グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第36話 打ち上げ

 北西区でヴィータや傭兵隊に所属しているアロンドという子供と合流し、この二人によって倒された賊たちも現場に駆けつけてきた自警団によって連行されていった。

 その後、俺たちはカリナたちフッケバイン傭兵隊とともに北西区を後にしたが、その道中彼女たちから互いの仲間の無事と事件解決を祝っての食事に誘われた。これにはやはりシグナムあたりがいい顔を見せなかったものの、最終的に俺たちはその誘いを受けることにした。

 

 理由はいくつかある。

 一つ目はカリナたちに案内された場所には本当に賊と子供たちがいて、賊たちの捕縛によってカリナたちがその一味などではないということが明らかになったため。

 二つ目は賊の拠点を発見するためにここまで協力してもらっておいて、事が終わった途端にカリナたちと距離を置くような真似は個人的に気が咎める。

 それに今後リヴォルタでまた何か起きた時に、再び彼女らに助力を仰ぐようなことがあるかもしれないことを考えると、彼女らと親睦を深めておいて損はない。

 

 そして三つ目、カリナたちとの会食にヴィータが賛成していることが最も大きな理由だ。

 誘拐団はほとんどヴィータとアロンドが壊滅させたらしいとはいえ、一応ヴィータは助けてもらった側の人間ということになっている。そのヴィータが会食に賛同しているのなら、シグナムたちもそう強くは言えないのだろう。

 しかし、これは正直予想外だ。いつものヴィータだったら「なんであたしが見ず知らずの連中と」とか「勝手にすれば」などと言ってきそうなものだが、今回に限っては少し考えるそぶりは見せたものの、すぐに「いいんじゃない。あたしは別に構わねえよ」と言ってきたのだ。この返答は本当に予想外だった。

 ただ、その理由については考えられることがないこともない。

 それは賊の拠点にてヴィータとともに行動を共にしていた、アロンドという少年の存在だ。

 まだ年端も行かない子供にも関わらず、優れた分析力と洞察力を持っており、それをもってヴィータに協力して賊の捕縛に一役買ってくれたらしい。

 ぶっきらぼうで負けず嫌いなど、この二人は似ているところも多いため、結構話が合うのかもしれない。その上、アロンドは色気づいてきた女子(おなご)たちが、放っておかないほどの端正な容姿をしている。

 それを踏まえるとアロンドから距離を取りながらも、彼の方をちらちらと見ているヴィータの姿はまるで……いや、まさかな。

 

 

 

 

 

 そのような経緯もあって、俺たちは傭兵隊の面々に案内されるがまま、西区にある風呂屋にてスラムでこびりついた匂いを洗い流し。飛行魔法で東区へ飛び――その途中またもや塔兵に捕まる事態が起こったが、傭兵業の合間に自警団もしているという、カリナたちの事は塔兵もよく知っていたようで、彼女らが声を掛けたらすぐに引っ込んでいった――俺たちと傭兵隊は東区にある料理店に辿り着くことができた。

 

 この店の外装と内装はほとんどが木造でできていて、周囲の建物と比べるまでもなく独特な形状をしていた。このような建物は見たことは今まで一度もない。

 カリナ曰く、ベルカから遠く離れた異世界にある『ニホン』という島国の建物を模倣したものらしい。

 そう言えば、今日の昼間に立ち寄った店の従業員も、東区の料理店のことを勧めてたな。ここがそうだったのか。

 

 ベルカにある多くの料理店では、広い室内にいくつもの卓と席を並べてそこに客を座らせる形式のものが取られているが、この店では屋内をいくつもの個室に分け、その中に一組の客を入れる形式が取られている。

 店内の個室には一つずつ幅が広い卓が置かれており、卓の前には椅子が置かれておらず、客は皆そのまま床に座って食事をとるらしく、個室に入る前には靴を脱がなくてはならないそうだ。

 従業員の服装や料理もまた、今までに見たことがないものだった。注文を聞いたり料理を持って店内を歩き回る女給は、いずれも丈の長いローブのような服を着ていて、彼女らが運んできた料理も昼間のなんとかメン同様初めて見るものだった。その料理の前には、(ハシ)という、二本の短い棒のような食器が置かれていて、この店ではそれを使って食事をするらしい。

 女給に頼めばフォークとナイフに変えてくれるらしいが、カリナたちが平然と箸を使っているのを見ると、意地でも箸とやらを使って食事をしようと思った……のだが、それこそが俺たちにとっての最初の難関だった。

 何しろ箸なんて今まで使ったことはおろか、見たことさえない。一見しただけでは箸をどう使って食事をするのかがわからず、カリナたちが食べるところを見てそれを真似してみたが、俺たちでは箸の先を広げたり閉じたりできなかったり、具をうまく掴めなかったりして、始めのうちは難儀していた。しかし「ペンと同じ持ち方をすればいい」というカリナの助言を試してみてからは、さっきまで苦戦していたのが嘘のように、うまく箸が使えるようになった。それでもヴィータあたりはまだうまく持つことができずにいたが。

 聞いた話によるとカリナとサガリスはニホンに行ったことがあり、そのためこの店で見られるようなニホンの風習には慣れているらしい。

 

 箸が使えるようになれば、その後は至福のひと時だった。

 俺たちが今食している料理は、野菜が多くて肉類が少ないにもかかわらず、どれも美味しいものばかりだった。特にてんぷらとさしみ、すしは絶品だ。調味料も使わずに野菜と魚の切り身があんなに美味になるなんて。

 初めて食べたためというのもあるのだろうが、俺たちはすっかりこの店の料理の虜となった。

 特にシグナムはよほどお気に召したらしく、傭兵隊はおろか、他の守護騎士とも話をせずに、目の前の料理をパクパク食べている。

 そこまで気に入ったならグランダムに帰る前に、あと一度はここに寄って自腹でおごってやってもいいだろう。

 そして極めつけは、しょうちゅうという小さな杯に注がれた透明色の酒だ。すっきりした味わいでワインやビールとはまた違った旨味がある。

 ただワインなどと同様に、こちらの酒も十六歳未満*1の者は口にすることができない。

 そのためほとんどの者が料理とともに透明色の酒を酌み交わす中、ヴィータは果汁水を、アロンドとライラは『コーラ』という黒い水を飲んでいた。

 アロンドはともかく、ライラは俺たちと変わらない齢に見えるのだが下戸なのだろうか? だとしたらもったいない話だ。

 自分から他者に話しかけることはほとんどなく、黙々と寿司とコーラを交互に摂っているライラにサガリスが声をかけてきた。

 

「ライラ、お前またコーラなんか飲んでんのか。そろそろお前も酒くらい飲めるようになれよ。飲んだら絶対に病みつきになるから。騙されたと思ってまずは一杯!」

 

 そう言いながらサガリスは酒の入った瓶を差し出してくるが、ライラはコーラの入った杯を握りしめたまま答える。

 

「いらない。酒なんてまずい物、主に命じられでもしない限り誰が飲むものか。寿司のお供はコーラに限る。寿司を食べた後に飲むコーラの味は、絶妙を通り越してもう至高の一言に尽きるんだ。それに比べたら焼酎やビールなんてただの苦い液体」

 

「ちっ、これだからいつまで経ってもライラは酒が飲めねえんだよ。じゃあその主に命令してもらおうじゃねえの……おい姉貴、今の話聞いてたんだろう? あんたからもこいつに言ってやれよ。人様からもらった酒くらいありがたく受け取れってな」

 

 ライラの主でもあるカリナにサガリスはそう求めるものの、カリナは首を横に振り、

 

「嫌だね。なんで私がライラの飲み食いするものに、いちいち口を挟まなければならないんだ。こいつのコーラ好きは昔からだ。好きにさせておけ」

 

「カリナ殿の言うとおりだ。本人が飲みたくないと言っているものを、無理に強要するのはあまり感心できんな」

 

「なんだと!?」

 

 彼らの話に口をはさんできたのはシグナムだった。シグナムは箸を卓に置き、サガリスを睨みつける。サガリスもまた、シグナムを睨み返してから瓶を突き出した。

 

「じゃああんたに付き合ってもらおうか。飲めるんだろう。さっきまで一人でちびちび飲んでいたんだから」

 

「……」

 

 シグナムは俺に流し目を送ってくる。

 先の経緯からカリナたちが盗賊団の一味ではなかったことは明らかになったが、彼女らを完全に信用したわけじゃない。シグナムをはじめ一部の者が危惧しているように、彼女たち傭兵隊がこちらに害意を持っている可能性は未だに拭えていない。そんな相手を前に泥酔した姿をさらしたくはなかった。

 しかし、シグナムに杯を突き出すサガリスの表情は険しく、これを断ろうものなら喧嘩に発展してしまいかねない勢いだ。

 

《シグナム、飲める限り付き合ってやってくれないか。限度を越えたら俺たちも止める》

 

《……承知しました》

 

 シグナムは深く息をついてから、渋々といった様子でサガリスに向けて杯を差し出す。その杯にサガリスはなみなみと酒を注いだ。

 シグナムはあふれそうなほど酒の入った杯を見て一瞬ためらう様子を見せるが、意を決したように杯を上に傾け、中に入っている酒を一息で飲み干す。

 その姿を見て不機嫌そうだったさっきまでとは一転、サガリスは嬉しそうに笑った。

 

「おっ、いい飲みっぷりじゃねえか! さあもう一杯。ここは全部姉貴のおごりなんだ。遠慮はいらねえよ!」

 

 そう言いながらサガリスはシグナムが持つ杯にどんどん酒を注いでくる。シグナムはもう観念したかのように言われるがまま酒を飲んでいく。俺の意図を汲み取ってカリナたちへの警戒は、ヴィータやザフィーラに任せることにしたのだろう。

 前述のとおり、ヴィータはアロンド同様酒が飲めず酔っぱらう心配はないし、ザフィーラも己を見失うまで飲み続けるような真似はしないだろう。

 その一方で……。

 

「ま~ったく、ヴィータちゃんってば~、アロンド君と二人だけで敵をやっつけちゃって~、これじゃ私たちが助けに行った意味がまるでなかったじゃな~い。……ゴクッ、ゴクッ、まったくこんなことになるならヴィータちゃんなんか放っといて、リヴォルタ観光を続ければよかったのよ。それなのにケントの奴がカッコつけながら『ヴィータを助けに行こう』なんて言い出すから私までスラムなんかに行く羽目に。しくしく」

 

「それは災難でしたね。シャマルさんの気持ちは僕もよくわかりますよ。隊長やアロンドをはじめ、傭兵隊の皆には僕も振り回されてばかりで」

 

 ザフィーラとは逆に、シャマルはすっかり酔った様子でフォレスタに管を巻き、フォレスタはそれにうんうんとうなずきを返している。普段から相当溜め込んでるんだろうな。すっかり出来上がっている。

 

「やっぱり! フォレスタさんもそうでしたか。私のとこもそうなんです。ヴィータちゃんは毎回毎回勝手なことするし、ケントは今までの主と違って優しくしてくれるのはいいんですけど、むっつりなのが玉に瑕で、隙あらば私やシグナムの胸ばっか見てくるし」

 

 ――おいおい! 何てこと言い出しやがる。確かに彼女らの胸は大きいからついつい目に入ってしまうことはあるが、意図的に凝視したことは……一度くらいしかないはずだ。

 俺はそう心の中で弁解するものの、それが実ることはもちろんなく。

 

「…………」

 

「…………」

 

「へぇ……」

 

 シグナムとヴィータ、ティッタは冷たい目で、トリノとアロンドは呆れた目で、カリナはニヤニヤしながら俺を見つめていた。

 そこへ突然、誰かが後ろから俺の肩を勢いよくばんばんと叩いてきた。

 

「なんだよ! お前さん真面目ぶってて、結構そういうのが好きなんじゃねえかよ。それならお兄さんがいいとこへ連れてってやるぜ」

 

 俺の肩を叩いていたのはさっきまでシグナムに絡んでいたサガリスだった。

 サガリスはいつの間にか俺の横へ来ていて、俺の肩に手を置きながら赤らんだ顔を寄せてくる。

 酒臭い息をもろにかけられて顔をしかめる俺にかまわず、サガリスは思わぬことを聞いてきた。

 

「お前、カジノってとこに行ったことはあるか?」

 

「……ない。そんなもの生まれてから今まで一度も行ったことはおろか見たことすらない」

 

 とはいえ名前だけなら俺も聞いたことがある。カジノとは店全体、あるいは店の一部に設置された台や設備を使い、遊戯と称して各種の賭博が行われているという施設――一言で言えば巨大な賭場のことだ。グランダムの王都にも小さい賭場がいくつかあると聞いている。

 だがしかし、なんでまた胸の話から賭け事の話なんかに?

 

「そうかそうか! じゃあ、明日にでも俺がそこへ連れて行ってやるよ。西区のカジノは出禁喰らっちまったけど、お前の連れってことにしとけば俺もぎりぎり入ることができそうだしな」

 

「せっかく誘ってくれてるところ悪いが俺は結構だ。俺が今持っている金は、宿泊費や飲食代などの滞在費として用意したもので、賭け事に使うほど余分な金は持って来ていない」

 

「そうつれないこと言うなって。そこじゃあ何人かの姉ちゃんたちが客に酒を運んでくるんだがよ……何を隠そう、その姉ちゃんたちの格好が結構過激なんだ」

 

 なん…だと…?

 

「下着とほとんど変わらない格好の制服に、網タイツで覆われた脚とそれに似合うハイヒール、袖がなくて寂しい腕の先にある手首にはどこかの服から切り取ったようなカフスが付けられていて、トドメは頭とおしりに付いたうさぎの耳としっぽ! ――その名も『バニーガール』だ。どうだ、そそるだろう?」

 

 バカな! そんな恰好で給仕をしてくれる女子(おなご)がいる店がこの世にあるというのか。しかも、それが俺が住んでる国(グランダム)のすぐ南にあったなんて――。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 衆人の中にも関わらず、あられもない恰好をしたバニーガールが魅惑的な笑みで誘ってくる。

 そんな光景を想像していると……

 

「……」

 

「おめー、やっぱエロ主じゃねえか」

 

「ほら~、こいつやっぱりむっつりでしょ~」

 

「……それはまあ仕方ありませんよ。ねえカリナ」

 

「ククク、いいんじゃない。これくらいお盛んなら世継ぎの心配はしなくてすみそうで」

 

 ぐぬ、傭兵隊はともかく、守護騎士たちから注がれる軽蔑の視線は結構こたえる。

 ……しかし、こういうことに関して、一番きついことを言ってきそうな彼女はずいぶんおとなしいな。さっきから一度も声が聞こえてこない。

 そう思って彼女の方を見てみると、

 

「お兄様が行きたいなら行ってもいいよ」

 

 ――なに!?

 にこりと笑みを浮かべながら言うティッタに、俺は自分の目と耳を疑う。

 普段のティッタならこんなことは絶対言わない。どういう風の吹き回しだ?

 困惑している俺にティッタは「でも」と続けて――

 

「もしそこで有り金全部スルような事したら、お兄様が着ているその服丸ごと売っぱらって旅費にするからね♪」

 

 ……本気だ、この妹本気で言ってる。

 

「やっぱり俺はいいや。普通に観光を続ける」

 

「そうか。お前も結構大変なんだな」

 

 そう言ってサガリスはポンポンと俺の肩を叩く。同情してくれているためかさっきとは違い、その手に力は込められておらず、どこか温かみがあった。

 

 

 

 

 

 

 ヴィータとアロンドはそんなやり取りをしている二人を眺めながら、

 

「ったくあのバカ、リヴォルタに来てまで恥をさらしやがって。……アロンドはさっきの話に出てきたようなばに――なんとかみたいに露出が高い恰好してる女ってどう思う? やっぱお前もああいうの好きなの?」

 

「はっ? 興味ねえよんなもん。サガリスもあのケントって奴も、なんで女の体なんかに目の色変えるのか俺にはわかんねえ。そんなんよりもっと楽しい事なんかいくらでもあんだろうに」

 

 そう言ってアロンドは揚げた海老を口の中に放り込む。

 

「そっか。それならいいんだ。お前は当分そのままでいろよ。少なくともあいつらみたいに人前でああいう話をするような大人にはなるな」

 

「けっ、子供扱いすんじゃねえ! ぬいぐるみなんて幼稚なもんもらって喜んでるお前よりは十分大人だ!」

 

 ヴィータの側にあるうさぎのぬいぐるみを差しながらアロンドはそう言い切った。それにヴィータは、

 

「こ、これは、別にあたしはいらないんだけど、ケントがくれるっていうから、仕方なくだな」

 

「ふーん」

 

 相槌を打ちながら、アロンドはそのぬいぐるみをしばらく見る。

 

(その割には大事そうに傍に置いてんじゃねえか)

 

 そしてアロンドはあることを口にした。

 

「じゃあそいつ、俺が欲しいって言ったらどうするよ?」

 

「えっ!? アロンドがこれを?」

 

 ヴィータはぬいぐるみを抱えて、ぬいぐるみとアロンドの顔をかわるがわる眺め、

 

「それは……いや、あたしは別にいいんだけど……これをくれたケントの気持ちを考えるとちょっと……」

 

「…………」

 

 しどろもどろになりながら言葉を探しているヴィータを、アロンドは半目で見やってから、

 

「冗談だよ冗談。そんな怪奇本に出てきそうなうさぎ、くれると言われてもお断りだ。てめえが持ってろ」

 

 手を振りながらアロンドはそう言い放つ。

 ヴィータとしてはこれで彼にぬいぐるみを取られる心配はなくなったものの、かといってここで話を打ち切られてしまっては変に気を遣われたようで釈然とせず、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。

 

「どうだか。お前もほんとはこれが欲しいんじゃねえの? どうしてもっていうなら考えてやらなくもないけど」

 

「はっ、馬鹿を言え。なんで俺が」

 

(まさか、あのヴィータが子供と喧嘩をするところを目にする日がこようとはな)

 

 シグナムはぬいぐるみを巡って言い合いをしている二人を感慨深く眺めてから、蕎麦(そば)をすすっていたカリナに声をかける。

 

「カリナ殿も大変だな。あそこまで個性的な面々をまとめていくのは大変だろうに」

 

 カリナはすすっていた蕎麦を飲み込んでそれに答えた。

 

「それはお互い様だろう。あんたらも私らに劣らず風変りな連中じゃないか。それに慣れれば結構楽しいもんだよ。ああ見えて、同じ身の上に置かれたということもあって結束は固いしね」

 

「同じ身の上?」

 

 カリナが言ったその言葉にシグナムが眉をひそめた、その時。

 この部屋と廊下を隔てている(ふすま)ががらりと開いた。

 

 

 

 

 

 

 俺たちと傭兵隊の面々が思い思いに交友を深めていたところで、一声かけられることもなく突然紙の扉が真横に開き、そこから一人の男が姿を現した。

 紫色の髪に黒い瞳、そして首元には何人かの傭兵と同じ羽根の刺青が刻まれている。

 男は俺たちの姿を見ると、怪訝な顔をしながらこの部屋をぐるりと見回し、奥にいるカリナの姿を見つけるとそちらの方に視線をとめた。

 カリナは箸と灰色の麺が入った器を両手に持ったまま、部屋に入ってきた男に向かって声をかける。

 

「遅かったじゃないかヴァルカン」

 

 すると男もカリナに向かって、

 

「すまねえな、少し手間取っちまってよ。ったく、一般人の目がなけりゃあんな小物、すぐに息の根を止めて終わりなのにめんどくせえったらねえ。自警団の真似事も楽じゃねえな。……んで、何だこいつらは?」

 

 そう尋ねてから男はまた俺たちに目を向けてきた。

 

(《エクリプス》の適合者……じゃねえな。それに何だ、その二人は?)

 

 男は不愉快そうに守護騎士たちを眺め回すものの、俺やティッタを見つけた途端、その表情は驚愕と戸惑いが入り混じったものとなった。

 

「おいカリナ、何だこいつらは? なんで王族なんぞがあんたらと一緒にいる?」

 

 ヴァルカンは語気を強めて、再度カリナに問いを投げた。

 カリナは右手に持った箸を振りながらその問いに答える。

 

「さっき北西区で知り合ったんだよ。金目当てに子供を誘拐していたバカな奴らがそこにいてね。お互い、そいつらに取られた身内を迎えに行くために行動を共にしてたの。そんで意気投合して、仲良くお食事でもってことになったわけ。こいつらの立場に関してはお忍びってことで目をつむってやって」

 

 そこでカリナは俺たちに顔の向きを戻しながら言った。

 

「紹介するよ。こいつはヴァルカン。うちの傭兵隊の一員で最近入ったばかりなの。すまないねケント。こいつ警戒心が強くて、そのせいでこんな失礼を働いちまって。まあそこは若気の至りってことで許してやってくれよ」

 

(――ケントだと!?)

 

「いや、気にしていない。夕食の席に見知らぬ人間がいたんだ。思わず問い詰めたくなる気持ちはわからなくもない」

 

 肩を掴み続けるサガリスの手をほどきながら、俺は立ち上がってヴァルカンの前まで歩み寄る。

 

「グランダムから来たケント・セヴィルだ。よろしく」

 

 かりそめの名を告げながら俺は右手を差し出すものの、ヴァルカンは険しい表情をしたまま、

 

「……グランダムにケントか。そのまなこの色といい、すかした名前といい、まさかてめえ……」

 

 何かを言いかけたかと思うと、ヴァルカンは俺の手を握り返すこともなく、そのまま背を向けた。

 

「おいヴァルカン! どこへ行くんだい?」

 

「近くにある酒場で飲んでくる。飯もそこで適当に済ませるから俺の事は気にしないでくれ」

 

 それからヴァルカンは数歩歩いて廊下に出て紙の扉に手をかけるが、その際に横目で俺を見ながら、

 

「命拾いしたな」

 

 そうつぶやいて勢いよく紙の扉を閉め、足音を鳴らしていきながら、ヴァルカンは去っていってしまった。

 

「悪いね。あいつグランダムって言葉を聞くたびに、機嫌が悪くなっちまうんだ。まっ、あいつの故郷はその国に滅ぼされたって話だからね。それを思うと無理もないよ」

 

「――えっ!?」

「そうなの!?」

 

 俺とティッタはほぼ同時に声を上げる。

 

「彼の……ヴァルカンの故郷とは?」

 

 唇を震わせながら問いかける俺に、カリナはほんの少し間を空けてから答えを返した。

 

「……『ディーノ。』。四月くらい前に戦争に負けて、グランダムに併合されちまった国さ。それまであいつはディーノ領内の村に住んでたんだけど、お国が滅んじまったのがきっかけでここに移り住んできたのさ」

 

 ディーノ……まさかここでその名を聞くことになるとは。

 

 ディーノ王国。かつてグランダムの西に隣接していた国……だった。

 ディーノは聖大陸を二分しつつあるダールグリュン帝国に服従を誓った属国でもあり、その尖兵として我が国に野心を持ち、度々挑発するような言動を取ってきた。

 そしてとうとう四ヶ月前に戦が起こるものの、ディーノは戦に負けて国家としては解体。領土はすべて我が国が接収することになった。

 

「ディーノ出身……彼が」

 

「ああ。私もそこであいつと会ったんだ。間違いない」

 

 その国の名を思い出して目の前が真っ暗になる。

 ディーノ……グランダムが、俺が滅ぼした国……ヴァルカンがその国の出身。

 宴の雰囲気に当てられて和やかだった気分はすっかり霧散していった。それに代わって胸に込み上げてきているのは、深い罪悪感と後ろめたさだった。

 カリナが声を発したのはそんな時だった。

 

「――! 失礼、雇い主からの思念通話だ。ちょっと席を外すよ」

 

 そう言ってカリナは部屋を出て行くが、俺はその姿を見送る気さえ起こすことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 それからほどなくカリナが戻ってきて、雇い主から呼び出しを受けたためすぐそちらに行かなくてはならないと告げてから、金貨の入った袋を机に置いてライラを伴い、この部屋から立ち去っていった。

 それをきっかけに俺たちも、ほかの傭兵たちも、荷物をまとめてこの料亭を後にすることになった。

 ただ、その中でシャマルはすっかり酔いが回って潰れてしまっていたため、ザフィーラが彼女を抱えて宿まで歩く羽目になり、そんな二人を眺めることで俺の心はさっきよりもいくらか軽くなった……と思いたい。

 

 

 

 

 

 

 リヴォルタが現在の自由都市となるまでに歩んできた歴史はいつか語った通りだ。

 だが、ほとんどの者は知らない。リヴォルタの歴史の裏には、常に“とある一族”の影があったことを。

 莫大な財を築きそれで強力な傭兵団を雇い領主に減税を迫った魔導具商人、領主亡き後もリヴォルタを自領としていた国を滅ぼした敵国に武具を売り渡していた武器商人、選挙制度に口を出して富裕層のみが議員を選ぶ選挙に参加できる仕組みを作った有識者など。

 市民や領主、国王、時には敵国をも操って自由都市の下地を整えた彼らが、実は同じ一族の人間であることをほとんどの者が知らない。

 

 

 

 中央区、ヴァンデイン軍需工場地下区画。

 ヴァンデイン工場で働く職人たちの中でも、雇い主の信用を得た一握りの人間だけしか出入りすることができない、地下に設けられた秘密の作業場。現在この区画にはたった四人だけがいた。

 

 地下区画のほとんどを占拠し、大きく鎮座している金属で造られた巨大なあるものを一通り眺めてから、四十過ぎほどの初老の男が隣にいた若い男の方に体を向ける。

 

「“リベルタ”の調整が終了しました。すでに魔力の注入も済ませており、いつでも動かせる状態です」

 

「ご苦労。作業に携わった職人たちには君の方から礼を言っておいてくれ」

 

 サブマスターと呼ばれる初老の男の報告に、若い男がそう返事を返した。

 黒髪黒目で特徴的なほど濃い眉毛をしている男。

 そう、あのうさぎのぬいぐるみを巡ってケントと火花を散らし、その後、ヴィータが誘拐される場面にまで立ち会っていたウィラードと名乗る商人だ。

 ウィラードはようやく完成したばかりの巨大な船に目を向けたまま呟きを漏らす。

 

「これでわざわざ危険な聖王都なんかに行かなくても、この船に乗り込むだけで“あちら”へ旅立つことができるわけだ。建造開始から数年、実に長かったよ」

 

「《次元船リベルタ》か。あんたのご先祖様が先史時代から伝えてきた技術の結晶ってわけだ。あっちへ行くためだけにわざわざこんなもんを作っちまうなんて、呆れたというか何というか」

 

 ウィラードの隣で女はそう言ってから、ため息をついて見せる。

 長い黒髪を後ろに束ねた黒目の女。彼女はさっきまでケントたちと食卓を運んでいたフッケバイン傭兵隊の隊長カリナ・フッケバイン。

 残る一人の白髪赤眼の少女は、カリナの個人的な従者ライラ・シュトロゼックである。

 ライラは他の三人と違い、一言も言葉を発することなく、無表情に次元船を眺めていた。

 だが、さすがの彼女も金属でできた巨大な船を目の当たりにして、興奮を抑えきれないようだ。いつもより輝いた目でそれを見上げている。

 ウィラードはそんな彼女を見ながらほほえみを浮かべる。

 

「おやおや、ライラ君もすっかりリベルタに夢中のようだ。それとも、この船に自分と通じるものを感じているのかな? 同じ先史時代の技術を用いて造られた二体目の《シュトロゼック》として」

 

 ウィラードはライラにそう声をかけるものの、ライラは微動だにせずにじっと次元船を眺め続けている。

 それにウィラードは肩をすくめながらカリナに向きを戻す。

 

「やれやれ、相変わらずカリナ君以外には不愛想な子だ。私は彼女を生み出した親も同然だというのに……まあいい。そろそろ夜も遅くなってきたことだし、そろそろ本題に入るとしよう」

 

「ああ、そうしてくれ。あんたのことだ。あれに乗って後は新天地に旅立つだけ……じゃないんだろう」

 

 カリナの言葉にウィラードはこくりとうなずく。

 

「その通り。さっきサブマスターが言ったように、このリベルタはあちらの世界へ向けて、いつでも発進できる状態だ。だが、こんな地下では設備を整えることができなくてね。発進の際にはどうしても街を揺るがしてしまうほどの衝撃が生じてしまうんだ。我々もできる限りの手は尽くしたんだが……そこで」

 

「目くらましが必要ってわけだね。それを私らに頼むってことは方法はやっぱり……」

 

 カリナの言葉にウィラードは笑みを浮かべた。

 

「うむ。君たち《エクリプス適合者》お得意のやり方で頼むよ」

 

「いいのかい? あんたももう知ってるらしいが、今はこの街に闇の書の主と守護騎士たちが来ている最中だ。あいつらがこっちの邪魔してくるのは火を見るより明らかだと思うけど。万が一を考えたら出航をもう少し先に伸ばした方がいいと思うが」

 

 その提案をウィラードは首を横に振ることで却下する。

 

「いや、これ以上後延ばしはできないよ。そろそろ会ってやらないと娘がパパの顔を忘れてしまいかねない。そう考えたら一日でも早く向こうへ行きたいんだ。それに君たちエクリプス適合者たちと守護騎士とやらが、このリヴォルタで雌雄を決するというのも実に面白い。カリナ君も実はこういう展開を期待していたのではないのかね?」

 

 その言葉にカリナは口元をにんまりとさせた。

 

「……確かにそいつは否定できないね。アロンドが勝手なことするくらいだし、私らもそろそろ昂ぶりが抑えきれなくなったところだ。――いいだろう。フッケバイン傭兵隊としてその依頼を受けてやるよ。大船に乗った気でいな、オールズ・ヴァンデイン!」

 

 カリナ・フッケバインは嗜虐心に満ちたその声で、ウィラードことリヴォルタを支配する武器商人オールズ・ヴァンデインの依頼を快諾する。

 

 《闇の書》と《銀十字の書》、それぞれの魔書が生み出した人外たちの戦いはすでに始まっていた。

*1
ベルカではすべての地域で十六歳未満の人が酒を飲んだりタバコを吸うことは禁止されている。(この小説独自の設定)

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