東区の宿を出てから俺と守護騎士一同は、リヴォルタで唯一行っていない街区である『南区』へと向かった。
中央区と西区は誘拐犯を追いかけている際に通りがかっただけで観光したとは言えないが、中央区は人通りが賑わい過ぎていて、昨日の追跡疲れが完全に取れていない俺たちや二日酔いでうめいているシャマルにはきつい。
西区に行く気は毛頭ない。あの街はベルカきっての歓楽街として知られていて、バニーガールといういかがわしい恰好の給仕がいるカジノや娼館が並んでいるらしい。そんなところに行こうなどと言い出したらうちの女性陣からどんな目で見られることか……バニーガールを見ることができないのは少し惜しい気もするが。
そんなわけで消去法で南区だけが残り、俺たちはそちらへ向かうことにした。
南区は人通りも露店も他の街よりずっと少ない、落ち着いた雰囲気の街だった。
街の片隅には議員の屋敷や、他国から来た貴族が滞在するための別荘などがある高級住宅街があるらしい。他の街区と比べて、この街だけが閑静なのはそのためだろう。
だがこの南区にも名所はある。それが街の中心にある大きな泉だ。泉の中心には噴水が設置されており、泉から汲み上げた水を常に噴出し続けている。
この泉には昔からある言い伝えがあり、泉の中に
「おいケント、何やってんだ? 泉の前でぼけーっとして」
泉を見ながらそんなことを考えていると、後ろからヴィータが俺に声をかけてきた。ヴィータの手には、昨日俺が買い与えた不格好なうさぎのぬいぐるみがある。
そんな彼女のさらに後ろから、
「……もしかして、ケントさんも泉の話をご存知なんですか? 泉に硬貨を何枚か投げ入れたらご利益が得られるという話……まあ、ケントさんは何枚も入れる必要はないと思いますけど」
すっかり気分がよくなった様子で、シャマルは苦笑しながらそんなことを言ってくる……もうしばらく大人しくしていればいいものを。
「そんなことはないと思いますよ」
不意に横から声が掛かって来て、俺たちはそちらへ顔を向ける。
そこには黒く長いローブを着た女がいた。ローブと同じ黒いフードを頭に浅く被っており、その隙間から彼女の端正な容姿と紫の瞳、そして金色の前髪が見えていた。
俺たちの視線を受けながら、女は言葉を続ける。
「この泉のご利益は遠い未来にまでおよび、この先巡り合うことになる伴侶との良縁や来世での再会も約束されるという話です。ですから、現在恋人がいない人が硬貨を入れても十分ご利益はあると思いますよ」
……なるほど、遠い未来にまでご利益をもたらす泉か。それは大層ありがたい泉だ。
ところで最後の一言は言う必要があったのか? 綺麗な顔をしておいてなかなか失礼なお嬢さんだ。
「そうか。教えてくれてありがとう。ところで君は?」
俺にそう問われると、彼女は右手を胸に当てながら言った。
「あっ、これは失礼しました。私はこの泉のすぐ側で占い屋をしているグラシアと申します。……ところで占いに興味ありませんか? よければあなた方の中で、誰かお一人様の未来を占って差し上げますよ」
「ほう、占いか。グランダムの城下街でもたまに見かけるな」
「えっ、シグナム、お前占いなんかに興味あんの? こんなの『あなたには素敵な出会いが訪れるでしょう』とか『この先とても大きな災いが振りかかります。でもこのお守りを買えば……』とか適当言って客から金取る商売だろう。そんなのに夢中になる奴の気が知れねえ」
ヴィータの身も蓋もない言葉にシグナムはむすっとした顔を作る。まあ、俺もどちらかと言うとヴィータに近い印象を持っているが。
「失礼な。私の占いは結構よく当たると評判なんですよ! 特に今日は抜群に調子がいい日で、絶対に当たると言っても過言じゃありません!」
「だったらヴィータちゃん見てもらう? アロンド君との今後とか」
「――は、はあ!? 何言ってんだシャマル? あいつとどうなるのかなんてまったく興味ねえし!」
シャマルの問いに、ヴィータは慌てふためきながら声を荒げる。分かりやすい奴だ。
そんな友人に対して、ティッタがとりなすように言った。
「だ、だったら、あの子との友情運なんてどう? 今のヴィータたちには結構大切なことだと思うけど」
「ゆ、友情運か……そ、そうだな。あいつかなり口が悪いから、あたしでもカッとして喧嘩とかしちまうかもしれねえしな。ここは一つ、あいつとの間に何が起こりそうか占ってもらうのもありか。あくまで参考程度でな!」
ティッタの勧めにヴィータは渋々を装いながら乗ってくる。しかし……
「あっ、ごめんなさい。私の占いって占う人の未来そのものを占うもので、特定の人物とどうなるのかといったことは分からないんですよ。未来を占う過程で伴侶のことが分かったりすることもたまにありますけどね」
「なんだそうか。じゃあ、あたしはいいや。ティッタ、お前が見てもらえば? いつまでも騎士でいられるとは限らねえんだし」
「大きなお世話だよ。アタシなら騎士を辞めたところで他にいくらでも働き口があるし」
恋愛や友情がらみの占いができないと分かった途端、ヴィータは興味を失いティッタに占いを勧め、ティッタはそれをさらりと断った。
そんな時だった。
「では、主の未来を見てもらってはいかがです?」
「えっ?」
シグナムの言葉に、グラシアを含めて皆の視線が俺に集まる。
「……俺の未来をか?」
復唱する俺にシグナムはこくりとうなずいた。
「ええ。主はもうご存知と思いますが、主と我らは一蓮托生の身です。主がこの先どのような運命をたどるのかは我々にとっても気にかかるところ。ここは是非、グラシア殿に主の未来を占ってもらうべきではないでしょうか?」
「確かに。シグナムの言うことにも一理ありますな。当たるか当たらないかはともかく、占いの結果がその後に何らかの影響を及ぼすことは大いにあり得ます。主ケント、一度見てもらうのも悪くはないのでは」
「そうだな。お前って結構危なっかしいから、そのうちどっかで死んじまうこともあるかもしれねえ。占いで悪い結果でも出れば用心するようにもなるだろう」
シグナムに続き、ザフィーラとヴィータまで占いを受けることを勧め、シャマルとティッタも異存はないというように俺にうなずきを見せる。
……彼女たちの言う通りかもしれない。
占いそのものは占い屋が適当に言ったことにすぎないのかもしれないが、いい結果が出ればそれを励みに頑張れる人もいるだろうし、悪い結果が出ればそれを用心して危ういことを避ける慎重さを身につけることもある。
「分かった。皆がそこまで言うなら……グラシア、俺の未来を占ってもらえるか?」
「ええ、もちろん。さあ、どうぞあちらへ」
満面の笑みを向けてそう言いながら、グラシアは泉の隅に置かれてある卓を示した。
布がかぶせられた卓には、小さなクッションの上に置かれた水晶玉と、帯で束ねられた小さな紙の束が置かれてあった。タロットやトランプのカードがないのが意外だ。どこの占い屋でも必ず置かれているものだが。
グラシアは卓の後ろに置かれている席に着き、紙束を束ねる帯を外しながら言った。
「では始めます。ケントさん、どうぞ前に」
「あ……ああ」
言われるがままに俺はグラシアの前に出る。
そんな俺にグラシアは言った。
「今からちょっと驚かせちゃうかもしれませんけど、特に害はありませんから安心してください」
「……?」
グラシアの言葉に俺が首をひねっているとそれは突然起きた。
卓の上に置かれた紙束が突然宙に浮き、輪になって俺たちのまわりを囲んだのだ。グラシアに害はないと言われたにも関わらず、守護騎士たちは構え、自分たちを囲む紙に警戒の目を向ける。
まわりの通行人も足を止め、何が起きているのかとこちらを遠巻きに眺めていた。
やがて、宙に浮かぶ紙の二枚が発光し、俺のもとへと向かって舞い降りる。
「主!」
それを見てシグナムが俺の方に駆け寄ろうとする。
その前にグラシアは卓に降りた二枚の紙を拾いあげた。
すると、宙を浮いたままだった残りの紙は何十枚もの紙束となって、再びグラシアの元へ戻る。
あまりにも不可思議な出来事に俺たちは呆然とたたずみ、そんな俺たちの前でグラシアは難しい顔をしながら「これは……」「信じられない」と呟きを漏らしながら二枚の紙を読み、見比べるように再度目を通した。
……それって俺の未来だよな? そんなに深刻な顔で読まれると、嫌でも不安になってくるんだが……。
そしてほどなくグラシアは顔を上げる。その表情はなおも険しいままだ。
不安な気持ちを隠せないまま、グラシアの言葉を待っている俺たちに向けて彼女は口を開く。
「……ケントさんの未来は大きく二つに分かれて分岐しています。……こんな結果が出るなんて初めてです。普通は可能性が高い未来の方が記されるのに……ほとんど五分五分ということかしら?」
「はぁ!? 未来が分岐?」
グラシアの言葉を受けて、ヴィータは素っ頓狂な声を上げる。
続いてシグナムも、
「……グラシア殿、その二枚の紙にはそれぞれ何と書かれているのだ? そちらに主の未来が書かれているのだろう?」
彼女の問いにグラシアは「ええ」と言って、紙に目を落としそれを読み始めた。
「ケントさん、あなたには二つの未来があります……一つは大いなる力を手にしてすべてを無に帰してしまう未来」
いきなり不吉なことを言われてしまった。
すべてを無に帰すほどの大いなる力……《聖王のゆりかご》のことだろうか? いやいや、あんなもの俺が使えるような代物じゃないぞ。
「もう一つは大切な人々を失い世界中の人に憎まれながら大いなる力とともに消滅する未来……その二つがケントさんがたどるかもしれない未来です」
そう言ったきりグラシアは重々しく口を閉ざしてしまう。
俺たちの方もそれに何と返していいのか分からない。何しろ……
「大いなる力を手にしてすべてを無に帰してしまう未来に、大切な人々を失い世界中の人に憎まれながら大いなる力とともに消滅する未来……どちらもろくな未来じゃないわね」
「信じらんねえな。こいつがすべてを無に帰すほどの力を手にするなんて。世界中から憎まれるのは何となくわかるけど。人前でエロいことを平気で言う奴だし」
シャマルに続いてヴィータが言った言葉に、グラシアを含めた女性陣からの視線が冷たくなる。
濡れ衣だ。昨日だってサガリスが一方的にバニーガールのことを話してきたんだ。俺はそれを聞いてただけで――。
グラシアは顔を赤くしながらコホンと咳払いをして、
「……と、とにかく、ケントさんにはそのような未来が待っている可能性が非常に強いので、これからはもっと慎重に行動されることをお勧めします。先ほども言いましたが、今日の私の占いは確実に当たると言っても過言ではありません!」
もっと慎重に行動しろと言われてもな。世界を滅ぼすほどの力なんて、聖王のゆりかごくらいしか心当たりがないし、世界中に憎まれるようなことをする気はないぞ。まあ、もう少し言動には注意するべきかもしれないが。
「……それで約束通り占って差し上げたので、その……お代を頂きたいのですが」
言いづらそうにグラシアは手のひらを差し出してくる。そんな彼女に俺は銀貨を三枚渡した。
「これくらいでいいか?」
「えっ、こんなに……いいんですか?」
銀貨を受け取りながら、グラシアは感嘆の声を上げる。
占いの結果が悪いものだったため、踏み倒されやしないかと恐々としていた様子だったが、踏み倒されるどころか予想以上にお代をもらえたため、驚きと感激を隠せないようだ。
「ああ。いろいろ気になる結果だったが、戒めにはなったしな。忠告通り行動と言動には気を付けてみるよ」
「ええ、ぜひそうしてください……頑張ってくださいね。ケント陛下」
小さな声でそう付け足したグラシアに戸惑いながらも、俺はああと返事をした。
◇
それからケントたちはグラシアに別れを告げ、昼食を取りに店の方へと歩いて行き、そんな彼らの背中をグラシアは見送っていた。
そして彼らが見えなくなった頃を見計らってグラシアはおもむろにフードを脱ぎ、今まで隠されていた長い金髪を露わにする。
(ケント・α・F・プリムス……ベルカを滅ぼしかねない人物だと予言には出ていたけど、まさかあれほどの因果を背負っていたとは……哀れな人ね。世界を守るには世界中の人から憎まれなければならないなんて。今までの闇の書の主のように、邪悪な者であれば苦しまずに済んだでしょうに。つくづくこの世は善人には生きづらい世の中だわ)
グラシアは心の底からケントに同情する。予言に出た二つの未来のうちケントがどちらを選ぶのかが、彼女にはもうわかってしまったから。
グラシアが今日ケントたちに出会ったのは偶然ではないし、ケントの未来を占ったのも商売のためではない。
グラシアは最初から知っていた。ケントたちが今日ここに来ることも、ケントが闇の書を完成させて世界を滅ぼす未来があることも、すべて彼女自身の技能《
もっとももう一つの未来については、彼女も今初めて知ったばかりだが。それが今回の予言によって生まれた未来なのかは、彼女自身知る由はない。
ともかくきっかけは与えた。後はできるだけ多くの人々が救われる未来が訪れるのを祈るだけだ。
もうこの街にもこの世界にもいる意味はない。今日の夜に起こる事件に巻き込まれる前に、さっさと街から出て行くとしよう。
店じまいのために卓の上を片付けようとしたグラシアだったが、彼女はそこで卓の上に置いたままだった三枚の銀貨に気付く。
(そういえば泉に何枚か硬貨を投げると、ご利益があるという話があったわね。確か三枚投げたら……)
そして彼女は銀貨を握りしめた右手を勢いよく振って、銀貨を三枚とも泉に放り投げた。
三枚の銀貨は泉の中へ落ち、底へと沈んでいく。
それを満足げな表情で見届けてから、グラシアは店じまいの続きを始めた。
(今世では悲惨な運命から逃れられないでしょうが、来世では幸せになれることを祈っていますよ。ケントさん)
南区に伝わる言い伝えでは、中央にある泉に硬貨を三枚投げたら来世で恋人に会えるという。
果たしてそれが叶う日は来るのだろうか? 今はまだ誰も知らない。