グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第49話 むなしい決着

 苦しい戦いの末にようやくカリナを倒し、彼女の最期を確かめようとした俺とエリザ、そして俺とユニゾンして体の中にいたままの黒衣の女が目にしたのは、胸を斬られた状態で倒れているライラ・シュトロゼックだった。

 思わぬ光景に唖然としている俺たちの前でさらなる変化が起こった。

 

「――!」

 

 ライラの体が発光し、その光は彼女の体から離れ、ある者の姿を取ったのだ。そいつは……

 

「カリナ!」

 

 後ろに束ねた長い黒髪に黒目、快活そうな容姿、左腕に刻まれた刺青のような模様、ライラと融合する前の姿に戻ったカリナ・フッケバインだ。

 融合後のカリナしか知らないエリザはその姿を見て目を丸くする。

 

「生きていたのか」

 

「ギリギリのとこで命拾いしちまったよ。生憎だったね」

 

 思わず声を上げる俺に対し、カリナはクククッと笑う。

 今のカリナはとどめを刺す直前に失った左手こそなくしたままだが、胸には傷一つない。

 それを見て俺はまさかと思った。

 

「まさかお前、ライラを身代わりにしたのか?」

 

 俺の詰問に対しカリナは首を縦に振った。そんなカリナにエリザは憤りを露わにする。

 

「なんて人。自ら戦いに臨んでおきながら、身代わりだけを従者に押し付けるなんて」

 

「――あんたなんかに口出しされる筋合いはないね!」

 

 先ほどまでとは一転、カリナは刺すような目つきをエリザに向ける。

 

「あいつも納得して受けたことだ。外野が口を挟むんじゃないよ」

 

 カリナが醸し出す威圧感にエリザは圧され、おずおずと口をつぐんでしまった。

 だが彼女に代わるように、

 

「カリナとやら」

 

 その声とともに自身の体に違和感を覚え、もしやと思って隣を見る。

 するとそこには俺とユニゾンしていた黒衣の女がいた。

 

「――あなたは……――!」

 

 エリザも女を見て驚きの表情を浮かべている。

 

「おや、あんたはさっきの……確か、闇の書の意思さんだったかい。ククッ、あんた一人が出てきただけで、こうもあっさりと形勢をひっくり返されるなんてね。魔導封じの名が泣くってもんだよ」

 

 自虐的に笑うカリナを蔑みも嘲笑もせず女は尋ねる。

 

「カリナよ、一つだけ聞かせてもらってもいいだろうか? お前がリアクターと呼んでいた少女、ライラは最後にどんな顔をしていた?」

 

 女の問いを耳にした途端、カリナは笑みを消し、

 

「……笑ってたよ。死ぬ寸前だっていうのにね」

 

「……そうか」

 

 重苦しいカリナの声色から何かを察したのか女はそれだけを返す。

 二人の様子を見て俺はまさかと思い、ライラの亡骸に目を向ける。

 大きく斬り裂かれた体に対して、彼女の顔は眠っているように安らかだった。

 もしかしてライラは自分から……

 その時、近くにあった闇の書がひとりでに浮かび頁を開いた。この時ばかりは空気を読めと主ながら思う。

 

『Sammlung(蒐集)』

 

 ライラの胸から緑色のリンカーコアが出てきて闇の書に吸い込まれていき、数十枚もの頁が埋まっていく。

 それと同時に、ライラの体は粒子状の光となって霧散していった。ライラが横たわっていた場所には、彼女が左腕に付けていた銀色の腕輪だけが残る。俺はそれを見て、やはりライラは人間ではなく何者かに造られた存在なのだと、あらためて思い知らされた。

 エリザは呆然とそれらを眺め、俺と黒衣の女も複雑な気分で闇の書と消えていくライラの亡骸を交互に見やった。

 そんな時だった。

 カリナがいる方から妙な音が聞こえ、俺たちはそちらに首を巡らす。

 見ればカリナの左手首からは新たな手が生えていて、その手には血に染まった銀十字の書があった。

 

「カリナ、お前はまだ――」

 

 まだやるつもりなのか?

 心の中でそう問いかけながら俺とエリザは武器を構える。

 カリナは右手で書から頁を引き抜きながら言った。

 

「悪いね。私を助けるためにライラが命かけてくれた以上、あんたらに殺されてやるわけにはいかなくなったんだ」

 

「来るぞ。エリザ、えっと…カンセイ、構えろ!」

 

「はい!」

 

「御意!」

 

 カリナからの攻撃に備えて俺たちは身構える。

 俺たちを視界に捉えカリナは口を開いた。

 

「“灰被り”!」

 

「――きゃあ!」

「――ぐっ」

「……」

 

 俺たちのまわりで爆発が起こり、爆風と炎に囲まれ周りが見えなくなる。

 その隙をついてカリナが攻撃してくると身構えたがが、一向に仕掛けてこない。まさか……。

 黒衣の女は背中から生えている二対の羽根を羽ばたかせて上空へ飛び、俺とエリザは炎を払いながらカリナの姿を探した。

 だが……

 

「いない」

 

「まさか、逃げられた?」

 

 俺は上空にいる黒衣の女を見る。しかし彼女も首を横に振るばかりだった。

 俺はすぐに、

 

「君は空から奴を探してくれ! 俺とエリザはちか、くを――」

 

「主!」

 

「ケント様!?」

 

 黒衣の女は指示にそむいて地上に降りてきて、エリザも俺のそばまで寄ってくるのが見える。

 二人とも俺の臣下ではないとはいえ、我ながら人望がないな。

 

 

 

 

 

 

 カリナを追おうとした矢先に突然ケントが倒れ、彼の側に二人の女性が駆け寄る。

 

「ケント様! しっかりして! ケント様!」

 

 エリザは地面に横たわるケントを抱きかかえ悲痛な声で呼びかけるが、黒衣の女が降りてきたのを見ると彼女を睨み、ケントを遠ざけるように自分のもとへ引き寄せた。

 

「ケント様に何をする気?」

 

 射殺さんばかりの視線を向けられても、女は動じずに口を開く。

 

「警戒しなくていい。私が主にあだなすことなど()()ありえん」

 

 そう言われてなおも自分を睨み、ケントに近づけさせようとしないエリザに女は続ける。

 

「信じられないと言うなら、思念通話で守護騎士の誰かに聞いてみればいい」

 

「えっ!? あの方たちを知っているの?」

 

 守護騎士と言われて、エリザの脳裏にケントのまわりにいた四人の女と一人の大男が浮かぶ。

 女はこくりとうなずいた。

 

「彼女たちとは長い付き合いだ。何度か顔を合わせているから()()私の事を覚えているだろう。主の妹君は別だがな」

 

「……ティッタ様のことまで。あなたは一体?」

 

「主の事なら誰よりも知っているというだけだ……失礼」

 

 唖然とするエリザの前で女は体を屈め、ケントの額に手を当てる。

 

「……頭が熱いが呼吸は落ち着いている。おそらく固有技能やユニゾンによる身体への負荷に加え、ワクチンの作用に意識が耐えきれなかったのだろう……だが命に別状はない。心配は無用だ」

 

「本当ですか!?」

 

 女の言葉にエリザは目元に涙を浮かべながら表情をほころばせる。

 そんなエリザに女はうなずきを返した。胸中に渦巻く大きな不安を隠しながら。

 

(……そう、()()まだ大丈夫だ。しかし私が現れることができるほどに、闇の書の頁は埋まって()()()()いる。残された時間はもうわずか。せめてもうしばらくの間、このよき主のもとで騎士たちが過ごせるように願いたいものだ)

 

 

 

 

 

 

「ぐおおおお!」

 

「……これは」

 

「……うそだろ」

 

 アロンドの体のあちこちが膨れ上がり、見る見るうちに体全体が変貌を遂げていく。かろうじて元の形を保っているのは顔の部分だけだ。

 あまりの出来事にジェフは絶句し、ヴィータは呆然と呟くしかなかった。

 それに対してアロンドは自分の体を見ながらニヤリと笑う。

 

「なるほど……再生能力の暴走……それが《自己対滅》って奴だったのか……ククッ、俺たちはそうとは知らず再生だの、視界強化だの、人間を超えた力を持った気になってイキってたってわけか……ハハハ! ぐおぉ!」

 

「しゃべんじゃねえ! もう黙ってろ! 《シャマル! 早く来てくれ! 早くしねえとアロンドが》……聞いてんのかよ!?」

 

 ついに声に出してシャマルに呼びかけるヴィータに、アロンドは小さく「いい」と言った。

 

「敵を助ける馬鹿がどこにいるっていうんだ……因果応報って奴だ。お前も笑えよ……エクリプスって得体のしれないもんに踊らされて、こんな死に方をする羽目になった馬鹿なガキをよ……」

 

「笑えるわけねえだろう! やっと、やっと対等に話ができるダチがやっとできたと思ったのに……なんでそいつが死んじまうんだよ!」

 

 ヴィータはそう叫んで目からあふれ出てくる涙を乱暴に腕で拭う。

 それを見てアロンドはフッと笑った。

 

「ダチか……俺もお前みたいな奴は嫌いじゃない」

 

「アロンド?」

 

「実を言うと楽しかったんだぜ。お前と一緒に賊どもをかき回す算段を練ったり、いちいちむきになるお前をからかったりすんのは」

 

「おい、今さら何を言ってんだ? お前らしくないぞ」

 

 アロンドの言葉にヴィータは喜びより不安が(まさ)って、らしくないと言い返す。

 だがそれもむなしく……

 

「あのぬいぐるみ、壊しちまって悪かったな……まさかあそこまでキレるとは思わなかったんだ……ぐおっ……本当……ごめん……な……ぐああああ!!

 

 絶叫とともにアロンドの顔は潰れ、ヴィータとジェフの前には醜い肉塊が残る。肉塊のまわりに残っているボロボロの布切れだけが、肉塊がアロンドだったことの証だが、それに気付くことができる者はいないだろう。

 凄惨な光景に口元を押さえているジェフと、呆然と泣き崩れているヴィータ以外には。

 

「……ふざけんな……謝るくらいならあんなことすんじゃねえよ……馬鹿野郎…………ばかやろおおおおお!!

 

 ヴィータは地面を殴りつけながらわめき散らす。ジェフにはそれを止めることができなかった。

 

 こうして、ヴィータの初恋は最悪と言える形で終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 アロンドや他の二人同様、ヴァルカンもまた体のあちこちが膨らみ、今や顔以外のすべてが肉塊と化していた。

 先ほどまでヴァルカンと戦っていたティッタは何とも言えない表情で、緑髪の執事バージルは苦虫を嚙み潰したように顔をしかめて、それを目の当たりにしていた。

 そんな二人を見てヴァルカンもまた自虐的に笑う。

 

「これがエクリプス適合者の末路ってわけか……ひでえもんだな……逆恨みの報いって奴か」

 

 ティッタから言われた逆恨み野郎という言葉を引き合いに出したつもりなのか、ヴァルカンはそう言ってティッタの方を見る。

 それに対してティッタは冷たい表情で首を横に振り、片膝を折ってヴァルカンに目線を合わせてから言った。

 

「違うね。そいつはあんたがやってきた殺戮に対する罰だ。人殺しの口実を作るためにお兄様を利用しようとした罪は、そんなもので償えるもんじゃない」

 

「それもそうだな……じゃあお前から奴に伝えといてくれねえか……悪かったって」

 

「自分で言いなよ、めんどくさい」

 

 ティッタは頭の後ろで手を組みながら、わざとらしく憎まれ口を叩く。

 ヴァルカンは笑いながら、

 

「自分でできたらそうするっつーの」

 

「それもそうか。わかった、暇があったら伝えとく。……他には?」

 

「ねえよ……ろくでもない力を使ったんだ。ろくでもない死に方することになるとは思っていたさ……未練を残す真似なんかするか」

 

「……そっか」

 

 ティッタが見守る中、やがてヴァルカンの顔は歪んでいき……

 

「ぐおおおおお!!」

 

 絶叫とともにヴァルカンもまたティッタたちの前で肉塊と化した。

 バージルは吐き気を覚えるが、ティッタは冷ややかな目でヴァルカンだったものを眺め、しばらくしてから踵を返しその場を後にした。

 

 ティッタは彼に同情などしない。すべて自業自得だ。

 だが、あんな死に方を見たせいか今一つすっきりしない気分だ。

 もう少し何とかならなかったのかな。と思いながらティッタは中央区へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

――『――の魔導書』576ページまでの蒐集を完了。

 

――魔導書の完成まで残り100ページを切りました。魔導書単体による自動蒐集が可能かを検討。

 

――主が居住する地点に存在する魔力の推定値の試算を開始。

 

――推定魔力値約43億。守護プログラム『ヴォルケンリッター』が保有する魔力と併せて計測した結果、自動蒐集は可能と判断。

 

――カウントダウンを開始。四ヶ月後までにページの充填に必要な魔力が集まらなかった場合、――の魔導書は独自に《自動蒐集》を開始します。

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