戦いのさなかに突然起きた地震の中、カリナは地面に立ったまま揺れに身を任せ、黒い蔓に捕らわれたエリザも、予想外の事態に困惑している俺もそれをただ見ていることしかできなかった。
そうしているうちにやがて揺れは収まっていき、蔓に縛られているカリナに視線を戻す。
自身が起きている間もエリザの手足を拘束していた蔓は彼女の全身に伸びていたようで、今や彼女の全身をがんじがらめにしていた。
「うぅ……」
蔓に縛られたエリザの姿は並の男にとっては欲情をそそられるものがあり、俺は思わず唾を飲んでしまう。
それを見てカリナは――
「へえ、さっきからじろじろとお嬢ちゃんの方を見ていると思ったら、ケント君はそういうのが好きだったのかい。言ってくれたらもっと早くお嬢ちゃんを縛っていたのに」
「ち、違う! 俺はどうやったら、エリザをこの蔓から助けられるかと考えていてな――」
「~~これだから殿方は」
エリザは俺とカリナの会話に顔を赤くしながら全身に力を込め……
「これくらいの蔓が何ですか。私の魔力ならこんなもの――」
腕に電撃をまといながら、自身を縛る蔓を剥がそうと力を込め続ける。
だが、肝心の蔓は千切れるどころかびくともせず、エリザが腕にまとっていた電撃も蔓に届く前に霧散していく。
それを見ながらカリナは片手を振って、
「あー、無駄無駄。その蔓は魔力が通らないようにできているから、並外れた力がないと解くことはできないよ。もちろん増強魔法も通用しない」
「そんな、魔力を通さない蔓なんて、まさかこの蔓だけではなくあなた自身も……」
「ああ。あんたを縛っている蔓にも、私らにも魔法による攻撃は通用しない。少なくとも現代の魔法ではね」
愕然とするエリザにそう答えながらカリナは銀十字の書を開く。
すると書の中から数百枚の頁が出てきた。
カリナのまわりに浮かぶ無数の頁はエリザに矛先を向け、真横に向きを変える。
「――っ」
それを見てエリザは思わず息を飲んだ。
「さて、今のあんたはこいつを避けることができない。生かすも殺すも私の気分次第ってわけだ……ケント、取引しないか?」
「取引だと――まさか!」
カリナは俺にこくりとうなずいて言った。
「私たちと来いケント。そうすればこの女は助けてやるよ」
「えっ!?」
やはりそうきたか。
俺はカリナに問いを投げる。
「それはお前たちとともに虐殺に手を染めろと言う意味か?」
「いいや、あくまで雇い主のもとまで一緒に来て欲しいってだけだ。前にも言った通りその後はあんたの自由だ。リヴォルタを離れる頃には、約束通りそのお嬢ちゃんも解放してやるよ」
カリナの要求は俺が黒幕のもとへ行くことだけ。
つまり彼女はそこまでしてでも、俺を黒幕のもとまで連れて行きたいという訳か。
「しかし、お前たちと行動を共にするということは、お前たちが起こす襲撃を黙認すると言っているのも同然だ。現にお前たちは今もこの街で殺戮を続けている。それを放っておくなど――」
「ああそれ。それはもういいの。あっちはもう目的を果たしたみたいだから。こっちもみんな必要なだけの殺しは済ませた頃だろうし、あんたが望むならこれ以上の殺しはやめるように仲間に伝えてもいいよ」
「えっ?」
「何っ!?」
目的はもう果たしただと?
カリナのその言葉に俺もエリザも目を見張る。
俺たちが知らないところで何かが起こっていたのか?
思いつくのは先ほど起こった地震だが……。
そう言えばあの時、カリナも軽く驚いてはいたものの、大きく取り乱すようなことはしなかった。
――まさか、あの地震は黒幕が引き起こしたもので、街への襲撃はそれを覆い隠すために……。
「これでもう私たちとあんたたちが戦う理由はなくなった。どうかな? そこのお嬢ちゃんのためにも意地を張るのはやめて、そろそろ素直になった方がいいと思うんだけど」
「ケント様……」
エリザが不安そうな目で俺を見る。
カリナも嗜虐的な笑みを向けて俺の返答を待っていた。
エリザとカリナ、それぞれの思いが込められた視線を向けられている中で俺は、
「…………断る!」
「ケント様!」
「……」
俺の返事を聞いてエリザは顔をほころばせ、カリナは笑みを消して不服そうに俺を睨みつける。
「そんな要求飲めるわけがないだろう! この襲撃でどれだけの人間が犠牲になったと思っている? お前たちの雇い主とやらが何のために襲撃を命じたのかは知らないが、どんな理由であれ平和に過ごしている人々を脅かしていいはずがない! エリザには悪いがお前の言いなりになる気は毛頭ない。何があってもお前たちを止めるぞ! カリナ・フッケバイン!」
「そうか。じゃあ仕方がない、力づくであんたを連れて行くとしよう。だがその前に……」
カリナがエリザを指さした途端、カリナのまわりで浮かんでいた頁はほんのわずか前に進む。
その光景を前にエリザは思わず息を飲んだ。
「こっちの要求を拒んだんだ。当然それなりの代償を払う覚悟はできてるよね。その代償はお嬢ちゃんの命で払ってもらおうか。恨むのならあんたの横にいる強情な王様を恨みな」
「ま、待て! 彼女は――」
「馬鹿にしないでください! 私とて雷帝に連なる名家の娘。
カリナを止めようとする俺を遮ってエリザは声高に言い放った。
それを聞いてカリナは感心したように目を見開き、口の端に笑みを浮かべる。
それは今までのあざけりを含んだものではなく、エリザのように身分が高い家に生まれながら、責務を忘れない者に対する好感のあらわれだったのかもしれない。
「そうか。あんたみたいな子は嫌いじゃないよ」
「……」
カリナは意を決したように笑みを消す。
「あんたといいケントといい、できれば違う場所で会いたかったね!」
カリナが叫ぶと同時に、何百枚もの頁がエリザに向かってくる。
エリザは死を覚悟し思わず目を閉じた。
そんな彼女の前に俺は身を投げ出す。
「ぐおっ!」
「――ほう」
「ケント様!?」
無数の頁が俺の背中を刻んでくる。
せめて貫通だけはしないでくれと願いながら、俺はエリザの腕を縛る蔓に手を伸ばす。
「ケント様、一体何を?」
「ぐっ!」
しかし、蔓にも無数の棘がついていて容赦なく俺の手に食い込み、たまらず苦悶の声を上げてしまう。
だが、それでも蔓から手は離さない。
エリザがあそこまで言ったのに俺だけがここで挫くことができるものか。
「ケント様無茶です! 私の事はいいからあなたは――」
「うるさい! 少し黙ってろ!」
何やらわめくエリザを一喝して俺は手に力を入れる、今ばかりはエクリプスの身体強化に望みをかけながら。それが功を奏したのか次第に手や背中から痛みがなくなって、
「……うそ?」
「ぐおおおおお!!」
棘だらけの黒い蔓は折れていき、エリザの腕は解放される。
俺はすかさず蔓から手を離し、その手をエリザに伸ばした。
「捕まれ!」
「――!」
半ば弾かれたようにエリザは俺の手を掴んだ。
そのまま俺は彼女を引っ張り上げる。
腕を縛っていた枝が折れたことで、他の枝も緩んでいたのかエリザはあっけなく引っ張り出され、蔓から解放された。
空中にて放心する彼女の横で俺はぜいぜいと息をつく。
「……あ、ありがとうございますケント様。それで……助けてもらって申し訳ないのですが」
「あ、ああ! すまない」
エリザの言葉に俺は彼女の手を握ったままだったことに気付き、慌てて彼女の手を離した。
エリザは安堵のせいか顔を赤くしながら、俺が握っていた手をもう片方の手で掴み呆然としていた。
そんな俺たちの下からカリナの声が響いた。
「ケントがかばってくるところまでは読んでいたんだけど、まさかあの蔓からお嬢ちゃんを助けちまうとはね……でも気付いてるのかい?」
エリザに向けていた好意による笑みではなく、いつも通りのあざけりの笑みでカリナは俺に尋ねてくる。
「エクリプスがなければあんなことはできない、か?」
「ああ。今までのままだったら二人ともあそこで死んでただろうね……でも」
カリナの言葉に俺は背中に手をやる。
服が裂けて外気にさらされているそこには傷らしきものがなかった。すでに痛みも感じない。
背中と手から痛みを感じなくなったのは、エリザを助ける最中からだ。それまでの間も頁は俺の背中に撃ち込まれていた。手だってそうだ。棘だらけの茎を折れるほど握りしめたというのに、まったく痛みを感じなくなった。……これは再生能力によるものではない。
「《身体硬化》……
カリナは肩をすくめながら続ける。
「実に惜しい。あんたとならあのいけ好かない中年
「……下剋上はともかく、世界なんか滅ぼしてどうするつもりだ? 自分たちだけ生き残って自給自足の生活でも送るつもりか? お前たちらしくもない望みだな」
カリナは首を横に振り、
「私らと組む気がない奴に話すつもりはないかな。“ちょっと違う”とだけ言っておくよ。……さてと」
カリナはおもむろにエリザが落とした槍がある場所まで歩いていき、それをエリザに向かって放り投げた。
エリザは慌てて宙を舞っている槍を拾う。
「あんたらなんかに負ける気はしないしさ、私はちゃんと武器を返してあげるよ。あんたと違ってね」
「……それはどうも」
さっきエリザがカリナの刀を握り潰したことを言ってるらしい、エリザはばつが悪そうに礼を言う。
身体硬化とやらを身につけた俺にエリザまで加わっている状況で、まだ俺たちに勝てる自信があるというのか。
エリザは取り戻したばかりの槍を構えて……。
「カリナ・フッケバイン。最後にもう一度だけ聞きます。今ここで投降する気はありませんか? 正直に言ってもはや死罪は免れないと思いますが、ここで剣を下ろせば当局に引き渡す前に、私が手ずから首をはねて楽にして差し上げます」
「本来は苦痛に塗れて処刑されるところを楽に殺してくれるのかい。そりゃあありがたいことで。でももっといい方法がある……あんたらを殺してこの街から逃げちまえばいいのさ!」
カリナもまたエリザに向けて剣を構えた。
「それが答えですか。残念です。でも嬉しいですよ。
あなたには先ほどいいようにされたお礼をしなければいけないと思っていましたから!」
エリザは残念そうな様子などかけらも見せず獰猛な笑みを浮かべる。
彼女が捕らわれの身から解放されたことで、再び戦いの幕が開こうとしていた。