グランダムの愚王   作:ヒアデス

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第51話 好意

 ダールグリュン帝都・帝城

 

 帝城に参内している貴族や、宰相をはじめとする文官の長たちが見守る中で、一人の男がひざまずいていた。

 自身の前にある玉座に座る者に対して彼は口を開く。

 

「フィアット侯ダスター、御前に参上仕りました」

 

「よい、早く顔を上げよ。形式ばった謁見など早々に済ませて、お互い自由の身になろうではないか。ここは窮屈で敵わんでな」

 

 玉座に座る女はぞんざいな口調で顔を上げるように促す。

 男は顔をしかめるもそれを矯正してから顔を上げた。

 

「はっ。ご高配を賜りこのダスター、この上ない幸せにございます」

 

 薄緑の髪をした彼はダスター。帝国内でフィアット領という領地を持ち、侯爵位についている男。

 対して玉座に座り、退屈そうに頬杖をついている女はゼノヴィア・R・Z・ダールグリュン。このダールグリュン帝国の皇帝だ。

 ゼノヴィアの態度に不満を覚えながらも、ダスターは言葉を続ける。

 

「かつては陛下に対しぶしつけなお願いを申すような真似をしたこの私に一軍を預け、出陣の命をくださったこと誠に感謝に堪えませぬ。このご恩は帝国の版図拡大に一身を捧げることで報いたいと存じます」

 

「ぶしつけな願い…………ああ、国の奪還とグランダム侵攻に協力しろと言ってきたことか。そうか、お前は確かあの国の王子だったな……クククッ、なるほど、どおりでこの遠征を仕切りたがるわけだ。よほど故国を滅ぼしたグランダム王が憎いと見える」

 

 彼がある国の王子だった事を思い出したゼノヴィアは、彼とグランダムの因縁の事も思い出し、先ほどまでとは一転して上機嫌そうに肘掛けに両手を置いて、ダスターの方へ身を乗り出す。

 しかしダスターは両手を振らん勢いで――

 

「そ、それは違います陛下! 私は陛下から頂いたご恩に報いたいが為に、此度の遠征の指揮を執りたいと――」

 

 顔を真っ赤にして言い返そうとするダスターの様子に、長い口上の気配を察したゼノヴィアは、面白くなさそうに手を振って彼を制した。

 

「わかったわかった。要望通りそなたにはリヴォルタ平定の任と八万の兵を与える。それを持ってかの地の平穏を取り戻してまいれ……ただし、わかっておろうな?」

 

「無論心しております。この私が帝国の臣民となるリヴォルタの民を害するような愚など犯すはずがありません。陛下はこの帝都で心安らかにリヴォルタ併合の報せをお待ちください」

 

 それからいくらかのやり取りをかわしてダスターは立ち上がり、ゼノヴィアに背を向け歩を進める。

 謁見の間を後にするダスターの青い右眼と黄色い左目は獰猛な輝きを放っていた。

 

(八万か、リヴォルタ制圧どころか、そのままグランダム侵攻に踏み込むにも十分な数だな。まあ、その軍はそのまま使えんとしても、リヴォルタから搾り上げればグランダムごとき小国を滅ぼすに必要な兵はすぐに調達できる。あのボンクラ王子の間抜け面が恐怖で歪むのが目に見えるようだ。奴を引き回しながら俺は凱旋し、ディーノ王に返り咲いてやる!)

 

 帝国領フィアットを治める侯爵にして、元ディーノ王国王子ダスター・D・L・ディーノはグランダム王国とケントへの復讐に燃えていた。

 

 それを眺めながらゼノヴィアはやれやれと足を組み替え、以後の事に考えを巡らせる。

 

(……さて、これで連合はどう動くか。リヴォルタはあやつらに取っても喉から手が出るほど欲しい要所。我が帝国から数万もの軍勢が出てくれば、奴らも動かざるを得んだろう。もし動かなかったとしたら……)

 

 

 

 

 

 

 リヴォルタ騒乱から一週間、東区の料理屋にて。

 

「はいケント様、あーん♡」

 

「……」

 

 語尾に桃色の記号を付けながら、エリザは満面の笑みで、俺の口元に向けてほくほくのじゃがいもを挟んだ箸を近づけてくる。

 一体どうしたらいいのか俺は迷って、助けを求めるように同じ卓を囲んでいる騎士たちの方を見るが、最初は呆気に取られていた彼女たちも、今はこちらを見ようともせず食事を進めている。

 

 ……どうしてこうなった? 

 そもそもエリザってこんな奴だったっけ?

 

 

 

 

 

 一週間前、爆発に乗じて姿を消したカリナを追おうとした矢先に俺は気を失い、それから昨日までほとんどベッドで横になっていた。

 シャマルを中心とした騎士たちの手厚い看病のおかげもあって、俺はこうして東区の異世界風料理店まで外出できるまでに回復したのだが、それに思わぬ人物が付いてきた。

 今も箸の先を差し出しながら、俺が口を開けるのを待っているエリザである。

 エリザ。フルネームはエリザヴェータ・ダールグリュン。

 思っていた通り、彼女はダールグリュン帝国の一角を治める名門貴族の令嬢だったがそれだけではなかった。

 なんと、あの雷帝の異名を持つ皇帝ゼノヴィア・R・Z・ダールグリュンから直々に武術の指導を受けている愛弟子でもあるというのだ。どおりであそこまで強いわけだ。

 もちろん、彼女が雷帝から教わっているのは武術だけではないだろう。対外政策などの政治面についても薫陶を受けているに違いない。それを踏まえて振り返ってみれば、ディーノ併合によって故郷を失ったヴァルカンに対する罪悪感に苛まれていた俺を叱咤した、彼女の言動にもうなずけるものがある。

 そのエリザが今はどうして俺に食事を食べさせる真似なんかしているんだ? 一週間前とはまるで別人だ。双子の姉妹だと言われた方がまだ納得できる。

 

 

 

 

 

「もう、ケント様。早く食べないと料理が覚めてしまいますよ」

 

 エリザは箸を差し出したままむくれた顔を見せる。

 少し視線を下げればワンピースの隙間から彼女の大きな胸の谷間が見え、迂闊にも思わずそちらに視線を止めてしまう。

 

「――!」

 

 そんな俺の視線に気付いたエリザは、

 

「ほらケント様、もっと口を開けて! まだまだ料理はあるんですから」

 

 怒るどころかさらに近づいてきた! 

 それどころか左腕に胸が当たっているんだが。

 

「い、いや俺は自分で食べられるから、エリザは自分のぶんを食べてくれ」

 

 俺はなんとかそう言うものの、エリザは声をとがらせて、

 

「何言ってるんです! ケント様は一週間前の戦いで左手にひどい傷を負ってしまったじゃないですか。だから私がこうしてケント様のお食事のお手伝いをしているんです。つべこべ言ってないで早く食べなさい!」

 

 それについていくつか言わせてもらおう。

 カリナの剣の刃を握った時に出来た左手の傷は、シャマルの治療魔法でとっくに完治している。そもそも俺は左利きではない。

 そんな俺の心中の訴えなど察しようともせず、エリザは箸を手にどんどん俺に迫ってくる。俺の腕にしっかりと胸を押し付けたまま。

 

「うっせぇな、変な意地張ってねえでさっさと食ってやれよ」

 

 ふいに向こうからそんな言葉が聞こえてきた。

 

「……ヴィータ」

 

 暗い声で俺に文句を言ってきたのは、俺から一番離れたところでぼそぼそと食事を取っていたヴィータだった。

 こっちの方を見ようともせず、黙々と食事を口に運んでいる。

 ……まだ立ち直れてないのか。

 

 

 

 一週間前の戦いでアロンドとの戦いを終えたヴィータは、俺たちと合流してからすぐに一通りの報告をしてくれたが、その後は心ここにあらずの様子で誰とも話をすることはなかった。

 それから一週間、ヴィータは騎士たちの中で唯一俺の看病に訪れることもなく、ずっと部屋にこもったままだったという。

 今日の食事に誘った時もヴィータは頑として部屋から出ようとしなかったが、ティッタの説得と、一週間まともに食べてなかったせいで襲ってきた空腹感に耐えかねて渋々付いてきた。

 しかし、正直に言えば少し後悔している。

 まさか宿の前でばったり会ったエリザが俺たちに付いてきてこのような真似をしてくるとはまったく予想していなかった。

 しかし、宿の前にいたエリザは待ちくたびれたように本を読んでいたが、まさか俺たちをずっと待ち伏せしていたのではないだろうな? ……今のエリザならありうる。

 

 

 

「ヴィータの言うとおりだね。早く食べてあげたらどうですか。国王陛下」

 

 ヴィータの隣から彼女らしくない、他人行儀な敬語と敬称で俺を促す声が聞こえてくる。

 刺すような視線を通り越して殺意がこもった目で俺を睨みつけてきたのは、俺の妹にしてヴィータの親友でもあるティッタだった。そんな目で見るな。俺だって意中の相手を失った者の前で女子(おなご)とべたべたするほど無神経ではない。

 ……それに、

 

 俺は向かい側の方に目を向ける。

 シグナムたちが最初に着ていた服のように、露出が高い黒い衣服を着た名前も知らない女子(おなご)が、俺の向かい側で食事を取っていた。

 箸を使うのは初めてに関わらず、二本の箸を上手に使って料理を口に運んでいる。

 俺の視線を感じたのか、彼女は食事の手を止めて視線を上げた。

 そのため俺は思わず彼女と視線を合わせる形となってしまった。

 彼女は気を悪くした様子も見せず、口角を上げにこりと笑う。

 その笑顔を見た途端、俺の中に羞恥心が湧いてとっさに目を背けてしまった。

 失礼な奴だと思われてないだろうな。

 そんなことを考えて俺は自分の行いを後悔してしまう。

 それに、あの女子(おなご)を見るとなぜか胸が苦しくなる。

 

「――――」

 

 気が付くとエリザはさっきまでとは違った、冷ややかな目で黒衣の女を見ていた。

 ……そして俺に向けて一層箸を近づけ、胸も押し付けて。

 

「さっ、ケント様。そろそろひもじくなってきたでしょう。いい加減に口を開けて!」

 

 人から向けられる好意に応えないのも心苦しいし、ずっとこうしているわけにもいかない。

 ――ええい、ままよ!

 俺はエリザに言われるまま口を開けて、彼女の箸に挟まれているジャガイモを口に含む。

 

「はい、よくできました! まだまだいっぱいありますからどんどん召し上がってくださいね」

 

 満面の笑顔でそんなことを言っているエリザにぎこちない愛想笑いを返していると、

 

《ありがとうございますケント様。お嬢様の好意に応えていただいて》

 

 俺の脳裏にジェフの声が響いてきた。

 当然のようにエリザヴェータとともに俺たちについて来ている彼は今、障子という紙の扉の向こうで待機している。

 障子ごしでなぜこちらの様子が分かるんだと問いたいところだが、これだけエリザがはしゃいでいれば嫌でもわかるか。ただそんなことを抜きにしても、彼にはこちらの様子はすべて筒抜けではないのかとも思う。なんとなくだが。

 

《ジェフ殿、もうわかっていると思うが、こちらはかなり困っているところだ。そろそろこっちに来て、おたくのお嬢様を何とかしてくれないか?》

 

《申し訳ありません。一介の使用人ごときでは主の意向に背くことなどできるはずもなく。ご迷惑でしたらケント様からお嬢様に直接お申し付けください。

 ……ただ、一つだけ忠告させていただきたいのですが、一週間前からお嬢様は連日このお店に通い詰めてお箸の使い方を習得されました。お店で出されている異世界料理がお気に召したというのもあるのでしょうが、それ以上に手ずからケント様にお料理を召していただきたかったのではないかと。

 それを承知になってなおもお嬢様の好意をはねのけようとされるのは、紳士としていかがなものかと》

 

 まさかこんなことのために彼女がそんな努力をしていたとは。それまでは箸が使えなかったんだな。

 

《それとケント様、私に敬称は無用です。どうかジェフとお呼びください。もしかすれば、これから先あなた様が私の主となることもあるのかもしれないのですから》

 

 俺がジェフの主に? それってまさか……。

 

《……? 失礼、少々この場を離れさせていただきます。ケント様はごゆるりとお嬢様からのおもてなしを享受なさってください》

 

 ……?

 その言葉を最後にジェフからの通話が途絶える。

 小用だろうか? 数刻間の立ち番すら、そつなくこなしそうな彼にしては珍しい。

 

「さっ、ケント様。次はこのほうれん草などを……」

 

 俺とジェフのやり取りなど知らず、エリザはほうれん草を挟んだ箸を近づけてくる。

 ヴィータとティッタは俺たちのことなど眼中にないのか、シグナムたちは邪魔をしては悪いと思っているためか、黙々と食事を続けている。

 黒衣の女も何もしゃべらず食事を取っているが、彼女は俺とエリザの事をどう捉えているんだろう?

 

「ケント様、あーん♡」

 

 一度追随してしまったら後は慣れたもので、俺はエリザに言われるがまま口を開く。

 そんな時だった。

 

「お食事中失礼します……あら!」

 

 俺たちの脇にある障子が突然左右に開き、丈の長い服を着た中年の女給が両膝を床に付けた姿勢で、俺たちの前に現れた。

 女給はほうれん草を挟んだ箸を手にしているエリザと、彼女に向かって間抜けそうに口を開いている俺を見て目を丸くしている。

 開ける前にノックぐらいしてくれ、と俺は思いかけたが障子のような紙の扉を叩くわけにはいかないのかもしれない。

 俺たちを見て女給は困ったように隣に視線を移す。

 彼女の隣には燕尾服を着た年配の男が立っていた。ジェフとは雰囲気が違うが彼も執事なのだろう。

 彼もダールグリュン家の執事なのかと思ってエリザを見る。

 だが、彼らを見ながらきょとんとしている彼女の様子を見る限り、違うのだろうと思い直した。さすがに面識のない人間に見られるのは恥ずかしいのか、微妙に顔が赤い……ジェフの奴、これを狙ってたな。

 

 俺たちと年配の執事の間をきょろきょろと視線をさまよわせる女給を差し置いて、年配の執事が障子の前あたりまで進み出てきた。

 

「お取込みのところ失礼いたします。単刀直入にお伺いいたしますが、貴殿はグランダム王国をお治めになられているケント・α・F・プリムス陛下とお見受けいたしますが、相違ありませんか?」

 

 ――!

 執事の言葉を聞いて俺を含め、部屋にいる一同が一斉に息を飲む。

 王国や陛下という単語を聞いて、女給はかすかに居すまいを正し部屋の中を見回した。

 

「……いかにもその通り、私がグランダムの国王、ケント・α・F・プリムスだ」

 

 俺が名乗ると執事はわずかに目を剥き、女給は大きく目と口を開いた。……女子(おなご)に食事を食べさせてもらう国王か。俺が彼女の立場だったらもっと大きな反応をしてしまっただろうな。

 一方、執事はおもむろに片膝を床につけ、俺に向かって大きく頭を下げた。

 

「失礼いたしましたケント陛下! 私はリヴォルタ市議会の末席に名を連ねるテジス様にお仕えしているラキノと申します。失礼を重ねることを承知でお願いしたいのですが、お食事が終わり次第、すぐ私とともに屋敷まで来ていただけないでしょうか? テジス様が陛下にお会いしたいとのことです」

 

 突然告げられた執事からの申し出に俺たちは凍り付く。

 リヴォルタの議員が俺に会いたいだと? 一体何の為に?

 

「――?」

 

 俺は図らずして黒衣の女の方を見やった。

 今までサクサクと食事を進めていた彼女は執事の言葉を聞いた途端、急にぎこちない動きを見せるようになった。まるで何かを恐れているように。

 カリナという今までで類を見ないほどの強敵を一蹴するほどの彼女が一体何を恐れるというのだろうか?

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