グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第41話 銀十字の書

(…………あの男はどこ? どこにいるのよ?)

 

 傀儡兵(ゴーレム)やカリナの襲撃から逃れてきた市民たちであふれかえっている中央区の教会で、シャマルはある男の居場所を探っていた。

 

 中央区に現れたのがカリナとライラだけだったことや、その後のシグナムからの念話による報告から、カリナの部下たちは中央区を囲む残り四つの街区に散り、それぞれの地区で破壊活動を行っていると見てまず間違いない。

 おそらくはカリナの言う通り、各地区に一人ずつと見ていいだろう。もちろん不意打ち狙いの虚偽(フェイク)かもしれないので、警戒を怠らないように言ってはいるが。

 しかし、そうなると一人足りない。

 

 フッケバイン傭兵隊の参謀役、フォレスタという男だ。

 自分がこうして教会に潜んで戦況の把握に努めているように、彼も襲撃には参加せず、どこかで仲間たちの支援(バックアップ)に回っているのだろうか?

 それに気付いてからシャマルはリンク機能を使って、守護騎士や(ケント)の状態を把握しつつ、フォレスタらしき者が何らかの魔法を使ってきたら、すぐに他の騎士や主に注意を促すことができるように心掛けていた。

 

 それにしても、とシャマルは思う。

 もしシャマルの推測が正しければ、傭兵隊におけるフォレスタの役回りはシャマルと全く同じだ。参謀という肩書といい被っているにもほどがある。

 自分とフォレスタだけではない。

 

 互いに剣を使うシグナムとサガリス。

 互いに子供の姿をしているヴィータとアロンド。

 互いに己が筋力を最大の武器とするザフィーラとトリノ。

 互いに大剣を使い、それ以上に国同士で因縁があるティッタとヴァルカン。

 ……そして、互いに得体のしれない魔導書を持っているケントとカリナ。

 

 自分たち守護騎士とフッケバイン傭兵隊の構成員は各々武器、特徴が非常に酷似している。まるで映し鏡のように。

 

 ただし守護騎士側と傭兵隊には、一つだけ大きな違いがある。

 それはライラ・シュトロゼックという少女の存在だ。

 傭兵隊にはその少女がいて、()()守護騎士側には彼女に相当する者がいない。

 カリナが持っている《銀十字の書》という魔導書といい、おそらく彼女の正体は……。

 

 

 

 

 

 

 互いに自らの剣を振り、その度に刃と刃がぶつかって鋭い金属音が響く。 

 カリナが振るっている剣は柄も、刃も変わった形をしていた。

 

 ベルカで使われている剣の刃部分は、先端に左右それぞれ刃がついている両刃と言われる形状をしており、反りもほとんどない。

 それに対してカリナが使っている剣は、先端の片側だけに刃があり、それに沿って反りが入っていた。柄も菱形がいくつか並んでいるだけの簡素な文様にも関わらず、この剣に合っている(がら)だ。外大陸から来た者たちが身につけているシミターやタルワールに似ているが、あれらよりは反りが浅い。

 

 自身の剣に向けられている視線に、敵意とは別の感嘆がこもっていることに気付きカリナはふふんと自慢げに鼻を鳴らす。

 

「こいつが気になるのかい?」

 

「……まあな」

 

 カリナの問いに俺は淡々と答える。

 カリナの剣には正直興味はあるが敵に教えるわけないだろうと言われてしまえばそれまでなので、それ以上深く突っ込む真似はしなかった。

 しかし、そこはさっぱりとした性格の傭兵隊長カリナ。剣を振り回しながらあっさりと語る。

 

「こいつは《(かたな)》と言ってね、サガリスとニホンに行ったときに手に入れたもんだ。何を隠そうこいつがその時に得たもっとも大きな収穫でね、他の剣より切れ味が鋭くて結構気に入っているんだ」

 

「やはり異世界の剣か――いや待て、まさかサガリスもその剣、いやかたなを持っているのか?」

 

「ああ。ただあいつのは雇い主のとこで《リアクター》を埋め込んで、《ディバイダー》にしちまったけどね」

 

「リアクター? ディバイダー?」

 

 初めて聞く単語に俺は怪訝な声を上げる。

 カリナはそこで例の白い本を取り出した。

 

「こういう奴さ」

 

 カリナが本を開いた途端、本の中から無数の頁が飛び出してきて俺に襲い掛かってきた。

 俺は真横に動いて避けようとするものの、

 

「――ぐぉ!」

 

 大量の頁は俺の脇腹を貫通し、そのまま俺の後ろへ飛んでいく。

 さっきカリナは逃げ惑う人々の前で本を開こうとしていたが、まさか、こんな頁を市民たちに向けて撃ち出すつもりだったのか。

 

「この通り、ディバイダーっていうのは私らが使う武器のことさ。リアクターについては闇の書にも似たようなのがあるって話なんだけど……知らないのかい?」

 

「……何のことだ?」

 

 俺の問いにカリナは呆れたようにため息を吐く。

 

「おいおい、本当に知らないのか。《銀十字の書》もリアクターも、闇の書やその《融合騎》を元に造られたって聞いてるんだけど」

 

「ゆうごう…き……? いや待て、その本が闇の書を基礎(ベース)にして作られただと?」

 

「ああそうさ。もっともこの本もリアクターも、銀十字の書とそれについてるリアクターをさらに模倣した複製品(レプリカ)だけどね。だが、こんな複製品でも闇の書なんかよりはよほど出来がいいらしい。頁を武器にする使い方すらできないみたいだし、何が強大な力をもたらすだ。つまらん」

 

 その言葉に俺はむっとする。

 確かに闇の書は頁自体を飛ばして攻撃に使う真似もできないし、融合騎とやらのことも皆目見当がつかないが、俺がここまでこれたのは闇の書が蒐集してきた魔法と闇の書が召喚した守護騎士たちのおかげだ。

 特に守護騎士たちがいなければ、ディーノとの戦の時点で俺は敵に討たれ、グランダムも滅ぼされていただろう。

 それをつまらんの一言で済ませられてははなはだ不愉快だ。

 俺は闇の書を取り出し魔法を構築する。

 

「そのつまらない闇の書の力をお前も受けてみるか?」

 

 俺は自身の目の前に魔力弾を作り、さらに闇の書の頁を8頁ほど消費して魔力弾を巨大化させる。

 俺はそれを、

 

「フレースショット!」

 

 俺が剣を振ると同時に、魔力弾は一直線にカリナに向かっていく。

 

「――おっと!」

 

 カリナは真上に跳躍して魔力弾をかわした。

 俺は一直線でそこまで飛んで剣を振るう。

 カリナは刀を突き出して俺の剣を防ぎ、それから俺たちは何度か互いの得物をぶつけてから、再び距離を取った。

 

「ふうん、闇の書はそういう頁の使い方をするんだ」

 

 先ほどの攻撃が闇の書の力を借りたものだと瞬時に察して、カリナはそんなことを言ってくる。

 

「そういうことだ。闇の書について少しは見直す気になったか?」

 

 俺の挑発にカリナは首を横に振る。

 

「いいや全然。あの程度だと十ページも使ってないんだろう? 百ページくらい使ってさっきの技を繰り出していたら、結果は違ったものになっていたはずだ」

 

 そう言ってカリナは鼻で笑う。

 悔しいがそれは否定できないな。

 こっちは苦労して集めた頁をできるだけ使いたくないのに対し、カリナは一度に百ページ以上は飛ばしてくる。

 頁が尽きたらあの本を捨てるつもりなのか、それとも消費した頁はあとで補給することができるのか。もし後者だとしたら、少なくとも利便性においてはあちらの方が優れているな。

 それにカリナはあの本は複製品だと言っていた。それが本当だとしたら、あんな本が他にもまだあるというというのか?

 

 そこまで考えが及んだ途端、戦慄のせいか()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

(――陛下!?)

 

 ケントの身に起きた異変は、リンク機能を通して教会にいるシャマルにも察知することができた。

 

(体の震えに発熱? 毒が塗られた剣でも刺されたのかしら? でも、それにしては症状が軽すぎる……一体あの人の身に何が?)

 

 

 

 

 

 

 改めてカリナに目を向けると、ふいにめまいがして視界がぶれた。

 俺はそれを頭を振ることでなんとか押さえる。

 

 しっかりしろと自身に活を入れながら俺は剣を構える。

 カリナも俺に向けて刀を構える。その直後――

 

「はああ!」

 

 俺とカリナは再び剣を交わす。

 剣をぶつけ、時には避けて、俺は相手の隙をうかがいその時を待つ。

 カリナは徐々に剣戟の間隔を縮め、しだいに俺の動きを読もうとするそぶりも見せず、刀を突き出してくるようになった。

 ――今だ!

 俺は一瞬の間に振り上げている剣に幾ばくかの魔力を込め、それを振り下ろす。

 

「シュヴァルツ・ヴァイス!」

 

 だがカリナはそれを予期したように魔力がこもった剣に刀をぶつけてくる真似をせず、ひょいと身をよじって俺の剣を交わし、逆に剣を振るった時に出来た隙をついて俺の胴を斬りつけてくる。

 

「ぐあっ!」

 

 激痛をこらえながら、俺は後退して相手から距離を取る。

 カリナの言う通り、あの刀という異世界の剣は鋭い切れ味だ。カリナの説明を聞いたせいかもしれないが、普通の剣で斬られた時よりも強い痛みを感じる。

 俺は痛みをこらえながら剣を構え――

 

「行くぞ!」

 

 俺は再度カリナのもとへ飛び、剣を打ち付けカリナは刀でそれを防ぎながら、俺を切りつけようと刀を振るい、俺も自身の剣で攻撃を受け止めた。

 

「――!?」

 

 それが起こったのはまさにその時だった。

 

 視界が急に青みがかったと思ったら、カリナの左上から斜めにかけて一筋の線が描かれているのだ。

 ――これはもしかして!

 カリナは右から斜めにかけて刀を振り下ろす。

 俺は刀――ではなく視界に映った線から逃れるように、とっさに左へ動いた。

 

「――!」

 

 振り下ろされた刀は空を切り、カリナは刀を握ったままの無防備な姿を俺にさらす。

 この隙を逃すわけにはいかない!

 

「はああああ!」

 

 カリナに向けて俺は剣を振り下ろす。

 カリナは思わず左腕で自身をかばった。

 当然俺が振り下ろした剣は彼女の腕を――。

 

「ぐわあああ!」

 

 切断された左腕は主の体から離れて地面に落ち、左腕を失ったカリナは壮絶な悲鳴を上げる。

 それを見て俺は勝利を確信し彼女に剣を向け――

 

「カリナ・フッケバイン。お前の負けだ。大人しく投降しろ」

 

 カリナは急に動きを止めて俺を見つめる。

 そして彼女は「ククク」と笑い声を上げた。

 俺は怪訝に思いながらも言葉を続ける。

 

「何がおかしい? 片腕なしで戦いが続けられるほど、俺たちの間に実力の開きはない。お前ともあろう者がそんなことも分からないはずはないだろう?」

 

 俺がそう言うも、カリナは笑うのをやめず。

 

「ああ。確かにあんたくらいの相手と戦いを続けるには片腕じゃ厳しいね……けどそんなもん私にはなんの問題もないんだよ」

 

「何だと!?」

 

 思わず俺は怪訝な声を上げる。

 その直後――

 

「――ふんっ!!」

「なっ――!?」

 

 カリナが力を込めた瞬間、切断面から彼女の腕が生えてきた!

 もちろん(そで)は元に戻っておらず、新たな左腕は何もつけられてない状態で外気にさらされており、その腕には他の傭兵が刻んでいる羽根の刺青と同じ文様が浮かんでいた。

 口をあんぐりと開けながら俺はカリナの左腕と、地面に落ちた左腕だった物を交互に見る。

 地面に転がっているのはどう見ても左腕だ。斬られたふりをしていたとかそんな風ではない。

 わけが分からず呆然としている俺に、カリナは得意げな笑みを向けた。

 

「種も仕掛けもありません。あるとしたら私の体の中らしいって雇い主が言ってた。とりあえずそんなわけで私の方は問題なく戦いは続けられるんだけど、それでも降参しろなんて言うつもり?」

 

「何者だ? お前たちは、お前たちの雇い主とやらは一体何者なんだ!?」

 

 

 

 

 

 

 ケントがカリナの左腕を斬り落としたのと同時刻、西区でもそれは起きていた。

 

「――なに!」

 

 驚きのあまり、シグナムはそう漏らす。

 

 

 シグナムは確かに、刀を持っていたサガリスの右腕を斬り落とした。

 そしてシグナムもケント同様、右腕を失ったサガリスに投降を促した。

 それに対してサガリスは何も答えず、しばらくの間左手で傷を押さえていたが不意にニヤリと笑みをこぼし、肘から“新たな腕”を生やした。

 呆気に取られているシグナムの前で、サガリスは平然と刀を拾う。

 

「これで元通り。じゃあ仕切り直しと行こうか」

 

「何者だ? お前たちは一体?」

 

 目の前で起きていることが信じられず、シグナムはやっとの思いでそれだけを口にする。くしくもケントがカリナに投げかけたものと全く同じ言葉を。

 それにサガリスは肩をすくめながら問いを返した。

 

「なに驚いてんだ? 《再生能力》だ。あんたたちだって持っているんだろう。雇い主からそう聞いてるぜ」

 

「《再生能力》だと?」

 

 サガリスの言う通り、確かにヴォルケンリッターたちも、戦いで失った部位を再生させる機能を持っている。ヴォルケンリッターの性質上、こちらは《再生機能》と呼んでいるが。

 しかし、ヴォルケンリッターの再生機能もここまで早く作動することはない。再生力においては明らかに自分たちを上回っている。

 まさか戦いの間に彼が見せていた身体能力も……

 

「なぜだ? なぜおまえたちがそんな能力を? ……まさか、お前たちも我々と同じ魔法(プログラム)生命体なのか?」

 

 シグナムの推測に、サガリスは「いいや」と首を横に振る。

 

「俺たちは人間だよ。ただ姉貴……カリナにやられた時に《エクリプス因子》って奴が体内に入っちまってな。そのせいで俺の体はいろんなとこが変わっちまった。この再生能力もその一つってわけだ」

 

 サガリスの説明にシグナムは再び目を剥いた。

 

(馬鹿な、そんなことがありえるのか? ……それに傷口から体内に入りこむなどと、それでは因子というよりまるで――)

 

 

 

 

 

 

「私たちの事より、自分の事を気にした方がいいんじゃないかい?」

 

「何?」

 

 カリナの思わぬ言葉につい俺は怪訝な声を上げる。

 カリナは俺の胴を指差しながら言った。つい先ほど生えてきた左腕についてる指で。

 

「あんたこそさっき私に切られたはずのその体、もうすっかり元通りじゃないか。自分で気付いてなかったのかい?」

 

 カリナの言葉に俺は自分の胴に目を向ける。

 そこには俺の胴体が、傷一つない綺麗な状態でそこにあった。銀十字の書が放ってきた頁で斬られた脇腹も、いつの間にか完治している。

 

「それと、自分で気付いていないだろうが、あんたの瞳の色も今は両目とも青になってるよ。さっきまでは金と緑の虹彩異色(オッドアイ)だったのにねえ」

 

 その言葉に俺は思わず左手を自分の目元に近づける。だが、もちろんそんな真似をしても、自分の眼の色が確認できるはずがない。

 しかしカリナが嘘を言っているようには見えなかった。一瞬だけ見えたあの妙な線の事もある。

 

「どうやらさっき銀十字の攻撃を喰らった時に、あんたの体内に因子が入り込んじまったんだろうね。銀十字の原書(闇の書)の持ち主だけはある。お望み通り、その本を馬鹿にするようなさっきの言葉は取り消すよ。闇の書の主が《エクリプス適合者》とは実に面白い」

「因子? 適合者? ……一体何を言っている?」

 

 震える声でそう尋ねる俺にカリナはふっとため息をついて、あることを告げる。

 

「つまり、あんたはもうただの人間じゃないんだよ。私たちと同じエクリプス適合者だ。雇い主のもとに連れて行けばもっと面白いことが分かるかもしれない……そこで提案なんだけど、

 ケント・α・F・プリムス、私たちと一緒に来ないかい? 

 君はもう我々の“同士”だ」

 

 カリナからの誘い文句に、俺は今朝見た夢を思い出した。

 まさか、あの夢は――

 

 

 

 

 

 

――主の体内に悪性のウイルスの侵入を確認。

 

――ウイルスを抑制するためのワクチンの生成を開始。

 

――ワクチンの生成プロセスを完了。ただし主への投与には治療用プログラム『シャマル』、または管制プログラムの補助を必要とする。

 

――現状では主へのワクチンの投与は不可能。プロセスを一旦保留とする。

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