エリザはカリナに向かって思い切り槍を叩き付ける。
それをカリナは剣で受け止め、もう片手に持っている銀十字の書からは百枚近くの頁が出てきた。
「九十一式・破軍斬滅」
「白雪」
二人のまわりで頁が飛び交う中、エリザの槍とカリナの剣が激しくぶつかり合っていた。
俺一人爪弾きにされている形になっているが、剣と槍が交差しているせいで迂闊に近づけない。
そんな中で先ほどのようにカリナの動きが鈍った。
だが、そのカリナの眼の色は紫に変わっている。
「――まずい!」
「四式・瞬光!」
がら空きになった胴めがけてエリザは槍を突き出すが、その先にカリナの姿はなく、槍は空を切る。
まさかと思い、とっさにエリザは顔を右へ向けた。
そこには刀を振り上げたカリナの姿が。
すでにカリナの剣はエリザの顔に迫っており、その美しい顔を上から真っ二つにせんとしていた。
俺はその間に自分の剣を差し込むことで、間一髪カリナの剣を止めた。
エリザは後ろへと下がり俺たちから距離を取る。
そしてエリザに代わって、今度は俺とカリナが互いの剣をぶつける。
真価を発揮したディバイダーを持つ適合者には魔法そのものが効かない。となれば剣に魔力を付与しても無駄だ。エリザみたいに多彩な技を持っていない俺はひたすら剣をぶつけていくしかない。
俺とカリナは何度も鍔迫り合いを続け、その合間にカリナが隙を見せることもあったが、汗一つ書いていないカリナの様子から
この暗闇でそんなことができるのも、エクリプスによる視界強化がなせる業だろう。
カリナは俺から距離を取って、銀十字の書を左手に持ちながら剣を構える。
俺も剣を構えながら相手が次に何を仕掛けてくるかを思案する。
頁による目くらましからくる突きか、爆発か、それとも……
「茨姫!」
「――!」
カリナが呪文を唱えるとともに、書から黒い蔓が伸びてきて俺の腕や剣に絡まっていく。
しまったと思った時には、目の前に剣を振り下ろそうとしているカリナの姿が見えた。
蔓を剥がそうと俺はあがこうとするが、
「動かないで!」
その一喝に俺は思わず動きを止めた。
それから間髪を入れず俺とカリナの間を槍が割って入る。
「やああああ!」
エリザは手にしていた槍でカリナの剣を弾き、そのまま槍を大きく振り回して、俺の剣や腕を縛っていた蔓を断ち切っていった。
「すまないエリザ。助かった」
「さ、先ほどの借りを返しただけです。今は戦いに集中してください」
礼を言う俺にエリザはそっけなく顔を背ける。その顔は興奮のせいか少し赤くなっているように見えた。
「いちゃつくならあの世でしな!」
そう言いながらカリナは剣を振るう。
エリザは槍で剣を受け止める。
だが、カリナの左手には今も頁を排出している銀十字の書があった――これが本命か。
俺は剣を振るって書をカリナの手から払い落とそうとする。
だが、書は急速な勢いで頁を排出し、書から出てきた何百枚もの頁が盾や結界のように俺の剣を防いだ。
「残念」
カリナの口からそんな言葉が出てくる。
だが――
「まだだ!」
フライングムーヴ!
口に出さず、心の中で念じて技能を発動させる。
すると例によってまわりの動きは停止状態に近いほど緩やかになり、体の節々から痛みが走ってくる。ちょっと動いただけで倒れてしまいそうな激痛だ。こればかりは硬化能力でも防ぎようがないらしい。
身が砕けるほどの激痛の中で俺は懸命に目を見開き、静止したままのカリナの左手にある銀十字の書を見る。
俺は剣を握り、書に狙いを定める。
前のように結界が剣を防いだらどうなるか。
もしそうなれば、俺はおそらく剣もろとも弾き飛ばされ、その衝撃と体を打った激痛によって技能は間違いなく溶けるだろう。そればかりか再生能力も追いつかず、戦いを続けることはできなくなるかもしれない。
そう考えると躊躇いを覚えてしまう。
しかし、この機会を逃せば技能が解けた瞬間に、俺もエリザも頁による攻撃を喰らってしまう。
ここで俺がどうするかによって勝負が決まる。なんとなくだが俺はそう思った。
俺は躊躇いながらも剣を握りながら書を見て――そして気付いた。
書の中から新たな頁が出てこようとしている。それを見た途端もしかしてと思った。
もう何度も言ったがこの技能は時間を停止させるわけじゃない。俺の方がまわりよりもはるかに速く動いているんだ。
だから短時間で繰り返し使えば体に負荷もかかるし、まわりもわずかにだが動く。
今回はそれが功を奏した。
一か八か俺は覚悟を決め剣を握り、激痛をこらえながら剣を思い切り真横に振る。
「うおおおおお!」
技能が解けたのとそれが起こったのはまったく同じ瞬間だった。
「えっ!?」
カリナの手から書が落ちて、カリナは思わずといったように地面に落ちた銀十字の書を見る。
俺はすかさず剣を振るいながらエリザに向かって思い切り叫んだ。
「エリザ、今だ!」
エリザもまわりの変化に戸惑っていたものの俺の声を聞いて、槍を構える。
「うおおおおお!」
「やあああああ!」
技の名を叫ぶこともせず、俺とエリザはあらん限りの力を込めてカリナの体に自らの武器を叩きこんだ。
……………………。
手ごたえはあった。
俺たちの武器はカリナの体に間違いなく当たっていて、この手には今も硬い感触が……
――硬いだと!?
まさかと思い、俺もエリザも攻撃を喰らったカリナを見る。
「……まさか」
「……嘘でしょう?」
なぜその可能性に思い当たらなかった?
俺が身につけたばかりの能力なんて、カリナなんかすでに持っていてもおかしくないじゃないか。
「ひどいなあ。二人がかりで乙女の体を突き刺そうとするなんて」
俺の剣とエリザの槍は確かにカリナの体に当たっていた。
だが、それぞれの刃はカリナの固い体を貫くことはできず、そこで動きを止めていた。
「私じゃなかったら死んでたぞ♪」
《硬化能力》……俺のようにカリナもその能力を持っていた。
「ふっ――」
「きゃあああ!」
カリナは剣を振るいエリザの体を一薙ぎする。
「エリザ!」
カリナに斬られ衝撃で飛ばされていくエリザの名を叫ぶ俺の後ろで、
「人の心配をしている場合かい!」
背中に衝撃が走る。思わず俺は後ろを振り返った。
そこには右手に剣と、いつの間にか拾ったのか左手に銀十字の書を持ったカリナの姿があった。
どうやら背中をカリナに斬りつけられたようだ。にも関わらず背中に痛みはない。硬化能力のためだろう。
カリナもそれに気付いて、
「おっと、今のあんたに刀剣は効かなかったね。ならば――」
銀十字の書から無数の頁が出てくる。
「そらっ!」
「ぐああああ!」
俺の体に無数の頁が撃ち込まれていく。
剣をはじく今の体も、カリナの意思がこもった頁には敵わないようだ。
たまらず俺はその場に仰向けに倒れる。
なぜ俺もエリザも、カリナが硬化能力を持っていることを考えられなかったのか。
いや、考えたくなかったんだ。
だってそうだろう。
魔法は効かない。そのうえ剣が通らないくらい固い体を持つ人間なんて、無敵としか言いようがないじゃないか。
そんな化け物に勝つにはそれこそ《聖王のゆりかご》くらいの古代兵器が必要だ。だがそんなもの、今のベルカでは聖王家しか持っていない。そもそも本当に実在するものなのか。
考えたくないから考えないようにした。愚鈍としか言いようのない自分を呪っている俺の耳に、カリナの声が届いてきた。
「思ってたよりずいぶん頑張ったねケント君。なかなか楽しかったよ。だがこれでわかったろ。君たちでは私は倒せない。君がエクリプス適合者であることを受け入れ、ディバイダーとリアクターを手に入れない限りね」
何も言い返せない。俺たちにとってカリナはまさに無敵そのもの。
彼女の話に乗ったふりをして隙をつくか、ディバイダーとリアクターを手に入れるしかカリナを倒す方法はなかったのだろうか。
いずれにしてももう遅い。
「じゃあ、名残惜しいけどそろそろ終わりにしようか。あんたの首を斬り落として、それを雇い主のところへ持って行くとしよう。あのおっさんから文句は言われるだろうけど仕方がない。ゼロドライバーなら首だけになっても生きているかもしれないし」
カリナは俺にとどめを刺さんと銀十字の書を掲げる。
「ケント様!」
遠くからエリザの悲痛な声が聞こえてくるが、今の俺にとってはもはやどうでもいい事だった。
とどめの一撃を待つケントの側には黒い渦が現れ、そこからスポイトを持った手が伸びてきた。
カリナは目線だけを動かしてその手を見やる。
(……なるほど、万が一のためにゼロ
その時、ケントの懐からある物が出てきた。
十字型の先が鋭い物体が描かれた茶色い表紙の本、カリナが持つ銀十字の書によく似た、《闇の書》と呼ばれる魔導書だった。
闇の書はひとりでに頁を開いていく。
カリナはわけがわからず、ただそれを眺めていた。
◇
ケントがカリナに討たれようとしている頃、各地では逆にエリザヴェータに仕える執事の助力を得た守護騎士たちが、カリナの部下たちとの戦いを優勢に進めていた。
それが絶体絶命に追いやられていたケントとエリザの運命を大きく変える。
「だああああ!」
「ぐあああっ!」
シグナムの剣がサガリスの体を真横に斬り裂く。
大きく斬り裂かれたサガリスの体は、再生能力によってすぐに元通りになろうとするが、そこへスコットが剣を突き入れる。
「はああああ!」
「ぐおおおお!」
シグナムとスコットは二人で戦っていくうちにどちらからともなく連携が取れるようになり、一方がサガリスに手傷を負わせ、その傷が再生しかけているところへ、もう片方が攻撃を仕掛けて傷を広げていくという戦い方を取るようになっていった。
再生しようとしてもまた傷を入れられ、それが何度も繰り返されれば、さすがの適合者でも深い傷を負うようになる。
こうなればもはや魔力を分断する力など、サガリスにとって何の優位にもならなかった。
やがてサガリスは剣を捨て二人から逃げようとするが、スコットは先回りしてサガリスの逃げ道をふさぐ。
サガリスは身をひるがえるものの、そちらにはシグナムがいた。
二人に挟まれ逃れる術を失ったサガリスの顔は恐怖で引きつっていた。
そして思った。
俺に殺された奴らもこんな恐怖を抱いていたのだろうか。と。
「でああああ!」
「はああああ!」
「ぐあああああああ!」
シグナムとスコットは同時にサガリスを斬りつける。
サガリスは断末魔のような叫び声を上げながらうつぶせに倒れた。
「死んだのか?」
シグナムは思わずそう呟く。
とどめを刺す際に心臓らしきものを斬った手応えがあった。
故にそう思うのは当然なのだが。
「お待ちください! まだかすかに息があります。不用意に近づかないでください」
サガリスの口からかすかに聞こえる呼吸音を聞き取ったスコットはシグナムに注意を促す。
普通ならさすがのスコットでも気を緩めてしまうところだが、サガリスという男が普通の人間ではないことは今までの戦いで嫌というほど実感している。
とはいえ、まさか本当に生きているとは思わなかったが。
「心臓を斬られても死なんのか。我々と比べても桁違いの生命力だな。ヴォルケンリッターを超えるものとして造られた存在というのは本当かもしれん」
「……? シグナム様、何か仰いましたか?」
「いや、何でもない。厄介な相手だったと言いたいだけだ」
動揺のあまり、つい思ったことが口に出たらしい。耳ざとくシグナムの独り言を耳にしたスコットにシグナムはそう言って誤魔化す。
そんな時だった。
「ぐっ、ぐあああああああ!!」
今まで倒れていたサガリスが起き上がり、胸を抑えて苦しそうに身をよじらせる。
それを目にしたスコットとシグナムは身構えて警戒態勢を取る。
ただならぬサガリスの様子にスコットは戸惑う。一方、シグナムはまさかと思った。
(この苦しみ方は……まさか)
◇
「ぐあああああ!」
「おいアロンド、どうした? しっかりしろ!」
深手を負って今まで倒れていたと思ったら、突然胸を抑えて苦しみだしたアロンドにヴィータは駆けよる。
「いけませんヴィータ様、これは罠かも――」
「うっせえ、黙ってろ! もう勝負はついたんだ! お前はさっさとあのお嬢様のとこにでも戻ってろ!」
今までヴィータと共にアロンドと戦っていたジェフは、不用意にアロンドに近づこうとするヴィータを諫めようとするが、ヴィータはジェフに怒声を上げてアロンドの肩を抱く。
大切なぬいぐるみを壊されたとはいえ、やはりアロンドはヴィータにとって、初めて好意を抱いた特別な存在だったのだろう。
だが当のアロンドは、
「さわんじゃねえ、気色悪い。あんまり俺に近づくと今度こそてめえの喉笛を掻き切っちまうぜ」
「強がり言ってる場合か! ちょっと待ってろ《シャマル! シャマル聞こえるか? あたしだ。すぐ南区へ来てくれ! アロンドを止めたとこなんだが、奴の様子が変なんだ。おい! 聞いてんのか?》」
ヴィータはシャマルに向けて必死に念を飛ばすものの、返事は返ってこない。
そうしている間にもアロンドは苦しみ続ける。そして――
「ぐああああ!」
「アロンド! ――これは!」
苦しみの末、絶叫したアロンドの胸から出てきた赤色の球体はヴィータもよく知っている、魔導師が体内に持つ魔力の源、リンカーコアだった。
まさかと思いヴィータは誰にともなく言う。
「お、おい、待て、やめろ」
だが、それに構わずアロンドのリンカーコアから魔力が流れ出て、中央区の方へと向かっていく。
ヴィータはたまらず、
「やめろおおおおおおお!!」
◇
中央区、リヴォルタ・ワッフェギルド
そこには十数人の死体があちらこちらに散乱していた。
その死体の中には、このギルドでマスターに次ぐ地位に就いていたサブマスターだった中年の姿もある。
そんな中、ギルドの事務室だった場所には、唯一の生者にしてこの凶行を行った下手人の姿がある。
青髪に黄色の瞳の線が細い優男。ただ一人ケントや守護騎士たちの前に姿を現していない、フッケバイン傭兵隊の参謀フォレスタだ。
他の仲間がリヴォルタ各市街への襲撃を始めてから、フォレスタはすぐにこのギルドに向かって、そこにいる人間を皆殺しにし、それからはずっとこの部屋にこもって主への報告や他の傭兵たちの監視に努めていた。
彼らと守護騎士の状況を確認するため、そして“真の主”から命じられたある役目を果たすために。
彼は現在、黒い渦に手を伸ばし、ある物を手に入れようとしている。
今回の戦いでエクリプス因子を取り込み適合者となったケントという闇の書の主、ゼロドライバーの可能性がある彼の血を、フォレスタは手に入れようとしている。
だが――
「見つけた!」
「ぐあっ!」
突然胸に激痛が走り、フォレスタは胸を抑えようとしながら視線を下げ、そしてそれを見た。
自分の胸に緑色の渦が現れ、そこから黒い球体を持った手が伸びてきているのを。
「これは……まさか――ぐあああ!」
奇しくもフォレスタがいるギルドと同じ地区にある中央区の教会にて、シャマルはクラールヴィントが発生させた渦の中に手を入れていた。その渦はフォレスタの体内に繋がっていて、シャマルは今、フォレスタのリンカーコアから直に魔力を奪っている最中だ。
「ずいぶん手を焼かせてくれたわねフォレスタさん。その分たっぷり魔力は頂くわよ!」
シャマルは今までの間、他の守護騎士やケントが置かれている状態を把握しつつ、フォレスタらしき男がどこに現れるかをずっと探っていた。
一度北区で戦いによるものとは異なる、怪しげな魔力反応を察知したものの、ギリギリのところで間に合わなかった。
だが、彼は再び動いた。偶然にも同じ中央区からある物を手に入れるために。
シャマルはそれを見逃さず、即座に中央区全体に網を張った。
そして、ようやくフォレスタを捉えることに成功した。
シャマルはフォレスタのリンカーコアをしっかりと握る。彼の魔力を根こそぎ奪いつくすまで。
「ぐああああっ!」
フォレスタは激痛にたえながら目を開き、見た。
リンカーコアから放出された自身の魔力が黒い渦を通っていくのを。
それを最後にフォレスタは意識を失った。
◇
黒い渦から出てきていたフォレスタの手がスポイトを手放して引っ込んでいき、代わりに彼の魔力が黒い奔流となって渦から流れ出てくる。
『Sammlung(蒐集)』
黒い奔流は闇の書が開いていた白紙の頁へと吸い込まれていく。
それだけではない。
カリナは上空を見上げる。
そこには各地から様々な色の魔力が集まっていて、ちょうど闇の書の真上まで来ている。
上空に集まった魔力の色は、カリナにとっていずれも見覚えのある色だ。
カリナもそれに気付いて上空を見上げた。
「あの魔力光はあいつらの……まさか」
カリナがそれに気付くと同時に、闇の書の真上を漂う魔力の奔流は一直線に闇の書を向かって降りてきた。
「――まずい!」
カリナは宙を漂う闇の書を斬り捨てようと真横に剣を振るう。
しかし、剣が闇の書に届く直前に書はひとりでに頁をめくっていく。
『
ある頁に行きつくと同時に書の前に紫色の結界が張られて、カリナの剣をはじく。
「――これは! まさか、魔導書自身が魔法を使っているのか? ――うっ!」
闇の書は剣をはじいた後、再び白紙の頁を開き、奔流はそこに吸い込まれていく。
『Sammlung(蒐集)』
その瞬間、闇の書はまばゆく光り輝き、あまりのまぶしさにカリナは思わず腕で目を覆った。
その光景をケントは仰向けに横たわりながらただ眺めている。
『Abgeschlossene Sammlung bis Seite 537(537ページまでの蒐集を完了)』
突然聞こえてきた声に反応して俺は目を開ける。
魔法を使う時などに発する術式言語だ。こんな言葉で会話する
もしやと思い、俺は頭上に浮かぶ闇の書を見上げる。
『In dieser Sammlung hat die Anzahl der Seiten des Zauberbuchs 400 überschritten. Dadurch ist es möglich, das Masterprogramm zu starten und zu verkörpern.(今回の蒐集で魔導書の頁は400ページを超えました。これにより『
マスタープログラム? 何だそれは? また何かが起こるのか? そのプログラムとやらはこの絶望的な状況を何とか出来るのか?
聞き慣れぬ言葉と疑問に頭をひねる俺に、闇の書は『Jedoch(ただし)』と続けた。
『Aufgrund des unvollendeten Zauberbuchs bleibt die Leistung des Masterprogramms bei 62% des ursprünglichen Niveaus. Daher empfiehlt es sich, nur das Masterstudium zu beginnen, bei der Beurteilung aber den aktuellen Stand des Hauptstudiums mit einzubeziehen――(魔導書が未完成の状態のため、管制人格の性能は本来の62%にとどまります。そのため、本来なら管制人格の起動のみを推奨としますが、現在の主の状態を含めて判断した場合――)』
「何でもいい! この状況を何とか出来るなら、管制人格の起動でも具現化でも、何でもいいからやってくれ!!」
闇の書の長々とした補足に業を煮やし、俺はそう叫ぶ。
闇の書は無機質な声で返事を返した。
『OK. Beginnt und verkörpert das Masterprogramm(了解しました。管制人格の起動と具現化を実行します)』
「――させるか!」
カリナが声を張り上げると同時に彼女が掲げた銀十字の書から無数の頁が出てきて、猛烈な勢いで俺と闇の書に向かっていく。
俺と闇の書は無数の頁に切り刻まれ……ることはなかった。
銀十字の書から出てきた頁が闇の書に届く直前、闇の書は再びまばゆい光に包まれ反射的に俺は目を閉じる。
「――えっ!?」
光が収まったのを感じて目を開いた俺の前には一人の女がいた。
こちらに背を向けているため長い銀髪と背中から生えた二対の羽根しか見えないが、そんな彼女の姿を見て俺は思わずある言葉を呟いた。
「……黒い天使?」
黒い天使は俺たちに迫る頁を結界で防ぎながら、こちらに顔を向けた。
「ご無事ですか? 我が主」
俺を助けてくれたのは黒ずくめの服を着た美女だった。
きりっとした細い目と赤い瞳。服の生地が薄いせいか胸がくっきり出ている。もしかしたら守護騎士で最大のボリュームを誇るシャマルより大きいかもしれない。
服装は黒ずくめで、両手に籠手をはめて、右足に長いソックス、左足に短いソックスを着用し、背中には二対の翼が、頭の上には一対の羽がついている。
服が黒いところと左右のソックスの長さが逆になっているところ以外はライラが着ているものとまったく同じ衣服だ。
それもあってライラに似ているという者もいるだろう。
だが、そんなことよりも――
――なんて綺麗な人なんだ。
こんな状況にも関わらず彼女を一目見た途端、俺はそう思ってしまった。
愚王ケントには多くの愛人がいたとされるが、その中でも彼から最も寵愛を注がれた女性がいた。
その女性はケントから『リヒト』と呼ばれていたが、その名で呼ばれて戸惑うこともよくあったため、それが彼女の本当の名前かどうかは定かではない。
リヴォルタから連れ去ったとも言われるが、一説では彼女は闇の書の化身そのもので、ケントを操りベルカの滅亡を目論んでいたとも言われている。
ケントの死と共に彼女も行方知れずとなったため、その真相は今なお不明である。