グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第34話 フッケバイン傭兵隊

 リヴォルタの都市とその周囲にいくつもある農村では、互いの間で頻繁に人々の移住が行われている。

 まず村から都市へ移住する例。リヴォルタでは採れた収穫物を売ることである程度富をたくわえた村人が、都市へ移住する事が多い。他国でも村から都市へ移住したいと思う者は多いが、彼らが住む農村はすべて領主の統治下にあり、村人は度々税を取られ都市へ移住するほど蓄財ができないため、ほとんどが自分が生まれ育った村から出られないままその一生を終える。

 だが、ごく稀に秀でた才を持つ者が村から脱走して都市でその才を発揮し、成功を収めて華やかな生活を送ることができる者も中にはいる。

 その反対に都市から村へ移住する例は、リヴォルタくらいでしか見られない。

 リヴォルタでは競争に敗れて廃業したり、勤め先から逃げて職を失った失業者や生活に困るほどの低所得者に、村への移住を勧める政策が取られている。

 村人が都市に移り住めば彼らが耕していた田畑は野ざらしとなり、結果的に村ひいてはリヴォルタ自治領内の食料生産率は落ちてしまう。その穴を埋めるために都市内であぶれた失業者などを村へ移住させ、耕作人がいなくなった田畑を耕させる制度がリヴォルタにはある。

 この移住政策は都市の屋外で座り込んで生活する浮浪者を減らす副次的な効果も出しており、街の景観維持や犯罪の防止にも役立っている。

 だが、市に言われたからといって素直に都市から出て行く者ばかりではない。都市民としての誇りを捨てきれず、農村への移住を拒否する者も中にはいる。しかし金がなければ生活できない。

 そんな彼らが辿るのは、窃盗などの犯罪を犯して自警団に捕まり厳罰を受けるか、もしくは治安の悪いスラムに自ら移り住むか。

 

 《北西区》と呼ばれる地区はそんな失業者や犯罪者が集まった、リヴォルタに唯一存在するスラムである。

 元々は西区のはずれにある人口が少ない区画だったのだが、失業者や自警団の手を逃れた犯罪者たちがそこに住み着き、生活環境や治安を悪化させたことでスラムと化してしまった。今や市当局も匙を投げて、北西区には手を出そうともしない。

 

 日が赤くなって、辺り一面薄暗くなってきた頃。野盗にさらわれたヴィータを追って、ウィラードの助言と謎の令嬢一行を含めた目撃者たちの証言を元に、俺たちはこの北西区にやって来た。

 

 

 

 

 

 北西区の建物はほとんどがあちこちに傷が入ったり、塗装が剥げるなど劣化が著しい、廃屋と呼んでいいものばかりだった。それにも関わらず建物は服が干されたままになっていたり、時折人が出入りしているのがところどころで見える。

 屋外では道の隅に敷物を敷いてその上に座っていたり、あるいは地べたにそのまま座り込んでいる浮浪者があちこちにいる。その上、放置されたごみが道端にそのまま散乱しており、それらが合わさることで北西区全体が耐え難いほどの異臭で満ちていた。

 その異臭をもろに嗅いだ俺たちは顔をしかめる。その中でも特に、

 

「うっ――こほっ、こほっ」

 

「シャマルさん、辛そうだね。大丈夫?」

 

「ありがとうティッタちゃん。私なら大丈夫よ」

 

 あまりの悪臭に咳き込むシャマルにティッタは声をかけ、シャマルは袖で口元を抑えながらだが気丈にそう返して見せる。

 

「どうしても耐えられそうにないのなら、シャマルは西区で待っていてもいいんだぞ。子供の誘拐を生業とする賊程度に俺たちが苦戦するはずはない。この程度の事でお前まで無理しなくても――」

 

 俺がそう言うとシャマルは首を横に振って、それを拒絶した。

 

「いえ、私も一緒に行かせてください。私だってヴィータちゃんのことが心配なんです。それにたかが賊だと思って侮ってはいけません。そんな風に油断している時が一番危ないものなんですから」

 

「……悪い。そうだったな」

 

 シャマルの言うとおりだ。

 こちらがどれほど戦い慣れていて相手がどんなに弱そうでも、不意を突かれたところを斬りつけられたり、思わぬ方から矢や魔力弾を射かけられたりすれば、どんな強者でも命の保証はない。

 たとえ相手がひったくりや空き巣の類だろうと、侮っていい敵など存在するわけがないんだ。

 

「うう――ごほっ、ごほっ!」

 

 しかし、本当に辛そうだな。体質的には狼に近いものを持っている、ザフィーラの方がこたえそうな気がするが、彼の方はシグナムとともに先頭の方を黙々と歩いている。表情の方もいつもと変わりはないようだ。

 忍耐強いのか、それとも嗅覚を使って探索を行うことが度々あって、こういうことにも慣れているのか。

 

 

 

 

 

 

 ケントたちが北西区の捜索を始めたのとほぼ同時刻、同じく北西区にて。

 

 ベルカは禁忌兵器(フェアレーター)を用いた戦乱の影響で、空全体が暗雲で覆われるようになり、他の世界より暗くなるのが早い。

 もうある程度離れていると、明かりなしでは男女の区別も難しくなる時間帯だ。しかし、このスラム街は明かりというものがない上に、道端にはごみやガラクタが散乱して住民でさえ転ぶことがよくある。

 そんな状況にもかかわらず、道に転がっているごみ類に足をつまずけることなく、スラム街をずかずかと歩く女三人男二人の一行がいた。

 先頭を歩くカリナはスラムを見回しながら、後方で何かに耳を澄ませているフォレスタに声をかける。

 

「どうだいフォレスタ? アロンドからの返事は?」

 

「いえ、まったく応答なしです。思念通話だけでなくリアクターへの通信もしているのですが。思念通話の方は賊側が遮断しているのでしょうが、リアクター通信については間違いなくあの子が無視しているだけでしょうね」

 

 カリナの問いかけに、フォレスタは肩をすくめながらそう答えた。

 カリナはたまらず舌打ちをこぼす。

 

「ちっ、あのガキ面倒をかけさせやがって。例の大仕事が始まれば殺しなんて思う存分できるっていうのに。あの賊どももアロンドなんかをさらうなんて、馬鹿な真似をしてくれる。やっぱ事前に始末しておくべきだったか」

 

「まあまあ、そう荒れるなよ姉貴。この様子だとまだ外にまで騒ぎは広がってないようだ。今のうちにアロンドを見つけ出しておけば、賊と他のガキどもが死ぬぐらいで済むって」

 

 苛立つカリナをサガリスがなだめる。彼に続いて、

 

「そうだな。他の街区ならまだしも、スラム街でそれくらいのことが起こったところで、市民たちも大して気にもとめんだろう。二月前の宿に比べれば――」

 

「しっ! その事はあまり口にしないでください」

 

 トリノが“あの時の事”を言い出そうとした瞬間、フォレスタがそれを遮って、自身の口に人差し指を当てる仕草を見せた。

 いくらスラムとはいえ、それを堂々と触れ回るのはあまりに軽率に過ぎる。

 トリノは「そうだったな」と苦笑して、言葉の続きを引っ込めた。

 そんな彼らの会話に加わらず、あらぬ方を見ている者がただ一人。

 カリナはそれに気付いて彼女に声をかけた。

 

「どうしたライラ? アロンドが見つかったのかい?」

 

 あまり期待していない様子で尋ねてくる主に、顔を振り向けてライラは答える。

 

「……いえ、アロンドではありませんが少し気になる人たちが」

 

「気になる人だぁ? 色男でもいたのか? っつかお前が男に興味を持つことなんてあったのか。人間じゃないのに――」

 

「サガリス、黙ってろ! ……それであんたが気になる奴らって何だい?」

 

 カリナは相棒をからかうサガリスを一喝してから、ライラに再度尋ねる。

 

「……あの向こうから異質な反応が……魔力によって作られた体を持つ魔法生命体があそこにいます」

 

「魔法生命体……お前みたいなのか?」

 

 機械的に答えるライラにアロンドが再び突っかかりカリナがそれを止めようとするが、そうする間もなくライラはこくりとうなずいた。

 ライラと同じ魔法生命体。

 それを聞いて今まで浮ついていたサガリスとトリノは表情を改め、カリナはふむとうなり、フォレスタはある話を思い出してまさかと呟いた。

 カリナたちは、さっきまでライラが見ていた方へ目を向ける。

 

 そこには五人の男女がいた。

 先頭には頭巾をかぶった褐色肌で筋肉質の男と桃色髪の女剣士、その二人の後には気分が悪そうに口元を押さえながら歩いている金髪の女、その両脇には瞳の色が左右違う茶髪の少年と少女。

 

「……確かにどいつもただものじゃなさそうだね。それで、あんたと同じ疑似生命体ってのはどいつだい? もしかしてあいつら全員が?」

 

 カリナの見込みに、ライラは首を横に振って答えた。

 

「いいえ、前を歩く二人と後ろにいる三人のうち、中央を歩いている人たちです。後の二人はただの人間のようですね」

 

「ただの人間といっても、二人とも瞳の色が片方ずつ違っているけどね。多分どこかの国の王族といったところだろう。……ふむ、ライラみたいな魔法生物三体と王族が二人か」

 

「現代の闇の書の主とその騎士たちに当てはまるものがありますね。ただ、僕が聞いた話では闇の書が生み出す騎士は四体いるとのことですが……一体足りませんね」

 

 フォレスタの説明を聞いて、カリナは向こうの様子を眺める。

 カリナの視線の向こうで、彼らは暗闇に包まれていくスラムで懸命に目を凝らし、あちこちを見ながら歩いている。

 

(あいつら、何かを探している…………もしかして)

 

 向こうにいる五人の様子をしばらく眺めた結果、カリナはある結論に辿りつき、クククと笑った。

 

「なるほど、あいつらもはぐれちまった仲間を探しにここまで来たという訳か。こいつは面白いことになってきた」

 

 そんなリーダーの様子を見て、部下たちは肩をすくめる。

 カリナが何を考えているのか、彼女と短くない時を共に過ごした彼らにはわかる。その中でライラだけが彼らについていけずに、きょとんと首をかしげていた。

 

 

 

 

 

 

 曇天から漏れる夕日が色を失っていき、この地上はますます暗さを増していく。

 そろそろ松明が必要だと思い、俺はザフィーラに声をかけた。

 

「ザフィーラ、燃えやすそうな木の棒とか持っていないか?」

 

「ええ、ありますよ。観光が目的とはいえ万が一にということもありますので。実際こうして、明かりもない場所を歩き回る羽目になりましたからな」

 

 ザフィーラは背嚢を背中から外して片手に持ち、「少々お待ちを」と言いながら、その中に手を入れる。

 それからすぐに彼は背嚢から、細長い木の棒を取り出した。

 

「こちらです。よろしければ私が持ちましょうか?」

 

「ああ。頼む」

 

 ザフィーラの申し出に俺は素直に甘えることにする。

 主と従者という立場の事もあるが、ザフィーラは体格とともに背の高さもこの中では群を抜いている。

 俺よりもザフィーラが松明を持ってくれた方が、より高い場所まで照らすことができるだろう。

 

「シグナム、火を頼む」

 

「ああっ――」

 

 ザフィーラに言われてシグナムが魔法で火球を出し、木の先に火をつける。

 そうして火が付いた木の棒を松明として、ザフィーラは高々と持ち上げた。

 そこに――

 

「ふーん、松明かぁ。風情のあることしてるねえ」

 

「――っ!」

 

 突然脇の方から声をかけられ、俺たちは一斉にそちらを見る。

 

「松明か、懐かしいな。姉貴と旅を始めてからはあんなものを持つこともなくなったが、こうして誰かが持っているのを見ると、風情があってなかなか悪くない。トリノ、お前も後で持ってみろよ」

 

「断る。私がなぜそんなことをしなければならんのだ。持ちたいのならサガリスが持てばいいだろう」

 

 そこにいたのは五人の男女だった。

 二人の男と三人の女。男女比も俺たちとまったく一緒の集団だ。

 先頭にいる黒髪の女と金髪の男は腰に剣を差し、青髪のがっしりした体格の女は背中に斧を担いでいる。

 それを目にした途端、ザフィーラとシグナムは俺たちの前に進み出て、彼女らを阻んだ。 

 

「主、お下がり下さい」

 

「我々に何か用でもあるのか?」

 

 警戒心をあらわにしてすごむ二人を前に、黒髪の女は両手を振りながら口を開く。

 

「待った待った! 私らは追い剥ぎとかじゃないよ。むしろその逆、この街を平和を守っている傭兵さ」

 

「傭兵?」

 

 俺のおうむ返しに黒髪の女はうなずく。

 

「そっ。《フッケバイン傭兵隊》っていうの。知らないだろうなあ。たった六人の零細組織で、他の傭兵団からも馬鹿にされてるし。まあ、個々の実力で私らにかなう奴なんていないと自負しているけど……たとえ相手が最近巷を騒がせている守護騎士って奴らだろうとね」

 

 どこか嫌味をこもったような、その言葉を聞いて騎士たちはむっとする。守護騎士ではないティッタも含めて。

 

「そのフッケバイン傭兵隊が俺たちに何の用だ? 俺たちには別にやましいことなど何もないぞ」

 

 傭兵を名乗る相手に向かって、俺はそれだけを言う。

 傭兵と聞いて一瞬、彼女たちにヴィータの救出を依頼することも考えた。

 だが、リヴォルタで治安維持を請け負っている傭兵団は、どこも賄賂がなければ動かないほど質が悪く、金だけもらってまともに働かないということもよくあることだ。

 それに彼女らが本当に傭兵団なのかはかなり怪しい。たった六人の集団を、一傭兵団として市が認可するとは思えないからだ。

 自分からそれを言ってくるところは少し気になるが。

 

「いやなに、さっきあんたたちを見かけてから、ずっと様子を見てたんだけどさ……あんたたち、連れの誰かがバカな賊に誘拐されただろう。多分十歳前後くらいの見た目をした小さい子だと思うけど」

 

「――!」

 

 カリナの推測に俺たちは目を剥いた。

 

「……なぜそれを」

 

 思わず尋ねる俺にカリナは首を振りながら言った。

 

「大したことじゃないさ。あんたたちはさっきからずっと、あちこちを見ながらここを歩き回っていた。何かを探してる証拠さ。でも、あんたたちみたいにいい服着た奴らが、こんなスラムで探す物なんてせいぜい落とし物くらいだろう。だが、あんたらは足元じゃなく、まわりの建物を見ていた。誰かを監禁するのに使われそうなところをね」

 

 ……確かに彼女の言うとおりだ。俺たちは今まで、ヴィータや他の子供たちが監禁されていそうな場所を探してスラムをさまよっていた。

 

「おいおい、そう驚くんじゃないよ。スラムってとこに何度か足を運んでいれば、誰だってわかることさ。うちの馬鹿どもはともかくね」

 

 “うちの馬鹿ども”という言葉に、彼女の部下らしき三人がすぐさま文句を言うが、黒髪の女は聞く耳持たない。部下たちの文句を右から左に聞き流し、女は続けて言った。

 

「まあ、さすがの私もそれくらいじゃ誘拐にまでは考えが及ばないとこだけど、そこはうちらもあんたたちと同じ事情があるからね」

 

「同じ事情だと? ……まさか」

 

 俺が抱いた予測を、黒髪の女は首を縦に振って肯定した。

 

「ああ。私らの仲間が紙切れ一枚を残して姿を消したんだ。多分、これと同じものをあんたも持っていると思うけど」

 

 そう言って黒髪の女は、懐から小さく折りたたまれた紙を出してきた。

 シグナムと何言か言葉を交わしてから、俺は松明を持つザフィーラを伴い、女に近づいてその紙を受け取る。

 そこに書かれていたのは、ヴィータをさらった者が落とした紙に書かれてあるものとほとんど同じ内容だった。

 

「どう? それでわかったろ。あんたたちの連れも私らの仲間も、同じ連中に連れ去らわれたってことが」

 

「ああ。どうやらそのようだな。それでお前たちは一体何が言いたいんだ? 俺たちにこの件から手を引けとでも?」

 

 俺の懸念に黒髪の女は「ノンノン」と、一本だけ立てた人差し指を左右に振って否定した。

 

「現在あんたたちと私らは同じ場所を目指していて、目的も似たようなもんだ。だったらここは一つ、手を組まない? 私らにはすでに連中が使っていそうな根城の見当がついている。そこまで一緒に行くだけでもいいんだけど」

 

 黒髪の女からの提案に、俺たちは顔を見合わせる。

 一瞬何かの罠かとも思ったが、ヴィータをさらった賊の一味が、傭兵隊を名乗って俺たちを拠点まで案内する意味が分からない。

 それにこいつらは明らかにただものじゃない。誘拐や人身売買で食いつないでいるような小悪党とは明らかに異なる。

 正直に言えば、賊よりはるかに得体が知れない。

 だが……だからこそ、この傭兵たちから目を離すべきではないのではと俺は思った。

 

「……その場所まで案内と協力を頼めるか?」

 

「主!」

 

 シグナムが口を挟もうとしてくるが、俺はそれを手で制して止める。

 目的地が同じなら提案を断ったところで意味がない。それに彼女たちの方がスラムには詳しそうだし、今はヴィータと合流するのが先決だ。

 

「話は決まりだね。私は傭兵隊の隊長、カリナ・フッケバイン。ほんの少しの間だけどよろしく頼むよ」

 

 黒髪の女、カリナはそう名乗って右手を差し出す。

 

「ケント・セヴィルだ。お互い大切な仲間を取り戻すため、全力を尽くそう」

 

 俺も右手を出して互いに握手を交わし、カリナは俺に笑みを向けてきた。

 

(ケントね。グランダムの王様がそんな名前だったっけ。じゃあ、やっぱりこいつが闇の書の主ってわけだ)

  

 それからカリナは俺から手を離したかと思うと、おもむろに腰につけた巾着(ポーチ)をまさぐり始めた。

 

「じゃあ、まずはお近づきの印に」

 

 それを見たシグナムたちはとっさに構える。

 それに構わず、カリナは巾着からある物を取り出し、それをシャマルに放った。

 シャマルは慌ててそれを両手で受け取る。そして意外そうな目でそれを眺めた。

 

「――これは」

 

 シャマルが黒髪の女から受け取ったのは、液体が入った小さな小瓶だった。俺には見覚えがないものだ。

 だが、シャマルをはじめ、うちの女性陣たちはそれが何か察し、ザフィーラも匂いでそれが何か想像がついたらしい。その小瓶に入っている液体の正体を知らないままなのは俺だけのようだ。

 

「香水だ。あんたにはこのスラムの匂いはかなりきついらしい。そいつをつければいくらかマシになると思うよ。他の人たちもよければどうぞ」

 

 そう言い残してカリナは自分の部下たちのもとに戻り、何事か話した後、彼らを引き連れて再び俺たちのもとへと戻ってきた。

 

 そうして俺たちはフッケバイン傭兵隊とともに賊たちの拠点へ向かう。互いの仲間を迎えに行くために。

 だが、心の奥底では誰もがすでに覚悟していたのかもしれない。俺たちとカリナたちは近いうちに剣を交えることになると。

 

 

 

 

 

 

 ヴィータとアロンドが倉庫から出た時には、すでに日の光は完全に届かなくなっており、外は真っ暗だった。

 ここら一帯で唯一灯がともっているのは、倉庫から少し離れた大きめの家だけだ。間違いなくそこが賊の拠点なのだろう。

 

「いいかアロンド。危なくなったらすぐに逃げるんだぞ。それがお前を連れて行く条件だ。何なら今すぐ戻っても――」

 

「あんな奴らに俺が後れを取るなんてありえねえよ。お前こそ後のことは全部俺に任せて、ガキのお守りでもしてたらどうだ」

 

 賊たちがいる家を前に、ヴィータとアロンドはそんな言葉を交わす。

 ヴィータはアロンドに対して、未だに不安をぬぐい切れずにいた。

 アロンドは傭兵隊の一員として、年齢にそぐわぬ洞察力と判断力を持っている。しかし、それでも十歳にも満たない子供に変わりはない。子供の姿をしているだけで百年以上は活動しているヴィータと違って。

 そんな彼が盗賊たちを倒せる力を持っているとはとても思えない。

 それなのに、なぜ自分はアロンドの同行を許してしまったのか。

 勝手な真似をされるくらいなら自分の目の届くところにいた方がまだ安全だと判断したのか、それとも初めて自分と同じ目線で話をしたアロンドという少年に何らかの感情でも芽生えたのか。今のヴィータにはそれを知る由もない。

 

「よし。それじゃあ行くか」

「待て!」

 

 拠点に踏み込もうと足を踏み出すヴィータを、アロンドが引き止める。

 

「何だよ? まさか今になって怖気づいたのか?」

 

 いざこれからという時に水を差された事にヴィータは文句を言うが、アロンドは反応を示さずに、賊がいる拠点を見回しているだけだった。

 さすがに苛つき、胸倉でも掴んでやろうかとヴィータは手を伸ばしかけたが、拠点を見回しているアロンドの表情がやけに真剣なことに気付き。

 

「……何を見ているんだ?」

 

「お前、あの家に正面の扉から入ろうとしてるだろう」

 

 思わぬ質問にヴィータは一瞬固まって、それからすぐに気を取り戻し返事をする。

 

「そうだよ。それがどうかしたか?」

 

「やめておけ」

 

「はっ? なんでだよ? お前やっぱり怖気づいて――」

 

「あの家の扉は正面だけじゃない。左側にも扉があるみたいだ。明かりがついてないから見落としがちだけどな」

 

 アロンドの指摘にヴィータは件の家の左側を見る。目を凝らしてみると、確かに他の壁とは違う色あいの扉らしきものが見えるような気がした。

 

「乗り込むのなら正面と左側の同時からだ。そうしないと討ち漏らした敵がもう片方から逃げ出してしまう。それを許せば、敵はガキどもを人質に取るために倉庫へ向かうだろうな。二、三人は見せしめに殺されちまうぞ。いいのか?」

 

「……アロンド、お前一体何者だ? その視力といい、洞察力といい」

 

 ヴィータの問いに、アロンドは頭をかきながら答える。

 

「別に。うちでは必須のスキルってなだけだ。それでどうする? 今の策だと正面と左側の両方から同時に踏み込まなくちゃならなくなるが。この期に及んでまだ俺にガキだから引っ込んでろなんて抜かすんじゃねえだろうな」

 

 アロンドに選択を突き付けられ、ヴィータは言葉を詰まらせる。

 彼の言う通り、もう一つの扉を放置してそこから賊を取り逃がすようなことがあれば、奴らは間違いなく子供たちを人質に取り自分たちに投降を迫ってくるだろう。その際、何人かは本当に殺されてしまうかもしれない。

 ヴィータはしばらく悩み、絞り出すような声で言った。

 

「あたしは正面から行く。アロンド、左側は任せるぞ」

 

「おう! 大船に乗った気でいな」

 

「……今だけはその大口を当てにしてるからな」

 

 そう言ったきりヴィータは黙って正面の扉に向かい、アロンドは左側にあるもう一つの扉に向かう。

 ヴィータはただこの作戦がうまくいくことを願い、その一方でアロンドは己の欲求を満たすための算段を立てていた。

 

(これでなんとか奴の目を盗む下地を整えることはできたな。皆殺しはもうあきらめるしかねえが、せっかくここまで来たんだ。せめてこそこそ隠れてる奴を一人か二人くらいは。

 後はお前の正体を余すことなく姉ちゃんに報告することでチャラにしてやるぜ、守護騎士様よぉ)

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