グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第48話 ユニゾン

「な、何ですか、あの黒ずくめの女性は?」

 

 ケントたちから離れた場所で、闇の書による魔力の蒐集から黒衣の女が登場するまで一連の流れを見ていた、エリザはつぶやきながら身を起こす。

 

 

 

 

 

 

 上半身だけを起こしている俺の前で、新たに現れた黒衣の女とカリナが相対していた。

 黒衣の女に対してカリナは声をかける。

 

「あんたが闇の書のリアクターか。今まで出てこないもんだから、てっきり大昔に消滅しちまったかと思ったよ」

 

 その言葉に黒衣の女は首を横に振った。

 

「否、私はリアクターと呼ばれる存在とは違う。この魔導書の管理を行うために書とともに造られた管制プログラムだ……《闇の書の意思》と言えば分かるか?」

 

「……? 同じようなもんだろう!」

 

 とどめを邪魔された上に要領を得ない返事をされたカリナは逆上して剣を振り上げる。

 それを見ても女は避けようともせず、じっとしていた。

 

「避けろ!」

 

 たまらず俺は声を張り上げるが女はじっとしたまま……

 

「我に鋼を砕く力を」

Schwarze Wirkung.(シュヴァルツェ・ヴィルクング)

 

 闇の書がそう応えた瞬間、黒衣の女の腕は紫色の魔力光に薄く覆われた。

 女は紫がかった腕をそのままカリナの剣にぶつける。

 女の思いもよらない行動に俺もエリザも、そしてカリナも目を見張る。

 だが驚くべきところはそこではなかった。

 

「なっ!?」

 

 女の拳を受けたカリナの剣は砕け散る。まるでガラスのようにあっさりと。

 それに対して、女の手にはかすり傷一つついていない。

 

「はあああ!」

「ぐああっ!」

 

 女は腕を引き、カリナの顔を思い切り殴りつける。

 それだけでカリナの体は吹き飛んでいき、炎上する建物の中へ突っ込んでいった。

 

「つ、強い」

 

 俺の口から思わずそんな言葉が出る。

 だってそうだろう。本領を発揮した途端、俺たちが手も足も出なかったあのカリナを、闇の書から現れたあの女子(おなご)はまるで赤子の手をひねるように易々と倒したんだから。

 その女子(おなご)は再び俺の方を振り返って口を開いた。

 

「我が主!」

 

「な、何だ!?」

 

 突然女から声をかけられ俺は上ずった声を出してしまう。

 そんな俺に女は声を張り上げた。

 

「敵はまだ倒れていません。すぐにでも立ち直ってくるでしょう。主よ、あの難敵を倒すために私と《融合(ユニゾン)》を行ってください!」

 

 鬼気迫る女の剣幕に俺は押されてしまう。

 だが融合という言葉を聞いて、カリナが言っていたある言葉を思い出した。

 

「《融合騎》……まさか、闇の書とともに造られたという融合騎とやらは、君の事だったのか?」

 

 俺の問いに女は軽くうなずく。

 

「そのような名称で呼ばれたこともあります。その名の通り主とユニゾンを行い、内から補助を行うのが私の本来の役目です」

 

 あれで補助担当だと? このままでも俺なんかよりよほど強いのに?

 

「もちろんこのまま戦うこともできますが、魔法が効かず物理も()()()()()敵が相手では、絶対に勝てるとは言い切れません。それに主の体内にあるウイルスを一刻も早く抑制しなくては。そのためにも私とユニゾンをしてください!」

 

 女はそう言って頭を下げる。

 そんな真似をされるまでもない。俺は立ち上がりながらそれに答える。

 

「あの女を倒すために必要ならそうしよう。それで、ユニゾンとやらをするにはどうすればいいんだ?」

 

「何も。ただ、そのままじっとしていてください」

 

 そう言って女は俺のそばまで歩み寄り、そのまま俺に抱きついた。

 

「ちょっとあなたたち!? こんな時に一体何を?」

 

 遠くからエリザの甲高い声が聞こえてくる。

 女はそれに構わず――

 

ユニゾン・イン

 

 俺に抱きついていた女は突然光に包まれ、俺の胸の中へ入っていく。まさかこれが……。

 

《ユニゾン完了。続けて生成済みのワクチンを投与します》

 

 体の中から女の声が聞こえてくる。思念通話とは違う感覚だ。これがユニゾンか。

 それからほどなくして俺の体に変化が起きた。

 今まで視界にかかっていた青みや変な情報が見えることがなくなり、体も軽くなったのだ。

 これはまさか……

 

「体が元に戻ったのか? もしかして君が――」

 

《その事に関しては後で説明します。それよりも主、前を見てください》

 

 中から聞こえてくる声に従って前の方に顔を向けると、燃える建物の中から出てくるカリナの姿があった。

 カリナはまだ笑っていたが、その笑みは今までと違い憤怒で歪んでいる。

 

「ケントか。どうやらあの女と融合して因子を無力化しちまったみたいだね。ククッ、あの融合騎のおかげで大嫌いな殺しはしなくて済むようになったかもしれないが、再生能力も硬化能力もなしで私に勝てると思っているのかい?」

 

 カリナの言う通りだ。

 エリザと二人がかりでも手も足も出なかったのに、エクリプスによる身体強化を失った俺がカリナに勝てるとは到底思えない。せめて黒衣の女が直接戦った方が――

 

《大丈夫です!》

 

 心の中から発せられる女の声に、俺は思わず自身の胸を見る。

 

《あのようなウイルスの力を借りずとも、私とユニゾンした主なら勝てます。絶対に!》

 

 果たしてそうだろうか?

 しかし、あそこまで言った手前、今更退くわけにはいかない。

 俺は覚悟を決めて剣を構える。

 そんな俺をカリナはせせら笑った。

 

「闇の書の意思なんてたわごとを真に受けてるんじゃないだろうね? そいつはただの融合騎。主に取り付いていないと何もできない大昔の失敗作さ」

 

「そいつに殴り飛ばされた奴が言うことではないと思うがな」

 

「黙れ! 女に頼りきりの軟弱者が!」

 

 カリナが怒鳴ると同時に銀十字の書から再び大量の頁が出てきて、それらは彼女の右手に集まり剣の形をとる。

 これがカリナの切り札か。

 

 しかしどうする。鍔迫り合いをしのいでもカリナは硬化能力を持っていて、彼女の体には刃が通らない。

 あいつを倒すにはどうしたら。

 

 そんなことを考えている時だった。

 

《シュヴァルツェ・シュヴェルト》

 

 女が詠唱を唱えると剣のまわりに紺色の魔力光が帯びる。

 これはさっきと同じ……。

 

《先ほどまでの事は忘れて、もう一度その剣で戦ってください。大丈夫、今度は絶対に勝てます》

 

「……わかった」

 

 女の言う通りに俺は剣を構え、そのままカリナに向かっていった。

 そんな俺をあざ笑いながら、カリナは頁でできた剣を振るう。

 俺は剣でそれを受け止めながら、カリナに向かって剣を振るっていく。

 だが、カリナは自分への攻撃など気にもとめていないのか、防御しようとするそぶりがまるでない。

 そのためか、何度も剣をぶつけていくうちにカリナは無防備な体をさらすようになる。

 そこを――

 

《――今です!》

 

「はああああ!」

「ぐああっ!」

 

 指示を聞くまでもなく、俺はカリナの体めがけて斜めに剣を振りかぶった。

 俺の剣はカリナの体を深く斬りつける。

 

「ぐっ!」

 

 カリナは後ろへ下がり、斬り傷がついた肩を押さえた。

 

「馬鹿な、一体なぜ?」

 

 

 

 

 

 

 一方、ケントとカリナの戦いを見てエリザは……。

 

「どうなっているんですか? あのカリナを今度はあっさりと、それに今のケント様の姿は一体?」

 

 彼女は自分が見ているものを信じることができないでいた。

 当然だ。

 黒衣の女が光になって消えたと思ったら、残されたケントの髪の色は灰色に変色している。目の色も金と緑に変色しているが、あれらは以前見た通りなので元々の色なのだろう。

 そのうえ、ケントはあの姿になってから、先ほどまで追いつめられていたのが嘘のように、カリナを圧倒するようになっているではないか。

 エリザは辺りを見回して黒衣の女の姿を探す。

 

(あの女はどこにいるの? ケント様に一体何をしたのよ? あの人に何かあったら絶対許さないんだから!)

 

 

 

 

 

 

 そんなエリザをよそにケントたちは。

 

《我が主、大丈夫ですか?》

 

《ああ。もしかして君がこの剣に》

 

《はい。勝手ながら主の剣を魔法で強化させていただきました。分断される前に、魔力をエネルギーに変換してしまえば無力化されることはありません。今の主の剣なら硬化能力を持つ敵だろうと斬ることができます》

 

 なるほど、シュヴァルツ・ヴァイスのように武器を魔力光で覆って威力を高めるのではなく、最初から魔力をエネルギーに変換して武器を強化する魔法か。これなら《魔導封じ》にも通用する。

 

「なめるな!」

 

 カリナは一瞬で起き上がって、すさまじい形相で頁の剣を振るう。俺は身体を後ろにそらしてそれを避けた。

 そうしている間に銀十字の書から数百枚の頁が出てきた。

 

「茨姫」

「――!」

 

 頁から黒い蔓が出てきて、俺の剣や腕に巻き付いていく。

 

「もらった!」

 

 カリナは蔓に絡まれた俺に向かって真っすぐ剣を振り下ろしていく。

 だが――

 

《ブラッディダガー》

 

 女の声とともに俺のまわりに何本もの赤い短刀が現れる。

 その直後、短刀はあちこちに飛んでいき、蔓やカリナに当たった瞬間小さな爆発を起こした。

 

「ぐっ」

 

 この爆発によってカリナはひるみ、蔓と頁に火が付きまたたく間に燃えていく。

 俺は剣を振って腕に絡みついている枝を斬り、すぐさま燃え盛る蔓から逃れた。

 それを見てカリナは舌打ちをこぼしながら毒づいた。

 

「小賢しい真似を!」

 

 カリナは炎を払いながら憤然と頁の剣を構え、俺も剣を前に構える。

 もう何度目だろうか、俺とカリナは再度剣をぶつけ合う。

 しかし、追い詰められた者特有の鬼気迫る表情で剣を振り下ろしていくカリナの顔を見てなんとなく思った。

 おそらくこれが最後の鍔迫り合いになるだろうと。

 

 甲高い金属音を立てて剣をぶつけた後、カリナは俺から距離を取り剣を構えながら俺を睨む。

 俺も剣を下ろし、カリナを睨み返す。

 

「…………」

 

「…………」

 

 長い睨み合いの末、俺とカリナは一歩前へ踏み込む。

 そして俺は勢いよく駆け出して剣を振り下ろす。

 だがそこにカリナはおらず、剣は空を切った。

 まさかと思い、俺は右側に顔を向ける。

 そこにはニヤリと笑いながら剣を振り下ろそうとするカリナが。

 カリナの剣はまっすぐ俺の顔に迫る。

 

「ケント様!」

 

 少し離れた場所からエリザが、

 

《主!》

 

 体の内側から名前も聞いてない美女が俺を呼んでくる。

 

 俺はそれに答えるように左手を上げ、カリナの剣の刃をそのままつかんだ。

 

「なっ!?」

 

 紙でできているはずの刃は並の刃物より鋭利で、それを握っている左手から激痛が走り、血が流れる。

 それに耐えながら俺は右手に持った剣を振り上げ、カリナの剣を弾き落とした。

 カリナはすぐに数歩下がって俺から距離を取る。

 俺は剣をさらに頭上まで振り上げながらカリナを両断しようと彼女を見据え、それを見た。

 カリナの左手にある白い表紙の魔導書が開かれようとしているのを。

 やはり最後の最後で牙をむくのはお前か――《銀十字の書》!

 

 すでに銀十字の書からは数枚の頁が出てきている。

 エクリプス因子を抑え込んだ今の俺は硬化能力も再生能力も使えない。頁による攻撃を喰らったらその時点で俺は死んでしまうだろう。

 だが固有技能フライングムーヴはとっくに使用回数の限界を超えている。この戦いでこれ以上技能を使ったら、二度と起き上がることはできないに違いない。

 その上こいつらには魔法が一切通用しないときた。

 今の俺が使える武器は謎の美女の魔法によって強化された、この《ティルフィング》だけだ。

 

 俺はこのティルフィングを斜め左に振り下ろし銀十字の書に叩きつける。

 

「なに――ぐああぁ!」

 

 銀十字の書はカリナの左手とともに地面に落ち、手首から噴出する主の血を浴びて真っ赤に染まる。

 得物を失ったカリナめがけて、俺は剣を振り下ろした。

 

「うおおおおおお!!」

 

 それを前に――

 

(これまでか)

 

 カリナはなぜかおかしそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 すべての武器と左手を失った自分に向けて、ケントが剣を振り下ろしてくる。

 エクリプス因子の持ち主は心臓を斬られても死なないが、過度な再生は再生能力の暴走である《自己対滅》を引き起こしやすい。

 どの道死は免れないだろう。

 

「ククッ」

 

 死ぬ寸前だからか、時間の流れがやけに緩やかだ。ケントのように制止した時間の中を動きまわったり、剣を避けるということはできないが。

 しかしまさか、自分に引導を渡すのがこんな坊やだったとは。

 滑稽すぎてこんな状況にも関わらず、笑いがこみ上げてきてしまう。

 

《我が主》

 

 そんなカリナの内側から少女の声が聞こえてきて、カリナはそちらに意識を向ける。

 そこには一年間行動を共にした、従者であり相棒でもある白髪の少女、ライラがいた。

 

「何だ、まだいたのか……見ての通り私はここでおしまいのようだ。巻き添えを食わないうちにとっとと私から離れな。あの甘ちゃんなら悪いようにはしないだろう。少なくともあんたのことを実験作としか思ってない、あのおっさんよりはましだ」

 

「いいえ」

 

 カリナの忠告をライラは首を横に振って拒絶する。

 カリナは呆れた目をライラに向けた。

 

「あんなのでも一応(製作者)ってわけかい? そりゃ健気なこって。エクリプス因子がもたらす衝動に従って、故郷ごと両親や弟妹を殺した私にゃわからん」

 

 カリナは頭をかきながらそう打ち明けるが、ライラはまた首を横に振って答えた。

 

「私はあの人が嫌いです。思いやりがあるふりをして本当は自分の事しか考えてない。実の子供さえ対面を整えるための道具としか思っていない、あの人の事は」

 

「あー、私もそうだと思ってたわ。家族のためなら何でもってタマじゃないもんあいつ」

 

 うんうんとうなずくカリナを前にしてライラは続ける。

 

「私があの人の事を家族だと思ったことは一度もありません。私が家族だと思っているのは主と主が集めた人たちだけです」

 

 思いもよらぬライラの告白にカリナは顔を赤くし、ばつが悪そうにそっぽを向ける。

 

「そ、そいつは知らなかったな。言ってくれればあいつらだってもっとあんたに構ってやっただろうに」

 

 ライラは首を横に振り、

 

「いいえ、あなたたちには十分よくしていただきました。だからせめてもの恩返しとして主にはお教えしていない、“最後の能力”を持ってあなたをお助けします」

 

 その言葉にカリナは思わず振り向き、ライラを見る。

 

「最後の能力? 私を助ける? あんた、一体何を?」

 

「お世話になりました主カリナ……いえ、許されるのならせめて最後に一度だけ……呼ばせてください」

 

「おい、あんた何する気だ? 私はあんたが命張って守るような人間じゃあ――」

 

 カリナはライラの肩を掴んでまくしたてるものの、ライラはそれに答えずに笑いながら言った。

 

「さようなら」

 

「おい待てライラ、やめろ、やめるんだ!」

 

「姉さん」

 

「やめろおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

「――」

 

 胸を斬られ、断末魔もあげずカリナは倒れた。

 俺は顔を伏せながら彼女に向かって一歩足を近づける。

 

《主、迂闊に近づくのは危険です!》

 

 俺の中にいる女はそう言って俺を制止しようとするが、確かめないわけにはいかない。

 万が一カリナが復活しそうなら、彼女の凶行を止めるため頭を砕いてとどめを刺してやらなければならないのだ。

 だが、できればそれを避けたい。

 彼女たちは自分たちが生きるために、仕方なく殺生を重ねたエクリプスの被害者だ。彼女らを擁護することはできないが、せめてこれ以上亡骸を傷つけることはしたくない。

 

「ケント様、カリナは、カリナはどうなりましたか?」

 

 遠くからエリザの声と足音が近づいてくる。

 彼女にはこういうものは見せたくないのだが。

 俺は意を決して顔を上げ、カリナの亡骸を見ようとする。

 だがそこにいたのは――

 

「――えっ!?」

「――彼女は?」

《……まさか》

 

 白髪に白い服、左右異なる長さの黒いソックス。

 俺たちの前に倒れているのは胸を斬られたライラだった。

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