グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第45話 発進

 カリナはエリザの前まで突っ込んできて、そのまま刀を振り下ろす。

 その刃をエリザは武器を持っていない左手で掴み取った。

 

「九式・霞」

「ぐあっ!」

 

 エリザは間髪入れずに(ハルバード)を振り下ろし、カリナの体を肩から袈裟斬りにした。

 カリナはたまらず刀を手放しエリザから距離を取る。

 そんなカリナの前でエリザは手に力を込めて、カリナの刀を握り潰した。

 刀だったものは真っ二つに折れて、そのまま地上に落ちる。

 それを見て俺もカリナも目を丸くするが、カリナはすぐに気を改めて体勢を立て直した。

 

「おいおい、私のお気に入りだったんだぞ。刀なんてベルカじゃ手に入らないのに」

 

「敵から奪い取った武器をそのまま返す者がいると思いますか!」

 

 ごもっともなエリザの言葉に、カリナも反論できずにうめく。エリザは涼しげな顔で……

 

「さて、あなたは深手を負った上に武器まで失ってしまいましたが、それでもまだ投降しないつもりですか?」

 

「いやいや、こんな簡単に降参なんてするわけないでしょう。それに……」

 

 そう言いながらカリナは銀十字の書を持ち上げ――

 

「武器なら他にもまだあるしね!」

 

 カリナが持つ書物から白いページが飛び出てくるのを目にした途端――

 

「跳べエリザ!」

 

 俺の声に反応してエリザはその場からさらに飛びあがる。

 それと同時に銀十字の書から出てきた無数の頁が、猛烈な勢いで彼女がいた場所を通り過ぎていった。

 

「これならさっきみたいに手で掴み取ることもできないだろう。白刃取りなんてできるとわかっていたら最初からこうしていたのに」

 

 カリナはぼやきながら腰に差していたレイピアを抜く。

 俺はカリナに注意を向けながら、エリザの隣まで言って彼女に声をかけた。

 

「大丈夫かエリザ? どこか怪我は?」

 

「な、何ですかあの本は? あんな攻撃をしてくる本なんて聞いたことがありませんよ! それに何であの人あれだけの傷を負って平然としていられるんですか? 結構深く斬りつけたはずなのに。あなたはさっきまであんな相手と戦っていたんですか?」

 

 まくしたてるように聞いてくるエリザに、俺は「ああ」とうなずいてから、

 

「信じられないかもしれないが、あの女や彼女の部下たちは多少の傷なら、いや、かなりの重傷を負ってもすぐに治ってしまうらしい。もしかすればあの女が言った通り頭を潰さない限り死なないかもしれない……そのうえ奴には魔法そのものが効かないらしいんだ。お前も見ていたかもしれないが」

 

「たしかに氷結魔法をまともに受けても平然としているように見えましたが……」

 

 エリザは青ざめた顔でそう言うものの(かぶり)を振りながら言った。

 

「は、外れただけに決まってます! いいでしょう。あなたはここで見ていなさい。私が手本を見せてさしあげます」

 

 エリザは槍を構え、カリナのもとまで急降下して振り下ろす。

 カリナは剣を突き出してそれを受け止めた。

 しかし、エリザにとっては想定の範囲内だ。

 エリザは一度槍を引いて、頭上で大きく回す。

 

「九十一式・破軍斬滅」

 

 それからエリザは槍をカリナに向けて何度も振るった。槍を振り回している合間も瞬時に持ち手を変えていくことで、近距離にも関わらず柄が邪魔になるということもなく、間髪入れずにカリナの剣に槍を当てていく。

 絶え間ない攻撃にとうとう耐え切れなくなったのか、カリナは剣を落とした。

 エリザはそれを見逃さず、即座にカリナ自身を柄で殴り、斧頭で斬り裂いていく。

 カリナは服も体も裂かれ、全身傷と血まみれになりながら地上へと落ちていく。

 だが、エリザの攻撃はまだ終わっていなかった。

 エリザは空中を一段ほど飛び上がって、

 

「これでとどめです――百式・神雷!

 

 空中から降ってきた雷がカリナに命中し、雷撃を伴う爆発を引き起こした。

 それを見届けてからエリザは俺の前にやってきて、端正な顔に得意げな笑みを浮かべて見せた。

 

「どうですケント様? これだけやればどんな手練れだろうと無事では済まないでしょう」

 

 満足そうなエリザの言葉を聞きながら、俺はカリナが落ちた場所を見る。

 エリザの技による爆発の衝撃はすさまじく、辺り一帯は未だに煙が立ち込めている。

 雷を喰らう前の時点でカリナの体はズダズダに裂かれていたし、普通に考えたらエリザの言う通り無事でいられるとはとても思えない。

 普通に考えたら……。

 

「もっともあれだけやってまだ立っていられたら、ケント様が言うことも信じてあげなくもないですけど……――!」

 

 その時、突然地面が大きく揺れ、俺たちは眼下の地面を見る。

 俺たちの目に飛び込んできたのは、地面に充満している煙を割って伸びてきた黒い蔓だった。

 

「――っ!」

 

 俺はとっさに後ろに下がって蔓をかわすが、

 

「キャア!」

「エリザ!」

 

 エリザは逃げきれず蔓に捕まってしまい、身動きが取れなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 天井も壁も床も周囲が金属でできた部屋の中で、一つの柔らかそうな椅子と一冊の本が置かれた木製の机だけが置かれている。

 その椅子には濃い眉毛を持つ黒髪の紳士が座っていた。

 彼の名はオールズ・ヴァンデイン。

 リヴォルタの武器商人を束ねるギルドのマスターにして、その資金力で市長と議会を操っていたこの街の実質的な支配者。そしてギルドの組織力を悪用して、各国に禁忌兵器を売りつけていた密売組織の首魁でもある。

 フッケバイン傭兵隊の襲撃によって混乱する地上をよそに、彼は何人かの友人を伴って、ある船に乗り込んで出発の時を待っていた。その友人の中にはこの街の代表者である市長もいる。

 友人たちは別の部屋に集まっていて、オールズと彼の隣に立っている銀髪の女だけがこの部屋である者からの報告を待っていた。

 そこへ――

 

『Die Kommunikation ist eingegangen(通信が入りました)』

 

 机に置かれた銀色の本から無機質な声が流れてくる。本から発せられる言語は、守護騎士が使っている魔具が発するものと同じ言語だ。

 オールズは本を開き、

 

「繋いでくれ」

 

『Anschließen(接続します)』

 

 すると、無機質な声に代わって本から若い男の声が聞こえてきた。

 

Herr(ヘル).ヴァンデイン。こちらの方は順調に進んでいます。闇の書の主も守護騎士も傭兵たちとの戦いに手一杯で、こちらに気を回す余裕はありません。ただ……』

 

「何かあったのかい?」

 

『ええ。実は彼らとの戦いに思わぬ乱入者が現れまして、予想よりだいぶ苦戦しているようです。このままだと傭兵たちが負けることも考えられますね』

 

「乱入者……ああ、帝国から来たというどこかのお嬢さんたちか。都合がいいじゃないか。我々を嗅ぎまわっていた分、グランダム王たちより彼女の方が厄介だったからね」

 

『ははは、確かにそうとも言えますね……それで、どうします?』

 

「うむ。今回の襲撃で現れたゼロ因子適合者(ドライバー)らしき者の事は気になるが、そちらはカリナ君たちに任せて私たちはそろそろ出発するとしよう……ただ、念のために」

 

『わかっています。隙を見つけてなんとかやってみますよ。あまり過度な期待はしないでもらいたいですが』

 

「ああ、できればで構わない。では健闘を祈っているよ」

 

 ある者との通信を終えてオールズは本を閉じてから手元にあるパネルに手を伸ばし、そこに何らかの単語を打ち込む。

 するとオールズと銀髪の女の前に四角い枠が現れた。その枠には茶髪の女の姿が映っている。

 

「スカラ君、そろそろ出発の時間だ。船を動かす準備をしてくれたまえ」

 

『分かった。マスターは他の人たちに席に着くように伝えておいて。それが済んだらすぐに出発するから』

 

「いいだろう」

 

 それだけのやり取りが終わると、スカラを映している枠はオールズたちの前からかき消えた。

 オールズは苦笑する。

 

「やれやれ、相変わらず不愛想な子だ。もう少し可愛げがあれば、この船の操縦以外の仕事も任せることができただろうに。そうは思わんかね、レオノーラ君?」

 

「申し訳ありません。何と言ってよいものか私には」

 

 銀髪の女の返事に、オールズは苦笑を浮かべたまま肩をすくめる。

 

「おっと、無愛想なのは君もだったか。……まあいい。スカラ君に言われた通り、私は友人たちに席に着くように言ってくるから、君はここで待機していてくれたまえ」

 

「はい、我が主」

 

 銀髪の女は主に一礼し、細く赤い瞳で主を見送っていた。

 彼女が着ている服は全体的に白く、左右長さが違うソックスを履いており、左足の長いソックスの上にはベルトを巻いてある、ライラとまったく同じ格好の魔導着だ。

 彼女の名はレオノーラ・シュトロゼック。

 現代で造られたライラと違い、先史時代から生きている《本物のシュトロゼック》である。

 

 

 

 

 

 

「ケントは避けちまったか。だが、これはこれでいい眺めだね」

 

 俺たちの眼下には雷を喰らった形跡どころか、切り傷一つない姿で地上に立っているカリナの姿があった

 カリナは今、体こそ無傷の状態に戻っているが服はボロボロで、大事な箇所がギリギリ隠れている格好だ。

 だが、カリナは恥じらう様子も見せず、悠々と空中にいる俺と蔓に捕まったエリザを見上げている

 

「さっきはよくもやってくれたねお嬢ちゃん。かわいい顔して結構えげつないじゃないの。おかげでまたケントに裸を見られちゃったよ。まあケントなら別にいいんだけど♪」

 

「また?」

 

 カリナの言葉にエリザは疑わしげな眼を俺に向ける。

 そんな俺たちをよそに――

 

《我が主、このままの格好では戦闘に支障が出ます。鎧装(がいそう)を修復された方がよろしいかと》

 

「えー、もう少しあの坊やをからかいたいんだけどな。まあいいや、修復を頼む」

 

《はい。鎧装修復》

 

 カリナは一人でぶつぶつぼやいてから、新しく生成された赤い魔導着に身を包んでいく。その時――

 

 ――!?

 

 先程同様に地面が揺れ始め、俺は身構える。

 俺を捕まえるためにまた黒い蔓が生えてくるのかと身構えたが、蔓は出てこず、先ほどと違って揺れが収まることはない。

 困惑している俺たち同様、カリナもまた呆然と地面を見下ろしていた。

 

(始まったか、そろそろ発進するみたいだね)

 

 

 

 

 

 

 他の部屋同様、一面金属でできた操舵室の中央にある円状の装置の上にスカラは立っていた。

 スカラの口から船を動かすための呪文が出てくる。

 

「ディメンショナルスキッフ・リベルタ。エンゲージリンクオープン」

『エンゲージ』

 

 スカラが呪文を唱えると船の中から無機質な声が響き渡り、彼女が立っている装置から魔力でできた鎖が伸びてきて彼女を縛り上げる。

 スカラはそれを気にとめることなく最後の呪文を唱えた。

 

「リアクト・スタート」

 

次元船(ディメンショナルスキッフ)リベルタ、航行開始。これより次元移動を開始します。次元移動を行う際は艦全体に強い衝撃が発生します。本艦に搭乗している方々はただちに席について、しばらくの間は離席をお控えください』

 

 混乱する地上をよそに、リヴォルタの地下では少ない乗員・乗客を乗せてついに《次元船リベルタ》が始動し、新天地に向けて発進しようとしていた。

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