グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第50話 根源はいまだ健在

 自由都市リヴォルタにて発生した騒乱から一週間後の早朝。

 リヴェルタの南にあるエルティガ王国の村の片隅にある小さな宿にて、ある男が自身の左手の中指にはめている指輪に向かって話しかけていた。

 

「……以上が今回の報告となります」

 

 男がそう告げるとすぐに指輪から深みのある男の声が聞こえてきた。

 

『フッケバイン傭兵隊は君以外全員行方不明、おそらくライラ君も含めて全員死亡したはずか……まずまずだね』

 

 その言葉に男はおや? と思う。

 

「これは意外ですね。てっきりお叱りを受けるものと思っていました。傭兵たちはともかく、数少ない銀十字の書とシュトロゼックを失ったのは、あなたにとってかなり痛いのでは? ゼロ因子適合者(ドライバー)の捕獲にも失敗してしまいましたし」

 

『ハハハッ! 心配はいらないよ。シュトロゼックに関してはすでに2ndが完成している。それに魔導書型のディバイダー、リアクターの制作も順調に進んでいる。銀十字の書もどきもシュトロゼックも、これからどんどん増えていくさ。ケント君も無理に引き入れる必要はない。彼には危ない爆弾が付いているしね』

 

「……爆弾ですか?」

 

『ああ。世界をまるごと吹き飛ばしてしまうほど危険な爆弾だよ。さてさて、いつ爆発してしまうやら。……それもあって君には彼の血の採取を頼んだんだが』

 

「申し訳ありません。あと少しだったのですが思わぬ邪魔が入りまして」

 

『あの金髪の騎士にやられたそうだね。リンカーコアから直接魔力を奪われたそうだが、大丈夫だったのかい?』

 

「……あまり大丈夫とは言えませんね。もう少しダメージが深ければ、自己対滅が起こっても不思議じゃありませんでした。正直ゼロドライバーの血どころじゃありませんでしたよ……ただ、その代わりと言ってはなんですが」

 

『ああ。さっき受け取った、シグナムという守護騎士の血は大切に使わせてもらうよ。実は数年前から新たな融合騎を作ろうと試みている、ミッドチルダの研究者に資金援助をしているんだが、彼に預けてみたら何か面白いものを造ってくれるかもしれない』

 

「新たな融合騎をですか? あなたのことでしょうからシュトロゼック開発に役立てるためでしょうけど、うまくいきますかね? 融合騎なんて大戦前には廃れた武器でしょう」

 

 男は肩をすくめながら相手に問いかける。

 それに対し指輪の向こうからは……

 

『ふむ。確かにそうだ。融合騎は扱いが難しいと文献にも載っていた。だが彼によれば、小型化によっていくつかの問題を緩和することができるらしい』

 

「……そうですか。まあ、僕としては報酬さえいただければそれで構いませんよ。守護騎士の血はあなたの好きに使ってください」

 

『すまないね……ところでカリナ君の事だが』

 

「あれから一週間ほど経ちますが、彼女らしき女性と遭遇するようなことは起きていません。おそらく他の適合者のように自己対滅によって死んだものかと。もし生きていて彼女と遭遇するようなことがあったとしても、何食わぬ顔で行動を共にしながら予防処置を施すふりをしていけばいい。まともな処置もしないで一月くらい放っておけばあの女は……」

 

『醜い肉塊となって終わりか……溌剌(はつらつ)としている彼女の印象からはかけ離れた無様な最期じゃないか。いや、豪快な彼女らしいともいえるか。しかし、君も薄情な男だね。彼らとは短くない時間を共に過ごしたろうに。特にカリナ君とは、ともに傭兵隊を築き上げたと言っても過言ではないくらい長い付き合いだ。悲しいのならそう言ってくれても構わないよ。部下のメンタルケアも上司の仕事だ』

 

 男はその言葉を鼻で笑いながら――

 

「冗談でしょう。1stが壊れてしまった以上、あれを預けていたカリナを監視をする必要もなくなりました。あなたにとっても僕にとっても彼女はもう用済みですよ。……それで、これからはどうすれば?」

 

『そうだな、念のためカリナ君に見つからないように、飛行魔法は使わずに徒歩で聖王都に向かって、あちらの次元港からこちらに来てくれ。ほとぼりが冷めるのを待つ意味もあるから、長期休暇だと思って半年くらいかけても構わんよ』

 

「わかりました。お言葉に甘えてしばらくのんびりさせてもらいます。そちらに着いた時はまたよろしくお願いしますよ……オールズ・ヴァンデインさん」

 

 そう言ってから男は指輪状のリアクターをはめている左手をおろす。

 

 

 

 

 

 男の名はフォレスタ。一週間前までフッケバイン傭兵隊の参謀を務めていた男だ。

 彼は元々オールズが経営する商店で経理を務めている男だったが、オールズが密かに行っていた実験によって、エクリプス因子を植え付けられ適合者となった。

 その日以来エクリプスによって様々な力を身につけた彼は名前を変え、オールズに命じられた仕事をこなすようになった。

 彼のようにオールズの下で直接働いている適合者は他にもいる。スカラという次元船リベルタの操舵手もその一人だ。

 

 一年半ほど前、フォレスタはオールズのもとでカリナ・フッケバインという適合者と引き合わされ、しばらくの間彼女と行動をともにするように命じられた。

 カリナの補佐をしつつ彼女とオールズとの間を取り持ち、そのうえである処置を定期的に彼女に施してほしいと。

 フォレスタはその命令を粛々と受けたが、内心ではかなり憤っていた。

 オールズのもとを離れ、これからはそこにいる傭兵見習いの世話をしろというのだ。フォレスタにとってそれは解雇を告げられたに等しい。

 元々は経理としてオールズの補佐を務めていたほどの知力に加え、エクリプスによって強大な身体能力を得、そのうえオールズから下された命令を忠実に遂行してきた自分がなぜこんな仕打ちを受けるのか?

 かなうのならエクリプスの殺人衝動に従ってこの場で二人を絞め殺してやりたい気分だった。

 だがそれはできなかった。

 フォレスタは常人と比べたら並外れた力を持っているが、適合者の中では戦闘向きとはいえない。

 そんな彼が硬化能力を持つカリナやオールズと戦っても、結果は火を見るよりも明らかだろう。

 特にオールズは本物の銀十字の書から力を得ている《支配種(ドミナント)》だ。彼に勝てる者などこの世に存在しない。いるとしたら、いまだこの世に現れたことがないゼロ因子適合者(ドライバー)だけだろう。

 

 とにかく、そういった経緯で不本意ながらもフォレスタは命令通り、カリナと彼女に預けられたライラ・シュトロゼックと行動を共にすることにした。

 カリナはリヴォルタに根を下ろし自警団として街の治安を守りながら、裏ではオールズが指定した村を襲ってそこに住む者を皆殺しにし、ごくまれに現れる適合者をさらってはオールズのもとまで連れて行った。

 オールズはその適合者たちに合ったディバイダーとリアクターを作り、惜しみなく与えていった。禁忌兵器(フェアレーター)に代わる新たな兵器を試すための実験台(モルモット)として。

 

 やがてカリナは自らが抱え込んだ適合者たちとともに、『フッケバイン傭兵隊』を立ち上げた。当然のようにフォレスタも傭兵隊の中に組み込まれていた。

 そして、依頼主との交渉や作戦の立案などを担当していた彼が参謀と呼ばれるようになるのは当然の流れだった。

 だが、フォレスタにはそれ以上に重要な役割があった。

 カリナをはじめとする適合者たちに、殺人衝動や自己対滅を抑える処置を施すという役割が。

 フォレスタやスカラのようなオールズ直属の部下と違い、カリナを含めた雇われ者にはこの処置の手順は知らされておらず、カリナたちに施す処置に関してはフォレスタに一任されている。

 言い換えれば、フォレスタが彼女らの命を握っているということだ。

 フォレスタは最初からそれが意味することに気付いていたが、彼女らごときの命を握ったところで優越感や支配感を感じるような(たち)は彼にはなかった。

 

 だが、その生活もついに終わりを迎える。

 

 始まりは一月前、ヴァルカンという、カリナの言うことさえまともに聞かないほど扱いづらい男を傭兵隊に入れることになって、しばらく経った頃の話だ。

 いつものようにフォレスタはオールズと連絡を取り、カリナたちの状況をオールズに伝えてすぐ、彼からベルカを切り捨てる計画を打ち明けられた。

 

 オールズが率いる『リヴォルタ・ワッフェギルド』は、リヴォルタの武器商人を束ねる同業者組合だが、裏では各国に禁忌兵器を売りさばく密売組織という顔を持っている。フォレスタも適合者になる前から組織の一員として働いていた。

 しかし、各国に放っている連絡員や間諜、買収した貴族からの密告によって、聖王連合とダールグリュン帝国に、密売組織の存在と本拠地を突き止められたことが判明した。

 またそれと同時に、禁忌兵器による土壌の汚染が原因で農作物の収穫量が減少するという事態が聖大陸各地で起こった。

 そのためオールズは組織の切り捨てと別の次元世界への移動を決断し、それを実行に移すことにした。

 切り捨てと移動自体は簡単だ。

 禁忌兵器の密売に関わっていたギルドの人間を始末してから、次元船で別の世界へ飛べばいい。

 だが、それには問題もあった。

 次元港のないリヴォルタで次元船を動かせばどうしても街全体が揺れるほどの衝撃が発生するし、ギルドの職員が大勢死んでオールズだけが行方不明ではあまりに不自然だ。

 街全体で騒ぎを起こす必要がある。街が揺れてもそれどころではなく、ギルドの職員がほとんど死んでオールズだけが行方不明になってもおかしくないほどの騒ぎを。

 街全体が賊に襲われるくらいのことが起きればちょうどいいのだが、リヴォルタには数十もの傭兵団が駐在していて、数だけなら他国の軍隊に引けを取らない。

 並大抵の盗賊団では街区一つ陥とすこともできないだろう。しかも、彼ら自身が地震に慌てふためいて逃げ出すようでは話にならない。

 何千もの傭兵たちを蹴散らすことができて、地震程度の事が起きても襲撃を止めることがない集団、その意味でフッケバイン傭兵隊と傀儡兵(ゴーレム)はまさにうってつけといえた。

 

 そして計画は実行に移された。

 しかし、いざ事を起こしてみれば予想外の事態が次々と起こる羽目になり、フォレスタはその対処に追われることになってしまった。

 まず一つ目は闇の書の主と守護騎士たちがリヴォルタにやって来たことだ。

 彼らは襲撃を目の当たりにすると、当然のようにゴーレムと傭兵隊を止めに来て交戦を始めた。

 二つ目はその戦いにエリザヴェータという帝国の貴族令嬢までもが加わったことだ。

 《闇の書勢》と仮称するが彼らだけでは傭兵隊、特にカリナを倒すことはできなかっただろう。

 だが、フォレスタにとってこの二つは些細なことだ。オールズが切り捨てる組織にはフッケバインたちも含まれていた。元よりフッケバインたちが倒されようとかまわない。

 問題は闇の書の主、ケントが適合者になってしまったことだ。しかも、適合速度や各能力の急激な獲得などから、ケントはゼロドライバーになった可能性が高い。

 当然それを知ったオールズは彼が死んだり、逆にカリナが倒された場合に備えて、血だけでも採取しておけとフォレスタに命じてきた。ついでに守護騎士の血も誰か一人でもいいから採ってこいとも。フォレスタがシャマルの攻撃を受けたのはそのせいといってもいい。

 

 何はともあれ、フォレスタ以外のフッケバイン傭兵隊は全員死亡し、オールズと市長や有力議員など利用価値がある彼の友人たち、その手足となる一部の人材たちは新天地へ旅立っていった。計画自体は成功したと言っていいだろう。

 粒子状になって消滅した1stといい対滅で死んだ傭兵たちといい、誰一人としてはっきりと死亡を確かめられないのがもどかしいが、彼らが生きていたとしても処置を受けずに一月も経てば……。

 

 

 

 

 

 巷で『リヴォルタ騒乱』と呼ばれている事件から一週間。 

 シャマルに魔力を奪われ昏倒しながらどうにか意識を取り戻したフォレスタは、リヴォルタから脱出して南へと向かい、エルティガという国の小村に留まっていた。

 雇い主への報告を済ませた彼は新聞を手に取り、一面に大きく書かれた記事に目を通している。

 

(傭兵団に逃げられ防衛力を失ったリヴォルタを併合するのは連合か、帝国か? ……議会の一部では北にあるグランダム王国との統合を主張する声もあり――)

 

 グランダムという言葉を目にした途端、フォレスタは新聞を卓に放り投げる。

 そのグランダムの王、ケントがゼロドライバーなんかになったせいで余計な仕事が増えて、自分は危うく対滅寸前のダメージを負う羽目になったのだ。しばらくはグランダムや闇の書という言葉は見たくも聞きたくもなかった。

 そんな時、彼の耳に扉を叩く音が聞こえてくる。

 

「フランツ様、朝食を届けに来ました」

 

「ああ。今開けます」

 

 ちょうどいいところに来てくれたと思いながら、フランツことフォレスタは扉に向かう。

 いつもは宿を営んでいる中年の夫婦のうち、妻が食事を届けに来てくれるのだが彼女にしては声が若い。娘でも帰ってきているのだろうか?

 そう考えながらフォレスタは扉を開けて女給に言葉をかける。

 

「ありがとうございます。ちょうどお腹が空いたところで――!」

 

 女給の顔を見た途端、フォレスタは反射的に扉を閉めようとした。

 だが女給は扉に右手をかけ、恐るべき力で押さえつける。

 

「おいおい、メシを届けに来てやったのにそれはあんまりだろう。早く中へ入れろよ。こんなとこで大音出したら他の客にも迷惑だ」

 

 その娘は長い黒髪の上に白いキャップを付け、不格好なワンピースに前掛けを付け、朝食を載せたトレイを両手に持った、一目見ればどこにでもいそうな女給だった。

 だが、短い袖から出ている腕には刺青のような羽根の模様が刻まれており、なにより彼女の顔はフォレスタもよく知っているものだった。

 

「や、やあカリナ、無事だったんですか。心配していましたよ……」

 

 給仕の格好をしているカリナに向けて、フォレスタはひきつった笑みを向ける。

 オールズにはカリナと遭遇しても何事もなかったような顔で対滅が始まるまで待てばいいと豪語していた彼も、いざカリナと鉢合わせたら動揺を隠すことができずにいた。

 

「――ぅ!」

 

 カリナは右手を扉から離し、瞬時にフォレスタの口を押さえる。

 

「おっと、大きな声を出すんじゃないよ。もうカタギには手を出さないって決めたのに、あんたに騒がれたら早々にそいつを破る羽目になっちまう」

 

 カリナはフォレスタの口を押えながらそのまま彼を押し込み、片足で扉を閉めながら部屋へ入る。

 フォレスタを奥へと押しながら、カリナは卓の隣まで進む。

 カリナはそこで卓の上に無造作に放られた新聞を見つけ、左手に持ったままの食事を卓の上に置き、代わりに新聞を手に取ってその記事を見た。

 

「やっぱりあんなことがあったんじゃ今まで通りのままってわけにはいかないか。……『議会の一部では北にあるグランダム王国との統合を主張する声もあり、リヴォルタに滞在しているグランダム王との接触を図る議員もいるのではないか』……ふーん、ケントにとってこれは吉報となるか、それとも凶報となるか。私が言えた義理じゃないけど、あいつもつくづく厄介事に巻き込まれるねえ」

 

 そう言いながらカリナは左手首を動かし、新聞を床に放る。右手はフォレスタの口をふさいだままだ。

 カリナは首を巡らせてフォレスタを見る。

 

「さあて、久しぶりだねフォレスタ。あんたはさっき私を心配してたって言ってたけど、私の方はあんたが無事でいるってわかってたよ。あんたって抜け目ないから」

 

「――――」

 

 カリナの言葉にフォレスタは何かを言おうとするものの、口をふさがれているためそれは言葉にならず、こもった音だけが彼の口から漏れる。

 

「悪知恵も回るしね。処置に必要な物なんてそこら中にあんのに、滅多に手に入らない物だって言って、おっさん(オールズ)から送られてきているふりをし続けて、私らの命を握ったり」

 

「――っ! ――っ!」

 

 フォレスタはカリナの腕を握り彼女の手をどかそうとしながら、必死で何かを言い返そうとする。だが、フォレスタの力ではカリナの手をどけることはできず、こもった音が漏れるだけだ。

 

「要するに、あんたがしていた小細工なんてとっくの昔からお見通しだったってわけ。おっさんにとって私らはもうお払い箱みたいだし、退職金代わりにそろそろ教えてくれない? 対滅を抑える処置の手順と、あんたが知りうる限りのディバイダーとリアクターの作り方を」

 

「――!」

 

「今から手を離すから必要な事だけ喋って。余計なこと言おうとしたり大声出そうとしたら、その瞬間にこの宿にいる人たち全員皆殺しにして、あんたもじっくりいたぶってから殺すつもりだから。楽に死にたかったら言うとおりにするんだね」

 

 そしてカリナは右手をフォレスタの口から離した。

 

 

 

 

 

「フランツさん、朝食持ってきたよ。遅れてごめんね。なぜか前掛けとキャップがなくなって、替わりのを探しててね……」

 

 遅れてやってきた恰幅のいい中年女性はそう声をかけてから扉の前でしばらく待つものの、いっこうに返事が返ってこない。

 

「フランツさん、フランツさん! …………」

 

 何度呼び掛けても向こうから返事が来ない。

 遅れたことを怒っているのかと思ったが、温和そうな彼からは少し考えにくいことだった。

 

「フランツさん、いるのかい? …………入るよ」

 

 女性は扉の取っ手に手をかける。鍵はかかっておらず扉はあっさりと内側へ押されていった。

 それと同時に女性の目にフランツと名乗っていた客の姿が映る。

 

「何だ、いるんじゃないかい。遅れたけど今日の朝食――」

 

 そして次の瞬間、宿中に女性の悲鳴と食器が落ちる音が響いた。

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