておきながら下手人の正体は一切不明。

 圧倒的に規模は小さいものの、村が滅ぼされた事件と共通している点がいくつも見られる。

 その上、一番最近村が襲われたことが発覚したのは、この事件が起きた翌日の事だ。

 そのことから宿を荒らしたのは村を襲った盗賊の一味だと考える者は多い。

 だがその一方で、

『ゆりかごの起動宣言以降も戦いをやめようとしない各国への聖王の嘆きが、死の国と現世を繋ぐ扉を開いてしまい、その中から現れた死神が村や宿の人間の命を刈り取っていった』

 といった怪奇話まで一部で広まっている。

 

 そんなよた話が出るほど、村と宿で起こった事件はとにかく謎が多い。

 それに比べて、ヴィータを誘拐した者の正体はまだ掴めていないが、目的の方は明らかだ。

 

 なるほど。ウィラードのように頭の回る者なら、一連の襲撃事件と誘拐事件に関連性はないとすぐにわかるだろう。

 

 

 

 

 

「村や宿への襲撃も気になるが、とにかく今は先にヴィータと合流しないと。まずはヴィータと思念通話がしたいところだが……」

 

 俺の問いに騎士たちの中で、もっともこの手の魔法を使うことが多いシャマルが首を横に振る。

 

「申し訳ありません。さっきから何度か思念を送っているのですが、向こうからはうんともすんとも。まさかこんな時まで私の説教を聞きたくないって無視をしてるのかしら?」

 

「ヴィータならあり得るかもしれんな。悪漢どもを打ちのめしている間ならなおさら。ただ、もしかすれば思念が届かないほど遠くへ行ってしまったせいかもしれん。そういう場合、主が習得している《超距離念話》なら相手がベルカのどこにいても話ができるはずですが、そちらは?」

 

 ザフィーラの問いに、今度は俺が首を横に振る。

 

「あの塔兵がいなくなってから試しているが、まったく返事が返ってこない。となると――」

 

「思念通話は魔法の中でも一番初歩的なものだ。連れ去った子供たちの中にも思念通話を使える子がいると考えていいだろう。もちろん、犯人たちもそれはわかっていて対策は取っているはずだ」

 

 俺が言おうとした推測をウィラードがかわりに言った。

 

「では、手掛かりとなるのは犯人が残していったその紙ですか。主ケント、そこに何が書かれているか、我々にもお教えいただけないでしょうか?」

 

 シグナムにそう言われた俺は、問題の紙を彼女らにも見せる。

 そこには上から順に【中央区ヴァンデイン軍需工場前】【20:00】【2000リヴォル】と縦に書かれている。

 『二十時に2000リヴォルを持って中央区にある軍需工場の前に来い』という解釈でまず間違いないだろう。

 間違いなく二十時には犯人たちの一味が工場の前に現れるはずだ。そいつを捕まえて監禁場所まで案内させるのが一番簡単な方法だが。

 

「監禁された子供たちはかなりの重圧(ストレス)を抱えているはずだ。十分な食料を与えられているとも限らない。それに、こうしている間にもどこかに売られている子がいるかもれないことも考えると、二十時まで何もせずに待っている気にはなれないな」

 

「確かにケントさんのおっしゃる通りです。でも、それではどうやって子供たちが閉じ込められている場所を特定するんですか? ヴィータちゃんと念話ができない以上、手掛かりは犯人が残したその紙だけですよ」

 

「いや、手掛かりはまだある」

 

 シャマルの指摘に首を振って俺はそう言った。

 シャマルは怪訝そうに首をひねる。

 そんな彼女や他の者たちに説明するために俺は言葉を続ける。

 

「ヴィータをさらう時、犯人はものすごい速度で馬を走らせていただろう。街中であんな危険なことをしていたらかなり目立っていたはずだ。間違いなく大勢の人間がそれを目にしていたと思う」

 

「ケント君の言うとおりだ。いつも人通りでにぎわっているリヴォルタの道を、馬で通ろうとする人は滅多にいない。たまに荷物や他国の貴人を乗せた馬車が通るくらいさ。それもかなり速度を緩めてね。なにしろ一定以上の速度で馬や馬車を走らせることは、都市法で禁じられているんだから」

 

 リヴォルタで生まれ育ち街の慣習や法に精通しているらしい、ウィラードがそう説明してくれる。

 そこでやっと騎士たちも俺が言いたいことに気付いてくれた。

 

「女の子抱えて馬で走り回ってた奴を見てないか、聞き込みをしていけばいいわけだね。確かにそれなら犯人の居場所なんてすぐに分かるかも……待ってろよヴィータ。すぐアタシらも加勢に行ってやるからな」

 

 合点がいった様子でティッタは、自分の左手の手のひらに右手の拳をぶつける。

 

「なるほど、その手がありましたか。しかし主ケント、ヴィータがさらわれてから、今まで思案する間もない中で、よくそんなことに気付きますね。こういった捜索に国王が立ち入ることなど、ほとんどないものと思っていましたが」

 

 シグナムの言葉に俺は思わず「ああ」と返す。

 シグナムが言うように国王などの貴族が、事件の捜査や犯人の捜索に関わることはほとんどない。例外はおそらく俺とクラウスぐらいだろう。

 

 

 

 

 

 あれは四年半前、俺がシュトゥラに留学中に起こった事だ。

 その日は休日で、俺とクラウスが王都の通りを歩いていた時にそれは起こった。

 俺たちの目の前で道を歩いていた桃色の鞄を持っていた老婦が、ある男とすれ違った時にその男から力ずくで鞄を奪われるという事が起きたのだ。俺とクラウスは鞄を取り戻すためにすぐに男を追ったが、奴の逃げ足は思いの外早く、その上、奴が逃げて行く先を通っていたのは老人や主婦ばかりで加勢を頼むこともできなかった。

 そうこうしている間に男は路地に入っていき、その中は複雑に入り組んでいて、俺たちはとうとう男を見失ってしまった。

 犯人を取り逃がしてしまったことにクラウスは落ち込み、俺の方も追いかけ方がまずかったのかと、しばらくは悔やんでばかりいたが、ふと思った。

 あの男が老婦から奪った桃色の鞄は、あの男が持つにはかなり不釣り合いだ。その上、あいつはまだ俺たちが自分を追いかけていると思って、逃走を続けている可能性は十分ある。

 桃色の鞄を持って走る男、はたから見たら結構怪しいのではないか。

 そう考えた俺は肩を落とすクラウスにそれを説明して、追跡を続行することにした。途中で出くわした者に「桃色の鞄を持って走る男を見なかったか?」と聞きながら。

 その結果、俺たちは路地裏にある店で男が休んでいたところを発見することができた。

 その後はクラウスが男の腹に一発入れて気絶させ、鞄を取り戻してから、気絶したままの男を担いで衛兵に突き出し、鞄を老婦に返すことでこの事件は解決したのだった。

 

 

 

 

 

「――とまあ、今回の件はあの時のものによく似ていてな。それですぐに犯人を追跡する方法を思いついたんだ」

 

 俺の説明に騎士たちは、主らしいと納得した様子を見せる。

 

「そうだったのですか。確かに主ケントとクラウス殿ならその様子が目に浮かぶようですな。しかし、大変な思いをしたというのに、ずいぶん楽しそうに話をされますな主」

 

 ザフィーラにそう言われ、俺は自分の表情が緩んでいたのに気づく。

 確かにあの時、ひったくりを捕まえて老婦の持ち物を取り返した時は、かなりの充実感があった。率直に言えば楽しかったのだ。俺も、おそらくクラウスも。

 

「ケントさんは案外自警団とか、直接街の平和を守る仕事が向いているのかもしれませんね――あっ! いえ今の仕事が向いてないとか言ってるんじゃなくて」

 

「いいよシャマル。それは俺も常々思っていたことだ」

 

 口を滑らせたシャマルをなだめながらつくづく思う。

 自国の発展のためとはいえ、こうして直接立場を忍んで他領を視察したり、ならず者を追跡したり、そんなことは人に任せる類の役目だ。王のすることではない。

 

 おそらく俺は王に向いていないんだろう。

 万が一、グランダムが廃国したり王政が廃止された場合、自警団でも組織して、生計を立てるのも悪くないかもしれない。今ここにいないヴィータ一も一緒にな。

 まあ、あくまでただの空想だ。王政廃止はともかく、民のためにも、グランダムを廃国させるような事態は避けたい。それにこの状況からヴィータの居場所を突き止めるくらいできないと、そんなことも到底叶いそうにないだろう。

 

「では、追跡開始と行くか。まずは男が向かっていった中央区に続く通り道で聞き込みをしていきながら、奴の後を追うぞ」

 

 俺の言葉に騎士たちも表情をあらためる。

 

「ああ、待ってくれ君たち!」

 

 これからヴィータを助けに行くぞと意気込む俺たちにウィラードが声をかけてきた。

 

「ウィラード……まさか、あなたもついていくと言い出す気じゃ」

 

 まさかと思いながら俺は彼の方を向く。

 ウィラードの体型にたるみはなく、どちらかといえば痩せ型だが、お世辞にも屈強な体格とは言い難い。

 率直に言って、とても荒事に慣れているようには見えない。そんな彼を悪党たちの拠点にまで連れて行きたくはないが。

 

 ……いや、本当にそうか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そこでふと気づいた。

 闇の書を入れてある懐のあたりが熱いのだ。まるで『この男には気をつけろ』と、闇の書が警告を発しているように。

 疑念を抱く俺の気も知らず、ウィラードは今まで彼の手にあったあるものを掲げながら、

 

「いやいや。私までついていってところで君たちの足手まといにしかならないよ。ただ、せめて最後にこれを君に渡しておこうと思ってね」

 

 そう言ってウィラードが俺に渡してきたのはうさぎのぬいぐるみだった。

 ヴィータのために俺が、娘のためにウィラードが、それぞれ手に入れようとしたぬいぐるみだ。

 それを差し出そうとするウィラードに俺は尋ねる。

 

「……いいのか? あなたもご息女のためにこれを買おうとして――」

 

「いいさ。あんなことが起こってなおも、ぬいぐるみ一つに固執するほど狭い心を持っているつもりはない。労いも込めて、それは君からヴィータ君に渡してあげるといい。私はもう少しここいらをぶらぶらしながら娘への贈り物を探すことにするよ」

 

 そう言って笑みを向けるウィラードは感じのいい好人物だ。これほどの人物なら、家族や部下からかなり信頼されているに違いない。

 ……俺の気のせいか。

 

「それでこれは参考程度にしてほしいんだが、これから聞き込みをしていくのなら『北西区』に向かいながらにするといい」

 

「北西区?」

 

 その言葉を聞いて、俺は思わず聞き返してしまう。

 リヴォルタに来る前、この街については何度か調べたが、そんな街区があるなんて一度も聞いたことがない。

 リヴォルタの街区はその名の通り、街の中央に位置する中央区と、そこから延びている東西南北の四つの区のみだ……まさか。

 俺の脳裏にある予感が浮かぶと同時に、ウィラードがそれを裏付けることを告げてくる。

 

「そう。西区の北側にある、失業者と移住拒否者が集まる治安も環境も悪い地区……いわゆるスラム街さ」

 

 

 

 

 

 

 同時刻、中央区の広場。

 

 ベンチの側に立っている金髪の男と青髪の筋肉質の女のところに向かって、カリナとライラ、フォレスタの三人がやって来る。

 金髪の男は三人の方に顔を向けながら、カリナに声をかけた。

 

「ようカリナの姉貴。その様子だとまたカジノで一稼ぎしてきたとこか?」

 

「ああ。それでこれから東区の料亭あたりでぱーっと騒ごうと思ってたとこだったんだけど。アロンドの奴がいなくなったって?」

 

 腰にいくつも括り付けた金貨がたんまり詰まった袋を見せびらかすように歩きながら、カリナは金髪の男サガリスとその横にいる青髪の女トリノに尋ねる。

 それにトリノがうなずき、さっきから手に持っていた四つに折られた紙を掲げてみせた。

 

「そうだ。それで私とサガリスは、アロンドがいつも昼寝していたここを探していたんだが、ついさっきそこのベンチでこんなものを見つけたところだ」

 

 そう言ってトリノはカリナに向かって紙を放り投げる。

 カリナはそれを掴み取ってすぐに開く。

 その紙には上から順に【南区噴水前】【19:00】【3000リヴォル】と書かれていた。

 カリナは上二つは気にも止めず、最後の3000リヴォルだけを見て鼻で笑う。

 

「3000リヴォル……はっ! 安い。そんなんじゃ安すぎるよ。私らに()()()()()()には」

 

 おどけてそんな戯言を言うカリナに、フォレスタはため息をつきながら言った。

 

「その3000リヴォルというのはアロンドの身柄と引き換えに犯人たちが要求している身代金であって、僕たちへの報酬の事ではないと思いますがね。……それでどうします? 19時まで待ってたら、とっくに犯人たちが皆殺しにされていると思いますよ。誘拐された他の子供たちもろとも」

 

 フォレスタの立てた予測にカリナは笑みを消して舌打ちをする。

 

「そいつはまずいね。雇い主からまだ都市では騒ぎを起こすなって言いつけられてるのに。二月前も“あいつ”が起こした宿の一件で絞られたんだぞ」

 

「あいつねぇ……奴はまだ仕事中かい?」

 

 サガリスの問いに、カリナは気だるそうに髪を上げながら答える。

 

「ああ。こんなことに奴まで駆り出す必要はないだろう。奴はまだ私らに馴染めていない。言うこと聞かないどころか、下手すりゃアロンド以上に暴れかねないぞ。あそこを完全に滅ぼすまでな」

 

「あそこ……では()()()()アロンドを連れ去ってしまった連中はやはり」

 

 察しがついた様子のフォレスタに、カリナは笑みを向けて言った。

 

「ご名答! 悪党がたまる場所っつったらやっぱいあそこしかないでしょう。リヴォルタの掃きだめともいえる《北西区》ぐらいしか!」

 

 

 

 

 

 

 北西区にある小屋の片隅にある倉庫。

 子供たちが閉じ込められている倉庫の中で、ほとんどの子供が生気を失った目で膝を抱える中、彼らとは対照的に立ったままのヴィータと、ふてぶてしく片足を立ててふんぞり返る黒髪の少年アロンドが対峙していた。

 

「お前は他の奴と違って元気そうだな。まださらわれてきたばかりなのか?」

 

「そうだ。今日の昼に広場で寝てるとこを馬に乗せられた」

 

 さらわれた時のことをなんでもない事のように言うアロンドに違和感を覚えながらも、ヴィータは気の毒そうな表情を見せる。

 

「そっか、そりゃあお前も災難だったな。でももう少しだけ待ってろ。そうしたらおまえもすぐに家に帰れるようにしてやるからな」

 

「はっ? お前が?」

 

 ヴィータから激励の言葉をかけられたアロンドはきょとんとした顔をする。しばらくアロンドはそのまま呆然とするが、やがて彼の口からはクククといった声が漏れ、

 

「クク……ハハ、ガハハハハハ! 俺をここから出すだって? ハハハハ! こりゃ面白い! お前みたいなジャリが俺を助けようなんて、面白いギャグじゃねえかハハハ! こりゃ傑作だ!」

 

 こらえきれなくなったように、アロンドは腹まで抱えて大笑いした。

 

「な、なんだよ? あたしがお前らを助けてやるってんだ。それの何がおかしい?」

 

 理不尽な目にあった少年を励まそうという厚意を、爆笑なんて形で踏みにじられたヴィータはむっとする。

 ヴィータの言葉に元気づけられて笑えるようになったなんてものじゃない。言葉の内容といい笑い方といい、明らかにヴィータを馬鹿にしている。

 アロンドはしばらくしてようやく笑うのをやめて、腹をさすりながらではあるが大人しくなった。だが、口元はまだニヤついたままでそれを隠そうともしない。

 

「おかしいよ。おかしいとも。お前みたいなジャリに何ができるっていうんだ? 俺みたいに“エクリプス”と適合しているわけじゃあるまいし」

 

「エクリプス? いや、そんなことより誰がジャリだ? あたしからすりゃお前の方がジャリガキだっての」

 

 ヴィータは聞きなれない言葉に眉をひそめるもそれを流し、アロンドから言われた言葉をそのまま返す。

 

「はんっ、お前にはわかんねえか。まあいい。俺に口答えできるその威勢の良さは買ってやるよ。そこの奴らよりはよっぽど骨があるってもんだ」

 

 アロンドは部屋の隅の方を見て、ヴィータもその視線を追う。

 そこには虚ろな目で座り込む子供たちばかりがいた。ヴィータとアロンドの口喧嘩にも反応することはない。

 無邪気に街を駆け回っていたところを突然連れ去られ、こんなところに閉じ込められた子供たちが負った心の傷はそれほど深い。

 そんな子供たちの姿を目の当たりにして、ヴィータは言葉を失った。それを考えればアロンドはよく大笑いできるものだ。空元気なのかもしれないがある意味感心する。

 

「お前がお気楽すぎるだけだろう。まあ、ふさぎ込んでるよりはましか……お前名前は? あたしはヴィータ」

 

 ヴィータの問いにアロンドは笑みを消して、少し考えるそぶりをしてから言った。

 

「アロンド……アロンドと呼べ」

 

 賊に閉じ込められた倉庫の中で出会った二人は互いに名乗り合う。未だに相手の正体も知らないまま。

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